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2016年1月24日 (日)

大寒波が来て

雪が降ってYukiいる。予定通りの大寒波だ。
  ゾンデデータで高層までの大気の温度分布を見ると、如何にも南に降り
てきた大陸の寒気という姿で、高度4000m以下くらいがよく冷えている。
大陸の放射冷却で十分に冷えた重い冷気が地表に沿って吹き出し
てきたようだ。
更に上層の温度は標準大気と同じか高いくらいで、この季節にしては寒いとは言えな
16012400kousouい。

たまたま北米大陸に
寒気が南下16012303kion850hpし更に東岸を発達した低気圧が北上して日米とも寒波と暴風雪が大々的に報道されている。
しかし北米の西海岸カルフォルニアは結構暖気が入っており、全米がすべから
く寒いわけでもない。(図は2016年1月23日3時(日本時間)の上空1500m(850hp)の気温、やや濃い青が‐12℃以下の寒波。GSM計算値をDagikEarthにて表示)。
こんなに冷えてもこうなる前の暖かさや今後の暖かさから総合的には暖冬ということになるのだろう。

寒波といえば気になる北極点周りの渦の振動を表す北極振動の状況を調べると、年初めからここまでが強いマイナス、つま り極渦が弱く寒気が北極から次々に流れ出るというモードに入っている
ようだ。現実にも北極点よりもより緯度の低い所へ寒気が降りていくというまさにそのような事が起こっている。
Ao今後は北極振動の指標(AO index)はプラスに転じる予想なので今後寒波の再来は当分なくもとの暖冬の雰囲気に戻るということになるのだろう。

南の温暖化が進んで暖気と寒気の接点でできる低気圧が強力となりこれが次々に北上して北極付近に南の暖気をもたらし続け
たため極渦が弱まりもともとある北極の寒気が流れ出てくるという結果を生んだのだろう。
地球が保存系として平均気温を保とうと動いている結果のようにも思える。原因は人為的かどうか議論は分かれるにしても平均的に気温は上昇しているのは明らかである以上こんなことは来冬以降も続くのだろう。

いずれにしても福岡で雪が降ると車で出かける気がしない。4WDでスタッドレスタイヤをつけているからたいていの道は自分は大丈夫なのだが走っている他の車の信頼感がいまいちだ、スリップしてぶつかってくると逃げられない。歩行者もいつ転ぶか怖い。
こんな日は全てを受け入れてのんびりと過ごすのが一番なのだろう、のんびりし過ぎているのは否めないにしても。

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2016年1月16日 (土)

心拍計その3

肉離れで痛めた足がやっと運動しても何ともなくなったようなので、またスロージョギングを始めた。1年ぶり以上になる。
スロージョギングには心拍計が必需品と以前使っていた腕時計タイプの心拍計をつけてみたが殆ど測れなくなっている。5年位前に買ったものでもう大分前から計測信頼性が低くはなっていたが全くと言っていいほど使えなくなるとちょっと困る。
ネットで色々探してみるHartratesと腕時計タイプは激安というほどに安いものがネットで幾つも引っかかってきて驚いた、1000円台からある。中国勢が頑張っているようだが信頼感が薄い。使っていたものも買って1年もするとうまく測れないことが多くなり、指で押し直しばかりでいらいらしながら走っていた。
腕時計タイプのいらいらに少々懲りて今度は胸に巻くタイプとし、マルマンから出ている手頃なものを発注してみた。
正月休みを挟んだせいか送られてくるのに2週間近くかかったがとにかく手に入って使い始めてみる。今のところうまく測れている。以前にも格安の胸にまくタイプを買ったことがあったがこの時は1年しかもたなかった。耐久性が問題だ。
近くの公園の周回コースが1周215mなのでラップタイムを計れば速度もモニターしながら走れることになる。GPSを持って走ればいいのだがなんとなく道具過多の感じで気が進まない。やりすぎない程度にきちんと走るのがいい。

それにしても、ランニングは益々盛んになってきているのを実感する、周りにもランニングを日常的に行っている人がいくらもいる。じっとしていられないのが人類の性分なのだろう、人のやりたいことの一つには、そんなことが入っているのだろう。

人の幸せとはなんなんだろうと思うと、そのどこかに気持ちよく走るということがあるような気がしている。そんな人類が心強くもある。

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2016年1月14日 (木)

アフガニスタンの黄金を九州国立博物館で見る

アフガニスタンの貴重な歴史的遺物が戦火を逃れて各国を回っている、それが福岡に来たというので見に行った。
Afgan1 九州国立博物館で1月1日から2月14日まで開かれたあと東京国立博物館で4月12日から6月19日まで開かれる。
2006年のフランスのギメ博物館に始まって米国ナショナルギャラリーやニューヨークメトロポリタン博物館、カナダ歴史博物館、ドイツ・ボン博物館、大英博物館、ノルウエーNTNU大博物館、メルボルン博物館、等数多くの世界を代表するような博物館を含めて各国を回り日本にやってきた。やっと来た、と言うべきかもしれない。福岡にいながら世界的行事に参加するという意味でも見たほうがいい展示だ。このあたりの地球的位置づけを主催者は十分には広報で説明しておらず歯がゆい思いがする。


