2017年9月20日 (水)

小笠原への旅ーその3

小笠原への旅、続き。

5日目 南島・ドルフィンスイム・出航
この日は15時半に東京に向けて出港する予定だ。
出港までの間の過ごし方とをどうしようかと思ったが、小笠原の海で兎に角遊びたかった。父島自然遺産の核心部とみられる南島への上陸ツアーとシュノーケル・ドルフィンスイムがパックになった半日ツアーがあったのでこれこれと事前に申し込んでおいた。
小笠原観光が主催するツアーだ。事前申し込みで一人4800円と割安感があったのもある。結果的にこのツアーが費用対感動比が最もよかったツアーだったと思う。小笠原では恐らく一押しのツアーと言っていいように思われる。

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水着を付けて8時15分に事務所に集合、20名弱いる。泳がないという人も数名いる。やり方のざっとしたところの説明を受ける。ドルフィンスイムはライフジャケット無でシュノーケルと足ひれでイルカと泳ぐというのが標準だが、勿論外洋だ、足がつったりすると厄介だからライフジャケットはつけることにする。速くは泳げないがイルカと一緒に泳げなくても見物はできるだろう。
青灯台のところから小型の船に乗って出発する。まずは南島を目指すがその前にもうイルカ発見!準備してくださいの声がかかる。やや不安があって要領や注意をよく聞きたい組はインストラクターから船上で細かく要領を聴くことに時間を費やし1回目はパスする、もちろんこの組だ。直ぐに2回目の準備してくださいの声で共にシュノーケルや足ひれを付けて合図とともに船尾から次々に海に入りイルカのいる方向へ向かう。先の方にイルカが水面近くで泳いでいるのが見えて追いかけようとするがとても追いつけない。程なく海上で集合となり

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船に上がる。大体感じは解った。イルカを見るシュノーケリングと思えばそんなに間違いはない。


南島に近づいて今度は南島上陸となる。船はかなり岩が迫っている水路を抜けて鮫池とよばれる入江に入り船のへさきから南島に上陸する。あたりにはモンバノキやクサトベラと呼ばれる柔らかい低木の木々が一面にはびこっている。他では見れない景観だ。

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まずは東側のラピエと呼ばれる鋭い石灰岩でできた尾根にちょっとした登りを上って見晴らしの良いところに出る。

 

 

 

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なかなかの絶景だ。石灰岩とサンゴが作り成す景観が他では無い切れ味のいい眺めをつくっている。

 

 


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来た道を下って今度は扇池の方へ向かう。途中ミズナギドリの巣が低木の間にあり雛が動いているのが見える。こんなそばでミズナギドリの雛を見たのは初めてだ。これは貴重だ。

 

 

 

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サンゴでできた砂の扇浜でマイマイ(ヒロベソカタマイマイ)の化石群を見る。

 

1000-3000年前の化石で今は絶滅しているという。この島は変わり続け走り続けているような気がしてくる、地球そのものに接しているような気分だ。

 

 

 

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また砂の中に生まれてすぐのウミガメの赤ちゃんが海までたどり着けなくて死んだばかりの様も見る。厳しい自然だ。

 

 

 

 

 

 

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水際まで行くと、うまく水の中に入れたウミガメの赤ちゃんが必死に泳いでいるのが目に入る。初めて見た。こんなひ弱な姿で生き延びられるのだろうか、もう親はそばにはいない。

自然の不思議を見る。

 

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扇池が海とつながるあたりの自然のアーチは小笠原紹介の写真でよく見る光景だ。絶景ポイントだ。

本来はこの海で遊べればと思うが自然保護の意識がとてもそんな大それたことはできないと思わさしめる。ずいぶん昔の写真で尾瀬ヶ原にクルマが入っていた光景を見た記憶がよみがえる、とんでもないとしか今は思わない。時代とともに変わる価値観が体に染みわたっているのだろう。

この場所では長い時間を過ごしたいそんな誘惑にかられる。しかし南島の上陸は最大でも2時間と厳しく制限されている、そうでもしないと簡単に壊れてしまう環境のようにも思える。その脆い自然に心を惹かれるのかもしれない。

 

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Minamijima5メジロやカツオドリの姿も見る、場違い感のあるチュウダイサギが飛び回ってもいる。これからオーストラリア方面に抜けるのだろうか。ともかく鳥達にはいい休憩地の様だ。

 

 

南島を離れ今度は兄島周辺水域に移動する。イルカの群れ発見準備してくださいの声に従って海に入るとやや下を10頭以上の群れが泳いでいる、すぐ近くを追い抜かれたりもする、見ていると女性の素潜り2人が素早く急降下しイルカを追っていく、かなり慣れているし絵になる、息が良く持つと驚くばかりだ。水中用カメラも一応用意したがバッテリー部分に水が入って使い物にならなかった。次はもっとしっかりしたものを準備しよう、次の機会が作りたくなる。

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船に上がって今見たイルカの群れを船上からイルカウォッチングする。ミナミハンドウイルカだ。海面の動きも面白いがやはり海中で見るほうがはるかに感動的だ。
最後に兄島南側のポイントではシュノーケリングで海に入る。美しい所謂熱帯魚が沢山いるが海底

 

にはところどころにナマコがゴロンとしたりしている。透明度が高い海だ、よく見える。港に戻る際には兄島の上を飛ぶオガサワラノスリまで見てしまう。随分色々なものを見た。

 

昼過ぎに青灯台に戻って解散となる。海と自然を満喫した気分だ。

この日のツアーの有様は 小笠原観光のページにも掲載がある、自分では撮り損ねたイルカの水中写真がいい。

宿のキャベツビーチはこの日の朝チェックアウトしているが、荷物も置け、シャワーも使え、出港時間に合わせて港に送迎もして

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くれる。帰る日はどうなるのだろうと気にしていたが、そういうやり方でどこも動いているようだ。小笠原では悩ましいことは何も起こらない、そういう所に思える。

 

最終日が最も感動的な日となっていい印象で15時半の出航を迎える。船はもう慣れた雰囲気だ、のんびり夕日を楽しんでこの日を終わる。それにしてもレストランの中の喋り声のトーンが往きの船より数倍上がっていてうるさいくらいだ、刺激的な旅をそれぞれに胸にしているようで面白い。

 

 

6日目 帰りの航路

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ひたすら東京竹芝桟橋を目指しておがさわら丸は進む。鳥島は真夜中通過で朝日の後は八丈島、三宅島と進んでいく。コアホウドリでも出てくれないかと海を見ているがミズナギドリが出てくるばかりだ。のんびり眺めているので気が付かないのかもしれない。面白いといえば時折イルカの群れが出てくるくらいだ。
予定より若干早く竹

