2012年5月25日 (金)

日食との相性が悪くなっている

日食の日は法事があって熊本に居た、金環食は見たかったが見ることが出来なかった。かなり欠けた部分食なら見えるはずだったのだけれども、雲が厚くて太陽は姿を見せない。それでもピークの時間帯に差し掛かるとさらに厚い雲でもかぶったように空の明るさが20120521sora 一段と減じてうす暗くなり太陽の力が弱まっているのがはっきりと感じられた、見えようが見えまいがそんなことにはお構いなくきっちりと宇宙を動く天体の定めが伝わってくる。雲があっても日食の発するえもいわれない雰囲気をともかく受け止めることは出来た。日食は格別だ。

次の金環食は来年5月10日のオーストラリア北部だが殆ど同じ地域でそれより前の今年の11月14日に皆既食が見られる。カネとやる気があれば日食を見るチャンスは次々にやってくるようだ。しかし3年前の皆既食にしろ今度の金環食にしろ結局見れないのはどうにも相性が良くないように思えている。多分熱意が不足しているのだろう。子供の頃に初めて体験した日食は 起こると決まっていることが起こっただけでなーんだというほどの印象しか与えなかった そんなことがずっと尾を引いているのかもしれない。

調べてみるといつ日食が起こるかは古代メソポタミアから何がしかの予測がされており紀元前2世紀頃のギリシアでは現代の予測に近いほどまでの予測法が完成していたといわれている。簡便にはサロス周期と呼ばれる18年10日の周期で地球上でほぼ同じ食が経度120度ずれて発生する周期を使えば厄介な計算をしなくとも凡その推測はできる。今回の金環食は2030年6月1日にギリシアから北海道までの広い範囲の金環食となってふたたび現れる。赤子が大人になるサイクルだ、およそ世代に相当するサイクルが何か人間に影響を与えているようにも思える。更には54年と1ヶ月でまたもとの地域で起こることになり、普通に生きていればおよそ生涯で1回は皆既にしろ金環にしろ遭遇できることになる。こんなことを調べたり考えたりしていると、人の力を超えたサイクルの存在が人にとっての20120521skytree 日食の重さの真髄かもしれないと思えてくる。
それにしても自分とって次はいつだろうか、権利を使い果たしてもう見られないかもしれない、羽田から栃木へ向かうバスの窓から開業を翌日に控えたスカイツリーを見ながらそんなことを考えていた。日食などもう過去に飛び去らせたかのように目まぐるしくも人の作る時は動いていた。

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2012年5月16日 (水)

ス-パージェット100の墜落

ロシアの航空界の期待の星、スホーイ・ス-パージェット100(SSJ100)がインドネシアのジャカルタ南Sukhoisuperjet100 方の山腹に墜落した。5月9日現地時間14時50分頃(0750GMT頃)だ。販売のための デモ飛行中で45名の乗員乗客は全員死亡した。交信記録からは10000フィートから6000フィートに降下しようとしてその途中で交信が途絶えているが、飛行していた付近の 山の高さは7000フィートほどであり6000フィートまでの降下は無理があったのではないかとも思える。降下申請はまだ平地上空を飛行中のときに出されており050908ex管制もこれを許可した。当時の気象は曇りで山地には雲がかぶっている。恐らく雲中で山に当たったのだろう。それにしても対地の警報が鳴るはずだ、何か普通でないことが起こっていたとも思える。次第に状況が伝えられてくると、パイロットは飛行時間10000時間といわれる超ベテランのテストパイロットでスーパージェット100の初飛行を行ったまさ にそのパイロットだったという。運動性にも優れているとの印象を与えようと意図的に対地警報装置を050906ept切って山に近づいたらしい、事故フライトはこの日の2回目の飛行だが1回目に乗った人が撮った飛行中のコクピットの写真では確かに切れているという。

フライトレコーダやボイスレコーダが不完全ながらも回収されており追って原因がわかってこようが、それにしてもロシアが西欧の基準で開発した殆ど最初の旅客機でありこれからロシアの民間航空機産業を推し進めようとしていたその先頭になっていた機体の墜落だけにロシア側の衝撃は大きいものと推察される。

