2018年10月11日 (木)

長崎くんちを見る

台風が少しばかり足早となってキャンセルした予定が2つあったのもあって、少し時間に余裕ができた。そういえば長崎くんちはこの時期だ、九州の祭りとして有名だが良く分からない、一度見てみたい、そんな気がしていた。出し物を桟敷席で見るというのが普通の見方の様だが調べると今年の桟敷席は既にすべて売り切れている。

街中を巡って出し物の一部を披露していく庭先回りというのは誰でも観れるとあるので、とりあえずこれを日帰りで見て見るというのでもいいか、その他御輿が諏訪神社に戻るおのぼりというのも見どころのようで、とに角行けば祭りの雰囲気は味わえそうだと9日最終日に高速バスで往復することにした。
高速バスは福岡発8:10というのが早くて良さそうだったが迷っているうちに満席となってしまい次の8:35の便とした。瞬時に決めていく心がこんな時は肝心だ。
観光協会に電話して聞くと長崎くんちナビというアプリがあってこれで今出し物がどこにあるか刻々と解る、これを見ながら動き回ればいいと教えてくれる。
ネットで色々調べる。お上りの見どころは県庁前の坂を一気に上るところと諏訪神社の階段を一気に上るところとわかるがうまく見れるだろうか、そもそも庭先回りとはどんなものなのか、今ひとつ解らない、がしょうがない、まずは1日電車券をバスターミナルの上で買って諏訪神社辺りに行った後南下して昼食、くらいのアバウトな計画で当日を迎える。
日帰りだから大した荷物にもならない。高速バスはスマホ電源付き車内wifiありとスマホ利用者に随分と気を使っている、景色に倦きても確かにスマホをいじっていれば移動時間はそれほど気にならない、それに眠くもなってちょうどいい。
予定より10数分遅れで長崎駅前に着く、遅れは福岡バスセンターに来た時点で既に生じていたが最近のバスは遅れを取り戻すために高速で飛ばすということはやらないようだ、安全重視が徹底してきている、そういう世の中だ。
予定通り3番の市電に乗って諏訪神社で降りて神社の方へ向かうと早速何かの出し物が道路上を動いていて人だかりがしているのが目に入る。少し近づくと、有名なコッコデショ(樺山町の太鼓山)だ。掛け声と共ににだしを投げ上げた、さっそくだ、これはすごいと思っているとこちらへ近づいてくる。すぐ目の前に来てまた投げ上げるしぐさを始める、慌ててカメラやらビデオやらを引き出して構えるが近いとかえってうまく撮れない。着いてたちまち祭りに引き込まれた思いがする、こんな祭りだったんだ。
諏訪神社の石段を上がっていって境内で演じられている出し物を遠目で見る、船をぐ

Kunchi2s

るぐる回したりしていたがその内石段を人力で降ろしにかかる、船には子供たちのお囃子が乗ったままだ、ちょっと怖そうだ、ガタンガタンと随分な音を立てながら降りてくる。目の前まで降りてきたところで90度回して横の道へ去っていく、これから市内を回るということになる、とにかく手をかけた祭りだ。

しかし立ちつくして見ているというのは疲れる、おまけに石段の上だ、足場が悪いし混んでいて自由が利かない。脚がこわってくる。もうこれで諏訪神社の出し物は終わりというところまで見て浜町方面に電車で移動する。まずはどこかで昼食をとって県庁坂のおのぼりを、と動くが勝手が今ひとつ解らず右往左往している感じになる。チャンポン屋を探したが見つからず、ちょうどいい感じだったアビのパン築町店という店が目に入って竜馬カレーというのを食べる、なかなかいい。

Tairetsu1

13時頃がお上り@県庁坂という何年か前の情報がネットにでていて多分同じだろうちょっと遅れたがまだ坂を上ってはいまい、と食べ終わってすぐ近い県庁坂に行くと既に坂を上りきったところで隊列は休んでいる。出遅れた、ぴったり13時に行ってなければならなかったようだが、疲れていてそこまでの元気はなかった、しょうがない。そのうち浜市に向けて隊列はゆっくり下り始める、3基の黄金色に輝く神輿があって如何にも秋祭りの行列だ。坂を駆け上がるところは見逃したが行列を見るだけでも何か面白い。行列と同じようなペースで浜市アーケードを進む。観光協会の話ではハマクロス辺りで見ていると庭先回りは見やすいとあったので、ハマクロスまで行ってしばらく様子を見る。思ったより小さな十字路だ。スマホのくんちナビの情報を調べると

Hikakogawa

出し物はまだここまで到達しそうにないのでゆっくり眼鏡橋方面に向かって歩いていくことにする、どこかで出会うだろう。細い通りを前から東古川町の川船の隊列がやってくる、通れないので脇道へ入って眺める、進んでいくだけで特に演技はない。まあ秋祭りだ、屋台と見ると鹿沼の彫刻屋台の方が芸術的かなという気がする。こちらは演技で工夫しているのだろう。

Karafune1s

もう少し行くと今度は大黒町の唐人船が諏訪小学校の前で船を回しているのに遭遇する。近くで見るとこれは大変だ、これを一日中街を巡って各所で披露するのは並大抵の体力ではない、すごい。

紺屋町の本踊りというのはこの辺とくんちナビに出ているがそれらしい隊列はない。ばらけて休憩中なのだろうか。色々なのがかえって町を挙げての祭りらしい。
かなり疲れてきたので電車で諏訪神社まで戻ろうと市電の停留所に向けて市民会館のあたりに歩いて来ると人が集まっている。どうやら樺島町の太鼓山(通称コッコデショ)を待っているらしい。コッコデショは人気が高いようだ。電車通りのところまで来ると出し物が近づいてくる、確かにコッコデショだ。移動中も足を揃えてザクザク進ん

Kokodesyo1

でくる、と立ち止まって出し物を放り上げる動作に入った。今度はビデオを何とか構えて一応撮ることができた。祭りの3日間で8百回位この放り上げる所作をするらしい。1トン近くある太鼓山を片手で投げ上げ受け止めるのだから相当な体力と統率が必要だ。太鼓山は7年に一度しかみられないという、貴重といえばそうだ。
もう出し物は大体見たと諏訪神社に戻って最後の駆け上がりを見ることにする。電車を降りると石段のところ

Kokodesyo1a

に人だかりがある。神輿は石段の下に3基着いていて休憩中だ。上まで上がって見どころとなっている長坂の階段の近くまで行くには足が疲れすぎているのでここらあたりから見ることにする。2時半近くになって動き出し見る間に急な石段の上りにかかる、一気に登っていくが2つ目か3つ目の神輿は途中でちょっと乱れた、しかしややあって無事3基とも最上部まで登り切った。これで祭りの本体は終わりとなる。最後まで気の抜けない祭りだ。

Onoborifinals

とにかく足が厳しくやっとの思いでで電車に乗って長崎駅前まで戻る。バスは18時過ぎのを予約していたが1時間半くらい前の便に空きがあったので変えてもらう、簡単だ。
7時半過ぎに自宅に辿り着く、目くるめく一日が終わった。
長崎くんちは大変な祭りだ、やるほうが一番大変だが見るのもそれなりの覚悟がいる、でも面白い祭りだ。次に行くならもはや桟敷付きのツアーに限るだろう、また教訓を大分得てしまったようでもある。それもいい。

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2018年10月 2日 (火)

2018年9月の福岡市南区周辺及び訪問先の野鳥


冬鳥の到来は明瞭でないがタカの秋の渡りは例年通り頭上を賑わした。今年は自宅からも明瞭にハチクマのタカ柱を観察できたし、念願の五島・大瀬埼から東シナ海に

Hachikumajtk1

向かって旅立つ多くのハチクマの姿を見ることができた。秋はやはりタカの渡りが面白い。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2018.9.2 16時 曇り8Sc060 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園 カワセミ1、スズメ2、メジロ・シジュウカラ・エナガ混群Σ10位 ハシボソガラス1 新市楽池:バン5(2+若1+雛2)マガモメス1 鹿介池 メジロ、アオサギ1、マガモ3(エクリ1、

Aosagi5

♀2)、ドバト2、ハシブトガラス1 

2018.9.7 7時 曇り風力3,7Ac260 2Sc060 福岡市南区長丘周辺の野鳥 カワラヒワ1、中公園: アオサギ1、ムクドリ20、モズか1、カワセミ1+1?、ヒヨドリ2、ムクドリ、ハクセキレイ1 新市楽池:バン4(2+若1+雛1 間 シジュウカラ2 鹿介池: マガモ1(エクリ1)、橋細1、ハシブトガラス1、シジュウカラ1、アオサギ1、エナガか声1、スズメ1、 

