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2018年2月26日 (月)

イランでATR72が墜落

また旅客機の墜落事故だ。今度はイランでATR72が山岳地帯に墜落し搭乗者全員が死亡した。世界でここ1年以上旅客機の墜落事故がなかったことの「つけ」がここへき

Atr72

て周ってきたような気持になる。ついこの前のロシアの事故の前の事故は2016年11月28日南米で起こった、ブラジル代表のサッカーチーム・シャペコエンセを乗せたチャーター機の墜落だった。もう随分前になる。
今回の事故は高山地帯への墜落だけにまだわかっていないことが多くあるが今手元で得られる資料を整理すると以下のような状況だ。
2018年2月18日イラン・テヘランのマハラバード空港を現地時間8:05頃に離陸し、南部の都市ヤスジュに向かって飛行中のイラン・アセマン航空3704便の旅客機ATR72-212が現地時間9:30頃、ヤスジュ空港の北東約15kmの山岳部に墜落した。乗員6名乗客59名計65名全員が死亡したとみられている(当初66名と報じられていたが乗客1名は乗っていなかったことが確認されている)。Irantuiraku_2

 

墜落場所は標高約4000mの山地で事故機の破片が散乱しているのが確認された。天候が悪く事故4日目の21日に救助隊がやっと徒歩で現地に到達し捜索と遺体の引き下ろし作業を行っている。フライトレコーダ・ボイスレコーダはまだ発見されていない。
この付近はアラビアプレートとイランプレートがぶつかるあたりで4000m級の山脈が形成されており地震も多い。
Flightradar24が入手した飛行中の機体から送られてきたADS-Bの飛行データからは標準時で5時55分59秒(現地時間9時25分59秒)の高度16975ft(5174m)が最後のデータとなっている。21000ftの巡航高度から降下をしていたところだったように見える。最後の管制との通信は現地時間9時30分にQNH1021のコールバックをしたところだという。9時34分のタワーの呼びかけには応じていない。

Flight2

9時27分頃の降下は約1400ft/minと読め墜落地点の標高は約13000ftであることから最後の通信の直後に墜落(山腹激突)したと想像される。最後の3分間のADS-Bの通信が切れている理由は解らない。
機長のHojjatallah Fouladは経験豊かなパイロットと伝えられ2013年には同型機で片エンジン停止でヤスジュ空港に緊急着陸も行っている。
アセマン航空はイラン3位の規模の航空会社で主に国内線を運航している。29機を所有しておりそのうち6機がATRとなっている。事故を起こした機体は機齢24年とやや古く更には昨年まで7年間フライトせずに保管された状態にあったがこれをリハービッシュして昨年11月から飛行への供用を再開している。事故機は数週間前に技術的問題を起こしていたという報道もあり、機体に何らかのハード的トラブルが生じていた可能性もある。
イラン核合意までは禁輸措置が取られていて部品の供給も困難だったが現在は禁輸も解け2016年にはボーイングから新型の737MAXを30機購入する契約を結んでもいる。それなりのエアラインと思われる。
事故当時の気象条件はやや厳しい。西から大きな雨雲が近づいており、ヤスジュ空港の現地時間9時30分(標準時間6時)のMETARは
OISY 180600Z 13004KT 9999 FEW035CB SCT040 OVC090 13/M00 Q1021

201802180500c1

で9000ft以上は一面の雲に覆われている、一部に積乱雲もある。雲中飛行だ。GSM気象モデルによる推算からは16000ftでは事故当時-5℃程度風速20m南西風と推測され着氷の恐れも考えられる。墜落が突然起こっている模様であることから雲中飛行で位置を誤り山腹に衝突したとするのがありそうではあるが、管制との交信では21000ftから17000ftへの降下を許可され降下が終わったあたりでADS-Bのデータが途切れておりそこらで何かが起こり更に降下せざるを得なくなり降下したところで山にぶつかったとも考えられる。何が起こったのだろうか。
フライトレコーダが見つかればより明確な原因追及が可能となろう。

