2017年9月 7日 (木)

カモメと北朝鮮と

野鳥の集まりでカモメの話を聞いた。今一つピリッと来ない。カモメの生物学的系統

Kamome2


はきちんとは整理されていない、そんなことを思うばかりだ。
カモメがこうなった歴史というか系統というか、そこらはどうなのだろうか。何故カモメはカモメなのか。

セグロカモメについては、モンゴルカモメが分派してセグロカモメやオオセグロカモメを生んでいった、バイカル湖やカスピ海のカモメが本家でモンゴルセグロカモメやカスピセグロカモメとなった本家に押しやられて辺境の北極海を繁殖地とするカモメがセグロカモとして生き残った、どうもそういう風に聞こえてしまう。そういうことなのだろう。

それにしても鳥たちの歴史に氷河期はどう関連しているのだろうか。北極圏で繁殖するセグロカモメの様な冬鳥は氷河期に順応してきた鳥たちということかもしれない。現在の間氷期が終われば人も冬鳥のように今より10度くらい低い気温の環境に順応していくようになっていくのだろうか。およそ12万年周期の氷河期のサイクルがこれまで通りならそろそろ間氷期も終わりになるはずだが。急に到来するのかもしれない。



氷河期の到来ではないが、北朝鮮をめぐる情勢の展開が急になってきている。どうみてもトランプは手詰まりだ。
北朝鮮は北主導の朝鮮半島の統一という目的がぶれないのに引き換えトランプ側にはきちんとしたドクトリンを欠く状態が続いている。もはや冷戦はとうに終わっている。
ロシアも中国もこの機会を利用してアメリカのプレゼンスを東へ押し戻そうとしているかに見える。
話し合いで事態を進めようとすれば落ち着くところは民族自決による分断の解消ということになろう。韓国がどうしたいか、というところにかかってくる。これまでの北朝鮮・韓国の統一の動きの歴史からはとりあえず1991年共同声明の連合制か連邦国家を目指すということになるのだろう。韓国がその気になればすらすらと事は運ぶのかもしれない。まずは話し合いで米軍が朝鮮半島から引いていくとなるかどうかが注目なのだろう。
トランプでは他国のためにプレゼンスを増すという方向になるとはどうしても思えない。

間氷期の終わりも朝鮮半島の分断の終わりもいずれ何らかの形でやってくるはずだ。今のままの世界が未来までずっと続く、そんなことは決してない。とりあえずは心の備えが必要なようだ。

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2017年2月 2日 (木)

ゾルゲ事件とトランプと

トランプの騒ぎで丁度読んでいた本が面白くも読めるようになった、こんなこともある。

Zoruge たまたま図書館で見つけた「ゾルゲ追跡」というドキュメンタリーが面白くてつい読み入ってしまった。ついでにゾルゲの骨を探し当ててこれを手厚く埋葬した愛人石井(三宅)華子の自伝も読んでいる。
ゾルゲは戦前の日本で活躍した筋金入りのソ連スパイだ。表はドイツ人ジャーナリストとして駐日ドイツ大使の信頼も極めて厚かったというスパイの中のスパイのような人だったようだ。昭和16年ソ連に 日本は南進する、ソ連とはことは構えないことを知らせ任務を完了した直ぐ後に日本の警察にとらえられ昭和19年に刑死している。
このドキュメントの印象的なのは、当時取り調べに当たった検察官に戦後インタビューするなど戦争を潜り抜けた関係者の証言を丹念に集めて事実を組み立てなおしているところにある。可成りの労作だ。

読んでいって心に残るのは色々あるが、やはりソ連のスパイ組織の巧みな偽装の様に驚かされる。潜入した社会の人々に厚く信頼され非常にしっかりとそのNzorge 社会に根付きつつ活動している。この伝統はプーチンにも伝わり現代社会の片隅に今も息づいているに違いないと思わさしめる。

