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2009年9月27日 (日)

気象データの数値計算による予測と実際の結果をみると

その先の未来を覗き見たいという気持ちがどうしてもある、日々発表されている天気予報も一種の近未来予測だ。こちらはいまやその多くを 現在の計測値を初期値に用いた連立微分方程式を未来に向かって地球スケールで解いていく数値計算に拠っている。晴れるか降るかもあるが、予測される気温や気圧がどのくらい合うものなのか気になるところがある。

地上の気圧や気温、湿度といった気象の数値計算による予測と実際の結果Hikakuzu (アメダス)を毎日のように見比べていると、特に気圧は 波打つ細かな変化まであまりにも良く予測されていると感じる(添付図の一番下の線と点)、不思議に思えていたが計算に乗りやすいのだろうというくらいの言葉で片付けていた、しかしなんとなく引っかかっていた。

あるとき間違えて1日前の実測と1日後の予測を重ねがきしてしまった、ところが1日前のデータとでも波打パターンが良く合う、何だこれはと思って理由を探す、気温が関係ありそうだと気づいて、見ると 夜明け前は低く昼過ぎに高いという日々の気温の変動が気圧の変動に同期しているようだ、気温が上がれば気圧は下がっている。ボイルシャルルの法則とは逆だ、しかしそうなっている、対流のためだろう。日照や放射冷却による気温の日変化は当然数値計算から導かれてくる、気温の変動が計算されているなら気圧の細かな波打ちが見事に予測されるのも不思議は無い様に思えてきて、細かく見ると気温の変動が2-3時間くらい先行しているようだ。絶対温度に逆比例で気圧が変わるとしてマッチングしてみると3時間前の気温(絶対温度)の0.2乗に逆比例とするくらいで概ね良い。気温が上がって空気塊が対流で上昇すると地表の気圧はやや遅れて下がるという仕掛けのようだ。地面からの加熱とは逆に冷やされる場合を考えると北極まわりの高空の大気は地面付近が冷やされ下降気流で地面の気圧は上がるが上層では下向きに空気が流れ出るせいで気圧は下がることになる、確かにそのようになっている。北極上空には高層に低気圧が出来て極渦を形成する、なんとなく話が見えてくる。

見過ごしていた小さな気圧の波うち一つ一つが意味を持っていると悟ると、世界はそのディテールに至るまで存在理由のあることで満ち満ちている、感じていないだけではないかと思えてくる。雑草という名の草はないという言葉も頭に浮かんでくる、便利な言の葉の箱に押し込めてリアルな世界の隅々を正面から見ていないのではないかと考えが至る。

小さなことでもともかく物事の真実を見つけると何か少し前に進めたようでいい。

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2009年9月26日 (土)

