2017年4月25日 (火)

芭蕉の句碑が

俳句が流行ってきているらしい。現代俳句のネット投稿でも毎月の投稿数が5句から3句に減らされた、毎月の投句総数が1200句をこえるようになってきて選句の負荷が高すぎるためらしい。それだけ参加する人が増えたことになる。

今やサクラも終わってつつじの季節となった。

2週間ほど前 豊かな桜の風景を求めて うきはの流川桜並木を堪能した後、史跡でも、と直ぐ近くの日岡古墳・月岡古墳に寄った。前もって調べていたわけでなくたまたま目について何だろうというくらいの好奇心だ。
朝倉・うきは地区は日本書紀にいくつかその名が出てくる場所で、邪馬台国・朝倉甘木説の現場でもあり、古墳それぞれに大和朝廷以前の古代史への興味が掻き立てられる。
若宮神社の境内にある2つの前方後円墳で、古墳時代中頃6世紀ころのものらしい。Hinookakfn 説明看板を読むと日岡古墳は幾何学模様の描かれた装飾古墳として、そういえばそんな写真をどこかで見たことがある、という類の有名古墳だった。後円部の上部の天井板が落ちていてその上に小屋が立っており、上から覗き込むようにして装飾画を見ることができるらしいが、第3土曜日にそれも5日前事前申し込みでしかみることができないようだ。とにかくこの日は観れない。
まあこんなものかと月岡古墳に回る、こちらは装飾古墳ではないようで内部を見ることもでず、上に上がって歩き回って戻ろうとすると芭蕉句碑が目に入った。
Basyoukuhi 花本大明神
  百年乃けしきを庭乃落葉かな
と刻んである。
芭蕉が九州で詠んだ句はないはずだがと句碑の裏に回ると嘉永2年建立の字が見える、1849年造ということになる、幕末だ。
どういうことだろうと戻ってネットで調べる。
花本大明神とは芭蕉が150回忌の天保14年(1843年)に二条家から与えられた神号とある。これを記念してこの時期に全国に句碑が建てられているようで福岡県内にも句碑が75もあるという。句は彦根の明照寺に門弟の季由を訪れた時に詠まれたものらしい。(潺々 - 芭蕉・五老井の流れ - 石川柊著 による)。
そもそも芭蕉が亡くなったのは 九州長崎を目指して旅立った途中の大阪ということだったようで、九州へ行きたいとの思いが臨終の床で詠まれた 「旅に病んで 夢はBasyoukuhi2 枯野を かけめぐる」 の背景にあったということらしい。
九州には芭蕉を慕う俳人が多かったというのは芭蕉の時代からで句碑も芭蕉の気持ちに応えたかったとみるべきなのだろう。句碑が多いのもうなづける。ここの句碑の句を選んだことからは百年といわず百五十年後の九州の庭にも
芭蕉の気持ちが伝わったことを示したかったそんな想いが響いてくる。

夢は芭蕉を駆け巡ってしまう。その一瞬の雰囲気がおもしろい。俳句が流行るのもそんなところだろうか。

古墳巡りてさくらちる微睡みと

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2015年12月23日 (水)

俳句とモーターショーと

俳句をだらだらと作っている。

一応現代俳句協会のインターネット会員だ。毎月20日までに5句を投句、集まった作者名は伏せられた会員の投句千句位が送り返されてきてこれから5句を選句して再び送り返す、これが集計されてその月の結果として発表されるという繰り返しを行っている。

投句は31文字よりは少なければ受け付ける、季語は問わない、という自由なスタイルだ。

毎月1票くらいは自分の句どれかに票が入る。

例えば先月は 

旅の終わり疾走する闇の深さ 

に1票入った。

千句のうちからこれと思って選んでくれる人が一人いるだけでうれしくなる。誰かの心には確かに届いたという証拠が力を与えてくれる。

17文字ではとても足りないといつも思うが時々17文字さえ埋まらない広すぎる世界を感じることがある。少ない文字に広い世界を内包するというところに日本文化の形があるのだろう。


選句していると嫌になる時がある、その匂いが臭くてもう読みたくないと思う時がある、詠んでいる人のしたり顔を想像してしまう。でもルールだ、と続ける。多様な俳句があり多様な人がいることは受け入れなければならない、それが人の世を生きるということだと思っている。それが面白い世の中をつくっているのだと思っている、


