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2008年6月 6日 (金)

鳴き交わしとCO2と原油と

5月の最後の日は朝から雨模様で肌寒い感じがする日だった、朝出かけようとしてドアを開けると近くの藪からウグイスの声が流れてくる。暫くは鳴いていなかったのに、気温がちょうど良くなったのだろうか。後で調べると宇都宮アメダスのこの日の朝7時の気温は11.9度でウグイスがここで初鳴きした3月15日の8時頃の11.3度とかなり近い。どうも気温で鳴くような気がする。暖かくなると藪には居るがさえずりはしないということか。暗いうちは鳴かないようで、明るさと気温の兼ね合いで鳴く、というように思える。
とにかくウグイスは里が気に入ったのか居ついてるようだ。このあたりのスズメのさえずりがうまいのも居ついたウグイスに刺激されてのことかもしれない。フィールドで野鳥の録音をしていると同種のなきかわしもあるが、異種で調子を合わせて掛け合いのように鳴いているときがある。種類は違っても鳥同志であれば何か通ずるものがあって相手に合わせているのではと思ってしまう。
 このところ原油がとんでもなく高くなって、こんなんでは嫌でも原油の使用量を減らしてCO2の排出を抑えさせられる、うまく出来ている。原油価格とCO2問題がまるで掛け合いのように現出しているのも、何か鳥の鳴きあいのようで面白い。直接関係ないと思っていることが突然調子があってくる、こんなことを鳥もやっているのか、と思えてくる。CO2の方は、いまだにそもそも温暖化とCO2の1対1の関係を疑う考え方が専門家でもあり議論が続くが、ともかくここ数十年の人為的なCO2の濃度の急増は結果的にある程度の温暖化を引き起こすには違いなかろう、ただ、人為的CO2増加がなくても地球の長い歴史でFusya は自然に温暖化し寒冷化するというサイクルは避けられず繰り返されておりそれも今起こっているよりもっと激しく起こっているのは疑いようの無い事実なのだから、たとえ人為的温暖化が人類の恐ろしいばかりの努力で抑えられたとしても自然のサイクルの温暖化はどうしようもなかろう、ねじ伏せようなどとは思わず、温暖化を楽しむ努力が必要なのではなかろうか。CO2でもう少しクールになれば鳴き交わしのように原油価格も下がってきそうに思える。むしろそっちの方があってほしい気がする。原油価格の高騰は主因が投機にある、そして投機の資金源の多くは産油国そのものにある。ここへきて特に投機が原油高騰を生んでいるのは、かっては原油価格を高騰させることへの心理的押さえに、こんなに高くしては世界の経済が破滅して原油が又暴落してしまう、というのがあったのが、CO2問題で欧州のガソリンに高額の環境税が付加される様になってガソリンが高い方がむしろが人類のために役立つことなのだ、という考え方が生じたのを横目で見て、投機の押さえが外れてしまったのではなかろうか。原油が高騰しても温暖化が抑えられてかえって人類のためになるのであれば結局大多数の人がこれを受け入れなんとかやりくりするようになって経済は破綻しまい、ゆり戻しの暴落もあるまい、原油の消費も減って産油国はもっと長く繁栄を謳歌できよう、との感触を持ったのではなかろうか。やっぱり鳴き交わしのように思えてくる。それにしてもCO2の騒ぎの1次元的なのが気になる。

奥胎内から帰ってさっそく鳥の録音をCDに焼いてクルマで聴いている、前面で大きく鳴いているアカショウビンの録音より、ウグイスやホウジロやほかの鳥の背景でかすかにあちこちで鳴いているアカショウビンがいい。違う種類の声がつくる立体的な雰囲気が心地よさを与えている。こんな立体感がなんにでもあって欲しいとの気持ちがどうしようもなくわきあがって来る。

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