行きたいところへ自由に行く

高速道路が1000円になって連休の高速道路の混雑は驚くほどだがここまで混雑するのはまだまだ日本には消費のD1010112 力が強いと思い知らされる。こんな有様だから高速道路の無料化を疑問視する人がいるとの話も聞く、しかし有料道路は償還期間が過ぎるとただになるのが普通でまだ1000円でも取られているのがおかしいのだが慣らされると普通の感覚もねじまげられてしまう。ただになるととにかく楽な世界が広がることは明らかだ。日光周辺の有料道路はこの10数年で殆どがただになった。昔はいろは坂も有料だった、そのうち金精峠を通る道路がただになり中禅寺湖の南側の道がただになり霧降道路がただになった、霧降道路のただは1000円くらい取られていたので結構流れが変わった、霧降に行く人が多くなってなんとなく多くの人がハッピーになったような気がする、途中にある郵貯の施設が倒れたのも有料道路だったからのような気もしている、今やいい施設だ。宇都宮市内から宇都宮インターへ行く高速道路ははじめからただになった、おかげで下道の混雑が随分楽になった、投資した施設は使われなければとんでもない無駄遣いだ、道路でお金を取るのは建設費がやりくりつくものならば止めたほうがいい、せっかくの道が使われない。料金をとったほうが空いていていいという感覚は無駄遣いの贅沢を味わいたいという思いに見える、どうかと思う。
遠くの人がやってくるようになると思わぬところが混み始めたり思わぬ事故が起こる。連休の中日にいろは坂を登っているとぴたりと止まって渋滞となった、ややあって後ろから消防車と救急車が上がってくる、真ん中を空けて通り抜けていくが事故らしい、やっとの思いで事故現場まで到達すると明智平と中禅寺湖を結ぶトンネルの出口付近で正面衝突だ、対面交通と知ってか知らずか渋滞の列をはみ出して追い抜いていた車が前から来た車と当たったようだ、普通はめったに明智平に向かうクルマはいないが色んなところから来るクルマで満ちているこの頃はそんなクルマもそれなりにいる、ルシアンルーレットのように追い抜いたクルマが賭けに負けたということのようだ、タマが1つではなかった、ということか、しかし無残だ。
翌日大谷の地下の石切り場を見に行く、随分手前でここも渋滞だ、整理のお兄さんに一体何がと声をかけると、私も驚いてます、と返ってくる、札幌ナンバーのクルマもある、なんとか駐車場までたどりついたがバスまできている、宇都宮随一の観光スポットになってしまったようだ。確かにこんな地下大洞窟は他では見られない、手掘りのところも随所に見られて人の力を改めて思い知らされる、エジプトのアブシンベル宮殿のような大建造物や石像も意外に短期間で出来たのではないかとさえ思ってしまう、何回も来ているが来る度に新鮮なところがある。

遠くの人が沢山やってくる、来てもらうほうもそれなりに大変なところもあるが何か刺激的だ、行くほうは勿論その何倍も新鮮な世界から刺激される。

そのうち本当に北朝鮮や中国やアフガンやイランの国境が普通に自由に通れるようになれば関釜フェリーで釜山へ渡ってヨーロッパまで走り抜けたくもなる。そこまでいけば面白い世の中になるだろう。行きたいところへ自由に行く、そんな人の基本的な望みが、世の中を少しずつ変えていく力の源のようにも思えている。

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2009年9月22日 (火)

歯医者を変える

Jupi4 2日ほど前秋らしく乾いてクリアに晴れた日 の夜、思い出したように星を見た。木星が南の空に衛星を4つ引き連れて明るく輝いている。アンドロメダ星雲も見えるかと探すが、クリアで星がよく見えるはずの夜空が明るく煙っていてカシオペアさえかすんで見える、アンドロメダ星雲はとても見えない、昼間の秋晴れはどうなってしまったのだろう。
調べてみると18時頃に明瞭な局地前線が北へ通過して南東から湿った風が吹き込んでいる、房総半島を回り込んだ湿った東風が群馬の辺りで西風とぶつかって方向を北へ向けて吹いてきたようだ、不思議な風だ、南よりの風だが気温がぐっと下がっている。
秋はこうやって思いがけない風をひきつれながら息をして深まっていく様に感じる。

秋の風が吹いてきたからでもないがこのところ歯医者に行っている。歯医者というものはなかなか行きたくないところの一つだがかぶせてあったものが取れたのでやむなく近くの歯医者に出かけた。くだんの歯の治療は終わったがまだ治療の必要な歯があるという、翌週出かけると歯垢を取るようでがりがりはじめた、説明が殆ど無くてよく解らないが別の前歯の治療も始めたようだ。歯垢取りのがりがりで他の歯のかぶせたのが取れなければ良いがと案じていたら案の定2日後に詰め物が取れてしまった、勝手に歯垢を取られて詰め物が取れてしまったのでは腹の虫が収まらない。この際歯医者を変えようとネットで宇都宮の歯医者を調べ始めたらやたらクチコミサイトがある。歯科は気になる人が多いとみえる、医者も厳しい時代になったものだ、調べると家の回りには床屋の数より歯医者の数のほうが多い、医者も選ばれる時代になった。クチコミサイトで随分といい書き込みの大塚歯科というのが近くに見つかってエイと行くことにする、予約も電話であっさり希望の時間に取れる、やはり患者が強いビジネスになったのか。診療を受けてみると成程評価の高いわけがわかる、レントゲン写真を見せながら治療の進め方を一々わかるように説明してくれる、確かに詰め物は取れたが治療はやはり必要で前の医者がいい加減な治療をしたのではないとも説明してくれる、納得づくで丁寧なのが確かにいい。ぶっきらぼうな医者は損だ。
治療をする羽目になった歯は随分昔にサキソフォンの練習を急につめてやったことがありその後痛み出して神経を取った歯だ、長く安定していたのがゆっくり損なわれ始めて、今になってまた手を入れたほうがいいとの医者の診たてとなったようだ、医者の見せてくれたレントゲン写真をみながら当時の光と音がよみがえってきた。歯医者を変えてみるのもなかなかだ。