Suzume

2018.9.11 16時 晴れ・曇り 3Ac250 風力1 福岡市南区長丘周辺の野鳥 エナガ5 中公園:キジバト2、ヒヨドリ1、シジュウカラ1-2 、アオサギ1  新市楽池:バン2(親1雛1) ハシブトガラス1  鹿介池 シジュウカラ1-2、コゲラ声1、アオサギ1、バン1、スズメ1、ヒヨドリ 

2018.9.13 13時30分 小雨   福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥

Kosagi

      ホシハジロ♀1、、マガモ9(エクリ5、♀4)、バン2、ハシボソガラス1、アオサギ1、ハシブトガラス1、スズメ6-8

2018.9.15  10時30分 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
      ドバト8、マガモ7(エクリ3、♀4)、バン2、ハシボソガラス2、アオサギ1、チュウダイサギギ1、スズメ6

2018.9.17 am9   福岡市南区長丘周辺の野鳥
 イソヒヨドリ声1、中公園:コゲラ声2、キジバト1、チュウダイサギ1、ハシボソガラス1 、アオサギ1、シジュウカラ声1、ハシブトガラス1、新市楽池:、バン3(親1、雛2)スズメ10 鹿助公園:バン1、アオサギ1、ムクドリ3、コゲラ1

2018.9.19 am11-12 福岡市油山片江展望台  ハチクマ 約250

2018.9.21 am10:30  曇り 福岡市南区長丘周辺の野鳥  鹿介池:シジュウカラ2、

Isohiyo

ムクドリ5、アオサギ1 新市楽池:、バン4(親2、雛2)、メジロ1、スズメ3、ジョウビタキ声か、ハシボソガラス1 中公園:ムクドリ5、コサギ1、メジロ、スズメ、シジュウカラ、キジバト2

2018.9.24  14時 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
      マガモ10(♂7、♀3)、バン1、ハシボソガラス2、アオサギ1、コサギ1  スズメ10

Misago1


2018.9.25 13時30分 福岡市自宅上空 ハチクマ40

2018.8.17 am7:30  晴 clear NE2m 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園: マガモ5(エクリ2、♀3) 新市楽池:バン2(1+ひな)、マガモ2(エクリ1、♀1) 鹿介池:ハシブトガラス1、ムクドリ20、バン声、ハシブトガラス3、ハシブトガラス2、マガモ2、、スズメ1、

Hachikumaosea1


2018.9.26-28 五島列島
 27 6:00-8:00 晴れ風速7m 大瀬埼 ハチクマ600-700 ツバメ、アマツバメ、サンショウクイ、イソヒヨドリ、ミサゴ、トビ、メジロ、ヒヨドリ、サシバ、ハシボソ/ハシブトカラス、アカハラダカ、チゴハヤブサ、キセキレイ

Hachikumaosec

28 6:00-7:30 快晴風速3-4m 大瀬埼 ハチクマ 100

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程度 、他は前日と同様

 28 昼 博多航路中 オオミズナギドリ数羽 ウミネコ トビ 
 


 





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2018年10月 1日 (月)

五島の旅その2-ハチクマの渡り

五島の旅の続き 2日目はメインイベントのハチクマの渡り観察だ。日本での最終ポイントであるこの地から一気に東シナ海を渡る、その決意の飛行を見たい。

事前の予想通り風が強くて、一晩中目が覚めては風の音を聴いていた。民宿の泊り客

Hachikmose4

6名は全てハチクマ観察だという。全員の朝食はおにぎり弁当で朝5時には民宿の玄関に並べておくとのことだった。5時過ぎには出たいという声があるのだろう。
日の出時刻は6時16分のはずなので5時過ぎに起き出せば十分とゆっくり準備して5時40分頃出かける。勿論他の泊り客は出払った後だ。明け始めていて薄明るい。

事前にネットで調べておいた大瀬山直下の駐車場に一路向かう。10分位で到着するがもうクルマで駐車場所はほぼ一杯だ。かろうじて停められるスペースにクルマを置いて、大瀬山への階段を上る。10分もかからずに山頂に着く。ずいぶんと人が多い。クルマの台数以上の人がいる感じだ。様子を見ていると団体ツアーが入っているようだ、後で聞くとワイバードだという、10名ちょっといるらしい。
東よりの風が強く持参のセーターを上っ張りの下に着る、風速を計測してみると7m位ある、まずは予想通りだ。

Hachikmose3

ハチクマの姿がパラパラ見えだしてきたところで太陽が頭を出してくる。なかなかの景観だ。するするとハチクマの数が増えだして60羽位のタカ柱が次々にできては風に乗って西へと旅立っていく、すごい数だ。
大瀬山の斜面風を使ってそのあとも上空の雲の上昇風でつなげていくのだろう。風が強いだけに最初の上りがよくハチクマはみるみる上がってしまって写真に入れ込んでいる人たちにはちょっと不満もあるようではある。
ワイバードのガイドの人が説明してくれるので観察は楽だ。日本中のハチクマがここ

Hachikmose1

に集まるだけにすごい。時々アカハラダカやチゴハヤブサも混じる、サシバの姿もあったりする。
スマホの方位磁石アプリで見るとキッチリ西に向いて飛行していく。沈みかけた満月に向けてハチクマが飛ぶ姿は美しい。海の上には遠くに積雲の帯も見えて渡りに絶好の日よりとなっているようだ。
翼端の黒い幼鳥もたくさん飛んでいく。頑張れと声援を送る、こんな日に渡れなければもう渡れないという位いい日だ。

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7時半くらいには出発すべきは凡そ皆旅立って行って静かになってくる、自分で見ただけでも600-700羽がこの短い時間の間に渡っていった。当たりの日だ。
8時を過ぎたころワイバードを始めとする観察者は帰り始める、午後に九州本土から渡ってくるハチクマが現れるまで暫くお休みとなる。
一応これも予想の内で、この間に玉之浦周辺の見どころを観光する計画だ。ゆっくり時間があるので向かいの島山島に

Tondomr

行ってみたり、近くの井持浦教会を見て見たり、ここにはルルドという聖水の湧き出しがある、対岸の荒川温泉の足湯につかってみたり、南の島に来たような頓泊海水浴場の美しさに触れて見たり、アコウの巨木を見たり、あちこち走り回る。見るべきところはまだまだある感触で今度は海の遊びに来るのがいいかとも思ってしまう。いい島だ。
NEWパンドラというレストランで昼食をとった後また大瀬山に戻ってハチクマ観察を続ける。九州本土から来るハチクマは思ったほど多くはなく、男女群島の方から飛んできたりする、コース取りを間違えたか北風に流されて今日は無理となって帰ってきたのか、それとも、数は多くないが四国から宮崎・熊本を結ぶルートの先にある男女群島にまずは渡ってこちらへ来たということかもしれない、よく解らない。総じて思うほどには多く飛来せず、もう渡りのピークは過ぎたのかなとも思う。
4時頃撤収して後は宿で休養する。兎に角朝早くから活動していると疲れる。

3日目は帰る日で10時10分福江港発博多行のフェリーを予約してある。ハチクマ

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の渡りは朝が勝負なのでこの日も前日と同じような光景を期待して早朝から山に上がる。前日よりも車の数が多くて少し先の駐車場所に停めざるを得なくなるが大したことでもない。
この日はよく晴れていて風も前日よりは弱い。斜面風を利用するほどには風が吹いていないためか上空のハチクマの数が少ない。場所を変えながら見ていると、カウントをしている方が2連スコープを海面の方に向けながらカウンターをカチカチ入れているのに気付く、その方向をよく見ると、海上の低い高度を羽ばたきながら渡っていく数多くのハチクマの姿が遠目に見えてくる。ハチクマの渡りでは見たことの無い光景だ、小型の鳥は大抵が羽ばたいて渡りをするのだからハチクマが羽ばたいてもそれもありかなとも思えるがいかにも必死だ。天気がいいうちに渡ってしまいたいのだろう。力尽きて海に落ちることの無いよう祈るばかりだ。やはり渡りは命懸けだ。
こんな姿を見ようとは思わなかった。この地に来て見なければ解らない渡りの実態がある。
予定の7時半ぴったりに山を降りる。間近でハチクマを見る事は出来なかったが、色々と感じることがあった。来ている人も様々で面白かった。

