2017年4月25日 (火)

芭蕉の句碑が

俳句が流行ってきているらしい。現代俳句のネット投稿でも毎月の投稿数が5句から3句に減らされた、毎月の投句総数が1200句をこえるようになってきて選句の負荷が高すぎるためらしい。それだけ投句がふえてきたということだろう。

今やサクラも終わってつつじの季節となった。

2週間ほど前 豊かな桜の風景を求めて うきはの流川桜並木を堪能した後、史跡でも、と直ぐ近くの日岡古墳・月岡古墳に寄った。前もって調べていたわけでなくたまたま目について何だろうというくらいの好奇心だ。
朝倉・うきは地区は日本書紀にいくつかその名が出てくるし、邪馬台国・朝倉甘木説の現場でもあり、古墳それぞれに大和朝廷以前の古代史への興味が掻き立てられる。
若宮神社の境内にある2つの前方後円墳で、古墳時代中頃6世紀ころのものらしい。Hinookakfn 説明看板を読むと日岡古墳は幾何学模様の描かれた装飾古墳として、そういえばそんな写真をどこかで見たことがある、という類の有名古墳だった。後円部の上部の天井板が落ちていてその上に小屋が立っており、上から覗き込むようにして装飾画を見ることができるらしいが、第3土曜日にそれも5日前事前申し込みでしかみることができないようだ。とにかくこの日は観れない。
まあこんなものかと月岡古墳に回る、こちらは装飾古墳ではないようで内部を見ることもでず、上に上がって歩き回って戻ろうとすると芭蕉句碑が目に入った。
Basyoukuhi 花本大明神
  百年乃けしきを庭乃落葉かな
と刻んである。
芭蕉が九州で詠んだ句はないはずだがと句碑の裏に回ると嘉永2年建立の字が見える、1849年造ということになる、幕末だ。
どういうことだろうと戻ってネットで調べる。
花本大明神とは芭蕉が150回忌の天保14年(1843年)に二条家から与えられた神号とある。これを記念してこの時期に全国に句碑が建てられているようで福岡県内にも句碑が75もあるという。句は彦根の明照寺に門弟の季由を訪れた時に詠まれたものらしい。(潺々 - 芭蕉・五老井の流れ - 石川柊著 による)。
そもそも芭蕉が亡くなったのは 九州長崎を目指して旅立った途中の大阪ということだったようで、九州へ行きたいと思いが臨終の床で詠まれた 旅に病んで 夢はBasyoukuhi2 枯野を かけめぐる の背景にあったということらしい。
九州には芭蕉を慕う俳人が多かったというのは芭蕉の時代からで句碑も芭蕉の気持ちに応えたかったとみるべきなのだろう。句碑が多いのもうなづける。ここの句碑の句を選んだのも百五十年後の九州の庭にも気持ちが伝わったことを示したかったのかもしれない。

夢は芭蕉を駆け巡ってしまう。その一瞬の雰囲気がおもしろい。俳句が流行るのもそんなところだろうか。

古墳巡りてさくらちる微睡みと

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2017年4月20日 (木)

マスターズ・プレーヤーズ、ウイーンを聴きながら

春はどこか物憂い。

4月18の日にアクロス福岡にマスターズ・プレーヤーズ、ウイーン  コンサートを聞きに行った。毎年の定例だが、演奏者の技術が高く指揮なしで見事に交響曲を演じるその技Mastersplayer2017 に惹かれてできるだけ聴きに行くことにしている。今年の福岡での演目は

ベートーヴェン:「コリオラン」序曲 ハ短調 Op.62
ハイドン:チェロ協奏曲 第2番 ニ長調 Hob.Ⅶb:2(チェロ/ロベルト・ノージュ)
モーツァルト:交響曲 第35番 ニ長調 「ハフナー」 K.385
シューベルト:交響曲 第6番 ハ長調 D.589

だ。
「コリオラン」序曲と「ハフナー」の頭は聞き覚えがあるが、他の曲は初めてだ。安心して受け入れられる音の流れに身を任せるように聴いていく。

2曲目のハイドンを聴いていると、柔らかな宮廷音楽の響きがフランス革命前のアンシャンレジームの世界へ想念をいざなう。音楽から次第に心が離れて流れゆく。歴史のうねりへの思いがアメリカ独立戦争、フランス大革命、ナポレオンの栄華と没落、帝国主義戦争の時代。。。と太平洋戦争の真珠湾攻撃までたどり着くと、そうかもしれないとの思いにいきあたる。ハワイの米国併合だ、明治維新の直後日本を訪れたハワイの王妃が何とか米国の簒奪からハワイを守ることに日本が力を貸してほしいと明治天皇に直訴した、明治天皇はまだ国力がしっかりしておらずいかんともしがたい状態で無理だとやんわり断った。しかしこれが結局は日米開戦の真珠湾攻撃につながったのではないか、そこには一つの義があるという思いが攻撃を正当化したのではないか、長い間果たされなかった思いがそこにはあったのではないか。少なくとも攻撃を是とした昭和天皇の脳裏にはあったのではないか。
たかだか18世紀終わり頃から始まった欧米の近代化に日本はわずかに遅れた程度ではなかったか。瀉血ばかりの医術が横行していた時代が長く続いた、それが19世紀初頭に至るまでの西洋医学の実態ではなかったか。今にたどり着く歴史は単純ではない、一通りではない。
思いがぐるぐる回ってまた音楽に戻る。ハイドンのすぐ後を進むモーツアルトが創り出したフィガロの結婚はフランス大革命の引き金の一つともいわれる、もう時代は限界に来ていた、しかしその寸前まではこのハイドンのような柔らかな響きが宮廷を満たしていたのだろう。
チェロの響きが心地よく眠くなる、そうでなくとも春は眠い。

今の時代は何なのだろう、その思いがまた巡ってくる。何なのだろう。

曲が終わる。万雷の拍手が続く。

こんな風にコンサートで生の演奏を聴いていると、音楽そのもというより思考を解き放つそれ自体が貴重な時のように思えてくる。どこかに閉塞感があるそんな気分の時はこんな聴き方をするのがいいのだろう。

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2017年4月15日 (土)

