2018年4月24日 (火)

「充たされざる者 」

図書館に予約していたカズオイシグロの小説の貸し出し順がまた回ってきた。今度は
「充たされざる者 」(The Unconsoled)の上・下巻だ、上巻が先に借り出せるような巧みなシステムになっている。

Unconsoled2b


とにかく読んでいく。
殆ど他人の夢の中を覗き見ている気分にさせる小説だ。
そうなのかどうか分からないが 著者がそのように仕組んだのであれば見事に成功しているといえる。

それにしても長すぎる。喋りがやたらと多いこと、脇道にどんどん逸れていくその繰り返しであること、そう思えばこれ位になってしまうのかもしれない。
作者の意図はどこにあるのか、最後まで分からない。読み疲れてしまうところがある。

意図がわからないと言えばついこの間聞いた九響によるブルックナーの第5番を思い出してしまう。パッとしない主旋律の単調な単純な繰り返しと突然の魅力のない変化、作曲者の意図がどうにも解らない。ブルックナーは交響楽団によるこ曲の演奏を聞かずじまいで亡くなったという。本人が聞いていたならあちこち手直ししたに違いないと思ってしまう。はっきり言ってつまらない、そう感じる。

カズオイシグロのこの小説はこれとはだいぶ違う、それどころか怪しい魅力が潜められているのさえ感じる。読者の内面に長い夢を見た後のような まるで辻褄は合わないが引っかかる不思議な感触を残す。
こんな小説は読んだことがない、カフカの小説のようだという評も見かけるがカフカはこのような溢れるばかりの語りで満たされている文章ではない。
読んでいる者自身が辻褄の合わない世界に実は棲んでいるのではないか、辻褄の合わない事だらけというのが真実の世界なのではないか、気がつかないふりをしているだけではないか、そんなことを次第に思うようになってくる。
面白い小説だ。ブルックナーの5番は人に薦める気がしないがこれはそんなことはない、一回は読んでみていい小説だ。

カズオイシグロの世界は思っていたより遥かに立体的でなかなか面白い、次に順番が回ってくる本は何だろうか。

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2018年4月12日 (木)

北京ツアー2日目


朝7時半から市内観光が始まる。北京オリンピックのスタジアム「鳥の巣」をやや遠めに眺めた後、まずは中華民族園の近くにあるショッピングセンターのヒスイ店に案内される。1日2店回ると知らされていたのでまあしょうがない。1時間近く店にいることになって、手頃な値段を設定してある商品に人だかりが出来るし、
それなりに買う人も出てくる。ショッピングツアーに観光がついていると考えた方がいいツアーなのかもしれない。

Tendan

中華民族園は見ないで市街を北から南に横切って天壇公園に至る、ここを見る。もう9時半くらいになっているがまだ気温が低い、3℃くらいの感じがする、出がけに見た北京の気温は1℃だった、予想通りの寒波だ。

とにかく園内を進む、一応世界遺産だ、人出が多い、清明節の連休が始まったところで中国の各地から出て来たという雰囲気だ。

Kasasagi

15世紀に明によって建てられた祈祷用の建物だが随分なスケールだ。地震が無いところなので石造りで一回建てるとなかなか壊れないと見える、傷んでいない。庭園を結構歩くが時折鳥が出てくる、カササギとオナガの他はスズメ位だ。食べられない鳥が残っているのかもしれない。

10時40分位に終わって今度は紫禁城内にある掛軸屋へ行くという。移動は3-40分かかる。北京という街は地図で見るより広い感じだ。ラストエンペラー
愛新覚羅溥儀の弟である愛新覚羅溥傑が人民中国となった時代にいっときこの店で働いたとの説明がある。
店に入ると清王朝崩壊の歴史の説明の後 清朝皇族の愛新覚羅一族の末裔であるという愛新覚羅恒珏(コウカク)氏の書道実演がある。

