2017年7月19日 (水)

夢のような街かもしれない

もう10日くらい前のことになるが、アオバズクを見に遠来の孫子を連れて30分ほどの神社まで出かけた。
到着して見回すと枝を見上げている風情の人がいる、近づいて様子を聞く。そろそろ巣から子供のアオバズクが出てくるころだが未だ出てきておらずお父さんアオバズクがあたり

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を見張っているだけだという。確かに言われた方向を見ると一羽それらしいアオバズクが枝にとまってこちらを見ている。早い年にはもう子供が出ている頃だから間もなくだと思うとも話してくれ、おまけに巣の木の穴に近いところに落ちている産毛のような羽を拾って、これがヒナの羽毛と思う 盛んに飛ばしてる、と渡してくれた。
刺激しないようにそっと小さいカメラで写真を映して静かに立ち去る。雨覆いと風切り羽根の拾ったものも渡してくれた。きれいな羽根だ。アオバズク特有のまだらのような模

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様はないので他の鳥の羽ということもあるが、巣の近くに落ちていたという雰囲気からしてアオバズクかなと思う。でも正確には解らない、解らないくらいがいつも気になって調べて丁度いいとも思う。
以前いくつか拾ったり貰ったりして集めていた羽根は引っ越しの時にどこかに紛れて出てこなくなってしまっていた、捨てたはずはないのでどこかに潜っているのだろう、結局出てこないこともありうる、集めなおせばいいかとも思っている。この街ではまたそれができるようだ。

宇都宮にいたころはこんな風に身近な神社の森にアオバズクが毎年来るということはなかった。福岡ではこの時期になるとあちこちからアオバズク飛来との情報が流れる、南に寄っている分渡り鳥が居つきやすいのかもしれない。
アオバズクの渡りのルートは衛星追跡発信機を装着できるほど大きくない鳥なので明快なデータがあるわけではないが対馬の出現があまり早くないようなので朝鮮半島経由ではなさそうで、

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石垣・沖縄から続く島伝いに北上しているのではないかと想像される。ここから朝鮮半島に渡るのもいるのかもしれない。

それにしてもちょこちょこと鳥を見に行くのにいい街だ。蝶やトンボも面白い。
今日も近くの図書館を訪れた後 横の池を散歩しているとチョウトンボが4頭位現れた。夢のような暮らしかもしれない、歩きながらふとそう思った。

梅雨もそろそろ開けそうだ。

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2017年7月17日 (月)

感性工学の講義が

放送大学で感性工学というオンライン講座を取ってみた。感性というキーワードが引っかかっていた。自分の関心がある部分と重なるところが多々ありそうに思えていた。オンライン講座はテレビ・ラジオ

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講座のようには公開されていないので内容を知るにはきちんと学生になってサイトにアクセスするしかない。オンラインである分時間に制約がないので毎回講義のほかに1時間に及ぶインタビューが主任講師によって行われているあたりが特色でもある。インタビュー対象は感性工学に関わる有力な方々で感性工学のそもそもの提唱者である長町三生広島大名誉教授も含まれる。インタビューが中核の講座のようにも思える。

講師から最初にある通り感性は何かというところで定まっていない、定まっていないままで教えようとしているところが面白いといえば面白い。インタビューでは感性とは何だと思うかという問いが毎回投げかけられる。

 心の働きにおいて、理屈で理解する部分が理性、感覚で感じる部分が感性という至極普通の分け方、カントの著書純正理性批判でもそのような記述になっている様に思うが、これで何がまずいのだろうか、それが解らない。カントの使っている感性で別に構わないのではないか、どこが不満で新たな定義を持ち込む羽目になったのか、その説明はどのインタビューからも感じ取れない。

感性とは何かという言葉の定義がそれほど気になるのは結局は感性の商業利用の方向を強く考え始めたところからではないのかと思ってしまう。長町の感性工学はマツダのクルマの開発に長町が関わったところから始まっているという、そういうことなのだろう。

感性という言葉の受け取り方そのものの変化がすこぶる興味深い奥行きを持っているようにも思える。
恐らく感性というものと感性工学というものは全く違うものなのだろう。長町のインタビューからも感じられることだが感性工学はユーザー目線でプロダクトをつくるという至極当たり前のことを追求しているに過ぎない。ユーザーの感じている求めていることをユーザーアンケート等に基づいて設計パラメータにどうやって落としていくか、そのプロセスがキーのような学問に思える。具体的にはユーザーアンケートの因子分析を行う、その結果に基づきユーザーの求めるプロダクトの設計パラメータ(アイテム・カテゴリー)を数量化理論1類を使って求める、というのが骨子の様だ。
講義では手法の詳細が細かく説明されるかと思えばそうでもない。具体的解析は、それぞれのソフトを使って求めればいいということだろうか。確かに検索すれば因子分析のフリーソフトは探せるし数量化理論1類の具体的な手法も出てくる。

ユーザーの求めるいい感じのもの、という感じを理解するにはカワイイも詫び寂びもきちんと受け止められなくてはならない、広範な美術的音楽的なバックグラウンドも必要となるだろう、感性工学が泳いでいる世界はそんな世界なんだということがなんとなくわかってくる。
しかし「アートと設計の接点は殆ど無いといっていいでしょう」 というような耳を疑うような説明をテキストで公言するような講義だ、未だに中途半端な技術と中途半端な考え方しか頭にない人達の学問なのだろう、そんな風にも思ってしまった。講義を振り返ってみると、ここに未来はない、ブレークスルーは無い、そういう確信が湧いてくるようでもあった。なかなか整理のつけられない講義だ。

こんなことを改めて考えさせてくれただけで十分すぎるほどの価値がこの講座にはあったようにも思う。放送大学はやはり面白い。

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2017年7月 6日 (木)

アクロスランチタイムコンサートが良くて

アクロス福岡で平日の昼時の短めのコンサートとしてランチタイムコンサートという名の演奏会が時々ある、切符代も低く抑えられていて気楽に行けるので 時々聴いている。こん

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な時間帯だから女性やリタイヤ組が圧倒的に多い。昨日も台風3号の嵐の中出かけた。今回の出し物はギターと弦楽のアンサンブルでギターは益田正洋、アンサンブルはアクロス弦楽四重奏団で技量は十分すぎるメンツだ。

益田正洋というギタリストはよく知らなかったが、いかにもクラッシックというきっちりした演奏がいい。うまい。曲は ヴィヴァルディのギター協奏曲、モンティのチャルダーシュ、パガニーニのセレナータ、ハイドンの四重奏曲、テデスコのギター五重奏曲 それにアンコール1曲(何だっかメモ忘れ)。ギターと弦楽のアンサンブルというのは初めて聞いたが、それぞれの楽器の特徴がよく出ていて面白い。ビオラの自在な音の変化をギターの正確な弦の響きが支える、ギターが表に出れば心地よい緩やかさでアンサンブルがギターを支える、これは心地よい。現代作家であるテデスコの五重奏曲はなじみにくいせいか今一つ聞いていて乗り切れないところがあるが他の曲目は素直に楽しめる。

