2018年12月10日 (月)

カズオイシグロの浮世の画家 An Artist of the Floating World

図書館から順番が回ってきたとやっと連絡を受けて今しがた読み終えた。1年間順番を待っていたことになる。

Kazuoxa

奇妙な小説だ。奇妙さを感じる小説だ。
舞台は近代の日本、戦前に体制を鼓舞する作品を描いた高名な画家がそれを引きずりながら老年を過ごすという物語だ。
戦前の振る舞いに対して是とする部分と否定する部分が内面でとぐろを巻くその様子を本人の語り口で語る。読み手は主人公の説明に全ては納得できない仕掛けになっている。戦後主人公の身の回りに起こる次女の縁談や長女夫婦との生活のディテールを戦前の回想を細かく織り交ぜながらいかにも小説らしい小説として展開している。
戦前の世界で皆のためお国のためと行った振る舞いが終戦を境に全否定されるようになる、その屈折した状況は日本国民各個人の中で多かれ少なかれ起っていたはずだがそれを正面から描いた小説に遭遇したことは自分自身としてはなかった、その意味での新鮮さを感じた。
現実には戦争を支持し後押しする気持ちが国民の少なくも半分以上の心の底にあったのではなかろうか。それが敗戦とともに手のひらを反すように昔から変だと思っていたと言い出すのはちょっとついていけないところがあるように思っていた、戦前の世界から戦後を生きた人たちの心には何が漂っていたのだろうか、それをきちんと認識しないとまた同じような事態が起こってくるのではなかろうか、時々そんなことを思っていた。
それをこんな形で書こうとしたのが(日本人の間に生まれたとはいえ)イギリスの作家で英語で書かれている、というところに大きな奇妙さを感じる。国内にいては正面から向き合えないのかもしれない。
今日この頃ではあの戦争の記憶として強調されるのは被害者としての記録ばかりで、あの大戦の本質である加害者としての立場や何故それを支えたことになったのかに思いを巡らしそれと正面から向き合う、という試みがあまりにもなさすぎているように感じていた。原爆の被害者、空襲の被害者、無謀な軍部の被害者、やたらそればかりで戦争を支持していた気持ちは本当に無かったのか、言ってくれる人や記録は明らかではない。戦勝の提灯行列は皆がいやいやだったのか。そうとは思えない。
タイトルの浮世の画家、原題でArtist of the Floating Worldというのもなんだか変だ。浮世絵師としての画家ならイーゼルとキャンバスを立てたりはしまい。油絵画家で浮世絵を描く画家の集団を想定して書かれているがそんな世界が本当にあったのか.日本画の画家ならどこかちがうのではなかろうか。浮世絵は英語でpicture of floating world というらしいので日本の画家ということを印象付けるためにこのようなタイトルになったのではないかと想像される。藤田嗣二などをイメージして書いていったのかもしれない。でもここに書かれている主人公は浮世絵を油絵として描く師のもとで弟子として修業する一団に加わって戦前を過ごしている。藤田嗣二の様な和風な線を持つ油絵とは大きく違う。
設定そのものに違和感がある、しょうがないのだろうが、仮にそういう世界があったということを受け入れてしまえば小説の世界に没入することはできる。
戦前戦後の情景や生活のディテールの描写に力が入っていて、5歳までしか日本に居なかったという著者とはとても思えない。小説を書ききる能力は確かにノーベル賞作家として恥ずかしくないと感じる。
これで昨年イシグロがノ―ベル賞を受賞して以来図書館に予約して読んできた彼の主要作品の読破は終わりとなった。最後に読むことになったこの浮世の画家は彼が世に出した小説の2作目だったが、最も従来の小説らしい良く書けた小説との印象を受けた。
今後はどんな展開をイシグロはみせてくれるだろうか。どうなろうと当分気になる作家であり続けるだろう。

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2018年12月 1日 (土)

2018年11月の福岡市南区周辺及び訪問先の野鳥

冬鳥は次第に姿を現してきたが例年よりどこかペースが遅い。暖冬のせいだろうか。
手元のメモに残された記録は下記の通り:
2018.11.1 15時 曇り風力3-4 福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:マガモ5(♂3♀2)、バン1、スズメ4、ハクセキレイ1、ジョウビタキ♂1 鹿介池:コサギ1、アオサギ1、ヒヨドリ1-2 

Simaajika1

2018.11.5 14時 晴れ,風力3 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:シマアジ2、アオサギ1、 新市楽池:アオサギ1、  鹿介池: アオサギ1、ハシブトガラス1、ドバト4、ヒヨドリ2
2018.11.6 10時 晴 風力1-2 春日市春日公園 ヒヨドリ10、ヤマガラ1、メジロ5、シジュウカラ3、コゲラ1、ハクセキレイ2、ハシブトガラス・ハシブトガラス多数 アトリ30-40、カワラヒワ2、コガモ1、ウグイス1、ジョウビタキ♀1、カワセミ1、キジバト3、スズメ5、ダイサギ1

Hoshihamesu

2018.11.7 12時-14時半 晴   福岡市油山市民の森
  ジョウビタキ♂1♀1、ホオジロ4.ヤマガラ4、イカル声、シジュウカラ声、ヒヨドリ、ハシブト・ハシボソガラス
2018.11.9 11時 晴・曇 風力3  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
      カワウ1、マガモ7(♂4♀3)、バン1、コサギ1、スズメ、ハシボソガラス2
2018.11.12 16時30分 曇り 風力2-3  福岡市南区長丘周辺の野鳥

Hakusekirei1ax

、中公園:シロハラ2-3、ジョウビタキ♀1、ヒヨドリ3-5、カラ類(エナガ疑)2
2018.11.13  14時 晴 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
  カワセミ1、カワウ2、マガモ9(♂5♀4)、アオサギ1、コサギ1、スズメ20程度
2018.11.14 16時 晴   福岡市南区長丘周辺の野鳥
、中公園:ハシブトガラス4、ヒヨドリ4、カワラヒワ4、アオサギ1、シロハラ2- 新市楽池:バン1、マガモ12(♂6♀6)鹿介池:アオサギ1、ヒヨドリ

Atori

2018.11.15 12-13時 晴 佐賀県大興善寺
 アトリ20-50、エナガ、モズ、シジュウカラ、ヤマガラ 
2018.11.16  12時 曇り 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
  カワウ4、マガモ6(♂3♀3)、ホシハジロ♀1、バン1、ジョウビタキ1、ホオジロハクセキレイJ1、コサギ1
2018.11.19 16時 曇り4Sc050 風力1-2  福岡市南区長丘周辺の野鳥
 間:エナガ5、中公園:ヒヨドリ3、コサギ1、カワラヒワ声1 新市楽池:ハシビロガモ3、マガモ14(♂7♀7)、バン1、シジュウカラ1 鹿助公園:ヒヨドリ2
2018.11.21 14時 曇り7Ac100 3Sc050   福岡市南区長丘周辺の野鳥
 中公園:アオサギ1、ヒヨドリ4、キジバト2、シロハラ1、新市楽池:マガモ6(♂3♀3)、ヒドリガモ♀1、ハクセキレイ1 鹿助公園:ホシゴイ1、カワラヒワ1-2、シロハラ2、ヒヨドリ6-8、ムクドリ3、スズメ4、ウグイス地鳴き1
2018.11.22  15時-16時 晴 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
  ハクセキレイ1、マガモ10、ホシハジロ♀1、スズメ6

