« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

2017年6月29日 (木)

運河の眺めと蛍と

品川の南で大学時代の運動部の同期会がある予定だったが少し早く着いてしまった。
京浜運河とつながる高浜運河沿いに時間つぶしでぶらぶら歩いてみた。
運河の対岸に巨大な門型のビルがある。こういうビルを見ると近頃はインスタグラム投

Sinagwa_compressed

稿に相応しいいかなと思ってしまう。そう思えば躊躇いもなく想う存分に眺められるのがいい。小心者には理由付けがあると何をやるにも気楽にできる。後で調べるとマンションとオフィスの複合ビルのようだ、因みに家賃はとみると2LDKで24.6万円とある。ほとんど埋まっているようなのにも少し驚く。確かに場所も環境もいいが幾ら何でも高い。そういう世の中になってしまったようだ。東京は最早自分には住めない街だ。
でも少しだけ東京という街が羨ましくなる。

 

旅から福岡に戻ってきて翌日蛍を見に行った。
蛍を見るとこの時期ホッとする。宇都宮にいた頃はどこで蛍が見れるのだろうとあっちこっち見に行って結局市内の美術館裏の数頭の蛍を見るばかりが毎年のことだった。
福岡へ移ってくると、あちこちにほたる公園と銘打った場所がある、どうもこっちの方が多そうだ。蛍のポイントとして最も近いところが那珂川町の中ノ島公園と教わって、行ってみると見たこともない蛍の数だった。こんなに手軽に見れるならと毎年必ず訪れている。駐車場が少し離れたところに確保されているのもいい。
映像になんとか収めたいと写真撮影を試しているが大体分かってきた。1枚で撮るなら

Hotarux10_compressed_3

iso3200でf8,5秒が今のところまずまずで、撮った映像を画像処理ソフトで明るさとコントラストを好みに調整すればまあみれる写真になる。たくさんの蛍が翔ぶさまの映像が欲しければ同じ場所同じアングルで何枚か写真を撮って重ねればいい。もちろん多重露光ができればそれがいいがやり方がよく分かってないので後でソフトで重ねるのが簡単だ。
今年は少しは動きの入った写真が撮れた。梅雨どきでも結構遊べる。

 

梅雨も後半戦に入ってきた、大気が連日不安定になっている。雨が殆ど毎日何処かの時間帯で降る。植物がよく伸びる。だからと言う訳でもないが、やっぱり福岡に住むのが丁度いいのかな。そんなふうにも思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月23日 (金)

東京のコアジサシ

東京へ出かけることに決まって、大した用というわけでもないのでできるだけ費用を抑えようと安い飛行機便をいくつか探してみたがLCCは思ったほどには安くない。

マイルも片道だけ使うという手もある、これならマイルがすってんてんになるということはあるまいと羽田往復として往きはスカイマークの1万円くらいの切符があったのでこれにして帰りはJALのマイルということにする。これならチープな旅が可能だ。
あまり時間もないがどこかで鳥見をしたいと思っていた。モノレール羽田線といえば途中にコアジサシのコロニーがどこかの工場敷地に形成されているというのを看板で見たことがあったのを思い出して、少し調べてみた。

ネットを手繰っていくと森ケ崎水再生センター東施設の屋上部にコロニーがこの時期形成されるということが分かってきた。更に一時数が少なかったが関係者の努力が奏功したためか2014年頃から増え始めて多分今年もそれなりのコアジサシが飛来しそうだということも分かった。

勿論水再生センターは基本的に外部の人は自由には入れない、外から見ればいいがどこからなら見れるだろうか、調べようとするがこれ以上情報は発見できずとりあえず昭和島駅で降りて京和橋あたりまで歩いて行ってそこから眺めてみようという計画とした。