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芝桟橋について往きと逆コースでテキパキと羽田に到着する、早い。カウンターで予約

 

より2つ前の便に変えてもらって夕食は空弁にしてすぐに乗り込む。いい旅だった。出発前の心配は綺麗に吹き飛んだ、やはり時々こんな旅が必要なようだ。

戻って改めて買い込んでいたガイドブックを次々に読み直してみるとウソのようにすらすらと頭に入る。そうだったのか、と思うところがいくつもあるがとにかく書いてあることに親しみが持てる。また行きたくなる、そういう所の様だ、小笠原は。

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2017年9月16日 (土)

小笠原への旅ーその1

小笠原を訪れた。小笠原汽船が年一回行うという南硫黄島までの周回クルーズの広告を野鳥の会会報でみつけたのがきっかけといえばそうだ。
ずっと以前から小笠原にとにかく訪れてみたいと思っていた。何故そうだったのかはきちんと表せないが太平洋の只中に他と隔絶して存在するというイメージにともかく惹かれていた。

予約の仕方で後で気が付いたことは色々あるが、船便を電話で予約し、羽田までの航空便を’おともでマイル’で予約し、父島の宿を2泊予約し、その他レンタカーやツアーの予約を進めていった。朝食の予約を弁当屋にしたり母島の昼食を予約したりもした。航空便以外は全て電話予約だ。いつもの旅でのネットでの予約はほとんど効かない。宿はすでに2食付きのところは全て満室でやっとの思いで素泊まりとなるキャベツビーチを予約した。宿をとるのが最もやっかいだった、電話で片っ端に聞いていくほかない。父島観光協会のページに宿の予約状況は出てはいるが空きありとの表示でも電話を掛けるととれるわけでもない。混んでいることは明らかだ。

父島母島のことは当然のごとくよく解っていない、知識が足りない。ガイドブックもとりあえず5冊購入してパラパラ見るが頭にピッと入ってこない。
何しに行くのだろう、時々そんな思いがよぎる、その場所に行くことが出来さえすれば結局はもういいのではないか、そんな風に思いを切り換えて準備を進める。
’鳥くん’のこのコースの海鳥の記録やブログに出ている訪問記なども幾つも眺めてみる、しかし同じだ。兎に角頭に入れておこうとするがうまく入らない、うまく計画できたような気がしない。難しい島なのかもしれない、そんなことも思って出かけることになった。

しかし悩むこともなく勿論旅は素晴らしかった。

やっと戻った。船中3泊父島2泊の旅だ。5泊6日の旅で出発の日と帰港の日以外は何らかのイベントを予定し予定通りに旅は終わった。が、毎日が見たこともないような光景であふれていた。書き残しておきたいことだらけだ。
順にいく。

1日目。5時40分に予約のタクシーで福岡空港へ向かう。いよいよ始まる。荷物を預

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けサンドイッチで簡単な朝食をとる。7時の福岡発のJALで羽田へ移動、予定通り京急に乗り浅草線新橋で降りる。汐留シオサイトの地下通路を右に行ったところのエレベーターを使ってゆりかもめ新橋駅に上がり竹芝桟橋に向かう。事前にいろいろ調べた限りでは羽田から竹芝桟橋へはこのルートが水平垂直歩行距離が最も短く確実に着けるはずだ。竹芝駅でおりて旅客船ターミナルまで階段で降りるはめになったところが想定外だったが大体はうまくいった。最後のところも他の人の様子を見るとサウスタワーの中のエスカレーターが使えるようだった、帰りはそうすることにしよう。
10時少し前に客船ターミナルに到着する。竹芝桟橋の乗り場は人で溢れていた。あちこちで旅行会社が参加者を集合させている。旅行会社がセットしたパックツアーが随分あるようだ、確かにツアーが楽だろう、申し込む時にはこんなにツアーがあるとは全く気が付かなかった。もっと研究して計画すべきだったように思える。

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窓口で乗船引換券を乗船券と交換する。乗船券とともにレシートの様なバーコード付きプリントを渡され船の乗船口で一人一人読み取る格好となっている、航空機の搭乗ゲートインに近いやり方だ、大量の人の乗船記録を確実に残すにはこんな方法に落ち着くのだろう。

 

乗り込むのは船の4階に当たる。予約した特2等の個室風ベッドは5階なのでエレベータを使うがこれが混んでいる。荷物があっても4階から5階位なら階段で上がった方がいいようだ。

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ベッドは特2等では2人ごとに隣とはパネル壁でまた入口はカーテンで仕切られており、プライバシー上安心できる形となっている。上段ベットのペア(例えば左図の1,2)と下段ベッドのペア(例えば左図の3,4)の2形態がありどちらになるかは船会社で割り振っているようだ。今回は往きは上段、硫黄島クルーズと帰りは下段となった。下段の方が階段がない分スペースが使いやすい。


Fune

11時に出航して暫くしてデッキに出ると6階も7階も片側だけに野鳥撮影の巨大なレンズを付けた3脚がずらりと並んでいる。

年配者が殆どで服装も野鳥観察らしいチョッキやズボンや靴のいでたちだ、南国の楽園に向かう船の浮き浮きした気分はどこにもない。それにしてもどうして片舷だけなのかと聞いてみると逆光にならない側を皆好むからだという。兎に角写真を撮ることに注ぎ込んでいる人たちの風景はちょっと異様だ。一等船室の前のデッキもこの光景が展開されるので一等船室のカーテンはぴったり閉じられたままだ。高いお金を払っても窓から景色もみれないとなる、これで一等船室の客から不満が出ないのだろうか。

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この日は多くの時間を 空いている逆光側のデッキで鳥を観たり展望デッキのソファで外を眺めたりしながら過ごした。曇っているので逆光でも見る分にはあまり困らない。東京湾からオオミズナギドリがしばしば現れそれなりに面白い。こんな風に過ごして夕方になる。雲間から海に落ちる夕日は嵐の到来を予感させるが美しい。地球と太陽のシンプルな宇宙的関係を思い起こさせて、言葉少なくただただ見入る。船旅らしい。
夜は星も見えない、揺れが出てくるもひたすら眠る。

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2日目
朝日の上る頃に合わせてデッキに出る。嵐は抜けて進む先には青空が広がっている。
相変わらず時折ミズナギドリが往き過ぎる。尾が黒いオナガミズナギドリが多いようだ。
朝食を終えて展望デッキでのんびりよその人と話してい