Daisyakusigi1

2018.11,23 15時半   福岡市南区長丘周辺の野鳥
 中公園:シロハラ1、ヒヨドリ5、不明10、ジョウビタキ声1 新市楽池:ハシビロガモ♂1、マガモ7(♂3♀4)、ヒヨドリ1-2 鹿助公園:、アオサギ1、コサギ1、ハシボソガラス2、ヒヨドリ10、ムクドリ18、不明1
2018.11.25 10時-12時 晴 福岡市油山市民の森
 ルリビタキ♀1、マヒワ20、シジュウカラ、ヤマガラ-10、ジョウビタキ♂、ヒヨドリ、コゲラ2、ミヤモホオジロ疑1 ホオジロ、メジロ声、シロハラ、モズ、トビ

20181126zuguro6

20181126kurotura

20181126erimaki

2018.11.26 10:30-12:30 満潮11:30頃  高曇り 佐賀県大授搦
 ダイシャクシギ、ダイゼン、ムナグロ、ハマシギ、トウネン、イソシギ、エリマキシギ、ズグロカモメ、アジサシの仲間、ミヤコドリ、クロツラヘラサギ、シロチドリ、コチドリ、メダイチドリ、ソリハシシギ、オナガガモ
2018.11.27 16時    福岡市

20181126miyako

南区長丘周辺の野鳥
 中公園:カワセミ1、メジロ3、シマアジ2、ヒヨドリ3、ハシブトガラス1、シロハラ2-3、ホシゴイ1 新市楽池:マガモ4(♂2♀2)、ハシビロガモ5(♂2♀3)、ヒドリガモ♀1、バン1
2018.11.29 15時 晴れ 風力1-2   福岡市南区長丘周辺の野鳥
 中公園:ウグイス声1、シマ

Medaichidr

Jyoubimesu

アジ2、ヒヨドリ1、シロハラ1、新市楽池:マガモ2(♂1♀1)ハシビロガモ♂1、ハクセキレイ2、バン1 鹿助公園:アオサギ1、シジュウカラ3、カワラヒワ1、ジョウビタキ♀1、ヒヨドリ5、シロハラ1、スズメ15

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2018年11月28日 (水)

マウスのローラーが不調になって

2ヵ月ほど前の9月の終わりころパソコンで長く使っていたGreenHouseの有線マウスのローラーの反応がおかしくなり、これは壊れたかとネットで発注した。

Mausu

安いものだし分解もやっかいそうで修理するほどのことはないとの思いだ。無線のbluetoothマウスは接続が切れることが多くて却って面倒なので今度も有線マウス(エレコム製)とした、すぐに届いて使い始める。
機能は普通なのだけれどもどうも左クリックが僅かに重い。返品するほどの不良品ではないし暫く使えばなれるかと思っていたが一向に慣れずにむしろ気になってくるようになった。左クリックはしょっちゅう使う。
ここは右クリックと左クリックの機能を逆にしてみるのもいいかとwin10の設定->マウスの「主に使用するボタン」というところを左から右に変えてみた、簡単に変更できる。
右左のクリックが全く逆になり最初はちょっと戸惑ったが慣れてきた。慣れると指の疲れが減るように思える、人差し指と中指のクリックの回数にはそもそも大きな隔たりがあり人差し指を多用するようにパソコンはできているようだ、左右を逆にするとパソコンを使い始めて以来酷使されてきた人差し指が解放されたように感じる、勿論中指は忙しくなるが今までに溜った疲労はなく楽に動く、それにローラーは相変わらず人差し指だ。こんなことができるとは思ってなかった。パソコンは2台を動かしているのでもう一台の方のマウスの設定も左右逆にする。
暫く使っていると 使用頻度は減ったとはいえやはり左クリックがやや重いのは変わりはない、何とかできないかとまた思い始める。
捨てようかと思っていたGreenHouseの有線マウスをどうせだからとバラシにかかる。ねじ1本外すとガバッと分解できてローラーが見えるようになる。ゴミでも詰まったかもと思うが見てもよく解らない。とりあえずはCRC5-56を回転部分に十分すぎるほどに吹き付けてまた組み立てる。組み立てにくいところがあるが何回かやっていると無事組み立って元の姿に戻る。これでパソコンにつないでみると治っている、ローラーにスムーズに応答して画面が動く。なーんだということになる。マウスに問題が出ればまずは恐れず分解してみるべしというのが教訓になる。
新しいマウスはお蔵入りとなったが右左の逆転設定はもう慣れてしまって手が疲れないので逆のままにして使っている。少し気分が変わっていい感じもする。

パソコンを使っていると 細かいことだが今まで固定観念で見ていたなあ、とこんな風に少し解る時がある。そんなことがあるとパソコンを使うというどこかうんざりする作業がちょっと息抜きできたような気持になっていいのかもしれない。

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2018年11月27日 (火)

村上龍の「半島を出よ」を読む

もう何年も前から、小説はどんなものであれ何かを読んでいた方が精神にいい、という確信を持つようになっている。現実にべったりつきすぎてはいけないと、ということかもしれない。
久し振りに村上龍の小説を読んだ。半島を出よという題名だ。もう13-4年前に書き上げられた作品で文庫版がたまたま図書館の返却済みのラックに入っていたのが目についた。パラパラと見ると始めの方の北朝鮮兵に福岡ドームが攻撃されるところがちょっとリアルでフーンという気持ちが湧いてきて借りることにした。上下2冊に分かれていて結構厚い。上巻を兎に角借り出しては見たものの あれやこれや遊びまわってしまって読み始め

Hantou

ないままに貸し出し延長を繰り返してしまう、これは時間を作ってでも読むしかないかと思い切って
読み始めた。

2005年出版の長編小説で2011年春の福岡を舞台にした近未来小説という形だ。北朝鮮兵士の語り口から物語は展開していくところも他にはない。
北朝鮮の反乱軍と称する部隊が福岡市を占領するという設定になっていて形態は全く違うが2011年春に日本にとっての大事件が起こるというところまでは図らずも予測したことになっているのも興味深い。失われた10年を過ぎても続く終わりの見えない低迷は大きな形での破綻に導かれるのは避けられない時代だったということだろうか。

