池田学展に圧倒される
NHK教育の日曜美術館をたまたま見ていたら、池田学という人の個展が佐賀県立美術
館で開かれていて多くの人が虫眼鏡片手に大きな絵を眺めている姿が放映されていた。紹介された絵の映像を見て驚いた。大きな木の中に街がはまっていてその情景が細かく書き込まれている。拡大していくと街の人々や住まいや活動が見えてくる、これをペン一つで長い時間かけて書いているという。最近は米国ウィスコン州のチェゼン美術館に招聘されて制作していたようだ。即座にこれは見に行かねばならない、と思った。クルマで走っていけば1時間半くらいで行けるはずだ。
荒れた天気の月曜が過ぎて火曜にとにかく出かけた。平日だから大して混むまいとの予想は見事に外れ駐車場は満車で空き待ち行列に並ぶ羽目となった。近くには他に適当な駐車場もあるとは思えず待つしかない。
やっと順番が回ってきてクルマを押し込んで受付に向かうと確かに次々と来場者の姿がある。貸出用虫眼鏡はもう出払っていて持参するべきだったと悔やんだが、しょうがない。
入ると細密画の前には動きの鈍い観客がつながっている。皆じっくり見ている。見る順番
にとらわれず空いている絵から見てください、との案内書きがあってそれに従う。とにかく絵の前が空いている絵を見つけてはじっくり見る。遠近両用メガネも外した方がよく見えるほどに近づく。どうやってこんなに細かく書けるのだろうかと不思議だが、一枚一枚見るに飽きない。こんな展示会は観たことがない。(添付図は東日本大震災に触発された最新作の大作「誕生」で写真撮影が可となっている絵。全体が上でその左下の白枠で囲った部分(がれきに満ちた有様)が下の図、下の図でも更に拡大したくなるが手持ちのカメラでは写真の解像度の限界となる)
詳細な生物のデッサン画もある。ペン一本で毛のふわふわした感じや図鑑のような正確さを見ることができる。
{誕生」の制作風景のビデをがあったが、右
手も左手も使いながら書いている。右手だけでは右手を酷使しすぎるからだろうか。インタビュービデオでは一日に描けるサイズは10cm四方と説明している。
大きい絵を長い間書くときは大まかなテーマだけ決めて書き始め書いている内に形が出てくるという。
世界は勿論ディテールからなっていてそれをすべて書き込んでいくことで社会全体の存在が本当に表わせられるとい
うようなことかと感じる。
昔学生の頃経済を学んだ時にコンピュータの能力が上がって世界を構成する個人一人一人の経済活動をモデル化できるようになれば精度の高い経済予測ができるようになるだろうと思ったもので勿論そんな浅はかな考えは直ぐに複雑系の壁にぶつかって安定した予測など出っこないのだが、それを可能にした時の絵画的イメージがここにあるような感覚に絵を見ながら襲われていた。
東日本大震災の予兆のような絵画「予兆」を2008年に描いているがこのような絵画に至ったのは、カタストロフィーに至らざるを得ない何かが孕まれていた社会の有様がディテールを埋めていくと浮き上がらずを得なかったということではないのだろうか。
明らかに新しい分野を切り拓いたと思わせる絵画群だ。やはり見るべき展示だった。
3月20日で池田の故郷である佐賀での展示は終了し4月から7月は金沢、9月から10月は東京日本橋と巡回する。どんな反響が各地で湧き上がるだろうか。
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