2018年4月24日 (火)

「充たされざる者 」

図書館に予約していたカズオイシグロの小説の貸し出し順がまた回ってきた。今度は
「充たされざる者 」(The Unconsoled)の上・下巻だ、上巻が先に借り出せるような巧みなシステムになっている。

Unconsoled2b


とにかく読んでいく。
殆ど他人の夢の中を覗き見ている気分にさせる小説だ。
そうなのかどうか分からないが 著者がそのように仕組んだのであれば見事に成功しているといえる。

それにしても長すぎる。喋りがやたらと多いこと、脇道にどんどん逸れていくその繰り返しであること、そう思えばこれ位になってしまうのかもしれない。
作者の意図はどこにあるのか、最後まで分からない。読み疲れてしまうところがある。

意図がわからないと言えばついこの間聞いた九響によるブルックナーの第5番を思い出してしまう。パッとしない主旋律の単調な単純な繰り返しと突然の魅力のない変化、作曲者の意図がどうにも解らない。ブルックナーは交響楽団によるこ曲の演奏を聞かずじまいで亡くなったという。本人が聞いていたならあちこち手直ししたに違いないと思ってしまう。はっきり言ってつまらない、そう感じる。

カズオイシグロのこの小説はこれとはだいぶ違う、それどころか怪しい魅力が潜められているのさえ感じる。読者の内面に長い夢を見た後のような まるで辻褄は合わないが引っかかる不思議な感触を残す。
こんな小説は読んだことがない、カフカの小説のようだという評も見かけるがカフカはこのような溢れるばかりの語りで満たされている文章ではない。
読んでいる者自身が辻褄の合わない世界に実は棲んでいるのではないか、辻褄の合わない事だらけというのが真実の世界なのではないか、気がつかないふりをしているだけではないか、そんなことを次第に思うようになってくる。
面白い小説だ。ブルックナーの5番は人に薦める気がしないがこれはそんなことはない、一回は読んでみていい小説だ。

カズオイシグロの世界は思っていたより遥かに立体的でなかなか面白い、次に順番が回ってくる本は何だろうか。

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2018年4月17日 (火)

北京ツアー3日目及び帰国

この日は万里の長城が混雑しているという情報からホテル出発が7時15分にセットされる。早いがホテルの朝食は6時半からなので問題なく食べることはできる。
万里の長城へ直ぐ向かうかと思えばまずは寝具店に寄るという、ここらがショッピングツアーの面目躍如の感ありだ。例によって1時間くらい店の中で時を過ごす。latexという天然ゴム素材の寝具が売りで、枕を買う人が多いが布団を買う人も6-7人もいる、枕だけでも1万円位する、結構いい商売だ、布団は真空引きで圧縮して専用のスーツケースに入れて渡されている。ちょっとした荷物だ。
やっと万里の長城・八達嶺に向かうと道路は渋滞が始まっている、何しろ春の連休だ。ガイド(中国人)はあちこちに電話して混雑情報を探り空いた入り口を求めて文

Banri

字通りバスは東奔西走する。八達嶺の東側から上がって一番近い許可車のみの駐車場にうまく滑り込んでなんとか八達嶺の入り口に到達する。一時は今日はもう着けないのではないかと思うほどに厳しい渋滞だった、中国人ガイドの大活躍で何とかなったというところだろう。懸念した天候は風がやや強いが歩くのには支障ない、寒さは標高800m位あるものの前日と同じくらいでまあ耐えられる。残雪もみられるが予想の範囲内ではある。
兎に角人が多い。集合場所と時間だけ決めて各自歩く。とても団体行動などはとれない。大昔からあったものの明時代に現存する形が造られたというから、新しそうに見えても随分な歴史がある。それにしてもこんな山奥に延々とよくぞ造ったと半ばあきれる、トランプがメキシコ国境に造りたい壁はとてもこんな風にはできまい。日本に残る神籠石と呼ばれる古代城もこんなイメージがもとになったのではとも思わせる、

Jyobi

しかし長大だ。秀吉は明を攻めようとして朝鮮に侵攻し明軍の登場であっさり撃退されたが当時の明の軍事力は想像以上のものがあったに違いない、この長城を見ても秀吉の手で攻め落とせる相手とはとても思えない。
どこまでも続くので適当なところで引き返す。人波に逆流するような形なってこれも一苦労だ。
途中で鳥のさえずりを聞く、見ればジョウビタキだ、ジョウビタキのさえずりは初めて聞いたように思う。中国で見た数少ないオヤと思う鳥だった。
13時頃バスに戻り昼食場所に出発する。滞在時間は80分位だがそれなりに面白い。
前日と同じような昼食の後シルク店にてショッピングだが皆疲れて元気がなく参加者のうち一人が買うくらいだ、売り子が可哀そうにも見えてくる。
この後清朝皇帝の別荘である頤和園を見る、ここも世界遺産だ。清朝末期に西太后

Iwaenn

が住んだ場所ともされる。狭い回廊が入り組んだりしているところへ連休の人出で人の多さばかりが印象に残る。日光東照宮に描かれている模様に似たところがあり、この辺りを元に描かれたのかと思う、東アジアではつい近年まで中国文化の力が圧倒的だったと思い知る。
夕食は全聚徳という北京ダックの店だが海外からの団体観光旅行客で埋まっていて騒がしい上にいつもの中華料理に北京ダックのスライスが加わったという位でお

Kyogeki

いしいという気持ちにはなれない。しかしこんなものなのだろう。
オプションの京劇を梨園劇場で観る。いくつかの寸劇で構成されていて、体験版という風情だ。子供たちの修学旅行もいたりして観客もバラエティに富んでいる、京劇鑑賞を体験するという全体が面白い。
翌日は午前4時半ホテル発なのでホテルに戻って手早くパッキングしてとにかく寝る、忙しい旅行だ。自由時間らしいものがほとんどない、普通のおみやげもなかなか

Kaeri

買えない、旅らしさに欠けるところがあるといえばその通りだ。仕方がない。
帰りも出国手続きは青島で一度降りて行い、昼過ぎに福岡に帰り着く、早起きした分楽なスケジュールとなって悪くもない。
兎に角疲れたが、中国の人口の圧力を生に感じられただけでも十分な気がしている。こんな旅もたまにはいい。

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2018年4月15日 (日)