南国特有の高温多湿の不安定な天気だったとようで、デモ飛行で能力を誇示するにはあまりいい条件ではない、気象条件が悪くなりだしたが操縦に自信があったことから雲中に入りながら計画通り際どい飛行したのだろうと推測される。山腹の急斜面に残された衝突跡からは右に急旋回を切って何とか衝突を逃れようとしたがかなわなかった様子が伺える。当日の1回目に乗った乗客からはマニューバ能力の素晴らしさが感じられたとの感想が語られており、大きな運動を伴った飛行を当初から計画していたものと推察される。機体そのものに何か欠陥があったようにはみえない。ロシアの航空界の今後がこの機体の販売が伸びていくかにかかっているように思われ恐らく大統領をはじめとする上層部の期待も強く感じて、開発に深く関わっていたパイロットだけにそれに応うべく技量の最大限まで見せようとしたのではないだろうか。
飛行機そのものは良いような印象があるが、製造は順調な立ち上がりとは言えずまだ初期的なトラブルも出ているようだ。旅客機ビジネスは本当に難しい。この躓きはプログラム自体の存亡に関わっているようにも見える。旅客機市場は世界でメーカー4社が殆ど全てで、この70-90席クラスは更にそのうちの2社しか生き残っていない市場だ、そこへ割って入ろうとしたロシアの意気込みとその落胆はどうしようもなく響いてくる。頑張れ負けるな、と声をかけたくなる。センチメントではどうしようもできないビジネスであることは解っているのだが。難しい。

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2012年5月 7日 (月)

ドンデン山

201205tenkizhk 連休後半 新潟の島に行った。大荒れの連休後半だった。天気の推移はマクロな天気図のレベルでは予測とそれほど違っているようではなかったが、低気圧中心の真下となったここの地点での風が強いか雨が強いかは予測の微妙な違いが相当に違った結果を生むように思えた、4日間も過ぎていくと実際には何か随分と外れていったような気がしていたが見直してみるとそうでもない。
低気圧の中心近くでの雨風の予測は不安定で大まかなものでしか難しいのかもしれない。

粟島に続いて誘われて佐渡のドンデン山というところに行ってみた、佐渡へは随分以前に1度行ったきりだ、今回はこの時期アオネバ渓谷のシラネアオイが見ごろでオオミスミソウや多くの花が見ごたえがあるとの情報に引きずられてのことではある。最近は、人がいいというところへはとりあえず素直に信じて行ってみたほうがいいと思っている。

Donden 5月6日の早朝は前夜の嵐が嘘のように晴れ上がりドンデン山荘から見渡すと佐渡の東の空に美しい日の出が繰り広げられていた。ここまでの連休後半の悪天の日々から解放されたような心地よさを与えてくれて、これだけで来てよかったと思えてしまう。旅心はピュアなところがある、いい体験に出会うとそれまでの重い空気が一気にかなたへ飛び去る。
6時半の朝食までの間にドンデン山荘周辺を少し歩いてみる。900mにも満たない標高だが斜面には雪渓がやたらと残って遊歩道は全く使い物にならない。舗装路はここから先は車両通行止めになっていて歩いて行くと所々でなだれが道を覆っている。ホオジロやウグイスのさえずりに混じって少し離れた斜面や谷からコルリ、クロジ、コマドリの声が流れてくる、時折ドンデンと場違いな音も遠くから響く。舗装路の散策では花は多くないが雰囲気はいい。が、満ち足りた心地で宿に戻った頃には空はもう暗転して雷雨となる。これは随分な不安定ぶりだ、ドンデンと音がしていたのは遠くの雷だった。4日前の予想計算より上空の寒冷低気圧の張り出しが顕著なようだ。一団の嵐は1時間ほどで通り過ぎるが不安定な雰囲気は漂ったままだ。とも かく予定通りアオネバ渓谷に向かう。谷に沿った道を上り始めるとニリンソウの群落が続く、中にトリカブトが混じっていて、なるほどこれでは間違ってつんで事故が起こりそうだと納得してしまう。それにしてもニリンソウを食べるというのはどんなものなのだろうか、栽培種でもない限り野の花や葉を摘んで食べるというのは保護地域でなくとも抑さえるべきことの様に思える。ぬかるんだ斜面の道を固定ロープを頼りに登ったりしながら暫く行くとシラネアオイが現われ始Oomisumisouめる、最初は珍しく思えてじっくり写真撮ったりしていたが次々に現れてきて半ば当たり前の景色になっていく。不思議なものだ。結構流れのある沢を渡り更に進むとオオミスミソウが所々に見えてくる。もっと雪渓の間際まで行けば大分見られそうだが時間の余裕もないし疲れたのもあってここらで引き返す、とにかく花は多いし可憐さがあって見ごたえがある、十分過ぎるくらい見た。雨は時折降りかかるが、概ね曇りといってよい、この不安定な天気の元ではラッキーだ。
キビタキやオオルリが姿を現せて美しい声を聞かせてくれる。オオルリはもう結構上手になっている、この時分は渡ってきたばかりで疲れて鳴かないのも多いのだがこれは上手だ。クロツグミも居るしコルリ、クロジ、ミソサザイも声を響かせる。
足場さえ気にしなければなかなか贅沢な谷だ。山荘から見えた金北山は雪を残してあたかも日本アルプスのような本格的な山のたたずまいを見せるしこの谷も小川くらいに思っていたが来てみると轟々と水が落ちていく立派な渓谷だ。古い記憶はかすれて、佐渡という小さな島のこじんまりとした風景を思い描いていたが大違いだ。こんなことがあるから実際に来て見ないと解らない。多分世界的にもこのような花の豊かさは少ないのではなかろうか。