小説として眺めると読み慣れた文学としての小説とはだいぶ違っている。あとがきを読むと韓国で脱北者からの聞き取りを重ねたり元(及び現役?)経済官僚や自衛隊経験者、ミリタリーに詳しい人の強力な支援を受けたり、その他調査に何人もの人が協力して知恵を貸してくれた結果出来上がった本だと知らされる。参考文献も膨大だ。
北朝鮮の状況の描写、軍の描写が詳細でリアル感があるし、武器の細かい描写も詳細にわたりついていけない感情さえ引きおこす。日本の官僚機構の危機に対する対応も詳細でリアリティがある。全体にうっとうしくなるくらいに細かい描写や知識の披露にこだわっている。だから文章の分量がかさ張ることになる。しかし文学的とはいいにくい。事実を描写する形での説明が長すぎるともいえる。それがわずらわしくなる。
福岡ドームやヒルトンシーホークなどが舞台の中心で福岡市に住んでいると出てくる場所がリアルで面白い。但し侵入した北朝鮮反乱軍が住民票コードを入手すれば住民全員の情報を銀行預金まですべてわかる設定になっているがそこまで住民票コードは普及せずにその部分はやや大げさだとか、経済的に日本が大きく凋落した状態になっているという設定は殆ど当たっていないとか、近未来とはいえ予想しきれていないところが、いくつかある。色々とやりすぎ感がある。
しかし読み終えると結構面白かったという読後感が残る。村上龍は反米愛国というのが好きなのかもしれないそんな感想も抱くし、どこか「愛と幻想のファシズム」を思い起こすところがあったりもする。構築された世界を楽しめたという余韻が残る。

こんな文学らしくない小説も時にはいい、次は何を読もうか。

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2018年11月25日 (日)

大興善寺の紅葉

10日位前のことになるが11月15日、近場の紅葉見物としてまだ訪れたことがなかった大興善寺というところに行ってみた。北部九州の紅葉バスツアーで広告に出ているところで紅葉の名所の一つではあるようだ。net等でみると如何にも寺の客寄せの雰囲気が感じられて今まで足が向いていなかったということもある。しかし近場というのは矢張り魅力がある。場所は鳥栖の近くで大宰府から少し南下したあたりという感じだ、1時間ちょっとで行けそうだ。
大駐車場にクルマを停めて寺に向かうと長い階段が見えてくる。これはとても上る気がし

Daikouzenji1

ない。見ると右の方にある曲がりくねった坂道がある、こちらでものぼれるようで当然のようにこの坂道を選択する。
階段の頂上部と合流したところが”契園(ちぎりえん)”というエリアの入り口となる。ここからが紅葉見物の中心らしい、拝観料を払う。中に入った後もまた坂道で、ゆっくり登っていきながら紅葉を見る。前の週の油山で紅葉がピークだったのでこちらも多分真っ盛りだろうと思っていたら未だグラデーションの段階だった。もう少し後がピークのようだ。なかなか難しい。紅葉は殆どがイロハカエデのよう

Daikouzenji2

だ。ジグザグに斜面を上る遊歩道があり歩を進めながら紅葉をめでるという形になっている。少し上ると紅葉の葉陰に鳥が沢山いて動き回っている。こんな時に限って双眼鏡をクルマに忘れている。動きが速く裸眼ではとらえにくいが手元のデジカメで写してみて拡大するとアトリだ。100羽位の群れに思える。その他シジュウカラもいるしヤマガラもいるようだ。ここは野鳥も面白いとはネット情報では出てこなかったが思いがけず得をした気分だ。
契山観音まで登ってまた降りていく、下りの方が足にはつらい。途中にある日本庭園で抹茶を飲んだりとひたすらのんびり降りる。
それにしてもまずまずの紅葉だった。

Koumyouzenji

もう一か所くらい紅葉を見るかとこの5日後に九州国立博物館に行ったついでに太宰府の光明禅寺を訪れた。こちらは重森三玲の作庭による枯山水の庭の秋景色がいいらしいとの評判が頭にあった。
平日だが大宰府には外国人が目についてとにかく人出が多い、クルーズ船が博多港に入っているのだろうか。光明禅寺には外国人はほとんどいないがやはり結構人が多い。庭には赤々と色づいた紅葉は無いが枯れた感じがいい。
あちこち紅葉を見て回ったがもうそろそろ終わりになってきた、街のイチョウ並木が真っ黄色になってきている。当たり前のように冬がそこまで迫る。四季の移ろいが鮮やかな地球という星の奇跡をただただ感謝する他ない。

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2018年11月19日 (月)

油山の紅葉

今年の秋は晴れが続いて紅葉がいいように思う。雨が続いて寒くなると赤くなり切らずに茶色く枯れたようになって葉が落ちるということがあるが今年はそんなことにはならなくて、一気に色づいて赤くなったまましばらく頑張っているようだ。
ネットで福岡市の紅葉として検索すると福岡市の紅葉の名所の上から数番目に油山の紅葉が表示される。自宅から車ですぐなこともあってかえってわざわざ紅葉見物に油山に出かけるということも今まではなかった。油山の紅葉谷というと人工的にイロハカエデが植えられたように思えて有難味が少ない気もしていたこともある。しかし最近は体が思うようには動かなくなってきて手軽な近場というところにむしろ魅力を感じるようになってきた。こだわりが減ってきたのかもしれない。
とにかく2週間ほど前そろそろ油山中腹の紅葉谷あたりの紅葉が良かろうと油山に出かけてみた。
駐車場に入ると平日というのにクルマがやけに多い。やはり紅葉を目当てに訪れる人が

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多いようだ。
野鳥も探しながら周回路をのんびり上っていく。どこかに花鶏(アトリ)の群れは来てないかと思うが遭遇しない。ジョウビタキがちらと見えたりヤマガラが灌木の中で動いたりするくらいで鳥は少ない感じだ。
吊り橋の分岐も過ぎて紅葉谷に差し掛かると名前通りに赤く染まった紅葉が目につき始める、これはなかなかだ。直ぐに紅葉の密度が濃なって紅葉だらけの写真が次々に撮れる。紅葉の名所と言われるところをこれまでにもいくつか観たが赤い紅葉だけで画面が

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完全に埋まるという写真は滅多に撮れるものではない。前から歩いてくるおばさんはこの先すごいですよとわざわざ言ってくれて、こちらも負けずに来た方を指してこちらもすごかったですよと言い返す、人に何か言いたくなるほどに見事に赤く染まった紅葉が続く。
やはり良いといわれているところには行ってみるものだ。北関東や東北の山の紅葉の姿にこだわっていた心をやっと解き放せた気にもなる。しつらえられたイロハモミジであれ綺麗なものはいい。

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紅葉谷を過ぎて後はいつものように周回コースを左回りに一回りする。鳥はホオジロやジョウビタキが飛び交ったりイカルの声がしたりとまずまずだが、アトリには会えずミヤマホオジロも出ず、やや物足りなさがなくもない。でも歩いているのが心地いい。
祭りや催しを観に行くのもいいが、紅葉を見たり鳥を追ったりとのんびり歩き回る、晴れた秋の日はどこであれやはりこれに限る、そう思っている。

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2018年11月17日 (土)

