2018年1月21日 (日)

ダーウインの種の起源を読む

ダーウインの種の起源を読んでいる。光文社の文庫本だと何となく岩波の文庫本よりとっつきがいい。

Syunokigen

読み始めて気が付いたのが原本の出版年が日本の歴史では殆ど明治維新寸前というあたりだ。正確には幕末安政の大獄が引き起こされた1859年だ。9年後には明治元年となる。ぼんやりとは1830年位のイメージを持っていたがそうではんかった。アメリカでは南北戦争、欧州ではナポレオン3世がオーストリアと戦争していた頃で世界的に騒然としてきた時代のように思える。音楽ではショパンが亡くなった後のブルックナーの時代となる。
第1次大戦前の世界に向かってグローバリゼーションが展開していきつつある時代ともいえる。
読むと確かに今に通じている。今でも疑問に思うことを地道に追いかけている。世界の動植物の生きていく様をつぶさに見て考察した結果が自然淘汰による生物の進化だったということのようで非常に説得力のある本だ。膨大な観察を背後に感じさせる。
たとえば草原に何故この植物が繁茂しているかを受精に関わる昆虫ともからめて説明している。
アカクローバーを訪花するのは蜜まで口が届くマルハナバチだけでそこに生息するマルハナバチの数はその巣を荒らすノネズミの数に大きく左右されネズミの数は猫に左右される、従ってある種の花がその地域で見つかる頻度はその地域にどれだけの数のネコがいるかによって決まる可能性がある、と説く。
ダーウインの主張のキーは結局は小さな形質の差異が生存や種の生き残りに結構大きな影響を与えているというところにあるような気がする。相互に依存している生命はわずかな変化が別の連鎖の優位性を生み出すというところにあるようだ。
確かにそういうところはある、しかしそれは変化を拡大する自然の不安定な一面の強調であって変化を抑え込み安定させている保存系としての地球の面はとらえきれていないようにも思う。それがあってこそ46億年も緑の地球は続いたのだろう。そこらが自然淘汰によりかかる進化論の限界のようにも感じる。

何がこの世界を安定化するように働いているのか。「神の見えざる手」は何なのだろうか。命の寿命だろうか。環境の多様性だろうか。色々考えさせられる本だ。

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2018年1月13日 (土)

神功皇后の存在感が

今年の初詣は元旦に近くの御子神社を訪れた、ここ数年同じで引っ越してからの生活パターンも定まって来た感じがする。3が日はのんびり過ごした後この地の習慣に従ってあと2社を回った。3社参りは明治になって商業的動機で人為的に広められた習わしと言われ、従う理由も無いのだが正月は何か時間がゆったりしていて3社くらい回るのがやはりちょうどいい、1社ではやや物足りない。

Umikoboku

福岡周辺の大きなお宮はこれまで順に詣でていたがそういえば宇美八幡にはまだ行っていない。今年はここからかと訪れてみた。
福岡空港の向こう側で、九州高速のすぐ東にあるようだ。ナビで目的地を入れて向かうと難なく到着し駐車場も特には並ばなくて呆気ない。1月も4日ではだいぶ空いてくるようだ。
立派なお宮だ。そもそもは神功皇后が三韓征伐から戻って 後の応神天皇となる御子を産み落としたのがこの地であったことから宇美の名があるという、古事記にはっきりそう記されている。福岡周辺では神功皇后の言い伝えがあちこちで顔を出すような気がするが、ここではこの地域の成立そのものが神功皇后だ。進んで行くと社殿の両側に巨大なクスの巨木が見えてくる。樹齢2000年とされる。確かに縄文杉に漂う異様さがここにも感じる。これはかなり古い。神功皇后も見たに違いないと思えてくる。その時代とつながっている現代をどうしても感じてしまう。すごい。

2日後、神功皇后の残した石がご神体になっている糸島の鎮懐石八幡宮を訪れた。こち

Chinkiq

らは神功皇后が新羅征伐に出発するとき懐妊しており出産を遅らせるために二つの石を持参した、そのうちの一つの石のある八幡宮ということになっている。単なる言い伝えでなく万葉集巻五に山上憶良がこの地を訪れた時(西暦730年頃)にこの神功皇后の残した石を見て説明を記し歌を詠んでいる。この時すでにここに石があったことは疑いようがない。(写真は展示されている相当の石、本物は御神体となっていて見れない)
このほかにも福岡市周辺には神功皇后の残したとされる遺跡が幾つかあり、那珂川町にある神功皇后が新羅征伐勝利祈願の神田に水を引くため掘らせたとされる農業用水路「裂田の溝(うなで) 」は現在でも水路として使われていたりもする。神功皇后は福岡周辺では存在感の強い名前となっている。
Shichitou九州以外でも、石上神社に伝わる七支刀(国宝)は百済から神功皇后に贈られたと日本書紀にある七支刀そのものではないとみられているようでもあり、物的証拠があちこちにあるのも神功皇后の不思議でもある。

それにしても、神功皇后とは何者なのか。古事記・日本書紀では第十四代仲哀天皇の奥方で、九州に熊襲退治に天皇とともに訪れた時に天皇が亡くなり神の啓示を受けて新羅征伐にたった、とされる。首尾よく新羅征伐に成功しこの地に戻った、というのが武功の大筋ということになる。本当だろうかと思うが倭国が新羅を攻めてこれを破り新羅から朝貢を受けるようになったという事実は朝鮮半島側の4世紀後半頃の記録にも残されているようで史実と考えてよさそうだ。それが本当に神功皇后の武功であったかは解らない。神功皇后の話が記載されている古事記は8世紀初めの書物だから古事記が書かれた段階で既に三百数十年経っていたことになり、相当に話が脚色されてしまうのはいかにもありそうな気がする。しかし古事記万葉集の時代までに言い伝えられる程の事跡を残した人物がいたのはほぼ間違いないような気もする。

古事記では神功皇后の母方の生家は出石氏であったとされているようだ。出石氏は新羅王子であった天之日矛(アメノヒコボ)が帰化した所謂渡来人を祖先とする一族とされており元を辿れば朝鮮半島につながることになる。当時の倭と朝鮮半島の三韓は血族的にも強く結びついていたようにも思える。倭と三韓は今の日本と朝鮮半島の様な切れた関係ではなかったようで神功皇后にまつわる話は少なくともそんな雰囲気の中で形作られたと思うとある種のリアリティを感じて来たりもする。