日本の自然はまだまだ世界にアピールされていないところが多いように思えていたがまた一つそんな所を見つけた気がしている。100人近い団体とすれ違う、そのうちにここにも外国語ガイドが出没するようになるかもしれない、そして世界はフラット化を深めていくことになるのだろう、いいことかどうかは別にして。

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2012年4月27日 (金)

今度は737-200がパキスタンで墜落

航空機事故は起こり始めるとなぜか続く。今度はパキスタンのイスラマバード空港近くで737が墜落し乗員乗客127名全員が死亡した。ほぼ満席だ。この前のロシアの事故の南Islamabad に当たる、経度から見れば近いといえば近い。4月20日現地時間18:40頃(GMT13:40)発生した事故だ。Bhoja Airlinesというパキスタンのエアラインで(flight BHO-213)カラチからイスラマバードに向かって飛行しイスラマバード空港に着陸寸前の状態だった。滑走路端から約1.5km南東の地上の建物の上に墜落しているが地上側の死傷者については明らかでない。かなり狭い範囲に機体や遺体がバラバラになって飛散しているという、かなり痛ましい状況のようで航空機事故では死にたくないと思ってしまう。雷雨で荒れた天気であったこと、また機体が古いかったこと(28年前に製造)あたりに原因がありそうだと見られている。天候についてはイスラマバード空港のMETARで見る限り雷雲が丁度この時間帯に空港周辺にかぶっており事故の起こった時刻頃に局地前線(雷雲前線)が通過し気温が急に低下している。天気図を書き出してみると高温多湿の下層大気の上に北西からの上空の寒気の張り出しが及んで大気全体はかなり不安定な状態にあったとみれる。雷雲自体は西側で暫く発達していたようで崩壊しかかっていた時分とみられ、状況からは強いダウンバーストが発生していてもおかしくない。機体の飛散範囲が狭いことから前進速度が小さいように思え、失速で墜落したことが疑われる。進入中にダウンバーストに遭遇、背風が急に強くなり失速(或いはバックサイドに入ってパスをキープするために機首を上げすぎて失速)高度が低く(恐らく100m程度)気流も乱れていたため回復できず墜落に至ったという状況が考えられる。古い機体でウインドシェアに対する警報や防護が十分でなかったとも推定される。勿論雷だけでは落ちることはないが強いウンドシアに着陸寸前に遭遇すると難しい状況に陥る、こんなときは速度を高めにして入ってくるほかないと思われるがその辺の対応がどうだったかということにもなる。判断が甘かったのかもしれない。パイロットはどうだったのだろうか、機体の整備はどうだったのだろうか、情報が少ないが気象条件とその他の原因が幾つか重なって事故は起きたのだろう。

こんな事故でなくとも雷雲前線通過する時に着陸する飛行機には乗りたくない。運航がちょっときつめになっているのが遠因のようにも思える。航空需要が急激に増えつつある地域で古い機体を満席にしてきつい気象条件でも運航する、いつか事故になる。まだまだ序の口かもしれない、これから世界のあちこちで事故の続く日々になっていくように思えてくる。そんなことで内に閉じこもることも無いのだが。

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2012年4月20日 (金)

