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2009年8月23日 (日)

幸せを与える度合い

この夏はどうしたはずみか岩木山と美ケ原の2つの百名山を登った、登ったというほどの登山ではない、とにかく2つクリアしたというべきなのだろう、別に百名山登山を追いかけているわけではないがやっと1/3ほど登ったくらいだ。今回の2つはどちらも印象深かったが美ケ原は思った以上だった。深田久弥のころは勿論ふもとから急な登りをつめた後に広がる天上の楽園だったのだろうがいまは高原状の台地まで立派な道がつき観光の気楽なスタイルが行きかうリゾート地の感がある。そうはいっても駐車場から最高ポイントである王ヶ頭(おうがとう、おおきにありがとう と言い慣れてしまうが)まで4-50分高原歩きをすKujyakuる、マツムシソウをはじめとする高山植物がずっと続いて丁度開いた色とりどりの花が素晴らしい。リゾート施設の作られる前の質素な山小屋だけの時代ではどれほど印象深かったろうか。花が豊かなら蝶も色々飛び回る、やっと写真に取れただけでもクジャクチョウなど6種その他アサギマダラやキベリタテハ他数種みかけた、僅か2時間ばかりの間だ。
植物の写真は後で図鑑で見ても解らないのが幾つか出てくる、とにかく種類が多い。美ケ原の名はどこか押し付けがましい気恥ずかしさがあって観光のための名前のような気がしていたが訪れてみると真に名前のとおり美しい、名前で馬鹿にしてはいけない。
それにしても簡単に到達できる場所になったが施設が色々作られ素晴らしさが半減してトータル人々に幸せを与える度合いが増えたのだろうか減ったのだろうか。人の手が入りアクセスができるようになってあるところまではトータルとして与える幸せは増えていくがそれ以上に開発が進むと減っていくように思える。美ケ原は残念ながら少々減ったところに現在の状況があるように見える。どこで抑えるべきか、今までそんな議論をやって物事が決められて来たのだろうか、少なくとも失われる価値が過小に評価されてきたように思える。しかし考えるべき時期に来ている。考える尺度を変える時にきている。視点を対立的なポジションからより調和のとれた見方に変えることも求められているように思う。どうやって誰もが認識を共有できるように幸せを与える度合いを数値化するか、それがキーのような気がしている、難しいが。

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