12月8日
やっと寒くなってきた、この間誘われて五十里湖西の葛老山という山に登ったら低山でももう登山道の所々は雪をかぶっていた。山はそろそろ雪の季節だ、今年は雪が多いような予兆がある、それはそれで楽しみだ。
12月はじめ、12月8日というと太平洋戦争開戦の日かと思う、遠い昔の話かとの気がするが、まだまだ第2次大戦の影はそこここに残っている、最も露骨なのは国連の敵国条 項だ、これが消されない限り戦後は終わらないのだろう。敵国条項によれば、第2次大戦中に連合国に敵対した(日独等の)国が国連憲章に違反した場合は加盟国は国連決議を経なくとも単独で無条件に軍事制裁を課すことが認められている。極めて弱い立場に日本は依然としてある。第2次大戦は本当はどこに道義があるか定かではない帝国主義同士のぶつかり合いであったにせよ、戦争を始めて敗れるということはこんなことだと思う、尖閣にしろクナシリ・エトロフにしろ、少し風向きが変われば圧迫されるのは避けようが無いように感じる。いつの日かこの条項を根拠に些細なことで仕掛けてくる国が無いとも限らない、国連で敵国条項の廃止に強く反対したアジアの某国もあるようだ。国内で威勢のいいことばかりはいってられないだろう、日本の置かれたほかとは違うシチュエーションがある。
風刺の塊の様なガリバー旅行記には空想上の国々と行き来する現実の国 日本が出てくる、18世紀のイギリスにとって日本は現実の国々のへりに感じられていたのだろう。空飛ぶ島ラピュタからの戻りに日本に立ち寄ったガリバーが長崎で踏み絵を逃れる話が語られる、18世紀当時は欧州では踏み絵は有名だったのだろうが、読むと空想上の国に較べればそれほど奇怪なことに思えてこないし見逃す日本のおおらかさも見えてくる、どこか日本の特異さを面白く受け入れている様にも思える、とはいえ空想と現実の境目にいる18世紀の日本という国の欧州からの異次元のような眺めが感じられてくる 。
日本はこれからも強いられたように特異な国であり続けるのだろうか。寒い12月と暑さの8月になるとこの国の行く末にどうしても思いが及んでしまう。
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