Lion Airの737MAXが墜落,ボーイングに問題が

10月29日インドネシアでボーイングの新型機737MAXが墜落した。離着陸での事故ではなく離陸後しばらく飛行しての後の墜落で事故原因はまだ確定はしていないが新型機ゆえのシステムに一因する事故との見方が次第に濃くなっている。事故後16日目の11月15日に被害者遺族がボーイングを相手取った訴訟を起こした。近年にない展開となっている。
墜落事故の概要は以下の通り;
2018年10月29日(月)現地時間6時21分(世界標準時28日23時21分Z)インドネシア・ジャカルタのスカルノハッタ国際空港滑走路25Lをパンカルピナンに向けて離陸したLionAirの国内線JT610便(機体はボーイング737MAX8,登録番号PK-LQP)は離陸後程なくして6時32分に通信が途絶え海面に墜落した。乗員8名乗客181名全員が死亡。天候は2000ftにやや雲がある程度で視程は8kmあり問題となる気象条件ではなかった。墜落場所は水深30-35mの海上で順次遺体や残骸が発見されている。フライトデータレコーダは発見され解析が進行中だがボイスレコーダは未だ発見されていない。残骸は細かく分解したものが多く衝撃が激しかったことを物語っているという。
パンカルピナンはジャカルタの北約450kmのバンカ島にありバンカ・ブリトゥン州の州都となっていてこの航空路は頻繁に航空機が利用される路線だった模様。事故機は月曜早朝の便で満席だった。

737max

737MAXという機体はボーイングの最新型の737で所謂リエンジンとして従来の737-800等の737NGシリーズのエンジンをバイパス比の大きい最新の低燃費エンジン(LEAP-1B)に変えこれに伴う改修を色々施した新シリーズの機体だ。2017年の5月から各航空会社に引き渡しが開始され事故機は今年8月に受け取って運用に供され始めたばかりの機体だった。日本国内ではまだ運用されてはいないが世界中で既に200機以上が運航している。

Flightaware1

フライトレコーダのデータは未だ公表されていないがこのような場合も通常はADS-Bで地上にオンラインで送られてくる飛行軌跡データをFlightaware等のサイトで入手して調べることができる。今回はこのADB-Dデータにエラーが多くデータの元即ち機体のセンサー系統に何らかの問題が生じていたことが推察されている。事故機のパイロットからは機体に問題が生じたので直ぐに引き返して着陸したいとの連絡が管制に入っていたという。
この機体による一つ前のデンパサールからのフライトJT043では同様に離陸後ADS-Bのデータが乱れていたが8分後に安定し飛行を続けたらしい。Lion AirはこのJT043のフライトについて技術的な問題が生じていたと認めている。一部の報道では高度と速度の指示に問題があったと伝えられピトー系統の問題が疑われていた。
その後データレコーダが回収されて解析の一部が漏れ伝えられてきているがそれによれば事故機は事故のフライトを含め4フライトのデータに異常が認められているという。ピトーセンサーと共に迎角センサーの値が異常を示したようで事故フライトではフライトコンピュータが失速に入ったと誤って判断し自動で機首下げの強制コマンドを発しパイロットはこれを解除できずに墜落した模様と伝えられている。
直ぐにボーイングから737MAXのユーザに対し従来の737と違い737MAXでは操縦輪操作では失速回避の強制頭下げコマンドは解除できず別の解除スイッチを押す必要になったこれに従うようにとの注意喚起が出された。米連邦航空局(FAA)からもそのような時には手順に従うようにとの緊急改善命令(AD)が取りあえず出された。
事故フライトのすぐ前で問題が発生した別のフライトではパイロットが解除ボタンを操作して事なきを得たらしい。
一応フライトマニュアルのどこかにはそのような記述があったらしいがボーイングによる737から737MAXへのパイロットの転換教育課程にはそのような内容は含まれておらず、この内容を知らされずにパイロットは機種転換可能と認められていたのが現実だったようで、米国の操縦士協会からもボーイングに対し厳重なクレームが発せられている。
737MAXの迎角センサーが異常な値を出したという報告は米国のサウスウエスト航空からも出されていてこちらは強制頭下げコマンドが発せらるまではならず普通に飛行したらしい。
迎角センサーが壊れやすい理由についてはまだ明らかになっていない、鳥が当たったりしたのだろうかとの憶測もある。迎角センサーに異常が起こりやすい所に問題のある機体との印象も受ける。
失速時の強制頭下げコマンドが自動で発されるようになったのは、大バイパスエンジンになってエンジン径が太くなりこれを従来の主脚長さを変えずに機体に取り付けるにはエンジンナセルをやや前に出して上にあげる他なく、こうすると失速時の大迎角時に大きなエンジンナセルが出す頭上げの空気力モーメントが更に大きくなって失速から抜けにくくなる。このため失速を迎角センサーからコンピュータが察知した時は間髪を入れずに頭下げ操舵を自動でやるようにせざるを得なかったものと推測される。Tテールのディープストール対策に多用されるスティックプッシャーの発想なのだろう。こんな手順の変更はきっちりパイロットに周知されるようにメーカーは意を尽くすべきだったしそもそももっと安全な対策を考え出すべきだった、ここまでのところではボーイングに落ち度があったとしか言いようがない。
どうしたのだろうかボーイングは。そもそもが737シリーズの改修が限界に来ていたのに無理して大きなエンジンを付けてしまったことに無理があったようにも思えてくる。短い主脚が機体重量を軽くできるキーだったのでそこにこだわりたかったのかもしれないが思わぬところでほころびが出てしまったようだ。
時代は大きく変わっているそんな時代のコーナーに立っているのだ、いつもそう思い聞かせていないと誰でも間違いを犯してしまう、そんな時なんだ、今は。航空機事故は時代の教訓を示してくれる、そう思えてならない。

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2018年11月 8日 (木)

サザンカ自生北限地を見る

福岡から吉野ケ里に向かう山越えの峠道の途中に気になっていた箇所が2つばかりあった。一つは栄西禅師が最初にお茶を植えたとされる場所だが物理的に行きにくいところにあるようでいつもそこに向かう道は通行止めになっている。もう一つはサザンカ自生北限地で途中の道の駅のようなところのすぐ近くにあるらしい。花が咲いている頃でないと行ってもつまらそうなので大抵が今度来る時にとやり過ごしていた。

朝起きると予想以上によく晴れている、晴れた秋の日は貴重とばかり近くの背振山の紅葉を見に出かけようとして、そうだサザンカだと思い出した。そろそろ咲き始めているのを最近植物園で見た。ネットで調べると自生北限地のサザンカは10月下旬から11月中旬に見られるとある、今が見ごろのようだ。背振山の行きがけに寄ってみようと出かけた。
行く前にざっとおさらいする、立ち寄り地は「千石山サザンカ自生北限地帯」として国の天然記念物になっている。サザンカはそもそもは日本固有種で野生種は白色のみだったとされる。その後園芸種が開発され日本の北部でも育つようになったらしい。改めて冬の花サザンカの自生北限が北部九州であるというのにちょっと驚きを覚える。

