2016年7月19日 (火)

梅雨が明けてソファの修理に取り掛かる

梅雨が18日にあけたとの宣言が西日本で出された。やっぱりこうきたか、と思う。一般には500hpでの5880m高度線が被るようになってくると夏が来たとの実感を得る。この日は確かにそうだが数Tuyuake 日でまた5880m高度線は南に下がりそうで梅雨の続きのような天気がぶり返す恐れがある、梅雨明けを出すなら17か18日か、ここで出なければ難しくなると思っていた。安定した暑い晴が数日でも続くようになれば梅雨明けとするのが正しいのだろう。

一気に暑くなってきたが、雨でこれまで延ばしてきた植木の手入れや家の手入れを始めようかとの気になる。
朝から伸び放題のモチノキを高枝バサミで切り始める。
日が高くなり始めるともうできない、まあ少しは良くなったかというところで今日は終わりとして、一休みしてソファの修理にかかる。

もう数十年使っているソファの一つが座面が落っこちたようになっていて、クッションでごまかしてきたがいい加減何とかせねばと修理を試みることにした。
例によってネットで先達者の投稿をしらべると結構厄介そうだ。
どうも座面を支えるウエービングテープが劣化して切れているようで、とにかく工作用ホッチキス/タッカーをダイソーで調達することにする。
ウエービングテープは幾つかホームセンターに問い合わせてみるが置いている店が見つからずネットで調達することにする、ネットのお店は札幌の家具工房だ、そんな遠くからと思うが、適当なサイズはここしかない、あまり入手性は良くない品物のようだ。
タッカーの方は近くのダイソーにあって難なく入手する。弾が飛び出すものだからちょっと危険なようで防護メガネ着用のこととある。とりあえずは普通の眼鏡で代用してできる範囲で作業に取り掛かる。
ソファーをひっくり返して裏布を外す。タッカーで止めてあってタマを一々ドライバーでほSofa じって外していたが布も劣化していて、外さずとも布がそこだけ裂けたりして、大分横着をしてとにかく外す。
見ると見事にウエービングテープが切れている。ウエービングテープが到着するまでは数日かかるがそれまでに少しでも進めておこうとソファーの上張りの布も外しにかかる、矢張りタッカーで木枠に打ち付けてある。これを少しづつタマを外したり布を切ったりして外していくが結構疲れる。
1辺だけ外したところでひとまずお休みとして、兎に角この状態で一応使えるようにと裏側から座布団やクッションを押し込んでこれを木枠下側から荷造り用布テープで押えてタッカー止めし当座の使用には堪えるようにしておく。座ってみるととにかく随分改善している。ウエービングテープが来てゆっくり本格修理をやればよいかと吞気に構える。
ソファの構造などこんなものかと思うくらいあっさりしていて、吞気にやるくらいがちょうどよい感じだ。

ソファーの修理でも結構遊べる、何でも遊べるように世の中はできていると思い始めている。そう思うと何でも楽しい。

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2016年4月25日 (月)

桂離宮を見る

紅葉の桂離宮見学は抽選で負けて果たせなかったのもあり、空いてくる桜の季節の直後を狙って、修学院離宮と同日に両方を見学できる空きのある日を探して、やっとの思いで見学許可を取得した。色んなことがあって3カ月が過ぎその日がやってきて京都に出かけた。
1日に両方を見るのは効率いいと思っていたもののやはり疲れる。
修学院離宮見学の後、中間の四条の祇園辺りでランチを食べ多少散策して14時30分Katsurarky8 からの桂離宮の見学に向かった。
阪急の桂駅から歩くほかないのかとバス道に沿って歩き始めたところ目の前のバス停にバスがちょうど来て桂離宮口にもいくという。ほっとしてバスを利用する。Yahooの経路検索ではバス利用が出てこなかったので歩くほかないと思い込んでいた。広い無料駐車場があるのでクルマでこれればそれが一番のようだ。
4月から桂離宮の案内となったばかりという宮内庁の案内担当の方から説明を受けながら回る。とにかく忙しい。見るべきものがたくさんある、建物も石組も庭も歩を進めるごとに意匠が移ろっていく。見落とすまいと写真を撮っていると遅れて説明も聞けなくなる。客へKatsurarky3 の庭の見せ方がいちいち凝っている。例えば目隠しとなる生垣が上手く配置され視界を遮る松が植えられたりもして、開けてところに出た時の驚きを印象づけるようにしつらえてある。敷石が美しかったり、ツツジの配置が心地良かったりもする。