Fune

予定よりやや早くレンタカー屋に辿り着いて返却した後港まで送ってもらう。10時10分の出航だが乗船は10時少し前から始まる、ギリギリの感じだが乗客が可成り少ないのでこれでも全く問題ない。1日船に乗って博多へ着くという移動は敬遠する人が多いのだろうか、大瀬山やツアーで話していても大概は長崎までのジェットフォイルや航空機利用だった。
往きの夜行では見られなかった五島列島と平戸・生月島の島の連なりの感じや松浦半島の姿を海から見てみたいと思っていた。福江から

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一気に長崎に渡るのでは勿体ないように思う。金印伝来の昔からこの海を多くの古代人が渡って大陸と行き来していたその現場だ。
島々の間を進んでいく、思った以上に島だらけの海だった。半島経由にせよ中国から直接にせよこれだけ島があればどこかにはたどり着く、そんな感じがする。海の中に島が集まって国の形を成している、と見えるだろう。
魏志倭人伝の書き出しの 倭人在帶方東南大海之中 依山島為國邑 という感じがそのままのように思えてくる。

男女群島から松浦半島までの切れ目のない島々、入江があったればこそ古代人の船でも日本に向けて外洋を思い切って渡ることができ古くから大陸の文化がもたらされてきたのだろうと納得する。
この感じは見てみなければわからない。

いい旅だった。見たいものを見、感じるべきものを感じたという気がする。こんな旅がいつまで続けられるだろうか。



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2018年9月30日 (日)

五島に旅するーその1

以前から五島が気になっていた。カクレキリシタンの歴史が世界遺産となったこともあるがハチクマの秋の渡りの唯一の出口が五島であることが気になっている最大かもしれない。更には古事記に記載の国産み伝説の中でイザナギ・イザナミによって2回目に作られた6つの島の中に五島列島とその南にある男女群島の2つの島が入っていて古代の海の交通の要衝だったことを古事記は図らずも伝えている、どんなところなのだろうか、そんな興味も大分あった。

ハチクマの渡り時期に合わせて9月の2つ目の連休の終わった次のあたりが平日で

Gotomap

行きやすいかとハチクマの観察場所である大瀬埼に近い玉之浦の民宿を2泊予約し、往復は博多港から福江港に向かうフェリー船とした。海の感じが欲しかった。海を眺めながら感じたかった。島内移動にはレンタカーを予約、また着いた日はキリシタン遺跡・島巡りのツアーが五島の観光協会で企画されていたのでこれも事前予約した。ハチクマの渡りのピークは日の出から数時間の間で観察は2日目にならざるを得ない、初日は観光とした。

肝心なのは天気だ。今年は船旅が悪天候に見舞われるのを3度経験している、うち2度はツアーキャンセルを余儀なくされた、今回警戒すべきは台風だ。祈るような気持ちで2週間くらい前から細かく天気をチェックしていくとどうやら嵐は予定の旅行の後になりそうだ、それでも北に秋の高気圧があり南側が低気圧となって旅行予定の辺りは晴れてもかなり風が強くなりそうではある。7-10m位の風になりそうだ。東風だからタカの渡りには好都合でタカにはいいのだが観察にはつらくなるかもしれない、また島めぐりの船は小さそうだから欠航となるかもしれない、フェリーのほうは風速20mまでは運航するというからこれは動きそうで行くことはできそうだ、その他にも色々気をめぐらしたがともかく風が最大の懸念事項だった。

往きのフェリーは23時45分博多港出航の野母商船の太古という新しい船でグリーン寝台というのを予約した。向かいが仕切り壁になっている上下2段ベッドを専用使用す

Gbed

る形だ、昨年小笠原航路で乗ったおがさわら丸の特2ベッドに近いがセミ個室というほどの独立性はない、しかし1個1個がカプセルホテルのようになっていて安心感がある。テレビもあって十分な感じだ。船内の施設は(使わなかったが)シャワーもあり、トイレも立派で綺麗だが、食堂がないのが残念な気がした。8時10分に福江着なので朝食は船内でとることになるがカップ麺に冷凍おにぎり・チキンを自販機で買ってカウンターで食べるほかない。もう少し何とか、と思ってしまう、ちょっとおしい。


Sunrise

上五島には4時頃着いて後は五島列島の島の間を縫うように進むことになっている、6時頃に起きだして日の出を見る、これがいい。風は厳しくもなく甲板で過ぎゆく島々を眺める、とにかく島だらけだ。乗客は寄港地ごとに次々と降りて静かになっていくが、最後の寄港地の奈留では通勤の風情の乗客が大勢乗ってくる。大事な島の足になっているようだ。

福江港に着くと早速レンタカー屋が待っていて事務所まで運ばれる。カースタというレンタカーチェーンでガソリン

Douzaki

スタンドが兼業でやっている。足掛け三日48時間のレンタルでマーチがほぼ1万円と安い。十分な感じだ。
島めぐりキリシタン遺跡ツアーの方は集合が11時45分ということもあって午前中は福江島の東側を少し走る。まずはキリスト教解禁後五島で初めて建てられたという堂崎天主堂へ向かう。県道162号から脇道へそれて天主堂への道を進むと途中で車両はここまでとの表示が出て少し手前の駐車場にクルマを置いて、歩いて到達する。立派な教会で五島のキリスト教の歴史の展示館にもなっていて潜伏キリシタンの貴重な展示もある。内部の撮影はできない。建築建築には有名な鉄川与助も施工者として参画しているという。世界遺産の構成要素ではないが五島のカトリック教会としては権威があった教会のようだ。福江島の教会を代表する堂々たる建築物だ。

Ishidaj

後は石田城跡と武家屋敷通り景観を巡る。駐車場探しに苦労したが探せば何とかなる。城は石垣と堀だけが残り本丸跡には高校がすっぽり入っている。離島での教育の重要さは島のあちこちで遭遇する小学校の廃校跡でも感じてしまうが、昔から未来につながる教育が島の最大の関心事だったのだろう。

島めぐりキリシタン遺跡ツアーは昼前に予定通り始まってまずは隣の久賀島(ひさかじま)に向かう。船は海上タクシーで狭苦しいが速い。心配した波は島に囲まれているためだろう、大したことはない。しかし窓も綺麗でなく景色がよく見えなくて船の楽しみは全くといっていいほどない。残念だ。
久賀島は江戸時代に潜伏キリシタンが九州本土から開拓民として移住して住み着いたとされる。島全体が世界遺産の対象になっているという。ここではタクシーで移動し

Gotokzr

て旧五輪教会が元々建っていた場所にある浜脇教会を見る。更にタクシーで移動して古民家を改修したところで昼食になる、結構忙しい。食事の後はまたタクシーで移動して牢屋の窄殉教記念教会という明治初期の解禁前の弾圧(五島崩れ)の地を見た後 旧五輪教会にむかう。五島の世界遺産のパンフレットには必ず出てくる教会だ。タクシーは離合不能の片側が崖の砂利道をしばらく走るが自分ではとても走る気がしない道だ、離合はバックしかないという。
それでも到着した降車場所からは坂を下って海辺までの未舗装路を500m位歩く必要があり、特に天気が悪いと
旧五輪教会は陸路からアプローチするのは難しい場所にある。潜伏キリシタンだけのことはある。

Gorin

やっとの思いで着いた旧五輪教会は木造のこじんまりとした教会だが内部は所謂蝙蝠天井になっていて美しい。明治14年に建てられたがその後この五輪の地に移築されている。五輪(ごりん)の名は集落の名前でこの集落には五輪(いつわ)姓が多く、歌手の五輪真弓の父方もここの出という。野球選手の野茂英雄も五島の奈留島にルーツがあるという話もあり、思いもよらず五島をルーツにして羽ばたいている人が多いのに気づかされる。乗っ

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てきた野母商船の野母の名前もずーと辿れば五島に行きつくのかもしれない。
旧五輪教会の近くの船着場からまた海上タクシーに乗り奈留島に渡る。個人では組むのが難しいツアーだ。
奈留島では江上天主堂とその集落が世界遺産の対象になっていて江上天主堂を見る。ここも潜伏キリシタンの集落だったが明治になってカトリックの洗礼を受けている。小さくてきれいな建物だ。湿気除けに高床になっていたり

Egami

ステンドグラスが手書きだったり細やかな配慮がある。木造の柱の木目は特殊な技法で描いたものだという、美しいがとても描いたとは思えない。竣工は大正7年で設計施工はやはり鉄川与助だ。

これでツアーは終わりまた海上タクシーに乗って福江港へ戻る。やはりよく見えないガラス越しにしか外は見えない。寝不足なうえに窮屈な船に揺られることもあって何だか疲れた。海の景色が楽しめればなあとまた思う。
それにしてもツアー参加者11名は北は秋田から全国各地の来訪者となっているのに少し驚く。全国区だ。その内外国人も混じるようになるのかもしれない。こんな見せ方はまだ始まったばかりで暫くは色々と試行錯誤が続くのだろう。見るところが多い島のように感じる。

