2024年6月 9日 (日)

九響の定期演奏会で廣津留すみれに驚く

6/7の九響の定期演奏会にまた聴きに行ったのだが、あまり真面目に出演者や演目を見ていなかった、廣津留すみれという女性ヴァイオリニストの演奏が目玉の一つだったが、まったくどういう人か知らずフーンという位だった。聞いてみてちょっと驚いた。オケの音と響きあうというより溶け込むように受け渡しして音楽を作っている。音自体もオケに負けない大きさで楽器を鳴らしている。ヴァイオリン協奏曲というとどちらかというと凄みのあるオケがヴァイ0607kyukyo オリンに襲い掛かるイメージがあるのだが、これはそうでは全くない、対等で鳥が鳴きかわすように響きあっている。自分自身にこんなもんだよなーといって聞かせても自分自身が納得しない、これは聞いたことがないんじゃないか?、そう返してしまう。独奏ヴァイオリンは楽譜を見ないで演奏するというのは当たり前のことのようだが、それを普通以上に意識してしまう、音楽にはまって音楽の中に漂いながら演奏する、それが、またみんなこんなだったっけ、と思うほどにはまっている。
戻って廣津留すみれという人のことをネットで調べる、とんでもない人のようだ。でも、なんだかわかる、押していけば新しい世界が開ける、若さとはそういうものだった、自分自身のそのころの感触を思い返す。
会場で売られていたCDを買えばサインがもらえたのに、と今さらのように残念に思う。聴けただけでも良かったそう思うべきなのだろう。
この日の演目は
1.リスト/交響詩「レ・プレリュード」
2.ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26
3.フランク/交響曲 ニ短調
九州交響楽団 指揮 キンボー・イシイ
独奏ヴァイオリン(ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲) 廣津留 すみれ
アクロス福岡・シンフォニーホール

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2024年5月30日 (木)

またアクロスに行って平和を想う

今月は連休が月始めにあるせいか、普通の行事が月後半に集まっているような気がする。そんなわけか、月後半にまたアクロスのコンサートに出かけた。今回はランチタイムコンサートで12時から始まって休憩なしで1時間か1時間半くらいだ。例によってクルマで出かける。天気は雨模様で福岡では降るか降Acros0528 らないかという位だが東へ行くほどこれから荒れ方が激しくなる予想だ、台風と前線の相互作用という梅雨期の豪雨のパターンのようにも見える、南からの強い湿気が太平洋側ほどはいりやすい。ともかく出かける、今日は二胡と弦楽四重奏団、ピアノとの共演というスタイルでちょっと珍しい。客席は結構埋まっていて2階席となった。二胡は楽器として音が小さいのかアンプを通した増幅した音が会場に流れる、クラシックのコンサートというよりポップコンサートに近い感じがする。奏者のウェイウェイ・ウーは上海生まれの中国人で33年位前に来日、以後日本と上海を拠点に演奏活動をしているようだ、妹のaminも1年遅れて来日し同様に日中でシンガーソングライターとして活動していたが3年前病気て死亡する。今回は数曲aminの残された音源を使った時空を超えた共演を果たしている。aminの歌声がいい。aminは8年前にここアクロスのランチタイムコンサートに出演していた、残念ながら聴いてはいなかったが。そんな思い出話を織り込みながらコンサートは進む。二胡の演奏は自分にはそれほど心を揺さぶるというほどのものではなかったが、姉妹による日中の懸け橋となろうとする思いがaminとユーミンとの共演による活動や中国コンサートなど民レベルで数々の足跡となりそのものとして心に残る、冷たい風を感じる今の日中の時代にはこれが要る、そう思ってしまった。国は違えど人々が互いに尊敬しあい認め合って平和な暮らしを保つ、それが今世界のどこにでも必要とされる時代になってきている、ウクライナであろうとガザであろうと台湾であろうと日中であろうと。単純なことなのだけれど。

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2024年5月26日 (日)

