2019年5月 9日 (木)

トランプの「炎と怒り」を読む

 

 図書館からトランプ政権の内幕暴露本「炎と怒り」の貸し出し順番が回ってきたとの連絡がやっとあって、このところこの「炎と怒り」(マイケル・ウルフ著)を読んでいた。2018年1月5日に原本が米国で販売開始となってその僅か1か月半後の2018年2月25日に和訳本が早川からTrump 出版されている。485ページの字だけの本で読むのにもそれなりの時間がかかるが恐るべき早業の出版だ。翻訳者は12名の名前が巻末に示してあるだけで訳者のおぼえがきのようなものは一切ない。速さが勝負の訳本のようだが乱雑な訳でもなくこなれた日本語として自然に読める。とにかく読み終えた。


当選してからバノンが補佐官を辞めるあたりまでのトランプ政権の内部の状況を細かく描いていて今読んでも十分面白い。

クシュナー=イヴァンカとバノンの対立を軸にとらえているようではあるが登場人物が多くぐちゃぐちゃな政権運営の雰囲気が良く出ている感じがする。

読んでいくとトランプ本人は意外にもまともな判断をしているように見えてくるから面白い。それくらい取り巻いているスタッフの愚かしさばかりが目に付いてくる。そこらあたりにトランプの支持率の高さがあるようだ、どんなにマスコミがたたこうと、官僚組織人から馬鹿にされようと、本質的に米国人の多くが引っかかっていて表に出せないことをトランプ本人が確実につかんでいるように思える。例えばメキシコ不法移民が現実に米国人の職を奪っているこれを何とかしたい、米国で稼働すべき工場の多くが海外へ例えばメキシコへ移転している、これも何とかしたい、等々。トランプが当選するとはトランプチームではバノン以外誰も思っていなかったにせよトランプのような人はいずれ出るべき人だったように思えてくる。それくらい政治がいびつになっていてその状況を変える人はこれ位破天荒な人が必要だったのだろう、そう思えてくる。
分厚い本で読んでいくのが疲れる、読んでいくのが楽しい本でもない、トランプ政治の歴史的観点での意義付けみたいな記述・考察は一切なくてただ筆者の前で展開するホワイトハウス内部の暗闘をひたすら記述している、だからどうなのか、と読んでいて問いたくなる。
記述そのものに創作があるといっている人もいるようで何が真実かは解らないが、テレビを見ているように流れていくトランプ政権内部物語を眺めているだけという筆者の或いは読者の視点が、楽でいい、思想の押しつけが無くていい。

なかなかいい本だった。

最近読み終えたばかりのアラビアのロレンスの「7つの知恵柱」とどうしても比べて見たくなる。こちらの方は本人が描いた第1次大戦におけるアラブ軍部隊のいわば内幕暴露本で同じように細かい内部の出来事を積み上げるように書いている、5冊に及ぶ大著で読み通すには相当の根気がいるが読み終えるとこのトランプ本とどこか似ている。実際の出来事をひたすら追っかけるように書いていくとこうなるのだろうか。

次の暴露本「恐怖の男 トランプ政権の真実」(ボブウッドワード著)の順番はまだなかなか回ってこないがこれも楽しみだ。

 

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2019年2月24日 (日)