ゾルゲは手法としては情報を得るための不正な手段は一切行わなかったと述解している。信用を得て有力な人へのコネクションを作りまたそのようなコネクションのある人物を引き込んで情報を集め、これを組み立てて事態の真実を見極め本国へ知らせていったようだ。
始めは十分な資金がソ連から送られてきていたが次第に細りそれぞれの稼いだお金をスパイ活動に注ぐことが求められるようにさえなったという。偽装のためスパイそれぞれはきちんとした仕事を持っており、それからの収入で生活そのものは安定していたようだ。ゾルゲは日本を理解するために日本書紀や源氏物語さえも読んでいた。驚くべき読書家で、スパイなどやらずも十分に人から尊敬を受ける人物だったようだ。

ソ連への情報伝達は小型無線機と中国など外へ出ての小包などの手渡しによっていた。無線機はグループの中で技術のあるスパイ クラウゼンが日本で部品を集め組み立て、暗号を用いて通信している。
日本人の主要協力者はアメリカ共産党に所属し帰国した画家・宮城、朝日新聞記者で近衛首相の信頼を得て内閣の嘱託にまでなった尾崎、などで、政府トップの情報を得られるコネクションを築いていた。近衛内閣のソ連とは戦わず南進するという方針に影響を与えたのではないかとも疑われている。
ソ連はこれを受けて極東に配置していた精鋭をドイツ戦に急遽回しこれでドイツを撃破できたといわれる。ナチス敗北の引き金を引いたのがゾルゲだったということすらできるのかもしれない。
1941年9月に宮城に協力していた協力者から組織が露見し一斉逮捕された。終戦まで生き残り進駐軍によって解放された主要メンバーはクラウゼン位であとは刑死または獄死した。クラウゼンはその後ソ連に逃れ最後はベルリンで没している。

ゾルゲ事件から離れてスパイについて少し調べると日本人で外国のスパイまたはその協力者として活動した人は名の通った人にも見受けられ、驚く。
戦後のスパイ活動に関与したものとして正力松太郎がCIAからポダムというコードネームを与えられていた協力者だった、野坂参三が長くソ連のスパイとして働いた(ソ連崩壊後に露見、日本共産党から除名処分)ことなどが知られている。

中国とは尖閣問題を機に日中が離反しているのも韓国の慰安婦問題に火がつけられて日韓がうまくいっていないのも考えてみれば急に立ち上がってきていて、それぞれどこかの国(米国?中国?ロシア?北朝鮮?)が意図的にそのように動いているのではないかと疑いたくなってくる。そんなことがあってもおかしくない。


社会は単純ではない。最も信頼できるとした人が実はそうではなかったということも十分ありうる。トランプ政権とロシアの接近、そこにはどのような活動が隠されているのだろうか。

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2017年1月31日 (火)

トランプ旋風と文化遺産と

トランプ旋風が吹き止まない。これまでのアメリカが持っていた、善意を押し付けるようにして力を振りまくその姿を捨て去ろうとしているようだ。

メキシコ、カナダを従えた北米の王者がメキシコ、カナダに怯えて壁を作り自由貿易をやめるという、縮こまろうとしている。そんなに情けない国になることをアメリカ国民が選択したのだからしょうがないといえばそうだ。これまでの姿が保てなくなったら捨て去るほかないということだろう。そうするにふさわしい田舎者を選んだのだろう。


先日、筑後川中流の原鶴温泉を訪れたついでに浮羽付近の文化財は、と少し回ってUkihachizu みた。古い街だ。

浮羽の地名の由来は日本書紀に記されていて、この地への第12代景行天皇巡幸の折の逸話に基づくとされている。恐ろしく古い。少なくとも日本書紀がまとめられた8世紀以前に街が形成されていたのは明らかなようだ。
江戸時代、天領日田と久留米を結ぶ街道が筑後街道と称され筑後吉井や浮羽を通っていた。日田から更に東へは中津に抜ける日田往還で瀬戸内に出ている。

