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2008年10月 5日 (日)

レオナール・フジタの薄さ

秋の空が高くて市立美術館の林を散策していた、ヤマガラやコガラやエナガやコゲラがそこらじゅうで飛び交っている、あまりの素早さに追うのを止めて適当に見ていると視野に次々に飛び込んでくる。あきるまでみて、また歩く。気分がいい、カケスの無粋な声もうるさくもない。丘に登る、どこまでが美術館の敷地なのかわからない、林の向こうにまた森が広がる、落葉樹のうねる丘がいかにも北関東らしい。
美術館ではレオナール・フジタ展すなわち藤田嗣治展がひらかれていた、ついでだから、01_3 と入ってみる。太平洋戦争の時代以外の作品が時代を追って並べられている、壁絵のような群像大作が本邦初公開で目玉らしい。フジタは戦前のパリで漂っていた、テクニックの人だった、しかし描かなければいけないという切実感が伝わってこない。とてもまねできない絵だ、でもそれだけだ。戦争画への批判もあって、戦後日本国籍を放棄してフランス国籍を取得 カトリックの洗礼を受ける、そして突然堰を切ったような宗教画だ、これは描きたかったのだろう、熱っぽいものがある。
見終わって通常展示のほうも眺めてみる、この美術館の収蔵品であるカンデンスキーやマルグリットやシャガールなんかをそぞろ見ていると、どうもフジタには何か欠けている、薄い絵だ。フジタもそれを感じていて宗教画の洪水に行き当たったのだろう。しかし考えてみれば溢れ返るような主張のない絵も壁絵のように日常の中にはまり込んでしまうとすればうっとうしくなくて長持ちするような気がする、装飾職人なのかもしれない。

秋の日はみるみる暮れて、カラスが2羽3羽とねぐらへ向かう。
下手でもいい、絵を描きたくなる。

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