Aisinkokaku1

愛新覚羅溥傑の子息であるような説明がされるが店内に示されている系図ではどうもそうは読めない。確か溥傑には男子はいなかったのではなかったか。ちょっと大げさに脚色して言っているようだが愛新覚羅一族は多くが書画で身を立てている様で清朝の歴史の果てがここにあることはどうやら間違いなさそうだ。
恒珏氏の掛軸や色紙大の書が販売される。掛軸は表装してある書が3万円という、歴史的に重みがあるものにしては安すぎる、どこか怪しいところを感じるが観光客相手の販売が身を立てる中心になっているのかもしれない、共産中国では清帝国の末裔は肩身が狭いのだろう。1万円の色紙サイズの書を買うことにする、歴史を買うという気持ちだ。心清事達 という文字で、心清と書くからにはそれ程非道い詐称はあるまいとの思いもある。しかし中国のことだ、本当のところは解らない。

Koukaku

全てを含めて中国ならではという人に出会った気がする。
帰国した後、愛新覚羅恒珏という人についてもう少しネットで調べてみる。

書に添付されていた系図と説明書きから、清の第四代康熙帝の次男で皇后の子の胤礽(いんじょう)がその祖となっているようだ。この胤礽は皇太子として早くから認められていたが反逆のそぶりありとして結局廃嫡されている。その末裔が恒珏氏という系図になっている。添付されていた系図はネット上にで見つけた胤礽の末裔の流れと凡そあっていて帝系の流れをくむ人であるという説明は一応正しそうだ。北京中国書画協会常務理事等それなりのポジションにあるという説明書きも中国のwikipediaであるBaidu百科で調べてもそのような記述で書画家としてある程度名の通った人であるようではある、Baidu百科の写真も本人だ。
清朝の末裔がこんなところでひっそりと書画を売って生計を立てている、その物語そのものが幾ばくかのお金を払って手にするのにふさわしい中国土産のような気がしている。

Tenanmon

この日のツアーはこの後 天壇公園と天安門広場の中間にある老根山荘というレストランで中華料理のランチを食して天安広場、紫禁城の観光のコースに入った。

だだっ広くていかにも中国らしい天安門広場、門をくぐってもくぐっても次々に門が現れる複雑怪奇な紫禁城をひたすら歩き 歩き疲れてやっと夕食となる。後で調べるとこの日は15000歩くらい歩いている。オプションの雑技団のショーをツアー参加の多くの人が観る予定なのもあってショーがある朝陽劇場のすぐそばの中華レストランが夕食場所となる。

Sikinjyo

四川料理と銘打ってあるが昼の食事に多少品数が増えたかというくらいで あまり変わり映えがしない。このツアーはホテルの朝食以外は食事にはあまり期待しないほうが良いようだ。
雑技ショーも滞りなく見終わって一日が終わる。疲れた。明日は万里の長城だ。

Zatugi


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2018年3月30日 (金)

春はウイーンの響きに乗って

毎年春に巡ってくるウイーンフィルメンバーを中心にして結成された臨時編成の管弦

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楽団 トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーン が今年もやってきた。春の桜に合わせたのかと思うが、演奏ツアーは例によって強行日程で花見の暇さえないようではある。今回は23日の福岡・アクロスがツアーの皮切りとなるせいか事前の宣伝がいつもより目に付く。席はかなり埋まっているが満席までとはいかない、毎年の冠コンサートというものの限界だろうか。行ける年は必ず聞くことにしているが演奏の見事さに比べ料金はほどほどで費用対効果がいいのは今年も同じだ、余席があるのがちょっと勿体ない。
今回もコンサートマスターはシュトイデでさんで指揮者はない。ベートーベンの第7番では総出演の総勢30名になるのだが指揮者なしでやれるのが未だに不思議だ。
今回はCDプレゼントがあって入場時にもらったプログラムパンフレットにシールがあれば当たりとなるとアナウンスがある、フーンと開いてみれば見事当選でスペシャルCDのお土産をゲットした。2000年のツアーの時に録音されたCDだ。帰って聴くとモーツアルトばかりで聴きやすい。
この晩の演奏もアイネクライネ・・・から始まってモーツアルトが2曲続く。平明な透明な響きが、これは一度ウイーンにも行ってみなくてはと思わせてしまう。
ベートーベンの交響曲7番も久し振りに聴いたが昔思っていたどこかつまらさのあるような印象は変わりこれも結構楽しめる曲だと見直した。歳のせいかもしれないし演奏によるのかもしれない。
万雷の拍手にアンコールはウインナワルツの「南国のバラ」でコンサートは終わった。
あたったCDを受け取って出口を出ると演奏者が並んで顔を見せている、ウイーンフィルのコンサートマスターでもあるシュトイデルもいる、せっかくだからと数人と軽く握手してシュトイデのところまでくると握る握手でなくつまむようなしぐさで応えてくれる、そうなんだ一流演奏者の手はそうさわれるものではない芸術品だと思ってしまう、気軽に握手をもとめたほうが能天気だった。
それにしても、桜も花開きウイーンの響きとともに爛漫の春を迎える、毎年のこんな風景が福岡に似つかわしくも思えている。