半分本当で半分作り話、そんな世界が九州で見る古代史には立ち込めているようだ。その痕跡がすぐ間近にあるという所が面白い。
それにしても、核ミサイルであれ慰安婦問題であれ北朝鮮が韓国がという話が未だに日々の話題の中で重きをなすのは、歴史的に見れば当然ということかもしれない、これからもずっとこういう立場でお互いを見つめていくのだろう。理解しあうよう努めるほかないのだろう。

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2018年1月 6日 (土)

ガラケーからスマホに

年が明けて正月2日にスマホに変えた。
携帯はガラケーくらいがちょうどいいと思ってきて同じ型のガラケー(D705iμ)を中古

Sumaho

で買い替え買い替え使いつづけてきたが、もうさすがに古くなり世の中のセキュリティの深化にもついていけずモバイルスイカも使えないタイプになってしまった。今持っている個体も表面の金属板も剥がれ始めて物理的にも限界に来ていた。一方でiモード携帯はとうに出荷されなくなっていて、新品で売られているのはガラケーでもアンドロイド携帯になってしまっている、これまで親しんできたiモードの新品への買い替えはもう望んでもできない。ここらがスマホに乗り換える時期かと思いきった。
年末にドコモの店を訪れて話を進めていたが月末にスマホ契約に変えるとその月の支払いは月初めからスマホになったとして請求される仕組みになっていると聞かされ1月2日の開店日に手続することにした。日割りにしないのはどこか上から目線のお役所仕事的な処理でnttはドコモでもまだ親方日の丸の電電公社体質を引きずっているのかなと思ってしまう。
正月の店は結構混んでいて家内も同時に切り替えるのもあって店員の対応に時間切れの雰囲気が出てくる。後はご自分でご確認をというところが残る。丁寧な対応はできなくなっているし、更には初売りでもあるのにおまけもでない、結構きつい商売になっているのだろうかドコモは。
ともかく使い始める。選んだのは富士通のArrows Be という機種だ。簡単な説明書はあるがいわゆる取扱説明書は紙の形では付いてなくて小さいスマホの画面で見るかネットからダウンロードしてパソコン・ipadで見るほかない。そういう時代だ。
どうせipadと同じだろうとタカをくくっていたら少々手ごわい。
まずはモバイルsuicaの設定だ。 別途入会しようとするが同じビューカードから同じ携帯の番号では入会できない。それではとモバイルsuicaの機種変更を設定しようとしてパソコンから手続きに入ると元の携帯から手続きに入るかそれができなければコールセンターに電話でとなっている。勿論元の携帯はsimを抜かれてもう使えない。コールセンターの電話番号をネットで探して電話すれどお話し中ばかりで一向につながらない。めげず10分以上かけ続けているとついにつながるが自動応答で大変混んでいますのでこのままお待ちいただくか掛け直しを とくる。新年から異常な混み方だ。スピーカーホンにして別のことをしながら待ち続けると今度こそやっとつながる。話すとパソコンで一度退会手続きをすれば明日7時から再入会が可能になる、スイカに残っているチャージは193円と少額なので手続き費用と相殺という形で0になる(多額の場合は手続き費用を差し引いて申請した銀行口座に振り込まれる)という。少額とはいえ巻き上げられるのは悔しいので近くのセブンイレブンでアイスクリームでもとスイカで買ってほぼ使い切る、simカードが抜かれてもまだスイカの機能としては使える。翌日落ち着いてパソコンで入会手続きをしてやっとモバイルスイカが使えるようになる。少々疲れる。
並行して、lineの設定をする。lineが開通すると少しスマホらしくなる。lineのメールの打ち方も暫くはよくわからなかったが見つけるとああそうかコールにして下の枠に打ち込むのかとわかる。元の電話帳から読み込まれたのか友だちのところにたちまちアイコンが並ぶ。そうかこの人もlineかと思うが数はそう多くもない、やはり同世代はスマホは少ないかなと思ってしまう。
wifiにつないでメールを打つというところでもトラブルに遭遇する、家内のスマホの方だ。dアカウントが設定されてない(のでwifi下ではメールを打てない)とでてくる。dアカウントはドコモのお店で設定してもらったような気になっていたがそうではなかったようだ。dアカウント設定に進むとネットワーク暗証番号のところでロックされていて進めない とくる。
ロック解除はドコモ店に行くかサポートに電話するしかない。また電話かと悩ましいがこちらはすぐにかかってロック解除手続きができる、ネットワーク暗証番号の記憶違いの様だ。dアカウントをパソコンで設定しても何故かスマホ上ではまた設定しろとでてきてよくわからなくなるがスマホの指示に従って進めるとやっとのことでwifiでドコモメールがつながるようになる。これもかなり疲れる。トラブルが出ると病気になりそうなくらい疲れる。
lineのほうは自分のスマホは掛けただけ電話代のかかるシンプルプランとしたので通話はできるだけline outの有料通話をつかおうとこの設定をする。180日有効で240円をチャージする、固定電話国内3円米国1円/分だから使い切れるかどうかとなる。ドコモはこれでは電話代のビジネスは成り立たつまい。更には15秒の広告を見れば1日数回は無料でかけられるがまだるっこしいのでまずは有料のlineoutだ。
そのほかdropboxの設定接続をして写真のスマホとipad・パソコンとのやりとりをやってみたりスマホ特有の文字入力であるフリック入力の理解と試行をやってみたり様々にいじっている。
やっと落ち着いてきた。重さは懸念したほど重くはなく電池も1.5日か2日くらいは持ちそうで少しは気楽だ。

しかし、なんだか選択肢を又失ったような気になっている。グーグルの網に絡みとられた気がしている。ネット、ソフト、AIの進んでいくビジネスの方向は結局はユーザーの選択肢を次々に切り落としていくところにノウハウがあるような気がしてきてこの先本当に愉快な世界があるのだろうか、誰かが決めた愉快さにはめ込まれるのではないのだろうか、そんなことばかりを思っている。しかしそういう感覚も含めた世界の動きを体感するためにはスマホを持ってみることがやはり今となっては必要になっている、そんなことも痛感している。

しかし、思い直せば世界はどこへ向かっているのだろうか。

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2018年1月 3日 (水)

2017年12月の福岡市南区周辺の野鳥


いつもの冬の鳥が街の公園に居座っている。まだシロハラは滅多に見ない。ミサゴを見かけることが多くなった、少し増えているような感じがする。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

