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2017年8月16日 (水)

「騎士団長殺し」

松本清張の「球形の荒野」を読んでいるときに村上春樹の「騎士団長殺し」の貸し出し順番が(ついに)回ってきたとのメールがあり急ぎ図書館から借りだした。発売と同時に申し

Kisidancyou

込んでやっと今だ。読んでみると、どこか2つの小説の筋立てに通じるものを感じている。勿論小説の質は全く違うが、いずれも事象の原点は戦争に関わった時代のスイス・オーストリアでありそこから脱出できたあるいは死んだという人の話が物語の湧き出し源になっている。

とにかく「騎士団長殺し」を読み終えた。村上春樹らしさに満ちた小説だ。
タイトルの騎士団長はオペラ ドンジョバンニの冒頭でドンジョバンニに殺される騎士団長とされる、騎士団長殺しの現場は画家雨田具彦によって日本画として描かれているがこれは
雨田がウイーンに留学中ナチス高官暗殺未遂事件に巻き込まれた記憶をメタファーとして絵にしたものらしい。騎士団長が飛鳥時代の衣装で描かれているという。ウイーンの事件そのものはこの小説の中での扱いはそれほど重要ではなくて、その騎士団長の姿で現れたイデアが重要な役割を担うという組み立てとなっている。
イデアとは何か。要するに観念のことだ、と主人公の「私」は少女まりえに説明している。愛そのものはイデアではない、愛を成立させているものがイデアだ、そう語っている。この言い方でいけば雲そのものはイデアではない雲を作り出している大気の構造がイデアである、ということになる、そうなのだろうか。ちょっと違うような気もする。
ともかくペラペラ喋るイデアの騎士団長という概念にどこか無理がある様に感じてしまう、本来は抑圧する側の観念を現すイデアなのだろうが小説の中の振る舞いにはそんなところは一つもない。メタファーに過ぎないのではないかと思ってしまう。
「私」は騎士団長の姿をしたイデアを雨田具彦の目前で殺害して地下の道を潜っていく。そこでは自分の観念が道を物理的に作る、広げる、それは何なのか、相変わらず説明がない。観念には実は実体がある、作者はそう思っているような表現をあちこちにちりばめている、そうかもしれないという気もする。勿論説明はない。
説明的でないようにしているところは俳句的ということもできる。くだくだ説明しているとリズムを失う空気感を失う。

「私」が絵を描くところ、肖像画を描くところ、そこはずいぶんリアルだ。概念を形にする、騎士団長の形にする、その人の真実を絵という形にするという登場人物の作業があって、一方で小説を作るという作業をしている作者が感じられる、それも同じ作業かもしれない。そこら辺が村上春樹なのだろう、どこか概念的な雰囲気にリアリティを与え、読者を楽しませる小説とすることに徹している。

結局は 形を借りる、それがキーワードかもしれない。妹コミがまりえの形を借りて現れる、まりえの母と妻ユズに雰囲気の共通性を与える、騎士団長殺しの形を借りてウイーン事件を描く、白いフォレスターの男の形を借りて「私」の邪念を描く。免色のような人、それは読者の心に投げかけているのかもしれない、どこかで見かけた人、読んでいる自分としては放送大学の「感性」の担当講師と無意識に重ねている、そういうことかもしれない。
騎士団長殺しというタイトルもしばらくは師団長殺しというワードで自分に入ってきていた、あの終戦の日の反乱ー日本で一番長い日ーで師団長が殺されたシーンと2重写しになっていた。形を持たせなければ概念は入ってこない。


最近 社説欄に 「「騎士団長殺し」(全2巻)は、歴史の暗部と向き合うことを読者に求める作品である。登場人物の学生は20歳で徴兵されて1937年の南京攻略戦に加わり、復学した後に自殺する。遺書には、上官に命令され、軍刀で捕虜の首を切らされた経験などがつづられていた。」
なる主張が載せられている新聞(西日本新聞)を見て少々唖然とした。局所的にはそのような記述はあるが 「歴史の暗部と向き合うことを読者に求める」 全篇を読んでそんなことを求められていると感じる読者は殆ど無いだろう。そんな小説ではない、こんな社説を堂々と発表する新聞の報道の偏りを、何でも自己の主張に利用してやろうというえげつなさをどうしても感じてしまう。有名な小説の有名税かもしれない、というかこんなことは形を借りられてしまう、というところを本質的に持っている小説からなのかもしれない。