桜は土手が

今年も桜の季節が過ぎ行きつつある。
開花が遅れてそのあとも涼しい日が続いた分長い期間にわたって花が楽しめた。
今年も、自宅の小さな桜や近くの中公園の桜、鹿介公園の桜、樋井川の桜、桧原桜 と概ね歩いていける範囲の花見を一通り行った後少し遠くに出かけてみた。今回はうきは市の流川桜並木と称されるところだ。

Kanasakisakura 栃木県にいた時分も花見はあちこちに出かけたが、良かったと思う筆頭クラスに金崎の桜堤という場所があった。思川の西岸土手に見事な桜並木があってあたりの自然と相まって気持ちよく桜を楽しめる場所だった。場所取りをして飲んで騒ぐようなところでなくただ土手の上をずっと歩いて時には邪魔にならないように道脇でお弁当を食べる、そんな健康的な場所だった。
福岡付近にもそんな場所があればと思っていたらテレビで似たようなところを流していたという、流川桜並木というところだった。
満開に嵐が雨を打ち付けた次の4月12日の日に、まだいけるだろうと出かけた。

ここらあたりだろうとナビの地図上であたりを付け目的地をセットしてナビに従って走Map1 る。ネット情報では駐車場有とされていたがそれがどこなのかよくわからない。ともかく現地に行けば案内位はあるだろうと思っていたら近づくと案の定小さい流川桜並木の表示が現れだした。
桜並木をを横切るように橋を渡ってやや行くと駐車場の案内表示が現れてそれに従って土手に隣接した臨時駐車場にたどり着く。平日だが駐車場整理の方がいて誘導してくれる。舗装はなく前日の雨で水たまりがあったりもするが無料なのは申し訳ない思いだ。途中で買ったコンビニおにぎりやカメラなどを抱えて花見となる。それなりに人はいるがゆっくり歩ける。確かに金崎の桜堤に Nagaregawa_2 似ている。昼近いので土手から川側へ少し下ってサクラを見ながら草の上でおにぎりを食べる。なかなか気持ちいい。
カワラヒワの声がしきりにするが花が多くて姿がしかとは見られない。道にはびっしり花びらが落ちているが、まだ満開を保っている木も結構あり少し離れてみると並木全体を満開といってもおかしくない。いい時期だ。歩く人の表情が緩んでいていい感じだ。
こんな風に今年の桜も満喫できたことがうれしい。

出会う顔みなほころびて さくらばな


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2017年4月10日 (月)

電子的不満

最近、クルマを新しくした。
驚きがしばらく続いている。直面するのは電子化・自動化だ、ちょっとついていけなくなってきたかなと思い始めている。

17万キロ走った前のクルマも最初はDレンジで走ると思うような走行にならずマニュアルモードをメインにしてやっとなじんできた、という経験がある。今度はもっと手ごわい。

まず気になるのはサイドブレーキだ。サイドブレーキが電子化されて小さなレバーを押したり引いたりしてサイドブレーキをかけるようになっている。

フットブレーキを踏みながらでないと解除できないし見た目今ブレーキがかかっているかどうかはわからない。さわっても解らない、計器表示だけだ。

信号待ちでサイドを引いて足を休める、サイドを下ろしながら発進するなどということが少し面倒になった。勿論、簡単にする仕掛けがあって、サイドブレーキがかかった状態でアクセルを踏むと自動解除されてレバー操作はいらない。しかし安全のためどこかのドアが半ドア状態では自動解除されないようになっていて、一度交差点で半ドアを直せないまま発進せざるを得なかった時にふかしてもなかなか動き出せず冷や汗をかいたことがあった、そんなことが一度でもあるとアクセル自動解除はなるべく使いたくなくなる。
標準と少し違う運転の仕方になると余計な手順が増えて、間違いそうだ。

その他にも細かい違和感はたくさんあって未だに慣れない。
ギアシフトはマニュアルでもできるがシフトレバー操作でなくてハンドルのレバー操作で上げ下げする、どうにもメカニカルな感触がないし慣れない、すぐに操作できない。
ナビの取り付け位置もやや下にあって走行中にちらちら見ると危ない気がして知らないところを気楽には走れない。立派なドライブレコーダの再生もクルマではできず、SDカードを抜いてパソコンで見るほかない、前つけていた格安タイプの気軽さがない。
渋滞で追従モードにして自動で前車に従って走るのは楽だけれど自分で運転していないのはどこか落ち着かない、自動ブレーキのタイミングも遅い気がして慣れない。
助手席のシートベルト未装着やはみだし走行や、とにかく警告音がよく鳴る、何だろうと暫くわからないまま不安を覚える時がしょっちゅうだ、まだ慣れない。

前のクルマのように性能を最大限に引き出して意のままに操るレベルにいつになったら到達できるのだろうかといささか自信を失う。電子化は明らかに進んでいて細かく調整されているところは感じるが自分なりのクルマのイメージとはどこかずれている、慣れるしかないのだろうが電子的不満に慣れるには思いのほか時間がかかりそうだ。

Dazn 慣れないことは車に限らない。
Jリーグが開幕して今年はサッカー中継はDAZNでパソコンで見るほかないようなので とりあえず申し込んで1か月の無料試用期間を体験しているが不満だらけだ。
テレビにパソコンをつないで見ることになるが、画像が鮮明でない、接続がよく切れる、特に終盤の大事なところでよく切れる。こんなのにお金を払えというのは無理だ。まともな商品といえる代物ではない。こんな状況にはとても慣れそうにない。
試合が地元である時はサッカー場へ見に行けということなのだろう。Jリーグ運営側にとっては資金は入るしサッカー場へ足を運ぶ人も増えそうだしいいことずくめなのだろうが、楽にサッカーを楽しみたいと思う自分のような身にとってはどこか腹立たしささえ感じる。ひとまず解約してしまった。ともかく、ここでも直面しているのは電子的不満ということになる。

それなりの時がたてば不満というものは雲散霧消し気持ちの良い生活が送れるようになるのだろうが、残り時間が気になるような年頃になってくると、世の中についていけなくなったままで終わるかもしれないというそこはかとない不安がどこか漂うようになる。

Sakurahibaru ともかくもすべてを受け入れるほかない。桜がやっと満開になり美しく散り始める様をゆるやかに眺めるように、楽も不安も取り混ぜてただただ眺めて過ごすのも悪くはないのかもしれない。

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2017年4月 2日 (日)