壊れたLinkstationディスクからデータを読み出す

もう7-8年は使っているリンクステーションLANディスク(linkstation LS-CH1.0TL)が動かなくなった。

Linkstation

橙色のランプが遅いのと速いので1回ずつ点滅している。調べると「I11:ハードディスクの不良セクタが危険な範囲に達する可能性があります。ハードディスクを修理センターまでご送付ください。」ということのようだ。ハードエラーがあるらしい。修理に送れとあるがディスクの内容は消去されるというからとても送り出す気にならない、ネットでみるとクラッシュディスクのデータ回収業者の広告が幾つもあるがずいぶんと値が張る、そこまで出す気がしない、自分でやれるだけやってみよう。
ぶら下がっている子供のLanディスク(HD-LC1.0U3)は無事の様だがUSBでパソコン直結しても認識してくれない。discをフォーマットした時お薦めだったext2でフォーマットしたためだろう。フリーソフトがあって読み出しは可能のはずだった。やっとの思いでext2fsdというソフトを見つけてパソコンにインストールする。先人の書き込みをネットで探してそれに従ってdiscをusb接続してext2fsdを起動させdiscの接続名称を指定すると普通にエクスプローラから認識できるようになり読み出しはできる、但し書き込みはできない。こうなればLanディスクはもうやめて直結のusb外付けハードディスクにするほかないとシリコンパワーの2テラの外付けディスクを発注する。まずはこれに生き残った子供のディスクの内容は移せばいい。
ここまで確認して予定していた中国旅行に出かける。まだ半分しか解決していない。
旅行から帰って、頭が痛いがやる他ない、旅行の後片づけをして続きに取り掛かる。

問題は親となっているlinkstationのディスクだ。usb接続はなく筐体からディスク本体を取り出してATA-usb変換コードにつないでパソコンにusb接続するほかない。とにかくATA-usb変換コードも発注する。
直ぐ翌日にものがきて筐体の分解から取り掛かる。この手順もnetに書き込みが見つかりそれに従って押しピンの先を少しペンチで切ったものを10個くらい用意してケーシングのプラスチックのつめを外していく。ねじは一か所だけだ。つめを折ることもなくうまくケースが開いて中にあるハードディスク本体を取り出す。

Landisk

これに届いたばかりのATA-usb変換コードをつないでパソコンにusb接続しext2fsdソフトを立ち上げて見てみる。ディスクそのものは認識するがフォーマットはRAWとなっていてこのままでは内容を読みだせない。
この場合の残された選択肢はLinuxOSをパソコンにインストールしてここから読めば読めるということらしい。Linuxのインストールは厄介そうに見えて他に手はないかとネットで色々探すがどうも他には見つからない。腹をくくってLinuxのインストールをusbスティックメモリから行うべく新たにusbスティックメモリーを発注する、これもすぐ翌日には到着する。ハードが揃うとやる他ない。ネット情報に従ってLinux-ubuntuというOSをインストールすることにする、これが最も簡単らしい。起動用usbメモリを作るソフトrufusをダウンロード、続いてubuntu-ja-17.10.1-desktop-amd64.isoをダウンロードしrufusを使って届いたばかりのusbスティックメモリにこれを格納する。
次にusb端子が3つあるwin10パソコンに新たに買った外付けハードディスクとlinkstationから取り出したハードディスク及びLinux-ubuntu起動用のusbメモリを刺してパソコンを起動する。lenovoとpress F2の表示が出る瞬間にまずはF2キーを押せばいいのだが、press F2の表示が出ずにwindowsが立ち上がってしまう。強引に電源ボタン長押しで強制終了させてまた立ち上げると今度はlenovoの表示の下にpress F2が出てくる。ここからusbメモリで起動するという選択肢を選んで記憶させて一旦終了させる。もう一度立ち上げるとlenovo の下にpressF2,pressF12の文字が見えた瞬間にF12を押すとやっとubuntuが立ち上がってくる。一時使用である方を選んで先へ進むとTopページが開かれてくる。ここでファイルアイコンをクリックすると確かに新しい外付けハードディスクとは違う1TB位の問題のディスクが認識されこれをクリックすると、クラッシュしたディスクの中のフォルダがズラッと表示される、うまくいった。
取りあえずは30GBくらいのフォルダーを新しいハードディスクにコピーしてみる。問題なくできて、ちょっと疲れたのでこの日はこれで止めて、usb接続は外し一旦パソコンはwin10に戻し別のことを少しやって終わる。次の日になって続きをやろうと接続を元に戻してubuntuを立ち上げると今度はクラッシュしたディスクは認識するものの読むことができない。やっぱりハードのどこかが壊れているようだ、動いたらなるべく触らないで作業してしまわねばならないようだ。問題のディスクをもう一度別のパソコンに繋いでext2fsdソフトでアクセスしてみたり何度も昨日のセットで立ち上げ直したりしてみる、その内パソコンの強制停止のさせ方が良かったかハードがショックを受けたようで立ち直った、とにかくこれからはセットを変えることなくフォルダをコピーすることに専念する。丸1日くらいかかって450GB位をコピーし終わった。
Lanディスクではなくなるが、パソコンで共有指定すれば外付けハードを別のパソコンからLAN経由で読み書きできる、Lanディスクのような運用が可能とわかり、大した不便はない。自宅の無線LANであればそもそもLANディスである必要はなかったような気もしている。

取りあえず成功で一段落だ。久しぶりの達成感に浸る。パソコンを巡るトラブルは精神的な疲労がきついがうまく終わるとともかくほっとできる。

せっかくLinuxのusbメモリによるインストール方法が分かったので、windows-xpサポート終了のため捨て置いていたエイサーのAspireOneをLinuxで動かすのもいいかと、こちらに取り掛かる。これは遊びで気が楽だ。
今回使ったusbメモリをAspireOneに刺して同じように立ち上げようとするとcpuが32bitだからできないとのメッセージが現れる、確かに64bit用のubuntuだったのでダウンロードページに戻ってみると今は64bit用しか公式にはリリースされていない。32bit用のはどこかにないものかとネットで探していくとUbuntu9.04等見つかるがうまく動かない、色々探してはやってみる、結局 ubuntu-ja-12.10-desktop-i386.iso というのが見つかりこれで試すとさっきと同じように開き始めた。
無線lanにも難なくつながって少しいじってみるが、レスポンスが今一遅くてあまり実用的とは思えない。しかしパソコン周りは何が起こるかわからない、こんなツールも動かせるようにしておくに越したことはないそんな風に今は思っている。とにかくLinuxと聞いてもあああれかと思えるようにはなった。

色々勉強した。トラブルはつらいが新しいことに直面するのは面白いことでもある。

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2018年4月12日 (木)

北京ツアー2日目


朝7時半から市内観光が始まる。北京オリンピックのスタジアム「鳥の巣」をやや遠めに眺めた後、まずは中華民族園の近くにあるショッピングセンターのヒスイ店に案内される。1日2店回ると知らされていたのでまあしょうがない。1時間近く店にいることになって、手頃な値段を設定してある商品に人だかりが出来るし、
それなりに買う人も出てくる。ショッピングツアーに観光がついていると考えた方がいいツアーなのかもしれない。

