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2017年12月31日 (日)

ベートーベンシンフォニエッタの第九

九響の第九の切符は取れなかったが、12月の定期演奏会でもらった宣伝ビラに12

Beethovensy

月29日に福岡である第九のコンサートというのを見つけてビラにあった問い合わせ先に電話した。ベートーベンシンフォニエッタという聞いたことのないオーケストラの演奏だが合唱は九響合唱団となっていてそれなりの演奏会ではあるようだ。切符の入手法がわからず電話したのだが当日ホールの前で引き渡すといって名前を聞かれた。ちょっとカタコト感のある喋りで外国人のようだ、もしかしたらオーケストラを主宰する九響の主席クラリネット奏者デムチシンさん本人だったかもしれない。当日支払うことになるが前売り料金でよく放送大学の学割もきくという。当日券大人は4500円だが前売り学割は1000円となるからとにかく名前を言って予約した。それにしても引き換え番号を告げられるでもなくこれで大丈夫なのだろうかと気になったまま3週間後に当日を迎えた。開場時間の少し前くらいと早目にホールを訪れる、福岡・天神のFFGホールだ。
地下に下る入口のところに案内の人が立っていて下で引き換えるという、階段を降りるところに少し列ができていてこれらしいので並んで待っていると順番となる。和服の女性に名前を告げると封筒に切符が準備されていて、学生?といぶかる声が返る。放送大学ですと学生証を

Ffg

見せながら告げるとアッ失礼しましたと素直に渡してくれて現金を払う。こんなんで大勢の予約をさばけるのか思うが適当に三々五々に客が来るので結構成り立っているから不思議だ。手作り感の濃いコンサートだ。
自由席なので真ん中辺の見やすいところに席をとる。初めてのホールだが客席奥は階段が急でどこでもよく聞こえそうな造りになっている。600人くらいの規模で小ホールといった感じだ、気安く演奏会が開ける感じがある。演奏者は九響のメンバーや北九州の響ホール合奏団のメンバーにフリーランスの演奏家を混ざった形で見た感じ女性が多い。人数は多くなる第九でも50人くらいとコンパクトなサイズだ。
出し物はモーツアルトのレクイエムとベートーベンの第九でちょっと重い。
事前にロビーでボランティアらしい方の説明があって少しはわかりやすくなる。
レクイエムはモーツアルトの未完部分を弟子のジュースマイヤーが完成させた版が普通だがここではこれとやや異なる版で演奏されるという(どの版かは忘れてしまったが)、確かにレコードで聴き慣れたのとは少し違う。

Nenmatu

指揮者の意図なのか弦の重厚みが弱目で重々しさがあまり感じられなく薄い演奏との印象がある、年の終わりに聞くにはちょうどいいくらいかもしれない。
第九のほうはこのシーズンだから演奏者はあちこちで演奏してきた雰囲気があり安定感があって聞きやすい。しかしやはりバイオリンが弱い。編成上の問題のようでもある。いずれにせよ十分聴きごたえはある。やはり年末は第九だ。
合唱と打楽器の迫力で盛り上がるところに至ると今年も終わりかとの感慨が生じる。

来年はどうなるだろうか、平和な時代の年末だったと後で回想することにならなければよいが。しかしそんなことはなるようにしかならない、先のことは心配せずにその時その時を気楽に過ごす、それしかないのだろう。まだそう思えるいい年の瀬だ。

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2017年12月28日 (木)

個の露出への誘惑と警戒

どうもこの頃寝つきが悪く気楽に読める本をとヘミングウエイの「武器よさらば」を読

Bukiyo

んでみた。A farewell to arms というのが原題だから直訳のタイトルということになる、武器よさらば とはてっきり出版社が適当につけた和名と思っていた。
会話文が多くてすらすら読める。第一次大戦イタリアの前線での
著者の戦争体験に基づいて描いた小説といわれるだけに戦争をめぐるディテールがそれらしい。ただ戦場での恋愛の実際の結末は小説とはだいぶ違うようで恋人の死は創作だ、でもリアルな描写が多いので読者はどうしても総てが著者の体験のように思えてしまう、そういう所がうまい著者なのだろう。発表と同時にベストセラーとなったのもうなずける。

「日はまた昇る」を読んだ時にも感じたがヘミングウェイという人は全くの空想では物語を書けなかった人なのではないか、自分の体験をベースに少し事実とは違うことを書き込むくらいでしかいい小説は書けなかったのではなかろうか、そう思ってしまった。それも一つの生き方だ。ヘミングウェイ自身の人生の物語が十分に面白いような気もしている。