禁輸制裁が続いたためイランの航空会社は部品調達がままならず苦しい運航を続けていたようでもある。未だに向上しない生活に現政権に対する不満が形を現し始め政府批判の動きが表面化してきたタイミングでこの事故ということもある。それみたことか、との批判も出かねない。今後どのように事故原因が追及されていくか、事実を見つめて素直に解明されるだろうか、イランがどうなっていくだろうか、注意深く見守っていくほかないそんな気にする事故だ。現代史の危ういところを突いた事故ともいえるような気もしている。

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2018年2月25日 (日)

インフルエンザに

めっきり春めいてきた。極東に降りてくる寒気も緯度がやや高いところに限られてき

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て九州はもう早春の雰囲気だ。地球的規模でも今年は北米の寒気の強まりが目立っていたがこれも随分緩んできて五大湖に面するシカゴでもこの先少なくとも1週間は0℃以下にはならない見通しだ。北米の厳しい冬は終わったという感じがする。(添付図の1500mの気温分布、左が極寒の2月6日、右が今日2月25日。北米の寒気の塊が随分小さくなっている)。ヨーロッパ特に中東欧はむしろここへきて寒くなっているようだがその他では春の訪れがそこまでというところまできた。

1週間くらい前風邪をひいたらしいとかみさんが医者に行ったらインフルエンザB型と即座に判定されタミフルを貰ってきた。そういえば自分も少し変だと医者に行って苦手な検査を受けてみたらやはりB型と告げられる。予防注射をしたのにと思うがB型はカバーしてなかったのだろうか。帰ってネットでB型の特徴をみてみると、熱低し、腹具合おかしい、だるい とぴったりの症状だ、そうなんだと納得する。
1週間ほどゴロゴロしていたら大体は良くなったが未だ少々変だ、無理が全くきかない。今日はランタンフェステバルを見に長崎へ出かける予定で宿をとっていたがやむなくキャンセルした、直前だけになにがしかのキャンセル料はやむを得ない。これとは別に昨日は九響のコンサートも2枚予約して買っていたが少しは体調がましな自分だけ1人で出かける次第となってこれも少々空しくなる。楽しむための先払いは楽しめない事態になったら素直にあきらめるしかない、そういうものだ。

コンサートでも映画でも野球・サッカー・芝居でも すべからく先払いで成り立っている、切符を買って観てつまらなかった不愉快になったからといって金を返せとはとても言えない、要するに面白いに違いないという幻想・イル―ジョンに人は金を払うものなのだ、そう思わなくてはいけない。面白いから金を払うのではなく面白そうだから金を払うということになる、だから
業的には宣伝が命であり本質といってもいいものなのだ。こんなことに気が付いたのはずいぶん昔で高校の頃だった、とても新鮮な気がしたものだが 今もってそれが変わらないこと・真理であることにどこか苛立たしさを感じている。
先払いで金を失ったと思うのはあり得ないことでその瞬間の気持ちに払った金は戻らないと考えるべきなのだろう。

もうそこまで春が来ている。春になれば心浮きたってまた色々出かけよう、それまでには完治せねば。既に前払いしたことも幾つかあることだし。


がんばるべき時にはがんばり、あきらめるべき時にはあきらめる、生じてくる全てを受け入れて心のままに生きる、これしかない、そう思い続けている。

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2018年2月21日 (水)

今年の冬は

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今年の冬は雪が多くて寒かったがようやく梅も咲き始めて寒さも先が見えてきた。日射が長くなり北米とシベリアに分かれて南下していた寒気も次第に縮んできた。しかし今年の雪は幾つかの教訓をもたらしたようでもある。

2月12日のことだった。前の日の晩から雷鳴がして朝起きると雪が積もっていた。世の中はどうなっているのかと道路情報を調べると九州道が福岡県を中心に広く通行止めになっている。雪用タイヤ規制位かと思えば通行止めだ。しかし不思議に思えるのは大分県部分の高速道は雪用タイ