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ると目の前をカツオドリの群れが行き過ぎる。急いで船室から双眼鏡やら携帯イスやらカメラやらを持ち出して鳥見の態勢に入る。40羽前後のカツオドリだ。初めて見る、南に来たという雰囲気が出てきた。
船にまつわりつくように飛んでいる、風上側にいるところを見ると風が船に当たってできる上昇風を利用して楽して飛びたいようだ。時折海面にダイブしては魚を採っている。動きが単純でなくて面白い、飽きない。そのうち船ギリギリに飛んでいるカツオドリから何かが飛んでくる、フンのようだ、ポロシャツにかかって汚れがつくが腹も立たない。こんなことももちろん初めてだ。


11時に父島二見港に予定通り着岸、一端下船して大きな荷物を岸壁倉庫に預ける。
兎に角着いた。予想通り晴れて蒸し暑い。ランチにはまだ早いこともあり予定通りレンタカー屋まで歩いていく。18時の乗船案内までレンタカーで島を巡ろうという作戦だ。並んで貸出手続きを待つ、一人でやっているようだ、やはり普通の観光地とは違う。

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少しへこんだところのある軽をやっと借り出してコンビニ風の佐藤商店でランチを仕入れてウエザーステーションに向かう。港から歩いている人もいるようだがこの暑さではきつい。

ここは気象庁の観測場所でアメダス機器があったりゾンデを12時間ごとに放球したりするが高台で眺めがよく観光のポイントでもある。設置してある展望台は洒落ていて勿論屋根もあって日差しを避けてくつろげる。眺めは圧倒的だ、ランチをとるには絶好のポイントといえる。ランチを終えてもこのままずっとここにいたくなるがせっかくだからと周り始める。

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島を右回りに宮之浜に行く。いかにもシュノーケリングに適した浜の風情だ。何組かのグループが訪れて海水浴やシュノーケリングで遊んでいる。のんびり海を楽しむのによさそうなところだ、ミニ・ハナウマベイといった

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感じがする。但しシャワー設備は無く水着でくる必要があるようだ。野鳥も目につき、チュウシャクシギが3羽飛び回っていた。北から渡ってきてここで一冬過ごすのだろうか、或いはもっと南に行くのだろうか。イソヒヨドリはあちこちで見かける。

 

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右周りに周回道路の急な登りを上がって長崎展望台へ向かったがいつのまにか通り過ぎていて代わりに近くの旭平展望台で一休みする。正面の兄島瀬戸の向こうに兄島がありここも十分眺めがいい。
気分よく出発しようとして

 

セルを回すがクウイッと一声という感じだ、如何にもバッテリーがギリギリの回り方でやっとの思いでエンジンがかかる。フル稼働のエアコンときつい登りでバッテリーが上がりかけているように見える。こんなところで止まると携帯も圏外だし非常に厄介なことが起こる。とりあえず次のポイント中央山まではエアコンを切って走ってみる。

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少し休めれば回復するだろうと道脇のスペースに停めて中央山の遊歩道を歩き始める。父島は植生が独特のものがありこの遊歩道では主な植生にネームプレートがつけてあってガイドなしでも一応解るようになっている。ズアカカラスバトの保護地もすぐそばなのでこれにも出会えるかもしれないとの期待もある。他では見ない植物にあふれてはいるが感動するほどでもない、変なトカゲを見つけたがこれがグリーンアノールという小笠原の生態系を荒らしている帰化生物らしい、駆除に躍起になっていると後で知る。同じく駆除のためかノネコ捕獲用の仕掛けが置いてあったりもする。

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維持するのが大変な自然でもあるようだ。一方で遊歩道沿いにはこんな穴で?と思うほどの粗末な防空壕などもあったりして戦争末期の恐怖がどことなく伝わってくる。
複雑な島だ。
クルマに戻ってセルを回すと矢張りかかりが極めて悪い。これは危ないと早いがもう返すべきとの心地で山を降りる、大体見るべきところは観たとの感じもある。扇浦海岸はエンジンを止めずに写真だけ写してレンタカー屋の近くのガソリンスタンドに行く。満タンにしてエンジンをかけると今度は気持ちよくセルが回る、山を下ったんでバッテ

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リーが十分休めたのだろう。レンタカー屋に返すが症状を云ってもエンジンが問題なくかかるのでレンタカー屋も申し訳ないという風情もない。釈然としないところがあるがとにかくレンタカー屋を後にして近くのビジターセンターや世界遺産センターを見て歩き、休憩しながら島の自然を学ぶ。時間が余ったのでちょうどいい感じでもある。前には気持ちのいい浜もある(大村海岸)。
トラブルに会ってもぶつくさ言わずにこんなもんだと受け止めるのが島流なのだろう、緩い時間を楽しむべきなのだろうしそれが出来る島だ。グリーンアノールについてもここで教えてもらう。

船での夕食が遅くなるので港近くの店でサメバーガーを食べたりして空腹をしのいでおく、これも父島名物になっているらしいがどうということもない。17時30分までに荷

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物受けだして19時出航となる。ここでも十分待ち時間があるので近くの、何だろうと思っていたトンネル(大村トンネル)を少し歩いてみたりぶらぶらして時を過ごす。どうも戦時中に防空壕代わり使われていたトンネルらしい。今も大村から清瀬に抜ける歩行用トンネルとして便利に使われている。あれっということがあちこちで目についていかにも旅らしい。

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やっと19時の硫黄島クルーズへの出航を迎える。今度は下ベッドのペアの仕切りで生活空間が少しばかり広い。
船内の様子も解っているのでシャワーを浴びたり必要なものを荷物から出したりテレビを見たりのんびり過ごしレストランが空いたかなというところで食事に行く。テレビにはBSの他船内テレビ番組が5チャンネル位あって船の現在位置地図も出てくる、暇つぶしにはなる、世の中から取り残された感じはあまりなくて、肩に力が入らない気楽さがある。

船旅に次第になじんでくる。なかなかいい。太平洋の只中にいると地球の生の姿に直接対面しているようなのがいいのかもしれない。旅は続く。

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2016年12月14日 (水)

遭難漂流記を読む

風邪をひくが治りが悪い。血痰が出る。感じ悪い。近くの医院から国立病院に回されて、胸輪切りのCTスキャン、レントゲン、血液検査、インフルエンザ、マイコプラズマと検査をいくつもされた、診察や投薬と合わせて2万円近い。結局大した問題はなさそうだがはっきりはわからなくて費用対効果がすこぶる悪い。
こんな医者かかりは仕事を離れた身ではやってはいけないことなのだろう。しかし、もろくなった体にどう付き合うべきか未だに分からない。