Tendan

中華民族園は見ないで市街を北から南に横切って天壇公園に至る、ここを見る。もう9時半くらいになっているがまだ気温が低い、3℃くらいの感じがする、出がけに見た北京の気温は1℃だった、予想通りの寒波だ。

とにかく園内を進む、一応世界遺産だ、人出が多い、清明節の連休が始まったところで中国の各地から出て来たという雰囲気だ。

Kasasagi

15世紀に明によって建てられた祈祷用の建物だが随分なスケールだ。地震が無いところなので石造りで一回建てるとなかなか壊れないと見える、傷んでいない。庭園を結構歩くが時折鳥が出てくる、カササギとオナガの他はスズメ位だ。食べられない鳥が残っているのかもしれない。

10時40分位に終わって今度は紫禁城内にある掛軸屋へ行くという。移動は3-40分かかる。北京という街は地図で見るより広い感じだ。ラストエンペラー
愛新覚羅溥儀の弟である愛新覚羅溥傑が人民中国となった時代にいっときこの店で働いたとの説明がある。
店に入ると清王朝崩壊の歴史の説明の後 清朝皇族の愛新覚羅一族の末裔であるという愛新覚羅恒珏(コウカク)氏の書道実演がある。

Aisinkokaku1

愛新覚羅溥傑の子息であるような説明がされるが店内に示されている系図ではどうもそうは読めない。確か溥傑には男子はいなかったのではなかったか。ちょっと大げさに脚色して言っているようだが愛新覚羅一族は多くが書画で身を立てている様で清朝の歴史の果てがここにあることはどうやら間違いなさそうだ。
恒珏氏の掛軸や色紙大の書が販売される。掛軸は表装してある書が3万円という、歴史的に重みがあるものにしては安すぎる、どこか怪しいところを感じるが観光客相手の販売が身を立てる中心になっているのかもしれない、共産中国では清帝国の末裔は肩身が狭いのだろう。1万円の色紙サイズの書を買うことにする、歴史を買うという気持ちだ。心清事達 という文字で、心清と書くからにはそれ程非道い詐称はあるまいとの思いもある。しかし中国のことだ、本当のところは解らない。

Koukaku

全てを含めて中国ならではという人に出会った気がする。
帰国した後、愛新覚羅恒珏という人についてもう少しネットで調べてみる。

書に添付されていた系図と説明書きから、清の第四代康熙帝の次男で皇后の子の胤礽(いんじょう)がその祖となっているようだ。この胤礽は皇太子として早くから認められていたが反逆のそぶりありとして結局廃嫡されている。その末裔が恒珏氏という系図になっている。添付されていた系図はネット上にで見つけた胤礽の末裔の流れと凡そあっていて帝系の流れをくむ人であるという説明は一応正しそうだ。北京中国書画協会常務理事等それなりのポジションにあるという説明書きも中国のwikipediaであるBaidu百科で調べてもそのような記述で書画家としてある程度名の通った人であるようではある、Baidu百科の写真も本人だ。
清朝の末裔がこんなところでひっそりと書画を売って生計を立てている、その物語そのものが幾ばくかのお金を払って手にするのにふさわしい中国土産のような気がしている。

Tenanmon

この日のツアーはこの後 天壇公園と天安門広場の中間にある老根山荘というレストランで中華料理のランチを食して天安広場、紫禁城の観光のコースに入った。

だだっ広くていかにも中国らしい天安門広場、門をくぐってもくぐっても次々に門が現れる複雑怪奇な紫禁城をひたすら歩き 歩き疲れてやっと夕食となる。後で調べるとこの日は15000歩くらい歩いている。オプションの雑技団のショーをツアー参加の多くの人が観る予定なのもあってショーがある朝陽劇場のすぐそばの中華レストランが夕食場所となる。

Sikinjyo

四川料理と銘打ってあるが昼の食事に多少品数が増えたかというくらいで あまり変わり映えがしない。このツアーはホテルの朝食以外は食事にはあまり期待しないほうが良いようだ。
雑技ショーも滞りなく見終わって一日が終わる。疲れた。明日は万里の長城だ。

Zatugi


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2018年4月 8日 (日)

北京ツアーその1

2月頃、3泊4日食事つき3万5千円という格安の北京ツアーが阪急旅行から出ているのを見つけてこれは安いとつい申し込んでしまった。中国には行ったことがないのがかねてから気になっていた。

申し込んだ後で色々調べたがホテルも普通のデラックスホテルのようだし、往復は中国東方航空だがJALとのコードシェア便となってもいるようでLCC便というわけでもない、普通のツアーのようだ。ちょと中国を覗いてみるには手頃なツアーに見える。

20180406kisyou

出発の日が近づいてくると天気がかなり怪しい。気象庁の全球モデル計算では、帯状高気圧の晴天が長い間続いたののお返しのように北から寒気が急速に下りてくるという予測となっている。4月5日6日が観光の行動日なのだが丁度ここに合わせたように気温は下がるし風も強いと1週間くらい前の予測で出てくる。
近づいてくれば予測も変わるだろうと毎日のように北京や万里の長城の予測データを更新していくが、たいして良くならない。5日は朝のうち北京は雪で1℃くらい、夕方に向かって寒さは少しは緩むが5-7℃くらい、次の日の万里の長城は標高800m位の現地でやはり0度付近、晴れるものの風が10m位吹くという予測だ。4月2日までは北京も初夏の様な暑い日となっていたので本当かいなとは思っていたが出発の4日になると北京の気温は急降下しているのが実測データで解る。どうしようもない、本当のようだ。欧州気象局(ECMWF)の予測もほぼ同じで、着るものをしっかり冬装備にして出かける。
昼過ぎに福岡空港の集合場所に行くと30人位ツアー参加者が集まってくる、思っていたよりずいぶん多い。どうやら人気のツアーらしい。

Flight

中国東方航空の福岡北京便は青島空港で一旦降りるため青島で入国審査を受ける。少し時間がかかるがまあそれも旅らしくていいだろうと乗り込む。福岡から同行の添乗員は居ないので青島が少し不安だがなんとかなるだろう。

機体はエアバス321で座席も普通だ、特に狭いわけでもない。スチワーデスに一人日本語を話す人はいるがあとは日本語は通じない中国人ばかりだ、しかし海外便としては普通だ。青島までの2時間少しの間に軽食も出る、東方航空は食事が良くないとネットにあったがサンドイッチなどと軽食としては普通の感じで飲み物も青島ビールなども無料で飲める、十分だ。機体が青島空港に進入してくると中国の地上の景観が見えてくるが日本では見られない光景だ、規格のきっちりそろったアパート群がずらりと並ぶし空港直近のエリアは矩形に区切った工場群が延々とつづく。統制されている力と平地の多さと人口を感じてしまう。

