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2010年11月29日 (月)

沖縄は特別だ

11月の終わりに沖縄を訪ねた。3年前にも訪れた冬の沖縄の心地よさが心にあった。とにかく前回いけなかったあCyou2ちこちを走り回ることにしていた。世界遺産の城跡が幾つかある、有名な水族館もある、辺戸岬から北部を一周したい、ヤンバルの森もまた歩きたい、でき ることならキャンプシュアブ沖も望んでみたい、勿論ヤンバルクイナやノグチゲラも見てみたい、色々思っていた。羽田発始発のJAL便で那覇に着いて10時にはレンタカーで走り始める。とにかく雨の降り出さないうちにと外を歩く今帰仁城(なきじんじょう)に向かう。本部(もとぶ)半島の小山の頂上部の岩を削って平らにした上に石組みだけで城壁を築いている、土塁に石をはめ込む本土の城壁とはまるで違う。それよりも何よりも見慣れないSirgsr 鳥がまるでオオヨシキリのようにギョギョシギョギョシとあちこちで鳴いている、シロガシラのようだ、生えている木も全く違う、蝶もひらひら飛んでくる、前回よりも本土と全くといっていいほど自然が違うことを感じる、見慣れない草、木見慣れない花見慣れない蝶、見慣れない鳥、そして見慣れない城壁。外国に来たような気分になる。沖縄本土の生き物を書いたハンドブックはどこにも売っていない、なんだか沖縄は大事な資源に気がついていないような気がする、一昔前の団体旅行相手の観光ばかりに力を入れている。城跡には立派な展示館があるが、今帰仁が「いまきじん」でなく「なきじん」なのか、素朴な疑問に答えてくれない。何か足りない。

美ら海水族館は確かに一見の価値がある、しかし人が集まりZakimi すぎている、集めすぎている。グッズ売り場はゴッホ展並みの大混雑だ、その後に巡ったどの場所もこんなことはない、どこかいびつだ。

眺めるだけでも素晴らしいサンゴ礁の海、基地によって基地のために立派に造られた道路、基地よって潤う街、南部と北部の街並みのあまりの落差、全てがどうしようもなく刺激的なのに、とどまればゆったりした風が流れる。不思議なところだ。ヤンバルクイナにはまた会えなかったけれど、ノグチゲラのチラと見せてくれたそれらしい後姿、遊佐丸が築いた座喜味城、中城城の城壁の内地の城とは全く違う緩やかな曲面の美しさ、斎場御嶽(せーふぁうたき)の理解を超えた聖域としての雰囲気とリアリティー、とにかく違う世界が広がる不思議がここにはある。
たった3日の旅だったが帰りついた翌日は頭がぼーとして戻らない日を一日過ごしてしまう、外国よりも落差があるような気さえしてくる、もう行くことは無いかもしれない、しかし何なのだろう、沖縄は特別だ。

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2010年11月17日 (水)

落石の秋がよくて

やっと平地の紅葉が見頃になってきた。前の週末那珂川の落石というところの紅葉がきれいらしいというので出かけてみた。それというのも前の晩ぼんやりみていた 天気予報の後の紅葉情報で栃木県では落石の紅葉だけがマークされていて落石とはどこなのだろうと探し始めたことから始まる。ネットで 落石、紅葉 として検索すると烏山ちかくの落石がヒットする、ここらしい。烏山の境橋から烏山大橋にかけてが紅葉の見所でとりわけ境橋付近がOchiisi いいとある。翌日は予想以上に高層の雲が南から伸びて朝から曇りとなったがしょうがない、ともかく昼もだいぶ過ぎた頃に出る、烏山は久し振りだ。境橋の手前の小道を左へ折れると公園のようなキャンプ場に出る、ここにクルマを置いて河原へ降りてみる、ネットに出ていた紹介写真はここから撮ったもののようだ。日差しが雲で遮られて紅葉がさえないが清新な景観だ。日光のようなむせ返るような紅葉とは違うがこれもまたいい、のんびりとしながら秋の雰囲気に浸る。河原には鮭の死骸が横たわり流れの中にもOchisi2 死んだ鮭が見える。遥かな旅の終わりに見事責務を果たした姿だ、こうして川に生息する生き物たちの餌となり川の生態系を豊かにする、ざわわと流れる川の音がいい。カワセミが何羽も飛び交っている、イカルチドリも石の間を歩き回る、アオサギがのんびりとたたずみトビも低く舞ってくる。なかなかいい。河原をゆっくり下っていくと流れの中でうきがピクピク動いている、しかけに鮭がかかっているようだ、網にからまれてもがいている。抜けられるかもしれない、このまま力尽きてしまうかもしれない、どちらにせよいずれはここで命尽きるのだろう、何か感慨がある、人の生きようも似たようなものかもしれない。