自分自身の生きざまを露出させながら書き続ける、それで立って行っている作家の作品はこれまでにも随分ある。檀一雄のリツ子その愛その死 などはその最たるもののように思っている。

しかしそんな作家の生き方は終わりとなりつつあるのではないだろうか。

ネット社会だ。個人のプライバシーが思わぬところから暴露されて異様な人々から攻撃される、そんなことがあちこちで起こるようになってきた。こんな社会に身構える個がある、それを感じる。

思えば今回のノーベル賞作家カズオ・イシグロはヘミングウエイの対極にあるようだ。カズオ・イシグロの作品のように任意の舞台設定で真実と思うことを書き込む、そんな能力が必要であり評価される時代になってきた、そういう流れを感じる。


12月の初めに久しぶりにヨットの遊びでヨットハーバーに行った折、いくつかの雑談の中で、自分の住んでいる近くにイルミネーションがすごい家があるとの話を聞いていた。どうも高層住宅から眺めてそのあたりに見えるということらしい。クリスマスになってこれを思い出して、クリスマスを過ぎるともうやめてしまうかもしれないと、とにかく日が落ちてからどこだろうと探しに出かけた。大体の方角を見定めてジグザグに歩いていくと確かにきらびやかな電飾の住宅に行き当たる。ここらでは個人の住宅

Densyoku

のイルミネーションなど見たことがなくて可成り目立つ。ここのことらしい。
しかし誰も見に来ている人はいない。寂しいイルミネーションだ。周りの家が同調してそれぞれに飾り始めれば面白いことになろうが、そんな雰囲気はとんとない。
自分もやるかと問われればたじろぐところがある。自己主張はしてみたいが安全上自分の住居は守りたい、安全を曲げてまでは目立つことは避けようとする気持ちがある。個の露出が容易になったことへの誘惑と警戒、これが時代の雰囲気になりつつある様に思える。

警官や教師のありえない不祥事が相次ぎ、ホラー映画の様な座間大量殺人事件や、殺人してみたかったから殺したという若い女性が現れたりもして、一定の無視できない割合でこの社会には異様な人間が住み着いていることが明らかになってきたように思う、もしかしたらネットがそれを助長したのかもしれない。そういう世の中だ。異様な人間からは自分を守ることがまず必要だ、ガードを固める、縮こまる、そんな面白くない
連鎖の世の中に突き進んでいっているようで少々暗くなる。

どうやればそんな不安から解放される社会へと向かえるのだろうか。トランプのように壁を作り人の動きを制限して多様性を排除するほかないのだろうか。そうではないのだろう。
テクニカルなことで解決の糸口が見つかるかもしれない、神のごときAIが現れてネットのすべてを仕切る時代が来るのかもしれない、そんな気もするがそれで収まるのかどうか、それ以上は思いつかない。

いずれにせよ人類はこんな状況は乗り切りながら先へ先へと進むだろう。どんな世界がその先にあるのだろうか、考えていくと果てしない。

寒くなると考えをめぐらして未来を思うこんな時間が長く持てるようだ、それはそれで悪くもない。冬はまだまだ続く。

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2017年12月26日 (火)

インスタグラムの写真が

昨年春、インスタグラムに写真を上げ始めてもう暫くたつが、色々発見がある。
この間に心に思うことは、たいしたことでもないが、写真は何らかの加工をしないと自分の感じたものが出ない、というあたりだ。

1hakubutu_2

1hakubutua_2

まずは遠近法の補正だ。斜めから見た写真を正面からの視点に変え物の押し出してくる感じを拡大したりする。
意外感が出せる。投影ではないものそのものを見る感じがする。

ぼけた写真がかえって面白みが出ることがある。例えばこの写真だ。明らかなピンボケで、普通なら消してしまいたくなる写真だ。これを色彩でいじっていくとボケたところに新たな線が現れ写真の表情が変わ

2karasuuri0_2

2karasuuriba_2

る。新しい質感やフォルムが生まれる。更にはこの手順を後で再現しようとしてもうまく再現しないことがある。アプリケーションソフトのちょっとした調整でぼけた画像ほど面白い変化が多層に出てくるのを感じる。
ボケた写真でないとこれが出てこないのが普通では信じられない。
ピンボケの写真にも存在理由があるというか、ピントのきっちりあった写真より価値があるという感じさえしてくる、人の世の縮図でもあるようだ。
色もトーンカーブをいじっていくと隠れていた色調が表に出てくる。元の写真を改めて良くみるとそこにほのかにそんな色合いが隠されているのが解る。世界は思いもよらない色で出来上がっている。