青島では全員機体を降りて北京まで行く乗客にはGate11Bと書かれた乗り継ぎカー

Noritugi1

ドが渡される(写真右のオレンジのカード)。暫く進むと北京(ぺきん)と声を出している係員がいてその方にわかれて進む。ネットの書き込みでは係員がプラカードを持って誘導とあったがそんなものはない。係員に笑顔もないし恐ろしくぶっきらぼうだ。ここに並べともいわないので勝手に先に歩いていくとどうやら様子が変なので係員のいるあたりに戻り形成されていた列に並ぶ。ここで入国審査となるようだ。丁寧な誘導などは期待しても無理ということのようだ。
入国審査を終わり道なりに2階へ上がり左手のドアを開けると国内線の出発ゲートが見える、道案内はないが思ったより迷いそうでもない。ゲート11Bに至るとどうやら出発が遅れるようだ、北京空港悪天候のため出発が遅れるとボードに手書きの英語で表記してある。

ついに荒れた天気がやってきて、雪になったのだろう、着陸コントロールが混乱しているのだろう。ゲートは暫く開きそうにない。しょうがないとぶらぶらしているがコーヒーでもとコーヒーと看板の出ている店に入ってコーヒーを頼む。持ってきたメニューを見ると一杯60元というから1000円位することになる、これは高いがメニューで見せられるまで価格は解らない、綺麗な店でもなくコーヒーもうまくない、こんなぼったくりコーヒー屋が空港の制限エリアの中に店を出せているというところが中国という国なのだろう。フーンと思ってしまう。怪しい国だ。
予定よりかれこれ1時間くらい遅れてようやく北京に向けて出発した。こんな時には添乗員がいないのはちょっと不安ではある。機内ではまた軽食(チキンハンバーガー)が出て、夕食を食べなくても持ちこたえられるかなという気もする。ツアーのパッケージには初日の夕食だけはついていなかった、ホテルに入ってももう遅いのでレストランは閉まっているだろう。
1時間半くらいで北京空港に着陸する。雪だ。水っぽくてみぞれのようで滑走路には積もってはいない、が、寒い。ボーディングブリッジは無くてタラップの上で慌てて傘を開いてバスに向かう。暫くバスで走ってやっとターミナルビルに着く。広い空港だ。荷物をピックアップすれば審査済みなのでそのまま出れる、出たところで現地ガイドが2人待ち構えていた、とりあえずは安心する。バスに乗り間違えて離れた所へ行ってしまった人がいて全員集合まで暫く待つがこの間に近くのスタバでパンを少し仕入れる、今晩はこれ

Yuki

だけあれば乗り切れるだろう。荒れ模様の北京ツアーはこんな風に始まった。旅らしい不安があるスタートだ。
空港からホテル(フォー ポイント バイ シェラトン 北京 海淀)まではバスで40分くらいかかる、チェックインして部屋に入ると予想以上にいいホテルだ。歯ブラシや髭剃りなどのアメニティもそろっているしスマホのwifiもつながる。しかし検索はgooやbingのサイトがつながるだけで見れるサイトも限られている、中国政府の金盾ファイヤーウオールは強力だ。ともかくこれなら3晩は楽に過ごせそうだ。

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2018年4月 2日 (月)

2018年3月の福岡市南区周辺/訪問先の野鳥


シロハラも来たに去り、ダイサギも去ってチュウダイサギが現れた。
桜はやや早かったが夏鳥到来はやや遅れている感じもする。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2018.3.2 am10-12 晴れ 糸島市小富士梅林 メジロ、エナガ、ノスリ2、シジュウカ

Kosagi201803

ラ、ジョウビタキ、ツグミ1、コゲラ(西林寺)

2018.3.4 10-11時 晴 無風  福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:マガモ3(♂1♀2),バン1、オオバン1 鹿助池、ダイサギ1、コサギ1、ハシブトガラス2、シロハラ1 中公園:マガモ4(♂3♀1)、シロハラ1、ムクドリ2、(リュウキュウ?)キジバト2 

2018.3.6 pm14:00 風力4-5西 福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:マガモ3(♂1♀2),オオバン1、ウグイス2、ハシビロガモ♂2、ハシボソガラス2 鹿助池、ダイサギ1、マガモ3、ハシブトガラス2、 中公園:シロハラ1、ムクドリ2

Mejiro201803


2018.3.11 12:00-14:30 佐世保石岳展望所 ナベヅル約150

2018.3.13 am11:00 風力1-2晴 福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:マガモ4(♂2♀2),バン2、ハシビロガモ♂2、ハシブトガラス2、ハクセキレイ1、スズメ5-6 鹿助池、ダイサギ2、コサギ1、、マガモ3、ハシボソガラス1、 中公園:マガモ4(♂3♀1)、ヒヨドリ1-2、ハシボソガラス1、コゲラ1、ドバト2、メジロ

Nabuduru201803

1-2、(先)ウグイス下手囀り1、

2018.3.14 pm15:00曇  那珂川町裂田-初御代桜 満開 :メジロ、ヒヨドリ、カワラヒワ

2018.3.17 11-13:00 油山市民の森 @34:ミヤモホオジロ3、シジュウカラ、@作業小屋 ミヤモホオジロ3-5、ヤマガラ、シジュウカラ、ジョウビタキ♀、コゲラ、イカル、周回コース ハシブトカラス、メジロ 何かのグゼリ

2018.3.18 13:30曇  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の

Miyamahojr201803

野鳥 :ツバメ10(イワツバメ?)マガモ2 、オオバン1、カワウ1、ジョウビタキ♀1

2018.3.21 10:30雨  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 :ツバメ2(イワツバメ?)マガモ8(♂5♀3)ハシビロガモ♂2、、ヒドリガモ♀1、オオバン1、カワウ1、ドバト5、ムクドリ2、ジョウビタキ♀1

2018.3.24 16:00 快晴 福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:ハシブトガラス10、マガモ3(♂1♀2),バン3、

Kogamo201803

ドバト3 鹿助池サクラ3分、ドバト4、マガモ♀1、ハシボソガラス1、 中公園:シロハラ1、ヒヨドリ1、ハシブトガラス1、、

208.3.27 12:00 太宰府市御笠川 コガモ2、コサギ

2018.3.29 14:00  福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:なし 鹿助池サクラ満開、バン1、カワラヒワ1、チュウダイサギ1 中公園:シジュウカラ、ハクセキレイ1、ヒヨドリ1、ハシボソガラス2、カワラヒワ1、ムクドリ2

2018.3.30 14:00  福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:バン1 鹿助池サクラ満開、バン1、カワラヒワ6、チュウダイサギ1、マガモ♂1、コゲラ1、ヒヨドリ、ハシブトガラス 中公園:ヒヨドリ1、ハシボソガラス1、ウグイス1、(カワセミ?)