九州では有明海の三池島にベニアジサシが来ていたがこのところ不調でなかなか姿が見られなくなっている、また以前鬼怒川のコアジサシのコロニーを見たことがあったがその後大雨で川の様子がすっかり変わってコロニーが形成されなくなったこともあり、アジサシのコロニー維持の難しさを感じていた。東京のコアジサシでも見れるものなら見ておきたい。

 

Map

当日予定通りモノレールを昭和島で降りて東口改札口を出る。天気は少々日差しがあるが雨にならなかったのは有り難い。細い通路があって通りに出るのだがその途中まで来ると右手の大きな建物の上からコアジサシの群れが飛び出してくるのが見える。

 

結構近い。暫く眺めているがこの通路を通る人は誰も足を止めようとしない、見慣れた風景なのだろうか。録音したりとりあえずの写真をコンデジで残す。
水面へ飛び込むところも見れるかもしれないと京和橋まで歩いていく。

20170616koajiss0_2


20170616koajisasi8a

海に掛けられた橋だけに橋の中央は結構高くなって水再生センターのコロニーと思しきところとほぼ同高度になる。さすがにコロニーそのものは遠くてよく見えないがそれらしい場所は大体わかる。

 

20170616koajiss23_compressed


コロニーから時折5-10羽位の群れで海面に出て魚を採り始める。よく見るような垂直降下をするコアジサシもまれにはいるが殆どは接線気味に接水して採っているようだ、魚が浮いてきているのだろうか。

20170616koajisasi6a_compd_3

それとも海が汚くてあまりつかりたくないのだろうか、よくわからない。
京和橋を渡って反対側の水際沿いには遊歩道がついていて日陰で見ることができるがこちら側にはムクドリの群れやカラスもいて、コアジサシは寄ってこないので少し遠い。コンデジの望遠ではちょっと苦しくスコープか300mm以上の望遠が要る感じではある。
見ているのが思いの外面白くてあっという間に予定した時間は過ぎる、また昭和島の駅まで群れ飛ぶコアジサシを見ながら戻り、昼食場所と決めていた天王洲アイルまで進む。

こうして少しいい気分になって久し振りの東京の旅は始まった。
見るべきと思うものはなるべく見るように心がけているが、今思い返してみても旅はどういう形であれ刺激的で面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月22日 (木)

何かが凝縮した街東京

東京で同期会が2つあって、おまけに気象予報士総会のシンポジウムも聞いたりして久しぶりに2泊3日を東京で過ごした。折角だからとモノレール羽田線沿いのコアジサシを途中下車でみたり、皇居東御苑のアヤメを見たり、旧古河庭園のバラを見たり東京をあちこち動き回ってもみた。

何とか時間を作って東京駅近くで開かれるダビンチ・ミケランジェロ展もみようと計画したが結局疲れて力尽きて辿り着けず旧古河邸での歌曲のミニコンサートを心安らかに聴いていた。歌の翼がバラ園の中空に拡がっているようでゆるく流れる時のうねりが心地よかった。
東京はストレートな生き方がし易いかもしれない、そんなことを思っていた。


旧古河庭園にバラの時期かと見に行ったのは、東京には旧華族や財閥の邸宅がいくつか残されていてそれが東京ならではの見どころのように思っていることがあった。
旧古河財閥の迎賓館であった旧古河庭園は北区にあり京浜東北線の田端の次の駅上中里で降りて10分足らずで到着する。泊まっていたホテルは人形町駅の近くだから日比谷線で上野まで出てJRに乗り換えればいいという塩梅で複雑な地下鉄乗換もなくて気軽にアプローチできる。

日曜だからなるべく早めでないとと人出が気になって9時の開館直後に入る。洋館の見学は10時半からだが当日申し込みは少し早めに行って並ぶ必要があるらしいというのもあった。
Furukawagarden
バラは殆どの木にはまだたくさん蕾をつけていて1番花は過ぎているものの2番花が十分に楽しめる時期だった。2番花などという言い方はここのホームページで初めて知ったが言って見るといかにも詳しそうな雰囲気になって面白い。丁寧に手入れされていて、見ている間もずっと手入れの人が手を動かし続けている。話しかけたくなって、バラのムシ対策は?と聞いてみる、基本的に1週間に1回の薬剤散布でムシは防げているという。ふーんそんなもんでいいんだという感じだ、話すことが面白い。