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2018年3月21日 (水)

カズオ・イシグロの「女たちの遠い夏」

カズオ・イシグロがノーベル賞を受賞したと聞いてすぐさま市の図書館の著書数冊に予約を入れていたのがやっと貸し出しの順番が回ってき始めた。まずは「女たちの遠い夏」だ。1982年著者が28歳の時に刊行された作品で事実上のデビュー作といえる。

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欧米各紙の高い評価が得られて作家人生の良いスタートとなったようだ。
日本では1984年暮れに小野寺健(今年1月1日に86歳で亡くなった)の訳により筑摩書房から出版されている。貸し出しを受けたのはこの初版本だ。もう紙が日焼けしてきており30年以上の年月を物理的に感じてしまう。
私小説の形ではある。わたしというのは大きな二人の娘のいる母親で長崎からイギリスへ渡ってきてイギリスで暮らしている、長女が自殺した後の日常の中で長崎にいた頃の様々な出来事を回想しているという舞台立てだ。ほとんどが戦後期の朝鮮戦争が起こっているころの日本の話でイギリス文学というより日本文学のように思えてしまう。登場人物名は漢字表記となっているが勿論原文に漢字はない。訳者の小野寺健ははじめ総てカタカナがきにしようかと思っていたがイシグロから出版社に登場人物の名前表記で避けるべき漢字をわざわざ指定してきたことを知り著者は当然漢字表記されること思っていると解り名前に訳者の思う漢字を当てていったという。悦子であり二郎であり佐知子であり万里子という漢字の人物が訳本でイメージを現したことにもなる。こんなこともあり日本の小説としてどうしても読んでしまう、もとがenglishだとの感じはとんとしてこない。

それにしても彼が経験したはずのない戦争直後の敗戦を越えて生きる日本の日常の有様がリアルに描かれている、それも女性の主人公の目で微妙な心情がそれらしく語られている、非凡な文才としか言いようがない。

世の中にはすごい人がいる、自分は何をしてきたのだろうか、そんなことをつらつら思ってしまう。今更取り戻すことはできない、ともかく過ぎていく世をしっかり見つめたい、それでも十分ではなかろうか、そんな風にも思っている


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2018年1月28日 (日)

古事記と万葉集を学ぶ

古事記と万葉集という講義を放送大学で受講している、というかもう試験も終わったので受講していたというべきなのだろう。ラジオで聴取する形で、教科書とラジオ録音がすべてだ。15回の講義で1回あたり800円弱の受講料を前もって払っておく必要がある。高いといえば高い。資格を取るといった明確な目標を抱いて学ぶ人には妥当なのだろうが面白そうだから学ぶというには費用が少々大きい。まあしかしこんなものだろう。

古事記から入る。古事記は713年に完成し天皇に献上されたとされている。
古事記は漢文体の日本書紀に対比させられる音訓交用表記であり、中の歌謡は一音一字の音読みの所謂万葉仮名表記,神の名前は殆どが訓読み表記となって文体に苦心の

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跡がうかがえる。
中国文化を日本文化に取り込み咀嚼した漢字かな交じり文の原型が作られたのが古事記ということになるのだろう。
太安万侶の序文は表記の苦心を述べているがこの序文自体は漢文であり、公式文書はやはり漢文という当時の感覚も感じる。