アラビアのロレンスの「知恵の七柱」を読んでいる

映画アラビアのロレンスのモデルとなったTEロレンスの著作を読んでいる。
この間まで放送大学の「現代の国際政治」というのを学んでいたのもあって、争いの絶え

Lawrence

ない中東の近代の歴史が気になっていた。
第一次大戦でそれまで中東を支配していたオスマントルコがドイツ側として戦って敗戦しアラブ民族の世界が戦勝国イギリスやフランスに操られながらも一気に国として現れてきたというあたりから面白くて、そうか、「アラビアのロレンス」はそこをついた話だから多くの人の記憶に残る映画になったのかと勝手に合点していた。
TEロレンスはその後オートバイ事故で亡くなったが、亡くなるまでにアラビアで経験した戦いの記録を詳細に本にまとめていた。その本が「アラビアのロレンス」の映画の元になったと何かで読んで(多分ネットで)その元の本というのを読んでみたくなった。「知恵の七柱」及びこのダイジェスト版ともいえる「砂漠の反乱」がその本に当たる。
先ずは「知恵の七柱」からと読み始める。軍人の残した戦記だからポキポキした文体で事実を箇条書きのように書いたものではと思っていたが、図書館から借り出して読み始めてみると全く違う。情景描写が詳細で、おまけに背景となった政治情勢やアラビア人の気質アラビアの風土をよく見て書き残している。国際政治の記録としても社会学の記述としても興味深い本だ。ロレンスの人間としての能力の高さを感じてしまうが、冗長ともいえるくらい書き込んでいる。暫く読んでいくと読み疲れて進まなくなる。「知恵の七柱」は途中でお休みして「砂漠の反乱」のほうに移ってみる。こちらは事態の展開を淡々と描いている風があってとにかく読み進めれば終わりまで到達する。
第一印象は映画アラビアのロレンスの物語と全くといっていいほど違っているということだ。勿論アラブ人を率いて砂漠を越えアカバに攻め入る更にダマスカスに入城するという大筋の部分は変わらない、しかしその時に展開する人としての物語は全く違う。訳者の解説を色々読んでみると映画は脚本家が描いたといってよいくらいでロレンスの著作との共通部分は数パーセントしかないといっている評論家の話が紹介されたりしていて皆同じような感想を持つようだと感じてしまう。
少し立ち入るとそもそも「知恵の七柱」についても完全版というのとそうでない版の2種類が同じ東洋文庫から出ていて、ややこしい。翻訳版がというより原本がこの2種類あるという。ロレンスは戦場から戻ってメモや記録をもとに「知恵の七柱」の最初の原稿を書き上げたが程なく盗難にあい原稿の大半を失ってしまった。直ぐにも書き直すべきだとの友人の勧めもあってもう一度書いた。これをまずは校正のために7冊刷ってもらったのが完全版になった原稿という。ロレンスは読み直して長いと感じ3割ほど圧縮したものを又作ったこれが後に簡略版と俗称され最初に出版された「知恵の七柱」となった。ロレンスは完全版出版の意思はなく、死後簡略版の著作権が切れたところで研究家が元の原稿を用いて出版したのが完全本と称されている。
両方を読んだ人は殆どが完全本がいいと言っているようだ。簡略版では人に気兼ねして削ったり表現を替えたりもしているようだ。そこまで読むと、これは完全本を借り読んでみなくてはなるまいとこれも図書館から借りだし読み始めた。最初に読みかけたのは簡略版の訳本だった。読み始めるとこちらの方が解りやすい。訳者も違って新しいだけに読みやすいということもあるのかもしれない。

結構印象が違う。まずは完全本の頭の部分にある詩が簡略本にはない。ここらからその違いが直ぐに感じられるようになる、完全本の方が叙情的だ。章立ては初めの1章はだいぶ削って、章を2章と合体するようなことをやっていて進むと大体完全本の章の2つ遅れが簡略版の章となる。まだ読み比べているのは初めの方だけだがそんな違いだ。
完全版は訳本で5巻まである、最後まで読めるかどうかわからないが、ゆったりと読んでいる。活字の海に浸ることそのものが心地いいそんな気もしている。
近頃は時間をあまり気にしなくなった。昔親しく言葉を交わしていた友人が病に倒れた亡くなったとの話がこのところまたかと続くようになってきて寿命に限りがあることがリアルに感じられてきた、あきらめの境地になってきたのかなと思う。
やれることには限りがある、瞬間瞬間だけが生きている実態のようで焦ることはもうどこにもないと今は思っている。

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2019年2月11日 (月)

