2018年3月12日 (月)

梅はやはり太宰府

急に暖かくなって本当に春が来た。急いでスタッドレスタイヤから夏タイヤに履き替える。今年は雪のある山に近づかなかったこともありスタッドレスはお守り位の役目しか果たさなかった、スタッドレスに履き替えてまだ1000km位しか走っていなかった。来冬こそは雪のついた場所へ出かけて行こう、そう思っている。そうは思っても体が動かない、そんなことが目に付くようになってきて悩ましいが、それはそれで受け入れればいいだけのことだ、そう思うことにしている。歯切れの悪い生き方になっているのはどうしようもない。

春が来ると待ちかねたように花を愛でたくなる。まずは梅からと先週は海が見えてよさそうな糸島の小富士梅林に出かけた。

Umekofuji 

のんびり山のすそ野を歩くところはいいが梅は今一つの雰囲気がする。あたりの農家の庭の梅の花は見事なのだがとも思う。梅林は食用梅と割り切って育てているようだ、その気持ちに添って眺めるとこんなものだ、楽に楽しめて悪くもない、心の持ちようだ。

今週はやはり名所は抑えるべきと太宰府の梅園に出向いた。幼い時は梅見といえば太宰府だったような記憶があってそれをまた見てみたいという思いが半分以上ある。金曜まで雨空が続き土曜の午後になってしまったので人出の多いのは覚悟の上ではある。
太宰府周辺は予想通りの渋滞でその先に民間駐車場が幾つもある。しかし満の表示が続いたり入口の誘導員が手を交差してバツの合図をしたりと、なかなかとめるところが見つからない。やっとの思いで空とでている駐車場を見つけてクルマを入れる。こんなに駐車場の満が続く光景も太宰府では初めての経験のように思う。
梅まつりの行事があっていて店の並ぶ門前の通りはいや増しに混んでいる。地元の酒もふるまわれたりしているがこれは飲めない。こんな日は電車で来るのがどうやら正解のようだ。
境内に入るとあちこちに植えてある梅がどれも見頃だ、この前行った小富士梅林とは違って庭木として丁寧に手入れされている。
外国人が結構いるようで中国人のグループが順番に写真を撮りあっている光景もある。

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梅ヶ枝餅を食べたりして休み休みしながら境内の梅を見て歩くが幼い時に見た覚えのある緩い斜面にお茶屋と梅が登っていく状景にはなかなか行き当らない。時がたって変わってしまったのだろうか。
飛梅も見て本殿の裏手に出ると、緩い登り勾配に梅が花開いている、お茶屋も点在している。ああここだった、と記憶が次第に蘇る。昔より梅は綺麗なように思える、子供のころは花にはそれほど心を惹かれていなかったのかもしれない。
昔はそこまでは上ったことのなかった天開稲荷を上まで登りつめてみる、こういう所だったんだと記憶の輪が閉じていく。この感触が得たくて見に来たともいえる。

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下ってお石茶屋というお茶屋でまた梅ヶ枝餅を頼む、焼きあがるまで10数分くらいかかるがいいですかという。ちょっと怪訝な思いもあったが休憩にちょうどいいと休んで待っていると運ばれてくる。これはうまい、今まで生涯で食べた梅ヶ枝餅の中で最もうまい。梅ヶ枝餅にこんなに差があるとは思ってもみなかった。
吉井勇の歌碑があったりと戦前から有名な茶屋らしい。
帰ってネットで調べると昔九州一といわれるほどの美人のおかみが開いた茶屋で経済界の大物や文学人が多く通ったとされる茶屋だった。40年位前におかみは亡くなったというから幼い頃に親に連れられて梅見に来た時にはもしかしたら出会っていたかもしれない、そんなこともふと浮かぶ。つながって流れていく時を見ているようで面白い。

こんな風にして一つ一つ何かをつぶして生きているようにも思う。そういうことができるということが幸せなのだろう。

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2017年10月27日 (金)

