« 近くの池のハスがめっきり少なくなった | トップページ | 井戸水が突然 »

2020年8月29日 (土)

三島由紀夫の書く谷崎・川端、その2、川端

三島由紀夫の書いた川端康成の評論文(「谷崎潤一郎・川端康成」三島由紀夫)が面白くて、まだ読んでいる。

三島はほぼ無名だった学生の頃, 有名になっていた川端のところへ強引に会いに行って交流が始まる。三島にとっては師匠のような位置にあったKawabata0829a1 と思える。交流が続いた挙句に三島は市ヶ谷で割腹自殺を遂げた。事件の直後に川端は市ヶ谷の現場を訪れて大きな衝撃を受けている。この2年後神奈川の別宅で川端はガス自殺する。亡くなる前はしばらく睡眠薬中毒のような状態にあったともいわれている。遺書はない。2つの自殺は、何となく、何かつながっているように思えてくる。

川端の小説作品の中で特異な形式の小説として100にも及ぶ掌の小説群があると三島が書いている。三島は川端との対談でもこの小説群に話を及ばせているが、そこで川端は全て1日で書き上げている、雑誌編集上の要請でこのような短い小説を作っていたのではない、こんな形で書きたいから書いている、ともこたえている。
そんな小説群があったとは知らなかったので早速図書館から借りだしてきて読んでみている。B5版より少し大きい位の川端康成全集で見開き2ページで完結する小説が大半だ。しかしそこには丁寧に構築された小説ならではの世界が確かに書き込まれている。人の心の機微がある。こんな文を1日で書き上げるという技術に純粋な尊敬の念を覚えてしまう。内容は多くが少女との恋愛を扱っているようだ。その内の10編くらいが川端の初恋相手で婚約までした伊藤初代との話とされている、川端が20、伊藤が15の時に恋は破局となっている。伊豆の踊子などの他の川端の作品に流れる恋愛感情の息づきもたどればこの恋から発しているともいわれる。それにしても巧みな文章だ。
この本の解説に梶尾文武という人が書いているところまで読み進んでまた少し驚いた。谷崎・川端・三島のうちいずれかが日本人としての初めてのノーベル賞を受けるだろうと一時言われていて結局川端が受賞したのだが、この3人の名が挙がったのは、米国のクノップフ社が日本文学翻訳シリーズを1955年から刊行を始め、サイデンステッカーや、ドナルドキーン、アイヴァンモリスらの錚々たる翻訳陣によってこの谷崎・川端・三島の作品の英訳書を続々と出版していった、という事実があったというのだ。更に編集局長のシュトラウスはこの翻訳シリーズからノーベル賞が出ることを願っていたとも書いている。ノーベル賞を狙ったビジネスをクノップフという出版社はこのほかにも展開していたようでもある、ノーベル賞もビジネスとして捉えているところが如何にもアメリカらしい。1955年という戦後10年という段階から仕掛けていくということの背景には米軍の日本占領によって日本の文化的背景が様々なレベルの人に理解されるようになっていったということもあるのではないかとも思ってしまう。

何だか流れている歴史を直に見るようだ、こんな本を読みながら文学に遊べるのも自粛自粛の時代のいいところかもしれない。

|

« 近くの池のハスがめっきり少なくなった | トップページ | 井戸水が突然 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 近くの池のハスがめっきり少なくなった | トップページ | 井戸水が突然 »