あの787のシャナハンが

アメリカの国防長官がマチスから代行だけれどもシャナハンに変わったとのニュースを見て、シャナハンとはどこかで聞いた名前と少し引っかかっていた。

最近になってシャナハンは元ボーイングという記事を読んで、エッと思ってしまった。確か787の開発責任者としてその名前を聞いたとの記憶が蘇ってきた。ネットで少し探すと、787が初飛行がなかなかできずに悪戦苦闘している2007年10月に航空機開発担当のVPとなって787のプログラムマネジャーのポジションについていた。学歴を見れば明らかに工学部系だ。技術分野の人といっていい。それが国防長官というめぐりあわせになってしまっているアメリカという国の面白さをどうしても感じてしまう。ある意味で夢のような国だ。前任の生粋の軍人マチスから会社人シャナハンへという転換が信じられない。あのどろ沼状態だった787の開発を切り抜けてこれた人なら大抵のことは始末できるだろう、それにしても国防長官とは。

米国の国防予算は全世界の国防予算合計の凡そ3分の1を占める。少し前まではほぼ2分の1だった。恐るべき権力がそこにはある。きわめて合理的な判断が求められ続ける、それは会社人に求められ続ける判断とそうは違わない、それ故にそこ即ち会社人としての判断に明らかに優れる人物を当てる、考え方は解る気がするがそれにしても驚かされる。

シリア、ソマリア、アフガン、北朝鮮、南シナ海 とやっかいなところは多いが直ぐはベネズエラ情勢だろうか、どんな判断を示してくるだろうか。

世界はあまりに危なげな空気がしみだしてきている。会社人ならトランプのような八方破れの行動はとるまい、そこに期待したい。
 

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2019年1月27日 (日)

「現代の国際政治」から中国の現代史も学ぶ

放送大学の「現代の国際政治」という科目を学んでいて一昨日で試験も終わり一段落となった。
放送大学は入学せずに普通にテレビで見て教科書も購入すれば学費を払わずとも学べる。しかしこれだけではどうにも頭に入らないところがある。その違いは試験を受けられるという所にあるような気がしている。半世紀前の学生の頃は試験はどんなものであれ楽しいものではなかった、しかし純粋に学びたいから学ぶという立場の今になると試験は有り難い。試験があるとないのでは学ぶしつこさが違う。いやでも頭に入る。
今回の試験は「エルドアンについて論ずる」または「プーチンについて論ずる」のいずれかを選んで750字から800字で記述するというものだった。どちらでもいいがここは順番通りにエルドアンを選んだ。持ち込みは無しだから記憶で記述するしかない、ひたすら乱筆で書き進めて30分の退出開始可能とともに退席した、書き上げると見直したからと言って誤字を訂正するくらいしかできない。後で思い直すと一部記憶に間違いがあると解るが、基本的な見方は変わるようなものではない。
試験の準備では勿論ヤマを張る、今回は中国かな、と中国を少し丁寧に調べていた。ヤマは外れたが中国の近代史を見直すとそうだったのかと思うところが幾つかある。

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それがまた面白い。ひとつはキッシンジャーが中国を訪れてニクソン訪中の動きが始まったあたりだ。(左図、講義資料より)。
今から見直すと1966年から始まって1976年まで続く文革の真っ最中の1971年7月にキッシンジャーは中国を訪れている。驚くのはその2か月後の9月にナンバー2だった林彪が毛沢東暗殺を計画して失敗、ソ連へ逃げる途中に飛行機が墜落して全員死亡した所謂林彪事件が起こっていることだ。
キューバ危機以降米ソで進展していた平和共存路線に中国共産党は反発し深刻な中ソの路線対立が起こっており、これは1969年のダマンスキー島(図、講義資料より)での中ソ武力衝突に

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まで至った。こんなソ連の圧力を跳ね返す一手が米中の和解であったと見ることができる。一方でソ連の工作が中国政権内部にまで及んでいてその結果の一つが林彪事件であった、米中和解の動きに中国政権内にいたソ連に通じていたグループが完全に居場所を失ってしまったということなのかもしれない。恐らくソ連を経由しない米中和解はソ連の孤立化につながるという判断があったのではなかろうか。そもそもの文革もソ連との路線対立の結果生じてきたもののように見えてくる。こんなことには今まで気づかなかった。3極というのはいつの世にも難しい。