九州交響楽団第421回定期演奏会を聴きに行ったら

3日ほど前、九州交響楽団第421回定期演奏会を聴きにアクロスまで出向いた。帰りは9時を過ぎることだし駐車場は5時以降定額1000円だしとクルマでいつも行っている。始まる前にアクロス地下などで食事する都合上5時少し過ぎたくらいに着くのが丁度いい。なぜかこの日はいつになく車の流れがスムースで信号待ちも引っかかるということなくすいすい抜ける、これはもしや5時前に着くかと気にしたがどうしようもない、ゆっくりと公道を走ることはかえって難しい。恐れた通り4時59分に駐車場入り口の発券場に着いてしまった、ここで1分粘るのはきつい。そのまま入る、結局出るときには1200円払う羽目になった、クールに見れば大した額でもないが数十秒で200円余分に取られたことがくやしくて、しばらくそのことが頭から離れなかった。
そんなことで早めについたのもあってめずらしく待たずにひらおの天ぷらのカウンターで夕食を取る、すべてが前倒しだ。食事を終わってもまだたっぷり時間がある。気になっていた進学祝いの贈答品をちょうどいいかと品選びして買ったり、時間があればそれなりにやることが進む。
いい時間になってゆったり入場するが中で次の定期演奏会の切符を売っているのでこれも買ってしまう、予定より早く動き出すととにかくお金が出て行ってしまうように出来ているのか、この世は、と思ったりする、そうかもしれない。
演奏会は指揮者がNKyukyo421b 響の下野竜也だ。ヘンデルの「王宮の花火の音楽」、シェーンベルクの弦楽四重奏のための協奏曲、(休憩)、ドヴォルザークの交響曲 第7番 というプログラムで、2曲目ではウェールズ弦楽四重奏団(2006年結成の国内の弦楽四重奏団)が加わる。
それぞれにKyukyo421 ヘンデルらしい端正さや、現代音楽というのに違和感のない聴き安さ、それに、陰に陽に流れるボヘミアのリズムの面白さを感じて楽しいコンサートだったが、演奏は楽器の配置も少々変わって音が今まで以上にクリアでかっちりしていて、九響ってこんなだったっけ、と思ってしまうほどだった。太田弦とはまた違う音が楽しめた気がする。
 
生きていくといいこともあるしアレっと思うこともある、それが楽しくて日々を送っているだよな、と改めて思ってしまったような気がしている。

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2024年4月13日 (土)

太田弦の九響を聴いてみる

4月から九州交響楽団の首席指揮者に太田弦(おおたげん)(30)が就任(これまでは小泉和裕が音楽総監督としてその役も果たしていたよう)初めてのコンサートというから聴いてみねばと11日に出かけた、アクロス福岡だ。
満席だ。いつもより、若い観客が目につく。何Kyuukyou240411 か全体の雰囲気も変わった気がする。
指揮者のあいさつが10分前にあってソロピアニストの亀井聖矢(22)も登場、とにかく若い。
ショスタコーヴィッチ祝典序曲と交響曲 第5番、その間にショパンピアノ協奏曲 第1番
をはさむ構成になっている。
オケの響きの第一印象は、高音クッキリ、クリアー、きらきら、といかにも今日風の風が吹く感じだった。ちょっとやりすぎで時にペラペラ感がしなくもないが、こんな音も出たんだ、とよくオケの音を出させている感じがする。とにかく新しい時代だ。ピアノの亀井のほうもすごい、音の連なりのうねりが見事でこんなショパンは聴いたことがない感じさえする、見ていても面白い。こうやって時代は変わっていくのか、と感じてしまった。

いいものを見た。これからが楽しみだとスケジュールをみると指揮者の太田はこれから国内のいくつものオケを指揮して回り九響の指揮は今年は7月だけだ、首席といっても忙しい。でも楽しみだ。

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2024年3月19日 (火)