Sazanka1

東脊振トンネルを抜けて少し行ったところの道の駅吉野ヶ里の駐車場から行けるはずだ。入って左側に少し寄ったところで駐車して辺りを見回すとサザンカ自生北限地への遊歩道の案内を見つける。これに従って道路をトンネルで横切り山側の斜面の階段道を登っていく。突然の運動でちょっときついが登りつめると舗装道に出る、やや細いがクルマで来ようとすればできなくはないようだ。舗装路を左へ少し下ると白いサザンカだらけの斜面となる。思っていたよりスケールが大きい。白いサザンカは園芸種のような

Sazanka2

Sazanka3

八重ではなくシンプルな花でお茶の花によく似たようにも見え栄西のお茶の伝来でこの地に初めて茶の木を植えたことと何かつながっているのではないかと思いたくなる。お茶の木は白花のサザンカと姿が似ていたのでここなら育ちやすいと思ったのかもしれない。茶の木もサザンカもいずれもツバキ科ツバキ属の常緑樹だ。
素晴らしいほどに満開なのに地元マスコミで紹介もされない、この時期紅葉やコスモスのほうに興味が向かってしまうということなのだろう。
堪能した後背振山山頂へとクルマを走らせる。久しぶりだ、中腹から紅葉が楽しめ頂上

Kouyousefur1

下の駐車場付近はやや紅葉も終わりかけという感じだがそれでも赤や黄色に色どられた木々は気持ちがいい。気候がいいこともあって頂上まで登ってみる、標高差60m位だからすぐ登れる。頂上からの紅葉の眺めは北関東や東北には全くかなわないがそれでも緑の中に交じる色付いた木々の眺めがいい。
帰りは西側の三瀬トンネルを抜け曲淵ダム経由で走る。ダムの公園の紅葉がよさそうに見えたので寄ってみる。イロハモミジばかりだが緑から赤へのグラデーションが光に

Kouyousefur2

映えて美しい。晴れた秋の日は野山に出かけるべきだ、とにかくそう思う。
何も考えずに気の向くままに秋の空気に浸りながら平和な時を過ごす、こんなひと時は何物にも代えがたい。

Kouyoumagari

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2018年11月 1日 (木)

2018年10月の福岡市南区周辺及び訪問先の野鳥

ハチクマの渡りは静まったがハイタカやチュウヒ類の渡来が続いている。小鳥ではジョウビタキが現れ始めた。マガモの数も増えてきており秋もたけなわとなりつつある。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2018.10.1 16時 曇り 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園 カワセミ2(♂♀)、コサ

Kawasemi20181001

ギ、コゲラ声1、ハシボソガラス2 新市楽池:バン3(若2+雛2) 

2018.10.2 14時 曇り,7Sc/Cu015 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ハシブトガラス1、 新市楽池:バン4(親2+若2) 間 イソヒヨドリ1 鹿介池: アオサギ1、スズメ20、ドバト6

2018.10.7 11時  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
マガモ6(オス4、メス2)、ホシハジロ♀1、カワウ1、アオサギ1、ドバト11、ハシボソガラス1、スズメ2
 
2018.10.7 17時 晴 1Sc050  福岡市南区長丘周辺の野鳥

Cyudai

、中公園:コサギ1 チュウダイサギ1、マガモ2(♂♀)間:シジュウカラ1、新市楽池:、バン4(親2、若2)、マガモ2(♂♀)ハシブトガラス1 鹿助公園:、マガモ2(♂♀)、アオサギ1、ハシブトガラス1

2018.10.11 17時 曇り 風力2-3  福岡市南区長丘周辺の野鳥
、中公園:コサギ1、アオサギ1、新市楽池:、バン2(親1、若1)、マガモ5(♂3♀2)ヒヨドリ1、ジョウビタキ声1、ハシブトガラス1 間:上空ハチクマ1 鹿助公園:、バン1、キジバト1、、ハシボソガラス1

2018.10.14 13時30分 晴 風力2-3  福岡市南区長丘周辺の野鳥
、中公園:コサギ1、ヒヨドリ2、新市楽池:、バン若2、マガモ5(♂3♀2)ハシボソガラス1、ヒヨドリ1

Haitaka

2018.10.15 12-13時 晴 風力2-3N 佐賀県鏡山
 ハイタカ7、トビ ハシボソ/ブトガラス 

2018.10.16 11時 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
      カワウ2、ドバト、マガモ5(♂3♀2)、バン1、アオサギ1、スズメ10

2018.10.20 15時   福岡市南区長丘周辺の野鳥
 、中公園:ヒヨドリ3、ハシブトガラス1、メジロ3、コサギ1 新市楽池:、バン1 鹿助公園:アオサギ1、ヒヨドリ2、シジュウカラ1、ドバト2、コゲラ1

Amurfalcon

2018.10.22 12時-14時 晴 風力2 諫早干拓地
アカアシチョウゲンボウ3+、ハイイロチュウヒ2+、モズ1-2、トビ15程度、ハクセキレイ20+、アオサギ1、コサギ1+、ハシボソ・ブトカラス20程度、カワラヒワ疑2程度、ヒバリ3-5、ツバメ
大村湾PA:ハクセキレイ10程度

2018.10.24  11時 晴 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥

Haicyuu

  カワウ2、ドバト8、マガモ11、ホシハジロ♀1、バン1、ハシボソガラス2、アオサギ1、スズメ30+

2018.10.26  11時  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
  カワウ1、コサギ1、ドバト4、マガモ12、ホシハジロ♀1、ハシボソガラス3、アオサギ1、スズメ25+

2018.10.28 14時   福岡市南区長丘周辺の野鳥
 中公園:アオサギ1、ヒヨドリ2-3、新市楽池:、バン1 鹿助公園:、アオサギ1、コサギ1、ハシボソガラス4

Jyoubix


2018.10.30 14時 福岡市植物園  
ジョウビタキ3+、ハシブトガラス、ヒヨドリ


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2018年10月31日 (水)

ハイタカやハイイロチュウヒや

秋のタカの渡りはハチクマやサシバばかりではない。
鳥仲間から唐津の鏡山でハイタカの渡りが見られて面白いと教えてもらって天気のいい日に出かけた。鏡山は行ったことがなくどんなところだろうということもある。
唐津湾に面した標高300m弱の低山で頂上付近までクルマで行けるし虹の松原のすぐ南に位置していて眺めがいい。駐車場も広く遊歩道も設置され良く整備された公園の雰囲気がある。別名領巾振山(ひれふりやま)ともいう。松浦佐用姫が任那に渡る夫にこの