洋式庭園の作庭は邸宅の設計者ジョサイア・コンドルによるものという。いかにもヨーロッパの庭園だ。
連日の飲み会で疲れていたのもあって日本庭園につながるところの木陰のベンチで鳥の声を聴きながらスケ
Baraen_2ッチを始めた。描くべきものがたくさんある景観だから十分に時間が使えて気兼ねなく休憩できる。
鳥の声は大抵がヒ
ヨドリで時々コゲラの声がするそれくらいだ、しかし何故か品がいいヒヨドリでいやみがない。ゆったりした時の流れに身を任せる。
いくら何でも洋館見学時間が迫ってきたので切り上げて急ぎ日本庭園を見て回る。茶室が点在しこのままのんびりしようとすれば幾らでも居られる雰囲気の庭だ。いいところだ。

Furukawagarden2 洋館に辿り着くと当日見学の列ができ始めているが十分定員内だ、ほどなく見学が始まる。写真撮影は禁止という。写真を撮ることにしか興味のない人はご遠慮願いたいという管理者側の気持ちが伝わってくる気がする。

建物は進駐軍に接収された後暫くは放置されてお化け屋敷状態にあったというが今は綺麗に維持されている。こういう風に整備され始めたのが戦後の終わりを示しているともいえるだろう。

2階の洋式ホールのドアの裏側に襖があって和室が作られていたりする、和室の床の間や違い棚も含めて全てジョサイア・コンドルの設計という所がまた面白い。明治期の招聘外国技術者で鹿鳴館等を設計した人だ。東大で辰野金吾他多くの建築家を育て、個人的にも日本画や日本舞踊まで習い日本舞踊で知り合った日本人の妻をめとって67歳で日本で没している。ロンドン生まれの英国人だ。デレーケ等も含めて明治初期の日本には人生を日本に捧げた優れた外国人が来てくれているのには感謝を覚えるばかりだ。
一回りした後、1階ホールで3人の女性声楽家によるミニコンサートがあるというのでもう東京で回るところは終わりにしようとコーヒーとケーキを味わいながらその歌声を楽しむ。菩提樹にからんで訳詞の近藤朔風を少し調べたところだったので同じ訳詞家の手になる野ばらの歌唱になにか因縁を感じる、歌の翼がバラ園の空に響くさまは何とも言えない安らぎがある。
東京という街もさすがに素晴らしい、そう思えてくる。何かが凝縮している。

上中里駅から浜松町経由で雨が降り始めた羽田に出て午後の便で福岡へ戻る。博多駅前でバスを待っていても人の多さの圧力を感じない、やはり東京の人の厚みは疲れるかな、歳をとるとすかすかしている福岡位の街が丁度いいかな、そんな風にあれこれ思いながら家路についた。この街らしい乾いた風が吹き抜けていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月15日 (木)

菩提樹、言葉と事物

いつものようにテレビをぼんやり見ていたら菩提樹の花が満開ですとにこやかに笑うアナウンサーの姿が出てくる。フーンと思いながらも見にいくのもいいかもしれないと思う。理屈をつけて出かけるようにしないと特に梅雨場は動きが鈍くなる、精神に良く無い。
恵光院という寺だという、調べて見ると筥崎宮のすぐ側だ、一応駐車場はある事になっている、特に問題もないようなので直ぐに出かけることにする。例によってナビはそうかなあという街中突破の道順を指し示す、面倒なのでナビにとりあえずは従ってみる。走り出すと案の定渋滞ありリルートしますが次々に出てその度にリルートに従うと細い道をうねうね走らされる。後悔しながら筥崎宮までたどり着くと恵光院の駐車場が分からずぐるぐるまわることになって、諦めて筥崎宮の門前のコインパークに入れる。参道を歩いて行くと確かに恵光院の駐車場はあるが筥崎宮の参道から曲がりこむところが進入禁止になっていて普通に考えると駐車出来ない。しかし既に1台駐車している、どこから、と思っていると次の一台が現れた、参道の歩道部分を少し走って進入禁止の立て札の裏側から曲がり込んでいる。知っている人はこうするらしい。

