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2013年6月19日 (水)

携帯を洗濯した梅雨の日も

ぬるま湯のような空気が早朝からあたりを満たしている。梅雨前線尾南側に入っているようだ。北関東ではこんな生ぬるい夜明けはなかったような気がしている。南はぬるい。

この間 携帯電話を洗濯してしまった。もう何度目かになる。近くのドコモ店に散歩がてら歩いていって何か手頃な機種は無いかと相談してみる、スマートフォンはどれも重くて持つ気がしない、Foma携帯も厚ぼったくて嫌な感じだ。水につけてしまった携帯は三菱の最後の機種D705iμだ、前にも踏んづけて液晶を壊して同じ機種の2代目だったが小型で軽く胸のポケットに難なく収まっていた、今回もなかなかいい代わりが見つからない。軽い機種としてドコモの店員が出してきたのはなんとブラックベリーだった。こんな時代遅れの機種を出してくるとはドコモもおいつめられているのだろうか。軽くてシンプルな携帯は需要があるはずなのにドコモは作ろうとしない。スマートフォンでは嫌だという顧客を見捨てているような気がしてならない。まだまだ携帯には面白い未来がありそうに違いないのに、と思って虚しく店を出る。やはりネットのオークションで同じ機種の中古品を買うしかない、結局かなり傷んだ中古品を3100円で競り落とす、ちょっと高いかもしれないが競合者がいたのでしょうがない。程なく送られてきたが予想通りで機能は問題ないがキズやらさびやらが多くて気持ちよくない、手Keitaix 垢にまみれているようでもある。液晶ガラスのキズを取ろうと試しに磨き粉を使ったら傷を深めてしまってこれはいけないと磨きクロスをネットで発注して磨き始めるがフラットに磨くことができず表面の大きなうねりが痛ましく残る。しかし手垢にまみれた部分はなくなったのでまあよしとする。キーの部分のアルミがへこんでいるのをアルミテープで隠したりと手を入れていくとやっと自分の携帯の気がしてきた。これでまた暫く持ちこたえられそうだ。大きくて重くてお財布ケータイ機能もなく維持費の高いスマートフォンを嫌がる顧客に応える機種をドコモはその内出してくれるだろうか。そうでもしなければドコモは沈み行くのみなのではなかろうか。どうなっていくのだろうか。
携帯の不振、家電の不振が日本経済の低迷の主要な部分でもあるような気がしている、この時代に生きる人にとってのいいものという漂流する価値のスケールにあったものが作り出せなくなったのが不振の主因のようにも思えている。

円高も戻って株も下げてアベノミクスは思った程楽観的な未来をもたらしてはくれないようだ。本質的に技術の進歩は物価を下げる、そのことを忘れたかのように物価目標を掲げる経済政策とは如何なものだろうか、デフレの尺度は昔と同じでいいのだろうか、ずっと思ってきた。良いものを安く作るという考え方が松下幸之助以来の日本の製造業のバックボーンだった、見方を変えればデフレそのものだ、これを否定しながら経済運営を旧式の経済学に頼るのは無理筋のように思えている。物価が上がらないのならば輪転機でお札をすればいいのじゃないか、と揶揄している海外論調もあるようだ。もしかしたらそういうことかもしれない、いいものを安くし続ければその真の価値に見合う通貨の量を増やさなければ釣り合わないのかもしれない。

ぬるい空気に浸りながらとり止めも無く考えを遊ばせている。梅雨の雨はこんな遊びももたらしてくれて楽しい。

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