Kagamiym

山の頂で領巾を振って別れを惜しんだ(宣化(せんか)天皇2年(537年))という故事があって山上憶良も天平2年(760年)この地を訪れて領巾振山の歌を詠んでいる(万葉集巻5)。万葉の昔から既に有名な場所であったようだ。
確かに壱岐もよく見え、半島へ渡る船路がはっきりと見渡せる景観は古代から貴重な存在だったのだろう。
この日はよく晴れていて昼頃に眺めていると5-10分に一羽位の割合で壱岐方面からハイタカがぽつらぽつらと渡ってくる。数十羽の大群によるタカ柱という光景はないが十分楽しめる。タカ模様も見えていい眺めだ。ハイタカが北から渡ってくるのがよく見えるポイントがあるとは気が付かなかった。本州では半分留鳥のような感じがしていた。Haitaka12aa1a
7羽位見たところで引き上げる。気持ちのいい鷹見をしたとの思いがある。
1週間ほどして今度は諫早干拓地に色々鳥が出ているようだと教わってまた鳥見に出かけた。今度はやや遠く片道130km位クルマを走らせなければならない、まあ日帰りの範囲ではある。
Amur Falcon (和名アカアシチョウゲンボウという、英名の方が何だかかっこいい)が来ているらしいというので、土手に上がったりしてあちこち見ているとそれらしいのがいる。やや遠くて写真にとるのはちょっときついが双眼鏡ではよく見える。3羽位がホバリングしたり元気よく飛び回っているがその内取り入れが済んだ農地で別のタカ類と争うよう

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2aa

にやりあっている。別のタカは何かと思えばハイイロチュウヒだ、こちらはやや大き目で動きが少しは緩いこともあって何とか写真に撮れる。ナベコウ等も来ているらしいが見つからなかった、それでも結構楽しめたのでまあいいかと引き上げる。
帰りがけに大村湾PAで休憩しているとハクセキレイが3-4羽じゃれあうように駐車場の一角でからみつつ飛んでいる。そういえば諫早干拓地でも随分ハクセキレイを目にした。彼らもやはり北から動いてきているのだろう。

迫りくる冬を迎え鳥はその備えに忙しい。今年は本当に暖冬なのだろうか、そんなことを思ってしまう。どこか暖冬でない普段の寒い冬がきちんと来てほしい、そうも願っている心を感じる。

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とにかく、もうそこまで冬が来ている、廻る四季が有難い。

 

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2018年10月29日 (月)

オルフェオと井筒と流れゆく時間

毎年秋には福岡市で、規模はそれ程大きくないが、古楽の音楽祭が開かれる、今年

Orufeo

はアクロス福岡でモンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」を見た。1607年初演のバロックオペラだ。原語はイタリア語だが勿論字幕が付く。オーケストラボックスはなくて管弦楽団も舞台の中央にいて宮廷での演奏会もこうだったのだろうという形式で演じられる、舞台装置は殆どない。題材はギリシア神話にとっている。太陽神アポロの子オルフェオは蛇に咬まれて死んだ妻エウリディーチェを黄泉の国から連れて帰ろうとするが振り返ってはならないといわれていたのをつい振り返ってしまい、連れて帰ることができなかった というのが大雑把なあらすじだ。
単調な展開というのもあるが歌声と曲のうねりにどこにも悲劇的なあるいは劇的なところがなく淡々と進行していき、とにかく眠い
寝不足もある。男声はカウンタテナーで女声のような高さの音域で奏で、対する女声と音域が近く気持ちのいい音域ばかりを使って曲が構成されている、それが眠りを誘う気もする。リラックスする響きだからだろう、宮廷で演じられていた時代でもこれは眠かったに違いない、そう思う。
ともかくこのまま寝入ってしまえばどんなに気持ちよかろうという心地だった。

このつい5日ほど前に能を久し振りに見たばかりだったが能のほうが遥かに目が覚める。

Idutu

こちらのほうは住吉神社の能楽殿という能舞台で演じられたのをひょんな経緯で見に行ったのだが住吉神社の境内の中にこんな立派な能舞台があることなど全く知らなかった。この時は宝生流で「井筒」が演じられていた。なかなかの微妙な男女の感覚を見事に能に落とし込んでいるところがいい。
福岡市にはこのほかにも大濠公園にある能楽堂が知られていて2つも本格的な能舞台があるとは、と思ってしまう。立派な文化都市だ。


諮らずも西洋と日本に伝わる古典舞台芸術を続けて見たことになる。数百年の時代を越えて音曲で演じる舞台がいずれもそのままの形で残されて今でも人の心に響くものを与えてくれる、そこにちょっとした驚きを感じてしまう。永遠の命というものがあるとすればこのようなものかもしれない。この先どこまで伝わっていけるだろうか、1000年位はいけるだろうか、あるいはひょっとしたら1億年位も伝わるかもしれない。目の前を滔々と流れゆく時間が感じられてきてこれに手を振って励ましたくなる。人の心はそうは変わらない。

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2018年10月27日 (土)

カズオイシグロの「私を離さないで」

またまた図書館から予約の本の貸し出し順が回ってきたとの連絡が入る。カズオイ

Watashiwo

シグロの本だ。今回は「私を離さないで」だ。すらすら読めて2日で読み切って返却する。読後感はあまりよくない、今まで読んだイシグロの作品では最も心に残らない本だった。

どうにもついていけないところを感じる。イシグロの構築した世界--臓器提供のためだけに創り出されたクローン人間群の一生をその内側から語るという設定に どうにも共感を覚える接点が見いだせない、もどかしい。
このような形を借りて現代に生きる読者に共感を与え言いたいことがあるというのではなく 臓器提供という運命を定められ育っていきその役目を果たして命を捧げていくクローン人間の世界そのものを描くことに全てを注ぎ込んでいるように見えて、ついていけなさを感じてしまう。
イシグロの作品の中では最も共感を感じにくい作品になっているように思う。2005年に発表された本書は 構想を得て書き進められた時点ではクローン羊ドリーが発表されて日も浅く、イシグロがクローン技術の急速な進展に触発されて書いたものと思ってしまう、多分そうなのだろう。現在ではヒトへのクローン技術の適用は国際的に禁止との合意形成がなされており、見通せる未来にはこの書にあるようなクローン人間が次々に作られるという事態はとても想定できない。そんな未来を導いてはならないという思いがこの書を書かせたともいえるのだろう。
しかし、考えてみればヒトクローン禁止の合意形成にこの書が何らかの貢献をしたのかもしれない、それが実を結んだように感じられるがゆえに今となってはこの書はリアリティーを感じさせないとなった、それはむしろ著者が望む方向だったということかもしれない。小説は難しい。文学的にはどうあれ文学が社会に果たせる役割そんなことをイシグロは思っていたのかもしれない。

色々考えてしまう。そこがイシグロらしくて面白いところなのだろうか。不思議な本だ、今はそんな感想を持ってしまっている。
次はイシグロの予約本も最後になってしまう。イシグロという人に対する興味にはつきないものを感じている。

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2018年10月25日 (木)