港の駐車場に置いておいたレンタカーで、玉之浦の民宿まで走る。島の道には不安があったりするものだがここは問題なく走れる道でクルマも少なく走り安い。1時間ほどで宿に到着する、18時過ぎになってしまう、明日は5時半出発目標で忙しい。


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2018年9月25日 (火)

秋も忙しい

今年の秋は突然のようにやってきた。晴れた秋の日が突然のようにやってくると、あ、タカの渡りの日々だ、と気づく。夏が暑いとタカも騙されて渡りが遅れるかと思いきや、9月も中旬の終わり頃になると大量に渡っていくいつもの風景が眼前に展開する。
19日の日天気がいいのもあって11時ころ油山片江展望台で見始めるとすぐに立花山方面にハチクマが見える。その内福岡ドーム方面の上空に次々に集まってきてタカ柱が形成される、これの繰り返しで数が多い。見ていた1時間弱の間に200羽以上が渡っていった。いい日だ。

Hachikuma

この場所は駐車スペースがこのシーズンはいつも不足して問題となるので平日に訪れるようにしているがこの日はそれでもやっと一台分のスペースしか残っておらず、滑り込みセーフとなった。後からも次々にクルマが上がってきて申し訳ない気がしてしまう。勿論タカ見でない普通の訪問客も多い。

この日のハチクマは近くには寄ってくれない、上昇気流がいいようだ、うまくサーマルを捕まえて次々に旅だって行く。近くを飛ぶハチクマを見たければ朝の飛び立ちを狙えばいいのだろう、油山付近で夜を過ごすハチクマもそれなりにいるようだ。


そういえば今年は佐世保烏帽子岳のアカハラダカ見物の機会を外してしまった。やはり対馬まで出かけるよう事前に良く計画しておくべきものかもしれない。烏帽子岳のアカハラダカのピークは大体9月15日頃で今年は9月18日だったようだ、まだ暑いので夏の気分でいて外してしまった。
サシバの渡りも気になる、九州では宮崎
・金御岳がいいようだがまだ出かけたことはない。門司の風師山でもいいはずだが、白樺峠や伊良湖岬で見られるような数ではないようだ。多くがもっと南のルートを使っているようだ。

ぼんやりしていると時はするすると過ぎていく。また来年と思っているともう見ずじまいになってしまうのかもしれない。しかし やれることには限りがある。目いっぱい生きる、そんなことはとうにあきらめているが、とにかく秋は忙しい。

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2018年9月23日 (日)

ハンブルグトリオと世界の平和

アクロスの9月のランチタイムコンサートはハンブルグトリオというピアノトリオの演奏

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だった。全く知らない名前だったが、メンバーから良さそうなイメージがあったので聴きに行った。塩貝みつる という女性ヴァイオリニストの他はヨーロッパ人のチェリストとピアニストで、2013年ハンブルグで結成、ドイツを中心に世界的に活動、来日は3度目とある。ともかくアクロス会員なら900円で聞けるので行かない手はない。

思えばピアノトリオの演奏は生で聞いたことはない、CD/レコードでもあまり覚えがない、確かベートーベンの大公トリオという曲があったかもしれない、とそれくらいだ。
演目はメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番と第2番だ。勿論聞いたことがない曲だがメンデルスゾーンなら華やかだろう、ともかく昼ののんびりした時間にいい音楽を聴くのは心休まるだろうし、もし眠くなればそれもいい、それくらいの認識だ。楽な気持ちで聴けるのがいい。

会場に入るとメンバー変更の紙が配られる、チェロのリトアニア生まれのヴィタウタス・ゾンデキスがドイツ生まれのウルリッヒ・ホルンに代わったとある、急病らしい。うまく代われる人がいたものだと素直に思う。
舞台配置はピアノは一番奥で前にバイオリンとチェロが出る、座った席は前から6番目で、少なくともピアノがガンガンひかれてもこの配置なら聴きづらいということはなさそうだ。
曲は第2番から始まる、ピアノトリオだけれどもヴァイオリンが前面に出てきて聴きやすい。ただ、あまり面白い曲でもないな、そんな感じだ。アンサンブルはさすがの感じがする。1楽章終わるごとに会場から拍手が湧く。確かに楽章ごとに完結したような雰囲気がある曲のように思えるが、要するにほとんど知られていない曲を演じるとこういうことが起こるのだろう。なんでも受け入れなければならない。次は第1番だ、何で逆順にしたのかと思ったが演奏を聞いていくと何となく納得する、こちらの方がいい曲だ。ピアノ、ヴァイオリン、チェロが独立して絡み合って透明な交響曲でもあるかのような響き合いがある。音は発せられたその時にその空間に消えて行ってしまう、それを聞いた心地しか心に残らない、今からその演奏を細やかに思い出すことはできない、でもいい感触の響きを聞いたその時の様が絵のように流れて心に残る。
楽章ごとの拍手には興をそがれるところもあったが総じていいコンサートだった。今回のツアーは福岡を皮切りに九州、中部、東京と11日で8か所を巡っていく、大変だ、音楽を生業とする音楽家はこうするのが仕事なのだからとも思うが、聞かせてくれてありがとうと思わざるを得ない。

クラシックの演奏家といえばこのコンサートの数日後に中学の同窓会総会の宴席で後輩にあたる卒業生で現在ミラノ拠点にソプラノ歌手として活躍している人が、幹事の卒業年次の当番が回ってきたのに合わせてわざわざミラノから帰国して歌を数曲披露してくれた。こちらは会場の音響が今一で勿体ない感じもしたが、さすがの歌声だった。
たまたまだがこんな風に続けてヨーロッパを拠点に活躍する日本の音楽家の演奏を聴くと、日本は世界に向かって芸術家を輩出し続けていることに改めて気づかされる。ベルリンフィルのコンサートマスターの一人も日本人だ。

その後には今月は大坂なおみの全米テニス優勝のシーンもあった、ここにも通じるものを感じる、動きつつある世界の何かに触れた感触がある。

こうやって世界の国境が低くなって感動を与える人の活躍の場が拡散していくことが平和な地球を生み出す源なのだろう。
数百年かかるかもしれないが、いつかは武力に拠らない世界の平和の維持ができる日が来るかもしれない、そんなことも考えてしまう。
いい音楽を聴くと感じることが多い。

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2018年9月16日 (日)

読みそびれていた堀江謙一の「太平洋ひとりぼっち」を読む

ヨットクラブをこの3月で止めてしまって、後悔が時折頭をかすめる。やめたのは体調が1日続かないように感じてきたためだが、ともかく海の遊びを定期的にやる場と仲間を一度に放棄してしまった様な感じだ。ヨットのことはまだ気になっていてインスタでもヨットのいい写真があるとついフォローしてしまう。
そんな時、そうだヨットといえば堀江謙一だ、あの太平洋ひとりぼっちは結局読まずじまいになっている、との思いに行き当たった。もう50年以上も前の話で、当時の報道から少々無鉄砲の人の手記とのイメージを抱いていた。しかし実際にヨットに乗ってみると最小クラスのクルーザーで単独で太平洋を横断するということのとんでもなさ、考えただけで次々と浮かんでくる困難さをどうやって乗り越えたのだろうと思わずにはいられない。少し大きめのクルーザーでも湾外に出ると緊張する、それを小舟で3か月だ。とても自分にはできない。
図書館予約ですぐ入手出来て読み始める。ひらがなが多いように思えていかにもしろうとの文章という雰囲気がする、しかしストレートに読めて引き込まれていく。ヨットを始めたきっかけがたまたま入ったクラブが関大第一高のヨット部だったというだけでそれまでは海の遊びからは縁遠かったという。それが高校卒業するころにはなんとか太平洋を横断したい、それが出来るヨットを手に入れるため進学せずに働くという道を選ぶほどになる。関大OBのクルーザーオーナーグループに加わり実技を磨きつつ渡航の実務を学ぶためもあって旅行代理店でも働く。少し資金がたまったところで小型外洋ヨットの設計者から設計図を買い関西のヨット造船所で作ってもらう。搭載する計器、機器類も慎重に買いそろえていく。艇が進水したその半年後、高校を出てから5年後になる1963年5月、西の宮をパスポートなしで出航した。どう調べてもヨットで一人で太平洋を横断する人にパスポートが発行されるとは思えない日本の出入国管理の状況だった、密出国しか方法はないと悟っての出航だった。ここまで日本の鎖国は続いていた、吉田松陰の時代と同じだったとヨットの設計者横山氏は述解している。堀江の快挙が日本の出国管理に大きな風穴を開けたという。18歳の時の信念が様々な意味で大きな結果を生んでいる。
恐るべき生き方だ。ヨットによる単独太平洋横断に対して当時やれることは全てやり尽くして出発している、ここまでとは思ってなかった。
wikipediaの記載も読むがちょっと違うところが出てくる。水20リットルを積んで出航との記載があるが堀江の記述では水は合計68リットル積んで出航している、随分な記載違いだ、wikipediaはそれらしく書いてあるが内容は違っていることが他でも気になる時がある、便利だが信頼感がないものに囲まれているというのが現代なのだろう。
もっとも出航後2週間のところで水を入れていたビニール袋に破れがあると解りこの時点で残りは18リットルにまで減っており、更にビニール袋の幾つかにカビのようなものが発生してこれも捨てている、出発時に20リットル積んだというのは利用できた水を20リットル積んだことになると読めばそう間違いでもない。
水については雨水も使っていたが途中でジョンストン島の超高空核実験に遭遇しそれ以降雨水利用も控え気味としたとある。飯はビールと海水を半々にして炊いてみたなどの記述もある。色々工夫している。
結局サンフランシスコ到着時の水の残りは10リットルだったと書いているので、雨水利用と海水利用それにビールなどの飲み物からの水分補給でほとんどの必要量がカバーできたことになる。
4度の嵐を乗り切り、台風にも遭遇、20mを超える暴風雨にも耐えチンすることもなく、サメの群の中も進み、巨大なクジラの群れにも出会い、想像される大方の困難には全て遭遇しこれを乗り切っている。
色々改善できるところを見出して自信も得たのだろう、これ以降5-10年ごとに単独大航海の海洋冒険を繰り返している。

