2018年5月26日 (土)

春の渡り

春の渡りのシーズンだが今年は気合が入っていないせいかハチクマの春の渡りを見逃した。
5月17日の日に思い出して天気も良くなっていいころ合いかと油山の片江展望台に昼過ぎに出かけてみる。昼過ぎでは確率が低いのだがこうなってしまってはしょうがない。タカ観察の人に今日は?と聞くとゼロ羽との答えが返ってくる。この時間でゼロならもうないか、とそれでも1時間くらいは待ってみてあきらめて引き上げる。サシバとの声もあがるが見ても角度が悪いせいか確信は湧いてこない。見た感じがしない。

渡りといえば蝶の渡りもある、朝散歩していてアッ!アサギマダラだ という日があった。これもすぐに視界から消えてしまって確信はいまいちだが、こちらのほうがそうだとの感じが残る。
確か植物園の入り口にアサギマダラが渡りの時期に現れていたがと植物園に出向く。花はと見るとまだまだだ、そうかこれはフジバカマだ、秋の花だ今の時期に咲くわけがない。
春の渡りはどこで見られるのだろう、とそういえば少し気になっていたところへfacebookに掲載されたアサギマダラが宗像の海岸に出ているという知人の記事が目に入る、これこれと心が動いた。

しかし何の花に来るのだろうかとネットで調べる。宗像のアサギマダラについて60ページものpdfのレポートがネット上に公開されているのに行き当たる。恐ろしく便利な時代になった。個人の知恵が容易に集積される。出版しなくてもpdfのしっかりしたレポートを残せばこれは出版と同じだ。
facebook情報では宗像の三里松原だったがこちらのレポートでは宗像のさつき松原海岸とある、そんなことは大差ない。直ぐにも出かけようとの気になった。

花についてはピロリジジンアルカロイド(PA)という成分を含む花の蜜に来るという。このピロリジジンアルカロイドがないとオスはメスと交尾できないというからオスにとっては深刻だ。春の渡りの時期に咲いてこのピロリジジンアルカロイドを持っているのがスナビキソウで海辺にスナビキソウが花を付けるところにアサギマダラが群れるということになる。大分県姫島でもスナビキソウにアサギマダラが集まる様子が新聞等でも紹介されることもあるようだ。但しアサギマダラは暑さに弱いので日陰の少ない浜辺では午前の早い時間までしか見られないようだ。その他ではスイゼンジナという黄色い花にも多く含まれるようで宗像では織幡神社の入り口に咲いているところがあるという、こちらは日陰もあるようで昼でもいるかもしれない。
秋の渡りの時期に咲くフジバカマやヒヨドリバナがこのピロリジジンアルカロイドを多く含むがこの他でもツワブキの花やキク科の花などもこれを含むようで飛来写真が紹介されている。ホルトノキの花にも来るようだからこの花にもピロリジジンアルカロイドがあるのだろう。このピロリジジンアルカロイドは人間の肝臓には毒になるようだ、強すぎるのだろうか。
とにかくそういうことかと、仕掛けが解る。宗像では越冬期に背後の山地で幼虫が見

Munakataumi

出されており渡りをせずにこの地で過ごす個体も大分あるようではある。渡りの途中の群れと一緒になったりもしているようで鳥のように縄張り争いがあるということでもなさそうだ。色々学ぶ。
とにかく出かける。着は昼頃になるので最初から浜辺で見ることは半ばあきらめていた。現地の海岸に着くとスナビキソウの花そのものを見つけることができない。ここらの花期はもう過ぎたのだろうか。facebookにあった海岸はもう少し先なのだがその途中に織幡神社がある。ここにいれば、とほのかな期待で立ち寄る。参拝者専用駐車場にクルマをとめて辺りを見回すと確かにネットで見た黄色いもしゃもしゃのスイゼンジナの花が見つかる。近寄って覗こうとするとアサギマダラがひらりと現れる。やっ

