2012年1月26日 (木)

パソコンとビデオと

ハイビジョンビデオの編集がほとんどできないことやデジ1眼の写真の編集が重くなってきてパソコンの能力の力が足りないのを常々感じていたが 最近 大学の非常勤で教えていることもありアカデミックディスカウントが使えそうなのでビデオ編集ソフト、それに見合ったパソコンを買うか、と少し探しはじめた。
パソコンはと調べるとずいぶんパソコンは安くなっている、プロセッサーはインテルのi5というのが付いていればまずまずのようだ、今のacerは1.6MHzだが2.4MHz位まで上がる。これにRAMを6MBまで増設すればビデオは何とか見られるだろう。ビデオカードが大事なのだけれども新しいHD Graphics 3000というチップセットでなんとかなるのではないか、価格も考えてLenovo G570 433497Jという機種にしてみた、4万円以下で売られている、どうみてもこれは安い。4GBのRAM(204Pin SO-DIMM DDR3-1333(PC3-10600)4GB)も別途アマゾンに発注する、64bitのwindows7は少なくともこれくらいは補強しないと有り難味が薄いだろう。フルハイビジョンのデジタルビデオがやっと編集できることになる。ソフトはアドビのプレミアエレメンツ10
(premiere elements 10)にして到着を待つ。2-3日でパソコンもソフトもメモリーも揃っていじり始めるがまずはメモリーの補強から結構手ごわい。裏蓋のネジが1箇所硬すぎてネジ頭が滑り始める、これはいかんとねじ山の端を小さなマイナスでたたく、あかないネジの緩め方はは昔グライダーに乗ったり整備したりしていた時に散々経験させられた、その思い出がこんなところで顔を出す。2-3回たたいてプラスドライバーで改めてゆるめると今度はすんなり回った。蓋を開けようとするとプラスチックのロックが硬すぎる。レノボは何を考えているのだろう、メモリ増強をやりやすいようには全く考えていないと思えてくる。増強はうまくいって明らかに早くなった、ハイビジョンのビデオを見るだけなら問題ないようだ。次に編集を、と プレミア10をインストールして手持ちのaviのビデオデータをドロップしようとするがおかしなことに音声だけしか認識しない。これでは何の役にも立たない。2日ほど悩んでコーディックの補強をやればいいだろうとフリーソフトのffdshowを入れtweakerでWindow7での優先順位を変えてみて、やっとaviを認識した。とにかく動き始めるがこのプレミア・エレメント10というソフトは優しくない。以前は練習のチュートリアルが用意されていたらしいが今はもうない。ネットのあちこちで情報を集めて少しずつ学び始める、しかし疲れる。ビデオの編集はハンディカムのときからやっかいだと感じていたがハイビジョンではひとしおだ。メディアが高度になるとその分編集の手間もややこしくなる。アナログの8mm映画をカッターで切ってはテープでつないでいった時代が懐かしくしのばれる。本当に進歩しているのだろうか、失ったものも大きいのではないか、そんな風にも考えてしまう。
まだまだ編集らしいことは出来ないが試しに広島での旅の短いシーンのビデオを作ってみた。暫くは楽しめる、思ったほど楽しくはないとの気もしているが。

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2012年1月25日 (水)

また日光彫

寒い日が続く。今年の冬はここまで北半球の850hp高度での気温の最も低い点が日本よりのシベリア(沿海州)とカナダ北東部に居続けるパターンがあまり変わらず、北極より寒い場所が樺太の対岸あたりまで南下してきている、どうみても日本は寒くなる、特に北日本の寒さはめったにないレベルとなっていそうだ。北極振動もここへ来てマイナス側の指数(即ち極渦 が弱くなって寒気が北極から流れ出す)となってどこから見ても寒さがいやましのパターンとなってきた。
今年の冬も日光彫の講座に週末は日光まで通っている。先週末は日光も積雪で一面の雪がキレイだった。今年の第一作目の作品Nikkouboriが塗りあがってきていた、どんぐりの図柄の角盆だ。星打ち用の釘も自分で加工したものを使ったが無骨な感じが出てなかなかだ。次に彫りあがったコミミズク、及び庭のシャクナゲを塗りに出した、どんぐりは借りた図柄だが今回の図柄は自分のものだ、どう出来上がるか、昨年は震災でなんとなく尻切れで講座は終わった、少しは塗りも学ぶべきだが冬場はやっていない 春になったら塗りを教えてくれるところをあたってみるか。次は手鏡を彫っている、ぼたん柄だ。作品がたまってくる、それもいい。
雪をみると今年はスキーに行けるだろうか、考えてしまう。何かを始める、何かが終わっていく、時間は限りがある、どうしようもないことだが簡単には終わらせたくない。そうやって身の回りにはガラクタが溜って行く。しかしこんな風にして過ぎていく時間そのものが楽しくもある。冬はまだまだ続く。

