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2006年9月 8日 (金)

生きるもの全てが兄弟

10年ぶりに鳩待峠から至仏山へ向かう山道を歩いた。今回は分岐Kasa から南に向かう。笠が岳への道だ。ゆるい登りで木道が随所に整備されているのだけれども何故か疲れる。一人で登るときの緊張感が無いためか。いいかげんな山登りにきて少々夏ばてのところもある。鳥はさすがにこの時期少ない。ところどころがお花畑があって花はまだ色々咲いている。そこへひらひらと茶色で羽に数字の8が浮き出ている蝶が舞ってきた。気になって、帰ってから調べたらこれはベニヒカゲで日本に13種しかない高山蝶の一つだった。本州でみれる高山蝶はいくつもない。それにベニヒカゲは日本にしかいない。
Bnhkg2_1 エルタテハは撮れたのだがベニヒカゲは写真を撮りそこねた、絵に描くとこんなふうだ。高山蝶は高山の短い花の季節にだけ活躍してあとはどうなってしまうのだろうか。幼虫でしか冬は越せまい。そう思うと、卵を生み幼虫となすことは自分を変身させることに他ならず、それにより永遠に生き続けているという気がしてくる。人間はではとてもそんな気がしてこない、子供は別の人格でどうみても別人だ。しかしそう思うのは甘くて、実はやはり変身であり自分自身も累々と続く祖先の変身でしかないのではなかろうか。それどころか、はるか昔の猿人へ、海中生物へと遡り、はては最初の生命体まで行き着くような気がする。本当に生きるもの全てが兄弟のように思えてきて、生かされている、と見えてくる。そんなことをゆるゆると考えていると世界と何か親しくなったような気がしてくる。

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