唐津くんちに秋の終りを知る
ジョウビタキが1週間ほど前家の近くに姿を見せだした。
いつのまにか秋が過ぎようとしていた。目覚めると予期せぬ雨音が響いてきた。冷たい雨の滴りがもちの葉を濡らし白い幹を褐色に変えている。重々しい空はもう冬の様相を見せて押し出してきていた。
思いついたように唐津くんちという祭りに出かけた。唐津なら1時間と少しで行くことができる、古くからの祭りなら見なければ損だくらいのケチな気持ちが底にある。その位の軽さが性に合っていると思っている。
唐津の街なかは交通が大幅に規制されるというので街外れの松浦河畔の臨時駐車場にクルマを停めて無料のシャトルバスで唐津駅に向う。バスで天神まで出て地下鉄経由の筑肥線で来ればいいのだがこちらの方が簡単で割安に思える、クルマの安直さがいい。
3日ほど前に佐賀バルーンフェステバルを見に行ったばかりで佐賀は何かとこの時期話題が多い。シャトルバ
スを待っていると同じようにバルーンフェステバルに行ってきたとの話し声が流れてくる。
駅前に着くと曳山がそろそろ近づいてきたらしく右手の道路に向って人が急いでいる。
程なく1番山の赤獅子が曳かれてくる。随分小さな子供もはっぴ姿で曳き手に加わっていて大人のたちの先に立ってわずかばかりの力を与えている、こういうお祭りなんだ、住民の一体感がにじんでいる。曳山の中で笛を吹き続けているのも中学生くらいの男の子の一隊だ、若さが出ている。順番に14基の曳山が現れるが全てが同じような年齢構成だ。これなら長い時代を越えて引き継がれていくに違いない。
19世紀はじめから後半にかけて作られた見事な漆塗りの曳山が次々に曳かれていく。最も古い曳山は1812年製、新しい曳山は明治9年製だ。長崎から蘭学が広まり幕府が倒れ明治にいたる騒がしい時期に曳山が作られ祭りは今見る形になって行ったようだ。沸き立つような時代の片鱗が祭りに埋め込まれているような気がしてくる。鹿沼の秋祭りもこれ以上にも見事だったがこのような若さの連続は感じられなかった。時代の活気までは伝わってこなかった。これはいかにも九州らしい。
祭りの列が過ぎ去ってあちこちの出店から豚汁だのおでんだのおこわ飯だのを買い込み広場や階段に座り込んで食事する姿で駅前は溢れてくる。レストランも勿論あるが長蛇の列で出店で食べた方が祭りらしくて楽しい。
食事をして引き上げる、あっさりした祭りだ、望ましい軽さがある。
駐車場となった河畔公園の黄葉はそろそろはじまりそうな色合いだったが桜はもう葉を落としていて実は秋も終わろうとしているのが解ってくる、ここでは祭りの終りが秋の終りをはっきり指し示しているようだ。
九州まで来ると四季のうつろいまで人がしくんでいるように思えてくる、そういう縦長の日本が面白い。
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