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2012年1月20日 (金)

こうやって未来は

もはや昨年の年末のことになってしまうが ツイッターを眺めていたら栃木の河川の土壌で放射線が17000ベクレルとある。ちょっとビックリだ。

ここまで来たかと思いつつも元のデータを追っていくと環境庁の計測データだ、栃木の河川敷を幾つか測っているが、所々で相当に高Yukawa い。1位の17000ベクレル/kgは湯川の湯川橋となっている、netの地図で探していくと那須殺生石のところの小さな川の橋だ、観光スポットとなる場所ですぐ下は鹿の湯だ、ちょっとまずい、立ち入りが制限されるのだろうか。

2位の12600ベクレル/kgの場所は箒川の堰場橋となっている、調べると千本松牧場のすぐ西を流れる箒川の橋だ、このあたりはたしかに以前から線度が高いと言われていた。3位の8700ベクレル/kgの場所は大谷川左岸の開進橋とあり、探すと今市のかたくりの湯の1kmくらい上流だ、こんなところが、と思う。Nasusiob

しかしこの1万ベクレルというレベルをどうみればいいのか。放射線を発す る線源の強さということになるが、法的規制で調べていくと放射線を扱う事業者や医療機関が管理区域として外部の人の立ち入りを禁止しなければならないエリアの放射線強さに行き当たる。これが4000ベクレル/m2以上と表面積あたりの数値で決められている。環境庁の計測は表土だから表土は通常5cm程度を取って行われたりするようで深さ5cmと仮定し土の比重は1-1,3位というので緩い値になるよう1として計算すると800ベクレル/kg以上は管理区域にしなければいけないとなる。17000ベクレル/kgでは基準の20倍を超える。とんでもない値だ、県や国はどうする気なのだろうか。いまのところ管理区域が設定された等の話はない、法令違反を国や県が平然と行っていることになる、その説明すらしていない。

もう少し調べると2位の地点から直ぐそばの県営那須野が原公園では那須塩原市議会の調査で最大16.8マイクロシーベルト/hが計測されている、県の施設と言うのに県の動きが非常に鈍いことに(市議会は県に計測する気がないので止むを得ず市民の要請で行った)市民から怒りがでているようだ。もちろん管理基準を大幅に超えていて、法令違反が平然と行われている。子供たちが多く訪れるエリアだけに誰のための自治体か、政府なのか、と疑りたくなる。戦時中の情報隠蔽の大本営発表がまた繰り返されているようだ。思えば日本は自身として戦争責任の追及は行わずじまいだった。戦時中の公によるしてはならない行為の数々が国民の側から追及されずじまいに終っていた、そんな体質が結局はこんな事態を生んでいるのだろうか。国民を馬鹿にしているとしか思えない行政はここから引っくり返さねばならないのだろう。
震災直後の、これを機会に日本もいい方向に転じられるかもしれないという雰囲気はどこかへ消えつつある。
こうやって未来はやってくるのだろう。

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2012年1月12日 (木)

広島と福島

年末広島の原爆ドームを訪れた。九州への旅の途中で宮島泊としたのがきっかけだが、原発事故の放射能もありどうにも気になっていた。広島インターで山陽道を降りてナビに導かれて簡単に到着する、駐車場は近くにいくらもある有料駐車場に停める、要するに町の中心部だ。保存工事がいまも行われGenbakud ている、崩れかけた建物をそのまま保存していくことはかなり難しそうだ。どうしても東日本大震災とそれに続く原発事故と較べてしまう。当然のことだが原爆ドームはキレイだ、これからどうなってしまうのだろうと言う心が虚しくなる空気がここには最早ない、歴史の遺物があるだけだ。しかしこれは人間の故意によるものだ、悪意によるものだ、それが恐ろしい。普通に暮らしていた人間たちがここまでの悲惨な残酷な破壊をやってのける、それを正当化しさえする、それが恐ろしい。東日本大震災の瓦礫とは違う気味の悪さがここにはある、それは未だに嫌な空気を発している。
Genbakd2 平和祈念資料館まで歩いていく、展示されているものはやはり歴史のかけらのようだ、しかし全てが人間の悪意がもたらしたものであるという気味の悪さは次第に見ていくことを辛くしていく。核だから、核兵器だから、という言葉ではないようだ。これは福島とは全く違う、福島原発が広島原爆の130倍の放射能を撒き散らしても、だ。