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2018年3月30日 (金)

春はウイーンの響きに乗って

毎年春に巡ってくるウイーンフィルメンバーを中心にして結成された臨時編成の管弦

Wientoyota_2

楽団 トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーン が今年もやってきた。春の桜に合わせたのかと思うが、演奏ツアーは例によって強行日程で花見の暇さえないようではある。今回は23日の福岡・アクロスがツアーの皮切りとなるせいか事前の宣伝がいつもより目に付く。席はかなり埋まっているが満席までとはいかない、毎年の冠コンサートというものの限界だろうか。行ける年は必ず聞くことにしているが演奏の見事さに比べ料金はほどほどで費用対効果がいいのは今年も同じだ、余席があるのがちょっと勿体ない。
今回もコンサートマスターはシュトイデでさんで指揮者はない。ベートーベンの第7番では総出演の総勢30名になるのだが指揮者なしでやれるのが未だに不思議だ。
今回はCDプレゼントがあって入場時にもらったプログラムパンフレットにシールがあれば当たりとなるとアナウンスがある、フーンと開いてみれば見事当選でスペシャルCDのお土産をゲットした。2000年のツアーの時に録音されたCDだ。帰って聴くとモーツアルトばかりで聴きやすい。
この晩の演奏もアイネクライネ・・・から始まってモーツアルトが2曲続く。平明な透明な響きが、これは一度ウイーンにも行ってみなくてはと思わせてしまう。
ベートーベンの交響曲7番も久し振りに聴いたが昔思っていたどこかつまらさのあるような印象は変わりこれも結構楽しめる曲だと見直した。歳のせいかもしれないし演奏によるのかもしれない。
万雷の拍手にアンコールはウインナワルツの「南国のバラ」でコンサートは終わった。
あたったCDを受け取って出口を出ると演奏者が並んで顔を見せている、ウイーンフィルのコンサートマスターでもあるシュトイデルもいる、せっかくだからと数人と軽く握手してシュトイデのところまでくると握る握手でなくつまむようなしぐさで応えてくれる、そうなんだ一流演奏者の手はそうさわれるものではない芸術品だと思ってしまう、気軽に握手をもとめたほうが能天気だった。
それにしても、桜も花開きウイーンの響きとともに爛漫の春を迎える、毎年のこんな風景が福岡に似つかわしくも思えている。

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2018年3月29日 (木)

移ろいいく花見

随分と暖かくなった。福岡市では桜は19日に開花した。20日の自分の予想に対しほ

Hanami2018d

ぼ予想通りに開いたことになる。満開は昨日か今日かという塩梅だからこれもほぼ予想(27日)通りということになる。
今年は花見に少しは足を延ばそうかとも思ったが気になっていたみやま市平家谷の桜は開花情報がどこにもなくその他これはと思うところも開花のスピードが今年は早いせいか情報がはっきりせず、どうせ見るなら満開とわかったところがいいと太宰府・御笠川沿いの桜を見に行くことにした。ソメイヨシノであれば風情のある並木が散歩するのにちょうどいい。

Hanami2018a


都府楼跡の無料駐車場にクルマを置いて歩き始める。
殆ど満開だ。平日ということもあり歩いているのは地元の人ばかりという風情だ。これでもかという桜並木ではないが地元に愛されているという感じが伝わってくる気がする。若くもなくなってくるとこんな所がいい。散歩道をゆったり往復して元に戻る。昼だ。
駐車場の横の都府楼跡の公園で花見をしながらコンビニおにぎりを食べてのんびりする。ここも丁度良い感じ

Hanami2018b

で桜と芝生がありお花見として手軽で楽なところだ。
野鳥はヒヨドリやカワラヒワくらいで鳥見するというほどでもない。少し先に目をやると家族連れが小学校の入学記念らしいランドセルを背負った子供の姿を撮影している。こうも桜が早いと入学式では葉桜になってしまう。昔はなぜか入学式と桜の満開が同期していたような記憶がよみがえる。ここ数十年のスパンで見ればやはり気温がじりじり上がっていることは疑いがないようだ。時間のスケールが人間にはゆっくりしているが少しづつ少しづつ花の風景も変わっていっているのだろう。

Hanami2018c

帰りにアクロスで予約していた切符を受け取りついでに天神中央公園あたりの桜を見る。川沿いが結構いい。勿論ここも満開だ。今年から市が花見場所を有料予約制にしたことでもちょっとした話題になった。場所取りのブルーシートがなく一応平和な風景だが、それにしても場所割している中に普通の公園ベンチがあってここも予約してないと座れないのだろうかと迷ってしまう。ぶらぶら歩いて気楽に空いているところにちょっと座るということができない。都会の花見は簡単でもない、そうなっていくのだろう。

今年のように帯状高気圧が張り付いて晴れが続くとどこかお花見にもメリハリが無くなるような気がしてくる。細かく開花時期と天気を調べていい日をつないで花見に回

Hanami2018e

るという熱意が薄れてくる。
ぜいたくな悩みのようだがお花見の儚さ、それがお花見の面白さの何割かをしめていたのだと改めて気づかされたようで、こんな天気の花見も面白い。
今日は例年のように近くの樋井川べりの桜並木を楽しんだりもした、ここもかなりいい。移ろいゆく時を感じながら、兎に角春は花見に限る。

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2018年3月21日 (水)

カズオ・イシグロの「女たちの遠い夏」

カズオ・イシグロがノーベル賞を受賞したと聞いてすぐさま市の図書館の著書数冊に予約を入れていたのがやっと貸し出しの順番が回ってき始めた。まずは「女たちの遠い夏」だ。1982年著者が28歳の時に刊行された作品で事実上のデビュー作といえる。

Kazuobook2

欧米各紙の高い評価が得られて作家人生の良いスタートとなったようだ。
日本では1984年暮れに小野寺健(今年1月1日に86歳で亡くなった)の訳により筑摩書房から出版されている。貸し出しを受けたのはこの初版本だ。もう紙が日焼けしてきており30年以上の年月を物理的に感じてしまう。
私小説の形ではある。わたしというのは大きな二人の娘のいる母親で長崎からイギリスへ渡ってきてイギリスで暮らしている、長女が自殺した後の日常の中で長崎にいた頃の様々な出来事を回想しているという舞台立てだ。ほとんどが戦後期の朝鮮戦争が起こっているころの日本の話でイギリス文学というより日本文学のように思えてしまう。登場人物名は漢字表記となっているが勿論原文に漢字はない。訳者の小野寺健ははじめ総てカタカナがきにしようかと思っていたがイシグロから出版社に登場人物の名前表記で避けるべき漢字をわざわざ指定してきたことを知り著者は当然漢字表記されること思っていると解り名前に訳者の思う漢字を当てていったという。悦子であり二郎であり佐知子であり万里子という漢字の人物が訳本でイメージを現したことにもなる。こんなこともあり日本の小説としてどうしても読んでしまう、もとがenglishだとの感じはとんとしてこない。