同窓会がはやっているらしい

同窓会がはやっているらしい、というよりビジネスとして注目されているらしいというべきなのだろう。団塊の世代が世代として社会を牽引する役目を終わり振り返りたくなっているためだろうか。自分のまわりにも同窓会のお知らせが目に付いている。
そんな訳で前の週末に東京まで出かけた。雨だった。治りかけの風邪にはよくないが次の日は休みだし なんとかなるだろうと暢気に出かけた。東京も久し振りだ。時間があるので野鳥のつながりで知り合いのギャラリー展示を見に行く、京橋で地下鉄から上がると南北の感覚がつかめない。見慣れないビルばかりが眼に入る。東京には歩くのにもナビが要るような気がしている,そんな街はそんなにない、大概は山があったりシンボルが目に入ったりで軸が解る、東京には南北の軸が見つけにくい。昔は東京タワーと貿易センタービルが南北の目印だったように記憶しているが、少し離れるとそんなものは見えない。行き先場所のメモは自宅のコタツの上に忘れてきている、おぼろげな記憶だけだ。迷ってしまった。雨の中をエイッと方向を決めて歩いていくと八重洲の通りまで来てしまってやっと方角が解った。90度違っていた。また地下鉄出口まで戻って90度方向をずらして通りを覗くと100mくらい先にギャラリーらしき看板が見える。近づいてみるとどうもここのようだ。ドアを押して入るがこんな時は疲れていて気持ちが内側にはまり込むので、挨拶をしてもギョッとされるのがよく解る。こんな銀座ともいえるところで作品展を開く、一つの到達点のように思える、勿論その先があるにせよ、だ。カラスが舞う不思議な絵だった。日本画らしい装飾性があるが日本画らしくなさもあってうまく調和していて面白い。こんな絵は描けない。長く居るのも居ずらくて出てきてしまう。さて今日のメインイベントだ。

新橋まで移動する、汐留あたりに開催場所があって、東京のこんな中心でゆったりした個室ではさぞや費用もかかろうと思うのだが会費は安い。こういう場所があるのが東京の真髄のような気がしている、田舎ではアバウトですぐ高くしそうだ。
次第に古ぼけた顔が集まってきて話がはじまる。話を聞いているとそれぞれの生きてきた様そのものが面白い。しかし、どこか殻を少しばかりかぶっているように見える。昔の、幼い時の、殻も何もない博多弁でぺらぺらしゃべくっていた時代には戻れない。それをどこか前提に集まる、時は勿論戻せない、というか、不可逆性の時を強く感じる、こういう風に人は老けていくのか。1回しかない人生というのは残念だ、素直ににそう思う。別に握りこぶしをこめて目一杯生きたほうが良かったとも思わない が ひたすら流れていく時が、何とかならないものかと思ってしまう。パラレルな時間をそれぞれが潰している、しかしもはやステイブルな姿を感じる、人で満ちている世の中を思ってしまう。

雨は予測どおり9時には止んだ。風邪は悪くはならなかったようだ、少しばかりハイになったためだろうか、久し振りの夜の山手線が何かなつかしかった、こんな風に生きていくのも悪くない。 Sakura120414

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2012年4月18日 (水)

宇都宮の桜開花日予測が今年もまたずれて

Sakura2012 庭の桜が満開になったと思えば冷たい雨が降る。ことしの我が家の庭の桜開花は9日だった、街なかよりもちょっと遅れるのはいつものことだ。

5日の木曜日の暖気の流入で宇都宮の街なかの普通の桜の蕾は殆ど膨らみきり次の日には花が開き始めたように思えている。金曜日の4月6日に気象台にほど近い会社の駐車場の見事な桜は開花した。しかし今年の宇都宮の桜(ソメイヨシノ)の開花は気象台観測結果では4月8日となっている、いささか感じが違う。数年前までは気象台発表と駐車場の桜は開花日はぴったりあっていたが近頃少し気象台発表は遅いような気がしている。標準木は大丈夫なのだろうか衰えてきたのではないだろうかと少々気になる。別に気象台の標準木が宇都宮の平均と一致しているというものではなくサンプル抽出に過ぎないのだけれどもサンプル数が少ないだけにデータの信頼性にどこか引っかかりを覚えてしまう。個人個人が情報発信となりうるこんな時代だからもっと多くの点のデータを使えば感じがあってくるのだろう。しかし思い直してみると この1本ときめて長い間信頼して見つめ続けるというのも頗る日本的で否定するべきものではない。出来るだけ多くのデータを取って平均する、統計処理する、いかにも合理的だ、しかしそこに生きている一つ一つの生き物の息遣いが見えなくなる。どちらが本当の姿を伝えうるか、二つの感性の間で揺れ動くのが普通の姿なのかもしれない、自分なりのそのままを見据えた方が良さそうだ。自分の中では駐車場の桜が開花した日を宇都宮の開花日としたい。4月6日だ。

事前の計算では宇都宮の開花は4月3日と推定していた。4月2日が最低気温が零下になったにしてもやはり推定は早すぎる。去年も4月3日と推定していて結局4月5日(駐車場桜)開花だった。積算日数から開花日と結びつけるのはいいとしても判定値を今まで20としていたものを21.1以上としなければならないことになる。花は何を感じ始めているのだろうか、パターンなのだろうか。数値的には開花日直前で最低気温が零下となる日があるとその日数分だけ積算日数が遅れるようだ、が、1ヶ月近く前からそんな日があるかないKaikayosoku かを予測するのはまだ出来ない。もう少し様子をみるのが良さそうだ、ともかく来年はこのパターンが続くとして判定基準を今年に合わせて暫定でずらして予想するほかないのかもしれない。