日本書紀にうきはの名が出てくることから考えてYosii1 も、ずっと昔から有明海沿岸地方と近畿を結ぶにはこのルートが用いられていたと考えることができそうだ。

筑後吉井には街道沿いの塗家造の街並みが残り、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

塗家造とは蔵屋敷ほど壁は厚くないが外壁を土塗りの白漆喰仕上げとして木部を覆い耐火的といわれる町屋建築で近世初頭から用いられた様式という。
訪れると、想像した以上に白壁の建物が続く。関東では栃木の街の白壁の景観が知られているが、ここはそれよりはるかに白壁の家の数が多い。
明治初期の大火で街が焼けそのあと塗家造りの丈夫な家立てられるようになって白壁の街が形成されることになったとの説明がある。通りはいまだに主要な道になっているのYosii2 でクルマの交通量が多く、立派な街並みだがゆっくり散策という風情でもない。ちょっとおしい。
公開されている2つの屋敷の内部も見て回る。鏡田屋敷といわれる江戸末期から明治にかけてつくられた屋敷では、よく見る旧家の形だが2階から見える入り組んだ屋根瓦の景観が重層的でいい。

確かに木造の並ぶ日本の街道の風景は、150年くらいもてば立派でそれ以上は火事で焼けたり朽ち果てたりで、石造りのヨーロッパの古い町並み景観のようにはどうしてもいかない。しかし今残せるようにしておけば100年後200年後には重々しく歴史を伝える景観となるのだろう。そう思えば進行形の歴史保存を眺めるというのも意味があるような気がする。

もう一つ近くに国指定重要伝統的建造物群保存地区とし新川田篭(たごもり)が指定Tagomori1 されているのでこちらにも足を延ばす。こちらは筑後街道から南にそれた筑後川支流隈上川沿いに展開している。

クルマで走っていくと途中に説明板があってそれとわかるが普通の山村・農村風景のように見える。棚田が石造りなのは立派だが、どこが国指定の建造物群かと思ってしまう。更に走ると三連の茅葺農家が現れこれがこの建物群の中で重文指定となっている平川家住宅のようだ。立派な造りでこれは確かに重要文化財という気がする。室内照明が落とされていて引き戸を閉めると暗くHiyabayashi1 てよく見えないが、そもそもがこんな明かりの家だったのだろう、かえって雰囲気が出る。古代より人は長く薄暗がりの中で生き延びてきたという歴史を感じる。
それにしても平川住宅よりほかは印象に薄い建物群だ。白壁通りとは好対照だ。
棚田のつづく山間の普通の集落が貴重な文化遺産として保護される、そんな時代になったのだ、そう思う。普通のように見える景色が次々と時の流れで消されていHiyabayashi2 く、そんな時代への危機感がこの集落の文化財指定を生んだのだろう。


何を残して何を捨て去るか、どこへ行ってもいつになっても、その決断から人は逃れられないのかもしれない。そんなことばかりを心に刻む日々が過ぎる。

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2017年1月11日 (水)

フーシェと民主主義と

年末からずっとたちの悪い風邪に悩まされダメージが心臓に来ているらしく酒も飲まずにおとなしくしていた。殆どどこへも出かけられず運動不足となって寝付けないような感じになってもいた。
こんな時には、読みにくい本が一番と、そういえば少し前に読んだ何かの本で、シュFushe テファン・ツワイクの書いたフーシェの伝記がお薦めだ、とあったのに従ってAmazonで古本の文庫本を買っておいたのを見つけ出してきて読んでいる。字で埋め尽くされた本だから寝がけに読むには最適だ、確実に寝付ける。