若い時の決意、一直線にゴールに向かう姿、眩しい。

今更こんな人生は選択できない、しかし刺激的だ。まだ何かできることが残されているかも知れない、そんな事も思ってしまう。
Img_0400

 

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2018年9月14日 (金)

庭にも同じく命の循環が

このところ庭木の伐採にいそしんでいる、というか少々やりすぎて筋肉の動きがぎくしゃくしている。
確かに歳なのだろうが、それなりに体の準備をして取り掛かるべきだったのだろう。少々の運動より大分きつい。

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一番の眼目は伸びすぎたモチノキだ。2本あってその内高い方は5年位前に引っ越した時既に5m以上の大木になっていて(1番目の絵)インターネットで依頼した植木職人に取りあえず短くしてもらっていた。しかし数年たつと切り口から延びてきた枝がまた元のような高さまで及び切らなければと思っていた、前頼んだ植木職人がもう仕事をやめたのか電話しても通じず、これ位なら自分でできなくもないと切り始めた。上に向かって伸びている枝が6本くらいあって高さはあるが夫々はまだ細くのこぎりで切るのはできそうに見える。脚立を用意して切り始めるがいい位置で切れるわけでもなく結構疲れる。低めの枝を手始めに2本切ってみる、まあ切れる。一旦作業を止めて切れた枝を燃えるゴミで出せるようにゴミ袋サイズに切り刻む、太目の枝は電動ノコを持ち出して切っていく。その後暫く雨の日が続いて雨もほぼ止んだかと思う日、最も長く上に延びている枝を切る。脚立に上って切るが位置があまりよくなくかなり疲れる。枝も結構太い。倒れるギリギリまで切り進んであとは望む方向に向けて高枝切狭で押し倒す。兎に角切れた、かなりへとへとになる。後は電ノコで切り刻んで袋に入れる、太い枝だけあってこれも結構疲れる。
また数日雨が続いてやっと上がったところで体力も回復したので残りの3本を切る。

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この間にもう一本の方のモチノキの伸びた小枝の幾つか(左図)を小雨の中で切ったりもする、とにかくほっておくとろくなことにならない。残った枝3本は細いと思っていたが切り始めると結構太くて切りでがある、甘くない。最後に最も太目でやや横に延びている枝を切り始めると疲れもたまってなかなかはかどらない。やっと切り落とせそうになってまた高枝切狭で押すがツタが絡まっていて思う方向には落ちず道路側に倒れて引っかかる、どうしようもないので通行がないころ合いを見計らって見張りを頼んで道路に落としてしまう、とにかく切り終えた。
2-3日は体のあちこちが少しおかしい。多分準備運動もせずに結構厳しい肉体の使い方をしてしまったからだろう。

庭を見渡すと自分の植えたのではない木ばかりが目に付く、宇都宮の家に長年植え育ててきた木や草を全て放棄して引っ越したのがいつも心に引っかかっている。今の家の庭は越してくるずっと前に庭師がそれなりに企んでこしらえた日本庭園だ、自由な感じがしない、新たに植えられる植物は場所が限られていて植えてもバランスが悪くなる。いっそすべてを植え替えてしまいたい庭だが体力的にもそれはできないし頼めば結構な出費になってそこまでのことはできない。
なんとはなく意に沿わない庭と付き合っていくのは楽しいものでもない。ゆっくりでも変えていかねば、そう思い続けている。生きてるとこんなことばかりだ。


少し前、インスタにアゲハ蝶それも欧州には普通だというキアゲハではなく日本らしいナミアゲハの写真をきっちり撮ってアップしたいと思っていたところへちょうど庭にナミアゲハが飛んできた。暫くひらひらしていたがうまい具合に羽を開いた状態でツ

Ageha

ル枝にとまってくれた。急いで写真を何枚か撮ったが蝶の方はそれからも飛び去る風でもなく何となくひらひらしている。どうやら産卵場所を探しているようだ。ナミアゲハは柑橘類の樹に産卵する。わが庭にないわけではないが、と思ってそのままにしていた。2週間くらいたって種から育てている小さなポッドの夏ミカンにアゲハ蝶の幼虫がいるのに気付いた。こんな小さな木ではその内全部の葉が食べられて枯れてしまう。困った。キズの樹なら大きくて耐えられるかもしれないとキズの若葉を摘んできて幼虫に与えるが柑橘類でもキズは全く気に召さないようだ。どうしようもなくなって殺してしまうのは気が引けて幼虫をキズの樹の近く

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に運んで放ってきた。多分生きては行けまい。またポッドをもとの位置に戻して様子を見ているとナミアゲハの成虫がひらひらと飛来した。親の様だ。なんとなく私の子供にひどいことするじゃないかと怒ってつっかかってくるようにみえる。しばらく周りを飛び回って気が済んだのか飛び去って行った。

小さい庭だが命が循環している、小さなドラマがある。
DNAサイズからみればヒトはキヌガサソウに遥かにかなわない、自分は何かの間違いで蝶になっていたかもしれないし夏ミカンの苗になっていたかもしれない、或いはモチノキだったかもしれない、ただDNAに書かれた暗号がヒト仕様だったに過ぎない、どの命も命は平等だ、そんなことを思ってしまう。
庭の自然からも学ぶことが多い。

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2018年9月12日 (水)

やっと涼しくなってきた

やっと涼しくなってきた。
今年の夏が暑いのはどういうことだろうと過去数年の世界の850hp高度(標高約1500m)気温分布の変化を眺めているが、今年がとりわけ暑いという気がしてこない。いつも暑いところは暑いしそうでないところはそうでない。地球規模で見ると僅か

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な変化がヒトの感覚では拡大されて感じてしまうということのように思えてしまう。
(図はGSM計算値の850hp高度の気温、上から2016.8.15.18utc,2017.5.15.18utc,2018.8.16.00utc その下の地球は左2018.7.24,右2017.7.22、大した差は感じられない)

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以前宇都宮にいた時は、梅雨期から夏場の雷雨は他の地方では考えられないほどに激しく、雹がふってもまたか位の感じだったしいつも溢れて水浸しになる道があった、車で走っているとまさに馬の背を分ける様な激しい驟雨が前から近づいてくるのを目の当たりにしてとりあえず路肩に停車してやり過ごすということも結構

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あった。近頃ではこんなのはすぐにゲリラ豪雨発生と映像が全国ニュースに流されるようになっているが以前は遭遇した人だけが驚いて身構えれば済む話だった。ゲリラ豪雨の映像をよくみる様になったのはそういう現象が増えたわけではなく、スマホが行き渡り誰もが映像をマスコミに提供できる様になり、報道が細やかになって

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いるのと関係しているように思えてしまう。
人間の一生など地球の歴史から見れば全くとるに足らない期間だが地球的現象である気象の変化を語るのに人の経験として何十年も住んでいるがこんなことは初めてだという現場コメントが強調されているのは滑稽にすら感じる。