キレイすぎる遺跡と気分の重さ、複雑な思いで宮島に向かった。広島の町には年の終わりの少しの慌しさが漂っていた。こうやってまた年が過ぎていく。

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2012年1月 5日 (木)

志賀海神宮で初詣

初詣という習慣は何時ごろから定着したのだろうか、ともかく何もすることのない正月には運動不足解消にもなっていい。初詣というと三社参りが正統的な参り方と幼い頃より信じていたら、どうやらこれは福岡を中心とする九州地方に根強い習慣で全国区の習慣ではないらしいとごく最近知るに至った。更に調べると初詣の風習そのものも明治以降全国に定着した風習といわれる、電鉄会社の宣伝で広まったという見方もあるようだ。お参りなどと言うといかにも歴史的な背景がありそうだがそんなものなのだろう。だがそうでもないこともある。

今年の初詣も、福岡で正月を送ったこともあり、筥崎宮、香椎宮に続き何処かへドライブにと出かけた志賀島(しかのしま)で志賀海神宮(しかうみじんじゃ)という神社をみつけて参り 三社参りは達成されたが、この志賀海神宮という神社がなかなかの歴史を背負った神社だった。志賀島は万葉集防人の歌の舞台として古くから詠まれており しか の名前は当時からのものだ。筑前国風土記に神功皇后が三韓征伐の際に志賀島に立ち寄ったという記述があり神功皇Sikaumijinnjya 后の船を導いたのが志賀海神宮の祭司を代々務めている阿曇氏(あずみし)の始祖 阿曇磯良とされている。神社の起源は2-4世紀頃或いはそれより以前ではないかとみられる、相当の歴史があるようだ。「しか」の呼び名から鹿の角が多数奉納されているがおそらくこれは「しか」の名前にちなんだものだろう、続日本紀卷六述義二に近島(ちかしま)がなまってしか島になったとの記述がありこれが本当らしい。ここに鹿がいたと言う記録はないようだ。

それより、この阿曇氏というのが大変な豪族で、古代の朝鮮へ渡る海上交通を握っていたものの、どうやら磐井の乱に関わって朝敵となったようで、東国へ逃れ 関係する地名を方々に残しながら信州安曇野にたどり着いてそこに根を張ったらしい、安曇野の名は阿曇氏からきているといわれる、また穂高神社には綿津見命(わたつみのみこと)が穂高見神とともに祀ってあるがこの神は阿曇氏の祖神で志賀海神宮は全国の綿津見神社の総本宮となっているという。君が代の歌についても阿曇氏と深いかかわりがあるようだ。この歌は古今集の読み人しらずからとられているが、志賀海神宮には古くから君が代の神楽が毎年春・秋の例祭で奉納されており、阿曇氏の歌であったものが朝敵ゆえ詠み人しらずの形で伝えられたとの説がある、なにより奉納されてきた歌の歌詞が君が代そのものであることやこのあたりの地名や神社にさざれいし、ちよ、コケムスメ、いわら の名が残されておりいかにもつながりがあったことを想像させる。また 神功皇后は実在が確かめられてはいないが朝鮮に3世紀日本が進出していたのは大陸側の資料でも明らかで、卑弥呼の時代とも重なり、神功皇后が卑弥呼と同一人物(という説もあるがそう)でないにしろ少なくとも女性が国のトップに立つ時代であったのは本当らしく見える、また、朝鮮からの撤退に伴って国防上の理由から国の中心機能が西から近畿へ移っていった、それが東征といわれるようになったとも見たくなる。戻って調べていくとずんずん先が広がっていく。