松琴亭というところに行く。デザイン的に目を引く襖、開け放てば柱だけのようにもなるスケスケの構造、はかなくも脆い。桂川のたび重なる氾濫にも耐えてよくここまで生き残ったと思う。
日光東照宮が作られたちょうど同じ時期に造られた、というがその粋さというか東照宮とは対局の軽妙さ、遊びがいちいち目を引く。
Katsurarky6 賞花亭という東屋ではすけている下地窓の棧の影が畳に落ちる様も面白い。ここまで仕組んだわけではないのかもしれないが、ほかではこんな様は見られない。
八条宮が細かく指示してこの離宮は造営されたと言われる。相当に思い入れがあったようだ。簡素なようで細部には異様ともいえる手のかけようがみられる。ひ弱な建築物だがいとおしさがある、壊してはならないという空気が取り巻いている。天皇家の雰囲気がある。

Katsurarky9 神社のような直線の美しさ清々しさと工芸の巧みを見事に取り混ぜて頗る頗る日本的な建造物だ。矢張り見るべき造形だった。

忙しい見学時間がたちまち過ぎ去り、駐車場辺りに待機していると教えられた客待ちのタクシーの姿ももうなく、とぼとぼと桂駅まで歩いて戻る。少々疲れた。印象が溢れていて纏まりがつかない、何回か訪れてみねば、とも思いながら歩く。しかしともかく九州からは遠い、それに体力もいる、もう多分来れないだろうな、見れただけでも上出来だな、そんな風にも思って桂駅を後にした。

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2014年1月25日 (土)

床を張る

去年の今頃は引越し準備に明け暮れていた。
引越しして10ヶ月くらいになるがやっと家の手直しに手を付けてみようかとの気になっている。

まずは板張りの床があちこちで緩くなっていてふわふわと雲に乗っている心地を何とかしなくてはと居間からやってみることにした。
緩んだ床の対処はフロア材を上張りするのが最も効果的なようだとネットで知る。板の張り方の簡単なパンフレットをDIY店で入手して眺めていたがやるしかないと心を決めてフロア材を10畳分ほど購入した。結構な量で自宅まで運んでもらったがトータル3万円はしない、リフォームにしては安い。
居間の家具を順次移動してフロア材を張っていく。接着剤は使わずに根太と思しきあたりにフロア釘として売っているネジ付きの37mmの釘を斜めに打ち込んで固定する。
勿論根太の場所は目では見えないので床をたたいて音が変わるあたりに打ち込む。板の端が嵌めあいになっていてその部分にポンチを使って埋め込むように打ち込むので張ってしまえば釘跡は見えなくなる。打ち損なったらドライバーでネジ頭を回せば簡単に引き抜ける、ネジが切ってあるのがミソのようだ。
フロアの縁には良く見ればドアや窓枠を囲むように出っ張りや引っ込みがありフロア材をのこで削ってあたりを逃げていく。結構手間で思ったよりも時間がかかる。午前中から始めて2/3位張ったところで初日はやめとした。かなり疲れる。それに 張っていくと板が次第に部屋の縁に対して僅かに直角でなくなってくる、直そうとしても直せない、小さなな量だが最後まで行くと厄介なことになりそうだ。フロア材と部屋の形がぴったり合うわけも無く部屋の縁のそこここに溝のような張り残しができてくる。
精神的にも疲れた、想像以上に集中が必要になる作業だ、次の日1日作業を休んでの翌日に残りを張っていく。最後の1列分はDIYに持ち込んでフロアの残りのスペースのサイズに合Yuka わせてカットしてもらう。懸念したとおり最後のスペースは台形の形でいびつに残っている、しかしカットは直角にしか切ってくれない、埋めてもまたスペースが残る。しようが無いので切り残しや手持ちの木片を隙間埋めに使っていくが少々みっともない。
この他にもいくつも残った溝のような張り残しを順次フロア材の残材を切って埋めていくがこれもかなりの時間と労力を要する。なるべくぴったり埋め込もうとするものの合板にはカンナは効かず小刀でごしごしと削って調整する、楽ではない。細長い板状にフロア材をのこで切ったりもするが15mmの合板を細長く切っていくのは疲れるし切れ味良い直線は望むべくも無い。ここらあたりがプロならピシッと決めるところなのだろう。
3日くらいかけて調整してやっとここらでもういいかというところまでくる。使い始めると部屋の感じが明るくなって床のフワフワ感も無くなり古びた部屋が普通の部屋になった感じだ、なかなかいい。
少々労力を掛けたが久しぶりの達成感だ。時々こんな感触を味わうのも悪くない。リフォーム屋に頼めばできることだが自分でやったほうがいい気分だし随分安い、頼めば17-8万円位のようだ。
あと台所や壁、天井のクロスなど手を入れるべきところは多い。しかし楽しみがまだ随分残されているようでいい。
それにしても時が足りない、時間が無い、このヒリヒリした感触はいつまでたっても無くならない、そういう生き方なのだろう。