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ヤ規制で走行は可能となっている。また中国道も下関までは雪用タイヤ規制で通行は可能だ。どうにも福岡県の基準だけが徒に厳しいように思える。常識的に考えれば九重付近を走る大分道や中国山地を走る中国道の方が積雪しやすいはずだ。高速道路の閉鎖は即物流の遮断であり経済に与える影響が極めて大きい。中国道を走ってきたトラックは勿論雪への備えはしっかりしているはずだ、それが九州への立ち入りを拒絶される、何を考えているのだろうか、道路管理者もしくはそれを指導する警察は。

幾つかネットをさまよっていると2014年の全国の雪で閉鎖された高速道路のワースト10が出ていてトップは大分道だった。東北でも北陸でも山陰でもない大分が最も閉鎖が頻発したというのだ。明らかにやり過ぎだとの反省から常識的な規制に改めた結果が今回の奇妙な九州の道路規制を際立てたのだろう。
どうして大分道並みの規制を福岡を走る九州道ではできないのか、道はつながっている以上長距離を運航する利用者に違和感のない規制とできないのか。昔天気予報は県単位で出されていて書き並べるとつじつまの合わない予報地図になっていた時期があった。今は全国横断の予報が出されておりまともになっているがそれと同じようなことを今の気象による規制に感じざるを得ない。県境が気象の境目であるはずがなく、気象のための規制がバラバラでいいはずもない。変な縄張り意識が国民の生活をゆがめているとしか思えない。こんな自治組織は早晩AIにその役割を譲らなけてばならないのではなかろうか。

福井豪雪の実態がいろいろ伝わってくる。豪雪地帯ではあるが例年を大きく上回る積雪だったため輸送が止まりガソリンの枯渇や物資の不足などあらゆるインフラがダメージを受けたようだ。特に国道8号線の長時間の立往生が問題とされたが、発端は高速道の通行止めだったらしい。物輸を担うトラックはやむなく下道に降り普通でも冬は積雪や凍結で車両事故の多い場所とされる県境の牛ノ谷峠付近を通らざるを得なくなり立往生に至ったということのようだ。高速道は最早物流の生命線になっている、何とかして止めずに流すことを考えるのが道路管理者の仕事と思える。他の道を適当に走ってくれという姿勢は根本的に間違っているように感じる。

温暖化のせいだ何とか温暖化を止めねばという議論ばかりが先行するが事実上温暖化などの気候変動は常識的な人の力ではとても止めることのできない代物だ。起こることを予測して適切に対応さえできれば生き延びることができるのだろうしそれしかないのだろう、ちょうど動きの鈍い恐竜がすべて滅んだものの環境にあった場所を選べる鳥が生き残ったように。

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恐竜と鳥の話をまた保育園児に

去年恐竜と鳥の話を5才の保育園児にしたがあまりうまく子供たちに話せた感触が

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無くて今年は無いと思っていたら また、の依頼が来た。色んな人の話を聞かせるというイベントは保育園にとって大事なのかなと思ってまた引き受けた。依頼があれば断ってはいけないという教訓を昔身に染みたことがあったからでもある。
昨年読んでいた資料に加えて今年はもう少し勉強をと「恐竜はなぜ鳥に進化したのか」と題されたピーター・D・ウォード著の単行本を読んでみる。酸素濃度の変化が重要な影響を与えたのではないか、というのが主張の根底にある。確かに鳥の呼吸器系は人間のものより常にフレッシュな空気が肺に入るところが優れていてこれが長時間の飛行や高空の飛行を