暑さといえば出てくる地球温暖化の話も安易に何でも温暖化に結びつけてわかった様な気にさせているだけで、本当のところは何もわかっていない様な気がしている。温暖化のデータ捏造が世界的学者によって行われていた話はどこへ行ってしまったのだろうかと思って少し調べると、捏造というほどのことではなく見直しても温暖化データに変わりはないとされている様だ、そうかもしれないが言いくるめられているような気分にもなる。結局本当の生のデータの処理を具体的に誰にでもわかる様に開示し説明してくれないと所詮は専門家と言われる人たちのインナーサークルのブラックボックスが導き出した頭ごなしの答えであることに変わりはないように思える。異論が常に湧いてくる。
今年暑いのはCO2を始めとする温暖化ガスによる地球温暖化のせいなのだろうか、簡単に答えを求めるマスコミの害毒に侵されているだけではないのだろうか。単なる地球の気候変動のうねりに大騒ぎしているだけの様にも思えてしまう。

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例えば福岡市の過去百年位の気温データは簡単に気象庁のサイトからダウンロードできるがこの気温上昇は殆ど100年で2℃の勾配になっている。全世界平均の温暖化は過去100年で0.74℃とされていて、そもそもこの100年のこの街の温暖化は都市化の影響が強いようにみえる。

それにしても全地球の温暖化の進行はICPP(国連の気候変動に関する政府間パネル)の主張通りだとしても現段階では10年で0.2℃くらいの上昇らしいから、今年の暑さを
地球温暖化のせいにしてしまうのは相当に苦しい。今年感じている暑さは10年前に比べて2-4℃位高いような印象だ。
今年の暑さの要因は多分 通常の気候のうねりや都市化の分が95%以上、温暖化ガスによる地球温暖化の分が5%以下それくらいの比率なのではなかろうか。


50年後100年後に本格的な温暖化が到来したとしても暑いのに耐えられなければ人類は涼しい地方に移住すればいいだけの話だ、まだまだそんな動きがないのはしばらくは十分耐えられるくらいの暑さというべきなのだろう。大騒ぎするほどのことでもない。海面上昇で海岸線が変動するのも、プレート移動が基本の地球の歴史から見れば当然するぎるほど当然で、変わり続けている地球上に住んでいる以上受け入れるしかないもののように思う。
地球が長い期間ハビタブルなのはまさにこの変わり続けるという特徴のある惑星だったからなのではなかろうか。

暑いと引きこもって色々考えをめぐらしてしまう。いいようでもあるし、どこか不健全なところもあるように感じてしまう、やっと楽に呼吸できる季節になったことを素直に喜びたくなる。

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2018年9月 1日 (土)

2018年8月の福岡市南区周辺及び訪問先の野鳥


猛暑で鳥の姿が少ない。大陸の気温が更に高いためか渡ってき始めたと思われるマガモの姿が増えだした。くじゅう高原も野鳥の数が少ない。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2018.8.4 6時15分 晴calm 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園 ハシブトガラス1、ツバメ3 新市楽池:ハシボソガラス1、スズメ2 鹿介池 マガモ5(エクリ2、♀3)、キジバト声1、バン1、ハシブトガラス1  中公園 アオサギ1、スズメ2、キジバト1、ハシブトガラス3 

2018.8.6 7時 晴calmもや 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園: なし 新市楽池:マガモ3(エクリ2、♀1)、アオサギ1 鹿介池: マガモ5(エクリ2、♀3)、、バン

Aosagi

声1、  中公園:ハシブトガラス2 

2018.8.9 7時 曇り 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園: ハシボソガラス5 新市楽池:バン1 

2018.8.10 11時 晴れ 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
      ドバト11、スズメ3、バン1、ヒヨドリ1、カワウ1、ハシボソガラス2、ムクドリ15

Kijibato

2018.8.11 am6:30 晴  福岡市南区長丘周辺の野鳥
中公園:ハシブトガラス6 新市楽池:マガモ3(エクリ2、♀1)、バン1+ヒナ1、ハシボソガラス1、スズメ2 鹿助公園:ツバメ6、マガモ3(エクリ1、♀2)バン1キジバト1

2018.8.16 am7  曇り3Ac150 6Sc050 calm 福岡市南区長丘周辺の野鳥  鹿介池:ヒヨドリ1、キジバト1、ハシブトガラス1、ムクドリ1 マガモ1、キジバト3 中公園:スズメ1、ハシブトガラス1、ハシブトガラス3

Magamo

2018.8.17 am7:30  晴 clear NE2m 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園: マガモ5(エクリ2、♀3) 新市楽池:バン2(1+ひな)、マガモ2(エクリ1、♀1) 鹿介池:ハシブトガラス1、ムクドリ20、バン声、ハシブトガラス3、ハシブトガラス2、マガモ2、、スズメ1、

2018.8.20 am7  晴 E風力2 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:カワセミ1、ハシブトガラス1 新市楽池:バンひな声、マガモ3(エクリ2、♀1)、ハシボソガラス2 鹿介池:マガモ11(エクリ6、♀5)、メジロ1、アオサギ1、ツバメ1、ヒヨドリ1、ハシブトガラス1

Ban5

2018.8.22 pm4:50  曇り SE風力4、 6Ac070 2Cu030 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ハシボソガラス1、ムクドリ25、スズメ2、キジバト2、コサギ1 新市楽池:バン2+若1、鹿介池:バン5(2+若3)、マガモ5(エクリ2、♀3)、キジバト1、ハシブトガラス2

2018.8.24 11時 晴れ 2Cu060 風力3-4 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥
      ドバト6、スズメ10+、バン2、マガモ7(♂5、♀3)、バン2、ハシボソガラス2、

Hibari

カワウ1

2018.8.25 pm18-20 福岡市油山市民の森の野鳥 ミサゴ1、ツバメ1、ヤマガラ1、ホオジロ2、フクロウ声

2018.8.29 am11-pm2  くじゅうの野鳥 長者原 セッカ2、ヒバリ1+ミサゴ1、男池 ヤマガラ3
 





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2018年8月31日 (金)

くじゅうの夏

暑い日が続く。昼から雷雲という日も多くなりなかなか高原に出かけるのがためらわれる日もまた続いたが、もうこれで今年の夏最後のチャンスかという日、日帰りでくじゅうまで出かけた。2日前のことだ。
9時過ぎに福岡の自宅を出発して11時過ぎに長者原に到着する。学校の夏休みも終わり静かなたたずまいだ。鳥はとビジターセンターで聞くと野鳥の動きはあまりないらしい、暑さ

Kujyuu

のせいか、そんなものだろう。
ともかく地上よりは6℃位は涼しい、花でも見るかとのんびり
タデ湿原を歩きだした、何かをせねばならない何かを見たいということが全くない、ただ来ることが目的の様な散策だ。
歩き始めるとやはり直射日光下では暑い。少ない木陰で休み休みして歩く。名物のヒゴダイはそれなりに咲いている、マツムシソウも去年よりは多い感じだ。しかし何しろ暑いので花も気合が入らない風情だ。サワ

Higodai

ギキョウも咲いているが暑さ負けかちょっとよれている。後めぼしいのはシムラニンジン位でユリは一つもない、カンゾウ類も全て終わっている、少し寂しい。
ゆっくり歩いていると、10数人の外人(白人)のツアー客を日本人ガイドが案内している一行ともつれながら歩く羽目になる、ここでこんなツアーに出会ったのは初めてだ。こういう魅力を海外にどれほどアピールしたか或いは英語をしゃべるネイチャーガイドをどれほど確保していたか、と感じる。nature tourは日本は結構魅力的なはずだ、観光協会などでは対応しきれないのではないかとも思ってしまう、スポーツとしての登山客よりもネイチャーツアーとして知的好奇心を満たしながら見て回るだけというのは観光業から見れば射程に入っていないのかもしれない。自分も鳥見に各地を訪れると何が良くてわざわざ遠くから来るのだろうかという現地の人の声を一度ならず聞いたことがある。普通にあるもの普通にいる生き物、日常的光景の価値を現地に住んでいる人はなかなか実感できないという現象にあちこちで遭遇した記憶がある。
日本の自然の価値は、欧州や米国に住む人にとっては珍しい生き物の宝庫となっているはず、という視点で見ないととても理解できないような気がしている。ヒヨドリはほぼ日本固有種だしトビもこんな風には見れないという声も聞いた、スズメも欧米のイエスズメとは違う、植物、昆虫もまたしかりであらゆる生き物が珍しいはずだ。外国人の立場でしっかり説明してくれる人や図鑑に近いパンフレットがあればと思う。