読みだしてみると確かに面白い人物だ。1789年に始まったフランス革命の始めからナポレオンが廃されてルイ18世が復位した後までも激動の時代の殆どの期間に政治の中枢に立ち続けカメレオンのように裏切りを繰り返した人物だ。
ある時は過激なジャコバン党の先頭に立って大量処刑を指揮し、警察と創設した秘密警察を意のままに操り、ある時はロべスピエールにより断頭台にかかる寸前で逆にロベスピエールを追い落とし、ある時は共和国政府にあって巧みにナポレオンをパリに招き入れその主要な大臣となりそして百日天下も終わりワーテルローに敗れたナポレオンを送り出した後の政権を握り、ルイ18世を迎い入れまたその大臣としての立場を得た。最後は王政復古が固まった世の中にあって、ルイ16世とマリーアントワネットをギロチンにかけた評議で死刑に賛同した罪を二人の間の実の娘であって辛くも生き延びたアングレーム侯爵夫人マリーテレーズに厳しく糾弾され、ついにフランスより国外追放となって北イタリア・トリエステの地で寂しく果てることになる。晩年は裕福であっても誰にも相手にされず厳しい時を過ごしたようだ。

どんな努力をしても裏切りをしてもその瞬間のマジョリティにつく、それがフーシェの生き方を貫いていたと読める。

民主主義であれポピュリズムであれ、多数が正義となる政治メカニズムは結局はこんな人間を求めていることになる。
ワイマール憲法下、ナチスも民主的な選挙で第一党となったことを思い合せれば、民主主義だから結果は常に正しい、ということはあり得ないことだということを肝に銘じておくべき、と感じてしまう。

どうしても米大統領選挙のことを思ってしまう。トランプ政治はどうなってしまうのだろうか、就任前のツイッター政治を見る限り、分別、思いやりとはかけ離れた政治が行われようとしているようだ。
アメリカに未来はあるのだろうか。

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2016年11月 9日 (水)

トランプが勝って

トランプが次期米大統領に選出された。正直まさかと思ったが、ちょっとデジャヴの感じがある、勿論英国のEU離脱の国民投票だ、同じような感触だし、ほとんど国論を2分していたがまさかと云うほうへ結果が出てしまった。
Kakusakasane さらに思い出すのは、ピケティの21世紀の資本に出てきた格差は米国、英国で1980年以降特に顕著に進んだ、という図だ。
他の欧州各国や日本と比べて明らかに米英両国で格差拡大が急速に進展している。
資本の力がとりわけ両国で強かったということだろうし結果的に国内での亀裂がどうしようもなく大きくなっているということなのだろう。
今回の結果も米国の時代の終焉の始まり、ということになるのではなかろうか。もう弱い米国を隠しようがなくなったということだろうか。
2016年は時代がコーナーを回った年として記憶されることになりそうだ。
次は何が起こるだろうか、本当に米国が国内に引いていくなら、日ロの和解、日中の和解、そして南北朝鮮の和解、そんなことが次々に起こってきてもおかしくない。何やら興味深いことが起こりそうでそれも面白くもある。

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2016年10月15日 (土)

ピケティの21世紀の資本

ピケティの21世紀の資本の市立図書館の貸出順番がやっと回ってきたので読んでPikety いる。申し込んでから1年半は経っている、あんまりだ。

もう流行は過ぎた感じもするが、流行作家ではあるまいし真実をついている本ならば1年半遅れでも十分面白いはずだ、と気を取り直して読んでいる。
600ページ位あって結構な厚みなので散文的なくどい感じのところは飛ばし読みする。なんだか思うところを書きたいように書いていて論文というようでもない。
しかしよく調べている、式がすんなりは頭に入らないし、何故というところが散文的なのでどうしても、そうかな?、と思ってしまうが、ほう、と思うところは幾つもあって刺激的ではある。