2017年3月の福岡市南区周辺の野鳥



3月は冬鳥と夏鳥が交差し始める季節で思わぬ鳥が現れる。今回はヤツガシラとコスズガモが珍しい。新市楽池のホシハジロ♀は今度こそ北へ去ったようだ。シロハラ・ツグミはまだいる。

2017.3.1 11時 福岡市植物園:メジロ、シジュウカラ、ヤマガラ、イカル、ジョウビタキ、ヒヨドリ、シロハラ、コゲラ、ハシブトガラス

2017.3.4 14時 かなたけの里公園: シジュウカラ3、エナガ7、ジョウビタキ♀2、コJyoubimesu ゲラ1、カワラヒワ、モズ1、ハチジョウツグミか1、ハシボソガラス、アオサギ1

2017.3.5 14:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ドバト6、キジバト2、ムクドリ2、ハクセキレイ1、マガモ3、シロハラ1 新市楽池:ホシハジロ♀1、バン2、オオバン1、マガモ5、ハシビロガモ1、ハクセキレイ1、ハシボソガラス1、ジョウビタキ1 鹿介池:ジョウビタキ♀1、シジュウカラ5、バン2、ヒヨドリ、ドバト

2017.3.9 14:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:キジバト2、ドバト5、メジロ2、Kawarahiwa コゲラ1、マガモ4、カワラヒワ3、ムクドリ2、ヒヨドリ5+、シロハラ1、ウグイス1 新市楽池:ホシハジロ♀1、バン2、オオバン1、マガモ4、ハシビロガモ2、イソヒヨドリ1、ハクセキレイ1、キセキレイ1、ハシブトガラス2 鹿介池:マガモ4、バン2、ヒヨドリ10+、ドバト10+  4Cu050,風力W3-4

2017.3.12 16:30 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:マガモ4、シロハラ1、クロジ 1、ウグイス1 新市楽池:マガモ4、ホシハジロ♀1、バン2、オオバン1、ハシボソガラス1 鹿介池:マガモ6、アオサギ1、バン2、ヒヨドリ5+、コゲラ1、シロハラ3 3Ci250,2Cc250
Kosuzu1

2017.3.13 16:00  春日公園:シロハラ、ツグミ20+、ジョウビタキ♂1

2017.3.14 10:00 福岡大前ため池:コスズガモ♂1、キンクロハジロ約70、マガモ♂1、ホシハジロ♀1、カイツブリ1、ドバト3

2017.3.14 15:00 
Yatugasiraq1 春日公園:ヤツガシラ1、シロハラ、ツグミ

2017.3.17 17:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:マガモ2、シロハラ3、ウグイス1、ムクドリ2、ハシブトガラス1 新市楽池:ハシビロガモ2、マガモ5、ホシハジロ♀1、バン2、オオバン1、コゲラ2、スズメ2 鹿介池:マガモ5、バン3、ヒヨドリ4

2017.3.18 アイランドシティ中央公園:ヒドリガモ15+、オオバン5、ホシハジロ2、シHasibiro ジュウカラ3+、ツグミ1+、シロハラ、マガモ2+

2017.3.20 10-12時 油山市民の森:カワラヒワ、ホオジロ、メジロ、シロハラ、ツグミ、エナガ、シジュウカラ、ヤマガラ、ハシブトガラス

2017.3.22 15時 鴻巣山:シロハラ、ハシブトガラス、ハシボソガラス、ヤマガラ、シジュウカラ、ソウシチョウ、ヒヨドリ、キジバト

2017.3.25  13:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:コサギ、シロハラ2、ツグミ1、ヒヨドリ、ムクドリ2、キジバト1 新市楽池:ハクセキレイ1、ハシビロガモ2、マガモ3、バン1、ヒヨドリ1、ハシボソガラス2 鹿介池:アオサギ1、バン2、ヒヨドリ

Sirohara 2017.3.26  16:30 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:マガモ2、ヒヨドリ 新市楽池:マガモ3、ハシビロガモ2、バン2、ハクセキレイ1 鹿介池:コサギ1、マガモ5、バン2、ヒヨドリ

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2017年3月28日 (火)

桜の開花が思いのほか遅い

今年の桜はどうしたのだろうか。

Sakura17 桜開花予想については、気象庁の資料を参考に、温度変換日数法という、各日が標準とする気温(ここでは15℃)の日に換算してどのくらいの長さの日相当となるかを各日の平均気温から適当な換算式(=EXP(9500*(日平均温+273.15-288.15)/((日平均気温+273.15)*288.15)))を用いて計算しこれを 決めた起算日(ここでは2月1日とした)から足していき、一定値に達した時(福岡では24.6以上)を開花日とする手法で自分なりに予測していた。積分的手法だ。 気温の予測さえ間違えなければ宇都宮でも福岡でも現実の開花日とこれまではそうは違わない結果となっていたので、一応信頼がおける方法と思っていた、しかSakurakaika2017 し今年は違った。
今年は3月10日に先の気温推移予測も入れて計算すると3月22日開花と出た。その後の気温推移は予想よりも高く22日開花より早まりそうに思えたが現実には遅くなり25日開花となった。実際の気温で計算をやり直してみると、3月20日開花の計算となり、計算法自体が現実と随分合わない結果となっている。
ちなみに福岡で開花が22日だった2011年の福岡の気温(この年の計算では23日開花でほぼ計算通りだった)データと今年のデータを比べると明らかに今年は気温が高い、積算日数のカーブは今年が常に上にある、それにもかかわらず今年は開花が遅れて25日となった。
秋の高温化の補正(チルユニット補正)も試しにやってみた、確かに2016年の秋は暖かくその影響で開花が遅れることは推算できるが、予測20日結果25日というこの差の半分くらいしか説明できない。温度変換日数法という計算の考え方がうまく現実に適合していないところがあるようにも思えてくる。

どう違うのかをみると今年は2月16日頃に高温になった後気温が下がりその後の気温の上昇が非常に鈍い、一方2011年は2月28日頃に高温になりその後はいったん気温が落ち込んだ後はっきりした気温の上昇が認められる、この違いが原因の様に見える。積分的手法では温度上昇勾配は予測に影響しない。これが生物の感じ取り方とすこし違うような気がしている。自分自身の感覚でも今年の春は妙に暖かくならないと思えている、気温の上昇勾配を感じている。