展示物は予想以上だった。
紀元前2000年の金のゴブレットにまず驚かされる。金だからさAfgan2 びていないのは当然とはいえ美しい細工が目を引く。最近作ったと言われてもそうかと思ってしまうだろう。日本は縄文時代でそれなりの文化はあったとはいえとてもここまでのものはない。インダスーメソポタミヤーエジプト をつなぐライン上にあったこの地の文化の高さがすなわち人類の文明の最前線だったのだろう。
1978年に未盗掘状態で発見された墳墓から多くの金製副葬品が出土し、この場に展示されている、いずれも紀元前1-2世紀の時代とある。
その量の多さ、技術の高さ、豪華さに圧倒される。

アフガニAfgan3 スタンの貴金属や希少鉱物の埋蔵量は相当なものと言われており(1兆ドル相当との米国防総省の見積もりもある)、これが古代から繁栄を支えてきたのかもしれない。
それにしてもギリシア文化の影響が濃い出土品の展示が多い。仏教美術遺品は平山郁夫主導の
アグガニスタン流出文化財の委員会が保全している遺物の展示が目立ったくらいだ。やはり西洋各国を巡回するという企画がそうさせたのだろうか。東西の文化が交じり合う状況そのものの全体像を見たくなる。
出口で「めざましテレビ」のインタビューを受けた。東京の展示はフジテレビが主催しているがいまから雰囲気を盛り上げようとしているようだ、平日ということもあるが人の入りは展示物の素晴らしさに比してそれほどでもない。気が気でないのかもしれない。


しかし、戦乱が休みないアフガニスタンでよくこのような財宝を維持し続けられたと、驚くばかりだ。この事そのものが、この地域のまた新しい歴史となると思えている。人類もまだまだ捨てたものではない。

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2016年1月13日 (水)

コルトレーンも生誕90周年になる

やっと寒くなってきた、北極の寒気が樺太付近まで移動してきていて現在世界で最も寒い地帯が北海道の直ぐ西北にまで迫っている。冬型になると福岡の地は低い雲に次々に覆われて薄暗く寒い日々となる。本を読んだり音楽を聴いたりするのにちょうどいい。


Lovesupremebook1 「コルトレーン:至上の愛の真実」という本を読んでいる。2002年にアシュリーカーンによって書かれたジャズの歴史ドキュメンタリといえる本だ。思えば今年はコルトレーン生誕90周年の年になる。死の前の年に来日した演奏を神戸で目の当たりにした時の隔絶感というか手の届かない所に行ってしまったという切ない感じを今も時おり思い返す。何が起こっていたのだろうか、気になっていた。

驚くことにこの本の資料を著者アシュリーカーンに豊富に提供したのはコルトレーン研究家として世界一だと訳者もいう藤岡靖洋氏だったとあとがきの部分にある、勿論氏は和訳にも多大に協力しているようだ、大阪の呉服店店主というこの藤岡氏にも興味をそそられた。少し調べると1953年生まれの方でコルトレーンの来日コンサート時は中1だから直接本人の演奏を聴いてはいないかもしれない。翌年コルトレーンの亡くなった時のショックをどのくらい味わったのだろうか。同時代の研究家というより死んだ後の研究家ということなのだろう。少しクールに向き合えた分、研究家として色々よく見、調べることができたということかも知れない。でもそんな仕事ができた人が米国人ではなく日本の呉服店主だというところが愉快だ。

とにかく読み進むと知らなかった話に次々に出会う。1957年に止めるまでコルトレーンは麻薬の常習者でそれが故に最初の
マイルスデイビスのグループをクビになったこと、1957年に麻薬を止めてから堰を切ったようにジャズを先へ先へと追求し続けて10年で亡くなってしまったこと、時間があれば常に練習し続けていたこと、これまでに作られた曲を全部覚えている4人の凄いジャズミュージシャンのうちの一人とされる程にあらゆる曲を構造的に理解した上で新しい道を追いかけていたこと、プレスティッジのジャムセッションのようなレコーディングの仕方、インパルスレコードの誕生の経緯、等々等々、いちいちそうだったのかと思いつつ、何とはなしにその頃の時代の雰囲気が蘇ってくる。
手持ちのコルトレーンのレコード(Ole coltrane,Coltrane(1962),他)やCD(Giant steps,My favorite things
,Love Supreme,他)を聞きながら読んで行く。
Love Supremeの演奏では第4楽章にあたるPsalm(賛美)ではコルトレーンが自作の神を讃える詩の朗読をテナーサックスで吹いているのだが、ドラムのエルビンジョーンズはこの時演奏していてまさかサキソフォンで詩を朗読しているとは思わなかったと述べていて、そんなものかと思ってしまう。聴き直してみるとエルビンジョーンズはこの時ティンパニーを叩いているのだが、いかにも神への讃歌の伴奏のように荘厳さを醸し出していると聞こえるから不思議だ。ライナーノートの詩を目で追いながらコルトレーンのサキソフォン朗読を聴いてみるが言葉ではないのでどこを朗読しているのかぴったりは解らない、でも面白い。神の讃美そのものにはちょっと。。。と思ってしまうのだが。