Bodaijyu 門をくぐってやや進むと目当ての菩提樹が現れる。なんとも言えない香りを漂わせて小さな黄色い花が鈴なりに垂れている。本堂には涅槃図のご開帳もある。仏門の信者ではないが形ばかりのお参りをして、花の写真をあれこれ撮る。置いてあったベンチに腰掛けてのんびり眺めたりもする。確かに心が和らぐ木だ。
釈迦が悟りをひらいたのも菩提樹の下とされる。一方で菩提樹といえばリンデンバウムだ、シューベルトの冬の旅の中の有名な歌曲でもある。
眺めているとシューベルトと釈迦は本当に菩提樹でつなBodaijyu1 がっているのだろうかと思えてくる、何だかピッとこない、歌詞を思い起こすと同じ木だとは思えない。
戻ってネットであれこれ調べると、フーンという話が色々出てくる。
まずは釈迦が修行した菩提樹はインドボダイジュと現在呼ばれている木で、クワ科イチジク属の木であり、恵光院の菩提樹は和名ボダイジュでシナノキ科シナノキ属で全く違う木とわかる。シューベルトのリンデンバウムのほうもまた違うセイヨウシナノキと呼ばれる木だがこちらはシナノキ科シナノキ属でボダイジュとは近しい関係にはある。

なんでインドボダイジュでないボダイジュがお寺にあるのかというと、もとは約800年前に中国から伝わったものであのお茶を伝えた栄西が中国に渡った際にこれも持ち帰ったという。正確には頼んで日本に送ってもらったという事らしい。送り先は博多で香椎宮のそばにまずは植えられたという。その後日本に戻った栄西の手によって株分けされたボダイジュが全国の寺院に配られて日本に根を下ろしたという事らしい。東大寺の菩提樹にはその経緯が残されており栄西が伝えた木の子孫であることが明記されているようだ。香椎宮の元の木は戦国時代に焼失しその場所には今は東大寺から株分けした木が植えられているという。恵光院の菩提樹は樹齢200年とされるばかりで由来の説明がないがたどれば栄西の木にたどりつくのだろう。
栄西の伝えた菩提樹が日本国内で大事にされてきたのはその木の出す雰囲気があったからだろうが、そもそも何で中国でインドボダイジュが菩提樹とされずシナノキの仲間が菩提樹とよばれるようになったかについてはインドボダイジュが熱帯性の木で温帯には適合できないため近しい木として今のボダイジュが選ばれたとの説明があるようだ。しかし本当にそうなのかどうか、解らない。現在通販でもインドボダイジュは売られており日本国内で育てている人も多数いるようではある。おおらかなところが大乗仏教らしいといえばそうだ。
シューベルトの菩提樹の歌だが歌詞はドイツの詩人ヴィルヘルム・ミュラーのドイツ語で勿論菩提樹の言葉は訳者が選んだ言葉だ。訳詞は明治の終わりから大正の初めに活躍した近藤朔風の手によるもので、同じシューベルトの野ばらもこの人が訳出したものだった。重ぐるしい歌曲冬の旅の中でほっとする気持ちを与える名曲だ、菩提樹という和名は名前はまさにそのような効果を曲とともにもたらしているように感じる。原文のリンデンバウムは植物学的には、セイヨウシナノキというべきなのだろうがそれでは歌にならない、近い種類のボダイジュを当てたのは正しいと思える。
調べると色々な思いが菩提樹ボダイジュという言葉からにじみ出てくる。
言葉と事物の繋がりの保証が容易く崩れ、崩れたとしてもまた新たな時空を生み出していく深みのある関係に思いが至る。
こういうう風にして世界は成り立っているのだ、また思ってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月 6日 (火)