半旬程前にモーターショーに出かけた、といっても福岡で開かれた”巡業”だ。本場所の東京モーターショーに比べると随分簡素だ、展示されている車の数が少ないし技術展示がほとんどない。その分魅力が少ないためか空いていてゆっくり見れるのがいいと言えばいい。

展示してある車には順番待ちしなくても大抵運転席にすぐ座れる。昔より少し広くなった運転席は各社確かに新しい。メーターが機械式でなくディスプレイMotorshow15b 式のも結構ある。家電に近づいているような気がする。

奇妙なのはサイドブレーキだ。サイドに位置するハンドブレーキという形を守っているのは外車くらいで、ボタン式のが目に付く。説明員に聞いてもその場所が明確にわからない車もある、サイドブレーキがである。驚いてしまう。

座席の調整は会社によって方式が違い未だに解りにくい、これくらいは何とか統一することができないものかと思う。

踏み間違い防止ということだろうかブレーキペダルとアクセルペダルを思いっきり離したクルマもあるし、操縦性重視のためかかなり近いクルマもある。

基本部分の仕様は統一する、あるいは統一したクラスを作る方向が必要なようにも感じられるが、当面はこんなばらつきは多様性として受けいるねばならないのだろう。好みの問題と安全の問題とをうまく折り合わせねばならない。


それにしても技術展示がない。自動運転は?とトヨタのところで聞くとニッサンのところに映像があるようです、と言ってくれたりする、”地方巡業”では技術展示してもしょうがないということだろうか
Motorshow15、あきれるばかりだ。

外国車は目を引く女性コンパニオンを各社起用していて華やかさがある、いかにもモーターショーという雰囲気がある。

ランボルギーニの派手なクルマがあってお値段は?と聞くと色々入れてざっと6000万円という答えが返ってきてMotorshow15a 耳を疑う。九州でも結構売れているというからさらに驚きだ。

確かに福岡の街中はヨーロッパの外車が目に付く。福岡人は見栄っ張りが多いのだろう。

それにしても展示された外車はすべて右ハンドルだった、当たり前に売り込んできている。国産車よりも外国メーカー各社に力が入っている印象が強い。

国産車は海外市場を考えてじりじりサイズを大きくしていっているようで、本当の国内向けは軽自動車位しか残らないのかもしれないとも思わせる。


国産車の国内市場を見る目のトーンダウン、海外各社の日本への売り込みの強まり、モーターショーはグローバル化していく経済を目の当たりに見るようで面白い。

俳句も外国人で作る人が結構いるようになって、国内・外国の敷居が低くなってきているのを感じる。俳句に流れる小さくまとめる中に広がりを持たせるという日本文化のコアの部分が自動車にも流れていて世界の多様な人がいつかは小ぶりの日本国内向けのようなクルマに価値を見出すようになるのかもしれない。


この先どうなっていくのだろうか、そんなことを考えさせてくれるだけでモーターショーも
俳句も面白い。

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2015年4月30日 (木)

東京の旅・萩の旅

東京の旅  
Sumidgawa

花びらも未だ流れず隅田川







Hamarkyu

いにしえも鴨殘りなん浜離宮







Sakurabana


ぬくき風一夜で咲き満つさくらばな






萩の旅
Natmkn

青海島のなつみかん原木を見る


ここからぞ なつみかんの樹なぞふかし








Sirakabe

白壁に 沸き立つ志士の夢のあと







Tubame



時流れ美しきツバメ萩の宿





Tunosimahas

角島へ

春うらら波うつ橋を過ぎにけり

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2015年3月 1日 (日)

平戸にて

Ikitukism1隠れても神宿りなん生月島

 

降りかかる小霰(あられ) 束の間の虹

 

椿落ち殉教の路赤く染まりけり

 

崖を降り殉教地に至る虚しさ

 

この木にも神宿れり隠れキリシタン村

 

Himosasi1

 

 

 

 

 

幼き子らの声響き続けり天主堂

 

曲がり来て冬田に重き天主堂

 

天にとどけ海にとどけ天主堂

        

 

  

Tanoura1

  

流れる雲降りかかる雨の如生く

 

吐くほどにヒラメづくしを喰いにけり

 

旅すればこんなものか夜半の嵐

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