それにしても彼が経験したはずのない戦争直後の敗戦を越えて生きる日本の日常の有様がリアルに描かれている、それも女性の主人公の目で微妙な心情がそれらしく語られている、非凡な文才としか言いようがない。

世の中にはすごい人がいる、自分は何をしてきたのだろうか、そんなことをつらつら思ってしまう。今更取り戻すことはできない、ともかく過ぎていく世をしっかり見つめたい、それでも十分ではなかろうか、そんな風にも思っている


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2018年3月20日 (火)

ツルの北帰行を見る

佐世保の石岳展望台というところでツルの北帰行が見れると言うのでものは試しと出かけた。先週のことになる。
出水を朝飛び立ったツルは12時過ぎ頃から現れ始めるようなので10時少し前くらいに福岡の自宅をクルマで出た。鳥見にしては遅い出発で済むところが楽でいい。
糸島まで走って来たところで見上げると大きめの鳥が海に向かっている、運転しながらだからちらちら見るだけだがトビでもないしタカでもないカラスでもない、あっと思った、ツルだ。右手をちらっと見るとあと3羽いる、いずれも海へまっすぐ向かっている。唐津で北帰行するツルが見られると何処かで読んだのを思い出す、唐津を通るなら糸島を通っているのがいてもおかしくない。10時半過ぎ位だから昨日出水を飛び出したが風が強くて有明海沿岸あたりで降りたのが今朝出てきたのかもしれない。高速走行中だから止まってじっくり見るわけにもいかず、多分ツル。。。という状態のままで佐世保に向かう。
佐世保の石岳展望台に着いたのは12時20分くらいでまだナベヅル北帰行の一団は到着していないようだ。簡単なお弁当を食べながら眺めるがなかなか現れずにヤキモキする。2

20180311turuhokkikou3ac

時位になってツルがの声あり示された方を見ると北西の高島辺りを北上するツル5-60羽がゴマ粒のように見える。PM2.5のせいで靄っていて見にくい。列になった点が時折うねってああ渡っているとの実感が湧いてくる。ここ佐世保のあたりでは九十九島の散らばる海上を飛ぶのが今日のコースのようだ。ややあってまた同じコースを100羽位の列が飛んでくる。やはり豆粒だが先程のより少しは見やすい。黒島の手前を北に上って高島を通過し冷水岳方面にゆっくりと飛び去って行く。豆粒位の見え方でもうごめく点列が隊列を保ちながら帰っていく様は少々感動的だ。さようなら、ありがとう、声をかけたくなる。

また一つ新しい体験ができた。ちらっとみた糸島のツルも遥か洋上を飛び去るツルも切れ切れの記憶の中に残っていくだけだが鳥見をしているとこんな体験が積み重なってくるのがいい。
生きているだけで十分すぎるほどに世界は面白い、またそう思っている。

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2018年3月12日 (月)

梅はやはり太宰府

急に暖かくなって本当に春が来た。急いでスタッドレスタイヤから夏タイヤに履き替える。今年は雪のある山に近づかなかったこともありスタッドレスはお守り位の役目しか果たさなかった、スタッドレスに履き替えてまだ1000km位しか走っていなかった。来冬こそは雪のついた場所へ出かけて行こう、そう思っている。そうは思っても体が動かない、そんなことが目に付くようになってきて悩ましいが、それはそれで受け入れればいいだけのことだ、そう思うことにしている。歯切れの悪い生き方になっているのはどうしようもない。

春が来ると待ちかねたように花を愛でたくなる。まずは梅からと先週は海が見えてよさそうな糸島の小富士梅林に出かけた。

Umekofuji 

のんびり山のすそ野を歩くところはいいが梅は今一つの雰囲気がする。あたりの農家の庭の梅の花は見事なのだがとも思う。梅林は食用梅と割り切って育てているようだ、その気持ちに添って眺めるとこんなものだ、楽に楽しめて悪くもない、心の持ちようだ。

今週はやはり名所は抑えるべきと太宰府の梅園に出向いた。幼い時は梅見といえば太宰府だったような記憶があってそれをまた見てみたいという思いが半分以上ある。金曜まで雨空が続き土曜の午後になってしまったので人出の多いのは覚悟の上ではある。
太宰府周辺は予想通りの渋滞でその先に民間駐車場が幾つもある。しかし満の表示が続いたり入口の誘導員が手を交差してバツの合図をしたりと、なかなかとめるところが見つからない。やっとの思いで空とでている駐車場を見つけてクルマを入れる。こんなに駐車場の満が続く光景も太宰府では初めての経験のように思う。
梅まつりの行事があっていて店の並ぶ門前の通りはいや増しに混んでいる。地元の酒もふるまわれたりしているがこれは飲めない。こんな日は電車で来るのがどうやら正解のようだ。
境内に入るとあちこちに植えてある梅がどれも見頃だ、この前行った小富士梅林とは違って庭木として丁寧に手入れされている。
外国人が結構いるようで中国人のグループが順番に写真を撮りあっている光景もある。

Dazaifuume1

梅ヶ枝餅を食べたりして休み休みしながら境内の梅を見て歩くが幼い時に見た覚えのある緩い斜面にお茶屋と梅が登っていく状景にはなかなか行き当らない。時がたって変わってしまったのだろうか。
飛梅も見て本殿の裏手に出ると、緩い登り勾配に梅が花開いている、お茶屋も点在している。ああここだった、と記憶が次第に蘇る。昔より梅は綺麗なように思える、子供のころは花にはそれほど心を惹かれていなかったのかもしれない。
昔はそこまでは上ったことのなかった天開稲荷を上まで登りつめてみる、こういう所だったんだと記憶の輪が閉じていく。この感触が得たくて見に来たともいえる。

Oisijyaya

下ってお石茶屋というお茶屋でまた梅ヶ枝餅を頼む、焼きあがるまで10数分くらいかかるがいいですかという。ちょっと怪訝な思いもあったが休憩にちょうどいいと休んで待っていると運ばれてくる。これはうまい、今まで生涯で食べた梅ヶ枝餅の中で最もうまい。梅ヶ枝餅にこんなに差があるとは思ってもみなかった。
吉井勇の歌碑があったりと戦前から有名な茶屋らしい。
帰ってネットで調べると昔九州一といわれるほどの美人のおかみが開いた茶屋で経済界の大物や文学人が多く通ったとされる茶屋だった。40年位前におかみは亡くなったというから幼い頃に親に連れられて梅見に来た時にはもしかしたら出会っていたかもしれない、そんなこともふと浮かぶ。つながって流れていく時を見ているようで面白い。