Okayosi171217

2017.12.1 pm2曇 4Sc040  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コサギ1、ハシブトガラス2、ジョウビタキ♂1、スズメ2、シロハラ声1  新市楽池:ハシビロガモ3(♂2♀1)バン1、マガモ2(♂♀)鹿介池:ハクセキレイ声

2017.12.2 pm1 福岡市西区小戸海上 ミサゴ2-3

2017.12.6 am11 曇 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ8、オカヨシガモ2、ハシビロガモ2、ヒドリガモ4、カワウ2、オオバン1、ジョウビタキ♂1、シジュウカラ2+、アオサギ1、コサギ1、

Hosihajiro2

ヒヨドリ

2017.12.7 pm15  晴 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ハクセキレイ1、シロハラ2、ジョウビタキ♂♀、ヒヨドリ4 新市楽池:ハシビロガモ2、オカヨシガモ4、バン2、スズメ5

2017.12.8 pm14  曇 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園(工事中):ハクセキレイ1、ヒヨドリ 新市楽池:ハシビロガモ2、オカヨシガモ4、バン2、鹿介池:ヒヨドリ

Hakusekiri


2017.12.13 am11  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ8、ホシハジロ♀2、ヒドリガモ♂2、カワウ2、オオバン1

2017.12.17 pm15  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コサギ1、ヒヨドリ 新市楽池:ハシビロガモ2、オカヨシガモ2、バン2、ハクセキレイ1 鹿介池:バン2、コサギ1、アオサギ1、ヒヨドリ

Hasibiro171207

2017.12.19 pm14  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:カワセミ1、カワラヒワ2、コサギ1、ヒヨドリ1 新市楽池:メジロ1、ハシビロガモ4、オカヨシガモ3、バン2、マガモ4 鹿介池:コサギ1、アオサギ1、ヒヨドリ2、スズメ10、マガモ♀2、ドバト4

2017.12.20 am11 曇 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ8、オカヨシガモ2、ハシビロガモ5、ホシハジロ♀1、ヒドリガモ1、カワウ2、オオバン1、アオサギ1

Kosagi171219

2017.12.22 pm14 晴 1Cu050 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園):シロハラ1、ヒヨドリ 新市楽池:ハシビロガモ4、オカヨシガモ4、マガモ2、バン2、オオバン1、ハシブトガラス1 鹿介池:バン2、コサギ1、アオサギ1、ヒヨドリ1、ハシブトガラス1、ドバト6

2017.12.23 pm14:30 薄曇り 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園):ジョウビタキ♀1、ヒヨドリ 新市楽池:ハシビロガモ4、オカヨシガモ4、マガモ4、バン2、オオバン1、ハクセキレイ1、スズメ6、ハシブトガラス1 鹿介池:バン2、ウグイス1、コサギ1、ヒヨドリ2、モズ1、スズメ6

Kawasemi171219

2017.12.26 pm15:00 風力3-4 曇り 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園):ヒヨドリ 新市楽池:ハシビロガモ2、オカヨシガモ4、マガモ2、バン2、ハシブトガラス1 鹿介池:ウグイス1、コサギ1、アオサギ1、ヒヨドリ3、カワセミ1、ドバト

2017.12.31 pm15:00 風力3-4 曇り 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園):コサギ1、シロハラ疑1 新市楽池:ハシビロガモ5、オカヨシガモ3、マガモ5、バン2、

Mozu1

オオバン1、ハシブトガラス1、ドバト1


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2017年12月31日 (日)

ベートーベンシンフォニエッタの第九

九響の第九の切符は取れなかったが、12月の定期演奏会でもらった宣伝ビラに12

Beethovensy

月29日に福岡である第九のコンサートというのを見つけてビラにあった問い合わせ先に電話した。ベートーベンシンフォニエッタという聞いたことのないオーケストラの演奏だが合唱は九響合唱団となっていてそれなりの演奏会ではあるようだ。切符の入手法がわからず電話したのだが当日ホールの前で引き渡すといって名前を聞かれた。ちょっとカタコト感のある喋りで外国人のようだ、もしかしたらオーケストラを主宰する九響の主席クラリネット奏者デムチシンさん本人だったかもしれない。当日支払うことになるが前売り料金でよく放送大学の学割もきくという。当日券大人は4500円だが前売り学割は1000円となるからとにかく名前を言って予約した。それにしても引き換え番号を告げられるでもなくこれで大丈夫なのだろうかと気になったまま3週間後に当日を迎えた。開場時間の少し前くらいと早目にホールを訪れる、福岡・天神のFFGホールだ。
地下に下る入口のところに案内の人が立っていて下で引き換えるという、階段を降りるところに少し列ができていてこれらしいので並んで待っていると順番となる。和服の女性に名前を告げると封筒に切符が準備されていて、学生?といぶかる声が返る。放送大学ですと学生証を

Ffg

見せながら告げるとアッ失礼しましたと素直に渡してくれて現金を払う。こんなんで大勢の予約をさばけるのか思うが適当に三々五々に客が来るので結構成り立っているから不思議だ。手作り感の濃いコンサートだ。
自由席なので真ん中辺の見やすいところに席をとる。初めてのホールだが客席奥は階段が急でどこでもよく聞こえそうな造りになっている。600人くらいの規模で小ホールといった感じだ、気安く演奏会が開ける感じがある。演奏者は九響のメンバーや北九州の響ホール合奏団のメンバーにフリーランスの演奏家を混ざった形で見た感じ女性が多い。人数は多くなる第九でも50人くらいとコンパクトなサイズだ。
出し物はモーツアルトのレクイエムとベートーベンの第九でちょっと重い。
事前にロビーでボランティアらしい方の説明があって少しはわかりやすくなる。
レクイエムはモーツアルトの未完部分を弟子のジュースマイヤーが完成させた版が普通だがここではこれとやや異なる版で演奏されるという(どの版かは忘れてしまったが)、確かにレコードで聴き慣れたのとは少し違う。

Nenmatu

指揮者の意図なのか弦の重厚みが弱目で重々しさがあまり感じられなく薄い演奏との印象がある、年の終わりに聞くにはちょうどいいくらいかもしれない。
第九のほうはこのシーズンだから演奏者はあちこちで演奏してきた雰囲気があり安定感があって聞きやすい。しかしやはりバイオリンが弱い。編成上の問題のようでもある。いずれにせよ十分聴きごたえはある。やはり年末は第九だ。
合唱と打楽器の迫力で盛り上がるところに至ると今年も終わりかとの感慨が生じる。