例えばアメリカ・イギリスなどでの格差社会の拡大の要因の一つに高額の役員報酬がある。これは結局は役員自身が株主や監査委員会を大変な努力をしていいくるめて報酬額を引き上げているのだが、累進税率の最高税率が非常に高い間は報酬の引き上げは収入増には殆ど意味がなかったのでそんな努力まではなされなかった。最高税率が1980年代以降急速に引き下げられるようになって、役員報酬の大幅に引き上げに努力が注がれ、高額報酬が実現する流れになったという。エッ、そういうことだったのかと思わせる。
調べると最高限界所得税率の低下とトップ1%の国民所得に占める割合の増加には明らかな相関があるという。何ということだろうか、お手盛りで格差拡大は進んでいたということだ。こういうことなら累進課税を強めることで少なくともこれ以上格差を拡大することは防げそうだという主張には賛同を覚える。

ともかく、GNPの成長率が低くなると資本を持つことによる利益の比重が大きくなって持てる者は益々相対的に豊かになって格差は広がる、というのが本書の主張の主な部分のようにみられるが、それを取り巻く世界経済の歴史的な解説あるいは現状の分析がなかなか面白い。各国の税務当局の統計値が使えるようになってこれを丹念に調べて数値的に主張を確かなものとしているところが説得力がある。

大体読み終えた。

市の図書館から借りた本は2週間で返却するが、放送大学の受講生ならこの本のように放送大学の図書館にある本はリモートで自宅のパソコン上で読めるし必要個所のコピーもパソコンで得られる。パソコンで厚い本を読むのはしんどいが本として大体読んでいれば読み直したり深読みするために本を買わなくても困らない。こんな時は放送大学の講座をを一つだけでも受講していれば色々メリットがあることを思い知らされる。便利な時代になった。

便利さをプロダクトの一つの指標にできるなら、また新しい経済学も立てうるのかもしれない、ふとそんなことを思った。パソコンで欲しいものが楽に買えるとか、コンビニが近くにあって日常の用はたいてい済んでしまう、とか、本が自由に読める、とかそんな風に生きていくのが楽だということそのものが資産の一つではないか、誰かがそれを巧妙に指標化し数値化すれば新たな価値の見方が広がるかもしれない。
豊かさとは何なのか、それに焦点を当てた経済学もあるのだろう、そんなことも思えてくる。色々思いが広がる。いい感触だ。


こんな風に思いが拡散していくような本はやはり面白い本といえるようだ。

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2016年6月29日 (水)

怪しいメールと英国の没落と

今朝メールを開くと、昨日の晩遅く23時もだいぶ過ぎたころに自分から自分あての怪しいメールがniftyの受信ボックスに送られていて、zipファイルが添付してあるのに気づく。ちょっと怪しい。よくみると、nifty.co.jpとnifty.comの両方に同時刻に入っている、ますます怪しい。
ネットで調べると同様のメールが3月頃にやはりあちこちに送り付けられていて、こちらはトロイの木馬型のウイルスメールだったとある、今回も恐らくウイルスメールだろう。
niftyに特化しているようで持っている他のアドレスには送られてきていない。
何だか次第に危険が身の回りに迫ってきた感じがする。
カードで支払いをする度にカード情報が抜かれるかもしれないとの危うさをフッと感じることがある、段々それが大きくなってきたような気がする。怪しい雰囲気の店員相手にはカード決済をしたくないが、丁度手元に現金がない時にはしょうがない。
いつかはやられるかもしれない。危ない時代になってきた。


