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2010年6月26日 (土)

プレトリアの天気

ルステンブルグの標高を調べていて気がついたのだが、報道機関がルステンブルグの標高は1500mと繰り返し中継でも強調して説明していた、しかし実際のポイントデータを調べるとどうみても1200mがいいところだった、どこかの発表を鵜呑みにして調べもせずに流したのだろう、報道機関の底の浅さが露呈している。インターネットの時代だ、調べ物はその気になれば直ぐに分かる。

次は29日プレトリアの天気だ。パラグアイ戦のあるLoftus Versfeld Stadiumあたりの標高は今度は概ね1350mのようだ。プレトリアはヨハネスブCentralpretoria ルグのある台地(標高1500m)が北へ下り始めるところの緩やかな傾斜地にあるが、スタジアムの座標(南緯25度45.2分、東経28度13.4分)に最も近いSYNOP/METARの気象ステーション:FARPの位置(南緯25度44分、東経28度11分)の標高が1330mであることからみてスタジアムの標高はほぼこのくらいの値になると思われる。
プレトリアの29日現地午後4時の天気は気象の予測計算(気象庁の全球モデル計算値からの切り出し)からみると 湿度が高く低い雲がやや出そうで、気温は16-7度、湿度は6-70%、風は弱い、と今までと較べて湿気が多い日になりそうだ。日本の気候に近いといえばそうかもしれない。

世界中がワールドカップに浸る1ヶ月を送っている、素直に平和なんだと思う。
29日、さてどうなるか。

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2010年6月22日 (火)

ルステンブルグの天気

南アフリカのルステンブルグの天気が少しばかり気になって予測計算を見ていたが、昼間は16-7度くらいの乾燥した暖かい冬の日が続いている。Soutuafrc 標高1200mで過ごしやすい土地のように思える。勿論ワールドカップ・デンマーク戦の地だ。昨日今日の現地の天気(METAR)をみても快晴の極めつけであるCAVOKが並んでいる、予測計算と概ね一致した動きをしていてまず間違いなく24日は快晴だろう、キックオフとなる24日現地時間午後8時半では気温14-5℃位湿度35%位風は南東2m位と気持ちの良い夜となる予測だ,気温は次第に下がっていく、北欧の気候に近くなるかもしれない、デンマークにここは利があるようにみえる。

喜望峰の先は荒れた南氷洋だがともかくここらは安定した穏やかな気候のようだ。白人占領政府が長く続いたのも解らぬでは無い、金も採れるし気候もいい。それにしてもワールドカップが開かれると随分とその土地に親近感を覚えてくる。
さてどうなるか。

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2010年6月20日 (日)

人とホタルと

先週の木曜日はむっとした夕方になった、今日は雨も無い、ほたる観にちょうどいいかと宇都宮美術館南の小川にでかけた。だんだん億劫になって今年も近場で済ませるようになってしま。駐車場所に着いてクルマを降りるが誰も居ない。まだ薄明かりが残るためか歩き始めてもほたるは見えない。ゆっくりと小川を下って行くが蚊ばかりが襲ってくる。空振りかとあきらめ心地で、折り返して戻り始めると目の前に3頭がふわふわと飛んでくる、ホッとした気持ちで見入る。そのうち5頭くらいになってからんだり田んぼのほうにスーと走ったり、動きがあって面白い。しかし蚊が多い。蚊をたたきながらあきず観ているとやっと一グループが現れた、ともかく人が少なくていい。小川を上ったり下ったりと行ききしてもういいか、と思う頃ドッと大家族一行が大きな犬を3匹連れて現れた、ほえたりして感じよくない。暗がりに犬はどうかと思う、狼に戻りそうだ。
 ほたる というと日本のものとのイメージがあったが最近netで 米国北東部ペンシルバ800pxphoturis_lucicrescens ニア州辺りの住宅の芝生には陸生の蛍がやたらといて珍しくもない という記述に行き当たった。(図は陸生のホタルPhoturis lucicrescensyori 、Wikipediaより)。もう少し調べるとゲンジボタルやヘイケボタルは水生だが世界のホタル約2900種のうち水生のホタルはアジアの日本、中国、台湾、タイ等に見られる僅か10種だけで殆どのホタルは陸生という。水生のホタルというのが日本的な情緒のある蛍の大事なところだったのか、と思い至る。水田耕作文化とかかわりがあるようだ、発光するのが田植えを終わって稲が育ち始める時期、というのも人に感慨を与える背景にありそうだ、水田という生息場所を得て水生のホタルは東アジアで永らえたのだろう、芝生の上のホタルには文化が無いのかもしれない。
地球の生態系に人はどうしようもなく組み込まれている、人によって栄える種もあれば絶滅する種もあるのは当然のことのようだ、人の手で生態系を”護る”ことそのものも生態系のダイナミクスの一部なのだろう、そんなことをはるかに超越するようなめくるめく種類の生き物の連鎖がまぶしくもある。

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2010年6月15日 (火)