料理を習う

つい最近料理を習い始めた。
別に困っている訳ではない、暇になるとやってみようかと考えていたことの一つであったというに過ぎない
今回の直接のきっかけは高校の同期のメーリングリストだ。関西在住者の希望者を募って大阪ガスの男性のための料理教室に10名くらいで参加して(面白かった)との記事が出ていてちょっと引っかかっていた。皆同じだな、そう思った。そして、そうかガス会社ではクッキングスクールを会社として運営している、何となく行きやすそうだ、こちら福岡にもそのようなものがあるはずとも思った。調べると思った通り西部ガスが開いている料理教室の中に男性のための、というコースが見つかる。10月からのコースの募集が間もなく始まるという時期だったので、募集開始を待ってとにかく申し込む。応募多数の場合は抽選で、とある、電話で聞くと大体2倍くらいの応募になるのが通常らしい。外れるかもしれないと気にしているとこれとは別に市の広報紙に男性向けの料理教室が9月下旬から開催とあるのを見つける。高年齢者向けで一応対象年齢には入る。応募開始を待ってこれもすぐに申し込むがこちらも多分抽選になるという。いずれも半年に5-6回くらいのペースで西部ガスのとはうまく日がずれている、両方当たってもやれそうだ。
抽選日が程なく訪れて結果の郵送を待たず電話で問い合わせると両方とも当たりと分かる。
費用は西部ガスのほうは半年で13000円、市のは1回600円で両方やっても大した負担でもない。
まずは市のコースが始まる。実施場所は老人センターで、そもそも老人センターというところを初めてみる、こんなところに次第に頻繁に出入りするようになってくるのだろうか。一種独特の空気が流れている。あまり心地よくはないが設備もあるしスタッフ

Ryouri1

もいるそれに駐車場もあって簡単に開催できるということなのだろう。
10人位で基本的に初めての人だ、このコースを終わると進んだコースが別にあるらしい。10時にスタート、昼までに作って昼食としてこれを食べて帰るという組み立てだ、この日は餃子と卵スープ、他を作る。協力しながら作っていくので全部の手順をすべてやってみるということにはならないがまあそれなりの実際的なやり方が解ってくる。兎に角この日は餃子をたらふく食って帰る。
2週間後に今度は西部ガスのコースの初回が開かれる。こちらは20人くらいいて場所も博多駅近くの近代的ビルの中だ、メンバーは年齢層がばらついていて普通の感

Ryouri2

じだ。驚いたのは自分以外はこの日は全てこのコースの経験者ばかりだったことだ。抽選では経験者が優遇されるのだろうか。この日は栗ご飯とロースかつ及びあえ物を昼過ぎまでに作って同じように食べて帰った。経験者ばかりということがあって作るスピードが速くやたら忙しい。市のより大分高いだけあって食材がいい。こちらも分担してやるので分担したいことははっきり意思表示して参加する態度が必要となる、ちょっと疲れる。

バタバタと作っていくが結構おいしい栗ご飯やとんかつが出来上がる。

自宅で復習に時々習ってきた料理を作ってみる。完璧とはいかないが大体はうまくいって結構いける、家人の評も悪くない。

少しは新しい生き方が開けたような気がしてくる、それがいい。それにしても西部ガスの料理教室は常連ばかりというのが未だに解せない。不思議な世界に行き当たったようにも思えてこれからの展開が楽しみでもある。

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2018年10月23日 (火)

オペラカルメンを見る

ブルガリア国立歌劇場公演のカルメンをアクロス福岡で見た。
ブルガリアと聞くとヨーグルトが浮かんできてヨーロッパの田舎とのイメージがどこかにある。でも首都ソフィアの名前を聞くとあのソフィアの秋の舞台かと少し洒落た印象もある。要するに何もわかっていない。ブルガリアの場所はというと ギリシア国境の北、ハンガリーの南、黒海にその東端が面しているという位置にある、所謂東欧という言葉くらいしか頭に浮かんでこない。

Carmen2

今回の公演の出演者についてもまともな知識は全くなくて更に指揮者が日本人というところには驚きすら覚える。一体どういうオペラの劇場なのか。Sofia opera という表記を現地のホームページでは用いておりこの呼び方が通称のようではあるが National Opera and Ballet という呼称が正式のようでありオペラとバレーの出し物を活動の中心にしているような組織との印象を受ける。

ともかく観るしかない。
幕が上がるとMET(メトロポリタンオペラ)の映像で見たりするカルメンの冒頭のシーンとは全くといって違っている。確か工場の女性工員と軍人との掛け合いがあったはずだが、それは顔のない合唱隊の歌に置き換えられている。仮面劇のようだ。ホセとカルメン、ミカエラ(ホセの許嫁)の3人だけが中央の丸い赤い舞台に上がれる、そしてそこで物語は進んでいく。能舞台を意識したと演出者(
カルターロフ(劇場総裁!))は語っている。よく知られた旋律が次々に出てくるが、間はレスタチーボではなくセリフでつながれていく、普通のカルメンとは全く違う組み立てだがごちゃごちゃしたところがなくわかりやすい。切れ味がいい。福岡の地元の子供たちも初めの部分で出演するが違和感はない、合同のリハーサルは全くといっていいほどなかったはずだがよくぞ練習したと思える。
ヨーロッパの田舎の歌劇場公演とは全く思えないモダーンな舞台だ。歌唱力はさすがにプロフェッショナルで、オーケストラのメリハリもいい。ヨーロッパの田舎という思い込みは全くといっていいほどに的外れだった。
カルメンはゲルガーナ・ルセコーヴァ、注目のナディア・クラスティヴァではないが歌唱力は素晴らしいものがあった、十分だった。
何といっても演出が素晴らしい、それに尽きる、それを支える技量確かなオペラが見れたというあたりが好印象を与えるように思える。
こういう演出の時代に入ってきたようだ。衛星放送で観るMETの出し物にも古典が現代の舞台設定だったり大幅に従来のものとは違う演出がしばしば見受けられてそういう時代になったのを感じさせていた、それが眼前に展開するとここまで来たかと改めて感じる。
一つの時代の感性が示されたオペラだった。
見たかいがあった。
カルメン役のルセコーヴァは樽のようでとてもすらりとしたカルメンの印象はないがそれを補うべく仕組まれたのかバレリーナによるカルメンとして踊る場面の挿入だった。ここにも斬新さがある。体型の引き締まったオペラ歌手などそういるものではない、こんな分業も面白い。

全体に良くできたオペラだった。また来ればまた見よう。

この演出は日本向けに準備されたものだったが初めてブルガリアで披露した時も好評だったという。日本の公演という形がアートの世界にそれなりの刺激を与えるものならばうれしいことだ。こうやって響きあいながら世界は進化していけるのだろう、世界の平和も保たれうるのだろう。

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2018年10月11日 (木)

長崎くんちを見る

台風が少しばかり足早となってキャンセルした予定が2つあったのもあって、少し時間に余裕ができた。そういえば長崎くんちはこの時期だ、九州の祭りとして有名だが良く分からない、一度見てみたい、そんな気がしていた。出し物を桟敷席で見るというのが普通の見方の様だが調べると今年の桟敷席は既にすべて売り切れている。