庭の桜も散り始め駐車場の桜は息を呑むような花びらのじゅうたんを作り出している。次々にシーンを変えていくこのスピードのある美しさが何度見てもたまらない。しかし ああ桜も終わりだ、せかされるように5月6月7月の遊びの計画が頭を巡る。風情とちりちりした時に追われる感覚、これが日本の感性の根っこかもしれない。

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2012年4月13日 (金)

ATR72がロシアで墜落

久し振りに旅客機の墜落事故だ。4月2日の朝 ロシアのチュメニ空港近くでロシアの国内線ターボMap2 プロップの72人乗りコミューターが墜落した。UTair航空のチュメニ発スルグト行き120便ATR72-200で離陸直後の現地時間午前7:30、(GMT:0130) 頃の事故という。機体は3つに折れて大破し39名の乗客のうち11名は負傷しながらも助かったが他の乗客と4名の乗員は死亡している。UTair航空はチュメニの油田産業を需要の背景に持ちチュメニを中心にB737とターボプロップのATRを主として計105機の旅客機を運航、これとは別にヘリチャーター事業ではロシアで最大の規模を誇っている。それなりの規模のエアラインで昨年のパリエアショーで737-800を33機発注しており事業を更に拡Gsmap_html_image201204020100 大中の状態にあった。UTair航空はソ連崩壊後にできたエアラインで2007年にTu154の墜落事故を起こしている他2008年、2011年にヘリの死傷事故もありこのところやや事故が多い。事故機のATR72はフランスのATR社製の72人乗り双発ターボプロップ機でATR社はボンバルディア社とターボプロップ旅客機市場を2分しており、ボンバルディアに較べやや小さAtr72201_vpbyz いエンジンで燃費がよく価格もやや安く最近は市場でよく売れている。
チュメニはウラル山脈のすぐ東にあり山から平野に移っていくところに位置、空港は標高113mに2本の滑走路を持っている。事故機はメインの3000m滑走路(03/21)から離陸しており、当時の気象条件をMETARで調べると風は240度から6m/sで右30度の風になるが大した横風でもない。天候は曇りにスノーシャワーで雲低は1300ft、雷雲があり、気温マイナス1℃、湿度100%でみぞれがスノーシャワーに変わったところだったが視程は10kmとまずまずということもあって離陸したと思われる。フライトレコーダも回収され事故原因は調査中だが着氷が疑われている。湿った零度付近の状況でいかにも厳しい着氷が発生しそうな気象条件だ。機体は防除氷スプレーを機体にかけることなく離陸し、また防除氷装置もオフだったと報道されている。ATRはパワーが弱めのこともあり着氷状態では上昇姿勢で失速に入りやすいしうまく上昇できないと思われる、過去に着氷で2度落ちている。
状況を見てみると気象条件を甘く見た着氷による墜落と素直に推定できる。
いかにもありそうな事故がロシア西シベリアの石油の町でフランス製の航空機で起こる、いつになくとげとげしさのない事故だ、日常のような事故だ、ロシアは普通の国になってきたように思えている。

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2012年4月10日 (火)

sequestrationの単語が目に付いて

この頃米国の航空宇宙ニュースに頻繁にsequestrationの文字が現れるようになっている。
直訳では接収とか差し押さえとか言う言葉になるが、現在の報道で用いられている意味は来年1月から始まるかもしれないアメリカの国防予算の自動削減をさしている。
アメリカは日本ほどではないが財政赤字に悩ませられており、とにかく解決しようという意Uscaptol 志から財政赤字削減を必ず行うようにとした法律を昨年の夏成立させた、これによれば今年の暮れまでに議会が財政赤字削減策に合意しなければ強制的に今後10年の間に1.2兆ドルの予算削減を行う、そのうち約0.6兆ドル分を国防費の削減でまかなうとなっている。毎年凡そ1割の予算を削減することになる。
乱暴な話だが真面目に財政赤字削減に取り組んでいるところが健全だ。日本はその場しのぎを延々と繰り返しとんでもないサラ金地獄陥っている。日本こそいまからでもこれくらいの法的強制を行わなければいけないのだろう。
それにしても国防費は既に既定方針に従って前年までのトレンドに対し1割程度削った予算で議会に提出してありこれに加えて更に1割削るということになれば米国のかなりの軍事プログラムが大きく縮減され破滅に至るとの危機的表現があちこちで見られるようになっている。人員削減は直ぐには出来ないので購入経費を大きく削ることになるところが恐れられているようだ。
オバマは財政赤字削減をやり遂げる意志が固くこの法案を修正する気は毛頭ないといっている。本当にsequestrationの事態になれば勿論普天間にも影響は及ぶだろう。