いいコンサートだった。少し調べると、このコンサートはアクロス福岡と交流のある所沢ミューズでアクロスの協力により今年の4月に今回と全く同じメンバー同じ曲目でワンコインコンサートとして開かれていた。アクロスの社会活動の一つかもしれない。素晴らしい活動だ。

天気が荒れようがこんなコンサートを聴いていると、なかなかいい日々だと思う。いつまでこんな楽な日々が過ごせるだろうか、やっぱりそんなことも思ってしまう。

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2017年7月 3日 (月)

2017年6月の福岡市南区周辺他の野鳥


野鳥の子育てがあちこちで進んでいるようで新市楽池ではバンに新たに4羽のヒナが生まれた。カラスも縄張り争いか大きな群れが鹿介池の周りで争っているようでもある。中公園に出没するカワセミはどうやらペアリングしているようだ。皆忙しい。
手元に残るメモからの観察記録は下記

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2017.6.1-3 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 3日合わせて(数は日最大) 中公園:カワセミ1、ツバメ3、カワラヒワ、ムクドリ、シジュウカラ、ウグイス、スズメ、アオサギ1、 新市楽池:マガモ2、スズメ7、ムクドリ、バンヒナ声、ドバト3、鹿介池:ムクドリ5、スズメ8、ツバメ3、ハシブトガラス6、バン1、アオサギ1、シジュウカラ4、ヒヨドリ

2017.6.3 夜 20:00頃  福岡市油山市民の森 アオゲラ?、ウグイス、オオルリ?、キジバト、カワラヒワ、キビタキ、コゲラ、シジュウカラ、ソウシチョウ、ツバメ、ヒヨドリ、ホオジロ、ホトトギス

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2017.6.5 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:カワセミ2、ツバメ1-2、ムクドリ、シジュウカラ3、ウグイス疑、スズメ、ハシブトガラス、 新市楽池:バン3(1+若2)、マガモ2、アオサギ1、スズメ、ドバト3、鹿介池:バン、ハシブトガラス約50、ムクドリ、スズメ

2017.6.6 am10:00-12:00頃 春日市春日公園の野鳥 ササゴイ1、セグロセキレイ2、ハクセキレイ3、ダイサギ3、ムクドリ、スズメ、バン、ツバメ5、コゲラ、コチドリ、ハシボソガラス3、カワラヒワ、アオサギ2、シジュウカラ2、カワセミ

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1、キジバト2、アオバズク1、マガモ、ヒヨドリ、ドバト、ハシブトガラス、メジロ

2017.6.8 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ムクドリ、スズメ、ハシブトガラス、ハシボソガラス、ツバメ、ヒヨドリ 新市楽池:ツバメ、

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マガモ5、鹿介池:バン1、ハシブトガラス、ムクドリ、スズメ、メジロ、カワラヒワ2、ヒヨドリ、ハシボソガラス

2017.6.9 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ムクドリ、ヒヨドリ,メジロ、ハクセキレイ1 新市楽池:バン3、ツバメ2、マガモ1♀、スズメ 鹿介池:バン、ツバメ、スズメ、ムクドリ

2017.6.12 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ムクドリ5、スズメ、ハシブトガラス2、ツバメ1、マガモ3、シジュウカラ、コゲラ  新市楽池:バン2、ハシブトガラス 鹿介池:バン1、ハシブトガラス、ムクドリ、シジュウカラ2、スズメ、カワラヒワ、ヒヨドリ、

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2017.6.13 am7:00頃 4Ac,calm 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:Rサンショウクイ、ムクドリ4、スズメ10、ツバメ1、マガモ1、ハシブトガラス、ハシボソガラス、カワラヒワ声 新市楽池:バン3、鹿介池:バン1、ムクドリ10+、コゲラ1、ツバメ、ヒヨドリ2 大池通ツバメの巣放棄か

2017.6.14 am7:00頃 1Ac,風力1、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ムクドリ20、スズメ15、ツバメ1、マガモ2、ハクセキレイ1、カワセミ声、アオサギ1 新市楽池:バン3、カワセミか 鹿介池:バン1、ムクドリ20+、ツバメ、ヒヨドリ、カワラヒワ声、ハシブトガラス、ハシボソガラス

2017.6.15 am7:00頃 1Ac,風力1、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:カワセミ1、ムクドリ50+、キジバト2、ツバメ1、マガモ2、スズメ、ハクセキレイ2、メジロ声 新市楽池:バン2、ムクドリ2 鹿介池:シジュウカラ4+、ツバメ1、バン声、むくどり、コゲラ2、メジロ声

2017.6.16 am11 東京・昭和島 コアジサシ約200、むくどり20+、ハシブトガラス5+、スズメ

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2017.6.17 am10 皇居東御苑 ヒヨドリ、スズメ、コゲラ、ハシブトガラス
2017.6.18 am10 旧古河庭園 コゲラ、ヒヨドリ、ムクドリ

2017.6.21 am7:00頃 雨、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:カワセミ2、アオサギ1、マガモ4、メジロ2、カワラヒワ5、キジバト2、スズメ 新市楽池:バン3(親1+若2)

2017.6.22 am7:00頃 曇り8Ac100,calm、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:カワセミ2、アオサギ1、スズメ、ムクドリ、シジュウカラ2 新市楽池:バン1、シジュウカラ1、キジバト1 鹿介池:ツバメ1、ハシブトガラス、キジバト1、ムクドリ2-3、バン1、メジロ

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2017.6.23 am7:00頃 1Ac100,calm、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:メジロ1、カワセミ1、スズメ、ムクドリ10、ツバメ2、カワラヒワ3、キジバト1、アオサギ1 新市楽池:バン3(親1+若2)、シジュウカラ声、コゲラ声 鹿介池:スズメ5、ハシブトガラス1

2017.6.24 am7:00頃 8Sc020,S 2、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ムクドリ12+、スズメ10、キジバト,ヒヨドリ2 新市楽池:ハシボソガラス2、マガモ3、バン声 鹿介池:コゲラ1、ツバメ2、スズメ、バン声,コゲラ穴

2017.6.26 am7:00頃 8Sc020,calm、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:メジロ1、シジュウカラ1、カワセミ1、ハシボソガラス1、キジバト2、ムクドリ、マガモ4、スズメ、アオサギ1、ツバメ1、ハシブトガラス1 新市楽池:バン1(若1)、ハシボソガラス1 鹿介池:ムクドリ、ヒヨドリ、スズメ、?声

2017.6.27 am7:00頃 8Sc008,calm、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:アオサギ1、

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ヒヨドリ2+、ムクドリ7、スズメ8、シジュウカラ1-2、メジロ1-2、キジバト1、ドバト5 新市楽池:バン3(親1+若1+ヒナ1)、ドバト2、ツバメ4、ムクドリ声 鹿介池:ツバメ1、ムクドリ、ヒヨドリ

2017.6.28 am10:00頃 8Sc010,calm、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:マガモ2、スズメ30+、ムクドリ10、シジュウカラ2、メジロ1、キジバト1 新市楽池:バン8(親2+若2+ヒナ4)、ヒヨドリ1、ハシボソガラス1、スズメ 鹿介池:スズメ10+