来年はどうなるだろうか、平和な時代の年末だったと後で回想することにならなければよいが。しかしそんなことはなるようにしかならない、先のことは心配せずにその時その時を気楽に過ごす、それしかないのだろう。まだそう思えるいい年の瀬だ。

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2017年12月28日 (木)

個の露出への誘惑と警戒

どうもこの頃寝つきが悪く気楽に読める本をとヘミングウエイの「武器よさらば」を読

Bukiyo

んでみた。A farewell to arms というのが原題だから直訳のタイトルということになる、武器よさらば とはてっきり出版社が適当につけた和名と思っていた。
会話文が多くてすらすら読める。第一次大戦イタリアの前線での
著者の戦争体験に基づいて描いた小説といわれるだけに戦争をめぐるディテールがそれらしい。ただ戦場での恋愛の実際の結末は小説とはだいぶ違うようで恋人の死は創作だ、でもリアルな描写が多いので読者はどうしても総てが著者の体験のように思えてしまう、そういう所がうまい著者なのだろう。発表と同時にベストセラーとなったのもうなずける。

「日はまた昇る」を読んだ時にも感じたがヘミングウェイという人は全くの空想では物語を書けなかった人なのではないか、自分の体験をベースに少し事実とは違うことを書き込むくらいでしかいい小説は書けなかったのではなかろうか、そう思ってしまった。それも一つの生き方だ。ヘミングウェイ自身の人生の物語が十分に面白いような気もしている。

自分自身の生きざまを露出させながら書き続ける、それで立って行っている作家の作品はこれまでにも随分ある。檀一雄のリツ子その愛その死 などはその最たるもののように思っている。

しかしそんな作家の生き方は終わりとなりつつあるのではないだろうか。

ネット社会だ、個人のプライバシーが思わぬところから暴露されて異様な人々から攻撃される、そんなことがあちこちで起こるようになってきた。こんな社会に身構える個がある、それを感じる。
カズオ・イシグロの作品のように任意の舞台設定で真実と思うことを書き込む、そんな能力が必要であり評価される時代になってきた、そんな流れを感じる。


12月の初めに久しぶりにヨットの遊びでヨットハーバーに行った折、いくつかの雑談の中で、自分の住んでいる近くにイルミネーションがすごい家があるとの話を聞いていた。どうも高層住宅から眺めてそのあたりに見えるということらしい。クリスマスになってこれを思い出して、クリスマスを過ぎるともうやめてしまうかもしれないと、とにかく日が落ちてからどこだろうと探しに出かけた。大体の方角を見定めてジグザグに歩いていくと確かにきらびやかな電飾の住宅に行き当たる。ここらでは個人の住宅

Densyoku

のイルミネーションなど見たことがなくて可成り目立つ。ここのことらしい。
しかし誰も見に来ている人はいない。寂しいイルミネーションだ。周りの家が同調してそれぞれに飾り始めれば面白いことになろうが、そんな雰囲気はとんとない。
自分もやるかと問われればたじろぐところがある。自己主張はしてみたいが安全上自分の住居は守りたい、安全を曲げてまでは目立つことは避けようとする気持ちがある。個の露出が容易になったことへの誘惑と警戒、これが時代の雰囲気になりつつある様に思える。

警官や教師のありえない不祥事が相次ぎ、ホラー映画の様な座間大量殺人事件や、殺人してみたかったから殺したという若い女性が現れたりもして、一定の無視できない割合でこの社会には異様な人間が住み着いていることが明らかになってきたように思う、もしかしたらネットがそれを助長したのかもしれない。そういう世の中だ。異様な人間からは自分を守ることがまず必要だ、ガードを固める、縮こまる、そんな面白くない
連鎖の世の中に突き進んでいっているようで少々暗くなる。

どうやればそんな不安から解放される社会へと向かえるのだろうか。トランプのように壁を作り人の動きを制限して多様性を排除するほかないのだろうか。そうではないのだろう。
テクニカルなことで解決の糸口が見つかるかもしれない、神のごときAIが現れてネットのすべてを仕切る時代が来るのかもしれない、そんな気もするがそれで収まるのかどうか、それ以上は思いつかない。

恐らく人類は結局はこんな状況は乗り切りながら先へ先へと進むだろう。考えていくと果てしない。

寒くなると考えをめぐらして未来を思うこんな時間が長く持てるようで、それはそれで悪くもない。冬はまだまだ続く。

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2017年12月26日 (火)

インスタグラムの写真が

昨年春、インスタグラムに写真を上げ始めてもう暫くたつが、色々発見がある。
この間に心に思うことは、たいしたことでもないが、写真は何らかの加工をしないと自分の感じたものが出ない、というあたりだ。

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1hakubutua_2

まずは遠近法の補正だ。斜めから見た写真を正面からの視点に変え物の押し出してくる感じを拡大したりする。
意外感が出せる。投影ではないものそのものを見る感じがする。

ぼけた写真がかえって面白みが出ることがある。例えばこの写真だ。明らかなピンボケで、普通なら消してしまいたくなる写真だ。これを色彩でいじっていくとボケたところに新たな線が現れ写真の表情が変わ

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2karasuuriba_2

る。新しい質感やフォルムが生まれる。更にはこの手順を後で再現しようとしてもうまく再現しないことがある。アプリケーションソフトのちょっとした調整でぼけた画像ほど面白い変化が多層に出てくるのを感じる。
ボケた写真でないとこれが出てこないのが普通では信じられない。
ピンボケの写真にも存在理由があるというか、ピントのきっちりあった写真より価値があるという感じさえしてくる、人の世の縮図でもあるようだ。
色もトーンカーブをいじっていくと隠れていた色調が表に出てくる。元の写真を改めて良くみるとそこにほのかにそんな色合いが隠されているのが解る。世界は思いもよらない色で出来上がっている。

3takasagomozu_2

3takasagomozua_2

画像の部分カラー化も面白い。野鳥や昆虫のように本来バックグラウンドに埋もれてしまうような保護色の色彩をそれだけをカラー化して背景をモノトーンや単色化してしまうと対象の存在が際立つ。フィールドで鳥を見る時人は意識の中でそのような感じで鳥を追っているように思う、その感じがよく出てくる。きっちりと写された写真が実は自分の感じている自然でないことが解ってきて面白い。音の世界でいうカクテルパーティー効果(騒がしいパーティーでは周りの雑音からその人だけの声を脳が聴き分けて会話ができる、録音したのでは雑音に消されてしまいわからない)というのが視覚の世界でも存在する様だ。