秋はいろいろの思いを引き出してくれるような気がする。やっぱり風のせいだろうか。

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2009年9月20日 (日)

太古の風が

台風は東の海へそれたが朝から風が強い。僅かな時間の隙間に読んでいる源氏物語も 「野分」を過ぎた。今朝の風は野分に書かれたほどではFujin全く無いが遊びに出るのがややためらわれる位強い。風の音を聞いていると昔の風が未だに世界を巡っているような気分になる、生命の呼吸は地球の大気を常に新たなものとしているのだろうか、それとも1000年昔の大気はまだ世界のどこかを巡っているのだろうか、そうなんだろう、それどころか少なくとも原子のレベルでは35億年前と同じものがこの時間にも地球の至るところを駆け巡っているのだろう、命も引き継がれたDNAの組み合わせ情報に従って太古から変わらない原子を組み替えながら新しい命をつなぎ続けているのだろう、風の音を聞きながらそんなことを考えていると組み合わせだけが全ての世の中のように思えてくる。なんだか気が楽になる。風に身をさらすのも楽しく思えてくる。

朝日の光がまぶ09092003yしい、秋分の後にはもうそこまで冬が近づいているようだ、太古の風は依然ぼうぼうとふきすさんで通り過ぎていく。

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2009年9月15日 (火)

今回の経済危機は基本的に取り付けの連鎖

このところ涼しい、例年に較べても最低気温がやや低い。晴れが多くて明け方の気温が下がる日が多いためだろうか、最高気温のほうはならしてみれば平年並みだ。最高にしろ最低にしろ平均にしろともかく毎日およそ0.2度ずつ下がり続けて、秋は着実に深まりつつある。

9月というのはニューヨークの株式市場では歴史的に株価が下がる月なのだ、という説明をネットのどこかで読んだ、なかなか経済の状態が戻らない。この恐慌にも似た世界同時不況はどうなっていくのだろうか。米国発のサブプライムローン破綻をきっかけの金融危機から突然消費急落に至った、というしかけもなんとなく解ったようでいまひとつしっくりいかない。
クルーグマンの「世界大不況からの脱出」という本を読んでいたらちょっと感じるところがあった。(鮮やかにグリーンスパンをそもそもの犯人と断罪している点はピッと来るがそればかりではない。)なかなかいい本だ。
世界恐慌に近い今回の騒ぎは基本的に取り付けの連鎖と理解すると見えてくる と読める。なーんだと思う。経済の話はわかりやすく説明されると当たり前のことが起こっているに過ぎない様に感じる。