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可能にしているように見える。このそもそもの始まりが恐竜時代の初期にかなり酸素濃度が下がって温暖化しこの環境下で気嚢を使った効率的な呼吸システムがあった故に恐竜は低酸素時代に勢いを増した、その上冷却に有利な冷血システムだったのも功を奏して巨大化したということのようだ。
恐竜が生物の頂点に立ち続けたのもそんな呼吸システムがあったせいでそれを引き継いだゆえに鳥類は小型で効率よく飛翔できる生き物として1.6億年もの間進化してきたのだろう。鳥の体の中は袋だらけだ。
5歳児にも一応鳥の呼吸システムと恐竜の呼吸システムの話も入れておく。難しいかもしれないが中にはわかる子もいるだろう、覚えておいて生涯それが心に引っかかる子がいるかもしれない。確かに幼い子供たちに話をするのは面白い、未来につながる道がそこにみえてしまうからなのだろうか。

放送大学で学ぶということをこのところ続けている、半期に一講座ずつだから負担は大したことは無いし おや と思うことを改めて学んでみるのは刺激的だ。この冬季は万葉集と古事記の講座をとっていたが、万葉・古事記の世界が歴史的にも文学的にも多少は理解できたような気になって面白かった。来
は何にしようかと迷ったが生物の進化の歴史をとってみることにした。以前放送大学で学んだ地球史やこの幼稚園児に対するお話でかじってみると生命体の歴史は存外に面白そうだ、そんな気持ちになっている。生命体を生み発達させた地球という星の異常さをも感じている。

どんな形にせよ教えることは学ぶことである、それは幾つになっても楽しい。

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2018年2月15日 (木)

モスクワの近くで旅客機が墜落

モスクワの近くで旅客機が墜落して乗員乗客が全員死亡した。一年以上民間旅客機の墜落事故はなかったがついに破られてしまった、こんな時代によくもそんなことが続いたということかもしれない。

現時点で明らかにされている事故の状況は以下の通り:
2018年2月11日現地時間14時21分(世界標準時では11時21分)、モスクワの南35㎞ほどのところにあるドモジェドヴォ国際空港をオルスクに向け離陸したサラトフ航空のアントノフAn-148-100Bが離陸後6分の14時27分にモスクワ近郊のラメンスキー地区ステパノフスコエ付近に墜落大破した。搭乗していた乗員6名乗客65名合計71名全員が死亡した。満席に近かったようだ。高度6400ft(約1950m)から急降下して地面に激突した模様。

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機体のAn-148-100BはウクライナのANTKアントノフ社が2007年に開発した双発のターボファンジェット旅客機で75人乗り、最大離陸重量42トン、航続距離2200nmとおおよそMRJに近いサイズのリージョナルジェット機だ。形の上では高翼に特徴がある。現在38機が飛行しており、内 北朝鮮のAIR KORYOが4機、今回のロシア・サラトフ航空が7機、ロシア・イルクーツクのアンガラ航空が5機、キューバのCubana航空が6機 他はロシア空軍等官需機になっているようで、旧共産圏以外には売れない苦しいビジネスとなっているようだ。今回墜落した機体は2010年製造でロシヤ航空に引き渡され使用されていたが2015年4月からはペテルスブルグで保管状態となり2017年2月からサラトフ航空にリースされ使用が再開されていた。
エンジンのProgress D-436-148はソ連時代の1980年代にウクライナのイーウチェンコ設計局が開発したターボファンエンジンD-436の派生型としてAn-148用に開発されたエンジンで現在はウクライナのモトール・シーチ社が製造している。ソ連の崩壊、その後の旧ソ連グループの航空産業を支えてきたウクライナの姿が浮かび上がってくるような機体だ。
勿論これらの会社はロシア―ウクライナを中軸にする旧ソ連圏の軍需産業の中核だ。ロシアの軍事的プレゼンスを支える軍需産業の視点から眺めればロシアとウクライナの間の戦争はありえない戦争のような気がしてくる。所詮内輪もめの類で部外者はクールに傍観するほかないのではないか、そんな気持ちになる。
サラトフ航空はアエロフロートのサラトフ支社が独立してできた中堅のリージョナル航空会社で本社がヴォルガ川沿いの都市サラトフにある。サラトフは帝政ロシア時代に移住したドイツ人”ヴォルガドイツ人”が多く住む町であったといわれそのせいか産業や文化が発達した。航空機工業も盛んでアントノフ設計局を率いた航空機設計者アントノフの故郷でもある。アントノフの故郷の名を冠した航空会社の運航するアントノフ機が墜落したのも何かの巡り合わせなのだろう。