病でごろごろしているため本を読む時間も十分とれる。今は

Taka1 ヨットの遭難漂流の手記を2つ読んでいる。一つは佐野三治著「たった一人の生還―「たか号」漂流二十七日間の闘い」、もう一つはスティーヴ・キャラハン著「大西洋漂流76日間漂流」だ。


どこか似通っている。キャラハンは1982年2月の遭難、佐野三治は1991年末で10年近く開きがあるが同じような形の救命イカダ(ライフラフト)、同じようなイーパブ (EPIRB-緊急位置指示無線標識)を積んでいる。いずれの場合も結局EPIRBは役に立たなかった(たか号はバッテリーを持たせるために保護されていて電源がすぐに入らず、結局乗員が気が付かないうちにEPIRBを流してしまった)、役に立っていればこんなに苦しい漂流にはならなかったともいえる。
救命いかだはキャラハンは2名の使用を考えて6名
乗りを準備した。一度4名乗りに2名で乗って流されたことがあって非常に窮屈だったので6名用を準備したという。たか号Calahan では8名用ではじめ6名で流された。窮屈この上なかったようだ。キャラハンはチンしてまだ浮いているヨットからできるだけ必要なものをイカダに移すことに成功した。特にモリとなった水中銃は食料調達に有効だった。釣りではうまくいかないようだ。鳥を手づかみで捕まえることには2つのケースとも成功している。

真水の調達にはキャラハンは太陽熱利用の真水製造機を予備も含め2個用意していた、これが極めて有効だった。たか号では結局雨のほかは自分の尿を飲んでしのいだことになる。緊急事態に対する備えではキャラハンのほうがはるかに用意周到だった。キャラハンは外洋ヨットを設計製造していたため遭難・漂流に際してもあらゆるものを使ってそれなりに対処できイカダの修理や真水製造機の修理や水中銃の修理もうまくできたように思われる。たか号の準備はレース参加が間際で決まったこともあって手抜かりがありまた沈没時に救命いかだに備わった食料や水機材の多くを誤って流してしまったということもあった。
こんなこともあってたか号は最初の17日で6人中5人が亡くなった。キャラハンは最初から一人だった。食料も水もたか号は遥かに厳しい状況ににあったといえるだろう。読んでいくとサバイバルには結局水が大問題であるように思える。青い砂漠と表現している。

キャラハンの救命いかだに装備されていた太陽熱利用の真水製造機は現在でも


51c2lvlaeul Aquamate Solar Stillという商品名でamazon(米国)で250$くらいで販売されている。キャラハンの使ったものよりやや改良されているようではあるが基本同じだ。ライフラフトには今や必需品ではないかと思う。
EPIRBも輸入品ならGPS付きで5-6万円くらいで売られている、NOAAに住所氏名をnetから登録しておけば実運用上はいいようだ。キャラハンの時は航空機や船舶に通達する形式だったものが今は衛星で受信される形式で48時間くらい発信続ければほとんど必ず伝わることになっているようだ。これがあればこんな長い漂流は今はないと思っていいのだろう。国産品で国内登録・維持するにはかなりやっかいで数倍以上の金がかかるというから不思議だ、安全で金儲けする仕組みはいかがなものかと思う。TPPではないが厄介な仕組みはすっきりさせて米国等と同等の負担で個人が使えるようにするのがスジだろう。

2つの遭難記を読むとたか号の沈没は悪天候だがキャラハンはクジラに衝突したのではないかとしている、遭難というと荒れた海と思うがそうばかりではない、思いがけないことで死に直面するようだ。外洋に出ると何が起こってもおかしくない、よくヨットでの単独横断などと出かけるものだと思ってしまうがここまで考えが至ると、歳をとったなとも思ってしまう、そうなのだろう。もう心が老けてきたし体ももろくなっている、もはや出来ないことが次々に目の前にあらわになってくる、そんな
になってしまったと思い知らされる日々が過ぎていく。

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2016年11月24日 (木)

アメリカズカップ観戦

アメリカズカップのワールドシリーズが福岡であってPh43日間続けて海上からあるいは浜からそれを見ていた。
もう死ぬまでこんな光景は見られないかもしれない、と思っていたが、実際にレースを見て振り返るとどこか感動が残らない。
海からの観戦にはとりわけそんな感触があった、多分レースを戦っている人の姿が遠すぎて人の努力が伝わってきにくいということがあるのだろう。音も殆ど伝わ
Amercasc1ってこないしレースの推移もいまひとつ解りにくい。
これに比べ浜の有料の観覧場所で見るほうは、距離が近くてやっていることが分かりまだ伝わってくることが多い。日本艇がレースに勝ったりすると浜全体が盛り上がってスポーツ観戦らしくなる。浜でヨットレースを観るなんて、と始めはいぶかしく思っていたがそうではなかった、十分に支払った見返りがあった。
海上観戦ではレースそのものよりレースを観る雰囲気
20161119mult11が面白い。普段は見かけない巨大な帆船や不気味な船などが狭い場所にひしめく。そんな非日常の風景が今となっては頭に残る。
ヨットレースはローカルな内輪のレースであってもやはり自分でやるほうがまだ面白い、そんな感覚ばかりが今となっては結局は心にあるような気がする、こんなこともアメリカズカップを見てみないとわからないことだったのかもしれない。

アメリカズカップとは何か、解説すると以下のようになる。
20161118mult1851年に第1回が開かれた国際ヨットレースで今回のシリーズは第35回になる。国際スポーツレースとしては 近代オリンピックより古い歴史がある。
現在は、来年6月に英領バミューダで行われる本戦の前哨戦としてとして、米国も入れた、日、仏、英、ニュ-ジーランド、スエーデンの計6か国で世界を転戦しながらワールドシリーズというレースをここまでに計8回行った、第9回目の福岡のレースがこのシリーズ最後のレースとなる。
ワールドシリーズで上位の艇には来年5月にバミューダで開かれる予選(ル イ・
Amercasc4_2ヴィトン・アメリカズカップ・クオリファイヤーズ)で有利なポイントが最初から加点される。予選の勝者が引き続き行われる本戦で前回優勝のカップ保持者である米国オラクル艇と戦い勝者を決める、という段取りになっている。
日本からはソフトバンク艇が出場しておりソフトバンクと
縁の深い福岡が今回の会場に選定されたということのようだ。
現在アメリカズカップ全体のスポンサーはルイヴィトンと
Amercasc3Amercasc2_2 なっていて今回のレースは正式にはルイヴィトン・アメリカズカップ・ワールドシリーズ福岡と呼ぶようではある。