どういう補正をすればいいのだろうか。勾配を入れると複雑な式になり解の安定性も悪くなりそうだ、いつも直面する問題だ。ここは季節の移ろいが相手だ、時には外れることもある、それくらいに思って今までの計算式を使い続けるのがいいように思っている。


未来がきっちり予測できるというのは考えてみればつまらないことなのかもしれない。

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2017年3月22日 (水)

基肄(きい)城

クルマも新しくなったし、少し足を延ばしてみようと前から行かねばと思っていた基山に出かけた。春は天気がいいと出かけねばならないという強迫観念にかられるような気がいまだにしている。
Kiyamamap
基山(山としては きざん、地名としては きやま)は福岡市と佐賀県の境め位の佐賀県側にある標高400mほどの山で大宰府を南から見下ろす位置にある。

ここには水城、大野城(四王寺山)と並ぶ古代の国家防御の大規模遺構があり、白村江の敗戦の後、いかに日本が唐と新羅の侵略を恐れていたかの痕跡が明瞭に残っているところとされている。防人が配備され防衛線が固められていたその現場というこKiyama2 とになる。
基山の城は日本書紀には椽(き)城、続日本書紀には基肄(きい)城と記されている。大和朝廷は百済からの亡命高官の憶礼福留(おくらいふくる)、 四比福夫(しひふくふ)を当地へ派遣して大野・椽の城を築かせたと日本書紀天智四年(665)八月の条にあり、西暦665年に建設が着手されていることが解る。この年には博多にあった大和朝廷の西の拠点、那津官家の政治機能も現在の太宰府政庁跡に移されて防衛ラインの内側になるよう体制を固めている。
何ともあわただしい雰囲気が伝わってくる。山の頂上部には大野城と同じような土塁の跡が残っており土塁に囲まれた山の砦の形になっているようだ。谷の部分には大野城と同様な石積みの水門が残っている。攻め込まれたときはここを根城に抵抗しようとしたということだろう。
Kiyama1 上ると軍事拠点だけに眺めがいい。戦前に作られた天智天皇欽仰之碑(きんぎょうのひ)というのが立っている。基肄城を作らせた天智天皇を慎み仰ぐ碑ということになるのだろうがいまひとつピンとこない。天智天皇の銅像でも建てたかったがそうもいかず
欽仰の碑ということになったのだろう。戦前の空気が碑の周りに漂う。
山頂に大きな岩がある。基山の新穂神社のご神体になっているという。もともと新穂神社は基肄城の守護神として築城当時山頂に作られていたが戦国時代に戦火で焼失し基山の麓に移りご神体が残ったということらしい。何故か仏像がありお経をあげてお勤めしKiyama3 ている人達がいる。神仏習合なのだろうか。スピリチュアルなものを感じる山だ。

基山というと昔は草スキーで知られていたが今もそれは変わらなかった。土塁から下ったところの草原が格好の草スキー場になっていて子供たちの歓声が響く。小さな小屋があって草スキーの貸し出しもやっている。しかし山頂部に通じる自動車道は最後はすれ違い困難な細い急な道となる、こんなところを小さい子供を乗せたお母さんドKiyama4 ライバーが登ってくる姿はたくましくもちょっとした驚きでもある。
基肄城が作られた当時からはげ山だったようで、新羅から持ち帰った種をまいて日本最初の植林が行われたと(日本書紀にあるという)の
「日本植林発祥之地」の記念碑もある。日本書紀といっても神話の世界のくだりだから相当に怪しい話だが、今に草スキーに向いた草原が頂上部に残っているのも歴史的由来がある風景なのかもしれない。

北関東で暮らして福岡に戻ると、この地の、歴史が重層した有様が気になる。素のままの自然などは殆どなく山の奥まで人の手でいじられ変えられてきた時の重みを感じる。

気にはなるがそのまますべてを受け入れて生きていく、それしかない、そしてそれがいいようにも思っている。

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2017年3月18日 (土)

ヤツガシラとコスズガモと

鳥を見ていると、とうしても珍しい鳥が出たというと見て見たくなる。とりわけウイークデーに気楽に動けるようになってからは情報が流れてくるとそれっと出かけてしまう、あまりいい鳥見でないのは解ってはいるのだが。

栃木にいた頃は野鳥観察というと大自然の中で鳥を見るのイメージが強かったが、福岡周辺の鳥見はどうみても都会の鳥見だ、気楽に見に行ける代わりに何か感動が今ひとつだ。贅沢は言えない、それぞれに受け入れるほかない。

今年もレンジャクは見ずじまいになりそうだが、と少々元気がなかったところへヤツガシラが自宅から10kmほどの公園に出現しているとの情報が飛び込んで急ぎ見に行った。新潟の粟島でも見ることができず、国内では縁がないかなとも思い始めていた鳥だ。
 出現したというポイントに行くと数人のカメラを抱えたそれらしい人が待ち構えている、話を聞くとこの日はまだ出ていないようだ。しばらくあたりを散策してまたポイントに戻ると、チラッと姿は見せたがどこかへ飛び去ったという。
淡い気持ちで暫く待ってみるが出そうにないので引き上げる。兎に角まだ移動してはいないらしいということだけがいい情報だ。
週末は人が多くなるし別件もあったので週明けの月曜日にまた行ってみた。午後4時頃が時間帯としてはいいらしいとの情報から、夕方見ることにした。暖気が引いて少々気温が低い日となっていたのでヤツガシラの様な暖かいところから来た鳥を見るにはいまいちだがしょうがない。
行くとやはり数人が待っている。土日は出ていたが今日は出てないという、矢張り気温が低いのが効いているのだろうか。とにかくまだ移動はしていないようだ。今度はあちこち行かずにポイントでひたすら待つ。
次第に日も陰ってきて待つ人も他には一人だけになってしまったところまで待って、あきらめて引き上げる。落ち込んでしまう。
翌日、ヤツガシラのポイントで待っているときに教えてもらったコスズガモを見に行く、これは更に近く自宅から3km位の溜池だ。コスズガモとは聞いたことがなかったが背中が灰色のキンクロという感じの鳥らしい、いずれにせよめったに見ない鳥であることは間違いない。
溜池近くのコインパークにクルマを置いて人だかりのしているところに向かう。これはKosuzugamo 分かりやすい、70羽くらいのキンクロハジロが道際に寄ってきていてその中に背中の灰色のコスズガモが1羽混じっている。あっけないばかりで有難味が薄い。スズガモのような模様のあるキンクロという表現が合っているようだ。兎に角今日は目指した鳥が見れた。