ともかく色々考えさせる小説だ、浸れる小説だ、ノーベル賞は取れないかもしれないが、何といっても村上春樹は面白い。

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2017年8月15日 (火)

大ピラミッド展

エジプトにもいつかは行かねばと思っていたところへ、早稲田隊の吉村作治さんが企画・監修した大ピラミッド展という展示会が福岡に巡回してきた。2年位国内のあちこちを巡回

Entry

してきたらしい。これとは別だが昔宇都宮で、やはり吉村さんがセットした古代エジプトの展示会を見たのを覚えている。発掘資金集めの一環かな、観に行けば支援にもなってそれもいいか、とついふらふらと見にいってしまった。



この間みたラスコーの洞窟壁画は2万年前、こちらは5千年前だから、この間の変化が人類文明の進歩というとになるが、この1万5千年の間にピラミッドような超大工事を正確にやれるようになっていた、ということに尽きるようだ。

Miira

文字を使い、王国を築き、数々の工芸品を残すに至った姿からは一気に前に進んだ勢いを感じることができる。

しかし考えてみれば、縄文の始まりから現代までがおよそ1万年5千年だから1万5千年でこれ位の進歩というのはそう不思議でもない。進歩というのは所謂クオンタムリープ(量子的飛躍)の繰り返しだから、飛躍の度合いをきめる天才がどれくらい優れているかどの位いるかで進歩の速度は決まってしまうような気がする、古代エジプトでは天才の数が限られていたのだろう、まだ人類の総数が少なかったということかもしれない。氷河期でそれどころではない時代が続いていたということかもしれない。

展示品で感じるのはその色の華やかさだ、3000年前の木製のミイラカバーは鮮やかな色彩の細かい絵で埋め尽くされている。ミイラを作る技術とともに物を保存する技術も磨かれたのだろう。勿論乾燥した地域の地下で厳重に封印され続けてきたということもある。

Menk

日本のたった1500年前位の古墳から出土する木製品はこんな姿では到底ない。

展示品にはカイロ博物館の重要な収蔵品が多く含まれていて国内でこれほどの古代エジプトの出土品がカイロ博物館から出展されるのは初めてではないかと思われる。メンカウラー王のトリアード(添付写真)は思いのほか小さいが顔の細工も細やかでリアリティがある。これは。。と思わせる迫力がある。

日用品ではエジプト・アラバスターと呼ばれる半透明の石を加工してつくられていた水差しの巧みな技が印象的だった。今使ってもおかしくない、美しい。
目玉となっているアメンエムオペト王の黄金のマスクも立派だが金だけに古びたところがなくてそれがかえってこんなものかと、感慨がどこか薄い。

しかし並べられている展示品はほぼすべてが墳墓から出土したものだ、言わば墓荒らしの成果をみているようでどこかうしろめたさがある。そうはいっても大規模な建造物を除けば墓しか残っていない。ピラミッドもギザにある3つのピラミッド以降は総てがかなり崩れているようだ。
戦乱や大規模な自然災害を潜り抜けては洞窟か墓か或いは余程の大建造物しか残らない、結局そういうことだろうか。今後も5千年や1万年のスケールでは大震災だって核戦争だってあるだろう、これからでもそういうことかもしれない。ちょっと空しくなる。

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2017年8月11日 (金)

ショウリョウバッタとお盆

お盆も近いというので例年のようにお墓の掃除に出かけた。歩いても行ける距離だが何しろ暑いし道具や花や持ち物もあるので車で行く。お盆の入りの日を控えてということもあって、墓地には結構な車が入っている。
適当に停めてお墓に近づくといつにもまして植物の茂り方がきつい。雨は少なくて日

Ichijiku

照りが強い方が生き物は生育が盛んなようだ、昔から日照りに不作無しというが本当だ。伸び放題の野ばらやら以前から植えられていたよくわからない小さな灌木が登り段をふさぐほどになっている。有無を言わさずばさばさ切っていくが、あれっと思う木が生えている、イチジクだ、実すらつけている。そういえば春には小さな葉っぱが出ていて何だろうと放っておいた記憶がある、こんなにまで立派な姿になったのか。ちょっとした感動だ。
その他ナンテンの葉も出てきているし、別のよくわからない木の葉も地面から出てきている。これは放っておくのが面白そうだ。
刈込も終わって片づけていると

