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2018年8月 8日 (水)

,「生物の進化と多様化の科学」を学ぶ

このところ放送大学の受講を続けていて今期は生物の進化を学んでいる,「生物の進化と多様化の科学」という講座だ。

講義を聞いていて幾つも思うことがある。
一つは、これが生物学の現状とするなら、現在の生物或いは過去の生物それぞれの解明には歴史的に力を注がれてきたところがあるがフローの解明即ち肝心のどう進化してきたのかそれはどういうメカニズムなのかについてはアバウトで解明の知恵がまだあまり十分には働いていない印象を受ける、そんなあたりだ。

生命活動のキーは自己複製を行い反応が持続的に続くというところにあると思われる。
生物の始まりは真正細菌(即ち現存する普通の細菌)が存在を始めた40億年位前にさかのぼるのだが、この時点つまり生命の発祥から既にDNAに書き込まれた遺伝情報の必要個所をプロモーター(開始地点)とターミネーター(終了地点)で判定しmRNAが転写してリボソームがこれを翻訳してたんぱく質を合成するという現在のすべての生命体内で行

Saibou

われているプロセスがすでに出来上がっていたとみられる、というあたりが驚きだ。こんな複雑怪奇なプロセスが原始地球で無生物的な反応からたまたま生まれるなどということがありうることなのだろうか。
RNAワールド仮説という、始まりはDNAからではなくRNAからだったという仮説が一定の支持を集めているようだがそれでも転写されるもとはどうやってできたのか転写するという行為はどうやって獲得されたのか,RNAに書き込まれた暗号をリボソームが翻訳したんぱく質を合成するというプロセスがどうやって獲得されたのか何も答えてくれない。要するにほとんど解っていないということのようだ。解っていないところについて詳しく説明がないのが全体像を理解しにくくしている本質だという気がしてくる。解っている事柄を事細かに説明しそこに終始してしまう印象がある。フローとしてつながらなくなる。生物学とはスタティックな学問と映る。

恐らく数値モデルによる数値実験手法が確立されていないというところにもどかしさの原因があるのではないかという気がしている。無生物的反応から生物が生まれうるものなら必ず数値的に再現するやり方があるはずだ。追及されているのかもしれないがその雰囲気が感じられない。

原核細胞から真核細胞に進化したというところも解りにくい。古細菌タイプの原核細胞がミトコンドリアとなる真正細菌を取り込んで共生し始めたのが始まりとされるが核はどのように形成されていったのか、小器官・細胞骨格の形成はどのように進んでいったのか、葉緑素を持った動物が出現しなかったのは何故なのか、疑問だらけだ。植物と動物が細胞レベルから見事に分化しているがその経緯も説明されない。
何故この世界はこうなってきたのか、が知りたいところだったが十分には充足された気がしない。まだきちんと説明できるほどにわかっていないということのように思えている。

やっと植物が原始の海から陸上へ現れだしたのは4.8億年前という。20億年位前に真核細胞が現れてここまで15億年もの長い期間主として環境が整わなかったために進化は殆ど進まなかったということになる様だが、その過酷な時代のことを思えば数度の温暖化で大騒ぎする人類が情けなく見えてくる。失うものをあまりに多く抱えてしまった人類ということかもしれない。
植物についてみれば陸上植物は植物本体の姿でもある胞子体で染色体が減数分裂して配偶体という別の形を作りそこで精子卵子がつくられて受精しもとの染色体数の胞子体に至るというサイクルを持っている、こんな面倒臭いサイクルがなぜできてきたのか、動物のようにはならなかったのか、よくわからない。このかなり複雑なサイクルを陸に上がった段階で既に持っていたというのが驚きだ、後の進化は進化というよりそのバリエーションのように見える。大した進化もしていないのではないかと思えてくる。

DNAから生物を眺めていると進化した生物だからDNAが大きいかというとそうとも限

Genom

らないとの説明があり本当かと思ってしまう、ネットで調べると例えば日本固有種の植物であるキヌガサソウの細胞一つあたりのDNA量(ゲノムサイズ=C値)はヒトの約50倍あることが最近見出されているという、確かにそのようだ。
生物の進化は要するに環境に適合できる形態変化の連続であり生物を生み出す基本的な仕組みからはゴキブリでもヒトでも大差ないということのように思えてくる。ここに至ると地球上にある生き物全てがいとおしくなる。

このほか宿主をあやつる寄生生物の話(ダンゴムシに寄生するプラギオリンクスは最終宿主のムクドリに移るべくダンゴムシにムクドリに食べられやすい行動をとらせるという興味深い話)など面白い内容の講義ではあったが 久しぶりに生物の講義を聞くとやたらとなじみの薄い用語が次々に登場して理解がついていけないところもあったり、色々で、如何にも学ぶという雰囲気が蘇った気もした。
なかなか面白い半年だった。

放送大学の講義は例えばAIについては表立った講義がない等範囲がまだ広くないのはどうしようもないが、学びの面白さを思い出させてくれるところがよくてなかなかやめられない。次は何を受けようか。

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