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ぱりここか、と刺激しないように遠巻きに見る。ここなら半日蔭くらいでそんなに暑くもない。2頭いる。あまり広くないのでそんなものだ。
自宅から50数キロあることもあり、とにかく出会えたのでここらで引き返すことにする。もう夏の日差しだ。帰りしに世界遺産となった新原・奴山古墳群をちょっとだけ見る。要するに古代の墓地で大した感動もないが結構いい土地が墓場で占領されているのが少し気になる。いい土地を大きな墓場にできるというのが権力の誇示

Kofun

だったのだろうが当時も抵抗感があったに違いないと思えてしまう。薄葬令で7世紀半ばから古墳の規模が制限されて古墳時代は終わりとなったのは当然と思われる。ともかく海上交易で強大になっていた勢力がこの地にあったことは明らかだ。

宗像というところは不思議なところだ。古代より大陸に向かう海上交通の要衝だったこととアサギマダラが住み着いてもいることと何かつながりがあるのかもしれない。いざとなれば海を渡って半島に逃げることもできる、その逆もある、そんな地であることがアサギマダラのDNAのどこかに書き込まれているのだろうか、何しろ卵で越冬したり親子の代を継いで海を渡ったりしている蝶だ。個々の命の期間は短いが引き継がれるDNAがしっかりと長い歴史を見届ける、そんな生き方をしている生き物なのだろう。大事な記憶は引き継がれているのに違いない。

人間もそんなワザができるようになれば実質的に不死の命を得るということが可能になる事になる、そんな日がこれからの長い人類の歴史には訪れることだろう。とても間に合わないが。命の渡りは様々なことを考えさせてくれる。

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2018年5月 1日 (火)

2018年4月の福岡市南区周辺の野鳥及び旅先の野鳥


アトリがまだ残って公園に姿を見せた他帰れない様子のホシハジロ♀や、マガモもまだ少数残っていて冬鳥が帰りきらない。一方月後半にはオオルリやキビタキが現れた。ツバメも元気よく飛び回っている。いかにも春らしい。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2018.4.1 12:00 城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カワセミ1、マガモ4、バン1

2018.4.5 am 北京 天壇公園 オナガ、カササギ、スズメ

Jyobich

2018.4.6 am 北京万里の長城八達嶺 ジョウビタキさえずり1、カササギ

2018.4.12 12:00  福岡市南区長丘周辺の野鳥 鹿助池:コサギ1、バン1、スズメ15、ハシブトガラス1、ドバト2 新市楽池:メジロ1、ドバト 中公園:アトリ6+、ハクセキレイ1、カワラヒワ2-3、ハシブトガラス1

2018.4.13 pm14:00 晴風力2-3 福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:マガモ♀1,バン1、スズメ3-4 鹿助池:ハ

Kawarahiwa

クセキレイ2、カワラヒワ1、スズメ10+、ドバト4、ムクドリ7 中公園:ツバメ2、カワラヒワ1、ハクセキレイ1、(カワセミ?1)

2018.4.15 pm16:00 風力3 福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:マガモ3(♂2♀1),バン2、カワラヒワ1  鹿助池、アオサギ1、ツバメ4-5、バン1、ハシボソガラス1、スズメ5、ムクドリ4  中公園:コゲラ2、ヒヨドリ1、シロハラ1、ハシブトガラス1

2018.4.18 10:30am 城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 バン1、マガモ3(♀2、♂1)、カワウ1、アトリ1、スズメ10、ハクセキレイ1、ドバト6、ハシボソガラス1

2018.4.19 7:00-8:30㏂ 福岡市南公園 リュウキュウサンショウクイ声、キビタキ、シジュウカラ、ヤマガラ声、キジバト、ヒヨドリ、シロハラ、ウグイス声
 

Cyudaisag

2018.4.20 am11:00 快晴風力1-2、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:マガモ2(♂1♀1)、鹿助池:チュウダイサギ1、コゲラ声1、ムクドリ2、バン1、スズメ  中公園:カワラヒワまたはアトリ声1、ムクドリ2、シジュウカラ3、キジバト1、ツバメ2