5yoshi

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風景を眺めた時にも、意識の中では見ていないが写真に写ってしまう電線や看板のような人工物も暇をかければ消し去った画像にできる、そうすると、良く取れた写真だ確かにこの風景を見たとの記憶になるから面白い。

次第に絵を描いているような気持になってくる。本当に見たものを感じたように表現したい、そう思うとただの写しっぱなしの写真ではダメなようだ。

こんなことはもしかしたら写真学校では当然の様に教えられている内容なのかもしれない、ともかく生きて動いていると何をやっても学ぶことが多い。


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2017年12月21日 (木)

寒気到来とモーターショーと

寒さが続いている。寒さの直接的な原因は北極振動の指数がマイナス側に振れやすくなっている、すなわち北極回りの寒気を閉じ込めておく極渦が弱まって北極が高気

2017122612850temp

圧的になり北極の寒気が流れ出しやすくなって、これが波状的に北半球の各地を襲っているという図式だ。(1番目の図、高度約1500mの気温分布(12月26日の予測値)、日本と北米に寒気が降りてきている)。

北極振動の原因は地球温暖化モデルと関わりない大気の波動として解析されているようだが数値的には十分には長期予測されるまでに至っていないようで、短期的な予測しか頼りになるものは無い。今のところ正月に向かってまた北極振動がマイナス側に振れそうで日本ローカルは別として世界的には寒い年越しになりそうだ。(上から2番目の図、右端の赤い線が予測)。

Aoforecast

これまでの長期的世界の気温変動と北極振動指数(AO指数)の推移はよく対応しておりよく見ると北極振動の動きが気温の動きにやや先行しているように見える。(上から3番目の図)。本当に人為的な活動が主因で地球が温暖化しているのかどうかここらあたりからも議論がありそうだ。温暖化論争は更に混迷してきた感じがする。

Aokion

更には未来が一筋縄では見通せなくなった時代に政治がついていけなくなったような印象がある。




12月は2年に一度のモーターショーが福岡にも回ってきた。

 

Motorshow2


福岡では技術展示は殆どないのでコンセプトカーを眺めたり各社の最新型のクルマに座ってみるくらいでやや手持ちぶたさとなる。住宅展示場の雰囲気がある。こんなショーなら入場料をとるのはいかがかとも思われる。

 


ともかく試乗でもするかと、空きがあったトヨタのPHV(プラグインハイブリッド車)に試乗して会場付近の公道を走ってみた。PHVだから市街地走行では電気自動車だ。デモカーというのに自動化は遅れている印象で今乗っている車の様な速度ゼロからの追従モードやサイドブレーキの自動リリースなどは無く、あまり新しいというインパクトはない。これからのクルマは見ただけでは解らない乗ってみなくては解らないというところが随分大きなウエートになってきたと感じる。クルマを売るのも買うのも難しい時代になってきたようだ。
電気自動車の未来が語られるが電気自動車では本当に寒冷地で暖房も含めて実用性は大丈夫なのだろうか、吹雪で渋滞するとバッテリーが持たないということは無いのだろうか、その不安はいつまでも消えてくれない。寒くなってくると特にそう感じる。指し示す未来が未だに良く見えない。
温暖化も、クルマの技術も簡単に見通せなくなってきた、これが時代の雰囲気というものだろう。

味気ないモーターショーでも今現在の世界の切り口の一つが覗きみられるところが面白い。しかしこの先どうなっていくのだろうか。

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2017年12月18日 (月)

「神聖ローマ帝国 皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展」を見る

寒くなった。寒い時には屋内を巡るに限る。
福岡市博物館の出し物が気になっていたところへ、タダ券が手に入って勇んで出かけた。
神聖ローマ帝国 皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展 という展示だ。12月24日まで福岡で開催し来年1月9日からは渋谷Bunkamuraで、そのあとは3月21日から滋賀の佐
川美術館へと巡回するという。

西洋近代美術館のアルチンボルドの展示会の様子がテレビで何回か放映されていててっきりこれが福岡に回ってきたのかと思っていたが、まったく違っていた。

Zou


神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ2世が収集した森羅万象の事物の展示で、これが思った以上に面白い。
ドライにいうとハプスブルグ家による博物学的収集の一覧ということになる。
欧州の博物学というと百科事典派というのがあった気がして調べてみると、百科全書派というのが正し
くて、18世紀フランスでフランス革命直前に編纂された百科全書の作成に関わったディドロ、ダランベール、ヴォルテール、ルソー等が該当する。しかこのルドルフ2世とは時代が200年位違うようだ。
ルドルフ2世は日本でいえば戦
国時代、高山右近と同い年というから16世紀末から17世紀初めの時代となる。大航海時代で世界中には思いもよらないものがあると認識されるに至った時代だ。
錬金術師や画家や科
学者を多く抱えケプラーの法則(惑星軌道の面積速度一定の法則)で有名なケプラーも庇護し この時代のの文化を支えた存在だったようだ。動物園や植物園まで持っていたという。首都をウイーンからプラハへ移したことでも知られ現在のプラハに流れる文化的香りを創り出したのがこの皇帝とされるようだ。

Rudoluf2

見ていくと天体観測用のアストロラーペや精巧な細工の時計など今見ても極めて興味深いものが次々に現れる。

 

 

 



アルチンボルドの絵も面白い。
展示されているアルチンボルドによる絵は皇帝ルドルフ2世の肖像の1枚のみだ。しかし、これに似た手法で人物を描いた他の画家の絵が何点か展示されていたがアルチンボルドの方が数倍優れているのは一目瞭然だ、一枚で十分に迫力がある。

 

Rittai2



これを立体にした現代作家フィリップ・ハースの作品も並べられている、こんな作家がいるというのも面白い。

アルチンボルドの、詳細な植物の描写そのものをデフォルメせずに組み合わせだけで肖像を実現するというアイディアが、結局は全ての物はほんの100くらいの元素の組み合わせからできているだけなのだ、という今では誰もが知る事実につながる道を示しているようでもある。事物の真実を突いているところに多くの人が惹かれ
続けているのかもしれない。

 

Hana



  
ブリューゲル(父)の描いた花の静物画もあってこのように花瓶に入れた花を描くやり方はこの絵が始まりだったと聞くとこんなものにも歴史があるということ自体に気が付かされる。ルドルフの植物園で咲かせていたと思われる様々な種類の花を図鑑のように丹念に描き蝶や虫がついているところまで細かく描きこまれているのにも驚く。
現代にも流れる博物学的な知識の源流がこのあたりにあったのかとも認識させられる。確かに博物館で開くのに誠にふさわしい展示だ。