見上げれば対岸の紅葉には時々淡い夕陽が射す、脈を打つように紅葉が少し元気付く。

こんな緩い時が過ぎていく北関東の秋が好きだ。

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2010年11月12日 (金)

気を抜くとすぐにぺったりした平面的な生き方に

今朝起きがけに3時のSYNOPデータでパソコン上に天気図を書かせてみてちょっと驚い10111203y た、ウラジオのあたりにすごい低気圧だ、それによく見ると前線の通過した後の朝鮮半島では一面に6番の砂塵が出ている、黄砂だ。書いてみるものだ。面倒になってあまり書いていなかったが黄砂の舞うG20か、中国の影響が次第に強くなってきている世界を図らずも具現しているように思えてくる。世界が少し立体的に見えてくる。
北関東でも朝から空に少々どんよりしたところがある、もう黄砂が来ているようだ。車を会社の駐車場へ停めて見上げると見事な高積雲が漂って、近くに目をやると電線にカワラヒワが12羽位とまっている、このところ毎朝5羽くらいが来てキリキリとか細く鳴いていたが今日になって倍増している、また新しい仲間が増えたのだろうか、人見知りしているように声も立てない、それにしても中国から黄砂を運ぶくらいだから国内を渡る鳥を運ぶ位は風にしてみれば造作も無いことなのだろう、羽根を広げると黄色いマークが見えるカワラヒワが黄色い砂と共にやってくる、黄色ずくしでなんだか面白い。風は空間的な広がりで何でも運んでくる。
鳥やきれいな雲を見ると写真に残したくなる、しかしあいにく通勤にはカメラを持参していない、携帯では旨く写りそうに無い、見るだけであきらめる。鳥はすぐ飛んでいってしまうし、雲のほうも10分もすると形を変えて薄汚くなってしまう、雲は思っている以上に次々と形を変えていく、3次元の造形が形を変えて流れていく様はなかなかいい。何もすることが無くなったら雲を眺めて暮らせばいいや、結構それも面白そうだ、そんな風にも思ったりもする。
写真を撮るといえば、いつもしっくり来ない風に撮れてしまうのは何故だろうとずっとひっかかっていた、思いついて最近Autoを止めて全てマニュアルにして見たらこれがなかなかの感触を思い起こさせてくれる。絞りとシャッター速度を変えながら何枚も撮っていく、ピントも自動を止めてマニュアルピントにする、ファインダーの中でピントがあった感触もよみがえる。手間がかかるが1枚1枚が重くなる、自分の責任で写したとの思いがしてくる。なかなかいい。何枚も撮るとカンで露出がおおよそわかるようになってくる、昔の写真の撮るさまを思い出す、厄介といえばそうだが面白いというべきのようだ。いいかと思う露出は大概アンダーだ、しかしautoで撮るべったりとした平面さが無くなる。タカが露出だがこれが面白い。立体感が肝心のようだ。
今使っているK100Dは600万画素しかなく、パソコン画面で大きく拡大していくとあらが目立つ、次第にのめりこめなくなる。不思議なものだ。細部が一方では立体感を支えているともいえる。ともかくカメラも買い換える時期に来ている、ペンタックスならK-5が良さそうだ、しかしボディでも12万位というのではお安くない、元値は半額以下といわれるのではためらいも出る。どうするか。