こんな風にして一つ一つ何かをつぶして生きているようにも思う。そういうことができるということが幸せなのだろう。

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2018年3月 8日 (木)

2018年の桜開花予想

庭の梅も散って桜の季節が近づいてきた。
例年のように福岡の開花予想をしてみる。
去年は開花が思いの外遅れた、前の年の秋の高温と開花前の不規則な低温が効いたような気がしている。
今年は昨年秋の高温は異常というほどでもない、一昨年は秋に公園のオオヤマザクラが狂い咲きしたりもするほどだったが昨年の秋はそこまでの事態は無かった。まあ普通の秋だった。この冬は寒かったが一気に暖かくなってきて昨年の様な早春の不規則

Sakurakaika2018

な低温はない。ひとまず補正無の単純計算で温度変換日数法で予測してみる。
今日現在の予測では開花20日満開27日とでた。
平年値が23日だから少し早いということになるが一昨年よりは1日遅い。さてどうなるか。

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2018年3月 3日 (土)

2018年2月の福岡市南区周辺及び訪問地の野鳥

2018年2月の福岡市南区周辺の野鳥
雪の日もあったが寒かった冬もようやく終わりとなってきた。久し振りにヒレンジャクを見たりもした。荒れた日には思わぬ鳥も現れたが今年はアトリを殆ど見かけなかった。そんな年もある。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2018.2.1 am10:30曇  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 :ハシビロガモ♀2-3、アオサギ1、オオバン1、マガモ、カワウ1

Miyakodr20180203

2018.2.3 am10-12 佐賀市大授搦 クロツラヘラサギ、ハマシギ、ツクシガモ、シロチドリ、ダイゼン、ホウロクシギ、ダイシャクシギ、ズグロカモメ、セグロカモメ、オオセグロカモメ、マガモ、オナガガモ、ミユビシギ、アオアシシギ、ミヤコドリ、タイミルセグロカモメ、カササギ

2018.2.6 pm4 曇 寒い風力2-3  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コゲラ1、シジュウカラ2、シロハラ1、ヒヨドリ1、メジロ5 新市楽池:マガモ4、ハシビロガ

Tamirukmme

モ3(♂2♀1)、バン1、オオバン1、1 鹿介池:バン1、ハシブトガラス1

2018.2.7 am10:30曇  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 :ハシビロガモ♀2、オカヨシガモ2-3、オオバン1、マガモ8、スズメ、ハクセキレイ

2018.2.7 pm15:00曇  福岡市大濠公園東半分 :ヒレンジャク3、キマユムシクイ

Hirenjk

and/orカラフトムシクイ2-3、シジュウカラ~10、コゲラ~3、エナガ~5、シロハラ、ヒヨドリ、ムクドリ、スズメ、トビ、カワウ、メジロ、オオバン、マガモ、ユリカモメ、ウミネコ、、ハクセキレイ、オカヨシガモ、アオサギ、ハシブトガラス

2018.2.8 pm3   福岡市南区長丘周辺の野鳥   新市楽池:マガモ4、ハシビロガモ3(♂2♀1)、ジョウビタキ♂1 中公園:ハクセキレイ、シロハラ1、メジロ3-4 

Hachjyoygum

鹿介池:ダイサギ1、アオサギ1、コサギ1、ジョウビタキ♀1、ハシブトガラス3、ハチジョウツグミ1、ウグイス1

2018.2.12 am11 曇 雨上がり   福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ヤマシギ疑1、シジュウカラ1、シロハラ2、メジロ1-2

2018.2.13 pm4 曇・晴れ力3  福岡市南区長丘周辺の野鳥  新市楽池:マガモ2、ハシボソガラス1、バン3、

Jyoubitkfemale

オオバン1、 鹿介池:ハクセキレイ1、ダイサギ1、アオサギ1、ハシブトガラス1 中公園:シロハラ2、ヒヨドリ1+、

2018.2.14 am10:30曇  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 :マガモ10(羽切れ1)、hドリガモ2♂♀、オオバン1、アオサギ1
2018.2.14 pm3 曇  福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:コサギ1、シロハラ1、ヒヨドリ1 新市楽池:ハシ

Mizuabikarasu

ビロガモ3、キセキレイ1、バン3、オオバン1、 鹿介池:アオサギ1、ダイサギ1、モズ1、ウグイス2、マガモ 

2018.2.16 pm4 曇  福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:ハシビロガモ2♂、シジュウカラ2、ハシブトガラス2(水浴び)、バン3、オオバン1、 鹿介池:、ダイサギ1、モズ1、ウグイス1、マガ4♂3♀1モ  中公園:、ヒヨドリ2-3

2018.2.18 11am 福岡市志賀島海岸 セグロカモメ、オオセグロカモメ、シロエリオオ

Misagoz1

ハム、オオハム、マガモ、シノリガモ、カイツブリ、ウミネコ、ジョウビタキ、ノスリ、メジロ、ハクセキレイ、トビ、ハヤブサ、ミサゴ

2018.2.20 pm13:30曇  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 イソヒヨドリ1、ヒドリガモ1+、羽切れマガモ1、その他

2018.2.26 pm13:30 晴 風力3-4南  福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:マガモ3♂2♀1、ハシボソガラス1、バン2、 鹿介池:、シジュウカラ1、ダイサギ1、アオサギ1、コサギ1、モズ1(百鳴き)、ハシブトガラス2、ヒヨドリ2、ドバト3、シロハラ1  中公園:マガモ5♂3♀2、シロハラ1、ヒヨドリ2、ハシブトガラス2

2018.2.27 pm13:30 晴 風力2  福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:ハシビロ

Isohiyo20180227

ガモ2♂、ハシボソガラス1、バン1、オオバン1、ハクセキレイ1、 鹿介池:ダイサギ1、アオサギ1、コサギ1、モズ1、ウグイス1、ハシブトガラス2、ヒヨドリ2、  中公園:マガモ5♂3♀2、コゲラ2、シロハラ1、シジュウカラ2、ヒヨド1-リ2、ハクセキレイ1

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2018年2月26日 (月)