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2017年6月29日 (木)

運河の眺めと蛍と

品川の南で大学時代の運動部の同期会がある予定だったが少し早く着いてしまった。
京浜運河とつながる高浜運河沿いに時間つぶしでぶらぶら歩いてみた。
運河の対岸に巨大な門型のビルがある。こういうビルを見ると近頃はインスタグラム投

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稿に相応しいいかなと思ってしまう。そう思えば躊躇いもなく想う存分に眺められるのがいい。小心者には理由付けがあると何をやるにも気楽にできる。後で調べるとマンションとオフィスの複合ビルのようだ、因みに家賃はとみると2LDKで24.6万円とある。ほとんど埋まっているようなのにも少し驚く。確かに場所も環境もいいが幾ら何でも高い。そういう世の中になってしまったようだ。東京は最早自分には住めない街だ。
でも少しだけ東京という街が羨ましくなる。

 

旅から福岡に戻ってきて翌日蛍を見に行った。
蛍を見るとこの時期ホッとする。宇都宮にいた頃はどこで蛍が見れるのだろうとあっちこっち見に行って結局市内の美術館裏の数頭の蛍を見るばかりが毎年のことだった。
福岡へ移ってくると、あちこちにほたる公園と銘打った場所がある、どうもこっちの方が多そうだ。蛍のポイントとして最も近いところが那珂川町の中ノ島公園と教わって、行ってみると見たこともない蛍の数だった。こんなに手軽に見れるならと毎年必ず訪れている。駐車場が少し離れたところに確保されているのもいい。
映像になんとか収めたいと写真撮影を試しているが大体分かってきた。1枚で撮るなら

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iso3200でf8,5秒が今のところまずまずで、撮った映像を画像処理ソフトで明るさとコントラストを好みに調整すればまあみれる写真になる。たくさんの蛍が翔ぶさまの映像が欲しければ同じ場所同じアングルで何枚か写真を撮って重ねればいい。もちろん多重露光ができればそれがいいがやり方がよく分かってないので後でソフトで重ねるのが簡単だ。
今年は少しは動きの入った写真が撮れた。梅雨どきでも結構遊べる。

 

梅雨も後半戦に入ってきた、大気が連日不安定になっている。雨が殆ど毎日何処かの時間帯で降る。植物がよく伸びる。だからと言う訳でもないが、やっぱり福岡に住むのが丁度いいのかな。そんなふうにも思っている。

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2017年6月23日 (金)

東京のコアジサシ

東京へ出かけることに決まって、大した用というわけでもないのでできるだけ費用を抑えようと安い飛行機便をいくつか探してみたがLCCは思ったほどには安くない。

マイルも片道だけ使うという手もある、これならマイルがすってんてんになるということはあるまいと羽田往復として往きはスカイマークの1万円くらいの切符があったのでこれにして帰りはJALのマイルということにする。これならチープな旅が可能だ。
あまり時間もないがどこかで鳥見をしたいと思っていた。モノレール羽田線といえば途中にコアジサシのコロニーがどこかの工場敷地に形成されているというのを看板で見たことがあったのを思い出して、少し調べてみた。

ネットを手繰っていくと森ケ崎水再生センター東施設の屋上部にコロニーがこの時期形成されるということが分かってきた。更に一時数が少なかったが関係者の努力が奏功したためか2014年頃から増え始めて多分今年もそれなりのコアジサシが飛来しそうだということも分かった。

勿論水再生センターは基本的に外部の人は自由には入れない、外から見ればいいがどこからなら見れるだろうか、調べようとするがこれ以上情報は発見できずとりあえず昭和島駅で降りて京和橋あたりまで歩いて行ってそこから眺めてみようという計画とした。

九州では有明海の三池島にベニアジサシが来ていたがこのところ不調でなかなか姿が見られなくなっている、また以前鬼怒川のコアジサシのコロニーを見たことがあったがその後大雨で川の様子がすっかり変わってコロニーが形成されなくなったこともあり、アジサシのコロニー維持の難しさを感じていた。東京のコアジサシでも見れるものなら見ておきたい。

 

Map

当日予定通りモノレールを昭和島で降りて東口改札口を出る。天気は少々日差しがあるが雨にならなかったのは有り難い。細い通路があって通りに出るのだがその途中まで来ると右手の大きな建物の上からコアジサシの群れが飛び出してくるのが見える。

 

結構近い。暫く眺めているがこの通路を通る人は誰も足を止めようとしない、見慣れた風景なのだろうか。録音したりとりあえずの写真をコンデジで残す。
水面へ飛び込むところも見れるかもしれないと京和橋まで歩いていく。

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海に掛けられた橋だけに橋の中央は結構高くなって水再生センターのコロニーと思しきところとほぼ同高度になる。さすがにコロニーそのものは遠くてよく見えないがそれらしい場所は大体わかる。

 

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コロニーから時折5-10羽位の群れで海面に出て魚を採り始める。よく見るような垂直降下をするコアジサシもまれにはいるが殆どは接線気味に接水して採っているようだ、魚が浮いてきているのだろうか。

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それとも海が汚くてあまりつかりたくないのだろうか、よくわからない。
京和橋を渡って反対側の水際沿いには遊歩道がついていて日陰で見ることができるがこちら側にはムクドリの群れやカラスもいて、コアジサシは寄ってこないので少し遠い。コンデジの望遠ではちょっと苦しくスコープか300mm以上の望遠が要る感じではある。
見ているのが思いの外面白くてあっという間に予定した時間は過ぎる、また昭和島の駅まで群れ飛ぶコアジサシを見ながら戻り、昼食場所と決めていた天王洲アイルまで進む。

こうして少しいい気分になって久し振りの東京の旅は始まった。
見るべきと思うものはなるべく見るように心がけているが、今思い返してみても旅はどういう形であれ刺激的で面白い。

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2017年6月22日 (木)

何かが凝縮した街東京

東京で同期会が2つあって、おまけに気象予報士総会のシンポジウムも聞いたりして久しぶりに2泊3日を東京で過ごした。折角だからとモノレール羽田線沿いのコアジサシを途中下車でみたり、皇居東御苑のアヤメを見たり、旧古河庭園のバラを見たり東京をあちこち動き回ってもみた。

何とか時間を作って東京駅近くで開かれるダビンチ・ミケランジェロ展もみようと計画したが結局疲れて力尽きて辿り着けず旧古河邸での歌曲のミニコンサートを心安らかに聴いていた。歌の翼がバラ園の中空に拡がっているようでゆるく流れる時のうねりが心地よかった。
東京はストレートな生き方がし易いかもしれない、そんなことを思っていた。


旧古河庭園にバラの時期かと見に行ったのは、東京には旧華族や財閥の邸宅がいくつか残されていてそれが東京ならではの見どころのように思っていることがあった。
旧古河財閥の迎賓館であった旧古河庭園は北区にあり京浜東北線の田端の次の駅上中里で降りて10分足らずで到着する。泊まっていたホテルは人形町駅の近くだから日比谷線で上野まで出てJRに乗り換えればいいという塩梅で複雑な地下鉄乗換もなくて気軽にアプローチできる。