九響/小泉によるベートーヴェン2番と英雄の生涯を聴く

3月はコンサートに行ったのがこれだけとなった、3月という月は忙しい月ということかもしれない。
九州交響楽団の音楽監督(首席指揮者にあたると思っている)・小泉が今回のコンサートがその立場での最後となるというのもあって聞いておかねばということもあった。アクロス福岡で夜7時からの公演だが食事は自宅で済ませて行く、ちょっとした手違9kyouteiki03152024 いで夕食ができてしまっていたのだが、こんなこともある。席は一階の最後部の真ん中だ、オーケストラの全体が良く見えるのでそう悪い席でもない、聴く分にもバランスがいい。最初のベートーベンの交響曲第2番はほとんど聞いた記憶がない曲だ、聴いてみるとベートーヴェンらしさに満ちている、管楽器と弦楽の古典的ともいえる掛け合い、メロディの多彩さ、リズム感、いかにもベートーベンらしい。形式美的なところもある響きだった。休憩後リヒャルトシュトラウスの英雄の生涯となった、がらりと曲想が変わり、オーケストラも 倍増に近い管楽器やハープ2台など大幅に増強される、演奏者数も70人くらいが95人くらいと増える。時代が進んだのがはっきりわかる、これほどまでの差とは思っていなかった。シンプルでややかたい感じの2番に対しこちらは複雑だが柔らかくいかにも聞きやすい、楽章の切れ目がなくずーと音の海を漂うように移ろっている感じがして心地良い。わかりやすい終結がきて拍手万雷となる。充実感が残る、いい演奏だったといっていいのだろう、有難うと素直に感謝する。
それにしてもこんな風にコンサートを毎月楽しめる生活が後何年続けられるだろうか、10年は無理かな、すべてを受け入れて思いのままに流れるように生きていければ幸せだな、そんなことをつらつら思いながら会場を後にした。

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2024年2月25日 (日)

レスピーギのローマの松にちょっと驚く

九響のコンサートを月に一回くらいは少なくも聞くことにしている。今月は定期は無く名曲・午後のオーケストラとしての公演がありこれを聴くことにして切符を買っておいた。定期と名曲・午後のとは何が違うのかよくわからないが、こちらは名のある曲を聴いてもらうというお客様本位の選曲となっているのだろうと勝手に思っている。
今回は田園(ベートーヴェン)、ローマの噴水,ローマの松(レスピーギ)という組み合わせだ。田園はよく知っている、ローマの松は名前は結構聞くけれどどんな曲だったけ、ローマの噴Kyukyo0224a水はそんな曲もあったよなという位で多分演奏を聴いたことがない、それくらいの状態で聴きに行った。ほぼ満席で1階後方中央の席だ。睡眠不足があって田園は心地良過ぎて寝てしまう。起きて、ああこのあたりか、と聞いているうちにまた寝てまた起きてという状態を繰り返す。音が抑えたようなトーンでなおさらよく眠れるという気がしていた。いい演奏ではある。ローマの噴水は田園と違って音が跳ね回り、寝てられない。飛び跳ねる音が続き、感じ入るということがない。少しは知られているかもしれない曲の割に、そんな感じだ。こんなものかと次のローマの松に移る。どこかで聴いたことがあった気がしていたが聴いてみると記憶にない旋律だ、記憶はあてにならない。こちらもメリハリがある音で、目が覚めるが、ラチェットなど普通見ない楽器がいろいろ使われていてそれを見ていても面白い、鳥の声の録音がそのまま使われたり、特設の2階席から計6本のトランペットとトロンボーンの金管が加わったり、現場にいて楽しめる嗜好になっているというか、ここまでやるかとちょっと驚く。これは面白い。個人的にはローマの噴水よりこの松の方が全く気に入ってしまう。楽器を揃えたりするのが厄介なようにみえて、あんまり演奏されないのかもしれない、聞いて得した感がある。
いい気分でクルマを走らせて戻る。春はそこまで来ている

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2024年2月13日 (火)