事故機の飛行については飛行中に地上に送られてくるADS-BのデータがFlightRadar24という
民間機の航跡データをリアルタイムにネットに表示する事業者により公表されている。これによれば離陸上昇中から速度は大きく変動し最後は急降下に至っている。

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事故機のフライトレコーダ
は回収され調査が進んでいる模様だが事故調査当局の速報的コメントからは 対気速度を検出するピトーセンサーの除氷装置がパイロットによりオフにされたまま飛行しており着氷のため速度表示が離陸直後からおかしな値となっていた可能性が濃厚という。ADS-Bで送られてきたデータもそもそもの元データがおかしかったのだろう。

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パイロットは自動操縦装置がおかしいと判断したのかこれを切りそのあとに急降下に入ったらしい。雲中飛行であり氷結で速度計の指示が低くなっていたためこれを回復すべく意図的に急降下したとも考えられる。

この報道を見てまず思ったのは本当に着氷する気象状態だったかというあたりだ。厳しい着氷が起こるのは0℃近くの生ぬるいくらいの気温が水分が多く含めて危ない、モスクワ付近であれば気温はずっと低かったのではないかと少し調べてみた。
ドモジェドヴォ国際空港のMETAR気象データでは現地時刻14時30分で小雪、気温-5℃、湿数1、2600ft以上は全域雲、でちょっと寒いくらいの湿度の高い状態だ、確かにこれは少々危ない。

 

上空のデータはドモジェドヴォ国際空港の現地時間15時のゾンデデータがWyoming大のサイトにあってこれを読みだしてみると上空1500m(5000ft)くらいまではあまり気温は下がらず暖かい上空になっている。

 

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この気温ー高度の条件では米航空局(FAA)の防除氷装置の設計を規定するFARpt25にある着氷条件の図からは着氷の恐れがかなり厳しいと判定される。
850hp高度(高度5000ft相当)の相当温位を見てみると黒海から相当温位の比較的高い領域が北へス―っと伸びている。厳冬期にこんな気象は滅多にないのかもしれない。
こんな条件で防除氷スイッチを切った神経が疑われるがパイロットも5000時間の経験のベテランという、普段はもっとドライなきつい寒さでこんな生ぬるい条件の飛行はしていなかったか或いは防除氷装置そのものが不調だったか又はエンジンの出力がヒータ電源を切りたくなるほどに低下していたのか、様々に考えてしまう。

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事故があれば色々調べたくなり調べてみると知らなかった世界が開けてくる。世界が思わず広がるところが航空機事故を追いかけて見ることの面白いところでもある。

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2018年2月 8日 (木)

レンジャクも久し振りだったが

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寒い日が続く。今年の冬は北極の寒気の北アメリカと東アジアへの二手に分かれての南下が続き北極そのものはむしろ暖かくも見える、北極は温暖化しているのかもしれないがそのあおりでここらは寒さに震える日が続く、どうやらそんな図式の日々だ。

関東から鳥仲間の知人が来て丁度潮がいい時期なので有明海の大授搦に干潟の鳥を見に行った。大潮で満潮が11時半くらいと無理して早く出なくても満潮の1時間半くらい前に着けて鳥見に好適だ。勿論寒さ対策は怠らない。
ズグロカモメの大群、ツクシガモの大群、ハマシギの大群、ダイゼンの大群、ダイ

