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2018年6月24日 (日)

忘れられた巨人

また予約していたカズオイシグロの本の順番が回ってきたと図書館から連絡があっ

Wasurerareta

て、急ぎ借り出してきて読んだ、今回は随分とすらすら読める。”忘れられた巨人”(原題The Buried Giant)だ。2015年3月に英語版が出版され4月にはもう日本語版がハヤカワから翻訳出版されている。今のところカズオイシグロの長編としては最新作ということになる。カズオイシグロも近しい感じのする作家に思えてきている。ナイトの称号をつい2週間ほど前に授与されていまやサー・カズオイシグロと呼ぶべきなのだろう。

6世紀ころの、アーサー王が統治した直後のイギリスが舞台の小説だ。ブリトン人の老夫婦が息子のところへ旅する、それに雌竜退治のサクソン人の騎士と少年が合流して物語は繰り広げられる。どこかドラゴンクエストの世界に似ている。おとぎ話のような舞台設定だが、シリアスな主張を次第に感じてくる。雌竜が発するガスのために人々の過去の記憶がほとんど失われた世界になっていて、部族どうしが戦った時代の記憶が人々の頭から遮られ憎しみが忘れられている。それなりに平和な時代を過ごしているが悪さをする雌竜を退治してしまうと人々の憎しみの記憶が戻り、また争いの時代に入っていく。そんな組み立てが骨になっている物語だ。

現代的というのはコソボの戦争であり日本においては戦争加害の記憶が社会的に忘却されている事実であったりする。(著者本人へのインタビューでそのように解説している)。コソボの戦争ではチトー時代には争いもなく平和に各民族が交流していたがチトーが亡くなって一旦昔の争いの記憶がよみがえるととめどのない泥沼の戦争にはまり込んでしまった、忘れられた巨人 とはかりそめに忘却されたように見せかける過去の争い・憎しみの記憶ということになるようだ。巨人を思い起こせばまた争いの世界が返ってくる。世界のあちこちに巨人が眠っている。

忘れている巨人に気づくべきだ、それに備えるべきだ、といった はっきりした社会的メッセージのようなものを感じる、カズオイシグロの小説では初めてだ。純粋な小説を求めていた読み手の立場からは、なんとなく感慨というものが薄くなる、読後感は今一つの感じがしてしまう。

そうはいっても現代に生きる生身の小説家の声が聞こえるところを感じて、これはこれでやはり面白い。カズオイシグロはこの先どんなものを書いてくれるだろうか。


あと残っている予約本は”浮世の画家”と”私を離さないで”の2冊となった、まだ楽しみは続く。


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