気を抜くとすぐにぺったりした平面的な生き方に染まってしまう、いつも抵抗しなくてはと思っている、いつまで続くだろうか、もう絡め捕られているのだろうか。

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2010年11月 6日 (土)

ジョウビタキがやっと来た

日光彫というのが前から気になっていて土曜日ごとに日光である日光彫り教室に通い始めた。日光彫りは独特のヒッカキ刀という特殊な彫刻刀をつかう、東照宮建設当時の大工の工夫らしい、まずこのヒッカキ刀の使い方から学び始める。道具が肝心と、初日の帰りに早速日光市内の教えられた日光彫の店によって買い求めるがこれが高い、1本4700円という。遊びとはいえ専門の刃物は値が張るのはしょうがないにしてもちと痛い。あと4本、これは特殊なものではないが刃幅12mmクラスの専門的な彫刻刀が必要という、やはり高そうだ。どうするか。

通い始めた日光彫教室から帰ってきてうとうとしていると、ジョウビタキかしらという声とJyobi10 ともにヒッヒッと聞こえてくる。飛び起きて双眼鏡を隣家のアンテナに向けるとジョウビタキのオスが見える。やっと来た。去年は自宅に現れたのが10月25日だから今年の11月6日は2週間くらい遅い。南の海の高気圧がいつもより強いためだろう、南から渡って来る鳥は遅れている。

先週日曜は日光でアトリやツグミにも出会った、やっと賑やかになってきた。

こんな風にするすると時が流れていく、もうそこまで冬が来ている。

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2010年11月 3日 (水)

紅葉の奥日光を歩いていると

台風14号は房総沖を通過しても高気圧に阻まれて足早には遠ざかれないでいる、はっきりしない天気の秋の日曜日、差し込む朝日は望めないと6時ももう大分過ぎた頃遅めに奥日光に出かけた。台風の影響か渋滞は全く無い、この時期の奥日光にしてはウソのようだ。赤沼から7時45分頃のバスで小田代に向かう、バスも混んでるというほどではない。小田代は霧雨模様だった、勿論10okunik1 朝日の斜めの光線はない、しかし草紅葉が美しい。ホザキシモツケの群落が焦茶色に黒ずんでいいコントラストを与えている。ホザキシモツケが増えているようだ、シカはこの草を好まないため繁殖してこんな姿になったらしい、シカよけネットで仕切られてからも勢いは止まらず繁殖しているようだ。シカが作り人が保っている草紅葉のようにも思えてくる。カラマツの林に入る、黄葉がいい、シカよけネットで復活したミヤコザサも美しい。頭上ではヒガラやコガラなどのカラ類が高い声を響かせ、細やかな葉や枝とともにいかにも繊細な秋を形作っている。このカラマツは大正から昭和のはじめ10okniko2 にかけて植林された人造林だ、しかし今や奥日光の景観を形作るポイントにもなっている、朝日に輝くカラマツの黄葉はことのほか美しい。人の営みが自然の中にどうしようもなく入ってくる、人も自然の一部なのだから避けようが無い、それが素直な地球の姿なのだろう。そんなことを考えながら歩いていた。ミズナラの林に入る、頭上でささやくような声がして小鳥の群れがとびかう、アトリだ。やっと今秋初めてアトリの群れに出会った、渡りが遅れている、南の暑さが長引いたためなのだろう。この夏の暑さは人為的原因による温暖化の一部なのだろうか、そうかもしれないしそうでないかもしれない。ともかく人も含めた地球上の全生物と地球は一体なのだろう。
いろは坂を渋滞も無く下る、紅葉は見ごろに差し掛かっている、普段は渋滞でかえってそれでよく見れるのだがすいていると落ち着いて見れない、いろは坂の紅葉は難しい。
10oknikk3 冬がもうそこまで来ている。このスピード感は何だろう、ぼやぼやするなと人が自然から励まされているようだ。自然との対話は面白い。

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