2018.4.23 15:00 曇り風力3-4、 福岡市南区長丘周辺の野鳥 新市楽池:マガモ2(♂1♀1)、バン1、ハシブトガラス15、ドバト2、スズメ10+、鹿助池:チュウダイサギ1、ハシボソガラス2、スズメ、バン声 中公園:マガモ2(♂1♀1)、コゲラ声、スズメ10+、カワラヒワ声、ツバメ4
Tubame
2018.4.25 10:30am曇り 城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 ツバメ8、マガモ4(♂3、♀1)、ホシハジロ♀1、ドバト4、スズメ

2018.4.29 9:30-12:30 福岡市油山市民の森 イカル、ウグイス声、エナガ、オオルリ、カワラヒワ声、キビタキ、コゲラ声、シジュウカラ、ソウシチョウ、ツバメ、ハシボソガラス、ヒヨドリ、ホオジロ、メジロ、ヤマガラ、リュウキュウサンショウクイ、アオサギ1

Kibitk2018

 

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2018年3月30日 (金)

春はウイーンの響きに乗って

毎年春に巡ってくるウイーンフィルメンバーを中心にして結成された臨時編成の管弦

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楽団 トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーン が今年もやってきた。春の桜に合わせたのかと思うが、演奏ツアーは例によって強行日程で花見の暇さえないようではある。今回は23日の福岡・アクロスがツアーの皮切りとなるせいか事前の宣伝がいつもより目に付く。席はかなり埋まっているが満席までとはいかない、毎年の冠コンサートというものの限界だろうか。行ける年は必ず聞くことにしているが演奏の見事さに比べ料金はほどほどで費用対効果がいいのは今年も同じだ、余席があるのがちょっと勿体ない。
今回もコンサートマスターはシュトイデでさんで指揮者はない。ベートーベンの第7番では総出演の総勢30名になるのだが指揮者なしでやれるのが未だに不思議だ。
今回はCDプレゼントがあって入場時にもらったプログラムパンフレットにシールがあれば当たりとなるとアナウンスがある、フーンと開いてみれば見事当選でスペシャルCDのお土産をゲットした。2000年のツアーの時に録音されたCDだ。帰って聴くとモーツアルトばかりで聴きやすい。
この晩の演奏もアイネクライネ・・・から始まってモーツアルトが2曲続く。平明な透明な響きが、これは一度ウイーンにも行ってみなくてはと思わせてしまう。
ベートーベンの交響曲7番も久し振りに聴いたが昔思っていたどこかつまらさのあるような印象は変わりこれも結構楽しめる曲だと見直した。歳のせいかもしれないし演奏によるのかもしれない。
万雷の拍手にアンコールはウインナワルツの「南国のバラ」でコンサートは終わった。
あたったCDを受け取って出口を出ると演奏者が並んで顔を見せている、ウイーンフィルのコンサートマスターでもあるシュトイデルもいる、せっかくだからと数人と軽く握手してシュトイデのところまでくると握る握手でなくつまむようなしぐさで応えてくれる、そうなんだ一流演奏者の手はそうさわれるものではない芸術品だと思ってしまう、気軽に握手をもとめたほうが能天気だった。
それにしても、桜も花開きウイーンの響きとともに爛漫の春を迎える、毎年のこんな風景が福岡に似つかわしくも思えている。

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2018年3月29日 (木)

移ろいいく花見

随分と暖かくなった。福岡市では桜は19日に開花した。20日の自分の予想に対しほ

Hanami2018d

ぼ予想通りに開いたことになる。満開は昨日か今日かという塩梅だからこれもほぼ予想(27日)通りということになる。
今年は花見に少しは足を延ばそうかとも思ったが気になっていたみやま市平家谷の桜は開花情報がどこにもなくその他これはと思うところも開花のスピードが今年は早いせいか情報がはっきりせず、どうせ見るなら満開とわかったところがいいと太宰府・御笠川沿いの桜を見に行くことにした。ソメイヨシノであれば風情のある並木が散歩するのにちょうどいい。