今回のアメリカズカップ・ワールドシリーズ福岡では 11月18日が公式練習
Amercasc6日で19,20日で3レースずつ計6レースが行われた。レースはヤフオクドーム裏の地行浜沖で行われ地行浜には有料の観戦スペースが設けられた。浜からの有料観戦という形態は国内では初 めてと思われる。
コースは風に
よって変わるが基本的に浜からの観戦を重視して浜寄りに設定されとりわけゴールは浜近くになるように設けられていた。
各国レース艇の基地は小
戸の福岡市ヨットハーバーに設置され、いつも利用しているヨットハーバーの有様がAmercasc7一変したのも面白い。

競技艇はAC45Fという統一規格艇となっている。艇の長さ13.45mのカタマラン(双胴船)で、これに高さ21.5mの航空機の翼のようなソリッドなセイルをつけていて、人力で上下する水中翼も装備している。風が5m/s以上くらいでは水中翼を利用して浮き上がることができ、この時の速度は普通のヨットの4-5倍くらいになってとにかく速い。恐るべき艇だ。浮き上がるほどの風がない時Amercasc5でも傾ければ片方の艇体だけで抵抗を少なく走れるが安定して片足走行を続けるのは難しそうだ、操船にはかなりの技術が要求されるようにみえる。
搭乗員は5名+ゲスト(操船に関与しない)1名となって
いる。スキッパーは操舵・全体指示に、クルーはセイル・フラップ操作調整、ジブおよびジェネカーの展開・収納、重心移動、水中翼の上下 等かなり忙しく俊敏性とともに相当の腕力・体力を必要とするという。

日本チームは結局シリーズ総合で5位となったが、来年
5月の予選で這い上がれるかどうか。やはり気になる。

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2016年9月30日 (金)

慶良間は遠くて

貯まったマイルが消えていくのが惜しくて沖縄に遊びに行くことにした、毎年この時期に南の島に出かけるサイクルにはまっているようだ。
台風シーズンではあるがこれまで何とかなってきたので今年も何とかなるだろうくらいの気持ちだったが、今年はそうはいかなかった。
慶良間諸島には行ったことがないので座間味でシュノーケリングなんかがよさそうだとばかり座間味2泊那覇1泊の計画で宿を確保したりと計画を進めていた。少し調べると慶良間諸島は台風の接近があれば波が高くなって高速船やフェリーがすぐに欠航となるところで、ネットの書き込みも台風に振り回された話が幾つも見つかる。今年は7月半ば以降立て続けに台風が発生しこれは危ないと感じて途中からせっかくとれた座間味の宿をキャンセルして那覇から日帰りで慶良間の渡嘉敷で遊ぶというプランに変更した。今回はおともdeマイルで行くことにしたので飛行機便の変更は一切効かない。
座間味の代わりの宿泊地は沖縄本島から陸続きの伊計島として少しでも離島の雰囲気をとした。台風が直撃すれば伊計島につながる海中道路は通行止めになりこれでも安全なプランとは言えないが、そこまで心配すると旅が成り立たない。
出発予定が近づいてくると恐れていた通り台風17号がフィリピンの東に姿を現すようになって波と風を沖縄に送ってくる。直撃ではないが予定の日には座間味航路は全便欠航となった、予定を変更しておいて一応救われたが、沖縄本島でも10mくらいの風が吹いて波風
Samitが高く波浪警報が出て浜で遊ぶのは無理だ。

初日はこれまで訪 れたことのない 沖縄サミット会場跡や海中展望塔、万座毛などを見て回る、それぞれに見ごたえがあるがどこも中国人を中心に人が多い、同じように海で遊べなくて行けるところに人が出ている風情だ。

風下のサンゴ礁の海は見た目では波も大したことはなく泳ぐのに差し支えなさそうだが遊泳禁止になってグラスBeach2ボートすら出ない。波浪警報では機械的に禁止する浜 が大半のようだ。
海中道路の波風も気になって早めに宿に向かうが10mくらいの風では海中道路は全く問題ない。平安座島の石油備蓄基地を支える道路だけのことはある。
何もできなくて宿でのんびりするがこれもなかなかリゾートらしくていい。
次の日も風は収まらず10m位吹いていて波浪注意報が出ている。伊計島の風下側の伊計ビーチは開いているKaicyuu ようなので行ってみるが岩場に近いあたりは遊泳禁止で浜辺でシュノーケリングでは何も見えない、こんなものかと思うが海で遊べるだけいい。
近くのヒルギ林や勝連城などものんびり見て回る、時間を持て余すくらいがリゾートらしくていいような気がしてくる。
その翌日は渡嘉敷へ日帰りで遊びに行くようフェリーなどの予約を入れておいた日で、もう波も大丈夫だろうと朝一番で宿を出て那覇泊港へ向かった。渋滞を抜けてやっとのことでたどり着くとこの日も全便欠航という。何ということだろう。とまりんの切符売り場には途方に暮れる姿のグループがそこここに集っている。台風の背面の南風では慶良間ー沖縄本島間は直接南からの波を受け海はなかなか収まらないようだ。ここまでとは予想しなかった。今回の旅の目玉のはずの慶良間はあっさりと消えてしまった。自然にはかなわない。
Syurijyo1_2 諦めてその翌日に予定していた南部の首里城巡りと玉泉洞見物に出かける。ずっと以前海洋博寸前の時期に守礼の門付近は観たことがあるが、その後立派に首里城が復元整備されたらしいとあって見ておかねばと思っていた。時間はたっぷりあるので丁寧にみる。米軍の攻撃で破壊された建造物が美しく再現されている、沖縄サミットに合わせたようだ。これそのものが歴史だ。

やはり中国人の姿が多い。
最終日は少しは風も収まってきたが海で遊ぶほどに時間は残っていない。旧海軍司令部あとの立派な洞窟を見た後南岸の浜の様子を見に行く。知念海洋レジャーセンターというのがネットなどに出ているが行ってみると倒産したようで機能していない。サンゴ礁Beach の海なのにと、右回りに海沿いを走って良さそうなところを水際まで行ってみる。穏やかないい浜だが設備がなくリゾートとしては捨て去られたような浜が目に付く。ハワイの浜のように簡単で清潔な公共の設備がありさえすればと思う。