イランでATR72が墜落

また旅客機の墜落事故だ。今度はイランでATR72が山岳地帯に墜落し搭乗者全員が死亡した。世界でここ1年以上旅客機の墜落事故がなかったことの「つけ」がここへき

Atr72

て周ってきたような気持になる。ついこの前のロシアの事故の前の事故は2016年11月28日南米で起こった、ブラジル代表のサッカーチーム・シャペコエンセを乗せたチャーター機の墜落だった。もう随分前になる。
今回の事故は高山地帯への墜落だけにまだわかっていないことが多くあるが今手元で得られる資料を整理すると以下のような状況だ。
2018年2月18日イラン・テヘランのマハラバード空港を現地時間8:05頃に離陸し、南部の都市ヤスジュに向かって飛行中のイラン・アセマン航空3704便の旅客機ATR72-212が現地時間9:30頃、ヤスジュ空港の北東約15kmの山岳部に墜落した。乗員6名乗客59名計65名全員が死亡したとみられている(当初66名と報じられていたが乗客1名は乗っていなかったことが確認されている)。Irantuiraku_2

 

墜落場所は標高約4000mの山地で事故機の破片が散乱しているのが確認された。天候が悪く事故4日目の21日に救助隊がやっと徒歩で現地に到達し捜索と遺体の引き下ろし作業を行っている。フライトレコーダ・ボイスレコーダはまだ発見されていない。
この付近はアラビアプレートとイランプレートがぶつかるあたりで4000m級の山脈が形成されており地震も多い。
Flightradar24が入手した飛行中の機体から送られてきたADS-Bの飛行データからは標準時で5時55分59秒(現地時間9時25分59秒)の高度16975ft(5174m)が最後のデータとなっている。21000ftの巡航高度から降下をしていたところだったように見える。最後の管制との通信は現地時間9時30分にQNH1021のコールバックをしたところだという。9時34分のタワーの呼びかけには応じていない。

Flight2

9時27分頃の降下は約1400ft/minと読め墜落地点の標高は約13000ftであることから最後の通信の直後に墜落(山腹激突)したと想像される。最後の3分間のADS-Bの通信が切れている理由は解らない。
機長のHojjatallah Fouladは経験豊かなパイロットと伝えられ2013年には同型機で片エンジン停止でヤスジュ空港に緊急着陸も行っている。
アセマン航空はイラン3位の規模の航空会社で主に国内線を運航している。29機を所有しておりそのうち6機がATRとなっている。事故を起こした機体は機齢24年とやや古く更には昨年まで7年間フライトせずに保管された状態にあったがこれをリハービッシュして昨年11月から飛行への供用を再開している。事故機は数週間前に技術的問題を起こしていたという報道もあり、機体に何らかのハード的トラブルが生じていた可能性もある。
イラン核合意までは禁輸措置が取られていて部品の供給も困難だったが現在は禁輸も解け2016年にはボーイングから新型の737MAXを30機購入する契約を結んでもいる。それなりのエアラインと思われる。
事故当時の気象条件はやや厳しい。西から大きな雨雲が近づいており、ヤスジュ空港の現地時間9時30分(標準時間6時)のMETARは
OISY 180600Z 13004KT 9999 FEW035CB SCT040 OVC090 13/M00 Q1021

201802180500c1

で9000ft以上は一面の雲に覆われている、一部に積乱雲もある。雲中飛行だ。GSM気象モデルによる推算からは16000ftでは事故当時-5℃程度風速20m南西風と推測され着氷の恐れも考えられる。墜落が突然起こっている模様であることから雲中飛行で位置を誤り山腹に衝突したとするのがありそうではあるが、管制との交信では21000ftから17000ftへの降下を許可され降下が終わったあたりでADS-Bのデータが途切れておりそこらで何かが起こり更に降下せざるを得なくなり降下したところで山にぶつかったとも考えられる。何が起こったのだろうか。
フライトレコーダが見つかればより明確な原因追及が可能となろう。

禁輸制裁が続いたためイランの航空会社は部品調達がままならず苦しい運航を続けていたようでもある。未だに向上しない生活に現政権に対する不満が形を現し始め政府批判の動きが表面化してきたタイミングでこの事故ということもある。それみたことか、との批判も出かねない。今後どのように事故原因が追及されていくか、事実を見つめて素直に解明されるだろうか、イランがどうなっていくだろうか、注意深く見守っていくほかないそんな気にする事故だ。現代史の危ういところを突いた事故ともいえるような気もしている。

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2018年2月25日 (日)

インフルエンザに

めっきり春めいてきた。極東に降りてくる寒気も緯度がやや高いところに限られてき

Dekanki2

て九州はもう早春の雰囲気だ。地球的規模でも今年は北米の寒気の強まりが目立っていたがこれも随分緩んできて五大湖に面するシカゴでもこの先少なくとも1週間は0℃以下にはならない見通しだ。北米の厳しい冬は終わったという感じがする。(添付図の1500mの気温分布、左が極寒の2月6日、右が今日2月25日。北米の寒気の塊が随分小さくなっている)。ヨーロッパ特に中東欧はむしろここへきて寒くなっているようだがその他では春の訪れがそこまでというところまできた。

1週間くらい前風邪をひいたらしいとかみさんが医者に行ったらインフルエンザB型と即座に判定されタミフルを貰ってきた。そういえば自分も少し変だと医者に行って苦手な検査を受けてみたらやはりB型と告げられる。予防注射をしたのにと思うがB型はカバーしてなかったのだろうか。帰ってネットでB型の特徴をみてみると、熱低し、腹具合おかしい、だるい とぴったりの症状だ、そうなんだと納得する。
1週間ほどゴロゴロしていたら大体は良くなったが未だ少々変だ、無理が全くきかない。今日はランタンフェステバルを見に長崎へ出かける予定で宿をとっていたがやむなくキャンセルした、直前だけになにがしかのキャンセル料はやむを得ない。これとは別に昨日は九響のコンサートも2枚予約して買っていたが少しは体調がましな自分だけ1人で出かける次第となってこれも少々空しくなる。楽しむための先払いは楽しめない事態になったら素直にあきらめるしかない、そういうものだ。

コンサートでも映画でも野球・サッカー・芝居でも すべからく先払いで成り立っている、切符を買って観てつまらなかった不愉快になったからといって金を返せとはとても言えない、要するに面白いに違いないという幻想・イル―ジョンに人は金を払うものなのだ、そう思わなくてはいけない。面白いから金を払うのではなく面白そうだから金を払うということになる、だから
業的には宣伝が命であり本質といってもいいものなのだ。こんなことに気が付いたのはずいぶん昔で高校の頃だった、とても新鮮な気がしたものだが 今もってそれが変わらないこと・真理であることにどこか苛立たしさを感じている。
先払いで金を失ったと思うのはあり得ないことでその瞬間の気持ちに払った金は戻らないと考えるべきなのだろう。

もうそこまで春が来ている。春になれば心浮きたってまた色々出かけよう、それまでには完治せねば。既に前払いしたことも幾つかあることだし。


がんばるべき時にはがんばり、あきらめるべき時にはあきらめる、生じてくる全てを受け入れて心のままに生きる、これしかない、そう思い続けている。

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