タイ特別展を見る

心に引っかかって気になっていた展示会がついに最終日になったというのでとにかく見に行った。近頃はPoster日程をコントロールする力が弱まっていて、きっちり予定をくんでおかないと何もできなくなるような恐ろしさが自分の周りに漂っている。ここで終わりという日には何をさておいても動くしかない。
観に行ったのは 日タイ修好130周年記念 特別展 「タイ-- 仏の国の輝き--」という九州国立博物館の出し物だ。東南アジアには訪れたことがなく知らなすぎるという引け目とどのくらいの文化だったのだろうかという純粋な好奇心のないまぜがたわいもなく心に引っ掛かりを作っていた。
 九州国立博物館は放送大学で学んでいると半額で入場できるということもある、行かねば損との気にもさせていた。

午前の早めに入場したが最終日の日曜日ということもあり混んでいる。駐車場も既に大分埋まっている。いつもは平日に訪れているせいか子供の姿が多く思える。
見始める。時代順に日本では法隆寺の時代に当たる頃の仏像から始まる。不思議P03 な形の仏像が並ぶ、ともかく顔の形が日本でみる仏像と全く違う、唇が随分厚いし口 が大きい。人種的には近いはずだが文化が違うとこうなるかとの印象を受ける。最初にどう作られたかで違ってきたのだろうか。勿論ここにも特有の美しさがある、力がある。
タイ語の文字も並んでいる。漢字文化とは全く違う。戻って調べると、インドの文化圏のようで、タイ文字はアショカ王時代にも使われたインドのブラーフミー文字というのがその源流にあるようだ。梵字などとも近しい文字らしい。タイに仏教が根強く生きているのもそんなことが関係してもいるのだろう。
文字がしっかりしていると文化も古くからしっかりと開花していく、メナム川(チャオプラヤー川)下流に栄えたドヴァーラヴァティー王国の7-8世紀の仏像や工芸品も並べられているがいずれも素晴らしい美術品だし精巧な細工だ。インド文化圏とも称せられる文化圏と中国を中心とする漢字文化圏の2つの有力な文化圏が厳然とアジアに存在し続けていたことを改めて知らされる。ちなみにベトナムは中国漢字文化圏の南端、タイはインド文化圏のヘリで 挟まるカンボジアは微妙な位置に昔からあったということになる、現代史が透けて見えるようでもある。学ぶことが多い。

15-6世紀の日本の戦国時代には多くの日本人がシャム(タイ)に進出していた。当然それなりの航海術が発達していて、立派な海図が残されている。これもここで見ることができる。むろん世界地図もあるが、特にロシア北岸の海岸線が良く描かれていることに改めて驚く。当時既に北極近くまでの地理的知識が世界的には蓄積されていたようだ。世界は広がっていた、鎖国がなければ全く違うアジアでの日本の広がりというものがあったに違いない、鎖国で安全は保てたが失ったものも相当に大きかったように思える。

予想していた通り気になっていた通りタイには日本と明らかに異なる優れた文明があった、リスペクトする心、それは知ることから始まるのだろうな、当たり前のことをまた教えられた気がする

まだまだ学ばねばならないことは果てしない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月 1日 (木)

2017年5月の福岡市南区周辺の野鳥

2017年5月の福岡市南区周辺の野鳥

上旬には市内各所でハチクマの通過が見られたが中旬過ぎには殆ど見られなくなった、今年はやや早いように思える。
近くの溜池ではバンが3羽の雛をかえした。暫くは子育ての季節に入る。ツバメの姿が今年は多いように感じる。こちらも巣作りに忙しい。
カワセミも近くの中公園に久しぶりの姿を見せた。