さてどうなるか。今年はいやましに政治が盛り上がる年になっているようだ。

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2012年4月 7日 (土)

トンチャンリからの発射は風も弱い14日と予想

北朝鮮の軌道への打ち上げが注目されている。ミサイルであれ人工衛星であれ打つことには違いなかろう、何時打つつもりかということになる。失敗は許されない、打ち上げの誤差はFuusokutcr 風の影響もかなり受ける、気象条件から狙うとすると上空まで風の弱い日だろう。打ち上げ場であるトンチャンリ発射場上空の気象予測データを書き出してみると12日はまだ強いが14日になるとめずらしく上空まで風が穏やかで晴れる、狙うとすればこの日だろう。金日成生誕記念日の前日で政治日程からもいい。さてどうなるか。

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2012年4月 5日 (木)

春には激しさが

春にはむっとしたむせかえるようなぬくもりと激しさがある。そこが春らしい。しかし今年の春は格別だ。

強風が吹き荒れて低気圧はオホーツクへ抜けていった。今年は何だか北の寒気が南へ波Hokubei 打って下りてくる様が激しいようで米国ではロッキー山脈沿いにニューメキシコまでおりてきて荒れた天気を南部にもたらし代わりに暖気が五大湖を超えて南から北へ張り出してこちらではとんでもない暖かさをもたらしたりもしている。大気が掻き混ざらなければ系が保てないのは南北の温度差が大きくなりすぎているということなのだろうか。赤道付近の海面温度の分布からはそのようでもなく、北極回りの極渦も極端に弱まって冷気を垂れ流している風でもない、変な感じだ。。しかし地球の大気系が極地と赤道部の温度差が大きくなりすぎて平均化しなければとのたうっているようなのは事実としか言いようがない。高度別に細かくみれば恐らくそういう部分が明らかにあるのだろう。

昨日会社の芝生にツグミが現れた。いつもは北への渡りが近づく3月には現れて遠くを眺める得意のポーズを披露していたが今年はなかなか現れず 遅い、どうしたのだろう、放射能が関係あるのだろうかと疑心暗鬼だった、しかしこの強い南西風でどこからか運ばれてきたのか、何事もなかったようにのんきに遠くを見つめている。いつもより寒い北の寒さの影響で常より南の地方まで下がっていたのだろう、とにかく現れてくれると常のサイクルが回っていることを確かめられて安心感を与えてくれる。
Ume この前の日曜、4月1日も前日の強風の名残があったが梅を求めて市貝の観音寺に出かけた。北の寒さに押されて梅は4月というのにまだ満開にもならず遅い春を感じさせていたがもうツバメの姿があった、これは早い。宇都宮のツバメ初見の平年値は4月4日だ。やはり南は気温がいつもより高く、着いてみてこれは寒いとツバメはがっかりしているのかもしれない。

村上城址を一渡り見て下高根沢を経由して新しい道で宇都宮に戻っていたら右手にサシバだ。これも早い、こちSasiba4 らは気象台のデータもないので感じだけだが、早いように思える。慌てて車を停めるがみるみる上昇気流で上がっていってしまった。南から渡って来る鳥が引き連れてくるように常より暖かな南の暖気がじきにどっとやってきそうだ。

暖かい南の空気はその暖かさをじりじり増し、北の寒さも歩調をあわせるようにじりじり増していく。その理由はなんなのだろうか、まだ解らない、しかし、この冬の大雪も、アメリカで頻発する大型の竜巻も、このところのただならぬ程強い低気圧も、花が遅いのも、南の渡り鳥が早いのも、全てがその事実を指している、これは本当のことだろう。着々といつもより暖かい春が進んできている、花と鳥とは違っているのも、そんな細かいことを押し流すように力強い春はやってきている。これが毎年のことになっていくのだろうか、そんな不安を抱えた予感が漂っている。

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2012年4月 2日 (月)