九州の地に来て走り回っていくとどうしてもここに流れる長い時の流れをその証拠と共に感じざるを得なくなる。関東にいては感じられない歴史感覚がここにはある。新年に初詣とあらたまって参ってみると流れている時が何か空に漂って見えるような心地になって、広がっていく時空の感覚が面白い。

それにしても日本もまだまだ知らないことだらけだ。この世は興味深いことで満ちている。当分飽きることは無さそうだ。

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2011年12月29日 (木)

法隆寺にて

25号線で奈良へ入った。宇都宮から九州へ向かう旅の、ここまでは昨年と同じルートだ。法隆寺まで真っ直ぐ向かう。花博以来だから21年ぶりの法隆寺だ。法隆寺の歴史に較べれば1/70しか過ぎていない、変わっていない。とても1400年の時間がこの木造建築の上に流れたとは思いにくい。恐ろしくしっかりしている。縄文が終わって1500年たってない頃に造られていて丁度現代と縄文の終わりの中点に位置することにHouryuuji なる。木造建築ではそれ以来大した進歩はなかったのだろうか。その後の唐風の建造物よりこの高麗風というか隋風の法隆寺という建造物がどこか日本人の心にしっくり来るよう感じがするのは日本の文化的な起源がそのあたりにあるからなのだろうか。

見るたびに古びた感じのしない印象を強く与える、時間軸を超越した不思議な建物群だ。ともかく世界最古の木造建築群であることは間違いないのだが。

Houkiji

近くの法起寺の三重塔にもまわる、こちらも飛鳥時代の建造物で706年に完成したそのものと言われる、勿論国宝だ。法隆寺の広大さに較べればこじんまりとしたエリアにひっそりと建っている、駐車場もなく、寺の前の道脇に停めてもらえればそれでいい、と寺の拝観受付で教えてくれる。この塔も古さを感じない、法隆寺ほど大事にされてきたわけでもないようだが木造建築は1000年以上の風雪に充分耐えうると言う証拠のような建造物だ。

 

奈良には国宝や重要文化財が多量に普通に存在し続けている、重苦しさがない、価値あるものはこういう存在の仕方をされ続けるのだろう。

また旅を続ける、動いていると感じることが多い、旅をしながら生きているような気がしてくる、そんな綺麗な生き方にあこがれているだけかもしれないが。

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2011年12月27日 (火)

八代のツル

九州へのクルマ移動のついでに、本州唯一のナベツル飛来地、山口県八代盆地を訪れた、クリスマス寒波で峠道はうっすら雪をかぶっている。かなり数が少ないらしいものの今年もNabetuyatusir 何羽か来ているとネットをチェックして出かけたが行ってみるとやはり少ない。6羽いるとの表示がセンターに出ているが、観察小屋でみれるのは3羽だけだ。半分見られるというのはラッキーと思わねばならないが、観察小屋から見えやすい南側の位置に居続けているのは多分餌でしかけているためだろう。ツルの里とアピールするにはそのくらいはやらねばならい。道の北側の田んぼの手前にツル保護のためとの注意書きと共に立ち入りを制限するロープがはってあるがその先にみえるのは本物そっくりのデコイの群れだ。こんなデコイに惑わされてツルがくるとはとても思えないが、ツルが何処かへ行っている間でも観光客に何も見せずに帰らすわけにも行かないとの配慮もあるのだろう。鹿児島の出水のツルは1万羽の規模で飛来していて、更に増えてきているらしいがこちらは風前の灯の感がある。大きな群れの方が生きていくのに楽とは容易に想像がつく、難しい。人も同じのように思えてくる、群れるのは楽だが外れていきたくもなる。外れた個体は大概が滅びていくが僅かに生き延びた個体が大きな群れを絶滅から救い ある時は変化を導くことにもなる。自然の仕掛けがそこにあるようだ。

寒波は年の終わりに向かった和らぎをみせて、来年は少しは明るくなるような予感を漂わせている。

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2011年12月23日 (金)