Uk 最近の気になる事件の中で、ちょっと衝撃的だったのがイギリスのEU離脱だ。誤った弁舌に誘導されたとの反省もあるようだが、これだけ高い投票率に基づく国民の選択とあらば、一種の錯誤があったにせよ明らかに重大な何かを現しているとみるべきなのだろう。それは何か。
大英帝国没落の最後の一撃と思う。イギリスの衰退は長く指摘されてきたが、ロンドンの金融が世界で重要な地位を占めるに至り、金融の力で国を支える、という形で弱体化した産業を存続させてきたと思える。しかし金融業から距離を置く人々には目に見える恩恵感を与え続けることができず、海外との競争に押され自国民の仕事を奪われて生活が苦しくなったという実感を多くの人に与え続けたように思える。その不満がEU離脱へ向かったと考えるのが妥当ではないか。
そう思うとこれは大英帝国が国民みんなにささやかな幸福感をもたらす力をもはや保てない程に没落したことを国民が明らかにしたととるべきと思える。
求心力が失われていることが明らかにされたととるべきなのだろう。
スコットランドは分離し、ロンドンもシンガポールがマレー半島から分離したように分離するかもしれない。上流階級による国家のかじ取りが限界に来たことを示しているとも受け止められる。英国は過去に西欧世界を支配したギリシア、ローマやスペインの道をたどっていくことになるのだろう。
残った世界をどう世界は運営していくべきか。


ひたひたと世の中の変革が迫ってきているようだ。10年後にはいったい何が起こっているだろうか。それはそれで面白いという気がもする。健康に生きて見届けねば。

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2016年6月17日 (金)

梅雨の様々

梅雨空が続いている。
今年の梅雨の異変はまだ台風が1個も発生していないことに尽きる。
6月半ばを過ぎてこんな有様はあまり聞いたことがないがと思って少し調べると1998年は台風1号は7月9日発生、1973年は7月 2日発生だから20年位に1度はあるようだ、Anomp6132016 とんでもないというほどでもない。1998年は前年が強いエルニーニョが発生した直後で今回とよく似ている。多分エルニーニョの終焉と関係があるのだろうとは思うが具体的にどうなのか気になって海水温の状況や上空大気の状況を見てみるが、直ぐには 解らない。
この時期台風の発生源となるフィリピン西方沖の海水温は今年とりわけ低いということでもなくむしろ全体に平年よりやや高い。確かに昨年に比べ日本の南の北
Amehikaku_2緯10度あたりの雨域は昨年に比べ大分小さいようで衛星動画をみてもまとまるはずの雲がすぐに散って一向に成長していない。どうやら下降気流がこの領域にできているようだ。マレーシアやタイあたりの上昇気流がやや強まってそれが下降気流としてここらに降りてきたと考えるのが順当なのだろう(いわゆるウオーカー循環の強まり)。もっと平たく言えばエルニーニョ現象の盛衰が赤道を巡る圧力変動を生んだ結果ということなのだろう。
ともかく梅雨ではあるが台風が来ない分危機感がいくらか薄い。いいといえばいい。


この時期は年中行事のようにホタルを見に行くことにしている。博多湾にそそぐ那珂川中流域の中ノ島公園が見やすくて沢山出るのでこ今年もそこへ行った。真っ暗になるのは8時くらいからだが場所確保もあり少し早めに出かける。

川沿いのベンチを確保してHotaru5 暫く待っているとあちこちで光り始める。毎年同じことの繰り返しなのだが無論ホタルは入れ替わっていて飛び交う様も違う、同期して瞬くようになりそれを口に出して数えたりして楽しむ。何にも考えることがない時間がすこぶるいい。三脚に固定してシャッターを下ろしていると時折光るカメラの液晶の明かりを仲間のホタルとでも思ったのか一匹のホタルがカメラに近寄ってきて三脚に衝突する。ホタルは遊んでいるわけではなく子孫を残す相手を求めて光に近寄っているのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになる。しかし梅雨の楽しみと言えばホタルだ。


戻ってテレビをつければ舛添騒動ばかりやっている。違法でもない些細とも思える昔のことをほじくり返して都政を止め挙句に都知事を罷免してしまうマスコミの無責任さとそれを仕組む見知らぬ人たちの存在を、ああこれがファシズムなのだと思う。反対意見を恐ろしいほどまでに押しつぶして吊るし上げている、冷静さがない。見るものに、いつ自分がその標的になるかもしれないその不安もどこかに抱えさせている。ナチス台頭の時も戦前の日本のマスコミのありさまもこうだったかと感じる。嫌な時代になった。