幻の鳥ともいわれるドードーもルドルフ2世の動物園で飼われていたらしくその絵がサーフェリーの絵などに僅かに残されている。

Tori

全ての珍しいものを残そうとするルドルフの努力が当時評価されていたか知る由もないが今となってはタイムマシンのようにその時代の痕跡に接することができる極めて貴重な仕事をしたと思えてくる。ルドルフ2世は政治的には愚鈍な王とされていたようで最後は弟によって力ずくで退位させられている、しかし後世までその名が残ったのはルドルフ2世の方だった。そんなものなのだろう。

なかなかいい展示企画だった。ふと東北震災の花は咲くの歌を思い出していた、今は何を残せているのだろうか。

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2017年12月 7日 (木)

いい年の瀬だ

年末といえば第九のコンサートを聞きたいものだと思っていたら今年は気が付いた時には九響の切符はもう売り切れになっていた。どうやら9月頃から狙わないと駄目なようだ。第九は取れなかったが12月の九州交響楽団の定期演奏会は予約ができてとにかく聞くことにしてもう一つと11月30日にあるランチタイムコンサートをアクロスに聞きに行った。

Wakabayasisuzuki

若林顕 & 鈴木理恵子 デュオコンサートなのだが、クラシックの演奏家は不勉強でよく知らない名前ではあった、切符をとる前に少し調べるとかなりうまい人のようで知る人ぞ知るというポジションの様だ、夫婦のデュオだという。
1時間半の演奏会で1000円は安い。昼からだし気楽に聴けるところもいい。
始まると休憩は無くて2-3曲位ごとに舞台を下がってまた現れる。出ずっぱりでは吹っ切れないのだろう。しかしピアノもバイオリンも確かにうまい、情感があってリズミックなところがある。曲目は
クライスラー 愛の悲しみ
加古隆 アダイ・アダイ
ここからピアノソロ3曲
 リスト 愛の夢
 ショパン 幻想即興曲嬰ハ短調
 リスト ハンガリー狂詩曲第2番
武満徹 悲歌
フランク ヴァイオリンソナタ イ短調
アンコール4曲(最後はモンティのチャルダッシュ)  と、かなりだ。
特にピアノはソロピアノを挟んで引きっぱなしだ。リスト、ショパン、リストと続けて弾いていくには頭の切り替えが大変だろうとみていても思う。エネルギッシュさがある。
デュオ演奏はこれでもか、これでもかと迫ってくる風さえあって特にアンコールは4曲もありその押し出しに次第に聴衆が圧倒されてくる。まるで「拍手が小さいっ」と言われているように次々にアンコール曲が繰り出されてくる。
これだけ立てつづけに聞けば満足したとしか言いようがない。

忘年会だ餅つきだと催しが立て込んでくるといや増しに年末らしくなる。今年も無事に終わるかな、呑気にそんなことを考えて年が暮れていく。いい年の瀬だ。

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2017年12月 1日 (金)

2017年11月の福岡市南区周辺の野鳥

冬鳥の姿が次第に増えてきた。いつものように新市楽池にはハシビロガモとオカヨシガモが現われ油山ではマヒワの群れが見れるようになった。今津に8月位からいるタカサゴモズや飛来したコウノトリも見ることができた。
これからはシロハラの数が増えてきそうだ。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2017.11.3 pm3頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:アオサギ1  新市楽池:バン

20171112okayasi

3(親1若2)、マガモ2

2017.11.4 pm3-4  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コサギ1、ヒヨドリ3、ジョウビタキ♀1、コゲラ声1  新市楽池:バン4(親2若2)、モズ1、ハシブトJ、スズメ 鹿介池:ジョウビタキ声

2017.11.5 am11  晴 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:カワセミ声 新市楽池:バン4(親2若2)、ジョウビタキ

20171112hasibiro

♂1、 鹿介池:カワセミ1、コサギ1、ヒヨドリ3

2017.11.8 am11 曇 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ9、モズ1、アオサギ1、コサギ1、ヒヨドリ、ハシブトJ1

2017.11.11 12:30 福岡市大濠公園さつき橋たもと オカヨシガモ2、マガモ、オオバン、ウグイス

20171114kounotori

2017.11.12 am11  晴 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ハクセキレイ1、モズ1、スズメ10、ヒヨドリ5 新市楽池:ハシビロガモ2、オカヨシガモ2、マガモ2、バン3(親2若1)、コゲラ声、 鹿介池:ジョウビタキ♂♀、ハシブトガラス2、バン声

2017.11.13 am11  晴 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:カワラヒワ2、メジロ3、シジュウカラ1、コゲラ声 鹿介池:コサギ1、スズメ5、ハクセキレイ2

20171114takasagomozu3


2017.11.14 am10    福岡市油山市民の森 マヒワ20+、トビ、メジロ、コゲラ、ヒヨドリ、シロハラ

2017.11.14 pm3 福岡市西区今津 タカサゴモズ1、コハクチョウ2、コウノトリ1、カササギ1、モズ3+、マガモ、カイツブリ、ダイサギ、ヒドリガモ、ホシハジロ、アオサギ、トビ

2017.11.15 am10 晴 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ2、オオバン1、アオサギ1、コサギ1、カイツブリ1、ハシボソガラス1

2017.11.18 am10  曇 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ヒヨドリ、コサギ1 新市楽池:ハシビロガモ3、オカヨシガモ2、マガモ3、バン2 鹿介池:コサギ1、スズメ5、ハクセキレイ2

Misago3a


2017.11.20 pm2  晴 3Cu040 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:  アオサギ1、コゲラ2、ヒヨドリ2、シジュウカラ1 新市楽池:ハシビロガモ4、マガモ3、バン2 鹿介池:ヒヨドリ3、ハシブト1

Kurotura2a

2017.11.21 14時  福岡市城南区西南の杜の野鳥 マガモ40、シロハラ、ヒヨドリ、カワセミ1、ヤマガラ、メジロ、カイツブリ、ジョウビタキ

2017.11.28 pm2
福岡市南区野多目池 ミサゴ2、クロツラヘラサギ4、アオサギ5、ダイサギ2、コサギ2、キンクロハジロ30、カイツブリ8、マガモ10+、ハシビロガモ2、カワウ20+ ハクセキレイ2