浜のうら寂しさに比べひめゆりの塔の混雑ぶりは対称的だ、決められたコース以外との差が際立つ。なんだか違和感がある。

観光を柱にしようとしてもそうとばかりもいかない沖縄本島。難しさばかりが目についてしまう。だから離島に行きたくなるのかもしれない。学ぶことが多い。

風の吹きすさぶ沖縄と向き合う、こんな旅も悪くもない。

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2015年12月26日 (土)

寒くなって、ウエットスーツが壊れる

どうにも寒くなった。こんなに寒くなる予想ではなかったのにと朝からGSM,MSMの予測データとアメダスや高層気象観測の計測データを自分でエクセルグラフに書き直して比べてみたりしている、漸く解ってきた。Kisyouhikaku1

予測計算では高気圧が張り出して海からの北寄りの風がずっと吹くはずだった。ところが昨晩9時過ぎから冷たい南寄りの風に変わってそれが続いている。いつもの海陸風なのだけれども今回は佐賀ー久留米ー英彦山のあたりに冷たい高圧部がいつもよりはっきりできてそれが朝9時になっても解消せず寒さが身に染みるということらしい。
福岡市付近ではこの時期海水温が14℃くらいあって海からの北風は冷たくはなく、むしろ内陸部からくる南風が冷た
い。
Kisyouhikaku2_2 
福岡市では予想外の南風、長崎でも予想外の冷たい北東風となった。昨晩9時までの高層データやアメダスデータはほぼ事前予測通りであったことから夜間の地表付近にできるローカルな気象のようだ。
今朝9時のゾンデデータを見ると高度170m以下に冷たい層があってこれが予測されていない。本当に薄い大気層だ。しかし人の感じる寒さにはこれが効く。MSMやGSMの数値計算では海陸風の細かいモデル化はまだ完全ではないようだ。

Kisyouhikaku3 こんなことをしていると気象の趣味は知的な好奇心の充足と実用を兼ね備えていてなかなかいいかなと思えてくる。

ヨットの遊びのために毎週末は博多湾小戸ヨットハーバー付近の海上の気象を予測してヨットクラブ内に伝えているが、特に風は難しい、当たらないこともしばしばある、しかしいろいろ考えるのが面白い。当日出席できれば当日の実況を見ながら修正して解説すると結構正しい予測となる場合も多い。
気象予報士の技術も野鳥にしろヨットにしろ遊びに真剣に役立てようとすると空や風や雲の動きを
Kisyouhikaku4見る目が細かくなって自分のためにもいいように思っている。

しかしとにかく寒くなってきた。

冬はヨット遊びが少々シビアになる。特に海水温は夏より15度くらい低く、防寒対策がしっかり必要で勿論ウエットスーツが必須となる。
ウエットスーツは体形に合っているのが望ましく、あつらえるのが一番いいのだがそれでは費用が掛かる、5万円くらいは軽くかかってしまう。
気軽に始めた遊びにそんなにかけるのはちょっと。。。という気がして、ネットで色々さがしてサーフィン用の吊るしの安いものを買った。2年程前のことだ。
Yachtxx ダイビングなら防寒上厚さ5mmは必要だが、動きの激しい遊びでは厚さ3mmくらいのものが動きやすくていいとのアドバイスがネット上に幾つかあって、寒ければインナーで補えばいいと3mmのものとした。

去年はそれで問題なく過ごせたが今年の冬は少し太ったようでうまく入るか気になっていた。1-2㎏の差でも結構きつくなる。
今年は暖冬で暑い日が続いて11月まではウエットスーツは使わずにすんでいたが12月に入るとさすがに水温が下がってきて先日この冬初めてウエットを着用しようとした。背中のチャックが閉まりにくいので近くの人に見てもらうと、壊れているという。無理に閉めようとして壊したのだろう、しょうがないのでこの日は落水しないようにして背中のチャックは空いたままでなんとか過ごした。少々寒い。

このままひと冬過ごすわけにも行かず、修理をとハーバーのショップで聞くと、修理は受けないし引き受けてくれるところは殆どなかろうという。
しょうがないので戻ってネットで修理又は新たに買うかといろいろ調べるが、当然のごとくいずれも高い。
チャックだけのことなので自分で取り替えればいいか、とYKKの防水ファスナー「アクアシール」の入手をYKKに問い合わせてもみる、普通にはどこを探しても売っていない。K-ファスナーという所で注文販売をしているとメールがかえってきて、それではと
紹介されるままに恐る恐るそちらに問い合わせメールを打ってみる。高くても、受けると言われれば断りにくくなるかもしれないとの不安はあるが、兎に角やれることはやっておきたい。

並行して、壊れたファスナーのスライダー金具だけはないものかとネットで調べていくとZlideon ZlideOnというスエーデン製のファスナー修理金具(スライダーの交換品)がみつかるがサイズが微妙だ。ファスナーの幅と厚みから品番を決めるのだが1mm以下の精度が必要で普通の定規で測ったのでは精度がイマイチだ。エイっと発注したあとで測り間違いが判明しキャンセルしたり、どたばたしてやっと2日後に正しいサイズのZlideOnが届いた。1000円位でこれで済めば安い。
本当に壊れたスライダーと交換できるか不安だったが上手くできて一応修理完了となった。
アクアシールのほうは送料込で5500円位との見積もり結果が来たが今回は発注見送りとした、また壊れたらこれしかあるまい。

たかがファスナーといっても一旦壊れるとやっかいで、そこには色々とビジネスが動いているのを知る。自分で修理すると思い切ったところで道が開けたようにも思う。自分でやる、というのがこの時代を生きていくキーワードではないのか、そんな気がしている。トラブルに出会うと学ぶことが多い。

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2015年10月 9日 (金)

宮古島の海が

宮古島へ旅した。10月上旬の宮古島はまだ十分に夏だった。毎日泳いでいた。日差しはやや和らいで、頭上から容赦なく照り付ける南国の夏のようではなく、本土の夏の雰囲気Miyakojimab が丁度今くらいか、という位に感じて心地よい。
日本の広がりはなかなか捨てたものではない。昔ドイツに出張した時ドイツ人と雑談していたら、日本は大きい国だ、南北の距離はドイツよりずっと長いと真面目に話していたのが記憶の隅から蘇ってくる。確かに大きな国だ。