試験での中国のヤマは外れたがこんな風にその他の動きも考えていると これは現代がどのように成り立っているのか、落ち着いて考える機会を与えられたようにも思えてくる。放送大学で学ぶことは思いのほか面白い

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2019年1月12日 (土)

シュムペーターの戦争論

放送大学で1つだけ学ぶというのを続けているがこれがなかなかいい。今期は「現代の国際政治」という講義を選択してみた。テレビで毎週火曜の朝に放送される講座だ、朝早くから視聴するのは難しくてすべてビデオ撮りして見ている。現代の国際政治の動きの背景となる歴史的経緯が解ってくるところが面白い。講師は事態の起こっている又は起こった現場に行ってそこからの映像を流しているのもいい。講師(高橋和夫氏)は特に中東の情勢について詳しいようでクルド人の位置づけ等今起こっている中東の動きを色々解きほぐしてくれる。

Schumpeter 

最後の回にシュムペーターの帝国主義と戦争を持ってきている。これがなかなか面白い。
シュムペーターの名前は知ってはいたが社会学者としての貢献は全くといっていいほど知らなかった。
シェムペーター(Joseph Alois Schumpeter)は19世紀の終わりころにオーストリア=ハンガリー帝国に生まれ20世紀の前半に欧米各国で独特の見方をする経済学者及び社会学者として名をはせた。大学でも教えており多くの経済人や経営者に大きな影響を与えているようだ。
中でも資本主義は「イノベーション」によって(のみ)発展できる、という考えはその後の経営論に大きな影響を与えたように思える。
社会学の面では帝国主義と戦争の側面をとらえた見方が興味深く、この講義で説明されている。シュムペータの著作「帝国主義と社会階級」のなかの「諸帝国主義の科学」という論文に纏められている。
講義ではこの論文そのものの名を出しては言及していない。
これまでの歴史的戦争を述べた上で、古来から戦争の歴史には「無目的的」な武力による拡張への傾向が極めて大きい役割を果たしている、戦争を求める意欲は武士にならざるをえなかったような客観的生活上の要請にあり、それに基づく武士階級が一旦確立されると遥か後までその力を持ち続ける、と分析している。
更にこれを助長する要因は1.支配階級が国内の問題から目をそらすために国外に目を向けさせる 2.戦争政策によって経済的社会的に個人として利益を受ける人々の影響力がある の2つがあるという考えに至っている。
即ち戦争の時代が続くことにより戦闘行為そのもの(のみ)に己の自己実現が最適となる集団が一定の割合で存在し続け、これが引き続く戦争を起こし続けていく、という見方である。
確かに歴史を見ればこれは明らかだ。
秀吉の時代に国内統合を果たし戦闘は終わりを告げるはずが朝鮮出兵となり明軍に大敗を喫し秀吉も亡くなってやっと止まった。続く家康は武士の官僚化によって武士に武闘以外の仕事を与えることに成功したがゆえに長期の安定した平和な江戸時代を築き得たともいえる。
最近ではアフガンのソ連との闘いを勝ち抜いた集団が結局はアルカイダのようなテロ集団に形を変えて戦闘を続けていった姿にこれを見ることができるし一方の米国でも中東での湾岸戦争以後の戦闘の継続、そして民間軍事会社の発達に同様にこの傾向を見ることができるようだ。フランスと戦い米国と戦った後にカンボジアに攻め込んだベトナムや第2次大戦が終わってもベトナムでのべトミンとの戦争アルジェの戦いスエズ動乱と戦い続けたフランスにもやはりシュムペーターの説明が当てはまるように見える。

