花開くような未来
庭のヤマブキが咲きはじめた。今年の花はなんだかスピードが速い、見る見るうちに花開いたかと思うと散っていく。気のせいかもしれない、年をとったのかもしれない、あるいはゴ
ムのように伸び縮みする時空が本当にそこに漂っているのかもしれない。
本当に久し振りに横浜まで出かけた、大学の講義を引き受けてしまったその1回目だ。駅のエスカレータは至るところ節電で停止だし照明も薄暗い、おまけに東京駅のコンコースはなんだか工事している、曇った日の日暮れのようなうす闇の世界があった。横浜駅の西口からバスに乗ってやっと大学に到着するとさすがに若者で溢れている、少し頼もしくなる。昼過ぎから講義を始めると時間と共に机にかぶって寝だす姿が出てくる、聞きたくなければそれでもいいや、聞きたい人だけが聞いてくれればその方がいいとばかりに話し続けるがそのうちこちらも疲れてきて休憩にする、再開すると今度は誰も寝ない、しゃんとして聞いている、気のせいか目が少し輝いている、少しは伝わっているようだ、ともかくこのほうがはなしがいがあるというものだ。
確かに若さには未来がある。
花開くような未来がある、いつしか過ぎ去ってしまう未来がある。
春の雨が時折通り過ぎていき5月がもうそのかどに確かな姿を現わそうとしている。流れていく時にそのままゆだね続ける心地よさを近頃は感じるようになってきた。やるべきことの連なりから開放されて連綿とつながる時の一部になりきる感じがいい、ここが花開くような未来なのだろうか。
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