取り付けは銀行が潰れるかも知れないと預金者が疑って預金を次々に引き出す事態だ、そもそも銀行は預金を貸し出すことで事業をなしているから手元には資金は大して残ってなくて全部の払い出しにはとても応じられない、取り付けを鎮めるには公的機関からの十分な資金注入しかないし防止するには準備金をそれなりのレベルに維持する規制が必要だ。今回の金融危機の始まりは銀行の預金者でなく 投資家の資金を集めて他へ投資する投資銀行機能に対して投資家の資金の引き上げが始まったところにある、そのトリガーがサブプライムローン破綻で投資の回収が怪しくなったから と思えば理解が早い。規制や救済の枠の外にある投資銀行のような影の銀行に(マウスのクリックによる)取り付けが起こった。影の銀行の資金は通常の銀行を超えていた、銀行のような預金保護は無く危機は連鎖的に急速に広まった。あらゆる投資・融資からの資金の引き上げの動きが個人のローンも止めてクルマも大型テレビも全く売れなくなった、需要の急落から本当に製造業が急速に動かなくなって余剰人員を大幅に切り出した。先行き厳しいと見て日本でも大物の消費は手控Jidou_2えられてクルマは売れなくなった。日本のクルマの生産推移を見直してみると昨年秋以降輸出が6割以上減 国内は2割減で輸出トリガーの危機の実態がありありだ。金融はどのようなものであれ集めた資金を有望な資金需要者に貸し付けてその成果の回収からリターンを生む仕組みだから取り付けによる途中での資金の引き上げ(要するに貸しはがし)は本質的に融資資金による活動の破綻を生む。資金需要者の活動そのものも借りた資金を元手に調達や雇用という名で資金を投じている、資金は流れていくだけに過ぎない。資金の引き上げの行き着く先は個人の給料に及ぶ、レイオフ、派遣切りが蔓延する。国際的にもドルが低落すると見て低利で日本から借りてドルに換えて利ざやを稼いでいた資金が我先に円が安いうちに返済してしまおうと$を円に換えて($を売って円を買って)日本の銀行に返済する、結局更にドルが急落する、巨額の損失が発生する。懸念したことが行為によって現実となる、これも一種の取り付けかもしれない。
基本的に資本の取り付けとみると今回の混乱は見えてくる。規制緩和してはいけない部分まで緩和されてしまった、(あるいはすべき規制が進まなかった、)それがこの危機の根幹にある、それを多くの人は感じて、小泉改革の規制緩和を破綻と結び付けているようにも感じる。今や規制の無い資本主義は野蛮な世界となることをまのあたりにみる思いだ。

抜け出すには逆回ししていくしかない、需要をつくり 資金の流れの不安を取り除くしかない、少しは需要も動き出し金も流れ始めたが必死にスリム化した企業に雇用が戻るにはまだまだのようだ。

当たり前のような解説が事態をすこしばかり解ったような気にする、だからといってどうということもない。人間世界の騒ぎも知らぬげに秋は淡々と深まっていく。

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2009年9月 8日 (火)

ハチクマの渡りが始まろうとしている

6日の日曜は見事な晴天で気持ちのよさそうな積雲が一面に浮かんできた、上昇風が見えるようだ。南の海には台風がゆっくり北上して日本付近D1010110 は平均的には北東風になっている、上昇風の活発な積雲と北東風、これはタカの渡りにぴったりの条件だ。
丁度この日は南会津の駒止湿原に出かけていた、駐車場で車を降りると頭上でノスリのような鳴き声がする、下から見ると翼が黒いようでトビかと思ってしまうがトビでもない、クマタカかと見るがどうやらそうでもない、結局ハチクマに落着。タカの判別は難しい。散策路を歩いているとハチクマがやけに現れる、ハチクマの渡りのルートがここの上空にあるようだ。昼頃は1羽また1羽と視野に入ってくる、視野に無くともハチクマの鳴き声がしきりにする、おおよそ西から東へ移動していて、雲の吸い上げでみるみる高度を稼ぐ、昼食を終わったばかりの風情でのどにたらふく食物を押し込んで飛んでいるのも見える。
はるかマレーシアかインドネシアの越冬地へ向けた2ヶ月にも及ぶ旅が始まろうとしているのだ。ちょっとうらやましくなる。
戻って白樺峠のこの日のタカの渡りの記録をネットでみる、やはりこの日は9月初旬にしては随分多い、今週は晴れの日が続くし特に明日からは北よりの風となる、今年は渡りが早いのではなかろうか。地球の温暖化も一様ではないようだ。