暴力団やマフィアといった暴力組織がどうやってもこの世の中から無くならないのも同じかな、そうも思ってしまう。普遍の原理のように思えてくる。
講師の 上から目線すぎる雰囲気がちょっと嫌な講義ではあったが、確かに知的刺激を受けたことは間違いない。
読んでいくとこの考えに従えば武士階級となる集団をできないようにすれば戦争の続く世の中は終わるということになる。現実には国家の防衛たる軍組織を捨て去ることはまだできないし、優秀な軍はその実戦経験にあるというのも真実のようにも思える。ことは簡単ではないゆるやかに平和な世に向かうこれが肝心なのだろう。

このシュムペーターの「帝国主義と社会階級」は都留重人訳の本を図書館から借りだして読んでいるが、いい本のようで買って手元に置くかとネット検索するとamazonの古書で見つかる。900円+送料350円が最安値だ、他にはないかと更に探すと「日本の古本屋」サイトに1000円+送料180円で売っている。amazonはなるべく避けたいしこちらの方が安いとここに発注する。「日本の古本屋」サイトは初めて使うが全国古書籍商組合連合会の運営するサイトでこちらの方が古書探しには相応しいような気がしてくる、それに日本の小売りを直接応援できる感じがしていい。amazonには小売りつぶしの外資というところがあって嫌だ。

平和な平成の世が終われば次は争いの世になるのだろうか、そんな予兆を感じる世界の動きが気になってくる。こんな講義がリアルに役立つ時代になるのだろうか。
いずれにせよ学ぶことはそれにからまって色々知恵が広がるところが楽しい。

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2017年9月 7日 (木)

カモメと北朝鮮と

野鳥の集まりでカモメの話を聞いた。今一つピリッと来ない。カモメの生物学的系統

Kamome2


はきちんとは整理されていない、そんなことを思うばかりだ。
カモメがこうなった歴史というか系統というか、そこらはどうなのだろうか。何故カモメはカモメなのか。

セグロカモメについては、モンゴルカモメが分派してセグロカモメやオオセグロカモメを生んでいった、バイカル湖やカスピ海のカモメが本家でモンゴルセグロカモメやカスピセグロカモメとなった本家に押しやられて辺境の北極海を繁殖地とするカモメがセグロカモとして生き残った、どうもそういう風に聞こえてしまう。そういうことなのだろう。

それにしても鳥たちの歴史に氷河期はどう関連しているのだろうか。北極圏で繁殖するセグロカモメの様な冬鳥は氷河期に順応してきた鳥たちということかもしれない。現在の間氷期が終われば人も冬鳥のように今より10度くらい低い気温の環境に順応していくようになっていくのだろうか。およそ12万年周期の氷河期のサイクルがこれまで通りならそろそろ間氷期も終わりになるはずだが。急に到来するのかもしれない。



氷河期の到来ではないが、北朝鮮をめぐる情勢の展開が急になってきている。どうみてもトランプは手詰まりだ。
北朝鮮は北主導の朝鮮半島の統一という目的がぶれないのに引き換えトランプ側にはきちんとしたドクトリンを欠く状態が続いている。もはや冷戦はとうに終わっている。
ロシアも中国もこの機会を利用してアメリカのプレゼンスを東へ押し戻そうとしているかに見える。
話し合いで事態を進めようとすれば落ち着くところは民族自決による分断の解消ということになろう。韓国がどうしたいか、というところにかかってくる。これまでの北朝鮮・韓国の統一の動きの歴史からはとりあえず1991年共同声明の連合制か連邦国家を目指すということになるのだろう。韓国がその気になればすらすらと事は運ぶのかもしれない。まずは話し合いで米軍が朝鮮半島から引いていくとなるかどうかが注目なのだろう。
トランプでは他国のためにプレゼンスを増すという方向になるとはどうしても思えない。

間氷期の終わりも朝鮮半島の分断の終わりもいずれ何らかの形でやってくるはずだ。今のままの世界が未来までずっと続く、そんなことは決してない。とりあえずは心の備えが必要なようだ。

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2017年2月 2日 (木)