日曜だからなるべく早めでないとと人出が気になって9時の開館直後に入る。洋館の見学は10時半からだが当日申し込みは少し早めに行って並ぶ必要があるらしいというのもあった。
Furukawagarden
バラは殆どの木にはまだたくさん蕾をつけていて1番花は過ぎているものの2番花が十分に楽しめる時期だった。2番花などという言い方はここのホームページで初めて知ったが言って見るといかにも詳しそうな雰囲気になって面白い。丁寧に手入れされていて、見ている間もずっと手入れの人が手を動かし続けている。話しかけたくなって、バラのムシ対策は?と聞いてみる、基本的に1週間に1回の薬剤散布でムシは防げているという。ふーんそんなもんでいいんだという感じだ、話すことが面白い。

洋式庭園の作庭は邸宅の設計者ジョサイア・コンドルによるものという。いかにもヨーロッパの庭園だ。
連日の飲み会で疲れていたのもあって日本庭園につながるところの木陰のベンチで鳥の声を聴きながらスケ
Baraen_2ッチを始めた。描くべきものがたくさんある景観だから十分に時間が使えて気兼ねなく休憩できる。
鳥の声は大抵がヒ
ヨドリで時々コゲラの声がするそれくらいだ、しかし何故か品がいいヒヨドリでいやみがない。ゆったりした時の流れに身を任せる。
いくら何でも洋館見学時間が迫ってきたので切り上げて急ぎ日本庭園を見て回る。茶室が点在しこのままのんびりしようとすれば幾らでも居られる雰囲気の庭だ。いいところだ。

Furukawagarden2 洋館に辿り着くと当日見学の列ができ始めているが十分定員内だ、ほどなく見学が始まる。写真撮影は禁止という。写真を撮ることにしか興味のない人はご遠慮願いたいという管理者側の気持ちが伝わってくる気がする。

建物は進駐軍に接収された後暫くは放置されてお化け屋敷状態にあったというが今は綺麗に維持されている。こういう風に整備され始めたのが戦後の終わりを示しているともいえるだろう。

2階の洋式ホールのドアの裏側に襖があって和室が作られていたりする、和室の床の間や違い棚も含めて全てジョサイア・コンドルの設計という所がまた面白い。明治期の招聘外国技術者で鹿鳴館等を設計した人だ。東大で辰野金吾他多くの建築家を育て、個人的にも日本画や日本舞踊まで習い日本舞踊で知り合った日本人の妻をめとって67歳で日本で没している。ロンドン生まれの英国人だ。デレーケ等も含めて明治初期の日本には人生を日本に捧げた優れた外国人が来てくれているのには感謝を覚えるばかりだ。
一回りした後、1階ホールで3人の女性声楽家によるミニコンサートがあるというのでもう東京で回るところは終わりにしようとコーヒーとケーキを味わいながらその歌声を楽しむ。菩提樹にからんで訳詞の近藤朔風を少し調べたところだったので同じ訳詞家の手になる野ばらの歌唱になにか因縁を感じる、歌の翼がバラ園の空に響くさまは何とも言えない安らぎがある。
東京という街もさすがに素晴らしい、そう思えてくる。何かが凝縮している。

上中里駅から浜松町経由で雨が降り始めた羽田に出て午後の便で福岡へ戻る。博多駅前でバスを待っていても人の多さの圧力を感じない、やはり東京の人の厚みは疲れるかな、歳をとるとすかすかしている福岡位の街が丁度いいかな、そんな風にあれこれ思いながら家路についた。この街らしい乾いた風が吹き抜けていた。

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2017年6月15日 (木)

菩提樹、言葉と事物

いつものようにテレビをぼんやり見ていたら菩提樹の花が満開ですとにこやかに笑うアナウンサーの姿が出てくる。フーンと思いながらも見にいくのもいいかもしれないと思う。理屈をつけて出かけるようにしないと特に梅雨場は動きが鈍くなる、精神に良く無い。
恵光院という寺だという、調べて見ると筥崎宮のすぐ側だ、一応駐車場はある事になっている、特に問題もないようなので直ぐに出かけることにする。例によってナビはそうかなあという街中突破の道順を指し示す、面倒なのでナビにとりあえずは従ってみる。走り出すと案の定渋滞ありリルートしますが次々に出てその度にリルートに従うと細い道をうねうね走らされる。後悔しながら筥崎宮までたどり着くと恵光院の駐車場が分からずぐるぐるまわることになって、諦めて筥崎宮の門前のコインパークに入れる。参道を歩いて行くと確かに恵光院の駐車場はあるが筥崎宮の参道から曲がりこむところが進入禁止になっていて普通に考えると駐車出来ない。しかし既に1台駐車している、どこから、と思っていると次の一台が現れた、参道の歩道部分を少し走って進入禁止の立て札の裏側から曲がり込んでいる。知っている人はこうするらしい。

Bodaijyu 門をくぐってやや進むと目当ての菩提樹が現れる。なんとも言えない香りを漂わせて小さな黄色い花が鈴なりに垂れている。本堂には涅槃図のご開帳もある。仏門の信者ではないが形ばかりのお参りをして、花の写真をあれこれ撮る。置いてあったベンチに腰掛けてのんびり眺めたりもする。確かに心が和らぐ木だ。
釈迦が悟りをひらいたのも菩提樹の下とされる。一方で菩提樹といえばリンデンバウムだ、シューベルトの冬の旅の中の有名な歌曲でもある。
眺めているとシューベルトと釈迦は本当に菩提樹でつなBodaijyu1 がっているのだろうかと思えてくる、何だかピッとこない、歌詞を思い起こすと同じ木だとは思えない。
戻ってネットであれこれ調べると、フーンという話が色々出てくる。
まずは釈迦が修行した菩提樹はインドボダイジュと現在呼ばれている木で、クワ科イチジク属の木であり、恵光院の菩提樹は和名ボダイジュでシナノキ科シナノキ属で全く違う木とわかる。シューベルトのリンデンバウムのほうもまた違うセイヨウシナノキと呼ばれる木だがこちらはシナノキ科シナノキ属でボダイジュとは近しい関係にはある。