小杉放庵美術館

日光にある小杉放庵美術館というのが少しばかり不思議な感じがしていた、小杉放庵という人は美術館を市がKosugi10建てるほどのインパクトを残した人なのだろうかという素朴な引っかか りがあった。美術館は13年前に松田平田設計事務所の手で作られている、松田・平田というと東京のブリジストン美術館を設計した人でもありその残したチームの設計であればそれなりのことはあるのだろう。美術館建築は中核の展示室部分が窓も無い箱となるだけにエントランス部分に面白さを出しているところが多いような気がしている。この美術館では入り口すぐのホール部分がちょっと面白い、天井が凝った形をしていて、建物を見るだけでもなかなか楽しい。ともかく受付Kosigi2 にむかうと本日は県民の日で無料とある、得した気分で展示室に入って見始めるが誰も観客は居ない、日曜で無料というのにさびしい美術館だ。肝心の小杉放庵についてはやはり今ひとつよく分からない、大正から昭和前半の時代あたりに最も活躍した人のようで洋画から日本画へ回帰している。木の幹の描き方に特徴があって何枚か見ればそれと分かるようになる。この日の出し物は 所蔵のスケッチから鳥と植物に関する作品を展示してあるが、光を落してあるため線の細 いスケッKosugi3チはどうしても見にくい、もっと前へ、と言いたくなる。説明文も しわしわが過ぎる紙を使ってあって読みづらい。ちょっと展示方法に難があるようだ。
ともかく鳥を見る。鳥の絵の細かな描写は捕らえた鳥を見ながら書いているような気がする、見ているとどこか山階研究所の引き出しから出てきたコゲラの剥製を思い出してしまう。野生のものを細かく正確に細部まで観察しようとすると手元においてじっくり見るということになるのだろう。羽根を拾って貼り付けてあるヤマドリのスケッチもある、大量に描いて鳥の描き方を体得していったのだろう。鳥の細密な絵を練習するにはこうするほか無いのか、なんとはなしに画家としての必死さが伝わってくる。
ひととおり見終わって建物内部の写真を撮っているとやっと次の観客が一人現れた。それにしても小杉放庵とはどういう人なのか、ピッとこない、スケッチの線の細さからかもしれないが、線の細い人のような印象が残る。難しい人だったのだろうか。ともかく自然人だったことには間違いない。故郷に自分の作品が展示される専用の美術館ができる、画家にとってはこれにまさることは無いのだろうが、何か暗い部屋に閉じ込められているようで可哀想なような気もする。もっと自然に解き放たれ明るい光の下で晒されるのがふさわしいのではないか、と思ってしまった。

建物を出て裏手に回ると大谷川がおとなしく流れていて心地いい 日光ではやはり自然の中で光を楽しむのが良さそうだ。

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2010年6月14日 (月)

なんにでも終わりは来る

毎年今の時期の早朝 野鳥の録音に出かけることにしている霧降にこの土曜の朝でかけた、年を経ると例年行っている、ということが増えてくる、当たり前のことだが はじめたものはどこかKirifr10 で止めなければならない、止めれなくなると身にふりつもってくる、新しいことが始めにくくなってくる。ともかく朝4時半頃自宅を出るがどうも例年より遅い。4時前には出ていたような気がしたがもう体が動かなくなったのだろうか。霧降の道を5時頃駆け上って第2リフト乗り場の先の橋のあたりに着くがもう陽が大分上がっている。それでも車を出るとオオルリの声が流れてくる、カッコウやホトトギスも声を響かせて、いい感じだ。20分ほど録音しているといやな音が次第に耳につくようになってくる、バイクとエゾハルゼミだ、やっぱり出るのが遅すぎた。時が過Ooruri10 ぎるにつれどちらの音もあたりを制圧してきてもう録音は止めろといっているようだ、いい加減であきらめて六方沢橋あたりに行ってみるがエゾハルゼミの声はいや増しだ、そばに寄って来てとまったりもして、途方も無い響きを響かせる、音の壁に覆われてしまったような気持ちになる。あちこち場所を変えてもエゾハルゼミからは逃れられない、エゾハルゼミは雨が降りそうなくらいにならないとなきやまないのだがこの朝はよく晴れているのが恨めしい、晴れればいい天気とはとてもいえない。バイクのほうがエゾハルゼミよりはかわいいと思っていると、先へ行ってUターンしてまたそばを走り抜けて走りを楽しんでいる、その繰り返しで台数が増えてくるとハルゼミが少しおとなしくなっても録音にならない。早朝から豊かな自然の中でバイク騒音に悩まされるのもうんざりして山を降りる。不満が残るがどこにもぶつけようが無い、とにかくこの時期は4時には録音開始でないと旨く録れないようだ、なんとなく無理っぽく感じてきた。楽しみでやっている自分にとっての年中行事だがそろそろ変え時かもしれない。
時々やっていることを整理しなくては と思う、自分だけでやっていることは決めれば終わりだが、何かの拍子で引き受けたことも次第に圧迫を感じるようになれば身を引かねばならない、かといって他の人を圧迫してもいけない、難しい、しかししょうがない、それが世の中だ、生きているということだ。
やっと梅雨に入ったようだ、こちらも季節という年中行事だが簡単には終わりにならない、しかし地球の一生という時間のスケールに思い至ると やはりつかのまの習慣なのだろう、なんにでも終わりは来るのか、とまた思ってしまう、ともかく梅雨だ。