ゾルゲ事件とトランプと

トランプの騒ぎで丁度読んでいた本が面白くも読めるようになった、こんなこともある。

Zoruge たまたま図書館で見つけた「ゾルゲ追跡」というドキュメンタリーが面白くてつい読み入ってしまった。ついでにゾルゲの骨を探し当ててこれを手厚く埋葬した愛人石井(三宅)華子の自伝も読んでいる。
ゾルゲは戦前の日本で活躍した筋金入りのソ連スパイだ。表はドイツ人ジャーナリストとして駐日ドイツ大使の信頼も極めて厚かったというスパイの中のスパイのような人だったようだ。昭和16年ソ連に 日本は南進する、ソ連とはことは構えないことを知らせ任務を完了した直ぐ後に日本の警察にとらえられ昭和19年に刑死している。
このドキュメントの印象的なのは、当時取り調べに当たった検察官に戦後インタビューするなど戦争を潜り抜けた関係者の証言を丹念に集めて事実を組み立てなおしているところにある。可成りの労作だ。

読んでいって心に残るのは色々あるが、やはりソ連のスパイ組織の巧みな偽装の様に驚かされる。潜入した社会の人々に厚く信頼され非常にしっかりとそのNzorge 社会に根付きつつ活動している。この伝統はプーチンにも伝わり現代社会の片隅に今も息づいているに違いないと思わさしめる。

ゾルゲは手法としては情報を得るための不正な手段は一切行わなかったと述解している。信用を得て有力な人へのコネクションを作りまたそのようなコネクションのある人物を引き込んで情報を集め、これを組み立てて事態の真実を見極め本国へ知らせていったようだ。
始めは十分な資金がソ連から送られてきていたが次第に細りそれぞれの稼いだお金をスパイ活動に注ぐことが求められるようにさえなったという。偽装のためスパイそれぞれはきちんとした仕事を持っており、それからの収入で生活そのものは安定していたようだ。ゾルゲは日本を理解するために日本書紀や源氏物語さえも読んでいた。驚くべき読書家で、スパイなどやらずも十分に人から尊敬を受ける人物だったようだ。

ソ連への情報伝達は小型無線機と中国など外へ出ての小包などの手渡しによっていた。無線機はグループの中で技術のあるスパイ クラウゼンが日本で部品を集め組み立て、暗号を用いて通信している。
日本人の主要協力者はアメリカ共産党に所属し帰国した画家・宮城、朝日新聞記者で近衛首相の信頼を得て内閣の嘱託にまでなった尾崎、などで、政府トップの情報を得られるコネクションを築いていた。近衛内閣のソ連とは戦わず南進するという方針に影響を与えたのではないかとも疑われている。
ソ連はこれを受けて極東に配置していた精鋭をドイツ戦に急遽回しこれでドイツを撃破できたといわれる。ナチス敗北の引き金を引いたのがゾルゲだったということすらできるのかもしれない。
1941年9月に宮城に協力していた協力者から組織が露見し一斉逮捕された。終戦まで生き残り進駐軍によって解放された主要メンバーはクラウゼン位であとは刑死または獄死した。クラウゼンはその後ソ連に逃れ最後はベルリンで没している。

ゾルゲ事件から離れてスパイについて少し調べると日本人で外国のスパイまたはその協力者として活動した人は名の通った人にも見受けられ、驚く。
戦後のスパイ活動に関与したものとして正力松太郎がCIAからポダムというコードネームを与えられていた協力者だった、野坂参三が長くソ連のスパイとして働いた(ソ連崩壊後に露見、日本共産党から除名処分)ことなどが知られている。

中国とは尖閣問題を機に日中が離反しているのも韓国の慰安婦問題に火がつけられて日韓がうまくいっていないのも考えてみれば急に立ち上がってきていて、それぞれどこかの国(米国?中国?ロシア?北朝鮮?)が意図的にそのように動いているのではないかと疑いたくなってくる。そんなことがあってもおかしくない。


社会は単純ではない。最も信頼できるとした人が実はそうではなかったということも十分ありうる。トランプ政権とロシアの接近、そこにはどのような活動が隠されているのだろうか。