旅の準備、また

旅の準備を始める、このところ毎年年末年始は九州までクルマで走って過ごしている、今年もクリスマスからの道中の天気はかなり荒れそうだ、昨年は四国で雪に会って風雪でフェリーが動くか気に病んだ、久住の麓の高速道はやっと開いて何とか動けたが思わぬ南国の雪だった、今年もかなりの寒波がくる。関が原は吹雪になりそうで25号線経由奈良まわりで行くとして、山陽道はそのまま走って広島まで行こう、雪はさすがに殆どないが寒さはかなりなものだ、西風も強い。原爆ドームと宮島を何とか眺めてみよう。
モバイルパソコンのemチャージを準備する、このときしかチャージしないが今年は7日よりは長いので30日分とせざるを得ない、料金が倍になるがしょうがない。
1300kmを走る、ちょっとしたアドベンチャーだ、さてどうなるか。

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2011年12月21日 (水)

ライトスクェアードLightSquaredが目に付いてきて

大分年も押し詰まってきた。寒さも増してきた。クリスマス寒波が到来するらしい、このくらい寒くなると北極振動が気になるが、見るとプラス側で動いているだけだ、極渦が結 構強く冷気Ao111219 が北極に閉じ込められていることになる、マクロな話なんでローカルな気温とダイレクトにつながらないとは言うもののあれとの感じは否めない。クリスマス寒波も北極振動から出ているものでもないようだ平年並みの気温と言われればそうだったかもしれないと簡単に納得してしまう。暖冬慣れだろうか、冬は寒いのが当たり前だ。

近頃米国の航空宇宙の話題をネットで眺めているとLightSquaredの文字が目に付いてきている。なんだろうと少し調べてみると 100Mbpsレベルの次の世代の無線ブロードバンドシステム(LTE)を全米に展開しようというベンチャー業者の名前だ。その周波数が問題でLバンド帯の1525-1559 MHz 帯を使用する計画となっているが、これはGPSの1559-1610 MHzと極めて近く干渉を起こす、(実際試験を行ったら多数のケースで干渉が出た、)これは危険だと多くの反対を巻き起こしている、というのがネットでの話題だ、なにしろGPSはもはや航空機の運行や軍事作戦にはvitalなインフラだ、これはまずいとの感じが画面からも伝わる。基本的に地上波のシステムだが遠隔地へは衛星を介してネットワークをつなぐ構成になっておりその衛星も既に1基打ち上げられているという。もう大分投資が進んでいる。電波の使用許可は一応FCCが認めているがGPSとの干渉がないことを確認できた場Lightsqurd 合使ってよいとの条件がついている、反対派はこれをもとにFCCに使用承認取り消しを迫っているが一向にあきらめる風がない。ライトスクェアードLightSquaredに資金を出しているのはハ-ビンガー・キャピタルというファンドでこのファンドの資金の半分以上がライトスクェアードに注がれているという入れ込みようだが、ここから民主党に多額の献金がありブロードバンド普及推進という米政府の方針に沿ったものとしてなんとか問題を解決して認めるよう圧力がホワイトハウスからかかっているらしいとの報道もある、共和党から疑問の声があり政治臭くなってきてもいる。ライトスクェアードは周波数帯を1535-1545Hzとして干渉を99%回避できる変更案を提出しているが安全に関わる問題だけに騒ぎは収まっていない。基本的には周波数が足りなくなってきていてベンチャーが新規参入するには無理をしなければ切り開けない(既存の米国の業者は700Hz帯でLTEサービスの展開に着手している)ということのようだ。周波数の獲得はどこでもかなり厳しい。LTEはlong term evolution の略だが今の(ドコモFOMA等の第3世代ブロードバンド)通信から来るべき第4世代の通信への橋渡しをスムーズに行うつなぎの世代(3.9世代(3.9G)ともいう)で無線LANと同等レベルの高速の移動通信方式といわれる。日本では昨年末からドコモがXi(クロッシイ)として開始しているがデータアクセスが遅れなく快適に出来るようだ、スマホによくマッチしているようにも思える。この先暫くはLTEが主流となるとみられ新規参入するならこのタイミングということなのだろう。ベンチャーの勢いで経済に活性を与えたいアメリカ、しかし国防・インフラの国アメリカ、なかなか微妙なバランス感覚が求められる。調べていくと 気がつかなかったこの先の世界を巡るドラマが今まさに繰りひろげられつつある、新たな光景を見出した思いがする。

いよいよ寒波が及んできそうだ、波打つような寒波の襲来も せめぎあい寄せては戻す人の活動も、なにやら同じように思えてくる、生きているとはこんなことなのだろうか。

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2011年12月15日 (木)

