2017年5月19日 (金)

東西合同同窓会

高校の東西合同同窓会があるというので神戸まで出かけた。今振り返ると何かが詰まった旅だった気がする、昔暮らした街だが旅全体がそれらしい小さな驚きに満ちていた。忘れないうちに書き留めておこうと思う。

神戸を訪れるのは半世紀ぶりのような気がしている。宇都宮にいたころは宇都宮と福岡を何度もクルマで往復したが神戸は通り過ぎるだけだった。クルマで神戸まで行く、もうそんな元気はない。
同窓会翌日はゴルフをやろうというプランも用意されていたがゴルフはついに人に付き合えるほどにもならなかったなあと、やらずに帰ることにして、夜行バスで帰りを予約しておく。セパレート3列の座席のバスというから眠れそうな気がする。泊まるのは何か大げさで夜行バスで帰るくらいが安くてどこか感じがあっている。
行きは新幹線だがこれも安い買い方を調べてJR西日本のe5489という予約システムでお得とされる切符を事前購入した、10270円(普通に買うと14990円)で随分安い。ちなみに5489とは「ごよやく」の語呂合わせの電話番号でこの番号で予約を受けていたものをネット予約にしたのがe5489ということらしい。初めて見るとやや不気味な暗号のように見えてしまう、こんな言い方を使い続けていることへの疑問が湧いてこないところが旧国鉄らしいともいえる。でも旅らしい始まりだ。
切符の引き取りは 乗車当日JR西日本の券売機で「予約切符受け取り」を押して予約の時に登録していたクレジットカードを差し込み予約時登録電話番号下4桁を入力すればすぐに発券される。1度やってみると難しくなくて便利だ。とにかくみどりの窓口で並んで買うことからは解放されていていい。

新神戸の駅に着く、本来の神戸・三ノ宮駅からは結構離れていて歩いてはいけない。神戸市内の最終目的地までJRを使うなら途中下車となる計らいがあって、それ用の改札機が出口の左の方にある。切符を通すとハンコを押されて出てきて先でまた使えるという仕掛けだ、こういうところでケチりたくなる、それが出来るというのがいかにもJRの旅という感じがする。

新神戸駅のにぎやかなのには少々驚かされるがそのまま地下鉄で三ノ宮に向かう、一駅だ。高校にいたころはまだ新神戸などという駅はできておらず当然こんな地下鉄もなかった、新しい世界に来たような感じがする、半世紀という時の流れは偉大だ。

三ノ宮の地下鉄駅から阪急、JRと地下を抜けてサンチカに入る、やたら人が多いしDscn3171 なんだか店も多い。半世紀前はサンチカが出来たばかりでここまでの賑わいではなかった、歩いているとどこにいるかわからなくなって地上に出る、ほっとする、弱い雨が時折降りかかる。

センター街はどうなったのだろうと覗いてみる。勿論店は入れ替わっているようだが商店街としての姿は昔とあまり変わらない感じがする。震災でもアーケードは壊滅しなかったようだ。元町の途中まで行ったところでそろそろ今日の行事の一番目の母校見学の時間かな、と切り上げてせめてもの神戸土産にと たまたま目についたにしむら珈琲店で粗挽きの珈琲缶を買っていく。土産として手頃感と神戸らしさがある。

JRまで戻ってくだんの切符を改札機に入れると問題なく受け付けてくれる、これで幾ばくかは助かった。
住吉で降りて国道2号沿いを歩く。昔は国道電車と称する路面電車が走っていたがむろん今はその姿はない、昔の通学路だが風景はまるで変っている。住吉川まで来るとポートライナーの線が頭上を走り川底の昔ダンプの走っていた道は立派な遊歩道となってランニングしている人の姿が見える。六甲山はここから見た風景は変わらないがポートアイランドのために削られた小山が裏の方にあるのだろう、僅かに山を動かして街を広げる、そんなことを神戸市は半世紀も前からやってきた。
歩いていると 震災があったからだろう、新しい建物ばかりのように見える。

母校の正門のところに来る、見た感じ昔と同じようだ。きれいにはなっている。案内に従って集合場所に至り見学が始まる。集まった顔を見渡すとかろうじてそうかなと思う名前が2人くらい浮かんであとは誰が誰やらわからない。半世紀ぶりではこんなものだろう。
建物は震災でも持ちこたえてそのまま残ったが老朽化とやや人数が増えたことで改修増築されて中身は昔とだいぶ変わっている。プールからは高飛び込みの飛び込み台も消えて、代わりにというべきか校舎の屋上には天体観測ドームが設置されている。剛からスマートへのシフトがそこここにある。普通のことだろうし思ったほどには変わっていない気もする。