なんでインドボダイジュでないボダイジュがお寺にあるのかというと、もとは約800年前に中国から伝わったものであのお茶を伝えた栄西が中国に渡った際にこれも持ち帰ったという。正確には頼んで日本に送ってもらったという事らしい。送り先は博多で香椎宮のそばにまずは植えられたという。その後日本に戻った栄西の手によって株分けされたボダイジュが全国の寺院に配られて日本に根を下ろしたという事らしい。東大寺の菩提樹にはその経緯が残されており栄西が伝えた木の子孫であることが明記されているようだ。香椎宮の元の木は戦国時代に焼失しその場所には今は東大寺から株分けした木が植えられているという。恵光院の菩提樹は樹齢200年とされるばかりで由来の説明がないがたどれば栄西の木にたどりつくのだろう。
栄西の伝えた菩提樹が日本国内で大事にされてきたのはその木の出す雰囲気があったからだろうが、そもそも何で中国でインドボダイジュが菩提樹とされずシナノキの仲間が菩提樹とよばれるようになったかについてはインドボダイジュが熱帯性の木で温帯には適合できないため近しい木として今のボダイジュが選ばれたとの説明があるようだ。しかし本当にそうなのかどうか、解らない。現在通販でもインドボダイジュは売られており日本国内で育てている人も多数いるようではある。おおらかなところが大乗仏教らしいといえばそうだ。
シューベルトの菩提樹の歌だが歌詞はドイツの詩人ヴィルヘルム・ミュラーのドイツ語で勿論菩提樹の言葉は訳者が選んだ言葉だ。訳詞は明治の終わりから大正の初めに活躍した近藤朔風の手によるもので、同じシューベルトの野ばらもこの人が訳出したものだった。重ぐるしい歌曲冬の旅の中でほっとする気持ちを与える名曲だ、菩提樹という和名は名前はまさにそのような効果を曲とともにもたらしているように感じる。原文のリンデンバウムは植物学的には、セイヨウシナノキというべきなのだろうがそれでは歌にならない、近い種類のボダイジュを当てたのは正しいと思える。
調べると色々な思いが菩提樹ボダイジュという言葉からにじみ出てくる。
言葉と事物の繋がりの保証が容易く崩れ、崩れたとしてもまた新たな時空を生み出していく深みのある関係に思いが至る。
こういうう風にして世界は成り立っているのだ、また思ってしまった。

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2017年6月 6日 (火)

タイ特別展を見る

心に引っかかって気になっていた展示会がついに最終日になったというのでとにかく見に行った。近頃はPoster日程をコントロールする力が弱まっていて、きっちり予定をくんでおかないと何もできなくなるような恐ろしさが自分の周りに漂っている。ここで終わりという日には何をさておいても動くしかない。
観に行ったのは 日タイ修好130周年記念 特別展 「タイ-- 仏の国の輝き--」という九州国立博物館の出し物だ。東南アジアには訪れたことがなく知らなすぎるという引け目とどのくらいの文化だったのだろうかという純粋な好奇心のないまぜがたわいもなく心に引っ掛かりを作っていた。
 九州国立博物館は放送大学で学んでいると半額で入場できるということもある、行かねば損との気にもさせていた。

午前の早めに入場したが最終日の日曜日ということもあり混んでいる。駐車場も既に大分埋まっている。いつもは平日に訪れているせいか子供の姿が多く思える。
見始める。時代順に日本では法隆寺の時代に当たる頃の仏像から始まる。不思議P03 な形の仏像が並ぶ、ともかく顔の形が日本でみる仏像と全く違う、唇が随分厚いし口 が大きい。人種的には近いはずだが文化が違うとこうなるかとの印象を受ける。最初にどう作られたかで違ってきたのだろうか。勿論ここにも特有の美しさがある、力がある。
タイ語の文字も並んでいる。漢字文化とは全く違う。戻って調べると、インドの文化圏のようで、タイ文字はアショカ王時代にも使われたインドのブラーフミー文字というのがその源流にあるようだ。梵字などとも近しい文字らしい。タイに仏教が根強く生きているのもそんなことが関係してもいるのだろう。
文字がしっかりしていると文化も古くからしっかりと開花していく、メナム川(チャオプラヤー川)下流に栄えたドヴァーラヴァティー王国の7-8世紀の仏像や工芸品も並べられているがいずれも素晴らしい美術品だし精巧な細工だ。インド文化圏とも称せられる文化圏と中国を中心とする漢字文化圏の2つの有力な文化圏が厳然とアジアに存在し続けていたことを改めて知らされる。ちなみにベトナムは中国漢字文化圏の南端、タイはインド文化圏のヘリで 挟まるカンボジアは微妙な位置に昔からあったということになる、現代史が透けて見えるようでもある。学ぶことが多い。

15-6世紀の日本の戦国時代には多くの日本人がシャム(タイ)に進出していた。当然それなりの航海術が発達していて、立派な海図が残されている。これもここで見ることができる。むろん世界地図もあるが、特にロシア北岸の海岸線が良く描かれていることに改めて驚く。当時既に北極近くまでの地理的知識が世界的には蓄積されていたようだ。世界は広がっていた、鎖国がなければ全く違うアジアでの日本の広がりというものがあったに違いない、鎖国で安全は保てたが失ったものも相当に大きかったように思える。

予想していた通り気になっていた通りタイには日本と明らかに異なる優れた文明があった、リスペクトする心、それは知ることから始まるのだろうな、当たり前のことをまた教えられた気がする

まだまだ学ばねばならないことは果てしない。

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2017年6月 1日 (木)

2017年5月の福岡市南区周辺の野鳥

2017年5月の福岡市南区周辺の野鳥

上旬には市内各所でハチクマの通過が見られたが中旬過ぎには殆ど見られなくなった、今年はやや早いように思える。
近くの溜池ではバンが3羽の雛をかえした。暫くは子育ての季節に入る。ツバメの姿が今年は多いように感じる。こちらも巣作りに忙しい。
カワセミも近くの中公園に久しぶりの姿を見せた。

手元に残るメモからの観察記録は下記

2017.5.2 am11-pm1  糸島・立石山 トビ5 糸島・火山 アオゲラ(声)

2017.5.3am10-12 福岡市油山市民の森  Rサンショウクイ(声)、サシバ1、コルリ20170503sasiba1 (声)、カワラヒワ、コサメビタキ、エゾビタキ、イカル(声)、ヤマガラ、シジュウカラ、ウグイス(声)、ホオジロ、トビ、ソウシチョウ(声)、ヒヨドリ、ハシブトガラス、ハチクマ

2017.5.8 16時頃 福岡市西区今津 ヒバリ、オオヨシキリ10-20、コガモ、マガモ、アオアシシギ、イソシギ、カイツブリ、ソリハシシギ、アオサギ、ホオジロ、コサギ、キンクロハジロ、バン、トビ、ハチクマ、チュウシャクシギ(またはダイシャク?)、コチドリ
20170508ooyosikiri1
2017.5.11 am11-12 福岡県宇美町昭和の森周辺:Rサンショウクイ、メジロ、オオルリ、ヤマガラ、オオアカゲラか(声)、コゲラ、アオゲラ、カケス、ソウシチョウ、シジュウカラ

2017.5.12 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:マガモ2、カワラヒワ4、ツバメ5、ムクドリ2 新市楽池:マガモ20170508imazuhachikm 2、バン1、ハシボソガラス1 鹿助池:シジュウカラ6、バン1、スズメ

2017.5.15 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:カワラヒワ3、スズメ、マガモ 新市楽池 マガモ、バン2 鹿助池:バン

2017.5.16 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:カワラヒワ2、シジュウカラ、ムクドリ、スズメ 新市楽池:マガモ1、スズメ 鹿助池:アオサギ1、ハシボソガラス、バン、ヒヨドリ