ジョウビタキがやっと来て

2日ほど前のことになる、仕事から帰ると家人がジョウビタキ来たわよ、とある。やっと来た、やはりこの寒波のためだろう、寒さを逃れるようにしてやってきたのだろう。ロシアから日本海を一気に渡るらしい、木枯らしでも吹き出さないとなかなか渡る気になれないのだろうか。
今年は生物の異変が気になる。春は花が妙に鮮やかだったし花つきが良かった。花は放射能の影響が直ぐに現れることで知られていて原発の軽微な事故も周辺のオシロイバナの異変で直ぐに解ることはもう40年も前から原発反対の人たちによって指摘されてきた、今年の北関東の花は多かれ少なかれその影響が出ていると思わねばならない。そんなことを思っていたらTORINOにフキの花の異変を示す写真と文があるのが目に入った、藤原新也氏によるものだ。9月発行だから随分見過ごしていたことになる。丹念な取材で福島のいたるところで花の異変が起こっているとあり 捩じれた奇妙なフキの花びら写真が掲載されている、そうだったのかと合点がいく。もっと周りをよく見なくてはならないのだろう。今年の春から夏はAzukinasi あちこちの花がとにかくキレイだった、放射線による活性化ホルミシス効果が起こっていたのだろう、サルが騒がしいのもそのせいかもしれない。人間も老い行く体にはいい刺激となるはずだが細胞が次々に生まれ出てくる子供にはとてもいいとは思えない、しかし影響から逃れることは出来ない。
地球上で得られるエネルギーは風力も太陽光も勿論石油も結局は太陽起源のエネルギーで 更に もとをただせば太陽のエネルギーは核融合だ。太陽は光や熱と共に夥しい量の宇宙放射線を発散している、人間の作り出した放射線なぞかわいいものだというのが宇宙の真実なのだろう、宇宙で得られるエネルギーは結局は放射能から逃れられない、ガタガタいわずに受け入れる、それが宇宙で暮らすと言うことなのだろう。
昨日はまた寒気が一段と流れ込んで カワラヒワが会社の敷地に10羽現れた、シジュウカラもいつになく鳴き合って騒がしい初冬を迎えている。変わり行く自然の姿ー勿論そこには愚かしい仕業とともにある人間の存在も含んでいるがーをただただ眺めるだけでも時を過ごしていく価値が充分にあるように思えてくる、来年はどんな風景が流れていくだろうか。

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2011年12月11日 (日)

皆既月蝕

月蝕は平和だ、始まっている月蝕を眺めながらふとそう思った。夜側の地球であればどこからでも見える。皆既日蝕はそうは行かない、地球上の狭い幅でしか見るかとができない、あたGessyoku3a

りまえのことが妙にしみじみ思われる、平等な機会というものが次第に得がたくなってきている世の中のためだろうか。

欠け初めの頃の月蝕は地球の影が何だかぼさぼしているようなところが面白い。陰になった月面が赤く色づくあたりもなかなかいい。地球による太陽光の反射である「地球照」と思っていたが月蝕では月から見れば地球は真っ暗な新地球の位置にある、何だか変だと調べると地球大気で太陽光が屈折されて特に波長の長い赤が影側に入り込みそれがGessyoku2a ほのかに赤く月を照らすということのようだ、反射ではなく屈折だから地球照という言い方はマズい。ゆっくり進む月蝕は眺めながら色々考える時間があっていい。やっぱり月蝕は平 和だ。Gessyoku1a

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2011年12月 5日 (月)