Hamashigi

シャクシギの大群、クロツラヘラサギの群れなどなど、鳥は勿論圧倒されるほどにいたのだが、それと同じくらいびっくりしたのが関東からの見物人の多さだ。
硫黄島クルーズでも出くわした鳥ツアー会社の率いる旅行者御一行様や佐賀空港経由でもう3回目になるという個人旅行の女性の方など、様々な人が関東から来ましたと語る。そういえば数年前鳥くんの図鑑(鳥くんの比べて識別! 野鳥図鑑670)と見較べながらシギチの名前を判定していたら「いい図鑑を持ってますね」との声とともに鳥くん本人がこの場所に現れたこともあった、ラムサール条約地に指定されて以降特に九州外からの鳥見客が増えてきた気がする。北関東にいたころは大授搦の名前なぞ聞いたことがなかったように思う。時代は目に見えるように転がっている、そう感じる。
まだいるかもしれないとほのかに期待していたアカツクシガモには遭遇できなかったがこの地は潮に合わせてくればいつ来ても面白い、飽きるということがない。

潮が引き始め鳥も下がり始めた頃合いに引き上げる。

数日が過ぎた。曇って雪がちらつく日ばかりが続いた後突然のように昨日の午後は晴れ上がって日差しが心地よい日よりとなり、これはどこかへ出かけねばと思い立って大濠公園に出向いた。
散策しながらカモメでも見ようか、くらいの気持ちだ。護国神社近くの駐車場にクルマを入れて歩き始める。水面にはくちばしの赤いユリカモメがたくさん浮いている。日差しはたっぷりあるが風は冷たくベンチに座って眺めるというほどでもない、ゆっくり歩きながら眺めていく。オオバンも多い、一部ではオオバン池かとの風情もあったりする。工事中の美術館を過ぎてそういえば美術館の敷地内のヤドリギにレンジャクが来ることがあるという話を何度か読み聞きしたことを思い出して、工事中ではいかんともしがたいが近くにもヤドリギはあるかもしれないと水辺を離れて木の茂った方へ入ってみる。鳥は多いような気がして見渡すと低い土手の向こうにヤドリギのついた枝が見える、と、望遠レンズを付けたカメラを持った人がそちらへ入り込んでいく、あっと思ってそのあとを追うように木の近くに行ってみると先ほどの望遠レンズ氏が樹の上部を狙って盛んにシャッターを切っている、耳を澄ますとヒーというようなレン

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ジャクの声もかすかに聞こえる、ここだ。
ヒレンジャクが見える、久しぶりだ。前にレンジャクを見たのは2014年3月の都府楼跡だからもう4年にもなる。姿がきれいで見ごたえがある大きさをしていて冬鳥のなかでは格別な鳥に思える。3羽見える。くだんの望遠レンズ氏の話では別に6羽いるらしいがどこかへ出かけているようだという。
堪能した後近くの木の茂みのあたりをぶらぶらする、エナガやシジュウカラやコゲラが飛び交っていてカラの混群が丁度訪れているようだ、そのうち小さいメジロのように動き回る小鳥に気づく、葉陰をちょこちょこ出入りしていて見にくいが双眼鏡で何とかとらえるとメジロではなくムシクイのようだ、それにしても小さい、メジロが近くに来たので見比べてもメジロより小さい。何羽かいるが写真に撮ろうとするとちょこまかしてすぐに葉裏に隠れるのでついに姿は撮れずじまいだ。寒くなったのもあり丁度近くにスタバの店が現れたのでここで一休みしながら持参した図鑑をめくって調べる。どうやらカラフトムシクイかキマユムシクイのいずれかあるいは両方のようだ。初めて見た。
その後も鳥を見ながら大濠公園を半周周って帰路に就く。カモメはユリカモメとウミネコ位でセグロカモメの類は居なかったが、それにしても思わぬ鳥がいるところだ。

寒い日が続いても屋外に思い切って出かければ応えるように自然は見せてくれる。こんな暮らしをいつまで続けられるだろうか、夢のような暮らしかもしれない、また思ってしまった。