2017.5.16 am12 油山片江展望台:ハチクマ見えず、サンコウチョウ(声)、オオルリ、コゲラ、キビタキ、シジュウカラ、ホオジロ、メジロ

2017.5.17 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:カワセミ1、マガモ2、カワラヒワ3、ツバメ2、ムクドリ、スズメ、キジバト 新市楽池:バン1 鹿助池:バン

20170523bannhina 2017.5.22 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:ツバメ、マガモ1、カワラヒワ、ムクドリ、スズメ、コゲラ(声)新市楽池:バン2、マガモ1、スズメ 鹿助池:シジュウカラ、バン

2017.5.23 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:マガモ♀1、カワラヒワ2、キジバト1、ムクドリ、スズメ、アオサギ1 新市楽池:バン5(内雛3)、ドバト2、マガモ1、スズメ 鹿助池:シジュウカラ
5+、バン2、ドバト5、ハシボソガラス

20170524tadehooaka2017.5.24 am11 阿蘇山上 ガビチョウ(声)
     14時 くじゅ
うタデ湿原 セッカ、ホオアカ2、ホオジロ、カッコウ1、モズ1、イカル(声)

2017.5.25 am8 佐賀県大授搦 トウネン(多数)、ハマシギ(少数)、クロツラヘラサギ約15、チュウシャクシ ギ、ホウロクシギ、オオソリハシシギ、ズグロカモメ、ダイゼン、ダイサギ、ダイシャクシギか、オオヨシキリ

2017.5.27 am7 福岡市南
区長丘周辺 中公園:シジュウカラ3、モズ1、ムクDaizen2aドリ、スズメ、カワラヒワ、コゲラ 新市楽池:バン(声)、マガモ3、スズメ、ツバメ3 鹿助池:シジュウカラ、バン(声)、ムクドリ、スズメ

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2017年5月29日 (月)

ミヤマキリシマを見に

ミヤマキリシマを見に阿蘇まで出かけた。ちょっと遠いが車も新しくなったことだし新車で遠乗りの感触もいいかなということもある。

行くのはいいが熊本地震で阿蘇大橋周辺の道路が通行不能になっており阿蘇山に向かう道はどうなっているのだろうか、ネットで事前にあれこれ調べる。ミルクロードと称される県道339号線を使うのが熊本から阿蘇へ向かう現在のルートになっている ようだ。復旧の器材等がこのルートを使って運ばれているようで、国交省のページでは途中には臨時トイレが何か所も設置してあるという。そう大変な道でもなさそうだ。
阿蘇でミヤマキリシマが見られるところはロープウエー駅付近のいわゆる阿蘇山上と仙酔峡がポイントだが仙酔峡のほうは通行止めだらけで現在は全くアクセス不能だ、見られるのは阿蘇山上しかない。
阿蘇カルデラ内の道路で阿蘇山ロープウエー駅に向かう道は1本のみが昼間に限って通行可で枝道は通れないようだ。一応ルートは開いてはいる。


とにかく出かける。福岡から九州道を熊本インターで降り、阿蘇に向かう57号線を途Asosannjyoua 中の大津でミルクロードに折れて不通個所を迂回して阿蘇までたどり着く。天気は予想通りの低い雲で時折弱い雨がぱらつく。
一先ず草千里はやり過ごしてロープウエー駅に向かう。勿論ロープウエーは動いていない、架線も外されているが駅の売店や食堂・トイレは開いていて観光客を受け
入れている。いずれにせよ火口に向かう遊歩道も閉鎖されている、ここまでだ
歩ける場所はないものかと探すと山上有料駐車場から火口と反対側にに向かって出ている遊歩道が見つかりこれを少し歩く。ミヤマキリシマ群落の中を歩く遊歩道だ。
花はないわけではないが白く枯れた枝が目立つ。火山
Asomapの噴煙でやられたようだ。
生き残った枝は必死の思いで花をつけている。地中からわずかに伸びた小さな枝にも花をつけている。遠くの方を見ると枯れた白い枝と僅かな緑と花の赤が微妙にまじりあってむしろ上品な花の景観が見渡す限り広がっている。めいっぱいの満開もいいがこの光景も別の顔を見るようで味わい深いものを感じる。訴えかけるものが多い。
事前に阿
蘇市の観光課に開花状況を問い合わせると阿蘇山上は一分咲きとあり、草千里のレストハウスに問い合わせると草千里は3分咲きといういずれも申し訳なさそうな答えが返ってきMiyamakirsim2ていた。満開を毎年見慣れた目には不甲斐ない情けない花の状況と映ってしまうのだろう。しかしこの景色もいい、花は盛りのみをや、との徒然草の一節が浮かぶ、むしろこの景観のほうがやまと心の趣があるといってもいいような感じさえする。
山上の有料駐車場には僅か2台のクルマしか止まっていなかった、ロープエー沿いの散策路は閉鎖されていてこちらの遊歩道に気が付かないで引き返すだけなのだろう。遊歩道の存在を示す案内板もない、勿体ない。

Miyamakirsim草千里のレストハウスでゆっくり昼食をとってくじゅうに向かう。ほとんど止んでいた雨が降り出した。レストハウスには観光バスが何台も来ており草千里の遊歩道を雨具を付けて歩く姿も散見できる。小雨にけぶる眺めも落ち着いていい感じだ。
阿蘇一宮町から県道11号「やまなみハイウェイ」でくじゅうへと走る。この道も途中片側通行などがあって被災からまだ完全には戻っていない。クルマも少ない。
1時間半くらいで長者原に着く。まだ雨だ。ビジターセンターの下の階から傘をさして歩きだす。風はなくて雨も大したことはない。湿原ではサワオグルマの黄色い花が見ごろでサクラソウもまだ咲いたりする。雨はほぼ上がってきて セッカが飛び回ったりホオジロ、ホオアカ、カッコウ、モズなどが姿を見せたり声を聞かせてくれたりする、何時来てもいい湿原だ。

帰りは片側通行だらけだがとにかく通行できるようになった九酔渓を経由して九重ICから大分道に乗って戻る。新しい車の自動追従モードをできるだけ使って走ると散策した後の長いドライブも足がつるようなこともなくて安全に楽に走れる。

いい時代になった、体がしだいに衰えていくのを技術の進歩がカバーしてくれる。どちらが早いか、いいとこ勝負かな、まだまだ遊べるかな、そんなこと思いながらもう夏のように明るい夕べの博多の街へと車を走らせた。

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2017年5月26日 (金)

笹栗九大の森


近頃水面から不思議な木が立ち上がっている写真を時々ネットで見かけることがあり、笹栗の森というから福岡の近郊の様だと検索してみると笹栗九大の森という場所Rakuusyouca に行き当たった。

どうやら九大の演習林らしい。一般に公開されているようなのでとにかく出かけることにする。
少し調べると九大は演習林を北海道と宮崎と福岡に持っていてその福岡演習林の一部が笹栗九大の森ということのようだ。
この笹栗の演習林は九大が1922年に当時の農商務省から国有林の移管を受けたことに始まっている。糟屋演習林と称し366haの広さがあった。暖帯林として林学・森林学の研究に用いられてきたようだ。
戦後、交換や拡大で面積は2007年時点で482haにまでに広がっている。1993年からは福岡演習林の名称となり2010年より篠栗町との共同管理のもとその一部17haが笹栗九大の森として一般市民向けに解放された。
笹栗九大の森には スダジイ、アラカシ、タブノキ、クスノキ、ヤマモモなど約50種の常緑広葉樹とコナラ、ネジキハゼノキなど約40種の落葉広葉樹が生育しているという。