街中を巡って出し物の一部を披露していく庭先回りというのは誰でも観れるとあるので、とりあえずこれを日帰りで見てみるというのでもいいか、その他御輿が諏訪神社に戻るおのぼりというのも見どころのようで、とに角行けば祭りの雰囲気は味わえそうだと9日最終日に高速バスで往復することにした。
高速バスは福岡発8:10というのが早くて良さそうだったが迷っているうちに満席となってしまい次の8:35の便とした。瞬時に決めていく心がこんな時は肝心だ。
観光協会に電話して聞くと長崎くんちナビというアプリがあってこれで今出し物がどこにあるか刻々と解る、これを見ながら動き回ればいいと教えてくれる。
ネットで色々調べる。お上りの見どころは県庁前の坂を一気に上るところと諏訪神社の階段を一気に上るところとわかるがうまく見れるだろうか、そもそも庭先回りとはどんなものなのか、今ひとつ解らない、がしょうがない、まずは1日電車券をバスターミナルの上で買って諏訪神社辺りに行った後南下して昼食、くらいのアバウトな計画で当日を迎える。
日帰りだから大した荷物にもならない。高速バスはスマホ電源付き車内wifiありとスマホ利用者に随分と気を使っている、景色に倦きても確かにスマホをいじっていれば移動時間はそれほど気にならない、それに眠くもなってちょうどいい。
予定より10数分遅れで長崎駅前に着く、遅れは福岡バスセンターに来た時点で既に生じていたが最近のバスは遅れを取り戻すために高速で飛ばすということはやらないようだ、安全重視が徹底してきている、そういう世の中だ。
予定通り3番の市電に乗って諏訪神社で降りて神社の方へ向かうと早速何かの出し物が道路上を動いていて人だかりがしているのが目に入る。少し近づくと、有名なコッコデショ(樺島町の太鼓山)だ。掛け声と共ににだしを投げ上げた、さっそくだ、これはすごいと思っているとこちらへ近づいてくる。すぐ目の前に来てまた投げ上げるしぐさを始める、慌ててカメラやらビデオやらを引き出して構えるが近いとかえってうまく撮れない。着いてたちまち祭りに引き込まれた思いがする、こんな祭りだったんだ。
諏訪神社の石段を上がっていって境内で演じられている出し物を遠目で見る、船をぐ

Kunchi2s

るぐる回したりしていたがその内石段を人力で降ろしにかかる、船には子供たちのお囃子が乗ったままだ、ちょっと怖そうだ、ガタンガタンと随分な音を立てながら降りてくる。目の前まで降りてきたところで90度回して横の道へ去っていく、これから市内を回るということになる、とにかく手をかけた祭りだ。

しかし立ちつくして見ているというのは疲れる、おまけに石段の上だ、足場が悪いし混んでいて自由が利かない。脚がこわってくる。もうこれで諏訪神社の出し物は終わりというところまで見て浜町方面に電車で移動する。まずはどこかで昼食をとって県庁坂のおのぼりを、と動くが勝手が今ひとつ解らず右往左往している感じになる。チャンポン屋を探したが見つからず、ちょうどいい感じだったアビのパン築町店という店が目に入って竜馬カレーというのを食べる、なかなかいい。

Tairetsu1

13時頃がお上り@県庁坂という何年か前の情報がネットにでていて多分同じだろうちょっと遅れたがまだ坂を上ってはいまい、と食べ終わってすぐ近い県庁坂に行くと既に坂を上りきったところで隊列は休んでいる。出遅れた、ぴったり13時に行ってなければならなかったようだが、疲れていてそこまでの元気はなかった、しょうがない。そのうち浜市に向けて隊列はゆっくり下り始める、3基の黄金色に輝く神輿があって如何にも秋祭りの行列だ。坂を駆け上がるところは見逃したが行列を見るだけでも何か面白い。行列と同じようなペースで浜市アーケードを進む。観光協会の話ではハマクロス辺りで見ていると庭先回りは見やすいとあったので、ハマクロスまで行ってしばらく様子を見る。思ったより小さな十字路だ。スマホのくんちナビの情報を調べると

Hikakogawa

出し物はまだここまで到達しそうにないのでゆっくり眼鏡橋方面に向かって歩いていくことにする、どこかで出会うだろう。細い通りを前から東古川町の川船の隊列がやってくる、通れないので脇道へ入って眺める、進んでいくだけで特に演技はない。まあ秋祭りだ、屋台と見ると鹿沼の彫刻屋台の方が芸術的かなという気がする。こちらは演技で工夫しているのだろう。

Karafune1s

もう少し行くと今度は大黒町の唐人船が諏訪小学校の前で船を回しているのに遭遇する。近くで見るとこれは大変だ、これを一日中街を巡って各所で披露するのは並大抵の体力ではない、すごい。

紺屋町の本踊りというのはこの辺とくんちナビに出ているがそれらしい隊列はない。ばらけて休憩中なのだろうか。色々なのがかえって町を挙げての祭りらしい。
かなり疲れてきたので電車で諏訪神社まで戻ろうと市電の停留所に向けて市民会館のあたりに歩いて来ると人が集まっている。どうやら樺島町の太鼓山(通称コッコデショ)を待っているらしい。コッコデショは人気が高いようだ。電車通りのところまで来ると出し物が近づいてくる、確かにコッコデショだ。移動中も足を揃えてザクザク進ん

Kokodesyo1

でくる、と立ち止まって出し物を放り上げる動作に入った。今度はビデオを何とか構えて一応撮ることができた。祭りの3日間で8百回位この放り上げる所作をするらしい。1トン近くある太鼓山を片手で投げ上げ受け止めるのだから相当な体力と統率が必要だ。太鼓山は7年に一度しかみられないという、貴重といえばそうだ。
もう出し物は大体見たと諏訪神社に戻って最後の駆け上がりを見ることにする。電車を降りると石段のところ

Kokodesyo1a

に人だかりがある。神輿は石段の下に3基着いていて休憩中だ。上まで上がって見どころとなっている長坂の階段の近くまで行くには足が疲れすぎているのでここらあたりから見ることにする。2時半近くになって動き出し見る間に急な石段の上りにかかる、一気に登っていくが2つ目か3つ目の神輿は途中でちょっと乱れた、しかしややあって無事3基とも最上部まで登り切った。これで祭りの本体は終わりとなる。最後まで気の抜けない祭りだ。

Onoborifinals

とにかく足が厳しくやっとの思いでで電車に乗って長崎駅前まで戻る。バスは18時過ぎのを予約していたが1時間半くらい前の便に空きがあったので変えてもらう、簡単だ。
7時半過ぎに自宅に辿り着く、目くるめく一日が終わった。
長崎くんちは大変な祭りだ、やるほうが一番大変だが見るのもそれなりの覚悟がいる、でも面白い祭りだ。次に行くならもはや桟敷付きのツアーに限るだろう、また教訓を大分得てしまったようでもある。それもいい。

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