元々は九月末から10月の頭にかけての旅でJALパックでツアー予約していたのだが、台風21号が西へ向かってきて那覇ー宮古の飛行機便が運航予定変更可能性Miyakojmc ありの状態となり無償でキャンセルできる状態となって、直前でキャンセルして5日間後ろへずらせたスケジュールで取り直した。
こんなことも初めてだ。
福岡から宮古島へは那覇乗り継ぎとなるので那覇まで行ってその先が飛べなくなるとツアーは中止だが福岡那覇往復の飛行機代などは帰ってこない、くたびれて無駄に出費が重なるだけとなる、もろもろやっかいだ。こんな状態がありそうならば行く前にツアーをキャンセルしておくほかない。


この台風21号の進路予測については10日前の 日本の気象庁の予測計算(GSMデータ)では台風は西に向かって宮古直撃、米国NOAAと欧州ECMの予測計算では途中から北上、となってい た、多数決というか一般に欧州ECMの予測は精度が高いと言われるのを半ば信じていたこともあって、たぶん大丈夫だろうと踏んでいた。ところが3-4日前になって全ての予測が西行きに揃い、これはまずいことになったと思いはじめた。このままでは出発予定の前日に台風は宮古島をほぼ直撃しそうで当日は飛ぶには飛んでも海は大荒れでのんびり遊ぶなどということはとてもできそうにない、と覚悟していた。
その内台風の進路・速度予測が微妙に変化してきて当日の飛行機便運行にも影響が生じるとなり無料キャンセルが可能となった、結局これで直前変更できて良かったといってもいい。
ネットで運行予定に赤い星印がつくようになると無料でツアーキャンセルできると初めて知った。

ともかく五日遅れで福岡を出発した。当面台風は来ないが小笠原付近を北上する台風23号の余波で風がやや強くなってきそうな予測にはなっている。海の上は風が遠くまで届く。この時期の宮古島の旅行は気象が難しい。

宮古空港へ向かっMiyakoaて飛行機が降下を始めると海が美しい。サンゴ礁で囲まれた海は淡い青でその中に黒いサンゴ礁が透けて見える、宮古島はほとんどすべての海岸がサンゴ礁で囲まれている。
予約していたタイムズレンタカーでクルマを借り出して取敢えず宿のブリーズベイマリーナへ向かう。天気はいい。
チェックインを済ませて、早速ホテルのシギラビーチへ繰り出す。全くの夏だ。
海に入るとサンゴがすぐそばまで来ていて、遠浅で、雰囲気がハワイのハナウマベイに似ている。水族館で見るような熱帯魚がこんな浅いところでも見えて、シュノーケルなしでも普通に水中眼鏡をつけているだMiyakojmeけでそれなりに楽しめる。こんな海ならいくらでも時間が過ごせる。
次の日も海の用意をして、観光も兼ねて島を走り回る。できたばかりの長大な伊良部大橋を渡って伊良部島へも走る。海の美しさは宮古より伊良部・下地島のほうが更にいい。広い浜の美しくも目の細やかな白砂の渡口の浜や、設備はないが魚の多い中の島ビーチなど、海に入らずにはいられない海が続く。

多くの浜ではハワイと同じようにトイレにシャワーがついていて無料か安い費用で手軽に海が楽しめる。設備がなくてもあるところまで水着でクルマを走らせればいい、随分と気楽だ。

Miyakojmd 野鳥も多いところではあるはずが丁度渡りの端境で、サシバは1羽それかなという姿を見ただけでアカハラダカは見つけられない、オオクイナやキンバトもうまい時間に行き会わせないのか大野山林に出向いても現れない。下地島と伊良部島の境目にあるヒルギ林がシギ類を見るには見やすくは思えるが、そんなに出てくるわけでもない。10月上旬は鳥見にはあまりいい時期ではないようだ。でも一応は楽しめる。

毎日海に入りながらあちこち走り回っていると4日の予定はあっという間に過ぎてしまう。行く前に宮古島に行くというと、何しに、という声が返っていたが、これはいいところだ、まだまだ幾らでも居れる、本当にリゾートだ。

水田はなくサトウキビ畑ばかりが広がっている、わかりにくい道路、案内標識の貧弱さ、飛行機便がほぼ満席、ここでも中国語や韓国語の声があちこちで響く、砂山ビーチの狭さ、大野山林の暑さ、過剰なまでにしっかりとした家々、立派すぎると思えるほどの墓、天気予報の信頼感のなさ、港湾内ですらウミガメが生息している自然の圧倒的力、宮古そばとタコライス、シュノーケルは持参すべき、サシバを見るのは楽ではない、色々野鳥を見るならやっぱり夜明け前のようだ、思ったより大きい島、数奇な歴史。。。。雑多な記憶を取り留めもなくipadに書き込みながら帰りの便に乗り込んだ。取り留めのなさが宮古島の本質なのかもしれない、思い返すとそんな気もしてくる。

またそのうち出かけるか。。。そういう気にさせる島だ。

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2015年8月 7日 (金)

タモリカップ福岡で暑い夏を遊ぶ

暑い夏が続く。暑苦しくて睡眠が浅くなり活動が鈍くなる。暑い時期にめげず屋外で動き回っている遊びはこのところヨットくらいだ。

 

ついこの間、タモリカップというヨットレースにクルーの一員として出場した。昨年も参加したが、小ぶりの艇でレースそのものはパッとした成績は上げられなかった。今年は35ftの速そうなクルーザーで参加することになり慣熟のための練習も数回おこなった。確かに速い。ちょっと風があると7kt位は軽く出るようだ。
練習と言ってもとにかく走ってみて役割・手順を確認して少しでも手際よくするくらいだが、どちらかと言うと
Tamrcupzen1艇整備の意味あいもある、暫く係留されていた船のようであちこち傷んでいる。
洋上では海水温+αくらいの気温でもちろん風もあって猛暑というわけではないが何しろ日差しが強い。セールの影に入れば日影になるがそう都合よくは行かず、大体は照らされっぱなしだ、終わる頃になると頭がトローンとしてくる。
準備のほうは、強
力な助っ人が搭乗することになり、優勝を狙える可能性も出てきた。
ハーバーに各地から参戦する艇も集まって次第に盛り上がってきて前夜祭を迎える。夜が進むにつれオルケスタ・デ・ラ・ルスのサルサが白熱してくるが余り遅くまでいられない。バスで帰るしかなく、花火大会の日でもあって早目に引き上げる。翌日聞けばこの後井上陽水が飛び入りで2曲歌
Tmrcup3ったという、聞き逃してしまった、陽水を生で聞いたことがなかった様に思う、惜しいことをした。
タモリカップは前夜祭ばかりでレースができない気象条件が数回続いた歴史もあり前夜祭にレースと同等くらい力が入っているような気がしている。いかにもお祭りだ。