古事記はともかく伝えられている国の歴史を物語と歌謡としてそのまま内向けの言葉で書き下すところに力点が置かれたと感じられる。

万葉集の巻一巻二は古事記とほぼ同時代に編纂され、古事記の続き すなわち舒明天皇以降の歴史書としての側面を課せられていたように考えられるという。
古事記では雄略天皇までが事績の記述が書き込まれていてその後の推古までは系譜のみとなるが日本書紀は持統までの事跡が淡々と記されていて対外的な歴史書の体裁をとっているようだ。
古事記+万葉集が所謂人間史、日本書紀が正史とういうことになるように思える。

古事記以降の人間的な歴史の記述を担わされたのが万葉集の一側面ということになるものの、万葉にあげられている古い時代の歌はその後の時代に造られた歌がそのように言い伝えられて残ったともみられるところがあり(即ちまつわる物語が創られていて)、混乱があるところがかえって生々しい。

例えば16代仁徳天皇皇后の磐姫が作ったとされる短歌四首が万葉集に載せられているが(巻二)、古事記の記述では19代允恭天皇の軽太子のところに出てくる衣通王(そとほしのおほきみ)の歌がこの四首のうちの一つとほぼ同一で、どちらが創ったとするのが正しいのか、どちらも怪しいのかわからない。巻二は古事記の編纂された十年位後の720年代にはほとんど出来上がっていたと思われているようだ。

古事記の軽太子のところに出てくる長歌は万葉集巻十三相聞歌に出てくる軽太子にまつわる長歌とほぼ等しいものの、この万葉仮名表記は古事記の方では1字1音を守っているが万葉集では漢字万葉仮名混じり文のように万葉仮名を使っていて明らかに万葉集編纂者は古事記を見ながら編纂し、編纂時の世間で語られていたことに引きずられて漢字万葉仮名混じり文にしているといると感じられる。
*)注。
先にあげた古事記で衣通王の歌とある短歌については古事記が時代的に先だけに衣通王の作とするのが正しそうに見えるが、一方で万葉集で磐姫の歌とされる四首は第四十一代持統天皇(在位690-697年)(藤原不比等の時代)のころに連作としてまとめられたようだという見方もあり、やや奇々怪々の印象を受ける。

藤原氏の勢力がゆるぎないものとなったのは当時の慣例を破り皇統でない藤原氏出身の光明皇后を仁徳天皇の皇后として立后(729年)したところにあるとの見方が有り、この立后の僅かな前例が同じく皇統でなかった皇后磐姫だったというところに磐姫を巡る記述の危うさがあるようでもある。古事記での磐姫の記述は極めて嫉妬深い女性として描かれ印象が今一つよくないところを改めるべく、磐姫を立派な歌を詠んだ姫とのいい印象を与える後付け証拠としてよくできた4首が集められこれが磐姫の連作のように万葉集に載せられたのではないのか、藤原氏の強い意向が入っているのではないか、どうにもそのように思えてしかたがない。

この衣通王は、柿本人麻呂・山部赤人とともに和歌三神と呼ばれるほどに和歌に優れた才能を示したとされているようだ。もっとも和歌三神としては幾つかの挙げ方が古来よりあり、玉津島明神と住吉明神、柿本人麻呂を挙げるのがむしろ普通ではあるようだが玉津島明神とは衣通王のことを指しているとされるため、いずれにせよ衣通王は古来より和歌三神の一柱だったということのようだ。それにしては残された歌が僅かしかない。衣通王の伝説が先にあって紀の国に伝えられておりそれをひきずったのが古事記の記述であるのかもしれない、古に優れた女性歌人がいた、そこが伝説の始まりかもしれない、そんなことも思ってしまう。すべてが架空のものがたりであり、歌だけが残ってきたという気がしてくる。

古事記と万葉集を見て行くと漠とした上代の雰囲気が感じられてくるばかりで、不確定性原理のようなその漠とした存在の仕方が日本の文化の原点そのものであるように思えてくる。そんなことを感じるようになっただけでも改めて学んだ価値があったように思う。学ぶことはやはり楽しい。
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*)例えば
隠(こも)り国(く)の 泊瀬(はつせ)の河の 上つ瀬に 斎杭(いくひ)を打ち
という長歌の始めの方の表記を比較すると