リンゴ北紅の物語が

少し前になるが、台風21号が接近するというので雨が続き一日のほとんどを家に居てゴロゴロとテレビを見るという日々があった。

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何かの拍子で見始めた番組で、戦前、青森県三沢の淋代海岸から飛び立った2人の米国-PangbornとHerndonによる初の太平洋横断飛行の話を流していた。
三沢の人々の離陸に際しての献身的な努力のお陰もあり、飛行は見事成功して機体のMissVeedol
号はワシントン州のウェナッチに胴体着陸した、パイロットが青森から運んだのは三沢産の5個のリンゴ(紅玉)だった。これがウェナッチの人々に感銘を与えた。リンドバークの大西洋横断から4年後の1931年のことだ。
ウェナッチは全米1のリンゴの産地でこの記念のリンゴは大事にアルコール保存され翌年には青森に返礼としてリンゴ苗木-リチャードデリシャス5本が贈呈された。リチャードデリシャスは評判となり、苗木は日本で一気に広まって最初の5本から枝分かれした接ぎ木は9年で1万本を越えるまでになったという。
日米戦争で交流は途絶えたが飛行50年後の1981年、ウェナッチ市と三沢市は姉妹都市になった。

その後この話はどうなったか、実にこのリチャードデリシャスと紅玉の両方の遺伝子を受け継ぐ北紅(きたくれない)という品種のリンゴが青森で生まれているという。

今から思い返せばどこまでがテレビ放送でどこからがネットで得た情報か解らなくなったが、ともかく86年前の偉業による交流の証が今新しい品種のリンゴとして売られている、というところにどうしようもなく胸に響くものを感じる。これは是非取り寄せてみなければならない、即座にそう思った。味わってみたい。

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北紅の銘柄指定で青森からネットで3kg取り寄せる。こんなことにはネットはすこぶる便利だ。4-5日して8個の大玉の見事な北紅が届いた。甘さといい適度な酸味といいしっかりとした歯ごたえといい、これは素晴らしい。蜜もたっぷり入っている。そしてここには初の太平洋横断飛行にまつわる思いが文字通り込められている。

こんな物語に満ちた世界に行き当たるとぼんやりテレビを見て過ごす日々があっても、それも貴重な日々であることに違いは無いと思い至る。ただ生きているだけでこの世は十分に面白い。

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2017年7月30日 (日)

観音の滝を見る

毎日のように熱中症の警報がメールで送られてくる。WBGT(Wet Bulb Globe Temperature)という暑さ指数が31を超えると危険と判定され外出は避け涼しい室内で過ごすことが適当とされる

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高度を上げて少しは涼しい山歩きをするにも雷が危ない、ここは瀧見に出かけるのがよかろう、滝なら少しは涼しかろうと、自宅から1時間少しで行ける唐津市七山の観音の滝にランチも兼ねて出かけた。日本の滝百選に選ばれている滝だ。

無料の西九州道を使って思いの外簡単に到達する。ランチは駐車場所にあるそばの店で「冷やしわさび茶そば」というのを食べる、この辺りではもともとワサビが自生していたようだ、とにかくこれがうまい。味100選店の看板もあって、一定の水準以上ということになっているようだが味 わってみても少し凝ったところがあって むべなるかなとの気がする。

滝はここから川底へ下っていくのだが、アマチュアカメラマングループと思しき一団がすぐ前を行く。
こちらは三脚もなく手持ちでスローシャッターを切ったりしているが向こうはケース入りの立派な三脚を立てて時間をかけてフレーミングしたりもしている。

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身なりもきっちり長袖長ズボンとそれなりだ。趣味は何でものめりこまなくては面白くないのかもしれないが、自分としては とんとそんな気にならない、のめりこまない趣味ばかりだ。その方が自由でいいような気がして遊んでばかりいる。

川底におり始めようとすると駐車場所に水遊び姿の親子連れが続々到着する。どこで遊んでいるのかと帰りに気をつけて見ていると滝の上の淵にある自然のスライダーで遊んでいる。滝の落ち口まではややあって安全そうには見えるが何かの拍子で流されれば助かるとは思えない。よくこんな所で遊ぶと思う。しかし涼しそうで手軽で一度やってみるとまた、ということになるのだろう。大人でやる人はいないようだが、いつか大人でもはやってきそうな気もする。この暑さだ。
毎年のような猛暑には耐えるのにも限りがある。

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岩肌もきれいだ。地質を見るとこの辺りは1億年前の白亜紀に凝固した花崗閃緑岩という深成岩でできている。マグマが深いところで冷えて固まった所謂花崗岩の一種というわけだ。目に見える滑々の岩からは水で浸食はされるものの適当に硬くていい石ということかなと思えてくる。耶馬渓では竜門の滝の滝滑りが有名だがあちらは安山岩に苔がついて滑りやすくなっているようだ。安山岩よりこちらの方が石は良さそうだ。