Syouryoubatta

大ぶりの茶色い昆虫が小さな灌木の上にいる。逃げる風もなく見られてほしい風情でじっとしている。兎に角写真に収める。それにしてもなんだか不思議だ。
帰って調べてみるとショウリョウバッタという名にたどり着く。メスのショウリョウバッタだ。なーんだと思ったがショウリョウの漢字の字を見て少し驚いた、精霊と書く。
亡くなった母の命日は8月だ、お盆に魂が戻る、という説を信じたくなる。
そういえばイチジクの木も以前両親が住んでいた家にあった。

ショウリョウバッタはお盆のころに出現するバッタらしくイチジクの木もたまたま鳥が運んだ種が根付いたのだろう、しかし揃って墓参りの日に墓前に出現するとなにやら意味ありげに思えてくる。あれこれ結び付けてみたくなるのは人の心故のことだろうし、そういう風にして故人を偲ぶのも、人ならではのことなのだろう。

それにしてもお盆には不思議なことが起こる。やっと人並みにお盆を感じることができるようになったというべきなのか、そんなことを考えている。

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2017年8月 1日 (火)

2017年7月の福岡市南区周辺の野鳥

2017年7月の福岡市南区周辺の野鳥
夏の暑さが前面に押してきた感があり、クマゼミの鳴き声がいやましに大きく、野鳥の姿は追われるように少なくなっている。カワセミがしばしば見られたが暑さ負けか元気がない。

手元に残るメモからの観察記録は下記

2017.7.3 am6:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ヒヨドリ、メジロ、ムクドリ、シジュウカラ、キジバト2、スズメ、 新市楽池:スズメ、バン3(親1+若1+ヒナ1)、カワラヒワ1、ドバト3、鹿介池:カワセミ2、ツバメ、バン声、アオサギ1、シジュウカラ4、ヒヨドリ、ムクドリ

2017.7.5 am6:30頃  福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ムクドリ20、スズメ16、ハシブトガラス1、メジロ声、ヒヨドリ、アオサギ1、ドバト2 新市楽池:、ドバト、バン2(親1+若1)、ツバメ、マガモ5、鹿介池:バン1、ハシブトガラス、ムクドリ、スズメ、メジロ、カワラヒワ2、ヒヨドリ、ハシボソガラス

20170712ban


2017.7.11 am5:45頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:メジロ7、ドバト3、スズメ5、 新市楽池:バン4(親1+若1+ヒナ2)、スズメ2、鹿介池:スズメ5、、ツバメ2、バン1、アオサギ2、ムクドリ3、ハシボソガラス1、

2017.7.12 am5:45頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:メジロ3、コゲラ1、ムクドリ5+、ヒヨドリ、キジバト、スズメ5、カワセミ1、ハシブトガラス1-2 新市楽池:バン3(親1+若0+ヒナ2)、ツバメ3、鹿介池:スズメ5、、マガモ1、バン1、アオサギ1、ムクドリ5+、

20170712kogera


2017.7.13 am5:50頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:メジロ2-3、ムクドリ10、ヒヨドリ、キジバト1、スズメ5、カワセミ1、ドバト2 新市楽池:バン5(親1+若1+ヒナ3)、アオサギ通過、鹿介池:スズメ5、ムクドリ8、

2017.7.19 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ムクドリ7、ドバト、スズメ、シジュウカラ 新市楽池:バン3(親1+若1+ヒナ1)、スズメ、鹿介池:マガモ1、ムクドリ7、ドバト、ハシボソガラス2

20170712aosagi



2017.7.20 am6:30頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ムクドリ7、ドバト5、スズメ5、シジュウカラ 新市楽池:バン3(親1+若1+ヒナ1)、スズメ、鹿介池:マガモ1、ムクドリ7、ドバト、、ハシブトガラスハシボソガラス

2017.7.21 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:カワセミ1,ムクドリ、ドバト、スズメ5、 新市楽池:バン4(親1+若1+ヒナ2)、スズメ、鹿介池:ムクドリ7、ドバト、ススメ、キジバト

20170713mejiro


2017.7.24 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:カワセミ2,アオサギ1、ハシボソガラス、スズメ、 新市楽池:バン2(親1+若0+ヒナ1)、スズメ、マガモ2 鹿介池:マガモ1、ハシブトガラス

2017.7.25 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:カワセミ1、 新市楽池 マガモ3 鹿介池:マガモ1、

2017.7.31 am7:00頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公

20170724kawasemi

園:カワセミ1、 新市楽池 マガモ1,バン3(親1+若0+ヒナ2)ハシボソガラス、スズメ2、

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