古事記允恭天皇90:
許母理久能 波都勢能賀波能 加美都勢爾 伊久比袁宇知

万葉集巻十三3263:
己母理久乃 泊瀬之河之 上瀬尓 伊杭乎打

と万葉仮名表記でも随分違う、万葉集は漢字で纏められるところは纏めている。

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2017年12月18日 (月)

「神聖ローマ帝国 皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展」を見る

寒くなった。寒い時には屋内を巡るに限る。
福岡市博物館の出し物が気になっていたところへ、タダ券が手に入って勇んで出かけた。
神聖ローマ帝国 皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展 という展示だ。12月24日まで福岡で開催し来年1月9日からは渋谷Bunkamuraで、そのあとは3月21日から滋賀の佐
川美術館へと巡回するという。

西洋近代美術館のアルチンボルドの展示会の様子がテレビで何回か放映されていててっきりこれが福岡に回ってきたのかと思っていたが、まったく違っていた。

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神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ2世が収集した森羅万象の事物の展示で、これが思った以上に面白い。
ドライにいうとハプスブルグ家による博物学的収集の一覧ということになる。
欧州の博物学というと百科事典派というのがあった気がして調べてみると、百科全書派というのが正し
くて、18世紀フランスでフランス革命直前に編纂された百科全書の作成に関わったディドロ、ダランベール、ヴォルテール、ルソー等が該当する。しかこのルドルフ2世とは時代が200年位違うようだ。
ルドルフ2世は日本でいえば戦
国時代、高山右近と同い年というから16世紀末から17世紀初めの時代となる。大航海時代で世界中には思いもよらないものがあると認識されるに至った時代だ。
錬金術師や画家や科
学者を多く抱えケプラーの法則(惑星軌道の面積速度一定の法則)で有名なケプラーも庇護し この時代のの文化を支えた存在だったようだ。動物園や植物園まで持っていたという。首都をウイーンからプラハへ移したことでも知られ現在のプラハに流れる文化的香りを創り出したのがこの皇帝とされるようだ。

Rudoluf2

見ていくと天体観測用のアストロラーペや精巧な細工の時計など今見ても極めて興味深いものが次々に現れる。

 

 

 



アルチンボルドの絵も面白い。
展示されているアルチンボルドによる絵は皇帝ルドルフ2世の肖像の1枚のみだ。しかし、これに似た手法で人物を描いた他の画家の絵が何点か展示されていたがアルチンボルドの方が数倍優れているのは一目瞭然だ、一枚で十分に迫力がある。

 

Rittai2



これを立体にした現代作家フィリップ・ハースの作品も並べられている、こんな作家がいるというのも面白い。

アルチンボルドの、詳細な植物の描写そのものをデフォルメせずに組み合わせだけで肖像を実現するというアイディアが、結局は全ての物はほんの100くらいの元素の組み合わせからできているだけなのだ、という今では誰もが知る事実につながる道を示しているようでもある。事物の真実を突いているところに多くの人が惹かれ
続けているのかもしれない。

 

Hana



  
ブリューゲル(父)の描いた花の静物画もあってこのように花瓶に入れた花を描くやり方はこの絵が始まりだったと聞くとこんなものにも歴史があるということ自体に気が付かされる。ルドルフの植物園で咲かせていたと思われる様々な種類の花を図鑑のように丹念に描き蝶や虫がついているところまで細かく描きこまれているのにも驚く。
現代にも流れる博物学的な知識の源流がこのあたりにあったのかとも認識させられる。確かに博物館で開くのに誠にふさわしい展示だ。

幻の鳥ともいわれるドードーもルドルフ2世の動物園で飼われていたらしくその絵がサーフェリーの絵などに僅かに残されている。

Tori

全ての珍しいものを残そうとするルドルフの努力が当時評価されていたか知る由もないが今となってはタイムマシンのようにその時代の痕跡に接することができる極めて貴重な仕事をしたと思えてくる。ルドルフ2世は政治的には愚鈍な王とされていたようで最後は弟によって力ずくで退位させられている、しかし後世までその名が残ったのはルドルフ2世の方だった。そんなものなのだろう。