笠置シズ子の砂古口による評伝がなかなかで

朝ドラで笠置シズ子が演じられていてなかなか興味深い、ドラマではいろいろ脚色もあるだろう、本当はどんな人だったのだろうと図書館に笠置シズ子の評伝を2つばかり予約してみた。すぐ来たのが「昭和の日本を彩った「ブギの女王」一代記」 というのだったが、それほど印象深い気もせずに内容も忘れたころ次の「ブギの女王・笠置シヅ子 : 心ズキズキワクワクああしんど 」が回ってきた、こちらは予約がだいぶ入っていて2か月以上待った感じだ。砂古口 早苗(さこぐちさなえ)という女性ノンフィクションライターが丹念な資料調査や現存する関係者インタビューに基づいて書いた本で、かなり細かい。おそらく笠置シKasagisizuko ズ子の最も確からしい評伝と思われる。ドラマは勿論創作は多々あるが凡そ事実に従って進んでいるとわかる。
笠置シズ子の名は子供のころには知ってはいたが淡谷のり子の方がテレビで時には歌っていたこともありまだ頭に残っている。淡谷のり子はおばあさん歌手でどこがブルースの女王か、と当時いぶかしげに思っていた。この本を読むと笠置シズ子はマネージャーの大金持ち逃げ事件があったり美空ひばりが入れ替わるように出てきたこともあったのか絶頂期を少し過ぎたあたりで早く歌手を引退したという、それがためにその印象がその後の世代にあまり伝わらなかったのかなとも思ってしまう。これとは別に美空ひばりと山口組田岡会長との深いつながりやひばり母の君臨など戦後の芸能界の良く知らなかった裏事情が細かく書いてあるのに興味を惹かれる。笠置は闇社会とのつながりを拒絶し通して生きてきたという、こんなところもマスコミのひばり母や闇社会への忖度で笠置のポジティブブな印象がその後の世代に伝わりにくかったということに影響しているような気がしてくる。だんだん分かった来るような気持ちになる、なかなかの本だ。

実際はどう歌っていたのだろうか、もう少し笠置の音源や映像を探してみねば、そんなことばかり湧き上がってくる。

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2024年2月 8日 (木)

博多座で染五郎と幸四郎の歌舞伎を見る

博多座では時々歌舞伎の公演があって、今月はせっかくだからと二月花形歌舞伎を見に行った。福岡はこんなところが楽でいい。切符はネット購入で今回は当日博多座で発券としてみたが自動発券機はガラガラで全く問題なく発券できた、次からもこれにしよう。出し物一つ目は江戸川乱歩の「人間豹」という作品を歌舞伎にしたものらしい、新Kabuki0207b作歌舞伎だ。松本幸四郎/市川染五郎の親子が主演という形で、染五郎という名はラマンチャの男で有名だったと記憶しているが、あの染五郎との関係は?と休憩時間に座席でスマホでしらべてみる。ここで演じているのは八代目市川染五郎であのラマンチャの染五郎(六代目)の孫だった、すぐわかる、便利な時代だ。3階の最前列の席だが、3階ではあちこちから、高麗屋!の声が飛ぶ、隣の隣からも発声あり、いかにもベテランという風情の大向うだ。真似してみたくなるがとてもできない。
芝居は新作だがおどろおどろしさや1階から3階までの宙吊りや二役早変わりや、いかにも歌舞伎!という「らしさ」に満ちていて十二分に楽しめた。松本幸四郎/市川染五郎は2つ目の演目である鵜の殿様でも主演として出ずっぱりで体力が良く持つなあと感心もする。時の流れを脈々と伝わっていく歌舞伎という芸能のリアルを見る思いだ。いい芝居だった。
20時頃に地下駐車場から戻る。寒さはまだまだ終わってくれない。

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2024年1月25日 (木)