 

今回は晴れて適当な風が吹く、気象条件は絶好だ。
前夜祭も当日のパレードもそして115艇一斉スタートによるレース自体もつつがなく終了し、結局搭乗した艇はクラス優勝を果たした。

 

ヨットのレースはタイムに艇毎に決められているハンディキャップの係数(TCF)を掛けて決められ、着順のまま順位が決まるわけではないが、このレースではTCFの値が結果発表リストにも記載さ150802startれておらず、どうやって決めたのだろう、と何だか霧がかかったようだ。しかしクラス別の着順では搭乗艇はダントツだったのでクラス優勝は間違いない。少しばかり怪し げな雰囲気が漂うところがタモリカップらしいといえばそうかもしれない。何しろ優勝することがえらい訳でもないというのがタモリ会長の大会趣旨となっている。
でも優勝したほうが随分と楽しい。

 

温暖化してもそんなものには負けるもんかと日差しを怖がらずに海で遊ぶ、夏はやはりこれだ。

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2014年6月22日 (日)

小型船舶操縦免許を取る

前から海で遊ぶなら最低限の免許くらいは取るべきと思っていた。ヨットも始めたことだし最低Umi 限の法規や約束事を理解しておくべきだ。
調べると小型船舶操縦免許2級が入り口となるようだ、20ton未満が小型で2級は沿岸水域に限られるが対馬に渡ったりするのでなければこの免許で国内は大概のところには行ける。
問題は試験だ、学科は自習するにしても実技はどこかで講習を受けねばならない。安いところはないかとネットで探してみると福岡市内に平日で実技試験免除のコースを7万円で開いているところを見つける、7万円は安くはないが学科実技免除では10数万円というのが世間相場のようなのでしょうがない、そこに行くことにした。
早速申し込んで出かけると直ぐに実技が始まる。海に出て説明を受けながら一回お手本を見せてもらってその後自分でやる、というやり方で次々に試験項目を進めていくのだが、大抵は1回やると「はいOKです」となる。難しくない。人命救助と着岸、離岸は少しは講習の雰囲気があるが教えられたとおりやると難しくも無い、2度もやるとOKです、となる。
乗船前の船の点検要領やロープの結び方の講習があって実技は終わり実技合格、学科は解説書と問題集を渡されて試験頑張ってくださいといわれて全てが半日で終わる。何だという感じだ。
身体検査は近くの医者を紹介されて行くと要領よく視力、色紳、聴力、全般検査をしてくれる。3000円と普通の料金だ。もっとも身体検査は学科試験の前に試験場でも受けることが出来て見ているとこちらのほうがずっと簡便で実質的で本当は試験場で受ければよいようだが、コースで免許取得を請け負っている立場としては身体検査で落ちるような人を受験させる訳には行かないということなのだろう。
学科試験の受験は申請手続きや合格後の免許申請も含めて手続きは全てやってくれて、こちらは受験会場に行ってとにかく受けるだけでいい。渡された問題集を10日位繰り返しやっておくと殆ど全問正解できる。これは易しい試験だ。
7万円は結構いい商売のように思える。実技も含めて全部自習して受けると受験料や何やかやで1回3万円くらいかかる、1回落ちるとこちらもそれほど安くは無い。それに実際の海での命は自分自身で守るほか無いのだから短い講習でも一応教えるので後は自分でやって下さいという立場は無責任というわけでもない。むしろそうしたものだ、自分で学ぶほか無い世界だ。いいところを突いているビジネスだ。

試験の2日後に学科合格をネットで知って10日程して免許証が送付されてきた。なんだこんな試験と思っていたが免許証を見るとちょっと気分がいい。
確かに年を取るとことさら資格を取るという行為そのものが得やすい達成感を与えてくれるようだ。まだ何かができることの確かな証明を得たいという心の底のほうの思いが満たされるからなのだろう。次は1級も受けてみるか、試験に使われる練習用海図をセブンネットで取り敢えず購入して眺めている。

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2014年3月18日 (火)

上空の風が降りてきて風が強いヨットレースに

大分暖かくなってきた。ヨットもディンギーの練習を久しぶりにやるのもいいかとこの日曜日ヨットハーバーまで出かけた。前日予想では風は6m位で少々きついが何とかなるだろうと思っていた。当日の朝のMSMによる予測では7mに近い風とでる、天気図では日本海の低気圧が東へ去り気圧の尾根が近づいてくるという形で普通に考えれば風が強まるとは思えないのだが計算ではそうなっている、それも昨日の予測より強めている。
Oni 計算データを細かく見ると850hp以下位の高度では温位の高度方向への変化がフラットになっている、上空の風が降りてくるといわれるパターンになっている。低気圧が抜けて上空の風自体は弱まっていくが地上はかえって強まり高度で風の差が無くなってくるという予測計算だ、解りにくい。温位がフラットになれば下降風で降りてきた大気が断熱圧縮で気温が上昇しても周囲と同じ温度となり回復力が無く降りてき続けうることになるという仕掛けだ、高気圧の下降気流部分で起こる強風ということになる。
本当だろうかとハーバーにでかけて風はとみると予想を上回るほどに強い、本当に上空の風140316 が降りてきているようだ。
瞬間風速は10mを超えることがあり、この日のヨットのクラブレースは天気待ちとなった、一応8mを超えると出艇しないというルールにしている。1時間ほど様子見していると少しは下がった感じがしてGOとなった。
暫くディンギーは乗っていないこともありこの風ではスキッパーは無理とばかりクルーに専念することにしてクラブレースに出場する。
西風では湾内の吹走距離(海面を吹き渡ってきた距離)が短いため波高は大したことは無いが三角コースで5レースも行うと次第に疲れてくる、風がやや北に寄ってきて波高が高い波が押し寄せるようにもなった5レース目についに沈してしまった。同じタイミングで別艇も沈している、まだまだ、とあきらめず必死に沈起こしをしてレースを何とか続行して結果を待つ。集計結果はめでたく2位となった、5レース合計での判定だ。
手にも擦り傷ができたり体のあちこちに痛みが残ってぼろぼろだが、時にはこんなハードな運動も悪くは無い。

それにしても風の予報は難しい、気象庁のGPV計算データが素直に信じがたい時がしょっちゅうあるし、海上で現実に遭遇する風が予想通りということはまだ少ない。しかし、予想し身をもって結果を確かめる、違っているのは何故か考える、次を予測する、気象であれ何であれいつまでたってもこんなサイクルは楽しい。

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