それにしてもコルトレーンをかけると昔のジャズ喫茶の雰囲気がたちどころに居間に出現する、1960年代から現在に至る時間が一つになっているようでまるで時間がプールされているように感じるのが面白い。



天気がすぐれない日はこんな時間の過ごし方がいいようだ。

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2016年1月 7日 (木)

新年、武雄に遊びに行く

「住民生活等緊急支援のための交付金事業」という名のばらまき予算で安く宿が宿泊できるというので新年早々佐賀の武雄温泉に出かけた。JTB予約では2万円以上の予約に対し1万円の割引クーポンを発行するという、勿論枠があり早い者勝ちだ。景気刺激策といってももとは税金だ。税金を納める立場から見れば支払った税金を取り戻すチャンスということになるがこんな風に使う税金は何だか情けない。社会インフラ整備に使ったほうが遥かにましのように思えるが建設業は人手不足でこれ以上すぐには押し込めないということかもしれない。じゃぶじゃぶの使い方だ。こんなことでは国の累積借金を返す算段など到底無理かと思えてくる。

とにかく出かけた。嬉野は数年前に行ったので武雄はいいかもしれないというくらいの気持ちで選んだのだがいざ行くとなって調べると辺りにあまり目覚ましい観光スポットもない。当日は雨模様でもある。トリップアドバイザーのサイトで周辺の見どころを探すと第一位は武雄図書館と出る。そういえばTSUTAYAに民間委託した型破りの図書館があること を思い出した。これは面白そうだ。スタバもある。
予想通り今にも降
Takeo0り出しそうな天気で、まずは降らないうちに屋外をと御船山楽園を見て回った後、お目当ての図書館を昼頃訪れる、中のスタバで軽い昼食という算段だ。
新しい建物で2013年4月1日に全面改装後TSUTAYAの母体会社CCCによる運営で新たなスタートを切った。図書館にTSUTAYA書店とスタバが併設された。実際に建物の中に入ってみると図書館とTSUTAYAエリアとスタバエリアに仕切りはなく混在しているのにちょっと驚く。スタバでサンドイッチとコーヒーを調達して近くのテーブルに座るとそこは 閲覧席だ。勿論飲食可能だ。更にすぐ横には売る本がきれいに展示してあって、図書館の本のようにこれを手に取って心ゆくまで読むことができる。別にスタバのコーヒTakeo1ーを飲んでいる人が多くいるわけでもない、こぎれいで頗る自由な閲覧席だ。面白そうな本が色々展示してある、近くの本屋で見かけない興味深い本が多い、うまく選んである。子供から大人まで物事に興味を抱く人を惹きつけやすい本が選んであるようだ。鳥の羽について書かれた本(ソーアハンソン著「羽」)が面白くてつい買ってしまう。2600円と安くはないが面白い本は買いたくなる。
販売本展示の後ろ側のエリアが図書館の本のエリアになっていて1階と2階を占める。展示に工夫があって多くの本が見やすい。全部を見渡すのは難しいので自分に興味のある分類だけの比較になるがどう見ても福岡市総合図書館の開架エリアにある本よりずっと多いように見える。どういうやりかたなのだろうか、展示やお客に本を見せる技術は民間のほうが優れているような気がしてくる。

実験的な試みであり問題も色々出そうだ
Takeo2が、旅行者でも訪れてみる価値の高い魅力的な場所であることには間違いない。借り出しはしなかったが旅行者でも利用登録は可能で貸出が受けられる、返すのは全国どこからでも有料でコンビニから送れるようだ。
図書館の運営費としても安くなっているという、ここで出てくる問題をつぶしていきモデルとして洗練されてくれば全国に広まってほしい手法のように思える。とにかく本に接するのが楽しくなる場所を創り出しているのは明らかだ。議論は色々あってもこんな税金の使い方はまっとうな気がしている。


武雄に泊まった翌日は諫早の干拓地に鳥見に向かった。風のある寒い日となったが観察Isahaya1 台でしばらく待っているとチュウヒ、ハイイロチュウヒが現れた。写真に撮るにはやや遠いがスコープではよく見える。この鳥に出会うのは2年ぶりだろうか。渡良瀬の遊水地のような草原だがこちらのほうがハイイロチュウヒの出現率はいいような気がしている。潮受堤防の開門でもめていて毎日無駄な税金が双方に支払われている場所ではあるが、そんなことは忘れて何も考えずにただ鳥を見る、やはりこれがこんな所であっても今最も心やすまるように思えている。


こんな風にして今年も始まった。初詣は御子神社、志賀海神社、武雄神社で三社参りを
例年通りなんとか果たした。さて、神々に誓ったようにいい年にできるだろうか。

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