少し気をよくして午後からまたヤツガシラのポイントに回る。
昨日の今日だが気温も上がって出そうな感じがしていた。現地に着くと予想通り出ているという、いつもの場所より少し離れたところに人だかりがして一点を注視している。近づくと確かに
ヤツガシラの姿が見える。暗いので写真に撮るのが難しい、どうしてもぶれてしまう。そのうちにいつものポイントに戻っYatugasira1 て、ちょっと見やすくなった。写真に撮ったり観察したりしていると、この場所が好きな理由がなんとなくわかる。植物系の餌と土の中の虫を取るに都合のいい位置形になっているようで、落ち葉の中から木の実をついばんだり土手のように盛り上がったところを楽な姿勢でつついたりしている。リラックスしているようでトサカが立ち上がる姿は見れなYatugasira3いが、ここが気に入っている雰囲気が伝わってきてその方がいい。
十分堪能して家路につく。昨日までの落胆が晴れて心が軽い。


それにしても、こんな鳥見の日々が有難く思える、歳
Yatugasira4 を取ってしまったようだ。

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2017年3月10日 (金)

長野でのレスキューヘリの墜落

3月5日午後1時33分頃松本空港を離陸したベル412EP双発レスキューヘリが15分ほどで松本市のすぐ東にある鉢伏山の山腹に墜落した。
搭乗者9名は全員死亡。機体は裏返しに地面に激突しており、メインロータはすべて砕け、テールは折れてテールローターは発見されていない。激しい墜落だ。
墜落位置は細かくは発表されていなMap いが報道情報を突き合わせると山頂西の図に示した谷のあたりと思われる。
現場の北西の標高1800mほどの尾根にはローターで木々の頂上部が切り取られた跡が報じられており、尾根の高いところで木と接触したと見られる。
また、機体の右後方に座っていた隊員のヘルメットカメラが回収されており、その映像から激突の5秒前までは通常の安定したフライトだったことが解っているようだ。無線連絡も一切なく機体のハード的故障の可能性は低いように見え、また、天候は、晴れで風もとりわけ強くもないMap3 ようだ。松本空港の地上の風は北3-4m程度であり、MSM気象データからは高度1500m位の風は西6m前後と推定される。
フライトレコーダは搭載されておらず原因究明には時間がかかろうが、現在までに得られている公開情報からは、
事故機は高ボッチ山の着陸地点に向かって北側から稜線の風上側を横風アプローチしていたところ稜線に近づきすぎて立ち木にローターがあたりコントロールを失って風下側の谷に転がるように落ちていった
 と想像される。
松本市をはさんで風上側には焼岳等の北アルプス連峰が南北に連なり、西風では北アルプスの乱流が及んでくることと推定される。ただ、この日はそれほど風も強くなく、乱流への警戒が緩んでいたとも考えられる。
山の風上側の上昇気流を利用してエンジンを絞り気味でフライトしていたところへ乱れで風が弱まり上昇気流が弱まって山に近づきすぎる結果となって立ち木に接触したのかもしれない。
日常的に飛行している場所の難しい気象とは思えない状況でパイロットの心に僅かなゆるみが生じ事故をもたらしたのかとも推察される。

経験豊かな山岳ヘリパイロットがホームグラウンドの空域で事故を起こす、誰であれそのパイロットのポジションにあればいつかは事故を起こす可能性があったとも思える。どうやればシステム的に事故を防止できるだろうか、警察が罪を追求することでは決して防止することはできないだろう。
AIも役に立つのかもしれない、知恵を出し前に進ことが求められているようだ。

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桜開花予想2017、福岡

今年の桜の開花はどうなりそうだろう。例年どおり、予想してみる。3月も10日となってしまってぼんやりしていて予想するのが遅れたが、このくらいでは外れることは少ないだろう。
Sakurayosou2017 計算法は例年使っている手法で日平均気温にファクターをかけて積算していきこれが24.5くらいになった時を開花と予想するもので、気温の予想はGSMの11日予測を使いその先は平年値+1℃とする。
今日現在の予測では福岡市のソメイヨシノ開花は3月22日、満開は3月29日頃となる。平年の開花は3月23日だからほぼ平年並みということになる。
さてどうなるか。

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2017年3月 2日 (木)

梅と歴史

梅の季節になった。

少し変わった梅を今年は観てみようと、大牟田 普光寺の臥竜梅というのを見に行った。およそ見ごろになったらしい。

車で現地に近づくと手前に駐車場があったがもっと先にも停められそうなので細い道をそのまま上がっていく。ここまでかという所に予想通り駐車場があり平日ということもあって十分停められる。先ずは行けるだけ行ってみて、というのがよくわからないときの正しい駐車場所探しだといつも思う。
歩道沿いにも梅がきれいに咲いておりメジロが花をつつき遠くからはウグイスの囀りも聞こえる、今年初めて聞いたがよれてなくて一応聞ける。いいところだ。
観梅料300Garyubai 円を払って境内を歩く。色々な梅があり種類豊富だ。上がっていくと目指す臥竜梅が姿を現す。

一本が地を這うような枝を繰り出しているのかと想像していたがそうではなくて数本に分かれている。元は一本だったのかもしれない。樹齢400年くらいらしい。8分咲き位だが十分美しい。見たことのない梅の種類のように思える。地を這うようだから臥竜梅と呼ばれるくらいの説明しか書いていない。古い歴史を持つ木ならもっと逸話や言い伝えがありそうだがそんなものは伝わっていないのだろうか。
十分堪能した後帰って調べてみると、全国に臥竜梅という梅の名所は幾つもあり、臥竜梅というのは梅の種類だと明記しているところもある。いずれも樹齢400年位となっている。仙台にある「伊達政宗公の臥竜梅」の記載に行き当たってこれを読むと400年前とはそういうことだったかとなんとなくわかった。朝鮮出兵で持ち帰った朝鮮種の梅の苗を植えて育てたのが伊達政宗公の臥竜梅だったとあったのだ。全国の臥竜梅もいずれも400年前の朝鮮出兵で持ち帰った梅を大事に育てていった梅だったのだろう。
梅一本にも歴史が刻み込まれている。