鳥は僅かにセッカが草原の上を低く短く飛ぶばかりだ、ほとんどいないという雰囲気

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だ。男池にも回りたくて適当に引き上げようとしたところで、川のそばの木の茂みの中でしきりに動いている鳥に気が付く、セッカのようでもあるが羽の模様がヒバリのようだ、とりあえず遠めの写真を撮って自宅で見てみるがボケていて苦労する。色々な角度のぼけた写真から総合するとヒバリのようだ。木の茂みにいるヒバリなぞ見たことがなかったが暑いとこんなこともあるのだろう。
男池ではまずはクルマで名水の滝までいく、確か駐車場があるはずと思ってたどり着くと向かい側の路肩が少し広くなっていてようやく2台停められるくらいのスペースがある。無いわけではないというくらいの駐車スペースだ、今日は誰もいなくて問題なく駐車する。滝のほぼ真横で遊歩道を滝を見ながら下っていくと1-2分で滝壺の横に出る。涼しい。風、しぶき、振動、と滝を目一杯感じながら色々な角度から
写真を撮ったりする、

Meisui

下流へ流れ出す景観もなかなかいい。景色を独り占めして暫く時を過ごした後、男池水源に移動して奥日光の湯川沿いの様な景観を散策する。どこか懐かしさを覚える。鳥はヤマガラが数羽くらいでこちらも少ない。時間を見ながら引き上げる。
帰りは四季彩ロード経由天ヶ瀬インターで高速に乗るルートをナビが候補として示してくれてこれはいいかもしれないと走ってみる。計算上時間が15-20分余計にかかるとなっているが最短の九酔渓経由九重インターに向かうルートよりはるかに走りやすいし高速代も600円くらい安い。走った感じでは実時間は同じくらいだ。

暑い時期には高原に限るが高原も暑い、でも何回も訪れた場所ではあるが面白い、毎回違うことを感じ別の景色を見る。何だか生きていくことの本質を感じさせてもくれる。いい生活のような気がしている。

とにもかくにもやっと暑い8月は終わって明日からは9月へと時は転がっていく、生きていく時間の流れは続く。

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2018年8月26日 (日)

アクロス弦楽合奏団の演奏会と連鎖する時間と

今年の夏はとりわけ暑い、赤道付近の温まり方がいつもより過剰でその余波が及んでいるとしか思えない。ハドレ―循環の下降風で形成される太平洋の高気圧がいつもより頑張って日本列島に南風を休みなく運んでいる、暑いわけだ。

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夏の暑い時期には冷房の効いたホールで音楽でも楽しむに限る。
今年もアクロス弦楽合奏団の定期演奏会が開かれ勿論聴きに行った。会員向けに格安料金で聴けるとあってほぼ満員となっている。
5年前に初めて聞いた時にこれはレベルが高い鍍感じていた。メンバーはN響、九響、都響、日フィル他からの演奏者、国内外のソリスト、それにアクロスが育てた若手演奏家が加わり、質の高い室内楽を繰り出してくる。
今年はハープが東響から加わった。
ヘンデルのハープ協奏曲から始まる、どこかで耳にすることのあるメロディだ、ハープが正面に出て演奏される。巧みな指さばきで当然のように歌うように奏でられる、ハープ奏者はどうやって練習するのだろうか、ハープを自分で所有するのだろうが子供からは持つことはできまい、何時からハープ奏者の道を進むのだろうか、そんなことをつらつら思いながら聴いてしまう、ともかく明るい雰囲気から演奏会がスタートする。。
続くバッハのブランデンブルグ協奏曲6番はいい演奏だが曲がちょっと重い感じかなと思ってしまったものの、次のヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲はヴァイオリンの歯切れがいい。さすがと思わせる弦の響きが迫ってくる、気持ちが刺激される。ここで休憩になる。今年もなかなかの出来栄えだ。
休憩のあとはマーラ交響曲第5番4楽章となっている、マーラーというのでは管楽器パートはどうなるのか大編成になるかと思えば、弦楽合奏の曲だ、頭が出てくるとあああのヴィスコンティンの「ヴェニスに死す」だと、15年位前に訪れた欧州旅行のことを

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思い出していた。ヴェニスではこの映画の舞台となったまさにそのホテル(Hotel des Bains)に宿泊した。水上バスでリド島に渡る、五月では映画のような海水浴の光景はなかったが、品のいいロビーホール、しゃれた調度品、いかにもイタリアという雰囲気があったと蘇ってくる。まさに映画のままだった。朝はクロウタドリのうるさいまでのさえずりがあったことも思い出す。
10年位前にこのホテルはアメリカ資本に売られてその姿を変えてしまったらしく泊まれただけでもよかった旅だった。最近美少年ダッジオという言葉が朝ドラで図らずも使

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われたりして、時々あのイタリア旅行のの残影が浮かび上がることがある。
時間と場所の流れの中に我々は生きている、あるタイミングというものがある、外しても外した代わりの時空が流れる。
この時の旅行は本当は前年の秋に行くはずだった、それがあの9.11事件が勃発して旅行自粛の波にのまれて次の年の5月に延期とした、その旅行だ。あらゆる事象が糸のようにつながっている、どうしようもない連鎖だ。連鎖の果てが今だ。

演奏会でただただ椅子に座って大人しく聴いていても自由な想いが次々に流れていく、安心して浸れる演奏のなせる業なのかもしれない。

演奏はこの後バルトークの弦楽のためのディヴェルティメントで終わり、アンコール2曲で閉じられた。いつにもましていい演奏会だった、すこぶる個人的な感傷があるのかもしれないが。

この合奏団はいつまで続けられるのだろうか、CD化してくれないのだろうか、会場を後にしながらそんなことも思っていた。

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2018年8月21日 (火)

フィッシング

仕事を離れてのんびり過ごしていてもこの時代らしい おや ということに時々遭遇する。
もうひと月ほど前になってしまったが、なんとカードデータ詐取、いわゆるフィッシングに引っかかってしまった。情けない話だ。
暑くて夜中に目が覚めてしまって寝付けないのでパソコンでもとgoogleで何かを検索していると(何を検索していたかもう忘れてしまったが)突然画面にgoogleをお使いのあなた、おめでとうございます!Googleギフトが当選しました!の文字がGoogleらしいフォントとGoogleマークを伴って現れてきた。無作為に抽出されたユーザーがこの招待状を受け取っている むねの文字が続く。その先に簡単なクイズが3問あってこれに答えると、全問正解です、商品を選択して下さい、とあってiphoneX64GBエクスペリアとipadともう一つが示される。当選した人のコメントもそれらしく書かれている。何故かiphoneXだけの選択が有効でこれを選択すると135円でiphoneXを入手できるという画面に移って送り先とカード情報を入れる画面になった、通販と同じ感じだ。寝ぼけていたのもあってフーンと素直に入力すると終了する。何となく変な感じがして、覚えている画面の文字を入力して検索すると 最近また増加しだしたフィッシング詐欺、とのサイトにすぐに行き当たる、まったく同じ手口が書いてある。やられた!とあせる。カード情報を入力してしまっているのでカードをストップするしかない。真夜中だし、と思うがカードの裏に紛失盗難の連絡は24時間受付とあり、これは盗難の一種だとカード裏に書かれていた番号にすぐ電話する。焦りながら状況を説明すると、ややあって、今の処135円が引き落とされただけである、このカードはストップして別の番号のカードを作りましょうと言ってくれる。少し時間はかかるがこれしかない、お願いして新たなカードを発行してもらう手続きをそのまま進める。カードから定期的に自動支払いにしている先が2つばかりあるがこれは急ぎ別のカードに切り替える手続きを翌朝すぐに行う。
更にパソコンにウイルスが送られた可能性があるので改めてフルスキャンでウイルスチェックをする。これには相当に時間を要したが恐れた通りトロイの木馬型ウイルスが発見された。勿論対処されて事なきを得たが念のため色々なパスワードは全て変えていった。
1週間ほどで新しいカードが送られてきて一段落となったが、暫くは情けなさで落ち込んでいた。
こんなこともある、自分の身に及んでしまう程だから結構な人が襲撃されているに違いない、とんだことで簡単に生活が脅かされる時代になった、それは明らかだ。

いい心地はしないが気持ちが引き締まっただけ良かったかもしれない、当面はそう思って過ごすことにしている。

世間の荒波からは離れているようでも時代の空気からは逃げられない。

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2018年8月20日 (月)