それにしても渡り鳥は温暖化の騒ぎもそ知らぬ様に一年を繰り返す、渡りをする鳥は温暖化が進んでも場所を少しずつ変えて何ということなしにしのいでいくことだろう、そのうち人も真似をするようになるかもしれない、生き残りにはこれが一番のように思えてくる。

またどこかで見たくなる。秋はタカの渡りが、気持ちが遠くまで広がるようで、なんといっても、いい。

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2009年9月 6日 (日)

渡る前のサシバはどうしているのだろう

もう殆ど秋のようだ。秋といえば栃木のタカの渡りが気になって、一体渡る前のサシバはどうしているのだろうと1週間ほど前サシバの密度が高いといわれる市貝のあたりに出かけてみた。梅林のある観音山あたりか、とおよその見当を付けて見に行く。 里山と丘陵の境目の緩やかに田が谷間に入り込む谷津田(やつだ)とか谷戸(やと)とか呼ばれる地形でいかにもサシバがでそうな雰囲気のところだ。しかしこの日は、かなりの暑さで上空もあったまっていて上昇気流には適当でない、上昇気流を利用するタカは出そうにない気象だ。途中1羽タカらしい鳥が遠くの茂みにおりるのをクルマから見たくらいだ。梅林の上の駐車場付近で暫く待ってみるが一向にタカの気配が無い。やはり天気の調子が良くないようだ。市貝では10数年前まではカラスよりサシバが多いとまで言われていたらしい、もう渡り始めて数が減っているのかもしれない。

Ichikai1 手持ちぶたさなのでそばにある永徳寺というお寺の境内に上がってみる。観音堂の伽藍は江戸時代のもので、本尊の仏像は鎌倉時代らしいが60年に一度しか御開帳が無いとの事でとても見ることは出来ない。伽藍の彫り物には象もあったりしてなかなか面白い。もとは益子一族の村上氏の山城だったらしく遺構も残っている。説明板では更にその昔 1187年に平宗清が守って源頼朝軍に落とされた城だというから歴史は古い、しかし宗清は1159年の平治の乱で頼朝を捕縛後助命嘆願した当事者であったはずがその後ここに居て討たれたとはちょっとおかしいような気もする、面白く脚色された話が伝わっているに過ぎないのかもしれない。ともかく古くからここらの地形は利用されていたのだろう、もしかしたら縄文まで遡るやもしれない。栃木はそこら中縄文遺跡だ、と以前宇都宮の河岸段丘で縄文遺跡発掘中の方に教わったことがある。道路建設が計画通りに行ってない所は大体が遺跡に当たっているようだ。市貝のあたりは低山と川が里山らしい風景をそこここに生み出している、昔から人が住むのに適した場所のように感じる。自然と一体化した暮らしを送っていた時代には大変住み良いところだったに違いない、田畑と山に適当に手が入って小さな生物が数多く生息できそれらの上位に君臨するタカにとっても住みやすい環境だったのだろう、しかし今は過疎化の波が押し寄せ廃棄物の捨て場に狙われやすいようであちこちにゴミの不法投棄禁止の看板が目に付く、東隣のツインリンクもてぎのあたりも一時は廃棄物処理場にしてはどうかという話があったらしい、少々自然破壊ではあるがツインリンクのほうが何十倍もましだ、里山は気を抜くと簡単に破壊される、何の役にも立たないと見られてしまうようだ。多種類の生態系が維持できる環境が人にとりわけ大事な時代に入っているというのに、タカのことを少しだけ調べたところでひたひたと迫りくる嫌な流れを感じる。人は自らが滅び行く道を選びたがるところが何故かあるようだ。

観音山から北に上がって同じ市貝の琴平山に向かう、途中ずっと里山の雰囲気だ、どこにでもサシバがいそうに思える、でもこの日は全くでない。追って出てくるものでもない、しかしタカがどうであれ人がどうであれ秋は確かにそこまで来ている。

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