寒くて忙しい一月が過ぎていく

能登地震や羽田炎上と驚きの天変地異で始まった1月だが、個人的にも結構忙しい日々だ。こんな時には息抜きのコンサートが有難い。23日にはアクロスのランチタイムコンサートを聴きに出かけた。寒い日だ。クルマで行くしかないと出かけたが走り出すとそう思っている人が多いようで道が結構混んでいる。雪が舞う程度で積もりはしないのだが何やら早く済ませたいと思っている人が多いようなクルマの走りで雪だからと慎重にゆっくり走るとクラクションを鳴らされる、そうDyuoacros0123 いう街だ、福岡は。いつも止める公園下の駐車場は公園での催しの準備があるのか午前中なのに満車の列が長く、アクロス地下の駐車場に入れる。こんなことにも動いている世の中のリズムを感じる。
地下のうどん屋で昼食を早めに済ませて会場に入る、ランチタイムコンサートにしては混んでいる感じだ。
ヴァイオリンとピアノのデュオでサンサーンスの曲が奏でられる。ヴァイオリン奏者永原幸太は知らない名だったがこれはもちろん自分の不勉強で始まると力量はすぐに伝わってくる。繊細であり力強く緩急自在でもある、ピアノの田村響との一体となった演奏はずっと何時までも聴きたくなる。心地よさについ微睡んでしまう。起きているのか寝ているのかその境界で聴き続けるという状態の心地よさを久しぶりに経験した。サンサーンスというのも良かったのかもしれない。
Oobanokayosi0123aa1 終わって隣の那珂川に遊ぶオオバンの群れやオカヨシガモを眺めたりして帰る。寒いがいい日だ。この冬一番の寒い日でもこんな過ごし方ができるこの街が好きだ。

コンサート概要:
アクロス・ランチタイムコンサートvol.103 長原幸太 & 田村響 デュオ・リサイタル (2024.1.23)
ヴァイオリン/長原幸太 ピアノ/田村 響
演奏曲目 サン=サーンス:
序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調
ハバネラ ホ長調
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番 ニ短調
アンコール: マスネ:タイスの瞑想曲

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2024年1月 9日 (火)

九響のニューイヤーコンサートを聴きに行ったら

年が明けてもう8日もたった。年明けから世間ではえっと思う天災や人災が起こっていて大変な年になりそうな予感を漂わせているが、個人的にも、大事件ではないがこれは困ったということがいくつか起こっている。一つは台所兼食堂のレンジフードが動かなくなった、つまり台所の換気ができなくなるということが突然起こった。まともにガスコンロが使えなくなり大弱りだが来てもらった業者も正月だ連休だと重なって機器の入手が遅れているようでなかなか換装工事に入れない、困った状態が続いている。
そんな時予約していた九響のニューイヤーコンサートの日となり、終わって外食すればちょうどいいかと出かけた。今年はマロこと篠崎史紀がニューイヤーを指揮するのが目玉のようだ。曲ごとに篠崎はNewyear0107c1 説明の語りを入れ、クライスラーの曲のところではバイオリンも奏でる。なんでクライスラーがワルツ/ポルカの曲が並ぶニューイヤーコンサートで出てくるかというところの説明もあった。すぐ前に演奏したギャロップ「小さな広告」の作曲者ヨーゼフヘルメスベルガー2世がクライスラーの恩師であったというつながりというのだ。美しきロスマリン、愛の悲しみ、愛の喜びいずれも3拍子だ、そういうことだったのかと腑に落ちる思いだ。ずいぶん昔買ったクライスラー自演のレコードで聴いていたがウインナワルツとは、考えてもみなかった。曲目ごとに管楽器演奏者が出入りしたり小太鼓奏者が鳴り物をいろいろ鳴らして動き回ったり、眺めていても楽しいコンサートだった。年の初めにいいステージだったと気分良く帰宅したらかぶっていったニット帽を忘れてきたのに気づいた。3階の席だったこともあり暖房が効き過ぎで上着もセーターも脱いで座席を荷物だらけにしていたのが良くなかったようだ。アクロスの落とし物問い合わせのところにすぐ電話したが届いていないという。15年位前に旅行したカナディアンロッキーで氷河見物のツアーを待つ間に買った旅行の思い出の品だ。正月からがっかりだ。残念であきらめきれない、翌日もしかしてとまた電話してみるがやはりないという、今回はコンサートホールの管理事務所に届いているかもしれないとそちらの電話番号を教えてくれたので、やれることは何でも、と電話する。受けた女性の方に座席番号を伝えるとそれでは今から探してきますとあり、ややあって電話が鳴った。あった。驚くばかりに素晴らしい対応だ、日本もまだまだ捨てたものではない、転じて福の思いだ。すぐにクルマを走らせて引き取りに行く。

がっかりしてばかりいてはだめだ、今年はこれだと思っている。いいことを一つでも見出せば未来が見える。

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