スイカを育てる

去年スイカの種から発芽させてスイカを実らせようとして失敗したことが少し引っかかっていた。今年はスイカの苗からやってみようと苗を買ってきて育て始めた、6月の半ば過ぎのことだったと思う。初めから思い出してみる。
近頃は少し前に起こったことも記憶からぽろぽろこぼれていくような気がしている。普通の日記を手書きで書いた方がよさそうだが、日記というと何か暗いイメージがある、秘密を抱え込んでしまうイメージがある。ブログの方が随分ましだ。しかし実名記述ができないことやプライバシーが出てしまうことは避ける様に書かねばならない等、どっちみち気楽でもない。でもこのスイカの話では気を使うこともない。

スイカの苗は大きめの鉢に入れて育てた。花が咲いてくると問題の人工授粉をやらねばならない。最初の雄花は捨てて、雄花と雌花が次々に咲きだしたころ合いに雄花をちぎって雌花に押し付ける。多様性を保って生き延びるべく同じ株から自家受粉するのはなるべく避けたいという植物の願望から雄花と雌花の咲くタイミングは微妙にずれている。しかしとにかく1株しかない、ちぎって時間遅れに合わせて雌花を見つけて受粉させる。同じような花だが根元が少し膨らんだのが雌花だ。数日で雌花の根元がはっきり膨らみを増し受粉成功が解る、一安心だ。
あとは日差しを受けやすくして水やりを欠かさないようにして見守るだけだ。途中3泊4日の旅行に出かけて水を切らすが、どうということはなく育つ。乾燥には強いようだ。
半月を過ぎたころからスイカらしくなってくるが大きさが小さい。葉や茎も少し元気がない。肥料もやったりして眺めているとアリがやたら多いのに気付く。甘い植物だからだろうと思っていたが多すぎる。アリが養分を吸い取っているのだろうかとせっせとアリを手で駆除してみる、少々気持ちが悪い。でもアリが吸うかなとネットで調べるとアブラムシだと気づく。よく見ると葉の裏側にアブラムシがたくさんくっついている。手では取れないので水で吹き飛ばす、また日が当たるのを嫌がるというから葉を少しひねって裏側に日が射すようにもしてみる。色々やっては見るがスイカの大きさはあまり大きくなっていかず、概ね受粉して

Suika

40日を迎える、収穫時期だ。アブラムシに気づいたのが遅すぎたのだろう、しょうがない、随分小玉だが収穫する。中はどうなっているだろうかと2つに割ると一応赤い。恐る恐る食べてみるとまさしくスイカだ、十分甘みがあっておいしい。これ位の小玉でも売っていれば買ってもいいと思う位だ。
来年こそは大玉を実らせよう、そう思っている。でも今年でもまだいけるかもとまた買ってきて食べたスイカの種を植えている。発芽してくると頼りないが生き物らしい生きようとする姿がよくてとにかく育てている。花が咲くまで位にはなるだろうか。行けるところまで行ってみようという気になる。生物の進化を学んだところでもあり、育

Suika2

てるのは面白い。いくらでも面白いことがこの世にはある、また思ってしまった。

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2018年8月15日 (水)

群馬防災ヘリの墜落

暑い日が続いてのんびり家の中で過ごしているとテレビがヘリ墜落のニュースを流す。
また上越エリアでの墜落だ。昨年11月に上野村にヘリ墜落事故があったばかりだ。山岳へりは安全運航が難しいのはその役割から宿命的なのかもしれない、とっさにそう思う。
今解っている範囲の事実を整理してみる。、
8月10日/2018年 午前10時頃 群馬県と長野県の県境である渋峠近くに群馬県の防災ヘリが墜落した。搭乗者9名全員死亡。
機体は JA200G 、ベル412EP で製造番号は36132、登録は1996年12月、
「はるな」と名付けられていた。機体の操縦・整備は整備担当会社である東邦航空が行いパイロット・整備員は同社から運航者である群馬県防災航空隊に派遣された形となっているようだ。群馬県防災航空隊は群馬県の組織で1997年1月1日に発足、今回の事故機「はるな」1機で活動していた。隊員の実体は県内消防本部と東邦航空からの要員で構成されており計15名の態勢であった模様(wikipediaによる)。
報道によれば
「はるな」の総飛行時間は7000時間を超えたあたりであったという。
機体:ベル412EP:ベル社製双発タービンヘリコプタ(乗客13名)エンジンPT6T-3(900eshp )x2、最大離陸重量5397kg,ローター直径14m ベル412シリーズは民間・軍用として世界的に多用されているヘリで長年改良を重ねており機体としては技術的に安定していると思われる。
機長は飛行時間5000時間のベテランパイロットと東邦航空は説明している。昨年春から群馬県防災航空隊に派遣されている。
搭乗者は群馬県防災航空隊員として機長、整備士各1(東邦航空からの派遣)、隊長、隊員各1 の4名に吾妻広域消防本部の職員5名の総計9名であった。
群馬県が魅力ある山岳アクティビティとして整備推進してきた「ぐんま県境稜線トレイル」のルートが全線開通したのを記念したセレモニーが翌日開かれるのに合わせて、全ルートを空から視察し救助活動が必要になった時に備えておく というものであったようである。「ぐんま県境稜線トレイル」は北の谷川岳エリアの土合から南は四阿山の南の鳥居峠までに至る全長100kmの稜線道でこれまで未開通だった野反湖北のエリアの三坂峠―白砂山の開通に合わせて8月11日に全通セレモニーが予定されていた。パンフレットや紹介ビデオを見ると1500m-2500mの山を連ねるロングトレールは景色も良く花も楽しめそうで山歩きとして魅力的に見え、行ってみたくなるコースとなっているように感じる。群馬県が力を入れるだけのことではあるようだ。
10日は午前9時15分に群馬県防災航空隊の4名が乗り込んで群馬へリポートを出発、途中 西吾妻福祉病院のへリポートで吾妻広域消防本部の職員5名を乗せて9時28分に離陸、南側からコースの視察に入った模様。
「はるな」にはヘリコプター動態管理システムが搭載されていて20秒ごとに飛行データがイリジウム衛星を経由して消防庁のサーバに送られこれにつながっている各自治体のパソコンでリアルタイムにヘリの情報を見ることができる。今回はデータ送信が途

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切れて40分経ってやっと群馬県防災航空隊事務所の職員がこれに気づいたという対応遅れが指摘されてはいるが、事故に至る飛行情報が残されているのは貴重だ。
地図に飛行軌跡データ(赤)を重ねたものは添付の図のようになる。軌跡データはYoutubeのテレビニュース報道に写されていた動態管理システムのデータである。9時57分頃渋峠(標高2172m)を通過して群馬県側に入り尾根を越えて暫く飛んだあと急な180度旋回をして尾根にまた向かいそこでデータは途切れている。墜落現場は10時01分のデータが途切れた地点から北西に約1km+のあたりという報道に従うと図の丸で囲った横手裏ノ沢の南側斜面ということになる。
急旋回とその後に速度の急減急増があったと報じられているので上昇反転の様な曲技的なマニューバを行っていたことになる。9人も乗ったヘリがこんなマニューバをやるというのは何があったのだろうと思う。
一つには進行方向に雲底が迫っていてこのままではまずい、囲まれそうだ、直ぐに引き返そうと小さな上昇反転を打ったことが考えられる。

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当日の気象状況は衛星写真(可視画像)を見ると中部山岳地帯には低層雲が地面に張り付く、山岳霧が各地に出ている。事故地点付近では風は弱いが10時頃には高度2000m-3000m(800-700hp)に広く湿気が入ってきており霧が出やすい条件になりつつあった(MSM予測データ、湿数の図)。霧発生の目撃者談もあるようだ。群馬側なら大丈夫かと峠を越えても改善されずむしろ悪化して、少しでも視界がとれる元来た方へ引き返そうと無理なマニューバをしたのではなかろうか。
無理がたたって10時1分の段階で機体の一部が立ち木に接触して少な

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くもアンテナが壊れデータ送信が停止し、多分ローターも損傷を受け、なんとか体勢を立て直そうと努めたが叶わず1km先の地面に激突したということのように思える。飛行コース上のどこかに接触痕が見つかればもっとはっきりしてくるだろう。

こんなきつい気象条件で飛行を続行してしまったのは何故か、翌日のセレモニーというのが心理的圧力になっていたのかもしれない。台風13号の接近で8日、9日と現地では悪天候が続き、なんとか10日には飛ばねば、ということだったのかもしれない。

ベテランパイロットが自分の庭の様な空域で事故を起こす、またかと思う。事故をパイロットミスと片付けては決してならないように思える。県・消防の体制も含め運航のやり方・手順全体を根本的に見直し、ゆくゆくは機械的に安全を判断する装置を開発するという、システム的対応が望まれているように思えて仕方がない。

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