せっかくだからもう一か所梅の名所を、と、久留米の将軍梅というのがあるらしいと出がけにネットで調べておいたのに従って久留米に向かった。宮の陣という電車の駅の近くにある神社(宮ノ陣神社)の境内だ。ナビに従って近くまで来るがあまりに道Syogunbai が細い。本当にこんなところに梅の名所があるのだろうか、と思いつつ車一台しか通れない路地を進んでいくと確かにたどり着いた。ナビにはいつも感謝する。
遅咲きの梅と書いてあったが確かにまだ蕾だ。
ここで大きな戦があった1359年に征西将軍宮懐良親王(かねながしんのう)がお手植えされた梅であるとの説明がある。そばを見るとなんと大正天皇が皇太子時代にこの地を訪れてお手植えした松というのもある。こんな住宅地の中にある小さな神社に戦前皇太子が。。と不思議な合点のいかない気持ちを抑えられない。
将軍梅は固い蕾だったが周りには見ごろの梅がいくつも植えられていて、梅見としては全くの空Miyanojins 振りと云わけでもない、こんなものかと帰途に就いた。
こちらも帰ってからいろいろ調べる。懐良親王とは後醍醐天皇の
子で南朝の九州攻略の長の立場でこの地に遣わされたとある。九州の菊池氏ほかの武将を集め北朝・足利幕府の軍と対峙、この地で陣を張り「大原の合戦(筑後川の戦い)」という10万の兵が入り乱れる大きな合戦を戦って何とかこれに勝利したということのようだ。今に残る宮の陣という地名はこれを伝えているとされている。古い地名は貴重だ。
南北朝時代の歴史の大きな刻印がこの地に残されていたとは全く知らなかった、不明を恥じるべきなのだろう。

それにしても何故大正天皇が、と気になる。南北朝のいずれが正統かを巡っては古くから議論が絶えないようだ。現在の天皇家の系統は南北朝が再合同した後を引き継いでいるとはいえ基本的に北朝の系統にあるということのようで、難しい議論になるが、水戸光圀のまとめた大日本史では南朝側に正統性があるとしており、維新の志士たちもこの影響を強く受けたようだ。
明治に入っては南朝を正統とみる史観が勢いを増したようで、ついに明治44年に明治天皇が南朝が正統だったと裁断したのが歴史的事実だという。足利尊氏は朝敵になってしまったのが戦前の史観だったということになる。
その意味では南朝の親王が北朝・足利軍を打ち破ったというこの地は神聖な地であったということになるのだろう。明治時代に皇太子が訪れても確かにおかしくない。
各地の楠木正成の銅像が金属徴用を潜り抜けて幾つも戦後まで残っているのもこんな事情があったのかとも思い知る。
梅一本とはいえやはり歴史が重い。


こんな風に考えさせられる歴史を伝えていると知るだけでも梅見物は面白い。九州という地はどこも歴史だらけの様だ。

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2017年2月の福岡南区周辺の野鳥

2017年2月

シロハラは数は減ったがまだ残っている。ツグミは場所で随分ばらつくが残っている。新市楽池のハシビロ、オオバンはまだ残っているがホシハジロ♀1はついに姿が見えなくなった。そろそろ夏鳥の渡りがはじまりそうだ。

主な日の観察メモは下記

2017.02.01、14
20170217hashibiro:00 福岡市南区野多目池の野鳥 ミコアイサ2、キンクロハジロ20+、カイツブリ5、ハシビロガモ3、カワウ1、コガモ4、アオサギ2

2017.2.2 11:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:マガモ2、シロハラ、ヒヨドリ、メジロ 新楽市池:ハシビロガモ2、オオバン1、ホシハジロ♀1、ハクセキレイ1、スズメ2、ツグミ1 鹿介池:アオサギ1、ヒヨドリ

2017.2.4am 福岡市西区今津干潟の野鳥 マガモ、ヒドリガモ、ツクシガモ2、
20170204hoojiro20170204tukusigamoヘラサギ、クロツラヘラサギ、ツリスガラ2+、オオジュリン、タゲリ、アオアシシギ、イソシギ、ホシハジロ、ジョウビタキ、カワセミ、スズメ、ミサゴ、コガモ、カルガ20170204herasagiモ、カイツブリ、ツグミ、ホオジロ

2017.2.6 14:0
0 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:マガモ2、コサギ1、シロハラ1、ヒヨドリ1、キジバト1、ドバト6、ムクドリ1 新楽市池:ハシビロガモ2、オオバン1、ホシハジロ♀1 鹿介池:ヒヨドリ 3Sc/Cu060 風力3-4

2017.2.7pm 福岡市西区かなたけの里公園 ツグミ20+、ジョウビタキ4、セグロセキレイ2、ハ
クセキレイ4、シロハラ1

2017.2.9 13:30 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ツグミ1、ヒヨドリ1、キジバト1 新楽市池:ハシビロガモ2、マガモ5、ホシハジロ♀1 鹿介池:マガモ8、ヒヨドリ 6Cu020,風力3-4

2017.2.10 11:00170210kawauhansyoku1頃  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カワウ(繁殖期)1、コサギ1、アオサギ1、キジバト1、ツグミ1、ジョウビタキ♀1、ハクセキレイ1 -RA 8Cu020 風力4

2017.2.11-12 福岡市南区長丘の野鳥 中公園:コサギ1、シロハラ3、ハシブト1、マガモ2、ヒヨ3、ツグミ1 新市楽池:ケアシノスリ1、ハシビロ2、バン2、ホシハ♀1、ウグイス2、ハシボソ2、ジョウビ1、ムク2、スズメ3 鹿介池:マガモ7、チュウサギ1、コサギ1、バ
ン1、アオサギ1、シジュウカラ1 2/12 3Cu030,W風力3

2017.2.13 16:30 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ツグミ1、マガモ2、ハシブトガラス1、ヒヨドリ1、コゲラ声1 新楽市池:ハシビロガモ2、マガモ5、ホシ
20170217mozu1ハジ ロ♀1、オオバン1、ハクセキレイ1、ジョウビタキ1 鹿介池:マガモ8、モズ1、チュウサギ1、コサギ1、バン2、ハシボソガラス1  晴 1Cu030,風力2