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2017年1月31日 (火)

トランプ旋風と文化遺産と

トランプ旋風が吹き止まない。これまでのアメリカが持っていた、善意を押し付けるようにして力を振りまくその姿を捨て去ろうとしているようだ。

メキシコ、カナダを従えた北米の王者がメキシコ、カナダに怯えて壁を作り自由貿易をやめるという、縮こまろうとしている。そんなに情けない国になることをアメリカ国民が選択したのだからしょうがないといえばそうだ。これまでの姿が保てなくなったら捨て去るほかないということだろう。そうするにふさわしい田舎者を選んだのだろう。


先日、筑後川中流の原鶴温泉を訪れたついでに浮羽付近の文化財は、と少し回ってUkihachizu みた。古い街だ。

浮羽の地名の由来は日本書紀に記されていて、この地への第12代景行天皇巡幸の折の逸話に基づくとされている。恐ろしく古い。少なくとも日本書紀がまとめられた8世紀以前に街が形成されていたのは明らかなようだ。
江戸時代、天領日田と久留米を結ぶ街道が筑後街道と称され筑後吉井や浮羽を通っていた。日田から更に東へは中津に抜ける日田往還で瀬戸内に出ている。

日本書紀にうきはの名が出てくることから考えてYosii1 も、ずっと昔から有明海沿岸地方と近畿を結ぶにはこのルートが用いられていたと考えることができそうだ。

筑後吉井には街道沿いの塗家造の街並みが残り、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

塗家造とは蔵屋敷ほど壁は厚くないが外壁を土塗りの白漆喰仕上げとして木部を覆い耐火的といわれる町屋建築で近世初頭から用いられた様式という。
訪れると、想像した以上に白壁の建物が続く。関東では栃木の街の白壁の景観が知られているが、ここはそれよりはるかに白壁の家の数が多い。
明治初期の大火で街が焼けそのあと塗家造りの丈夫な家立てられるようになって白壁の街が形成されることになったとの説明がある。通りはいまだに主要な道になっているのYosii2 でクルマの交通量が多く、立派な街並みだがゆっくり散策という風情でもない。ちょっとおしい。
公開されている2つの屋敷の内部も見て回る。鏡田屋敷といわれる江戸末期から明治にかけてつくられた屋敷では、よく見る旧家の形だが2階から見える入り組んだ屋根瓦の景観が重層的でいい。

確かに木造の並ぶ日本の街道の風景は、150年くらいもてば立派でそれ以上は火事で焼けたり朽ち果てたりで、石造りのヨーロッパの古い町並み景観のようにはどうしてもいかない。しかし今残せるようにしておけば100年後200年後には重々しく歴史を伝える景観となるのだろう。そう思えば進行形の歴史保存を眺めるというのも意味があるような気がする。

もう一つ近くに国指定重要伝統的建造物群保存地区とし新川田篭(たごもり)が指定Tagomori1 されているのでこちらにも足を延ばす。こちらは筑後街道から南にそれた筑後川支流隈上川沿いに展開している。

クルマで走っていくと途中に説明板があってそれとわかるが普通の山村・農村風景のように見える。棚田が石造りなのは立派だが、どこが国指定の建造物群かと思ってしまう。更に走ると三連の茅葺農家が現れこれがこの建物群の中で重文指定となっている平川家住宅のようだ。立派な造りでこれは確かに重要文化財という気がする。室内照明が落とされていて引き戸を閉めると暗くHiyabayashi1 てよく見えないが、そもそもがこんな明かりの家だったのだろう、かえって雰囲気が出る。古代より人は長く薄暗がりの中で生き延びてきたという歴史を感じる。
それにしても平川住宅よりほかは印象に薄い建物群だ。白壁通りとは好対照だ。
棚田のつづく山間の普通の集落が貴重な文化遺産として保護される、そんな時代になったのだ、そう思う。普通のように見える景色が次々と時の流れで消されていHiyabayashi2 く、そんな時代への危機感がこの集落の文化財指定を生んだのだろう。