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画像の部分カラー化も面白い。野鳥や昆虫のように本来バックグラウンドに埋もれてしまうような保護色の色彩をそれだけをカラー化して背景をモノトーンや単色化してしまうと対象の存在が際立つ。フィールドで鳥を見る時人は意識の中でそのような感じで鳥を追っているように思う、その感じがよく出てくる。きっちりと写された写真が実は自分の感じている自然でないことが解ってきて面白い。音の世界でいうカクテルパーティー効果(騒がしいパーティーでは周りの雑音からその人だけの声を脳が聴き分けて会話ができる、録音したのでは雑音に消されてしまいわからない)というのが視覚の世界でも存在する様だ。

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4shirakabe_2

風景を眺めた時にも、意識の中では見ていないが写真に写ってしまう電線や看板のような人工物も暇をかければ消し去った画像にできる、そうすると、良く取れた写真だ確かにこの風景を見たとの記憶になるから面白い。

次第に絵を描いているような気持になってくる。本当に見たものを感じたように表現したい、そう思うとただの写しっぱなしの写真ではダメなようだ。

こんなことはもしかしたら写真学校では当然の様に教えられている内容なのかもしれない、ともかく生きて動いていると何をやっても学ぶことが多い。


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2017年12月21日 (木)

寒気到来とモーターショーと

寒さが続いている。寒さの直接的な原因は北極振動の指数がマイナス側に振れやすくなっている、すなわち北極回りの寒気を閉じ込めておく極渦が弱まって北極が高気

2017122612850temp

圧的になり北極の寒気が流れ出しやすくなって、これが波状的に北半球の各地を襲っているという図式だ。(1番目の図、高度約1500mの気温分布(12月26日の予測値)、日本と北米に寒気が降りてきている)。

北極振動の原因は地球温暖化モデルと関わりない大気の波動として解析されているようだが数値的には十分には長期予測されるまでに至っていないようで、短期的な予測しか頼りになるものは無い。今のところ正月に向かってまた北極振動がマイナス側に振れそうで日本ローカルは別として世界的には寒い年越しになりそうだ。(上から2番目の図、右端の赤い線が予測)。

Aoforecast

これまでの長期的世界の気温変動と北極振動指数(AO指数)の推移はよく対応しておりよく見ると北極振動の動きが気温の動きにやや先行しているように見える。(上から3番目の図)。本当に人為的な活動が主因で地球が温暖化しているのかどうかここらあたりからも議論がありそうだ。温暖化論争は更に混迷してきた感じがする。

Aokion

更には未来が一筋縄では見通せなくなった時代に政治がついていけなくなったような印象がある。




12月は2年に一度のモーターショーが福岡にも回ってきた。

 

Motorshow2


福岡では技術展示は殆どないのでコンセプトカーを眺めたり各社の最新型のクルマに座ってみるくらいでやや手持ちぶたさとなる。住宅展示場の雰囲気がある。こんなショーなら入場料をとるのはいかがかとも思われる。

 


ともかく試乗でもするかと、空きがあったトヨタのPHV(プラグインハイブリッド車)に試乗して会場付近の公道を走ってみた。PHVだから市街地走行では電気自動車だ。デモカーというのに自動化は遅れている印象で今乗っている車の様な速度ゼロからの追従モードやサイドブレーキの自動リリースなどは無く、あまり新しいというインパクトはない。これからのクルマは見ただけでは解らない乗ってみなくては解らないというところが随分大きなウエートになってきたと感じる。クルマを売るのも買うのも難しい時代になってきたようだ。
電気自動車の未来が語られるが電気自動車では本当に寒冷地で暖房も含めて実用性は大丈夫なのだろうか、吹雪で渋滞するとバッテリーが持たないということは無いのだろうか、その不安はいつまでも消えてくれない。寒くなってくると特にそう感じる。指し示す未来が未だに良く見えない。
温暖化も、クルマの技術も簡単に見通せなくなってきた、これが時代の雰囲気というものだろう。

味気ないモーターショーでも今現在の世界の切り口の一つが覗きみられるところが面白い。しかしこの先どうなっていくのだろうか。

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2017年12月18日 (月)

「神聖ローマ帝国 皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展」を見る

寒くなった。寒い時には屋内を巡るに限る。
福岡市博物館の出し物が気になっていたところへ、タダ券が手に入って勇んで出かけた。
神聖ローマ帝国 皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展 という展示だ。12月24日まで福岡で開催し来年1月9日からは渋谷Bunkamuraで、そのあとは3月21日から滋賀の佐
川美術館へと巡回するという。

