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2022年2月25日 (金)

ウクライナ侵攻が

ロシアがウクライナに侵攻したニュースは驚くべきものだった。おおよその専門家と称する人の事前の予想は東部のロシア派地域の住民が迫害されておりこれを保護するためにロシア軍が東から入ってくるだろう、広がるとドンバス地方全体に及ぶかも知れないという規模のものだったと思う。現実に起こっているのは北からも南からも東からも一斉に侵攻が始まっている、全面侵攻で今のところウクライナ政府を壊滅しロシア寄りの傀儡政府を樹立して支配下に収めることを目指していると思われる。
気になるのはプーチンが我々は核兵器を持っていUkuraina る、外部からの干渉をするものは歴史上直面したどの結果よりも大きな結果に直面することになる、と核兵器の使用をほのめかす脅しを使っていることだ(プーチンの開戦の演説)。また侵攻の理由として、プーチンは(ウクライナに於ける)ロシア語を話す人々に対する大量虐殺を防ごうとしていると述べ、「ウクライナの非軍事化と非ナチ化」が目的とも述べている。
CNNとBBCを交互に見ているがどちらかでロシア政府の立場のロシア政府要人とみられる人の、「ウクライナ政府のビルの中で大量虐殺が行われている」との発言がそのまま流されていて驚いた。ロシア軍は侵攻後この証拠つくりの大量虐殺を自らの手で行う気かもしれない、まだまだ恐ろしいことが起こりそうな気がしてきた。
ロシア国内の反対意見はどれくらいなのだろうか、正直な世論調査をしても半数以上がプーチン支持ということはあり得る。弱体化したソ連=ロシアに不満を感じている国民が相当数いるのではないか、そうでなければここまでのことはやりそうにない。ナチスもワイマール憲法下で民主的に国民の支持を得て第1党になった、同じようなことが再現されているような気がする。冷戦に敗れたソ連、第1次戦争に敗れたドイツ、打ちひしがれた国民が次の強い指導者を求め他国に攻撃的になっていく。民主主義の限界かもしれない、国民意思の総意が善だとは限らない。

どこまでいくだろうか。プーチンは(極東軍事裁判のように)裁判で罰されることがあるだろうか。本来ならそうあるべきなのだろう、そういう社会を作るべきなのだろう。

(添付図はソ連崩壊前の地球儀。ウクライナとロシアは分かち難い、戦さするほどのことがあるのかとどうしても思ってしまう)

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