Dscn3225 母校見学会の後は同窓会となる、会場はトアロードの突き当りの洋館の一つという触れ込みだったが、行ってみると新しい建物のように見える。しかし格式がある、雰囲気がある、神戸らしい。
知らない顔が少しずつ解けてくる、様々な人生が交錯する。まだ働いている人もいる。

それぞれの顔からはどこかもう脂ぎったところが消えて全体がセピア色に変わりつつある、平和な眺めだ。
穏やかな談笑の続く2次会を適当に切り上げて夜行バスの集合所へ向かう、PMPTビルという三ノ宮の飲み屋街のただなかにある建物だ。入口の飲食店の客寄せかと見まごうばかりの係員にバスの出発予定時間を告げて待合室に入る。年代層が随分若い。若者の世界に足を踏み入れた感がある。出発10分前にバスのところまで誘導されて列をなして飲み屋街を歩く。
眠れるだろうかと悩む間もなく眠りに落ちる。歩きまわって疲れたのと酒が回ったのとある。丁度いい。山口県まで走ったところで休憩があり目を覚ましてバスの外に出てみる。夜行バスが何台も止まっている。どよーんとした感じが旅らしい。
やっぱり少々窮屈なところがある。ゆっくり眠れたとの感触はない。

でもコンパクトな旅だった、目的と交通手段がマッチした旅のように思えた。時を旅する。時が流れる。人が流れる。世代が流れる。

自分の座標がまた一つ確認できたような気がする。
今年は同窓会が続く、次は小学校の同窓会だ、振り返るばかりではもう先がないことへのあきらめと認めているようで、同窓会も変わるべきなのだろうけれども。

五月の緑がまぶしい。

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2017年5月 6日 (土)

インスタグラムと著作権侵害

インスタグラムに写真を投稿していると時々不愉快な事態に遭遇する。自分の出したInstag 写真とタグをほぼそのままコピーして別の人がその人のハンドル名でインスタグラムにアップしているというちょっと信じられないような事態だ。

発見はふとしたことからだった。
アップした時に殆どの人が使っていないハッシュタグを書き込んでしまって、しばらくした後少し後悔しながらタグのページを開くと自分のと同じ写真が2枚アップされている。あれっと自分のミスかと思ったりもしたが写真をクリックすると知らない人のページに行く。こちらにも いいね を打っている人もいる。
何なんだこれはと思うがロシア語であったりヘブライ文字が出てくるぺージであったりしてこんなことをしている本人に注意するのも厄介そうだ、どうしたものかと暫くほっておいた。ほぼ忘れかけていたが、つい4-5日前にSNSの著作権侵害に関するニュースが流れているのをテレビで見て思い出した。
せっかくだから著作権侵害の申し立てをインスタグラムに送る方法はないかと探してみると すぐに見つかった。やはり問題のところなのだろう。

Instagramヘルプセンター - プライバシーと安全 - 報告する と辿ると報告する手順が始められる。にっくきコピーページのurlをメモし、自分の対応ページもメモして手順を進めると最後まで行きつく。最後のところに電子署名の要求があり、電子署名?といぶかるがそのまま自分の名前を書き込む。これでOKのようだ。
送信して2-3日もしないうちに 削除しました との英文のメールがinstagram team から送られてきた。確認すると問題のページは削除されている、めでたしだ。まだあったと思い出してその後も申し立てを何回かやっているが慣れるとすぐにできるようになる。ネットで手続きが面倒だとの書き込みをいくつか見かけるがやってみるとそんなことはない。勿論日本語でOKだ。

ネットに出した写真は無断コピーは避けられない、ある程度の著作権侵害は防ぐのが難しいというのが実情と思うが、防ぐ手立てはとにかく講じてみるのが大事のようだ。すこしづつルールを固めていけばこれはひどいという事態は抑制されてくるだろう、ネットを便利に使っている現在の様な生活は少なくとも維持したい、これは知恵が出せればできるだろう、拡大しても行けるだろう。

とにかくこれから続いていく未来は言葉通り広く果てしないのだから。

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2017年4月30日 (日)

たらたらと歴史を想う

4月も終わりとなった。なんだかちょっと疲れた。

晴れた日が多くて、クルマも新しくなって出かけたくなる日が続いたためかもしれない。
なるべく食事会飲み会には出ないようにしているが何故か4月5月6月とその機会が増える。気象だ野鳥だとどうしても所属するグループの輪の飲み会・食事会には年度初めということもあり付き合うことになり、法事もあったりすると、そうでなくとも体調が今一つで足が遠のいているヨット遊びには出れなくなる。花見にも行かねば、興味のある歴史探索にも出かけねばと思えばとにかく忙しい。
本当はやらねばならないことなど何一つないのだから全部をうっちゃってぼーとしてればいいのだがそうもいかない。春は気ぜわしい。

最近行った歴史探索では装飾古墳の竹原古墳が心に残る。6世紀後半ころのものというから水城や基肄城や大野城といった、白村江の敗戦後に造られた対唐新羅防衛建造物などと同じころの古墳ということになる。よく残ったと思う。現地に常時駐在して管理している方の話によれば高松塚などの明日香の装飾古墳は漆喰の上に描かれたため脆くて傷みが出ているようだがここは岩にじかに描かれているため比較的傷みにくいということらしい。
Takehara 同じく筑豊にある特別史跡の王塚古墳のはかない壁画に比べてもくっきりとして見事だ。勿論ガラス越しで見ることになるがよく見える。
きちんと管理して何時でも誰でも見れるという強さが古墳の管理には重要なのかもしれない。絵が傷みそうなら誰の目にもすぐそれが解るという状態が直ちに対策をとれるということになって望ましいのだろう。隠さないことが強さを作るのだろう。
壁画は撮影禁止となって掲示されている説明図を撮るしかない、説明にはなるが記録にはならない。フラッシュを焚かないことを条件に撮影可と
Ponpei1した方がいいのではないか、そんなことも思ってしまう。最近福岡市に周ってきたポンペイ壁画展(日伊国交樹立150周年記念「世界遺産 ポンペイの壁画展」)は全て撮影可だった、そこには堂々とした誰に向かっても解放された人類の遺産という誇りがむしろ感じられた、そんな姿がこの古墳にも似つかわしい。

ポンペイの壁画展には紀元前数十年頃に描かれた壁画が含まれていたが、そのころといえばシーザーがガリア戦記を記したころだ。
たまたま図書館にあった
Ponpei2ガリア戦記(新訳ガリア戦記 ユリウス・カイサル著 中倉玄喜 翻訳・解説)を読んでいるところだったので一層この時代が生々しく感じられる。ガリア戦記もポンペイの壁画も2000年前とは思えないリアルさと人間の息遣いが感じられる作品だ。
2000年もの間を人類は徒に過ごしていたのだろうか、10 年前に書かれたといわれてもそうかと思ってしまうほどだ。

そのころの日本の様子はどうだったのか。2000年前の遺跡である自宅近くの吉武高木遺跡で少しはうかがい知ることができるが、到底ローマには及ばない時代を過ごしていたようだ。それにしても吉武高木遺跡の王墓らしき墓からは前漢製の鏡が出土するなど東シナ海を越えた交易が広がっていたようでもある。邪馬台国成立以前、伊都国や奴国ができる以前の時代だ。日本でも目いっぱい生きていた
Yositaketakakiその時代の人の生きようがうっすら浮かぶ。進んでいたか遅れていたかそんなことではない人間の生活が感じられてくる。

たらたらとこんなことを思って4月も終わる。いい生き方かもしれない。時々そう思う。

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2017年4月10日 (月)

電子的不満

最近、クルマを新しくした。
驚きがしばらく続いている。直面するのは電子化・自動化だ、ちょっとついていけなくなってきたかなと思い始めている。

17万キロ走った前のクルマも最初はDレンジで走ると思うような走行にならずマニュアルモードをメインにしてやっとなじんできた、という経験がある。今度はもっと手ごわい。

まず気になるのはサイドブレーキだ。サイドブレーキが電子化されて小さなレバーを押したり引いたりしてサイドブレーキをかけるようになっている。

フットブレーキを踏みながらでないと解除できないし見た目今ブレーキがかかっているかどうかはわからない。さわっても解らない、計器表示だけだ。

信号待ちでサイドを引いて足を休める、サイドを下ろしながら発進するなどということが少し面倒になった。勿論、簡単にする仕掛けがあって、サイドブレーキがかかった状態でアクセルを踏むと自動解除されてレバー操作はいらない。しかし安全のためどこかのドアが半ドア状態では自動解除されないようになっていて、一度交差点で半ドアを直せないまま発進せざるを得なかった時にふかしてもなかなか動き出せず冷や汗をかいたことがあった、そんなことが一度でもあるとアクセル自動解除はなるべく使いたくなくなる。
標準と少し違う運転の仕方になると余計な手順が増えて、間違いそうだ。

その他にも細かい違和感はたくさんあって未だに慣れない。
ギアシフトはマニュアルでもできるがシフトレバー操作でなくてハンドルのレバー操作で上げ下げする、どうにもメカニカルな感触がないし慣れない、すぐに操作できない。
ナビの取り付け位置もやや下にあって走行中にちらちら見ると危ない気がして知らないところを気楽には走れない。立派なドライブレコーダの再生もクルマではできず、SDカードを抜いてパソコンで見るほかない、前つけていた格安タイプの気軽さがない。
渋滞で追従モードにして自動で前車に従って走るのは楽だけれど自分で運転していないのはどこか落ち着かない、自動ブレーキのタイミングも遅い気がして慣れない。
助手席のシートベルト未装着やはみだし走行や、とにかく警告音がよく鳴る、何だろうと暫くわからないまま不安を覚える時がしょっちゅうだ、まだ慣れない。

前のクルマのように性能を最大限に引き出して意のままに操るレベルにいつになったら到達できるのだろうかといささか自信を失う。電子化は明らかに進んでいて細かく調整されているところは感じるが自分なりのクルマのイメージとはどこかずれている、慣れるしかないのだろうが電子的不満に慣れるには思いのほか時間がかかりそうだ。

Dazn 慣れないことは車に限らない。
Jリーグが開幕して今年はサッカー中継はDAZNでパソコンで見るほかないようなので とりあえず申し込んで1か月の無料試用期間を体験しているが不満だらけだ。
テレビにパソコンをつないで見ることになるが、画像が鮮明でない、接続がよく切れる、特に終盤の大事なところでよく切れる。こんなのにお金を払えというのは無理だ。まともな商品といえる代物ではない。こんな状況にはとても慣れそうにない。
試合が地元である時はサッカー場へ見に行けということなのだろう。Jリーグ運営側にとっては資金は入るしサッカー場へ足を運ぶ人も増えそうだしいいことずくめなのだろうが、楽にサッカーを楽しみたいと思う自分のような身にとってはどこか腹立たしささえ感じる。ひとまず解約してしまった。ともかく、ここでも直面しているのは電子的不満ということになる。

それなりの時がたてば不満というものは雲散霧消し気持ちの良い生活が送れるようになるのだろうが、残り時間が気になるような年頃になってくると、世の中についていけなくなったままで終わるかもしれないというそこはかとない不安がどこか漂うようになる。

Sakurahibaru ともかくもすべてを受け入れるほかない。桜がやっと満開になり美しく散り始める様をゆるやかに眺めるように、楽も不安も取り混ぜてただただ眺めて過ごすのも悪くはないのかもしれない。

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2017年2月17日 (金)

Lanディスクの増強

パソコンのLanディスクを増強した。少々手こずった。このところパソコン周りで手こずることが多くなっている気もする。疲れる。

現在使っている1テラのLanディスクが使用率83%くらいになりレスポンスがかなり落ちてきたので、Lanディスクに外付けのハードディスクでの増強を図った。
今回も1テラのディスクとした。
容量が大きくなるとゴミ箱のように何でも押し込んでしまう気がして、ディスクは小さめがいいような気がやはりしている。
バッファローのリンクステーションは外付けできるディスク仕様は限られているとバッファローのページに記載あり、適合機種から選ぼうとするがwindows10適合と出ているのはあまりない。
メールで問い合わせると推奨の機種だけ知らせてきてこれは安くもない。
ほかにも適合機種はあることはあるような歯切れの悪い回答だったので、これはと思うHD-LC1.0U3-BKというお手頃価格の機種の口コミを片っ端からネットで調べる。
Landisk どうやら安い機種も適合しているようでwin10でも問題なしとの記載あり、ふーんと思っていると、そのうちバッファローのページの中にもこの機種がwindows10適合と出てくるようになって、調査中だったんだ調査終えたんで晴れてこう出てくるのだと思ってしまう。少なくとも何か混乱しているようだ。
EとDの型番があり、Eのほうが新しいということだが仕様を見てもどこが違うかわからない。メーカー価格はEが安くなっていてそのためだけに型番を変えたのではとも思ってしまう。市場価格はDがやや安い。
価格コムでみるとEは価格の変動が結構あって1日で10%以上値上がりしたりする。
暫く心にとめておいて安くなったタイミングでEを発注しようかとも思ったが、Eにこだわることもないしと価格も安定していて市場価格最安値値の安いDを発注することにした。


夕方頼んで足掛け3日で到着する。速い。
マニュアルらしきものは極めて簡単なコピーがあるだけでこんなものかとこれで装着する。
ハードディスクだからまずはフォーマットして使う。EX2という形式が良さそうだが、リンクステーション専用なのでこれが壊れるとパソコン直付けでも読めないことになる。調べるとEX2を読み書きできるフリーソフトがあることが分かりとりあえずまさかの時はこれに頼ることにする。
さてデータの移動を始めると、遅い。1M/s位しか出ない。しかしランダムアクセスのファイルの読み書きはこんなものかもしれない。どうしようもないのでそのまま続けるが400GB位の大きめのフォルダを移しにかかると予定時間2日以上との表示が出る。どうしようもないのでとにかくパソコンを夜中も落とさずに転送し続ける。勿論その間に他の作業をパソコンですることはできるが、転送速度は遅くなり作業もいつもよりも時間もかかり心地よくない。うんざりするような数日を過ごしやっと500GB位移したところで元のディスクもレスポンスが良くなり、めでたしということになる。
落ち着いて気持ちよくパソコンも動き出したのもあり、買ったディスクの仕様を改めてバッファローのページで調べると高速化ソフト添付というのが売りになっていると気づく。こんなものはどこにあるのだろうとネットで調べていくと、なんとちゃんとした取説やソフトダウンロードのページがあるところに行き当たる。こんなのも知らずにディスクを使い始めたのかと情けなくなる。年を取るということはこういうことなのだろう。
ともかく、高速化ソフトをパソコンにダウンロードして、試しに未移動の手頃のフォルダを移動してみると倍くらいのスピードが出ている。
もっと落ち着いて取り掛かるべきだった。
しかし、しばらく使ってみるとパソコン本体の挙動がぎこちなくなるのが気になる。本体のメモリーをファイル移動に使うようで普通に使っている時はむしろ害が大きい。慌てて高速化ソフトを削除する。大量移動するときにのみインストールして使うのが正解のようでもはや時すでに遅しということのようだ。

随分すったもんだしたが2週間くらいたった今は2つのディスク共心地よく動いてもうすっかりなじんだ。次の増強はいつになるだろうか、次はディスクではなくて固体メモリーとなるのだろうか、こんな自分しかわからないような記録をため込んでいてもしょうがないじゃないか、いろんなことを思ってしまう。

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2017年2月11日 (土)

確定申告とマイナンバーカード

久し振りに雪らしい雪が降った。外に出にくくなる。しょうがない、クルマでも歩きでも、雪に慣れていない車の走る道は怖い。
Yuki2 しかし、2月の雪は冬らしくて眺めるにはいい景色だ。

2月といえば確定申告だが、今年は少々てこずった。

昨年まで住基カードを使ったパソコンによる確定申告でいつもそれなりの払い戻しを受けていた。いちいち出かけなくとも済むところがいい。
今年からは住基カードではなくマイナンバーカードを使わねばならないようになった、これが思いのほか手ごわいものとなっていた。
マイナンバーカードなど新たに作らずとも住基カードベースで不足する機能がもしあれば徐々に機能を広げていくことが適切だったのではなかろうか、いまだにそう思う。

まずはICカードリーダーだ。住基カードと同じリーダーで当然いけるものと思っていたら、マイナンバーカードを読んでくれない。ネットで調べると手持ちのリーダー(adr-rw5100)はマイナンバーカード不適合と判明した。何たることか。
こんなことがマイナンバーカード切り替えの時に起こることは当然予見できたはずで、リーダー共用性のあるカード仕様とするか、充分前からこのリーダーでは使えなくなりますとのお知らせを行き渡らせるべきで、そうと知れば別のを買ったのにとも思う、でも今更しょうがない、とりあえず新たにマイナンバーカード適合品(ACR39-NTTCom)を発注する。前のは捨てるしかないのだろうか、ごみを作ることに官僚は何の罪悪感もないのだろうか、謝罪もお詫びもどこからもない、いやな世の中だ。

ともかく新しいICリーダーは発注翌日には届いてすぐに確定申告を再開する。
カードにアクセスするところまで来ると、「ICカードを認識できませんでした。」とくる。
変だ。e-taxのガイドに従ってドライバーやカードリーダの接続やカードの抜き差しなどい Card1_2 ろいろやってみるが改善しない。
数時間悩んだ末もしやカードが裏表逆ではと、裏返しにして差し込むとこれが当たりだった。
住基カードと同じように写真のある方を上にして差し込んでいたのがよくなかったのだが、どうみてもこちらが表で特記されない限り普通はこちらを上にする。リーダーの取説にはどこにもそんな記載はない。ネットで少し調べるとこの機種で同じような経験をした人の書き込みがいくつか見つかる、勿論皆怒っている。随分なメーカーだ、情けなくなる。これが日本のメーカーの実力なのだろう、しょうがない。
いよいよデータを税務署に送る段になって、また先へ進めなくなった。
どうやらJAVAが最新版ではないのが原因ではないかと更新するとそのようで、少し進む。
と、また引っかかって今度はインターネット・エクスプローラ(IE)に管理者権限で入っていないとくる。
いまさらと思いながらもいったん閉じてIEの立ち上げのところで管理者として開くを選択する。最初からそう言えよと言いたくなる。
少し進むと今度はe-taxへの電子証明書登録が違うとくる。
マイナンバーカード作成の時に一度登録しなおすよう求められてそうしたのがe-taxには知らされてないということらしい、何の連結もなされていない。
少々怒りを覚えながらe-taxに新たな証明書データを更新登録する。
やっとのことで数々の障害をクリアして税務署への送付が果たせた。
今年は払った所得税すべてが戻ることになったが、そもそも納めていた額が少ないので大して戻らない。
当たり前だが払った税額以上のものは戻っては来ない、今年は保険の控除も全く役に立たない、しょうがない。

しょうがないしょうがないと言い続ける、そういう生き方になってしまったかとの感慨もある。いらいらせずにのんびり生きるほかないのだろう。

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2016年11月14日 (月)

福岡マラソンのファンラン

福岡マラソンというのが福岡市の秋の大イベントになっているのもあり、参加するのもいいだろうと5.2kmのファンランを走った。
当日は風邪気味であまり体調がいいというわけでもない。朝7時くらいに福岡市役所前に行って身支度をしたり荷物を預けたりヨット仲間と記念写真を撮ったりするのだが、11月の朝7時は結構寒い。
着込んでは走っているとき暑くなる、どんないでたちにするか悩ましいが結局ヨットスタイルで上下ともラッシュガードでそれに福岡マラソンTシャツ、長めの半パンとした。懸念した通り路上での長い待ち時間では結構冷えるがしょうがない、我慢できないほどではない、走り始めて少し行くと今度はこれでは少々暑かった、と思い始めた。やはり着るものが難しい。
主に出発前に水分補給できるようにと小サイズのスポーツドリンクを持って走ることにしたが、これはおおむね正解だったように思う。5kmの間は給水ポイントもない。5kmでは走行中に飲む必要性も感じないがスタート前の待ち時間には飲みたくなるし飲んでおいたほうがいいように思う。
スタート時刻の8時20分はまだ市役所前の道路に整列していて天神パルコ前のスタート風景は全く見えないし列は微動だにしない。スタートの感激は全くないしスタートの号砲すら聞こえてこない。暫くあってようやく列が歩き始めてスタートラインのほうへ動きだす。スタートラインが近づくと少し小走りのようになってやっとマラソンが始まるのかと感じ始める。待望のスタートラインを超えたのはスタート時刻の12分後となった、ファンランは最後尾スタートなので覚悟はしていたが、やはりずいぶんと遅くなる、じれったい。
スタートラインを超えると急にペースが上がる。心拍数のモニターでは予定の130を軽く超えてくる。抑えなければと、思い切り抜かれていくのをあきらめてペースを落とすが、やはり無茶には落とせずいつもよりずいぶん速く走ってしまう、心拍数は150位を示してどうしたものかと思うがそれほど苦しいという感じでもないのでそのまま150くらいで走り続ける。しかしずいぶん速いペースだ。
1kmも過ぎてやや安定して来た時、今度は左の靴がパタパタと音を出しておかしくなる、靴底が剥がれ始めたようだ。まいった。足の上げ方や下し方を変えてみたりしてFukuokamt4 剥がれていく靴底がなるべく地面を打たないようにするが、そう効果はなくてパタパタという音と違和感は次第に増してくる。そのうち全部剥げてしまいそうだ、その時は片足はだしで走るのだろうか、それもつらいが・・・とも思ったりして心が休まらない。(写真は投稿されたYoutube映像からの切り出し、4km付近)
走りにくいのを無理して走っているということもあり一度上がった心拍数は下がってこない。街の景色を楽しみながら走るという事前の期待は全く実現されない状態でとにかく走る。4kmをすぎてもどうにか靴底は全部剥がれてしまうということはなく、これは何とか5.2kmのゴールまで持つかもしれないとの気もしてくる。左の靴がほとんどバラバラになりかけた感じの時にやっとの思いでゴールする。一応スタート時刻から65分内という制限時間には収まった。
しかし、替えの靴は手荷物にも入れていないし、これでは家まで帰るのさえやっかいだ。救護所がすいていそうなので靴を縛る紐が少しもらえないかと相談すると親切に対応してくれて、荷造り用テープで固めてくれた上に、足の具合もついでにみてくれる、幸い足には無理は行っていないようだ。一応まともに歩けるようになった。
荷物を受け取り着替えしてバスで帰宅する。バスは普通に運航している、交通への影響を最小限にするよううまく仕組まれた市民マラソンだ、日曜の朝にスタートして市Maeathon の中心部の出発地点からすぐに遠ざかってしまい街中には戻ってこないというコース設定にはこういう配慮もあるのかと思ってしまう。
博多駅前の穴の補修といい福岡マラソンの運営といいこのところ福岡市の運営の手際よさを見せつけられるような感じもする。
一休みして計測したラップタイムデータや携帯で撮った写真をパソコンに入れて見る、写真は距離設定間違いでぼけているが少しは記録になる。雰囲気は残る。
(写真はスタート前風景)

ラップは通常の練習よりやや速いが心拍数の割には速くはない、マラソンの走りになっていない。こ3fukuokamtちらは反省が残る。

やはり5.2kmでは満足感はあまり得られない、そんなことを感じてしまう。しかし42.195kmはどう考えても無理だ、体のどこかが
壊れそうだ。そうはいっても、靴を直ぐ買いなおして少なくとも分速120mで長い距離走り続けられるランニング練習を直ぐにでも始めようか、という気にもなっている。その辺の心の揺らぎが面白くて、心に任せて解き放つように時を過ごしていくのがいいのかなとも思い始めている。マラソンはやはり生命力のようなものを与えてくれるようだ。

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2016年7月25日 (月)

WBGTの近似式その2

昨夏、残暑が厳しくてそういえば熱中症の予報としてメールで送られてくるWBGTとはどうやって計算するのだろうと調べて 生気学会が出している気温湿度から簡便に(室内の)WBGTを得る早見表 を式で表す近似式を作成してみて使っていた。今年も暑い季節になってWBGTの値が気になって公表される実測値と昨年作った近似式の計算値と比較してみると、どうにも違いが目立つ。日が差す前の早朝とか日没後での違いが特に大きい、元の生気学会の表で見直してみてもそうだ。もう少し考えて作り直さねば、と思って見直し始めた。
本来の式 WBGT=0.7*湿球温度+0.2*黒球温度+0.1*気温
に立ち返ってこれをなんとか近似計算することを試みる。
まずは湿球温度だ。これは直接計算は難しいので湿数(=気温-露点)に適当な乗数をかけて気温から引けば近い値が出そうなのでそれでやってみる。
湿球温度=気温ー湿数*0.73
  =気温-(気温-(4303.4/(19.482-LN(EXP(19.482-4303.4/(気温+243.5))*湿度/100))-243.5))*0.73
で30℃付近の気温、湿度の高めのあたりではいい近似なのでこれを使うことにする。

湿球温度と(気温=黒球温度)との仮定で求めたWBGTの値と実測のWBGT値は日が差す前や日没後の値とはよく合う。日中も室内ならばこれでいい近似のようだ。

次は室外の値の近似式だ。これには黒球温度が必要になるのが問題だ。
黒球温度は直ぐには難しいので、実測値と上記室内相当のWBGT値 との差分を曲線近似して加えることにする。日照の強さで変わるはずだが曇天でも5割の日照分はあると仮定して時刻の関数としてモデル化する。
今のところこの加算部分は 7時から19時の間に
=((3.2-((時刻-13)^(2))^0.8*3.2/20)*1.2)*(0.5+日照時間*0.5)  日照時間は 0-1の間の値を
用いる、アメダス実測値があればそれを用いる
Wbgt2 で実測値と比較してまずまずの近似となっているようだ。
WBGT実測値は環境省のページhttp://www.wbgt.env.go.jp/day_list.php?region=10&prefecture=82&point=82182&day=20160723に日付などを変えれば得られる。


取敢えずはこれでまたしばらく様子を見よう。

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2016年7月19日 (火)

梅雨が明けてソファの修理に取り掛かる

梅雨が18日にあけたとの宣言が西日本で出された。やっぱりこうきたか、と思う。一般には500hpでの5880m高度線が被るようになってくると夏が来たとの実感を得る。この日は確かにそうだが数Tuyuake 日でまた5880m高度線は南に下がりそうで梅雨の続きのような天気がぶり返す恐れがある、梅雨明けを出すなら17か18日か、ここで出なければ難しくなると思っていた。安定した暑い晴が数日でも続くようになれば梅雨明けとするのが正しいのだろう。

一気に暑くなってきたが、雨でこれまで延ばしてきた植木の手入れや家の手入れを始めようかとの気になる。
朝から伸び放題のモチノキを高枝バサミで切り始める。
日が高くなり始めるともうできない、まあ少しは良くなったかというところで今日は終わりとして、一休みしてソファの修理にかかる。

もう数十年使っているソファの一つが座面が落っこちたようになっていて、クッションでごまかしてきたがいい加減何とかせねばと修理を試みることにした。
例によってネットで先達者の投稿をしらべると結構厄介そうだ。
どうも座面を支えるウエービングテープが劣化して切れているようで、とにかく工作用ホッチキス/タッカーをダイソーで調達することにする。
ウエービングテープは幾つかホームセンターに問い合わせてみるが置いている店が見つからずネットで調達することにする、ネットのお店は札幌の家具工房だ、そんな遠くからと思うが、適当なサイズはここしかない、あまり入手性は良くない品物のようだ。
タッカーの方は近くのダイソーにあって難なく入手する。弾が飛び出すものだからちょっと危険なようで防護メガネ着用のこととある。とりあえずは普通の眼鏡で代用してできる範囲で作業に取り掛かる。
ソファーをひっくり返して裏布を外す。タッカーで止めてあってタマを一々ドライバーでほSofa じって外していたが布も劣化していて、外さずとも布がそこだけ裂けたりして、大分横着をしてとにかく外す。
見ると見事にウエービングテープが切れている。ウエービングテープが到着するまでは数日かかるがそれまでに少しでも進めておこうとソファーの上張りの布も外しにかかる、矢張りタッカーで木枠に打ち付けてある。これを少しづつタマを外したり布を切ったりして外していくが結構疲れる。
1辺だけ外したところでひとまずお休みとして、兎に角この状態で一応使えるようにと裏側から座布団やクッションを押し込んでこれを木枠下側から荷造り用布テープで押えてタッカー止めし当座の使用には堪えるようにしておく。座ってみるととにかく随分改善している。ウエービングテープが来てゆっくり本格修理をやればよいかと吞気に構える。
ソファの構造などこんなものかと思うくらいあっさりしていて、吞気にやるくらいがちょうどよい感じだ。

ソファーの修理でも結構遊べる、何でも遊べるように世の中はできていると思い始めている。そう思うと何でも楽しい。

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2016年6月17日 (金)

梅雨の様々

梅雨空が続いている。
今年の梅雨の異変はまだ台風が1個も発生していないことに尽きる。
6月半ばを過ぎてこんな有様はあまり聞いたことがないがと思って少し調べると1998年は台風1号は7月9日発生、1973年は7月 2日発生だから20年位に1度はあるようだ、Anomp6132016 とんでもないというほどでもない。1998年は前年が強いエルニーニョが発生した直後で今回とよく似ている。多分エルニーニョの終焉と関係があるのだろうとは思うが具体的にどうなのか気になって海水温の状況や上空大気の状況を見てみるが、直ぐには 解らない。
この時期台風の発生源となるフィリピン西方沖の海水温は今年とりわけ低いということでもなくむしろ全体に平年よりやや高い。確かに昨年に比べ日本の南の北
Amehikaku_2緯10度あたりの雨域は昨年に比べ大分小さいようで衛星動画をみてもまとまるはずの雲がすぐに散って一向に成長していない。どうやら下降気流がこの領域にできているようだ。マレーシアやタイあたりの上昇気流がやや強まってそれが下降気流としてここらに降りてきたと考えるのが順当なのだろう(いわゆるウオーカー循環の強まり)。もっと平たく言えばエルニーニョ現象の盛衰が赤道を巡る圧力変動を生んだ結果ということなのだろう。
ともかく梅雨ではあるが台風が来ない分危機感がいくらか薄い。いいといえばいい。


この時期は年中行事のようにホタルを見に行くことにしている。博多湾にそそぐ那珂川中流域の中ノ島公園が見やすくて沢山出るのでこ今年もそこへ行った。真っ暗になるのは8時くらいからだが場所確保もあり少し早めに出かける。

川沿いのベンチを確保してHotaru5 暫く待っているとあちこちで光り始める。毎年同じことの繰り返しなのだが無論ホタルは入れ替わっていて飛び交う様も違う、同期して瞬くようになりそれを口に出して数えたりして楽しむ。何にも考えることがない時間がすこぶるいい。三脚に固定してシャッターを下ろしていると時折光るカメラの液晶の明かりを仲間のホタルとでも思ったのか一匹のホタルがカメラに近寄ってきて三脚に衝突する。ホタルは遊んでいるわけではなく子孫を残す相手を求めて光に近寄っているのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになる。しかし梅雨の楽しみと言えばホタルだ。


戻ってテレビをつければ舛添騒動ばかりやっている。違法でもない些細とも思える昔のことをほじくり返して都政を止め挙句に都知事を罷免してしまうマスコミの無責任さとそれを仕組む見知らぬ人たちの存在を、ああこれがファシズムなのだと思う。反対意見を恐ろしいほどまでに押しつぶして吊るし上げている、冷静さがない。見るものに、いつ自分がその標的になるかもしれないその不安もどこかに抱えさせている。ナチス台頭の時も戦前の日本のマスコミのありさまもこうだったかと感じる。嫌な時代になった。

こんなことを感じさせるのもやはり梅雨のうっとおしさがなせる技なのかもしれない。

梅雨にはいつもと違ったり、いつもと同じだったり、はたまたとんでもない騒動が起こったり、そんなことを楽しみ嘆き過ごすのがいいようにも思えている。

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