西洋近代美術館のアルチンボルドの展示会の様子がテレビで何回か放映されていててっきりこれが福岡に回ってきたのかと思っていたが、まったく違っていた。

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神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ2世が収集した森羅万象の事物の展示で、これが思った以上に面白い。
ドライにいうとハプスブルグ家による博物学的収集の一覧ということになる。
欧州の博物学というと百科事典派というのがあった気がして調べてみると、百科全書派というのが正し
くて、18世紀フランスでフランス革命直前に編纂された百科全書の作成に関わったディドロ、ダランベール、ヴォルテール、ルソー等が該当する。しかこのルドルフ2世とは時代が200年位違うようだ。
ルドルフ2世は日本でいえば戦
国時代、高山右近と同い年というから16世紀末から17世紀初めの時代となる。大航海時代で世界中には思いもよらないものがあると認識されるに至った時代だ。
錬金術師や画家や科
学者を多く抱えケプラーの法則(惑星軌道の面積速度一定の法則)で有名なケプラーも庇護し この時代のの文化を支えた存在だったようだ。動物園や植物園まで持っていたという。首都をウイーンからプラハへ移したことでも知られ現在のプラハに流れる文化的香りを創り出したのがこの皇帝とされるようだ。

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見ていくと天体観測用のアストロラーペや精巧な細工の時計など今見ても極めて興味深いものが次々に現れる。

 

 

 



アルチンボルドの絵も面白い。
展示されているアルチンボルドによる絵は皇帝ルドルフ2世の肖像の1枚のみだ。しかし、これに似た手法で人物を描いた他の画家の絵が何点か展示されていたがアルチンボルドの方が数倍優れているのは一目瞭然だ、一枚で十分に迫力がある。

 

Rittai2



これを立体にした現代作家フィリップ・ハースの作品も並べられている、こんな作家がいるというのも面白い。

アルチンボルドの、詳細な植物の描写そのものをデフォルメせずに組み合わせだけで肖像を実現するというアイディアが、結局は全ての物はほんの100くらいの元素の組み合わせからできているだけなのだ、という今では誰もが知る事実につながる道を示しているようでもある。事物の真実を突いているところに多くの人が惹かれ
続けているのかもしれない。

 

Hana



  
ブリューゲル(父)の描いた花の静物画もあってこのように花瓶に入れた花を描くやり方はこの絵が始まりだったと聞くとこんなものにも歴史があるということ自体に気が付かされる。ルドルフの植物園で咲かせていたと思われる様々な種類の花を図鑑のように丹念に描き蝶や虫がついているところまで細かく描きこまれているのにも驚く。
現代にも流れる博物学的な知識の源流がこのあたりにあったのかとも認識させられる。確かに博物館で開くのに誠にふさわしい展示だ。

幻の鳥ともいわれるドードーもルドルフ2世の動物園で飼われていたらしくその絵がサーフェリーの絵などに僅かに残されている。

Tori

全ての珍しいものを残そうとするルドルフの努力が当時評価されていたか知る由もないが今となってはタイムマシンのようにその時代の痕跡に接することができる極めて貴重な仕事をしたと思えてくる。ルドルフ2世は政治的には愚鈍な王とされていたようで最後は弟によって力ずくで退位させられている、しかし後世までその名が残ったのはルドルフ2世の方だった。そんなものなのだろう。

なかなかいい展示企画だった。ふと東北震災の花は咲くの歌を思い出していた、今は何を残せているのだろうか。

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2017年12月 7日 (木)

いい年の瀬だ

年末といえば第九のコンサートを聞きたいものだと思っていたら今年は気が付いた時には九響の切符はもう売り切れになっていた。どうやら9月頃から狙わないと駄目なようだ。第九は取れなかったが12月の九州交響楽団の定期演奏会は予約ができてとにかく聞くことにしてもう一つと11月30日にあるランチタイムコンサートをアクロスに聞きに行った。