螺旋状に巡る春

もう先週のことになる、庭の梅もぽつらぽつらと咲き始め、なんとか梅のいい場所はないかと宇都宮から南に向かった。遠くまで行くのは疲れるので、行った記憶のない下野薬師寺というところに行ってみる、別に梅の名所というわけではないが奈良時代からの旧跡なら梅Yakusiume くらいあるだろうという軽い気持ちだった。新4号から自治医大のほうに折れ、思いの外細い道で資料館の立派な建物にたどりつく。無料がうれしくてとにかくにわか勉強して遺跡を歩く。梅は遺跡の芝生にたくさんの植えてあり6-7部咲きの状態だ。のんびりしていて散策に丁度いい。回廊跡や戒壇院の跡に江戸時代に建てられていた六角堂などが残る遺跡では今尚五重塔跡の発掘がおこなわれている。 戒壇院は地方では大宰府の観世音寺とここの2つに設けら れこれを東大寺が管轄していたようで、東の仏教Yakusiji布教の中心地としてこの地が選ばれている。
この下野薬師寺は天武天皇が飛鳥に薬師寺を建てた数年後に建立されたとみられ、690年頃には既に建築されていたと推察される。
ゆっくり歩いていると薬師寺八幡宮という平安時代から続く神社もあって神仏混合がありありだ。それにしてものどかな農村に古の遺跡が点在する雰囲気はどこか奈良・明日香に似ている。同じような雰囲気のある場所に建立されたのYakusijinjyaかもしれない。盆地ではないが山を下りた幾つかの川が次第に集まっていく地形で海からも少し隔たったその形の感覚が何処か通じているような気がする。
1400年前の山の形はそのままで川の流れも大しては変わっていないのだろう、人のやっていることはたかが知れている。人にとっては長い時間であっても60代か70代の代替わりくらいだ、遺伝子に何が起こるというほどの時間でもない、ましてや地球の歴史からは瞬く間の時間になる。意味があるのは今の時間そのものだけなのだろう。
今年も新たな春をむかえつつある、新しい春ではあるが春はけだるくどこかうっとおしいところがあるのも昔から多分変わらないのだろう。時は単に螺旋状に回転しているだけかもしれない。

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2012年3月28日 (水)

庭の梅が咲いて

まだ庭の梅は蕾が固いと思っていたらこの間一厘咲いているのを見つけた、3月24日に咲Ume2012 き始めではいくらなんでも遅い。こんな春は久しくない、思い出さないだけかもしれない、この2年ほど 猛暑、大震災、大雨、豪雪 と あまりにも自然から圧倒され続けられているためだろうか。
今年の夏はどうなるだろうか。地球の気候の指標として強力なペルー沖海面の温度推移は現在ラニーニャから抜けつつあり各国の気象機関の予測では今年の夏期は平年比で僅かなプラス即ちエルニーニョ側の予想となっている。昨Elninyo 年夏はラニーニャ傾向で暑めの夏だったのに比べ今年の夏は穏やかな 平年程度の夏となることが予測される。波打つように厳しさと穏やかさがやってきているようだ、このまま発散的に進行するのだろうか。

前回の荒れた気候の時代(氷河期終了に続くヤンガードリアス期といわれる時代)は凡そ1万年前に終わった事が地球に刻まれた痕跡で認められている、長い地球の歴史を考えればついこの間のことだ、波打ちながらこのまま次第に荒れた気候の時代に再び突入していったとしても普通のことのように思える、人為的温暖化があろうがなかろうが、気候の変動はお構いなしにやってくるものなのだろう。

貴重となるかもしれない穏やかな夏 これはしっかり遊ぶことが楽しそうだ、前回の氷河期の名残の氷河でも眺めにヨーロッパにトレッキングに出かけてみるのも良さそうに思えている。

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2012年3月18日 (日)

新しいインターを降りてみる

最近日光自動車道の新しいインターチェンジ土沢(どざわ)を使って日光と往復することが多くなった。初めのうちは何でこんなところにわざわざインターがとやり過ごしていたがある時ふと気になって日光からの帰り道土沢で降りてみた。見慣れぬ道が日光街道と離れるように南に向かう。走りやすい道だ。暫く走ると板橋という町で例幣使街道の途中に入る、一旦例幣使街道の杉並木が途切れるところにあたる。古い道に特有のクランク状に街道が曲がる部分に接続して道はこの先から杉並木となって鹿沼へ向かう、要するに鹿沼から日光道を使いやすくしたインターが土沢ということになる。納得して、途中の文挟で東へ折れて宇都宮へ向かう道に入る。大谷街道となっていくこの道も走っていて気持ちのいい道だ。古賀志山の麓を走り季節にはりんごもあって花が美しい。走ってみてこのルートで何といっても実用的なのは高速の料金が日光からなら100円で済むという割安感だ、フルに高速を使うのと10分と変わらないし道もきれいだ。しばしば日光に通っても負担にならない。Tekagami2

