滝めぐりと英彦山
くじゅうを訪れた帰り、龍門の滝という滝に寄ってみた。
龍門の滝は筑後川の上流の一つ松木川にかかる2段の滝で普通に見る滝とはちょっと景観が異なる。安山岩の岩壁を落ち下っており、第1の滝は下から見るとまるで人工物のダムのように見える。この第1の滝の滝壺から流れ出る第2の滝はスロープになっていて夏は滝滑りを楽しむ子供たちの姿でにぎわう。
古来からこの滝は有名であったようで、龍門の滝の名は 鎌倉時代に宋から渡来した蘭渓道隆禅師という僧がこの地に立ち寄り、中国河南府の竜門の滝に似ていることから命名したと伝えられている。
もっとも地層としては70-150万年前のもので地球年代としては十分新しいものの、100万年位の雨風がこのような地形を作り上げるに至ったと思うと、人のやっていることなど本当に児戯に等しいと思ってしまう。
名勝耶馬渓66景の内の第61景龍門滝・小滝の景とされ国指定名勝の耶馬渓の構成地の一つともなっている。国土地理院の地図にも龍門の滝の横に名勝マークと耶馬渓の文字があり、耶馬渓の一部であることは確かだが現地にも国指定名勝耶馬渓の一部であると記した看板などの説明書きは見当たらないしネットに幾つかある紹介サイトにもそんな記述はない。耶馬渓は範囲が広く未だに全容が頭に入らないと思っていたが現地の人にとっても同じことなのかもしれない。
小滝というのが解らないが少し下流に左岸から流れ落ちる小さな滝があり或いはこのことかもしれない。耶馬渓66景の選定の由来や詳細はネットでは探し当てれないし本として現在発行されているものもなく耶馬渓については全体に熱意が薄くなっているのではないかとも感じる。
大規模な自然の景観の前ではちっぽけな人間は己の知る範囲でのみ考えればいいのではないか案外そういう気持ちになってしまうのかもしれない。
滝滑りの準備もないし適当に切り上げて、英彦山へ向かう。
昨年、深倉峡で鳥見をしたが神社には行かずじまいだったので帰り道だから寄って行こうというくらいの気持ちで訪れた。
石段を登らずにスロープカーに乗れば楽に行けると前もって知ってはいたが、少しは石段も登ってみようと途中の駐車場にクルマを置いて石段登りを始めた。半分よりは上からだから大したことはあるまいと思っていたが、登り始めると先が見えない。随分上に終点があるようだ。やはり初めからスロープカーに乗ればよかったかと後悔半分で登り続ける。宿坊(跡)が左右にあるが朽ちている、今は使う人も無いようだ。一直線の階段を上るとこ
ろから修業が始まっていたのだろうか。途中から登ると標高差75m位でも階段直登では楽ではない、やっとの思いで英彦山神社に到着する。山頂まで登るならここが出発点ということになろう、神社の標高は715mだから山頂1200mとは標高差500m近くあってちょっとしたものだ、ちゃんと準備してこなければ登れない。
英彦山神社の社殿(奉幣殿)は江戸時代前期の建物で国の重要文化財に指定されているが何故かあまり有難味を
感じない、そもそも神社の社殿というものは装飾もなくシンプルで仏教寺院とは異なるということなのだろう。参道の向きと直角に西向きに建てられているのが何かの意志を感じるが、わからない。出雲大社も西向きらしく、西向きには大陸とのつながりを示す何かがあるのかもしれない。主祭神の天忍穂耳尊(忍骨命)は英彦山に天下ったとの言い伝えもあるようで、渡来人の拠点の神社にその発祥があるのかとも思ってしまう。
弥生文化を運んだ渡来人と天皇家の発祥の関係、いつかそれが明らかにされる日は来るのだろうか。つらつらそんなことも考えてしまう。
下りはスロープカーを使って降りる。階段は下りのほうが足に来る。それでも遅いスロープカーでもあっという間についてしまう、ちょっとむなしい。別所駐車場に戻って高住神社にも行ってみる、野鳥のガイドブックでは高住神社周辺が鳥見にはいいように見える。駐車場所に止めてまた少し階段上りをする。確かに雰囲気はいいがこの時期これはという野鳥には出くわさない。野鳥を見るならもう少し登るか5-6月がいいように思える。また来よう。
福岡に戻ってきて3年半くらいになるが未だにこの地の歴史や自然にどこかとらえ所のないものを感じている。関東風のきちんとしたところが何かない、海はいいがそれ以外には東北の持つような透明なストレートな自然の美しさもない、しかし何か底知れないものがある、そう表現するほかない感触がまた面白くもある。
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