Wakabayasisuzuki

若林顕 & 鈴木理恵子 デュオコンサートなのだが、クラシックの演奏家は不勉強でよく知らない名前ではあった、切符をとる前に少し調べるとかなりうまい人のようで知る人ぞ知るというポジションの様だ、夫婦のデュオだという。
1時間半の演奏会で1000円は安い。昼からだし気楽に聴けるところもいい。
始まると休憩は無くて2-3曲位ごとに舞台を下がってまた現れる。出ずっぱりでは吹っ切れないのだろう。しかしピアノもバイオリンも確かにうまい、情感があってリズミックなところがある。曲目は
クライスラー 愛の悲しみ
加古隆 アダイ・アダイ
ここからピアノソロ3曲
 リスト 愛の夢
 ショパン 幻想即興曲嬰ハ短調
 リスト ハンガリー狂詩曲第2番
武満徹 悲歌
フランク ヴァイオリンソナタ イ短調
アンコール4曲(最後はモンティのチャルダッシュ)  と、かなりだ。
特にピアノはソロピアノを挟んで引きっぱなしだ。リスト、ショパン、リストと続けて弾いていくには頭の切り替えが大変だろうとみていても思う。エネルギッシュさがある。
デュオ演奏はこれでもか、これでもかと迫ってくる風さえあって特にアンコールは4曲もありその押し出しに次第に聴衆が圧倒されてくる。まるで「拍手が小さいっ」と言われているように次々にアンコール曲が繰り出されてくる。
これだけ立てつづけに聞けば満足したとしか言いようがない。

忘年会だ餅つきだと催しが立て込んでくるといや増しに年末らしくなる。今年も無事に終わるかな、呑気にそんなことを考えて年が暮れていく。いい年の瀬だ。

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2017年12月 1日 (金)

2017年11月の福岡市南区周辺の野鳥

冬鳥の姿が次第に増えてきた。いつものように新市楽池にはハシビロガモとオカヨシガモが現われ油山ではマヒワの群れが見れるようになった。今津に8月位からいるタカサゴモズや飛来したコウノトリも見ることができた。
これからはシロハラの数が増えてきそうだ。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2017.11.3 pm3頃 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:アオサギ1  新市楽池:バン

20171112okayasi

3(親1若2)、マガモ2

2017.11.4 pm3-4  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コサギ1、ヒヨドリ3、ジョウビタキ♀1、コゲラ声1  新市楽池:バン4(親2若2)、モズ1、ハシブトJ、スズメ 鹿介池:ジョウビタキ声

2017.11.5 am11  晴 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:カワセミ声 新市楽池:バン4(親2若2)、ジョウビタキ

20171112hasibiro

♂1、 鹿介池:カワセミ1、コサギ1、ヒヨドリ3

2017.11.8 am11 曇 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ9、モズ1、アオサギ1、コサギ1、ヒヨドリ、ハシブトJ1

2017.11.11 12:30 福岡市大濠公園さつき橋たもと オカヨシガモ2、マガモ、オオバン、ウグイス

20171114kounotori

2017.11.12 am11  晴 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ハクセキレイ1、モズ1、スズメ10、ヒヨドリ5 新市楽池:ハシビロガモ2、オカヨシガモ2、マガモ2、バン3(親2若1)、コゲラ声、 鹿介池:ジョウビタキ♂♀、ハシブトガラス2、バン声

2017.11.13 am11  晴 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:カワラヒワ2、メジロ3、シジュウカラ1、コゲラ声 鹿介池:コサギ1、スズメ5、ハクセキレイ2

20171114takasagomozu3


2017.11.14 am10    福岡市油山市民の森 マヒワ20+、トビ、メジロ、コゲラ、ヒヨドリ、シロハラ

2017.11.14 pm3 福岡市西区今津 タカサゴモズ1、コハクチョウ2、コウノトリ1、カササギ1、モズ3+、マガモ、カイツブリ、ダイサギ、ヒドリガモ、ホシハジロ、アオサギ、トビ

2017.11.15 am10 晴 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ2、オオバン1、アオサギ1、コサギ1、カイツブリ1、ハシボソガラス1

2017.11.18 am10  曇 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ヒヨドリ、コサギ1 新市楽池:ハシビロガモ3、オカヨシガモ2、マガモ3、バン2 鹿介池:コサギ1、スズメ5、ハクセキレイ2

Misago3a


2017.11.20 pm2  晴 3Cu040 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:  アオサギ1、コゲラ2、ヒヨドリ2、シジュウカラ1 新市楽池:ハシビロガモ4、マガモ3、バン2 鹿介池:ヒヨドリ3、ハシブト1

Kurotura2a

2017.11.21 14時  福岡市城南区西南の杜の野鳥 マガモ40、シロハラ、ヒヨドリ、カワセミ1、ヤマガラ、メジロ、カイツブリ、ジョウビタキ

2017.11.28 pm2
福岡市南区野多目池 ミサゴ2、クロツラヘラサギ4、アオサギ5、ダイサギ2、コサギ2、キンクロハジロ30、カイツブリ8、マガモ10+、ハシビロガモ2、カワウ20+ ハクセキレイ2

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