荒天のマガン

伊豆沼のマガンを見に荒天をついて出かけた。1週間前の予測にほぼ近い急発達の低11120321tenki 気圧が日本北部を走っている、気象庁の予測計算と米・欧の計算の丁度真ん中辺りだ、大体当たっていたというべきか、低気圧と併走するようにクルマで東北道を北上する、復興トラックが数多く行きかうためか路面のわだちに水がたまって走りにくい。
伊豆沼より蕪栗沼をねぐらとするマガンが多いと聞かされて、これまで ねぐら入りと夜明けの飛び立ちは蕪栗でしか見たことがなかった、伊豆沼はどうなっているのか一度見たい気がしていた、それに今回は荒天だ クルマの近くで見れる伊豆沼がいいだろう、雨風にもまけずマガンは同じようにねぐら入りや飛びたちを行うものなのだろうか、それも見てみたかった。
伊豆沼に着いて、サンクチュアリの人やウエットランドの人にいい場所を聞いてみるがどうも歯切れが悪い、以前のようには圧倒される光景は見られないということのようだ、場所も内沼の方が良さそうな言い方だ、内沼の西側Izunuma2 が伊豆沼・内沼地区では見やすい箇所と聞こえてそこで見ることにして内沼西側堤防に行く。クルマ1台停められるスペースがある、他には誰もいない。大丈夫だろうかと雨が小止みになるまでクルマで待って外に出ると遠くからマガンの集団が三々五々近づいてくる、雨だろうが風だろうが同じように振舞うしかないのだろう。空は厚い雲で覆われ勿論晴れよりは暗くなるのが早いが ねぐら入りは別に早い時間に集中する様でもない、なんとなく晴れているよりは時間帯が引き伸ばされているようにも感じるがそんなに大きな違いはない。日没過ぎがピークの感じで4時半前には概ね終わる。
数は蕪栗には及ばないが 結構近くに着水して蕪栗よりは見やすい、それなりにいい。雨は止まず写真も録音もビデオもまともに録れないが久し振りのガンの編隊が空を覆う光景は繊細で美しい、声や羽音がいい。
夜明けの飛び立ちも同じ場所で見る、伊豆沼の西岸堤防は人が目立つがこちらはまた誰もいない、マガンの声も遠く大丈夫だろうかと不安だったが6時過ぎには一斉に声と羽音が高まり湧き上がるように飛び立っていった、風の強さは半端でなく雨粒も飛んでくIzunuma1 る、撮影や録音はまたも殆どダメだ。しかし堤防を越えた田んぼに直ぐに固まって降りてくるので見やすい。オオハクチョウも一拍遅れながら一緒に動いている、何だか風の割にはのんびりして気楽な場所だ、とにかく見ることや撮影に必死の集団が誰もいないのが心安らぐ思いだ。
帰りに蕪栗沼に寄ってみると更に風が強くて外を歩けないほどだ、後でデータを見ても西風では伊豆沼より南側が更に風が強い、山の形が影響して強風帯になっているようだ。
毎年のように伊豆沼蕪栗沼を訪れてもいつも違う何かを感じる、でももうそろそろこれも終りかもしれない、なんとはなしにそんなことを思いながら横風に煽られつつ南にクルマを走らせた。色々あった荒れ模様の今年もあと3週間と少しだ。

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2011年11月29日 (火)

荒れ模様の伊豆沼でも

この週末に伊豆沼のマガンを見てこようと宿をとって気象を調べたらかなりの大荒れだ。日本の気象庁の予測計算データで図を幾つか書かせてみると日本海の急発達する低気圧を予想120321tenki している、山なら典型的遭難パターンだ。しかし米国colaの予測では本州東岸とやや東よりの低気圧を推定、欧州ECMの予想計算もほぼ同じ東側の低気圧となって、予測計算が割れている。朝鮮半島に下りてくる上空の谷の位置・形が微妙に違っているためのようだ。いずれにしろ土曜の夕方は荒れ模様の雨であることはどの予測でも同じだ。さてどうするか、宿をキャンセルして日を変えるべきなのだろうが12月は忙しい。荒れた天気も自然そのものだ、それはそれでまた違った111203tenki2 何かを感じるだろう、いつも同じではつまらない。
嵐を受け入れるのも一興だ、でかけるとしよう、天気がどちらの予測に従うことになるのかそれも面白そうだ。どうなるか。
1203tenki3

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2011年11月28日 (月)