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2017年11月30日 (木)

タカサゴモズとコウノトリと

鳥を見ながら散歩するのが日常となっている。
福岡では近くの中公園や新市楽池、鹿介池のほか油山、野多目大池、春日公園、南公園、室見川中流/上流/河口、西南の杜、大濠公園、今津干潟 、海の中道海浜公園 辺りがよくいったり時々行ったりする場所だが、その中でも今津干潟は当たり外れなくいつも結構楽しめる。
多くは近くの歩いていける溜池を三つ巡っているがそんな訳で時々今津干潟にも様子を見に行く。
この前はタカサゴモズがまだいる、コウノトリも来た、との情報あり、タカサゴモズもせっかくだから見ておくかと今津干潟に出かけた。2週間くらい前のことだ。めったに見られない鳥らしいからここで見損なうともう見れないかもしれないとの思いがある。

Kobhakcyo2


玄洋高校横の道路に駐車して、辺りを探すと、バードウオッチャーというより野鳥撮影らしい人が立派なカメラを抱えて同じように探している。聞くとまだ見かけてないが少し待てばこの辺りに出てくると思うという。とりあえず普通のモズが、タダモズと言ってしまうが、いたので眺める。待てどタカサゴモズのほうは現れないので近くの二つ池でカモやカイツブリを見たり池の間の道を散策したりしていると向こうの方から白鳥らしい飛び方で2羽が

Kobhakcyob

悠然と飛んでくる。久しぶりの白鳥だ。ゆったりと二つ池の自分が立っているあたりに着水する。コブハクチョウだ。人間がいるなら餌をくれるかもしれないということだろうか、人に寄ってくる鳥の方だ、コブハクチョウらしい振る舞いといえるのかもしれない。
暫く眺めていると向こうの方から外人女性が現れる。福岡の鳥見の場所でときどき見かけ日本語も話せる人だ。コブハクチョウですよ、と声をかけると、高校の横にコウノトリが来ていると教えてくれる。さっきはいなかった。早速戻ってみるとちょっと小ぶりのコウノトリが草むらで盛んにえさを探している。若鳥の様だ。ゆっくり近寄っても全く気にする風がない。

Kounotoriaa

よく見るとくちばしから顔のあたりが面白い。こんなに近くでじっくり野鳥の細部を眺められる機会もそうあるわけでもない。やはり人の手で繁殖しているという生まれ持ったものを感じる。そこのところはコブハクチョウと同じ雰囲気ともいえる。日本にいるコウノトリはアジア種でヨーロッパにいるコウノトリ(シュバシコウ)と同じではない。世界的に見ても希少種の部類に入るから近寄れるといっても大事にしなくてはいけないのは明らかだ、刺激しないように観察する。
豊岡から飛んできたのだろうか、しっかり黄色い足輪がついている。コウノトリは日本のは戦後ついに滅んで豊岡のはロシア・ハバロフスクから分けてもらったのが始まりとどこかで読んだ。ともかく福岡でも時折飛来を聞くようになり日本の野山に根付いてきたようで先が楽しみだ。

20171114takasagomozu

タカサゴモズのポイントに戻るとどうやらモズと入れ替わって現れているようだ。くだんの写真撮影者が盛んに撮っている。ゆっくり近づくと姿が見えてくる、頭が灰色だ、確かに図鑑にあるタカサゴモズだ。モズにしてはしゃれていて綺麗だというのが第一印象だ。やっぱり見ておくもんだと思ってしまう。
写真に撮ったり双眼鏡で見たり飽きるまで見て引き上げる。まだ暫くここに居そうだ。やはり今津干潟は面白い。

とらわれることもなく気ままに思いついたように過ごす日々が流れていく、これが心地よい。こんな風にいつまで過ごせるのだろうか。

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2017年11月27日 (月)

秋月の紅葉を観に

福岡の紅葉名所をと調べると上位にあるのが秋月だ。
名のある所は行ってみるべきと出かけるタイミングを狙っていた。
見頃は10月末頃が例年らしいが今年はどうかとまた気象庁の計算式で計算してみる。朝倉の気温から高度補正して計算すると11月23日位とでる。祝日で混雑が気になるが天気も変動が激しくここを外すといい日がもうあまりない。思い切ってエイッと出かける。
エイッと出かけるのは、タイヤも新しいスタッドレスに替えたところでクルマを新しくして初めての組み合わせで様子も見たいということもある。ホイールはタイヤ屋に調べてもらうと前のレガシイB4で使っていたものがそのまま使えるようで一安心ではあった。宇都宮にいたころは中古タイヤ屋が結構あり手頃な価格で頻度を上げて変えていくというようなこともできたがこの地に来るとスタッドレスの需要も少ないようで中古タイヤ屋は少なくてそんなワザも使えず、結局新品のブリジストンのスタッドレスとなった。結構な物入りで少し長く使っていかねばとも思う。ともかく12月1月の雪日数は宇都宮(7.6日)より福岡(10.7日)の方が多いのだから福岡でも冬はスタッドレスは欠かせない。

タイヤの慣らしということもあって都市高速は速度を抑えて走り大宰府からは高速を降りて下道を走る。夏タイヤから冬タイヤへの変化はB4の時とはだいぶ違うもののすぐに慣れる、しかしなんとなく安定度はB4のほうが高い気がする。前輪の分担荷重が小さくなったのだろうか。

気になっていた駐車場は途中から道に現れてきた臨時駐車場への誘導看板に従っ

Asakura1

て進むと、待つこともなく臨時駐車場にクルマを置けた。目的の秋月城跡とは尾根を挟んだ位置にあり駐車場からちょっとした登りを要するが途中に由緒のありそうな秋月八幡宮もあって面白くもある。これを越え坂を下って杉の馬場通りの終点付近に出る。さすがに人出は多い。紅葉の方は枯葉になりそうなまるまりかけの葉の木もある一方でまだ青い木もあり平均すれば見ごろという感じだ。逆光で見ると結構美しく紅葉している。紅葉見物にはやはり光の具合が大事だ。
休日だけに家族連れや若い人が多い、活気がある。
老人ばかりが目立つ平日に観光地を巡るのも考え物かもしれない。
黒門から垂裕神社の参道を上がる。確かに紅葉はいいが参道を外れると紅葉はまばらだ。マッシブな紅葉を求めてはやや物足りないことになる。背後の山にも紅葉は見えず、九州らしい人手で作られた紅葉風景ともいえるのかもしれない。