北駐車場から左へ進むとすぐに写真で見た不思議な木の風景にたどり着く。落羽松という木と説明にある。ラクウショウの名は栃木の井頭公園で見たのを思い出す、地中から突き出す気根が印象的だった。こちらの落羽松も水際に気根を見せているが全体に大きくて水中にそびえているためか随分と受ける感じが異なる。岸辺からやたら写真を撮る人で局所的に混雑している。帰りがけに駐車場近くで4人の女性グループに絶景というのはどっちへ行けば見れますかと聞かれた。絶景ポイントということで知る人ぞ知る景観になっているようだ。確かに日本離れしている。

とにかく池をめぐる遊歩道を散策してみる。やはり常緑広葉樹が目に付くがコナラの大きな木も多い。概ね平坦で駐車場間の連絡歩道を含めて一周はおよそ3km弱くらいある。いい森だ。同じ糟屋郡でもその前の週に少し歩いてみた昭和の森(一本松公園)から三郡山縦走路に至る道より遥かに歩きやすくて安心できる。ただ、野鳥の声が森の雰囲気の割に少ない気がする。何故だかわからない、たまたまこの時間この季節というだけかもしれない。

自宅からは直線で13km位、道なりでは20km近くある。いい森だが気楽に散歩に訪れるにしては少々遠い、でもそれは贅沢というべきか。いくつかの行き方が考えられいい道がありそうではある。大宰府と宗像を結ぶルート上にある場所という見方をすれば歴史的にも面白い場所のようにも思えてくる。時々訪れてみよう。

福岡に戻ってもう4年になるがまだまだ行くべきところがたくさんある。やりたいこと行くべきところと残り時間、そんなことが気になる年頃に次第になってきたようだ。帰路を走りながらつらつらとそんなことを考えていた。

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2017年5月19日 (金)

東西合同同窓会

高校の東西合同同窓会があるというので神戸まで出かけた。今振り返ると何かが詰まった旅だった気がする、昔暮らした街だが旅全体がそれらしい小さな驚きに満ちていた。忘れないうちに書き留めておこうと思う。

神戸を訪れるのは半世紀ぶりのような気がしている。宇都宮にいたころは宇都宮と福岡を何度もクルマで往復したが神戸は通り過ぎるだけだった。クルマで神戸まで行く、もうそんな元気はない。
同窓会翌日はゴルフをやろうというプランも用意されていたがゴルフはついに人に付き合えるほどにもならなかったなあと、やらずに帰ることにして、夜行バスで帰りを予約しておく。セパレート3列の座席のバスというから眠れそうな気がする。泊まるのは何か大げさで夜行バスで帰るくらいが安くてどこか感じがあっている。
行きは新幹線だがこれも安い買い方を調べてJR西日本のe5489という予約システムでお得とされる切符を事前購入した、10270円(普通に買うと14990円)で随分安い。ちなみに5489とは「ごよやく」の語呂合わせの電話番号でこの番号で予約を受けていたものをネット予約にしたのがe5489ということらしい。初めて見るとやや不気味な暗号のように見えてしまう、こんな言い方を使い続けていることへの疑問が湧いてこないところが旧国鉄らしいともいえる。でも旅らしい始まりだ。
切符の引き取りは 乗車当日JR西日本の券売機で「予約切符受け取り」を押して予約の時に登録していたクレジットカードを差し込み予約時登録電話番号下4桁を入力すればすぐに発券される。1度やってみると難しくなくて便利だ。とにかくみどりの窓口で並んで買うことからは解放されていていい。

新神戸の駅に着く、本来の神戸・三ノ宮駅からは結構離れていて歩いてはいけない。神戸市内の最終目的地までJRを使うなら途中下車となる計らいがあって、それ用の改札機が出口の左の方にある。切符を通すとハンコを押されて出てきて先でまた使えるという仕掛けだ、こういうところでケチりたくなる、それが出来るというのがいかにもJRの旅という感じがする。

新神戸駅のにぎやかなのには少々驚かされるがそのまま地下鉄で三ノ宮に向かう、一駅だ。高校にいたころはまだ新神戸などという駅はできておらず当然こんな地下鉄もなかった、新しい世界に来たような感じがする、半世紀という時の流れは偉大だ。

三ノ宮の地下鉄駅から阪急、JRと地下を抜けてサンチカに入る、やたら人が多いしDscn3171 なんだか店も多い。半世紀前はサンチカが出来たばかりでここまでの賑わいではなかった、歩いているとどこにいるかわからなくなって地上に出る、ほっとする、弱い雨が時折降りかかる。

センター街はどうなったのだろうと覗いてみる。勿論店は入れ替わっているようだが商店街としての姿は昔とあまり変わらない感じがする。震災でもアーケードは壊滅しなかったようだ。元町の途中まで行ったところでそろそろ今日の行事の一番目の母校見学の時間かな、と切り上げてせめてもの神戸土産にと たまたま目についたにしむら珈琲店で粗挽きの珈琲缶を買っていく。土産として手頃感と神戸らしさがある。

JRまで戻ってくだんの切符を改札機に入れると問題なく受け付けてくれる、これで幾ばくかは助かった。
住吉で降りて国道2号沿いを歩く。昔は国道電車と称する路面電車が走っていたがむろん今はその姿はない、昔の通学路だが風景はまるで変っている。住吉川まで来るとポートライナーの線が頭上を走り川底の昔ダンプの走っていた道は立派な遊歩道となってランニングしている人の姿が見える。六甲山はここから見た風景は変わらないがポートアイランドのために削られた小山が裏の方にあるのだろう、僅かに山を動かして街を広げる、そんなことを神戸市は半世紀も前からやってきた。
歩いていると 震災があったからだろう、新しい建物ばかりのように見える。

母校の正門のところに来る、見た感じ昔と同じようだ。きれいにはなっている。案内に従って集合場所に至り見学が始まる。集まった顔を見渡すとかろうじてそうかなと思う名前が2人くらい浮かんであとは誰が誰やらわからない。半世紀ぶりではこんなものだろう。
建物は震災でも持ちこたえてそのまま残ったが老朽化とやや人数が増えたことで改修増築されて中身は昔とだいぶ変わっている。プールからは高飛び込みの飛び込み台も消えて、代わりにというべきか校舎の屋上には天体観測ドームが設置されている。剛からスマートへのシフトがそこここにある。普通のことだろうし思ったほどには変わっていない気もする。

Dscn3225 母校見学会の後は同窓会となる、会場はトアロードの突き当りの洋館の一つという触れ込みだったが、行ってみると新しい建物のように見える。しかし格式がある、雰囲気がある、神戸らしい。
知らない顔が少しずつ解けてくる、様々な人生が交錯する。まだ働いている人もいる。