白きたおやかな峰

北杜夫がなくなったというので、何か読んでみるかと、「白きたおやかな峰」を借りてきて読んだ。随分昔途中まで読んで止めてしまったと記憶にあるが読み直してみると内容はまるっきり頭に残っていなかった。北杜夫がカラコルム、ディッラン峰の遠征隊にドクターとして参加したDiran 実体験に基づいて書かれている。隊員の人物像を嫌味なく書き分け終盤のアタックシーンへと高まっていくのだが、遠征隊の日常のデイテールがリアルに描かれていて山岳小説にありがちな脚色された作り話と言う匂いがない。最後は殆ど遭難したと思われる描写で終るのが気になって現実の遠征隊の記録をnetで調べると小説どおり2度のアタックには失敗するが全員生きて帰還している。当時遠征隊に参加した隊員の何人かがブログにその時の有様を載せているが北杜夫はひたすらメモを取り続け面白そうな話は特に念入りに聞きなおしていたりしていたという、また原稿が凡そまとまった頃に隊員全員と個別にインタビューをして誤った記述であとでもめないように気を使っていたとも言う、そんなことからこの話は殆どが遠征隊の中で現実に起こっていた話だと感じられる。同じ釜の飯を食った仲間に嫌な思いをさせない細かい気遣いがあっていい作品が世に出せるのだろう。
山にこもらずとも楽しみを共有するグループで時々変な言葉に出会って嫌になることがある。何人かで折につけグループで鳥をみているとその人その人の素が現れて面白いが、こんな人かと情けなることが時にある。何のこだわりもなく鳥を見ていても自分の流儀に合わないと公然と人をさげすむしゃべりをする、そんな人と鳥をみているとうんざりする、おまえにはその物差ししか持ってないのかと言いたくなる、しかし言うとかえって不愉快になるのでこんな時は何も言わないことにしている。嫌な言い方をする人とは同席しない様にするしかないのだろう、鳥見に限らず時々そんな人種に会う、そのたびに情けなくなる。人はこうやってばらばらになっていくのだろうか。
「白きたおやかな峰」のモデルとなったチームはいい人が多かったようでその中から山岳界で名を残す人が何人も出ているようだ。現実の生きた空気はそのままその時の大気の中に消えていくが小説に事実を焼き付けられたことで却って参加した人の心を強くしたのかもしれない。北杜夫はその後も隊員とのつながりを保ち、個人的にもパキスタンの現地の村を訪れ実名で書かれたシェルパたちと旧交を暖めたという。 モデルになった人々から疎まれ いたたまれなくなって欧州を後にしたヘミングウエイとは大違いのようだ。
少人数で作り出される濃い空間は壊れるのも たやすいがその連鎖が結局は地球を覆っている、壊さない小さな努力が結局は地球を幸せにするのだろう。

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2011年11月24日 (木)

進化論というより変化論

ジョウビタキがまだ来ない。正確には、庭にこない、市内の会社の敷地には11月2日に現れている、しかし会社もそれっきりだ。今年はジョウビタキがわたりにくいのだろうか、ひっそりと見つからないようにしてヒッヒッとないているのだろうか。

Photo 図書館に進化地図という本が新刊できていたので借りてきて眺めている。ロジャーオズボーンとマイケルベイトンというイギリス人の著による本だ。大陸移動にあわせて進化の枝分かれを図で示してあったりしてなかなか面白い。知らなかったことに幾つも出会う。同じ種の鳥でも熱帯に近ければ小さく北極に近ければ大きいとある、例えばツノメドリはスペインでは翼長が140cmくらいだがグリーンランド海域では180cm-190cmくらいにもなるという。大きくなければ生き残れないということだろうがそういえば人間も寒い国では大きくて暑いところでは背丈が低い。日本でも雪深い富山・福井などでは平均身長が高いと記憶にある、見直してみると男性はそうだが女性は神奈川が最も身長が高い、寒さばかりが身長を決めるわけでもないようだ、確かにエスキモーもモンゴロイドの中でも小さいようだ。生活がからんだ理由がもう少しありそうに思える。そうはいっても暑いところには大きな人がいないという見方ならほぼあたりのようでもあり、大まかに見れば正しいことなのだろう。
大陸移動の歴史を見ていると中国が昔は小さな島で次第にユーラシアに集まっていって大陸となった様子もあれと思わせる。色々見ていてなかなかあきない。あれこれ良く調べられていて著者数人だけの所業とは思えない。生物は漂いながら動く大陸に乗って進化をとげている、進化というよりも変化というべきかも知れない、本当に今いる生物が過去の生物に対して進んでいるのだろうか、そんなことも考えてしまう。
進化論という言い方をやめて変化論といってみる、少し真実に近づいたような気がしてくる。この先の進化を期待するのでなくて今ここで変化を見つめることが本質のようにも思えてくる。

ジョウビタキも環境に応じて少しずつ変化していくのは当然だ、変わらない地球というのもありえない、こだわりなくそのままを受け止めていくのがよさそうだ。

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