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すぐ南には黒雲母花崗岩の地層があって高級墓石材とされる天山石が産出しているという。大谷石ではないが掘れば売れるものが出てくるというのはいいところなのだろう。
立派な滝があるところは地層が面白い。

肝心の滝は落差45m、途中で少し段になっているようなところがありなかなか姿がいい。いかにも絵になりそうな滝だ。しかし期待していたほどには涼しくない。滝の冷気をまともに浴びる場所で見れるようになっていないからだろう。

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贅沢は言えない。
色々滝を撮ったりしてこの地を後にする。しかし暑い。

逃れようもない暑い夏は、滝見くらいでは許してくれない、観念して、こんなものかと受け止めて味わうほかないようだ。

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2016年2月20日 (土)

牡蠣

牡蠣には当たる体質なのだとついこの間まで思っていた。もう随分前になる、25年位前に広島産の大きな牡蠣を送って頂いたことがあって、それを食べた晩に激しい嘔吐と下痢を繰り返した。そのしばらく後にも会社の飲み会で2度ほど牡蠣があってそれに2度とも同じ症状であたった。他にも仲間内の新年会で牡蠣が出てこれにもあたった。おいしそうな牡蠣には悉くあたっていて、これは牡蠣に対する抗体か何かが体の中にできてしまって牡蠣を受け付けない体質になったのだろうと思っていた。家人からもよそで牡蠣が出ても食べないようにといつも釘を刺されていた。一昨年、広島で気象の集まりがあった時も牡蠣ランチを誘われたが固辞した、ちょっと情けない思いがする。牡蠣アレルギーというのがあるらしくこれかとも思っていたが、小さくなるくらいまでによく焼いた牡蠣を食べた時は何ともないのでこれではなさそうだ。
Kaki つい最近テレビで牡蠣に当たらないよう食べるにはよく火を入れればいい、という特集が放送されていたの見て、今まで当たっていたのはノロか食中毒のためではなかったのかと思い始めた。
少し調べてみると、牡蠣の「あたり」は大半がノロウイルスによるということらしい、更にノロウイルスへの感染しやすさにはウイルスのレセプターのタイプを支配する血液型と深い関係があると識られており、O型が最も当たりやすいという実験結果が出ているという、これも自分の場合に確かにあっているように思える。
要するに生牡蠣にはノロウイルスがいると思って違いなく、そのつもりできちんと加熱すれば血液がノロを発病しやすい型の人であっても牡蠣は問題なく食べられるということのようだ。
20%近くの人の血液はノロウイルスを吸着するレセプター(血液型抗原)を腸に発現しないタイプとなっていて(非分泌型個体)ボランティアを募って行った実験ではノロウイルスを注入されても
非分泌型個体は一人も発病しなかったという。残り80%(分泌型個体)のうちのO型が特に発病しやすいということのようで、確かに人によって当たりやすさが違うというのは学問的にも裏付けられているようKakimap だ。
福岡市郊外の糸島の冬の名物は牡蠣小屋だ、できることなら行ってみたいとは思っていたがこれまで控えていた。焼牡蠣ゆえ大丈夫そうと解れば試してみたくなった。
全国放送でも糸島の牡蠣が紹介されて、ネットで調べると安全には十分に気を配っているようでもあったので心を決めて牡蠣小屋に出かけた。

高速道から近い糸島半島西側の加布里湾に面した牡蠣小屋としたが平日にもかかわらず結構混んでいて駐車場のクルマは「わ」ナンバーや他Kaki2 県ナンバーが目立つ。確かにここでしか味わえない。
農業用ビニールハウスつくりの牡蠣小屋に入るとテキパキと案内されて早速炭火で牡蠣を焼き始める。「中」をまずは1kg頼んだが結構大きい。くさみもなく新鮮で次々に食べられる。食べていてもこれは安全そうだという気がしてくる。たちまち二人で2kgと蛤を平らげて満喫する。ノンアルコール飲み物もとって牡蠣ご飯もつけて会計は一人2千円もしない。これははやるわけだ。

食べて1日はかすかな不安もあったがそれも杞憂に伏してめでたく牡蠣をクリアーした。

解ることで世界は広がる、それをまた一つ経験した気がしている

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