手元に残るメモからの観察記録は下記

2017.5.2 am11-pm1  糸島・立石山 トビ5 糸島・火山 アオゲラ(声)

2017.5.3am10-12 福岡市油山市民の森  Rサンショウクイ(声)、サシバ1、コルリ20170503sasiba1 (声)、カワラヒワ、コサメビタキ、エゾビタキ、イカル(声)、ヤマガラ、シジュウカラ、ウグイス(声)、ホオジロ、トビ、ソウシチョウ(声)、ヒヨドリ、ハシブトガラス、ハチクマ

2017.5.8 16時頃 福岡市西区今津 ヒバリ、オオヨシキリ10-20、コガモ、マガモ、アオアシシギ、イソシギ、カイツブリ、ソリハシシギ、アオサギ、ホオジロ、コサギ、キンクロハジロ、バン、トビ、ハチクマ、チュウシャクシギ(またはダイシャク?)、コチドリ
20170508ooyosikiri1
2017.5.11 am11-12 福岡県宇美町昭和の森周辺:Rサンショウクイ、メジロ、オオルリ、ヤマガラ、オオアカゲラか(声)、コゲラ、アオゲラ、カケス、ソウシチョウ、シジュウカラ

2017.5.12 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:マガモ2、カワラヒワ4、ツバメ5、ムクドリ2 新市楽池:マガモ20170508imazuhachikm 2、バン1、ハシボソガラス1 鹿助池:シジュウカラ6、バン1、スズメ

2017.5.15 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:カワラヒワ3、スズメ、マガモ 新市楽池 マガモ、バン2 鹿助池:バン

2017.5.16 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:カワラヒワ2、シジュウカラ、ムクドリ、スズメ 新市楽池:マガモ1、スズメ 鹿助池:アオサギ1、ハシボソガラス、バン、ヒヨドリ

2017.5.16 am12 油山片江展望台:ハチクマ見えず、サンコウチョウ(声)、オオルリ、コゲラ、キビタキ、シジュウカラ、ホオジロ、メジロ

2017.5.17 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:カワセミ1、マガモ2、カワラヒワ3、ツバメ2、ムクドリ、スズメ、キジバト 新市楽池:バン1 鹿助池:バン

20170523bannhina 2017.5.22 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:ツバメ、マガモ1、カワラヒワ、ムクドリ、スズメ、コゲラ(声)新市楽池:バン2、マガモ1、スズメ 鹿助池:シジュウカラ、バン

2017.5.23 am7 福岡市南区長丘周辺 中公園:マガモ♀1、カワラヒワ2、キジバト1、ムクドリ、スズメ、アオサギ1 新市楽池:バン5(内雛3)、ドバト2、マガモ1、スズメ 鹿助池:シジュウカラ
5+、バン2、ドバト5、ハシボソガラス

20170524tadehooaka2017.5.24 am11 阿蘇山上 ガビチョウ(声)
     14時 くじゅ
うタデ湿原 セッカ、ホオアカ2、ホオジロ、カッコウ1、モズ1、イカル(声)

2017.5.25 am8 佐賀県大授搦 トウネン(多数)、ハマシギ(少数)、クロツラヘラサギ約15、チュウシャクシ ギ、ホウロクシギ、オオソリハシシギ、ズグロカモメ、ダイゼン、ダイサギ、ダイシャクシギか、オオヨシキリ

2017.5.27 am7 福岡市南
区長丘周辺 中公園:シジュウカラ3、モズ1、ムクDaizen2aドリ、スズメ、カワラヒワ、コゲラ 新市楽池:バン(声)、マガモ3、スズメ、ツバメ3 鹿助池:シジュウカラ、バン(声)、ムクドリ、スズメ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »