2019年1月19日 (土)

腕時計の電池交換その2

腕時計の電池交換が思いのほか簡単に低費用で自分でできたことに味をしめて、片っ端から動かなくなった時計を見つけては電池交換している。

中には裏蓋が開きにくいのがあって、どこかでもらったAIRBUSの宣伝用の時計に手こずってしまった。裏蓋全体がネジになっている形式でスクリュー方式と呼ばれているらしい。本来は専用工具を使うのだろうが、とにかく回せばいいだけなのでドライバー2本でやってみたり、ネットに出ていたカラーボールを押し当てる方法も試してみたりす

Denchi2

るが固くて歯が立たない。ネットで探していくと腕時計用のcase openerという腕時計用のまさにこのための工具がたったの199円送料込みで売っている。
書き込みでは十分役に立ったと幾つもあるので半信半疑で発注する。到着まで10日くらい掛かることになっているので見るとchina postで送られてくることになっている。中国本土から直接くるようだ、それにしても送料は数十円位しかしないことになるのだろう、すざましい世の中になった。結局ほぼ予定通り11日後に配達された。袋の伝票を見ると出荷は大連市となっている。国際郵便でそのまま送られている。
ともかくこれを使って裏蓋開けにかかる。時計本体の固定は左手を使って水道レンチで鷲掴みにしておいて、右手でcase openerを2箇所の溝に当てて思いっきり回すと

Denchi3

あっけなく開いた。見るからにチャチな道具だったがちゃんと役に立つ、書き込みの通りだ。
中の電池はRENATA397とある。こんな名前のつけ方は見たことがない。調べるとスイス製らしい、互換品があってSR726SWとなっている、すぐにヨドバシに発注すると翌日には届くようだ。200円もしないし送料無料だ。
翌日届いた電池を入れると無事動き出した。ベルトもボロボロになっていたのでダイソーの100円の替えベルトを取り付ける。たちまち生きた時計が蘇る。本当に安く仕上がるのには驚くばかりだ、デフレというべきか。

Denchi1

次は婦人用のOPEXの腕時計の電池交換にはいる。簡単に裏蓋が開いて電池はと見るとSR626SWだ、この前替えた紳士用の大きめの時計と同じだ。どうも婦人用の機械部分を紳士用でも流用して使っているようだ。そんなこともあってブランド風の時計はどうやらこの電池が主流のようだ。
それにしても探せば動かなくなった時計が身近にボロボロ見つかる。こんなことから現代という不思議な時代を感じるのが面白い。

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2018年12月30日 (日)

腕時計の電池を交換する

今月に入ってもう10年くらい使っているカシオの高度計付きデジタル腕時計(SGW-300H)が全く表示しなくなった。この前に電池を替えたのはいつだったか思い出さないほどなのでどうみても電池切れだ。

確か近くのホームセンターで電池交換してくれていたような記憶があって何かのついでに持って行って相談してみるが、これはこちらではできないという、確かにリスクがある割には大して料金が取れないということがありそうだ。

 

戻って他をネットで調べてみる。行きやすいところにある時計修理受付が見つかって電話して聞いて見ると3000円くらい掛かる、別の専門業者に送るという、耐水性が100mというのが問題のようだ。
他にもいくつか電池交換やりますというところは見つかるがクルマでは行きにくい様でどうにも面倒な世の中になった気がしてきた。

 

しばらくほっておいたがやはり不便なので何とか自力でやる方法はないかとネットで色々調べてみる。と、g-shockの電池交換を行う一部始終の動画や同じ型番のカシオの腕時計の電池交換手順の写真付き説明などが次々に見つかってきて、これは電池(CR2016)と先の細いピンセットを新たに調達すれば出来そうだとの感じがしてくる。
早速ヨドバシにピンセットと電池をネットで発注する、近頃はAmazonはなるべく避けてヨドバシにあるもので出来るだけ済ませるようにしている、どうにもAmazonという外資は日本の小売り業を破壊しているようにみえてなるべくそんなことには加担したくないという思いがある。

 

翌日の午前中には届いて早速取り掛かる。ベルトは外さないで行けそうなので裏蓋の取

Denchi

り外しから入る。開けると電池をカバーしている白いシールが見える、ネット情報に従いシールをはがしてその下の電池抑えと電池が見えるようにする。

 

電池抑えのツメがなかなか外れなくて少し手間取るがg-shockのyutube動画をじっくり見ていじっていると何とか外れる。ここまで来ると電池を入れ替えるだけだ。

 

蓋にくっついて外れたパッキンは一旦外して紙で拭いて時計の本体側の溝に押し込むようにセットする。ここがずれると防水が効かなくなるはずだ、これならよかろうというところで蓋を元のようにかぶせてねじを締めて出来上がりと

Casio

なる。シールにはacマークとマイナスを短絡させてリセットするようにとあったが、しなくても普通に動き始めたのでこれはパスする。
時計合わせをして暫く使っているが何の問題もない、なーんだと思う位だ。
気をよくして電池切れになっているその他の腕時計も、ととりかかる。まずは裏蓋を開けてみて電池を確認して電池発注という手順になるのですらすらとはいかないが何とかできそうな気がしている。結構面白い。

Kc

(今のところ電池交換したのは-カルバンクラインの腕時計 k26221  電池:SR616SW 、MONTINE腕時計  電池:SR626SW,それに上記の カシオ腕時計 SGW-300H  電池:CR2016 )

 

やっぱり何でも自分でやるそういう世の中になったなあ、そんな感慨がある。時代は進んでいるというべきなのだろうか。

Montine

Montine1

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2018年12月20日 (木)

また風邪を

10日ほど前から風邪をひいてしまってなかなか完治しない。微熱があって近くの医者に掛かって抗生剤を処方してもらう。最初はあまり効かなかったが少し強い抗生剤(ジェニナック)に変わってずいぶんよくなった、良くなったと思って動き回るとまたぶり返している。微熱レベルだからインフルエンザとも違うようだが普通の風邪よりちょっときつい。いろいろな菌やウイルスが活躍しているように感じる。ウイルスは生命体ではないということらしいので活躍という言葉は正しくはないかもしれない。もっとも抗生剤が効くのだから主に菌の方なのだろう。風邪といっても肺炎菌のような菌の引き起こす風邪症状のような気がする。
また薬をもらって大人しくしている。しかし家の中ばかりに閉じこもってもいられないので暖かい昼頃は適宜福岡市の自宅付近を散歩している。少しの距離だが散歩すると色々鳥にも出くわして面白い。
ごく最近では久し振りにクロジを見た。残念ながら写真にはとれなかったがなんとなく気分がいい。

Nakakouenn

毎日のように歩ける日には自宅近くを散歩しているが、家の近くには溜池が転じた公園が3つばかりあってよくそこを訪れる。最も近いところが自然の雰囲気がいい。
それほど大きくはないがちょっとした森のようになった小山や明るい林や溜池を囲む茂みがあって茂みには立ち入らないように保全もしてあるところがいい。溜池にはカワセミがしょっちゅう来るし近頃はコガモがしばらく滞在していた。マガモやコサギ、アオサギ、ダイサギなどはしばしば現れる。秋の始めにはホシゴイやササゴイが現れることもある。冬場はシロハラが居つきカラ類の混群も時折回ってくる、キュウシュウコゲラやエナガも来る

Mozu2

しジョウビタキも冬の間ほぼ居付いている。ツグミも来る。勿論メジロ、ヒヨドリ、ハシブト・ハシボソガラスなどは常連だ。モズもしばしば姿を見せる。特に溜池の周りの雑草の茂みがいい。冬場はウグイスの地鳴きが聞こえクロジもここに現れた、4日前はモズが色んな声でぐゼるようにここで鳴いていたりもした。
周りでも公園を巡る電線にはコムクドリが来たこともありイソヒヨドリも近くのビルの谷間に声を響かせることもよくある。渡りの時期は気が抜けない。

頑張って海外や日本国中あちこち動き回らずともどこにいても面白い世界が展開していると思っている。風邪を引いて殆どじっとしていてさえも面白い。生きることの有難さを思い出したように感じる今日この頃ではある、が、弱ってきたかな正直そうも思う。冬は続く。

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俳句を時々作っている


俳人では山頭火が何とはなしに気に入っている。
普通に目にする俳句の世界では山頭火の様な無季、不定型句は俳句として表に出さない,俳句ではない,といったような雰囲気があって、例えばNHK俳句やインターネットの現代俳句でも無季の俳句が認められていると感じることはない。世の中の保守化と何となくリンクしているような感じがする。
季語にこだわらない、575にこだわらない、いい短詩ができればそれでいいと思っている。
でも、無季・不定型にもこだわりたくもない、他人の評価にもこだわりたくない、何でもいいとも思っている。




秋・あき

紅葉見に飽きて 見上ぐる空キラキラ 
 

Haiku1

ブオーン飛行機 コーヒーふんわり

ドリルの様なユウガオ虚しくて

工事の音ガラガラ 秋の日ぬくぬく

モズがまたひと鳴き インスタもうあき秋 

インスタの図柄に似せて年賀状 


風邪をひく・引きこもる・冬の雲・冬の鳥

風邪を引いて本ばかり読むそれもいい 

Fuyukumo

雨交じりに風邪 切れる冬 押し黙る

雪にあこがれる九州の冬

しぐれ雲   雪降らばや躍る心

冬らしい寒さが心地い_い_い

風邪に伏す障子の先の明るさや

晴れそうですか  次から次へと冬の雲 


吹き出す風   暗くて低くて冬の雲

Sazanka33

サザンカの   ぺったり咲きてしぐれ雲 
 

まちかねた凩ついにツグミ来る 
         
しぐれ雲ようようツグミ渡り来る         
   
凩のかすめり小鴨居付く池

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2018年11月28日 (水)

マウスのローラーが不調になって

2ヵ月ほど前の9月の終わりころパソコンで長く使っていたGreenHouseの有線マウスのローラーの反応がおかしくなり、これは壊れたかとネットで発注した。

Mausu

安いものだし分解もやっかいそうで修理するほどのことはないとの思いだ。無線のbluetoothマウスは接続が切れることが多くて却って面倒なので今度も有線マウス(エレコム製)とした、すぐに届いて使い始める。
機能は普通なのだけれどもどうも左クリックが僅かに重い。返品するほどの不良品ではないし暫く使えばなれるかと思っていたが一向に慣れずにむしろ気になってくるようになった。左クリックはしょっちゅう使う。
ここは右クリックと左クリックの機能を逆にしてみるのもいいかとwin10の設定->マウスの「主に使用するボタン」というところを左から右に変えてみた、簡単に変更できる。
右左のクリックが全く逆になり最初はちょっと戸惑ったが慣れてきた。慣れると指の疲れが減るように思える、人差し指と中指のクリックの回数にはそもそも大きな隔たりがあり人差し指を多用するようにパソコンはできているようだ、左右を逆にするとパソコンを使い始めて以来酷使されてきた人差し指が解放されたように感じる、勿論中指は忙しくなるが今までに溜った疲労はなく楽に動く、それにローラーは相変わらず人差し指だ。こんなことができるとは思ってなかった。パソコンは2台を動かしているのでもう一台の方のマウスの設定も左右逆にする。
暫く使っていると 使用頻度は減ったとはいえやはり左クリックがやや重いのは変わりはない、何とかできないかとまた思い始める。
捨てようかと思っていたGreenHouseの有線マウスをどうせだからとバラシにかかる。ねじ1本外すとガバッと分解できてローラーが見えるようになる。ゴミでも詰まったかもと思うが見てもよく解らない。とりあえずはCRC5-56を回転部分に十分すぎるほどに吹き付けてまた組み立てる。組み立てにくいところがあるが何回かやっていると無事組み立って元の姿に戻る。これでパソコンにつないでみると治っている、ローラーにスムーズに応答して画面が動く。なーんだということになる。マウスに問題が出ればまずは恐れず分解してみるべしというのが教訓になる。
新しいマウスはお蔵入りとなったが右左の逆転設定はもう慣れてしまって手が疲れないので逆のままにして使っている。少し気分が変わっていい感じもする。

パソコンを使っていると 細かいことだが今まで固定観念で見ていたなあ、とこんな風に少し解る時がある。そんなことがあるとパソコンを使うというどこかうんざりする作業がちょっと息抜きできたような気持になっていいのかもしれない。

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2018年10月25日 (木)

料理を習う

つい最近料理を習い始めた。
別に困っている訳ではない、暇になるとやってみようかと考えていたことの一つであったというに過ぎない
今回の直接のきっかけは高校の同期のメーリングリストだ。関西在住者の希望者を募って大阪ガスの男性のための料理教室に10名くらいで参加して(面白かった)との記事が出ていてちょっと引っかかっていた。皆同じだな、そう思った。そして、そうかガス会社ではクッキングスクールを会社として運営している、何となく行きやすそうだ、こちら福岡にもそのようなものがあるはずとも思った。調べると思った通り西部ガスが開いている料理教室の中に男性のための、というコースが見つかる。10月からのコースの募集が間もなく始まるという時期だったので、募集開始を待ってとにかく申し込む。応募多数の場合は抽選で、とある、電話で聞くと大体2倍くらいの応募になるのが通常らしい。外れるかもしれないと気にしているとこれとは別に市の広報紙に男性向けの料理教室が9月下旬から開催とあるのを見つける。高年齢者向けで一応対象年齢には入る。応募開始を待ってこれもすぐに申し込むがこちらも多分抽選になるという。いずれも半年に5-6回くらいのペースで西部ガスのとはうまく日がずれている、両方当たってもやれそうだ。
抽選日が程なく訪れて結果の郵送を待たず電話で問い合わせると両方とも当たりと分かる。
費用は西部ガスのほうは半年で13000円、市のは1回600円で両方やっても大した負担でもない。
まずは市のコースが始まる。実施場所は老人センターで、そもそも老人センターというところを初めてみる、こんなところに次第に頻繁に出入りするようになってくるのだろうか。一種独特の空気が流れている。あまり心地よくはないが設備もあるしスタッフ

Ryouri1

もいるそれに駐車場もあって簡単に開催できるということなのだろう。
10人位で基本的に初めての人だ、このコースを終わると進んだコースが別にあるらしい。10時にスタート、昼までに作って昼食としてこれを食べて帰るという組み立てだ、この日は餃子と卵スープ、他を作る。協力しながら作っていくので全部の手順をすべてやってみるということにはならないがまあそれなりの実際的なやり方が解ってくる。兎に角この日は餃子をたらふく食って帰る。
2週間後に今度は西部ガスのコースの初回が開かれる。こちらは20人くらいいて場所も博多駅近くの近代的ビルの中だ、メンバーは年齢層がばらついていて普通の感

Ryouri2

じだ。驚いたのは自分以外はこの日は全てこのコースの経験者ばかりだったことだ。抽選では経験者が優遇されるのだろうか。この日は栗ご飯とロースかつ及びあえ物を昼過ぎまでに作って同じように食べて帰った。経験者ばかりということがあって作るスピードが速くやたら忙しい。市のより大分高いだけあって食材がいい。こちらも分担してやるので分担したいことははっきり意思表示して参加する態度が必要となる、ちょっと疲れる。

バタバタと作っていくが結構おいしい栗ご飯やとんかつが出来上がる。

自宅で復習に時々習ってきた料理を作ってみる。完璧とはいかないが大体はうまくいって結構いける、家人の評も悪くない。

少しは新しい生き方が開けたような気がしてくる、それがいい。それにしても西部ガスの料理教室は常連ばかりというのが未だに解せない。不思議な世界に行き当たったようにも思えてこれからの展開が楽しみでもある。

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2018年5月17日 (木)

傘を治す

あまり傘は使わないのだけれど、雨が降りそうで散歩に出る時等にはポケットに入るくらいの軽い安い折り畳み傘を持ち歩くことがある。
つい半月ほど前 何かの拍子にこの傘の骨がぽっきり折れてしまった、安い傘で買い直せばいいのだが、ごみが増えるだけなので治してみる。物を「なおす」というと直すという字を使うべきだろうが骨が折れたとなると治すと書きたくて書いてしまう。

Kasanaos

アルミの骨格ということもありいじりやすい。折れた部分の継ぎ手となる釘を適当に探してきて骨の両側の溝に押し込み周りのアルミをペンチでかしめる。これだけで一応使えそうな感じになった。ビニールテーを巻いて継ぎ手の脱落を抑えて完成とした。曲がりが残るがちゃんと機能してほのかな達成感がある。これで使っていてまた壊れればその時は買い直せばいい。
壊れたものは直せばいい、また壊れれば買い直せばいい、買うのが金銭的にためらわれるようになれば何かをあきらめればいい、単純な生活を送っている。単純な透明な生活、望んでいたものに違いない。
しかしまだまだ捨て去ることのできるものを数多く抱えている。

Yotto

この春からヨットをやめた。未練があるが体力的というか体調的というかよほど安定してないともはや一日続けてはできないなと思うに至ったことによる。
フルートもばったり吹くのをやめている、やはり体調上、肺がきつくなるような気がしているためだ。
山歩きも体に負担を感じるほどにやれば内臓がてきめん不調になる、ほんの散歩+アルファくらいしか体が許してくれない。
ランニングは5kmのスロージョギングがいいところだ、少しピッチを上げて負荷をかけると心臓がリアルにおかしくなる。以前軽くできたと思っていたレベルの運動は次々に捨てざるを得なくなっている。しかし捨てても捨ててもやることはなくなりはしない。


Skii

スキーはまだ捨てた気がしないが九州に引っ越してからこのかた全く滑れていない。この地でスローペースでのんびりしたスキーをやるなどは到底できそうにない。北関東にいた時のように自宅を出て1時間半でちゃんとしたスキー場で滑り始められて3時間も滑れば満喫して引き上げる、そんなことはもうできない。この地ではまともなスキーといえば遠くまで出かけて行って泊りがけでマイペースで一日滑って戻る、こうなる、一人ではできそうにないし付き合ってくれる人もいそうにない。スキーも捨てたも同然だ。

こんなに捨てたのに何故か日々が気ぜわしい。まだ見ていないもの、訪れていないところ、なんでも見たり訪れたりしたくなる。寿命というものを見つめ始めている、そう感じる。ちょっと嫌だがそうなのだろう。何にでも正面から向き合うようにしていかねば、そればかりを思っている。

それにしても、傘を治す、単純なことだが、捨てるべきといつも迫られている心地がしている時に一つでもささやかに押し戻せたという感触があって、どこかいい。

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2018年5月 8日 (火)

昔住んでいたところを歩く

昔住んでいたところを歩いてみよう、ずっとそう思っていた。自宅から歩いて5分程のバス停から出る路線に乗れば乗り換えなしで行ける。又は最寄駅から西鉄電車で行ってもいい、簡単に行ける。それなのに福岡に引っ越してきて実際に訪れるまで5年かかった。いつでも行けるという気持ちがここまでずるずると引き延ばしてきたような気がする。
結局3週間ほど前のとある日思い立って全く唐突にふらりと出かけた。すぐ近くのバス停から駅行きが来ればそれに乗ればいいし間があれば少し離れたバス停からバスに乗ればいい、そんな風に思ってまずはすぐ近くのバス停の時刻表を見ると数分後に駅行が来るようだ。ラッキー!とこれを待って乗り込む。ミニバスだ。久しぶりに乗る、駅東口が終点となっていて、前に乗った西口で降りるのと行き方が少し変わっている。なんでも変わっていく。短い間にも世の中は動いていく。
次の
まで西鉄電車に乗る。
そういえばこの駅で降りた記憶が昔にもない、というか蘇ってこない,その先で降りるのが常だった。駅の階段を降りて出たところでも地理がピッと頭に来ない。暫く眺めまわしてああこっちだとわかる。
街角の記憶は薄っすらとしかない、写真があればいいがそんな写真は昔撮ってはいない。

Jinjyax

北へバス通り沿いに下っていくと右手の路地のずっと向こうに鳥居が見える。西鉄電車の高架線を越えた向こうに神社があるようだ。こんな神社は全く記憶にない。昔は西鉄電車が高架になっておらず土手のように盛り土した上を走っていた、そんなせいで土手の向こうの記憶が乏しいのかもしれない。とにかく人の記憶などあいまいなものだ。
川を渡る橋の少し手前を右に折れる。道の向こう側には駄菓子屋があったはずだが勿論今はもうない。近くの外車ディーラー大手のショーウインドーは健在だ。生き残る

Dagasiyaato

のは大手だけなのだろうか。右に曲がって進んでいくと昔ここらのどこか広い場所でラジオ体操を行ったと思い出すがそれらしい場所はない。変わってしまった。進駐軍の将校が接収して住んでいた角の家のところまで来る。今や背の高い建物ばかりで面影はない。昔住んでいた区画の中では自宅の裏にあったやや大きな木造の家がそのまま残っている、50年以上前そのままの姿に少々驚く、但し空き家のようだ。その他の家は全く面影がない。もと自分が住んでいたところはと見ると今は通信制の高校のビルになっている、初めて知った。通信制でありながら全日制

Uraroji

のユニークな高校で芸能人も輩出しているようだ。
昔の風情を感じるどころか驚きだけだ。昔歩いた道を行きつ戻りつジグザグに歩いて先の電車の駅に向かう。途中でおやという張り紙に出くわす。昔行きつけだった床屋だ、寄る年波には勝てず3月末で店を閉めました、とある。惜しかった、あとひと月早くここを散策しておれば床屋の主人か女主人と言葉を交わすことができたものを。喧嘩床屋と「うち」ではあだ名していた、いつも床屋夫婦が言い合いをしながら髪を切ってくれた。昔の思い出のままとなってしまった。80才は過ぎているだろうから店を閉めるのもむべなるかなだ。
駅に抜ける抜け道だった細い路地が拡幅されて立派な歩道になっている。変わり続ける。
高架になった駅を左に見て1丁目に向かう。途中で右へ折れて昔 通学のバス停までの経路として使っていた道を探してみる。すっかり様子が変わっていて道を見つけるのさえ苦労する。
しかしどんどん昔の記憶が蘇ってくる。路地の太さの感じが昔の記憶より細い。周りの建物の高さが高くなったためだろうか。
一丁目で終わりにしようかと歩いてきたのだが着くとまだ元気だしずんずん歩けて面白

Rakusui

い、もう少しと柳橋の市場に向かう。手前で少し休憩したくなったのと喉の渇きを覚えたのとでコンビニでアイスコーヒーを飲む。座れるところのあるコンビニは有り難い。
長くいるのも気が引けて飲みながら歩く。柳橋市場に来たのは小学校以来のような気がする。古い記憶だがあまり変わっていない感じがする。見るだけで通り過ぎる。昼下がりの時間帯では活気も少ない。
思いの外短くて市場を抜ける。ここまで来ると出発前に何気に見ていた楽水園の紹介が思い起こされて楽水園まで行って終わりにしようと想い始める。手に持ったアイスコーヒーの飲み残しカップが邪魔だが捨てるところがない。
住吉神社のところまで歩いてくる、通りは人は多くないが旅行者風の姿がちらほら見える。
住吉神社境内に入る、池にはマガモがいてつつじがきれいだ。広い境内を歩いて本殿のところに出る。5年前の正月に初詣に来て以来だ。

Suikinkt

5年前の混雑とは様変わりして落ち着いた雰囲気がある。中国からの旅行者の一行が過ぎていく。
昔 海に向いていたといわれる正面入り口から出て右回りに縁を巡って樂水園に至る。この地にあった明治時代の豪商の別邸庭園を再現したような庭園で建造は戦後だ。茶室で抹茶を飲む。ちょっと気が休まる、雰囲気はいい。そういえば水琴窟がここにはあって音が聞けると思い出して尋ねると、庭の石に水をかけて耳をすませば聞こえるという。早速試す。周辺の都市雑音がやや気になるが石に柄杓で水をかけて耳を澄ますとゴアンゴワンというかすかな音が聞こえる。フーン優雅な響きだ。博多塀などもじっくり見て近くのバス停から帰路に就く。何だか満喫した思いだ。

昔の記憶を思い起こしながら気ままに街を歩く、これは案外面白い。計画しないところがいい、そんなことが気ままにできる街だし、歳だ。
また新しい遊びを見つけたような気がした、果てしない時の流れは泳ぐように過ごしていくだけで楽しい。

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2018年4月15日 (日)

壊れたLinkstationディスクからデータを読み出す

もう7-8年は使っているリンクステーションLANディスク(linkstation LS-CH1.0TL)が動かなくなった。

Linkstation

橙色のランプが遅いのと速いので1回ずつ点滅している。調べると「I11:ハードディスクの不良セクタが危険な範囲に達する可能性があります。ハードディスクを修理センターまでご送付ください。」ということのようだ。ハードエラーがあるらしい。修理に送れとあるがディスクの内容は消去されるというからとても送り出す気にならない、ネットでみるとクラッシュディスクのデータ回収業者の広告が幾つもあるがずいぶんと値が張る、そこまで出す気がしない、自分でやれるだけやってみよう。
ぶら下がっている子供のLanディスク(HD-LC1.0U3)は無事の様だがUSBでパソコン直結しても認識してくれない。discをフォーマットした時お薦めだったext2でフォーマットしたためだろう。フリーソフトがあって読み出しは可能のはずだった。やっとの思いでext2fsdというソフトを見つけてパソコンにインストールする。先人の書き込みをネットで探してそれに従ってdiscをusb接続してext2fsdを起動させdiscの接続名称を指定すると普通にエクスプローラから認識できるようになり読み出しはできる、但し書き込みはできない。こうなればLanディスクはもうやめて直結のusb外付けハードディスクにするほかないとシリコンパワーの2テラの外付けディスクを発注する。まずはこれに生き残った子供のディスクの内容は移せばいい。
ここまで確認して予定していた中国旅行に出かける。まだ半分しか解決していない。
旅行から帰って、頭が痛いがやる他ない、旅行の後片づけをして続きに取り掛かる。

問題は親となっているlinkstationのディスクだ。usb接続はなく筐体からディスク本体を取り出してATA-usb変換コードにつないでパソコンにusb接続するほかない。とにかくATA-usb変換コードも発注する。
直ぐ翌日にものがきて筐体の分解から取り掛かる。この手順もnetに書き込みが見つかりそれに従って押しピンの先を少しペンチで切ったものを10個くらい用意してケーシングのプラスチックのつめを外していく。ねじは一か所だけだ。つめを折ることもなくうまくケースが開いて中にあるハードディスク本体を取り出す。

Landisk

これに届いたばかりのATA-usb変換コードをつないでパソコンにusb接続しext2fsdソフトを立ち上げて見てみる。ディスクそのものは認識するがフォーマットはRAWとなっていてこのままでは内容を読みだせない。
この場合の残された選択肢はLinuxOSをパソコンにインストールしてここから読めば読めるということらしい。Linuxのインストールは厄介そうに見えて他に手はないかとネットで色々探すがどうも他には見つからない。腹をくくってLinuxのインストールをusbスティックメモリから行うべく新たにusbスティックメモリーを発注する、これもすぐ翌日には到着する。ハードが揃うとやる他ない。ネット情報に従ってLinux-ubuntuというOSをインストールすることにする、これが最も簡単らしい。起動用usbメモリを作るソフトrufusをダウンロード、続いてubuntu-ja-17.10.1-desktop-amd64.isoをダウンロードしrufusを使って届いたばかりのusbスティックメモリにこれを格納する。
次にusb端子が3つあるwin10パソコンに新たに買った外付けハードディスクとlinkstationから取り出したハードディスク及びLinux-ubuntu起動用のusbメモリを刺してパソコンを起動する。lenovoとpress F2の表示が出る瞬間にまずはF2キーを押せばいいのだが、press F2の表示が出ずにwindowsが立ち上がってしまう。強引に電源ボタン長押しで強制終了させてまた立ち上げると今度はlenovoの表示の下にpress F2が出てくる。ここからusbメモリで起動するという選択肢を選んで記憶させて一旦終了させる。もう一度立ち上げるとlenovo の下にpressF2,pressF12の文字が見えた瞬間にF12を押すとやっとubuntuが立ち上がってくる。一時使用である方を選んで先へ進むとTopページが開かれてくる。ここでファイルアイコンをクリックすると確かに新しい外付けハードディスクとは違う1TB位の問題のディスクが認識されこれをクリックすると、クラッシュしたディスクの中のフォルダがズラッと表示される、うまくいった。
取りあえずは30GBくらいのフォルダーを新しいハードディスクにコピーしてみる。問題なくできて、ちょっと疲れたのでこの日はこれで止めて、usb接続は外し一旦パソコンはwin10に戻し別のことを少しやって終わる。次の日になって続きをやろうと接続を元に戻してubuntuを立ち上げると今度はクラッシュしたディスクは認識するものの読むことができない。やっぱりハードのどこかが壊れているようだ、動いたらなるべく触らないで作業してしまわねばならないようだ。問題のディスクをもう一度別のパソコンに繋いでext2fsdソフトでアクセスしてみたり何度も昨日のセットで立ち上げ直したりしてみる、その内パソコンの強制停止のさせ方が良かったかハードがショックを受けたようで立ち直った、とにかくこれからはセットを変えることなくフォルダをコピーすることに専念する。丸1日くらいかかって450GB位をコピーし終わった。
Lanディスクではなくなるが、パソコンで共有指定すれば外付けハードを別のパソコンからLAN経由で読み書きできる、Lanディスクのような運用が可能とわかり、大した不便はない。自宅の無線LANであればそもそもLANディスである必要はなかったような気もしている。

取りあえず成功で一段落だ。久しぶりの達成感に浸る。パソコンを巡るトラブルは精神的な疲労がきついがうまく終わるとともかくほっとできる。

せっかくLinuxのusbメモリによるインストール方法が分かったので、windows-xpサポート終了のため捨て置いていたエイサーのAspireOneをLinuxで動かすのもいいかと、こちらに取り掛かる。これは遊びで気が楽だ。
今回使ったusbメモリをAspireOneに刺して同じように立ち上げようとするとcpuが32bitだからできないとのメッセージが現れる、確かに64bit用のubuntuだったのでダウンロードページに戻ってみると今は64bit用しか公式にはリリースされていない。32bit用のはどこかにないものかとネットで探していくとUbuntu9.04等見つかるがうまく動かない、色々探してはやってみる、結局 ubuntu-ja-12.10-desktop-i386.iso というのが見つかりこれで試すとさっきと同じように開き始めた。
無線lanにも難なくつながって少しいじってみるが、レスポンスが今一遅くてあまり実用的とは思えない。しかしパソコン周りは何が起こるかわからない、こんなツールも動かせるようにしておくに越したことはないそんな風に今は思っている。とにかくLinuxと聞いてもあああれかと思えるようにはなった。

色々勉強した。トラブルはつらいが新しいことに直面するのは面白いことでもある。

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2018年2月25日 (日)

インフルエンザに

めっきり春めいてきた。極東に降りてくる寒気も緯度がやや高いところに限られてき

Dekanki2

て九州はもう早春の雰囲気だ。地球的規模でも今年は北米の寒気の強まりが目立っていたがこれも随分緩んできて五大湖に面するシカゴでもこの先少なくとも1週間は0℃以下にはならない見通しだ。北米の厳しい冬は終わったという感じがする。(添付図の1500mの気温分布、左が極寒の2月6日、右が今日2月25日。北米の寒気の塊が随分小さくなっている)。ヨーロッパ特に中東欧はむしろここへきて寒くなっているようだがその他では春の訪れがそこまでというところまできた。

1週間くらい前風邪をひいたらしいとかみさんが医者に行ったらインフルエンザB型と即座に判定されタミフルを貰ってきた。そういえば自分も少し変だと医者に行って苦手な検査を受けてみたらやはりB型と告げられる。予防注射をしたのにと思うがB型はカバーしてなかったのだろうか。帰ってネットでB型の特徴をみてみると、熱低し、腹具合おかしい、だるい とぴったりの症状だ、そうなんだと納得する。
1週間ほどゴロゴロしていたら大体は良くなったが未だ少々変だ、無理が全くきかない。今日はランタンフェステバルを見に長崎へ出かける予定で宿をとっていたがやむなくキャンセルした、直前だけになにがしかのキャンセル料はやむを得ない。これとは別に昨日は九響のコンサートも2枚予約して買っていたが少しは体調がましな自分だけ1人で出かける次第となってこれも少々空しくなる。楽しむための先払いは楽しめない事態になったら素直にあきらめるしかない、そういうものだ。

コンサートでも映画でも野球・サッカー・芝居でも すべからく先払いで成り立っている、切符を買って観てつまらなかった不愉快になったからといって金を返せとはとても言えない、要するに面白いに違いないという幻想・イル―ジョンに人は金を払うものなのだ、そう思わなくてはいけない。面白いから金を払うのではなく面白そうだから金を払うということになる、だから
業的には宣伝が命であり本質といってもいいものなのだ。こんなことに気が付いたのはずいぶん昔で高校の頃だった、とても新鮮な気がしたものだが 今もってそれが変わらないこと・真理であることにどこか苛立たしさを感じている。
先払いで金を失ったと思うのはあり得ないことでその瞬間の気持ちに払った金は戻らないと考えるべきなのだろう。

もうそこまで春が来ている。春になれば心浮きたってまた色々出かけよう、それまでには完治せねば。既に前払いしたことも幾つかあることだし。


がんばるべき時にはがんばり、あきらめるべき時にはあきらめる、生じてくる全てを受け入れて心のままに生きる、これしかない、そう思い続けている。

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