なかなかいい展示企画だった。ふと東北震災の花は咲くの歌を思い出していた、今は何を残せているのだろうか。

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2017年10月 8日 (日)

カズオイシグロのノーベル賞

そういえば今日はノーベル賞の文学賞発表の日だったと、見ていたipadをアベマTV

Kishiguro

に合わせるとliveが入ってくる。スェーデンからの中継で背の高い女性がイシグロと言っている。ムラカミではないが日本人のようだ、しかし聞いたことがない名だ、同時通訳がないので本当に受賞者の名前を言ったんではないのではないか、とも思ってしまう。でも雰囲気からはどうもイシグロという人がやっぱり受賞したようだ、すぐにテレビに速報テロップが出る。

カズオ・イシグロという日系イギリス人が受賞したとのニュースだ。日系ということなら国際結婚の子息だろうかどうして英語名が混じらないのだろうかとまだよくわからない。

ネットのニュースや情報をつぶさに見ていって漸く解ってきた。両親共日本人で英国に帰化したという。誰が入れたのかwikipediaのカズオイシグロのところはもう2017ノーベル賞受賞としっかり入っている。日本出身の人がとにかく受賞したということになる。目出度いというべきだろう。村上春樹はちょっと無理かなと騎士団長殺しを読んで思っていた。
不勉強だがカズオ・イシグロという人はイギリスではかなり有名な作家となっているらしい。

翌日になってこれは矢張り読んでみなくてはと思い始めてamazonで著作を探るが全て売り切れで古書には早速法外の値がついている。勿論市立図書館の蔵書もネットで当たったが予想通りあっという間に待ち行列ができており暫くはどの本も借りだせない、とにかく片っ端から予約だけは入れておく。

こんなことかと落胆したが、落ち着いてamazonの画面を見直すと電子書籍になったのがありこれは勿論すぐに買える。これしかないかとkindleで1冊購入してさっそく読もうとするがインストール済みのkindleアプリではエラーが出て開けない。電子本は600円ほどの価格だが払っても読めないのでは少々頭にくる。ネットで調べて色々やってみるが効果なく万策尽きてamazonのカスタマーサービスに電話する。正確にはamazonのサービスで電話を選択して自分の番号を入力するとすぐさま電話が鳴り受付順番待ちとなる。混んでるようだ。やっとつながったところで症状を話すとアプリを消去して再ダウンロードしてください、とくる。電話口でそのとおりにやって開きなおすとめでたく読めるようになった。理由は解らない。

とにかく読み始める。「日の名残り」(The remains of the day)という作品だ。イギリスで賞をもらっているようなので代表作の一つだろうくらいの考えで選んだ本だ。
英国のとある執事がご主人様の貴族が亡くなって邸が新たな米国人の所有者に売却され執事もその新たな所有者に仕え始めた、その時期に過去を思い出しながら一人で初めてのドライブ旅行に出かけるという設定だ。執事の独白から成り立つ私小説のような小説になっている。
シーンの多くが歴史的事象を背景にした追想であり、しみじみとした語り口だが、しみじみしすぎている感は否めない。いかにもイギリスらしいというべきなのだろう。設定といい何だかイギリスローカルの小説のように思えて仕方がない、川端康成の日本文学が受賞したようにノーベル文学賞はグローバルというよりむしろローカルな心情の掘り下げを書き込んだ作品が受賞しやすいのかもしれない、そんなことも思ってしまった。

でも昨年のボブディランよりは遥かに文学賞らしい。ボブディラン受賞の方が刺激的だったが今回のも別の次元での刺激がある。世界の広がりを思い知らされる。

個人的には電子ブックの有難さを初めて感じたところもあり、様々な意味で刺激を世界中に与えるところがノーベル賞の素晴らしさ面白さなのだろう。それにしても文学賞はどういう基準でどうやって選ばれているのだろうか、やはり知りたくなる、調べてみなくては。

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2017年8月15日 (火)

大ピラミッド展

エジプトにもいつかは行かねばと思っていたところへ、早稲田隊の吉村作治さんが企画・監修した大ピラミッド展という展示会が福岡に巡回してきた。2年位国内のあちこちを巡回