何を残して何を捨て去るか、どこへ行ってもいつになっても、その決断から人は逃れられないのかもしれない。そんなことばかりを心に刻む日々が過ぎる。

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2017年1月11日 (水)

フーシェと民主主義と

年末からずっとたちの悪い風邪に悩まされダメージが心臓に来ているらしく酒も飲まずにおとなしくしていた。殆どどこへも出かけられず運動不足となって寝付けないような感じになってもいた。
こんな時には、読みにくい本が一番と、そういえば少し前に読んだ何かの本で、シュFushe テファン・ツワイクの書いたフーシェの伝記がお薦めだ、とあったのに従ってAmazonで古本の文庫本を買っておいたのを見つけ出してきて読んでいる。字で埋め尽くされた本だから寝がけに読むには最適だ、確実に寝付ける。

読みだしてみると確かに面白い人物だ。1789年に始まったフランス革命の始めからナポレオンが廃されてルイ18世が復位した後までも激動の時代の殆どの期間に政治の中枢に立ち続けカメレオンのように裏切りを繰り返した人物だ。
ある時は過激なジャコバン党の先頭に立って大量処刑を指揮し、警察と創設した秘密警察を意のままに操り、ある時はロべスピエールにより断頭台にかかる寸前で逆にロベスピエールを追い落とし、ある時は共和国政府にあって巧みにナポレオンをパリに招き入れその主要な大臣となりそして百日天下も終わりワーテルローに敗れたナポレオンを送り出した後の政権を握り、ルイ18世を迎い入れまたその大臣としての立場を得た。最後は王政復古が固まった世の中にあって、ルイ16世とマリーアントワネットをギロチンにかけた評議で死刑に賛同した罪を二人の間の実の娘であって辛くも生き延びたアングレーム侯爵夫人マリーテレーズに厳しく糾弾され、ついにフランスより国外追放となって北イタリア・トリエステの地で寂しく果てることになる。晩年は裕福であっても誰にも相手にされず厳しい時を過ごしたようだ。

どんな努力をしても裏切りをしてもその瞬間のマジョリティにつく、それがフーシェの生き方を貫いていたと読める。

民主主義であれポピュリズムであれ、多数が正義となる政治メカニズムは結局はこんな人間を求めていることになる。
ワイマール憲法下、ナチスも民主的な選挙で第一党となったことを思い合せれば、民主主義だから結果は常に正しい、ということはあり得ないことだということを肝に銘じておくべき、と感じてしまう。

どうしても米大統領選挙のことを思ってしまう。トランプ政治はどうなってしまうのだろうか、就任前のツイッター政治を見る限り、分別、思いやりとはかけ離れた政治が行われようとしているようだ。
アメリカに未来はあるのだろうか。

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2016年11月 9日 (水)

トランプが勝って

トランプが次期米大統領に選出された。正直まさかと思ったが、ちょっとデジャヴの感じがある、勿論英国のEU離脱の国民投票だ、同じような感触だし、ほとんど国論を2分していたがまさかと云うほうへ結果が出てしまった。
Kakusakasane さらに思い出すのは、ピケティの21世紀の資本に出てきた格差は米国、英国で1980年以降特に顕著に進んだ、という図だ。
他の欧州各国や日本と比べて明らかに米英両国で格差拡大が急速に進展している。
資本の力がとりわけ両国で強かったということだろうし結果的に国内での亀裂がどうしようもなく大きくなっているということなのだろう。
今回の結果も米国の時代の終焉の始まり、ということになるのではなかろうか。もう弱い米国を隠しようがなくなったということだろうか。
2016年は時代がコーナーを回った年として記憶されることになりそうだ。
次は何が起こるだろうか、本当に米国が国内に引いていくなら、日ロの和解、日中の和解、そして南北朝鮮の和解、そんなことが次々に起こってきてもおかしくない。何やら興味深いことが起こりそうでそれも面白くもある。

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