何でも自分でやる時代に
暑くなってきた。夏らしく夕立が毎日のようにやってくる。そのうち台風が来るようになって秋の気配が出てくるのだろう。四季のはっきりとした日本の姿がこのところ戻ってきているような気がする,そう思うと暑い夏も好ましくさえ思えてくる。
スイスのハイキング旅行の残像がまださめやらぬ中、時差ぼけがとりきれないような気がして眠くても体を動かす方がいいと思ってトレーニングに出かけた。7月も10日過ぎのことだ。
健康の森という施設で週1回は筋力トレーニングやジョギング・水泳をやっているが疲れるのか時々帰り道で縁石にクルマをぶつけることがある。この時も3週間ぶりのトレーニングの帰りということもあったのか、暗い道のコーナーでハンドルを切ると ややあって左からガリガリと音がする、あっと思うがもう遅い、低い縁石にクルマのドア下をぶつけてしまった。暗く狭い道で見えにくいのが原因だが、以前もぶつけたことがある。そのときは部品交換して4万円くらいかかった記憶があって、突然のがりがりとの音にがっくりしてしまった。明るいところで停めて様子を見るとドアの下のボディの一部が少しえぐれるようなキズになっている。FRP部品のようでへこんではいないが歪んで見える。走るにはどうということはないが格好が悪い。しかしこんなことにお金を使ってしまうのは気が進まない。そのまま走っていたが週末になってそうもいかないとばかり近くのオートバックスでざっくり見積もってもらうと3万くらいという答えが帰ってくる。ここは自分で直してしまおうと心を決めてパテだの紙やすりだの下塗り塗料だのを買い集める、結局Holtsという英国の会社が出している材料を色々買うことになる。日本の会社ではこんなビジネスも成り立たせられなかったのか、日本では自分で修理する需要はそれほど強くもなかったのだろうか、と考えてしまう。さて肝心のボディの塗料はとスバルのお店に訪れてみるとタッチアップ用の(口紅みたいな)スティックしかないという。昔はもう少し大きな缶で分けてくれていたような気がして、じゃどうすればいいのか、と聞き返すと、カー用品店でスプレー缶に調合してくれるところがあるのでそちらへ行かれたら、という、この近くでは鶴田駅近くのイエローハットができるはずだ、とくる。なんということだ、と思いながら、件の店を訪れる。確かに調合する装置のようなものが設置してあってカラーナンバーで調合するらしい。調合を依頼して20分ほど駐車場で傷跡のヤスリ掛けなんぞをしているとできたと知らせにくる。スプレー缶で3千円ちょっとする。まあしょうがない。色は新車状態の色なので現在の陽に焼けて少し白っぽくなっている色にはぴったりあわないだろうとも説明される。とにかく塗ってみるしかない。クルマの補修材の世界も勝ち残っているところが支配する構図になってきているようだ、ディーラーさえ塗料の供給はあきらめている。デフレが続き年金受給者がふえてくるとできることは自分でやってしまおうとするのを助けるこんな業種はこれからうるおいそうではあるのだが。
材料が揃ったので早速補修にかかる。削られたような傷にパテを塗って紙ヤスリで平滑にしようとするが、簡単にはいかない。時間を置いて磨くがどうしてもでこぼこは残る。目立たない箇所でもあり、まあいいかと適当なところであきらめて塗りにかかる。マスキングして下塗りをした後調合したスプレーを吹きかける。色合いはそんなに違和感はなくちょっと見た目には分からない。何回か塗って1週間ほどそのままで走る。十分乾いた後コンパウンドで磨くことになるがこれも疲れるのでいい加減にやめる。とりあえず完成となるが塗料も入れると6千円くらいの出費となる、ちょっと見た目おかしくないので十分だ、修理の要領も分かったのでメデタシということだろう。
またクルマは自分で直す時代になりつつあるのかもしれない。なんでも自分でやってしまう時代が来るのかもしれない。エネルギーも電力会社の原子力を当てにはできないし化石燃料はもっても数百年だ、常温核融合がそのうち安全な自宅核融合までたどり着くのかもしれない、そうでもなければこの先恐竜の時代に匹敵する繁栄を人類は持続できないのではないか。それにしてもどうなり行くのだろうか。考えが宙に広がっていくようにしながら最低でも今後1億年は続く(かもしれない)人類の時代に思いを致している。暑い夏のひまつぶしのようではあるが。
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