遭難漂流記を読む
風邪をひくが治りが悪い。血痰が出る。感じ悪い。近くの医院から国立病院に回されて、胸輪切りのCTスキャン、レントゲン、血液検査、インフルエンザ、マイコプラズマと検査をいくつもされた、診察や投薬と合わせて2万円近い。結局大した問題はなさそうだがはっきりはわからなくて費用対効果がすこぶる悪い。
こんな医者かかりは仕事を離れた身ではやってはいけないことなのだろう。しかし、もろくなった体にどう付き合うべきか未だに分からない。
病でごろごろしているため本を読む時間も十分とれる。今は
ヨットの遭難漂流の手記を2つ読んでいる。一つは佐野三治著「たった一人の生還―「たか号」漂流二十七日間の闘い」、もう一つはスティーヴ・キャラハン著「大西洋漂流76日間漂流」だ。
どこか似通っている。キャラハンは1982年2月の遭難、佐野三治は1991年末で10年近く開きがあるが同じような形の救命イカダ(ライフラフト)、同じようなイーパブ (EPIRB-緊急位置指示無線標識)を積んでいる。いずれの場合も結局EPIRBは役に立たなかった(たか号はバッテリーを持たせるために保護されていて電源がすぐに入らず、結局乗員が気が付かないうちにEPIRBを流してしまった)、役に立っていればこんなに苦しい漂流にはならなかったともいえる。
救命いかだはキャラハンは2名の使用を考えて6名乗りを準備した。一度4名乗りに2名で乗って流されたことがあって非常に窮屈だったので6名用を準備したという。たか号
では8名用ではじめ6名で流された。窮屈この上なかったようだ。キャラハンはチンしてまだ浮いているヨットからできるだけ必要なものをイカダに移すことに成功した。特にモリとなった水中銃は食料調達に有効だった。釣りではうまくいかないようだ。鳥を手づかみで捕まえることには2つのケースとも成功している。
真水の調達にはキャラハンは太陽熱利用の真水製造機を予備も含め2個用意していた、これが極めて有効だった。たか号では結局雨のほかは自分の尿を飲んでしのいだことになる。緊急事態に対する備えではキャラハンのほうがはるかに用意周到だった。キャラハンは外洋ヨットを設計製造していたため遭難・漂流に際してもあらゆるものを使ってそれなりに対処できイカダの修理や真水製造機の修理や水中銃の修理もうまくできたように思われる。たか号の準備はレース参加が間際で決まったこともあって手抜かりがありまた沈没時に救命いかだに備わった食料や水機材の多くを誤って流してしまったということもあった。
こんなこともあってたか号は最初の17日で6人中5人が亡くなった。キャラハンは最初から一人だった。食料も水もたか号は遥かに厳しい状況ににあったといえるだろう。読んでいくとサバイバルには結局水が大問題であるように思える。青い砂漠と表現している。
キャラハンの救命いかだに装備されていた太陽熱利用の真水製造機は現在でも
Aquamate Solar Stillという商品名でamazon(米国)で250$くらいで販売されている。キャラハンの使ったものよりやや改良されているようではあるが基本同じだ。ライフラフトには今や必需品ではないかと思う。
EPIRBも輸入品ならGPS付きで5-6万円くらいで売られている、NOAAに住所氏名をnetから登録しておけば実運用上はいいようだ。キャラハンの時は航空機や船舶に通達する形式だったものが今は衛星で受信される形式で48時間くらい発信続ければほとんど必ず伝わることになっているようだ。これがあればこんな長い漂流は今はないと思っていいのだろう。国産品で国内登録・維持するにはかなりやっかいで数倍以上の金がかかるというから不思議だ、安全で金儲けする仕組みはいかがなものかと思う。TPPではないが厄介な仕組みはすっきりさせて米国等と同等の負担で個人が使えるようにするのがスジだろう。
2つの遭難記を読むとたか号の沈没は悪天候だがキャラハンはクジラに衝突したのではないかとしている、遭難というと荒れた海と思うがそうばかりではない、思いがけないことで死に直面するようだ。外洋に出ると何が起こってもおかしくない、よくヨットでの単独横断などと出かけるものだと思ってしまうがここまで考えが至ると、歳をとったなとも思ってしまう、そうなのだろう。もう心が老けてきたし体ももろくなっている、もはや出来ないことが次々に目の前にあらわになってくる、そんな歳になってしまったと思い知らされる日々が過ぎていく。
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