2017.2.14 11:00頃   福岡市城南区西南の杜公園 ヒクイナ1、シロハラ10+、カワセミ2、カイツブリ1、ジョウビタキ3、マガモ6、ソウシチョウ10

2017.2.17 15:30 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公 園:ヤマガラ1、キジバト2、マガモ2、ハシブトガラス1、ヒヨドリ2、シロハラ1 新楽市池:ハシビロガモ2、バn2、ホシハジロ♀1、オオバン1、ヒヨドリ1、ハシボソガラス1、メジロ2 鹿介池:マガモ7、モズ1、ダイチュウサギ1 

2017.2.19 12:00頃   福岡市東区海の中道公園 シーサイドシオヤ:オオハム3+、20170219ooham3 ウミウ2、アオサギ1、ハシボソガラス1 園内:トビ、ノスリ1、シロハラ、ハクセキレイ、ツグミ、メジロ、ハシブト・ハシボソガラス、カワラヒワ、アオジ、オオバン、ヒドリガ モ、カルガモ 野鳥池:ホシハジロ、ハシビロガモ、ミコアイサ6、メジロ、ヒヨドリ

2017.2.22 10am 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ツグミ1、マガモ2、ムクドリ3、ヒヨ2、ジョウビ♀1、キジバト2、アオジ2 新市楽池:マガモ1、ハシビロ2、ホシハ1、ムク2 鹿介池:マガモ5
20170219mikoaisatugai、コサギ1、ジョウビ♀1、モズ1、バン2  5Cu050,2Sc060,3Ac080 E風力3-4

2017.2.23 16:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:シロハラ1、マガモ4、ムクドリ2、ヒヨ2、 新市楽池:マガモ1、ハシビロガモ2、ホシハジロ♀1、バン2、オオバン1、ハクセキレイ1、メジロ1、スズメ4 鹿介池:マガモ2、コサギ1、ダイチュウサギ1、シロハラ1、20170219nosuri1 バン2、ヒヨドリ 3Sc050,4Ac200,風力3

2017.2.26 16:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ジョウビタキ1、シジュウカラ1、マガモ2、ムクドリ2、ヒヨ1、シロハラ、コサギ1、コゲラ1 新市楽池:マガモ4、ハシビロガモ2、ホシハジロ♀1、バン2、オオバン1、ハクセキレイ1、ハクセキレイ1、ムクドリ2、ヒヨドリ1、シジュウカラ1 鹿介池:マガモ4、シロハラ1、バン2、ヒヨドリ1 8Ac250,1Cu050,風力1

2017.2.28 14:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ヤマガラ1、シジュウカラ2、マガモ2、ムクドリ2、ヒヨ1、コサギ1、コゲラ声 新市楽池:マガモ5、バン2、オオバン1、ハシビロガモ2、鹿介池:バン2、ハシボソガラス1、ダイチュウサギ1、ジョウビタキ1、モズ1、ウグイス1、スズメ、ドバト10+、ヒヨドリ

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2017年2月22日 (水)

池田学展に圧倒される

NHK教育の日曜美術館をたまたま見ていたら、池田学という人の個展が佐賀県立美術Ikedamanabu1 館で開かれていて多くの人が虫眼鏡片手に大きな絵を眺めている姿が放映されていた。紹介された絵の映像を見て驚いた。大きな木の中に街がはまっていてその情景が細かく書き込まれている。拡大していくと街の人々や住まいや活動が見えてくる、これをペン一つで長い時間かけて書いているという。最近は米国ウィスコン州のチェゼン美術館に招聘されて制作していたようだ。即座にこれは見に行かねばならない、と思った。クルマで走っていけば1時間半くらいで行けるはずだ。
荒れた天気の月曜が過ぎて火曜にとにかく出かけた。平日だから大して混むまいとの予想は見事に外れ駐車場は満車で空き待ち行列に並ぶ羽目となった。近くには他に適当な駐車場もあるとは思えず待つしかない。
やっと順番が回ってきてクルマを押し込んで受付に向かうと確かに次々と来場者の姿がある。貸出用虫眼鏡はもう出払っていて持参するべきだったと悔やんだが、しょうがない。
入ると細密画の前には動きの鈍い観客がつながっている。皆じっくり見ている。見る順番Ikedam1a にとらわれず空いている絵から見てください、との案内書きがあってそれに従う。とにかく絵の前が空いている絵を見つけてはじっくり見る。遠近両用メガネも外した方がよく見えるほどに近づく。どうやってこんなに細かく書けるのだろうかと不思議だが、一枚一枚見るに飽きない。こんな展示会は観たことがない。(添付図は東日本大震災に触発された
最新作の大作「誕生」で写真撮影が可となっている絵。全体が上でその左下の白枠で囲った部分(がれきに満ちた有様)が下の図、下の図でも更に拡大したくなるが手持ちのカメラでは写真の解像度の限界となる)

詳細な生物のデ
Ikedam2ッサン画もある。ペン一本で毛のふわふわした感じや図鑑のような正確さを見ることができる
{誕生」の制作風景のビデをがあったが、右 手も左手も使いながら書いている。右手だけでは右手を酷使しすぎるからだろうか。インタビュービデオでは一日に描けるサイズは10cm四方と説明している。
大きい絵を長い間書くときは大まかなテーマだけ決めて書き始め書いている内に形が出てくるという。
世界は勿論ディテールからなっていてそれをすべて書き込んでいくことで社会全体の存在が本当に表わせられるといKoyote1a うようなことかと感じる。
昔学生の頃経済を学んだ時にコンピュータの能力が上がって世界を構成する個人一人一人の経済活動をモデル化できるようになれば精度の高い経済予測ができるようになるだろうと思ったもので勿論そんな浅はかな考えは直ぐに複雑系の壁にぶつかって安定した予測など出っこないのだが、それを可能にした時の絵画的イメージがここにあるような感覚に絵を見ながら襲われていた。
東日本大震災の予兆のような絵画「予兆」を2008年に描いているがこのような絵画に至ったのは、カタストロフィーに至らざるを得ない何かが孕まれていた社会の有様がディテールを埋めていくと浮き上がらずを得なかったということではないのだろうか。