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2011年1月 1日 (土)

雪見障子

雪見障子というのが福岡の家にあって、こんなものもあるか、と思っていたら本当に雪だ。雪見障子を上げて縁側越しに庭木に積もった雪をただ眺めている、確かに庭の雪を見るのに風情があっていい。雪が降ってくると次第に変わり行く庭の様が気になるしかしYukimi 障子を開けてみると寒い、外が見える障子があればと思いたくなる、雪見障子との名前の由来はわからないが、こんな情景で名付けらけられたのだろうか、いいセンスだ。見るとも無く眺めていると時折灰色の雪雲が伸び上がって来て雪の降り方がきつくなる。故障だらけの家だがのんびりした雰囲気で年の暮れをやり過ごすのに丁度いい、こんな雰囲気はなかなかだ。
今年はどんな年になるのだろうか。

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2007年9月30日 (日)

美術と工芸と産業

秋が本格的にやってきて季節を分ける前線が張り付いている。おかげで落ち着いた雰囲気の休みを過ごせる。近くの美術館にでかけてみたらノリタケチャイナの歴史をたどる展示をやってNoritk2 いた、なんだ、企業の展示かと思ったが、せっかくだから見てみたらこれが結構面白い。ノリタケは明治の初めに生まれた、日本連合として陶磁器を米国にむけて製造・輸出する会社だった。オールドノリタケと呼ばれる凝った陶磁器もいいのだが、20世紀の初めの頃のアメリカで注文を得るためにセールスマンが持ち運ぶ手書きのカタログがなかなかだ、現代の写真カタログよりはるかにリアルな感じを与える、絵付けそのものを見せられているようで普通の絵ではない。陶磁器のデザインは米国のデザインセンターで行われていたようで当時の嗜好が感じられる。殆ど実用になるとは思えない背の高い壷などを見ると、装飾的に用いられていたように感じられて、古きよきアメリカの生活の有様が浮かんでくる。東海岸の雰囲気だ。しかしこんな展示はめずらしい、美術と工芸と産業の間にいる。

イタリアに遊びに行ったとき目くるめく彫刻に圧倒された、柱といい、扉といい、石が埋め込めるところは彫刻で覆われていた。美術と工芸は殆ど同じものだ、と思わさせた、そして工芸の先に産業がある。そのグラデーションのような連続をここでも目の当たりに見せられる思いだ。

連続体の中に生きる、か、また学ばされた、どこまでつながっていくのだろうか。

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2007年6月29日 (金)

エンドレスな前進

Nosimetonbo 今年は何故か庭にトンボが出現するのが早い気がする。1週間ほど前からノシメトンボが飛び交っている。どこか近くにいい水たまりができているのだろうか。少しばかり地球が暖かくなって長い夏を楽しむようになったのだろうか。所詮ひと夏の命だ。しかしこんなものかもしれない。

最近はじめて家で自動食器洗い機なるものを使い始めた。滅多に家事は手伝わないのだが、家人の家事労働軽減も考えなくてはという事情もでてきて、ネットで見ていたら思いのほか安いので即買ってしまった。ナショナルNP-C1という、簡素なものだ。水栓が気になっていたが分岐付にしてあった水栓にそのままついた、標準化されているようだ、ただメクラブタがつけてあったので取るのに少々手間どったが大したことではない。本体はちょっとばかり大きくて台所には異様な感じもする。すぐには見慣れてしまわない、装置、という感じだ。しかし動かせばそれなりの音はするが綺麗になるし楽になる。確かに便利なものだ。
買ったあとで国民生活センターの商品テストのページなんかを見つけて読んでいると、各メーカでそれほどの性能差はないが場所を結構取るので注意とあった、そうだったのか、と思ってしまうがもう遅い。価格.comからもここの比較試験結果へリンクを張るべきだ。説明によれば普及率は2年前で21%位の様だから、今では25%位だろう、今頃買うのは出遅れている。まあ結婚記念日のちょっとした買い物に適しているようにも思えてくる。

便利なものは使い始めると止められない。こればかりは趣味のカメラや録音何ぞとは訳が違う。脳のもっと原始的なところが文明に染められていく。どこかへ向かって前へ進んでいるようだ。エンドレスな前進のようにもみえる。
時々何十年も後の自分の居なくなった世界がやはりどこかへ向かってじりじり前進していく様を思うことがある。無限の未来へ向かって世界は動き続けていく、ころがし手は次々に受け継いで世代を変えていく、本当はどこへ向かっているのか誰も知らない。そんなことを考えていると、今を生きている様が、例えば飛び交うノシメトンボと大差ないようにも思えてきて、生きていくことが少しばかり気楽になる。

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