それぞれの顔からはどこかもう脂ぎったところが消えて全体がセピア色に変わりつつある、平和な眺めだ。
穏やかな談笑の続く2次会を適当に切り上げて夜行バスの集合所へ向かう、PMPTビルという三ノ宮の飲み屋街のただなかにある建物だ。入口の飲食店の客寄せかと見まごうばかりの係員にバスの出発予定時間を告げて待合室に入る。年代層が随分若い。若者の世界に足を踏み入れた感がある。出発10分前にバスのところまで誘導されて列をなして飲み屋街を歩く。
眠れるだろうかと悩む間もなく眠りに落ちる。歩きまわって疲れたのと酒が回ったのとある。丁度いい。山口県まで走ったところで休憩があり目を覚ましてバスの外に出てみる。夜行バスが何台も止まっている。どよーんとした感じが旅らしい。
やっぱり少々窮屈なところがある。ゆっくり眠れたとの感触はない。

でもコンパクトな旅だった、目的と交通手段がマッチした旅のように思えた。時を旅する。時が流れる。人が流れる。世代が流れる。

自分の座標がまた一つ確認できたような気がする。
今年は同窓会が続く、次は小学校の同窓会だ、振り返るばかりではもう先がないことへのあきらめと認めているようで、同窓会も変わるべきなのだろうけれども。

五月の緑がまぶしい。

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2017年5月10日 (水)

オオヨシキリ

夏鳥が次々に飛来して面白くなってきた。連休の始めは久しぶりのコルリの声を南公園と油山の二か所で聴けた。コルリが日本に多く飛来するようになったのだろうか、喜ばしいことだ。鳴いているコルリは殆ど見えるところに出てきてくれない。写真110507koruri1a はあきらめて録音に集中する。録音は後で聞きなおすと写真よりはるかに臨場感があって記録としても優れているように思う。(添付は以前軽井沢で撮った静かなコルリ)。
南公園の録音は丁度動物園入り口部の改装工事が急ピッチで進められている時でガランガランと大きな音がかぶってしまったが、後で聞きなおすと録音処理で少しは軽減できそうだし、何しろコルリが力強く鳴いてくれているのがいい。

連休の終わりころ今津にオオヨシキリが入っていると人づてにあり早速聞きに行く。ギョギョシギョギョシという鳴き声は宇都宮にいたころはこの季節に宇都宮市内や近 郊の葦の茂みからうるさいばかりに聞こえていて、いかにも北関東の河原に似つかわしい気がしていたが、しばらく聞かないとここ福岡に現れているときけばやはりそれっと出かけて行きたくなる。

新しいクルマにもだいぶ慣れて自動追従で走れば市街地もずいぶん楽なのもあって気楽に出かけられる。30分くらいで今津についてどこのヨシ原だろうと少し探すと玄洋高校に近いヨシの茂みから元気な声が聞こえてきた。懐かしさがある。近寄ってもそうは逃げないようなので姿を探すと時々茂みから上に出てくる。思った
20170508ooyosikiri2よりもずいぶん大きい感じがする。宇都宮にいる時は結構離れてみていたからだろうか、もっと小ぶりの印象を持っていた。いつも思うのだが福岡の鳥見は距離が近い。人家近くを旅することを鳥は心得ているような気もする。何しろ人類よりとんでもなくはるかな昔から地球上を飛び回っていた生き物だ、色んなことはすぐに心得てしまうのだろう。新参者の人類なんて適当にいなされているのだろう。

いずれにせよよく鳴く鳥は姿をしかととらえるのは難しい。考えてみれば当然だ。あの派手なアカショウビンでも鳴いている時は巧みに人から姿を木陰に隠す。写真を写すことに気を取られると鳥の楽しみから離れていくような気がしている。
録音のみする人にむしろ鳥は寄っていきもする。以前の蒲谷さんの講演を聞き直しているとどうして蒲谷さんには鳥が寄るのかとよく質問されると語っておられた所が心に残る。

20170508imazuhachikm 人でも有無を言わさずパシャパシャ撮られればいい気持ちはしない。鳥ならなおさらだろう。

今津で帰り際に仰ぎ見るとハチクマが2羽舞っている。そんな時期になった。こうやって流れていく時間を眺めていると、他に何のなすべきことが残されているだろうか、そんなことも思ってしまう。いい季節だ。

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博多どんたくに出る

5月の連休の催しで人が集まる筆頭は博多どんたくとされて久しい。今年も主催者発表で200万人を超える人出があったことになるがいつもほんとうかい、と思ってしまう。各所のステージの観客、ドンタクパレード観客・出場者の総計ではそういうことになるらしい。延べだからパレードの分は1日当たりの倍だしステージは前夜祭も入れれば2.5倍くらいになるのだろう。それにしても多いカウントだ。
見て回るといってもステージではどこで何をやるか直前までわからない、適当に見るしかない。パレードも立ち尽くして見続けるのは少々つらくなる。どう楽しむのがいいのだろうか、毎年何かずれを感じていた。

そもそもどんたくの始まりは平安末期の平家の時代とされているようだが現存する記録として残っているのは小早川秀秋が名島城城主となった1695年、博多の町人が松Kobayakawa 囃子を仕立て年賀挨拶として行ったことがもっとも古いものとされている。小早川秀秋といえば秀吉の親戚でありながらこの5年後関が原で家康側に寝返って勝敗の行方を決めたその人ということになる、どこか軽さがあったのだろう、町人も気楽に挨拶に行けたのだろう。歴史はこんなところが面白い。

江戸時代になって黒田の殿様に年賀挨拶する行事として定着し、松囃子の後ろに趣向を凝らした出し物が続いた、これが現在のどんたくパレードの原型とされる。博多側から福岡側にパレードが繰り出すというのはその時の形が残ったのだろう。今も残るお祝いの掛け声「いをーたー」というのが古いどんたくの雰囲気を一番よく伝えているような気がする、要するに無礼講のお祝い行列が主体ということだろう。

確かに面白い歴史があるが、パレードに参加するというのが元来の楽しみ方というものだろう。そう思って、今年は公募の博多町屋ふるさと館隊に応募してパレード参加した。
Zontag
パレード参加すると見物人としてパレードを眺めるわけにはいかない、楽しみ方が随分変わる。とにかく「ぼんちかわいや」ともう一曲、振りを直前に教わってパレードを踊りながら進む。すぐに慣れてそれらしく形ができて、群衆の視線を浴びるのが心地よい。
曲の切れ目で「いをーたー」の掛け声を掛けたりするとつい愉快になる。
呉服町から天神の市役所前まで1kmほどのパレードだが、ゆっくりと景観が流れていき十分に楽しめる。
確かに参加するとこんな祭りが盛大に数百年もの間毎年続くのもなんとなく解る。

前日の突然の雷雨はこの日は免れた。予期せぬことが起こる非日常の祭りというところが本物の祭りらしくていい。

解散後、まだ祭りのざわめきが満ちている街中をゆっくりそぞろ歩いた。春もそろそろ終わりなのだろうか。

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