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2010年6月10日 (木)

今年の入梅は

今年の入梅は大分遅れているようだ、幾つかの予測計算を見ると南の気団と北の気団の Tenk2 境目であるジェット気流は14日頃に北に上がってきそうで、関東の入梅は14日頃に見え る。平年値は8日頃だから1週間くらい遅れることになる。桜の開花も北の地方は特に遅れていたので、まだ全体として遅れが続いていることになる。多分保存系たる地球は外乱による系の変動を押さえ込むために微調整する動きをしているのだろう。外乱は人為的なものもあろうが、太陽の黒点の変動なんぞもあるのだろう。今年はこのまま少しばかり涼しい夏を迎えるのかもしれない。
このところ眼鏡の右目だけやや見えにくくなっていた。前に眼鏡を作った和真という店で調べると乱視が大分強まっているという、1週間後に再び店を訪れ、めがねを預けて1時間ほど待つとレンズを換えてできてきた。レンズはやけに分厚い、昔よく言った牛乳瓶の底の様なレンズだ、ついにここまできたかと思いながらUguisかけると直ぐにはピントが合わない、しかし良くできたもUgis2 ので 大丈夫だろうかと店員と話している最中にも目はなじんできて次第に見やすくなる、一体どうしたのだろうと思うくらいだ。脳の中での画像処理“ソフト”をチューニングしているに違いない。ヘリは歪んで見えて運転すると左側の車幅の感じが違う、これもそのうちなれるだろう。それにしても人の体の機能はどうしてこんなに柔軟にできているのだろうといつものことながら驚いてしまう。目でも何でもおかしいと感じる時は柔軟な体でももうどうしようもなくなって相当に事態が進んだ時のように思える。地球と同じで体も変化を吸収しようと保存系の動きを一所懸命しているのだろう。生きているもの全てが地球と繫がっているように思えるのはそのためだろうか。
だからといってどうということでもない。とりとめもないようにして時は流れていく。ともかくもうすぐ梅雨だ。

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2010年6月 4日 (金)

プロは厳しくなって

Iwaym なにげなく借りてきた三島由紀夫の「夜会服」という小説を読んでいたら三島の作品には珍しくハッピーエンドになってどうしたのだろうと思ってしまった。余韻というものが無い。1966年から67年に雑誌マドモアゼルに連載とあるのでそこを感じて書かれたのかとも思うが、どうしようもなく古い娯楽本のような感じが漂っている、稼ぐために書いたのだろうか、そんなこともなりわいとしての小説家には必要になる。三島も当時 短い時間でも濃密な経験をすればこれを何倍にも薄めて色々小説が書ける、とどこかで語っていた、これは大分薄まった小説のようだ。まあしょうがない。

iPadがはやりそうだ。昔から感じていたアップルの“なじむ”感じがそのままのようだ。以前アップルがアイコンとマウスを打ち出した後のWindowsのパクリには唖然としたが今回はもうそんなわけには行くまい。しかしフラッシュを排除するなどアクの強さは健在で 昔で言うなんやら大鵬たまご焼きの世界とは隔絶しているようだ、パソコンを席巻し尽くす恐れがないところがまだいい。電子書籍が普通の本のように読めるため書店で本が売れなくなると書店の業界が警戒しているらしい。ともかく自費出版の本を電子書籍で出すのはひどく手軽になりそうだ、作製ソフトも色々出てくるだろう、小説を書くこともはやってきそうな予感がする。
Netによって個人が打って出る機会が随分と増えてきている、別に小説を書くといった大げさなことでなくてもオークションの売り買いといった、以前は出て行くのにどうやればいいのか分からなかったことが、どうということもなく出来るようになってきている、素人とプロの垣根が薄らいでいる。更には 調べ物は百科事典よりNetに聞くのが一番で、新しい情報があって調べるのも早いが、そのデータはwikipediaにしろ結局プロではない個人の趣味の努力が支えている、鳥や植物の色んな角度や場所での写真は全て個人が支えて図鑑の限られた図版から抜け出せている。プロで生きていくことは厳しくなってきているようにも感じる。

三島のように、プロらしい薄めた小説で稼ぐというような手は次第に難しくなるのかもしれない。この先どうなるのだろうか。プロは技を深め取り巻くセミプロも更なる深まりをみせ、純朴なアマチュアの世界と際立っていくのだろうか、セミプロの数がやたら多くなるのかもしれない、どうなるだろうか、解らない。

どうでもいいことのようだが、それにしても誰が動かしているともいえないどこへ向かっているかも分からない「時代」そのものが面白くもある。

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