もともとは秀吉の九州征伐に抵抗して敗れ石高を5分の1くらいにまで縮小された上で高鍋に移封された秋月氏の城だった、その高鍋秋月氏からはあの上杉鷹山を輩出した、ケネディが大統領に就任した時に記者に問われて最も尊敬する日本人の名として挙げた人物だ。秋月の城は江戸時代は黒田藩の城として使われ明治に廃された後は垂裕神社となった、神社建設には高鍋秋月氏の旧家臣が中心となった、という歴史がある。思いがこもった場所というところが、また感じさせる何かを放っているようではある。

来た道を登り返して駐車場に戻る。紅葉としてはまずまずかなと自宅へ向けて走り始めるとやや進んだところで右手に少し変わった形の古墳が見えてくる。時間も十分あるので寄ってみる。何しろ朝倉は邪馬台国があったともされる場所だ、古墳はすべからく興味を引く。

Kofuna2

仙道古墳という円形の古墳だ。2段になっていて周りに円筒埴輪がずらりと並べてある。玄室入り口には鉄の扉があってカギがかかっている。装飾古墳になっているようで近くには石室の現寸大の復元模型が展示してありどのように絵が描かれているかがわかる。丸や三角が描かれていてまじないのようだ。
大型の円墳で装飾古墳でありまた数多く発掘された円筒形の埴輪は人が盾を持ったものなどの具象的な形を持つ九州地方には少ない形象埴輪であることなどから

Kofuna

国の史跡に指定されているということらしい、立派に整備されている。
邪馬台国の時代の古墳ではないが昔から人が住み続けている土地であることには違いなさそうだ。

一体この地は日本の歴史にどうかかわり続けて現在に至ったのだろうか、バラバラの時代の痕跡が繋がっていかないのがどうにももどかしい。しかし考えてみれば自分の立っている地面はどこにしろ途方もなく長い歴史を抱えていてその具体的な時間の流れは知る由もない。そんなものなのだろう。

全てを受け入れて今を存分に生きる、それしかない、また思ってしまった。

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2017年11月21日 (火)

寒くなってガスに切り替えた

2017112403gsm

日本列島を寒冷前線が次々に通過して冬がそこまでやってきた。週末に向かってまた寒波が北から降りてきそうだ。(添付は11月24日03jstの850hp(約1500m)の気温予想図)。アジアでは日本狙い撃ちの寒波だ。

今年は室内の暖房を都市ガスに切り替えたので灯油の心配は無くて気軽に暖房が使える。もともとガス配管はあるので工事は要らずガス管口につける変換ソケット(ガスタッチ)とガスファンヒータ、ガスコードを2セットネットで取り寄せるだけだ。
暖房を灯油に頼る生活は思い返せばここまでの生涯すべてであったような気がする。勿論エアコンは使うが寒くなるとそれだけでは足りなくなる。補給をいつも考えなければならないし灯油屋が売りに来なければガソリンスタンドまで買いに行かなくてはならない、買ってきても家まで持ち上げるのもちょっとした力仕事だった。歳を重ねてくると10年先でもできる生活に徐々に切りかえて行かねばと思い始める。
思い切ってガスに切り替えて随分気楽になった。多分暖房コストは少々上がるだろう。しかし楽な生活に代えがたいものがある。

Tachiaraie

絵をまた描いている。昨年初夏に訪れて見た旧大刀洗飛行場跡に広がるポピーの赤が戦争の血なまぐささと平和の両方を象徴しているようで心に残っていて、それを形にとどめるためにポピーの風景を描いている。人に伝わるかどうか他人に感銘を与えるかどうかそれはどうでもいいことのように思っている。結局はそんな絵を描いていきたいのかもしれない。
暖かい日だまりの中で絵を描きながらゆっくりとした時間を過ごす、そんなことに幸せな時間があるように思えている。

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2017年11月20日 (月)

ランメルモールのルチア

オペラをこの秋もアクロス福岡に観に行った。何だかだんだんせわしない感じがしてきて家でもゆっくりオペラのDVDを見るのに時間を当てなくなったような気がする。オペラを生で観るということにも福岡に引っ越した直ぐの頃の新鮮な響きは無くなってきた。贅沢になったのかもしれない。謙虚な気持ちが少なくなったのかもしれない。
今年のオペラはハンガリー国立歌劇場によるドニゼッティの「ランメルモールのルチ

Lammermoor

ア」だ、アンドレア・ロストというハンガリーのソプラノの歌い手が華のようだ。ベルカントオペラといわれる。ベルカント唱法のオペラで気が狂ってしまった主役のルチアが歌う、「狂乱の場」のアリアが有名だ。
舞台は17世紀のスコットランド、対立する家の妹ルチアと敵方の騎士エドガルドが恋に落ちるがルチアの兄はいやがる妹に裕福な貴族との結婚を迫り、結婚式の日ルチアは結婚相手の貴族を刺殺して気が狂って死んでしまう。エドガルドはこれを聞いて自殺してしまう、というのが大体の筋で、あまり楽しい話ではない。
登場する歌い手それぞれに歌は勿論うまいが見ていて気になるのが体型だ。皆かなり太目で兎に角体格が立派過ぎる。ルチアも結婚相手の貴族も樽の様だ。中東欧は20才を過ぎるとやたらに太ってくるという話は昔から聞くが本当にそうだ。
そんなこともあってこの悲劇にはどうしても気持ちがのってこない。オペラは演劇の視覚的要素も強いのでそういうことになるのかと思ってしまう。個人的には何だか申し訳ないとさえ思う。

オペラもいくつか観てくると無邪気に楽しめなくなる、何かを失って何かを得ているようでもある。こんなことを繰り返しながら生きていくのかな、そんな風にも思い返しながらふけいく夜の街を家へとクルマを走らせる
もう冬がそこまで来ているようだ。

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ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」

2017年11月15日 アクロス福岡
指揮 バラージュ・コチャール
演出 マーテー・サボー
ハンガリー国立歌劇場管弦楽団・合唱団

ルチア   :アンドレア・ロスト
エドガルド :イシュトヴァーン・ホルヴァート
エンリーコ :ミハーイ・カールマーンディ
アルトゥーロ:ティボル・サッパノシュ
ライモンド:クリスティアーン・チェル
アリーサ:エーヴァ・ヴァールヘイ
ノルマンノ:ゲルゲイ・ウーイヴァーリ

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