週末、日光彫の作品がまた一つ塗りあがって戻ってきた、今度は手鏡だ、図柄は東照宮であちこちに現れるぼたんだ、定番というべきでいかにも日光彫というところが好ましくもある。
 日光からの帰りに例によって土沢で降りて気持ちよく走っているとラジオからピンクフロイドが好きでしたとのトークが流れてきて、ピンクフロイドを巡る記憶がぱあーっと蘇ってきた。好みに合っていた、レコードも何枚か持っていたし一時は発売されると必ず買うことにしていた、最後はCDだったけれども。初めてピンクフロイドの名に出会ったのはアントニオーニ監督の映画「砂丘」(Zabriskie Point)を見ていた時だった、映画の方は製作者の試みが何か空回りしているようで今ひとつだったが挿入されている音楽が良かった、中でも何度もテロップで示されたピンクフロイドの名とリズムを踏んだ現代音楽のようなロックの響きが印象に残っOsekkai た、こんな音楽の時代になったのだと感じた、感覚に響くものがあった。最初に買ったのは確か会社に入って初めてのボーナスでオーディオセットをそろえた時に合わせて買ってきた「おせっかい」というアルバムだった。新しいアルバムが発表されるたびに買ってきて寮の部屋で劈くような大音量で鳴らしていた。このところ聞いていない。というよりうるさがる家人がいない時にたまにレコードを鳴らしている、CDのハイカットされた響きを抜けた切れ味があってゴミやキズのノイズがあってもレコードのほうがいい音がする。今日この頃はピンクフロイドさすがにもう活動していないようだ、「ウオール」のあたりからなんだかズレを感じていて、自分にとっての新しい魅力は失っていたのだが。
レコードの中にだけ存在し続けるピンクフロイド、針を落とせば忘れた感覚を取り戻す、形のない存在、やはりいい、安心感も漂ってくる。

安心感のある ものや響きに浸るのが心地よくなって、ああいけないと時々思う。前へと思う。新しいインターを降りてみる、そんなことがまだまだこの先必要なような気がしている、そうでもしなければ生きることにあきあきてしまうだろう、そこに待ち受けているものがいつかは見た風景であったとしても。

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2012年3月15日 (木)

2012年の宇都宮の桜開花は4月3日と予想。

3月も半ばとなったがまだ寒い。しかしもう桜の季節が目の前だ。このまま平年並みの気温が2012kaikayosoku この先続くとして計算すれば宇都宮の開花予想は4月3日となる。平均で平年+1℃なら4月1日頃だ。このまま平年並みの気温に収束するとするのがいい線かもしれない、4月3日前後と見るのが良さそう
だ。昨年は予想日2011kionhikaku直前で気温が下がった日が続き2日遅れの4月5日だった。今年はどうなるか。

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2012年3月 9日 (金)

ウグイスが鳴き始め

一昨日の朝宇都宮市にある会社の門を入るとウグイスの下手な鳴き声がする、ここでの初鳴きだ、今年は3月7日ということになる。自宅ではまだ聞かない、思い返すと去年からそれまでとは違ってジョウビタキも秋には自宅に現れず、モズも高鳴きが聞こえず、鳥の動きが違っている、ウグイスも何処かへ行ってしまったのかもしれない。気候もあるが、原発も影響も及ぼしているのだろうか。
会社でパソコンをいじっているとエクセルが何かの拍子にwindowsのインストーラを起動するようなってエクセルに入れなくなる。もう大分長くエクセルと付き合っているがこんなのは初めてだ。netで同じような症状を探すと確かに結構起こっているようだが幾つか提案されている対処法は決定的でない。これでは困ってしまうと更に探していくとやっとうまく行くやり方に行き当たる。excelの起動スイッチという機能を利用するもので スタートから ファイル名を指定して実行 に行き Excel /regserver と入力してレジストリキーを上書きする方法だ、これでやっとインストーラの起動から解放された。しかし思い返しても”何かの拍子”というのが解らない。XPは使いやすいがいまだに不可解なことが起こる、人間が拵えたソフトウエアだ、多分明確な理由があるのだろう、しかし解らない。
一昔前まではもう少し物事が解り易かったような気がしている。原因と結果を結ぶ糸が凡そ見えるような気がしていた、しかしこの頃は次第に霧がかかったように見えにくくなってきている、単純な生活でなくなっているのだろう、自然に向き合うのさえ単純ではなくなっているのかもしれない。どこまでいくのだろうか。自分が存在しなくなった後にずっとこの先続いていく時間の流れを思い浮かべてみる、何処かで人類は壁にぶつかることになるだろうか、乗り越えられるだろうか、1000年続くだろうか、10000年続くだろうか、恐竜の時代のように億年単位まで続くだろうか、不思議な気分になる。どこかでは終りがくるのだろう。

こんなことを考え始めると、どこか本当に春が来たような気がしてきて面白い。確かに春が来た。

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