Entry

してきたらしい。これとは別だが昔宇都宮で、やはり吉村さんがセットした古代エジプトの展示会を見たのを覚えている。発掘資金集めの一環かな、観に行けば支援にもなってそれもいいか、とついふらふらと見にいってしまった。



この間みたラスコーの洞窟壁画は2万年前、こちらは5千年前だから、この間の変化が人類文明の進歩というとになるが、この1万5千年の間にピラミッドような超大工事を正確にやれるようになっていた、ということに尽きるようだ。

Miira

文字を使い、王国を築き、数々の工芸品を残すに至った姿からは一気に前に進んだ勢いを感じることができる。

しかし考えてみれば、縄文の始まりから現代までがおよそ1万年5千年だから1万5千年でこれ位の進歩というのはそう不思議でもない。進歩というのは所謂クオンタムリープ(量子的飛躍)の繰り返しだから、飛躍の度合いをきめる天才がどれくらい優れているかどの位いるかで進歩の速度は決まってしまうような気がする、古代エジプトでは天才の数が限られていたのだろう、まだ人類の総数が少なかったということかもしれない。氷河期でそれどころではない時代が続いていたということかもしれない。

展示品で感じるのはその色の華やかさだ、3000年前の木製のミイラカバーは鮮やかな色彩の細かい絵で埋め尽くされている。ミイラを作る技術とともに物を保存する技術も磨かれたのだろう。勿論乾燥した地域の地下で厳重に封印され続けてきたということもある。

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日本のたった1500年前位の古墳から出土する木製品はこんな姿では到底ない。

展示品にはカイロ博物館の重要な収蔵品が多く含まれていて国内でこれほどの古代エジプトの出土品がカイロ博物館から出展されるのは初めてではないかと思われる。メンカウラー王のトリアード(添付写真)は思いのほか小さいが顔の細工も細やかでリアリティがある。これは。。と思わせる迫力がある。

日用品ではエジプト・アラバスターと呼ばれる半透明の石を加工してつくられていた水差しの巧みな技が印象的だった。今使ってもおかしくない、美しい。
目玉となっているアメンエムオペト王の黄金のマスクも立派だが金だけに古びたところがなくてそれがかえってこんなものかと、感慨がどこか薄い。

しかし並べられている展示品はほぼすべてが墳墓から出土したものだ、言わば墓荒らしの成果をみているようでどこかうしろめたさがある。そうはいっても大規模な建造物を除けば墓しか残っていない。ピラミッドもギザにある3つのピラミッド以降は総てがかなり崩れているようだ。
戦乱や大規模な自然災害を潜り抜けては洞窟か墓か或いは余程の大建造物しか残らない、結局そういうことだろうか。今後も5千年や1万年のスケールでは大震災だって核戦争だってあるだろう、これからでもそういうことかもしれない。ちょっと空しくなる。

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2017年7月17日 (月)

感性工学の講義が

放送大学で感性工学というオンライン講座を取ってみた。感性というキーワードが引っかかっていた。自分の関心がある部分と重なるところが多々ありそうに思えていた。オンライン講座はテレビ・ラジオ

Kansei

講座のようには公開されていないので内容を知るにはきちんと学生になってサイトにアクセスするしかない。オンラインである分時間に制約がないので毎回講義のほかに1時間に及ぶインタビューが主任講師によって行われているあたりが特色でもある。インタビュー対象は感性工学に関わる有力な方々で感性工学のそもそもの提唱者である長町三生広島大名誉教授も含まれる。インタビューが中核の講座のようにも思える。

講師から最初にある通り感性は何かというところで定まっていない、定まっていないままで教えようとしているところが面白いといえば面白い。インタビューでは感性とは何だと思うかという問いが毎回投げかけられる。

 心の働きにおいて、理屈で理解する部分が理性、感覚で感じる部分が感性という至極普通の分け方、カントの著書純正理性批判でもそのような記述になっている様に思うが、これで何がまずいのだろうか、それが解らない。カントの使っている感性で別に構わないのではないか、どこが不満で新たな定義を持ち込む羽目になったのか、その説明はどのインタビューからも感じ取れない。