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2018年2月 2日 (金)

2018年1月の福岡市南区長丘・長住周辺の野鳥

2018年1月の福岡市南区長丘・長住周辺の野鳥
寒い日が続く、池の鳥はヨシの中に身を潜めていてなかなか出てこない。例年の鳥が現れているがシロハラが少ない気がする、珍しい鳥も現れない。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2018.1.1 am7曇  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ムクドリ4、ハクセキレイ1

Karasuyoucyou

2018.1.3 pm2 福岡市城南区樋井川 カワセミ1、コサギ1、ダイサギ1、キセキレイ1

2018.1.5 pm2 曇・雨  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ1、シロハラ1、キジバト1、ヒヨドリ1 新市楽池:マガモ4、ハシビロガモ2、オカヨシガモ3、バン3、オオバン1、アオジ1、スズメ5、ハシボソガラス1、ハクセキレイ1 鹿介池:バン1、コサギ1、モズ1、ウグイス1、マガモ1

Kafuri20180106

2018.1.6 pm2 糸島市加布里港 セゲロカモメ・オオセグロカモメ計10-20
       室見川河口 ホシハジロ、カンムリカイツブリ、カワウ、スズガモ

2018.1.14 15時晴れ風力1  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:シロハラ2、ジョウビタキ♂1、コゲラ1、ヒヨドリ1 新市楽池:ハシビロガモ5、オオバン1、バン1、スズメ5 鹿介池:メジロ5、アオサギ1、ハシブトガラス1

2018.1.16 pm2晴・曇 福岡市植物園 シロハラ~5、ヒヨドリ~5、メジロ2、モズ1、

Sirohara20180116

イカル1、シジュウカラ1~2

2018.1.23 pm3 曇り、風力4 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:シロハラ1、コゲラ1、キジバト1 新市楽池:ハシビロガモ2♂♀、ドバト2、スズメ2 鹿介池:コサギ2、アオサギ1、モズ1、ハシボソガラス1

2018.1.17 am11  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ7、オオバン1、シジュウカラ2、アオサギ1

2018.1.18 pm15  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ10、オオバン1

2018.1.25 am11 福岡・春日公園 シロハラ~3、ツグミ~5、ヒヨドリ

20180129kogamo1

2018.1.26 pm 曇り、風力3 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:シロハラ1、ハクセキレイ1、ドバト4、ムクドリ4、 新市楽池:バン1、ハクセキレイ1、ヒヨドリ1、スズメ5、ハシブトガラス1 鹿介池:コサギ1、ダイサギ1、アオサギ1、ハシボソガラス1

2018.1.29 pm13:30 曇り、風力3-4 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:シロハ

20180129daisagi1

ラ1、コガモ1、コゲラ2、メジロ3、ジョウビタキ♀1~2、ヒヨドリ2、 新市楽池:、ハシビロガモ♂2♀1、マガモ3♂♀、ジョウビタキ♂1、バン3、、オオバン1、ハクセキレイ1、スズメ6 鹿介池:コサギ1、ダイサギ1、アオサギ1、ハシブトガラス2、ツグミ1、マガモ♂1

2018.1.30 pm16 曇り、風力3-4 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:シジュウカラ♂1、ヒヨドリ1、 新市楽池:、ハシビロガモ♂2♀1、マガモ3♂♀、ジョウビタキ♂1、バン3、、オオバン1、ヒヨドリ2、ハシブトガラス1、

20180129jyoubitaki13

ドバト1 鹿介池:ダイサギ1、アオサギ1、ハシボソ?ガラス、バン1、マガモ2♂♀

2018.1.31 pm2 福岡市城南区西南の杜公園 ドバト多数、マガモ計約40 ホシハジロ1、コゲラ、シジュウカラ4、ジョウビタキ♂1、ムクドリ4、ヒヨドリ、シロハラ2、カイツブリ2、スズメ20+


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