明らかに新しい分野を切り拓いたと思わせる絵画群だ。やはり見るべき展示だった。


3月20日で池田の故郷である佐賀での展示は終了し4月から7月は金沢、9月から10月は東京日本橋と巡回する。どんな反響が各地で湧き上がるだろうか。

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2017年2月17日 (金)

Cool Struttinが蘇って

朝ドラを概ね毎日見ている。時々気になるシーンが出てくることがある。
少し前にもそんなことがあった。忘れないうちに書き留めておく。

Coolctrutin 朝ドラの「べっぴん」さんのジャズ喫茶生演奏シーンでいつも出てくる有名な曲の名前がどうにも思い出せなくて、ネットでちょっとあたってみたらすぐに分かった、一時期一世を風靡した感のあったソニークラークのアルバム「Cool Struttin'」の中のBlue Minor だ。Youtubeにあったので早速聞いてみると懐かしい。ジャッキーマクレーンのアルトがちょっと良かった思い出が蘇ってくる。アートファーマーのしゃれたアドリブもすぐに思い出す。
LPかCDかはたまたその複製かをどこかに持っていた気もする。探してみよう。
それにしてもテレビのシーンはほとんどコピーサウンドの響きで、どこか情けない。昔聴いていたジャズ喫茶の生演奏の雰囲気はもっと独自性があったような気がしていた。それにしてもこの時代に神戸にこんな生演奏のジャズ喫茶なんかあったかな?と思う。
ドラマのようには神戸ではジャズ喫茶で生演奏を聴くなどしたことがなかったが大学で東京に出て渋谷や新宿やあちこち聞いて回った。コーヒー一杯でよく聞かしてくれたと思う、シャープアンドフラッツなんかもリキパレスで聞いた覚えがある、慈善事業のようなコンサートだ。
改めてソニークラークをネットで調べてみると、Cool Struttinが流行ったのは日本が特別で、米国ではこのアルバムは大して注目されなかったようだ。不思議な気がする。ジャズ喫茶という穴倉のようなところで流すのにぴったりだったのだろう。

朝ドラを見ている人は近頃は僕らの世代が多いのかな、そう思う。そこへ受けそうな昔のいい話を懐かしい曲とともに繰り出しているのだろうか。乗せられてもしょうがない。でも今はどんな時代なんだろうか、時々そうも思う。

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Lanディスクの増強

パソコンのLanディスクを増強した。少々手こずった。このところパソコン周りで手こずることが多くなっている気もする。疲れる。

現在使っている1テラのLanディスクが使用率83%くらいになりレスポンスがかなり落ちてきたので、Lanディスクに外付けのハードディスクでの増強を図った。
今回も1テラのディスクとした。
容量が大きくなるとゴミ箱のように何でも押し込んでしまう気がして、ディスクは小さめがいいような気がやはりしている。
バッファローのリンクステーションは外付けできるディスク仕様は限られているとバッファローのページに記載あり、適合機種から選ぼうとするがwindows10適合と出ているのはあまりない。
メールで問い合わせると推奨の機種だけ知らせてきてこれは安くもない。
ほかにも適合機種はあることはあるような歯切れの悪い回答だったので、これはと思うHD-LC1.0U3-BKというお手頃価格の機種の口コミを片っ端からネットで調べる。
Landisk どうやら安い機種も適合しているようでwin10でも問題なしとの記載あり、ふーんと思っていると、そのうちバッファローのページの中にもこの機種がwindows10適合と出てくるようになって、調査中だったんだ調査終えたんで晴れてこう出てくるのだと思ってしまう。少なくとも何か混乱しているようだ。
EとDの型番があり、Eのほうが新しいということだが仕様を見てもどこが違うかわからない。メーカー価格はEが安くなっていてそのためだけに型番を変えたのではとも思ってしまう。市場価格はDがやや安い。
価格コムでみるとEは価格の変動が結構あって1日で10%以上値上がりしたりする。
暫く心にとめておいて安くなったタイミングでEを発注しようかとも思ったが、Eにこだわることもないしと価格も安定していて市場価格最安値値の安いDを発注することにした。


夕方頼んで足掛け3日で到着する。速い。
マニュアルらしきものは極めて簡単なコピーがあるだけでこんなものかとこれで装着する。
ハードディスクだからまずはフォーマットして使う。EX2という形式が良さそうだが、リンクステーション専用なのでこれが壊れるとパソコン直付けでも読めないことになる。調べるとEX2を読み書きできるフリーソフトがあることが分かりとりあえずまさかの時はこれに頼ることにする。
さてデータの移動を始めると、遅い。1M/s位しか出ない。しかしランダムアクセスのファイルの読み書きはこんなものかもしれない。どうしようもないのでそのまま続けるが400GB位の大きめのフォルダを移しにかかると予定時間2日以上との表示が出る。どうしようもないのでとにかくパソコンを夜中も落とさずに転送し続ける。勿論その間に他の作業をパソコンですることはできるが、転送速度は遅くなり作業もいつもよりも時間もかかり心地よくない。うんざりするような数日を過ごしやっと500GB位移したところで元のディスクもレスポンスが良くなり、めでたしということになる。
落ち着いて気持ちよくパソコンも動き出したのもあり、買ったディスクの仕様を改めてバッファローのページで調べると高速化ソフト添付というのが売りになっていると気づく。こんなものはどこにあるのだろうとネットで調べていくと、なんとちゃんとした取説やソフトダウンロードのページがあるところに行き当たる。こんなのも知らずにディスクを使い始めたのかと情けなくなる。年を取るということはこういうことなのだろう。
ともかく、高速化ソフトをパソコンにダウンロードして、試しに未移動の手頃のフォルダを移動してみると倍くらいのスピードが出ている。
もっと落ち着いて取り掛かるべきだった。
しかし、しばらく使ってみるとパソコン本体の挙動がぎこちなくなるのが気になる。本体のメモリーをファイル移動に使うようで普通に使っている時はむしろ害が大きい。慌てて高速化ソフトを削除する。大量移動するときにのみインストールして使うのが正解のようでもはや時すでに遅しということのようだ。

随分すったもんだしたが2週間くらいたった今は2つのディスク共心地よく動いてもうすっかりなじんだ。次の増強はいつになるだろうか、次はディスクではなくて固体メモリーとなるのだろうか、こんな自分しかわからないような記録をため込んでいてもしょうがないじゃないか、いろんなことを思ってしまう。

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