感性とは何かという言葉の定義がそれほど気になるのは結局は感性の商業利用の方向を強く考え始めたところからではないのかと思ってしまう。長町の感性工学はマツダのクルマの開発に長町が関わったところから始まっているという、そういうことなのだろう。

感性という言葉の受け取り方そのものの変化がすこぶる興味深い奥行きを持っているようにも思える。
恐らく感性というものと感性工学というものは全く違うものなのだろう。長町のインタビューからも感じられることだが感性工学はユーザー目線でプロダクトをつくるという至極当たり前のことを追求しているに過ぎない。ユーザーの感じている求めていることをユーザーアンケート等に基づいて設計パラメータにどうやって落としていくか、そのプロセスがキーのような学問に思える。具体的にはユーザーアンケートの因子分析を行う、その結果に基づきユーザーの求めるプロダクトの設計パラメータ(アイテム・カテゴリー)を数量化理論1類を使って求める、というのが骨子の様だ。
講義では手法の詳細が細かく説明されるかと思えばそうでもない。具体的解析は、それぞれのソフトを使って求めればいいということだろうか。確かに検索すれば因子分析のフリーソフトは探せるし数量化理論1類の具体的な手法も出てくる。

勿論手法さえ身に付ければ直ぐに展開できるものではない。ユーザーの求めるいい感じのもの、という感じを理解するにはカワイイも
び寂びもきちんと受け止められなくてはならない、広範な美術的音楽的なバックグラウンドも必要となるだろう、感性工学が泳いでいる世界はそんな世界なんだということがなんとなくわかってくる。
しかし「アートと設計の接点は殆ど無いといっていいでしょう」 という耳を疑うような説明を公言するような講義だ、未だに中途半端な技術と中途半端な考え方しか頭にない人達の学問なのだろう、そんな風にも思ってしまう。講義を振り返ってみると、ここに未来はない、ブレークスルーは無い、そういう確信が湧いてくるようでもあった。なかなか整理のつけられない講義だ。

グルグルととりとめもなく考えが巡る。こんなことを改めて考えさせてくれただけで十分すぎるほどの価値がこの講座にはあったようにも思う。放送大学はやはり面白い。

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2017年7月 6日 (木)

アクロスランチタイムコンサートが良くて

アクロス福岡で平日の昼時の短めのコンサートとしてランチタイムコンサートという名の演奏会が時々ある、切符代も低く抑えられていて気楽に行けるので 時々聴いている。こん

Masudaguitar

な時間帯だから女性やリタイヤ組が圧倒的に多い。昨日も台風3号の嵐の中出かけた。今回の出し物はギターと弦楽のアンサンブルでギターは益田正洋、アンサンブルはアクロス弦楽四重奏団で技量は十分すぎるメンツだ。

益田正洋というギタリストはよく知らなかったが、いかにもクラッシックというきっちりした演奏がいい。うまい。曲は ヴィヴァルディのギター協奏曲、モンティのチャルダーシュ、パガニーニのセレナータ、ハイドンの四重奏曲、テデスコのギター五重奏曲 それにアンコール1曲(何だっかメモ忘れ)。ギターと弦楽のアンサンブルというのは初めて聞いたが、それぞれの楽器の特徴がよく出ていて面白い。ビオラの自在な音の変化をギターの正確な弦の響きが支える、ギターが表に出れば心地よい緩やかさでアンサンブルがギターを支える、これはいい。現代作家であるテデスコの五重奏曲はなじみにくいせいか今一つ聞いていて乗り切れないところがあるが他の曲目は素直に楽しめる。

いいコンサートだった。少し調べると、このコンサートはアクロス福岡と交流のある所沢ミューズでアクロスの協力により今年の4月に今回と全く同じメンバー同じ曲目でワンコインコンサートとして開かれていた。アクロスの社会活動の一つかもしれない。素晴らしい活動だ。

天気が荒れようがこんなコンサートを聴いていると、なかなかいい日々だと思う。いつまでこんな楽な日々が過ごせるだろうか、やっぱりそんなことも思ってしまう。

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