こんなことを感じさせるのもやはり梅雨のうっとおしさがなせる技なのかもしれない。

梅雨にはいつもと違ったり、いつもと同じだったり、はたまたとんでもない騒動が起こったり、そんなことを楽しみ嘆き過ごすのがいいようにも思えている。

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2016年5月30日 (月)

「天才」を読む

石原慎太郎が田中角栄の生涯を一人称で書いた小説「天才」という本を友人が貸してくTensai れたので読んでみたが、読後感があまり良くない。

事実を寄せ集めただけに近いようで創作の香りが乏しく慎太郎らしくない印象をまず受ける。小説といえるのかと引っかかりを感じる書き物だ。慎太郎本人や複数の愛人も実名で登場するところなど、実名でこんな風に多くの人を書いていいのだろうかと思ってしまう。

「天才」というタイトルについてもしっくりこない、本文ではなく長い後書きからつけられたのだろうか、本文を読んだだけではどこが天才との感じがする。

読むこと自体が石原慎太郎の政治活動に付き合わされているだけではないか、との気もしてくる。折り重なるような感じの悪さが残ってしまう。

田中角栄がアメリカという国に潰されたのはだれの目にも明らかだ。それに手を貸した国内の共犯者をしっかりと慎太郎には追及してもらいたい気がする。マスコミが誰の意図でどのように誘導されたか、解きほぐす努力をしてもらわねばと思う。
今現在でも随分矮小化された形で舛添知事の追及が全マスコミを挙げて進んでいるように見える、誰の意図で誰が誘導してこんな事態が現出しているのか、手口が真似されているような気がしてならない。そこらあたりも、とも思う。
天才という小説はそんな思いを引き起こしてくれるだけでも、力を持っているといえるのかもしれない、そこが慎太郎の作品らしいと言えばそうかもしれない。政治的な本という意味なら確かに面白い本と言えるだろう。


5月もそろそろ終わり、時がごろりと動いていく感じがして、何かふさわしいものを読んだというような気持になっている。政治はいつも生臭い。

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2016年3月 9日 (水)

アレッポ石鹸を使う

あのシリアの激戦地アレッポで作られている石鹸の紹介がテレビで流されていて、オリーブオイルと月桂樹で古くからの製法で作られ続けている石鹸とあって、これは良さそうだと早速ネットで取り寄せた。
Sekken あの混乱のシリアで生活している人に何か少しでも役立てればとの気持ちが当然そこにはある。
1個300円位で、それほど高いものでもない。 使い始めてみるとオリーブオイルの感じがいい。
洗髪もこれで行けると紹介されていたのでしばらく頭も洗ってみた。オリーブオイルのつるつるする感じが良くて、体も頭も顔も同じ石鹸で洗えるというのも簡単で、好印象だったのだが、しばらくするとフケが出てくるようになり心なしか抜け毛も増えたようで、自分の髪にはこれは合わないかと洗髪に使うのはやめた。体や顔を洗うには感じがいいのはそのままだ。
随分背の高い石鹸で使いでがあると思っていたら減り方も早く、背が高くても普通の石鹸と同じくらいの期間で使い切ってしまうようだ。エキスがたくさん出てくるということだろうか。

毎日使ってシリアを毎日思い起こすのも大事なことと感じる。
それにしてもシリアの混乱は恐ろしいばかりだ。政治はこれほどまでに人を不幸にしうるのかと思う。国民を途方もない不幸に陥れてまで守るべきことがあるのだろうか、政治家のやることなのだろうか。
石鹸をアレッポの街中の製造所で作り続けている映像を見た。シンプルな作り方でそこには政治に振られない連綿と続く日常がある。人類もまだまだやれる、そう思わせてくれる。 歴史をこういうふうに感じて日々を過ごすのも悪くない。

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