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都府楼跡の無料駐車場にクルマを置いて歩き始める。
殆ど満開だ。平日ということもあり歩いているのは地元の人ばかりという風情だ。これでもかという桜並木ではないが地元に愛されているという感じが伝わってくる気がする。若くもなくなってくるとこんな所がいい。散歩道をゆったり往復して元に戻る。昼だ。
駐車場の横の都府楼跡の公園で花見をしながらコンビニおにぎりを食べてのんびりする。ここも丁度良い感じ

Hanami2018b

で桜と芝生がありお花見として手軽で楽なところだ。
野鳥はヒヨドリやカワラヒワくらいで鳥見するというほどでもない。少し先に目をやると家族連れが小学校の入学記念らしいランドセルを背負った子供の姿を撮影している。こうも桜が早いと入学式では葉桜になってしまう。昔はなぜか入学式と桜の満開が同期していたような記憶がよみがえる。ここ数十年のスパンで見ればやはり気温がじりじり上がっていることは疑いがないようだ。時間のスケールが人間にはゆっくりしているが少しづつ少しづつ花の風景も変わっていっているのだろう。

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帰りにアクロスで予約していた切符を受け取りついでに天神中央公園あたりの桜を見る。川沿いが結構いい。勿論ここも満開だ。今年から市が花見場所を有料予約制にしたことでもちょっとした話題になった。場所取りのブルーシートがなく一応平和な風景だが、それにしても場所割している中に普通の公園ベンチがあってここも予約してないと座れないのだろうかと迷ってしまう。ぶらぶら歩いて気楽に空いているところにちょっと座るということができない。都会の花見は簡単でもない、そうなっていくのだろう。

今年のように帯状高気圧が張り付いて晴れが続くとどこかお花見にもメリハリが無くなるような気がしてくる。細かく開花時期と天気を調べていい日をつないで花見に回

Hanami2018e

るという熱意が薄れてくる。
ぜいたくな悩みのようだがお花見の儚さ、それがお花見の面白さの何割かをしめていたのだと改めて気づかされたようで、こんな天気の花見も面白い。
今日は例年のように近くの樋井川べりの桜並木を楽しんだりもした、ここもかなりいい。移ろいゆく時を感じながら、兎に角春は花見に限る。

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2018年3月20日 (火)

ツルの北帰行を見る

佐世保の石岳展望台というところでツルの北帰行が見れると言うのでものは試しと出かけた。先週のことになる。
出水を朝飛び立ったツルは12時過ぎ頃から現れ始めるようなので10時少し前くらいに福岡の自宅をクルマで出た。鳥見にしては遅い出発で済むところが楽でいい。
糸島まで走って来たところで見上げると大きめの鳥が海に向かっている、運転しながらだからちらちら見るだけだがトビでもないしタカでもないカラスでもない、あっと思った、ツルだ。右手をちらっと見るとあと3羽いる、いずれも海へまっすぐ向かっている。唐津で北帰行するツルが見られると何処かで読んだのを思い出す、唐津を通るなら糸島を通っているのがいてもおかしくない。10時半過ぎ位だから昨日出水を飛び出したが風が強くて有明海沿岸あたりで降りたのが今朝出てきたのかもしれない。高速走行中だから止まってじっくり見るわけにもいかず、多分ツル。。。という状態のままで佐世保に向かう。
佐世保の石岳展望台に着いたのは12時20分くらいでまだナベヅル北帰行の一団は到着していないようだ。簡単なお弁当を食べながら眺めるがなかなか現れずにヤキモキする。2

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時位になってツルがの声あり示された方を見ると北西の高島辺りを北上するツル5-60羽がゴマ粒のように見える。PM2.5のせいで靄っていて見にくい。列になった点が時折うねってああ渡っているとの実感が湧いてくる。ここ佐世保のあたりでは九十九島の散らばる海上を飛ぶのが今日のコースのようだ。ややあってまた同じコースを100羽位の列が飛んでくる。やはり豆粒だが先程のより少しは見やすい。黒島の手前を北に上って高島を通過し冷水岳方面にゆっくりと飛び去って行く。豆粒位の見え方でもうごめく点列が隊列を保ちながら帰っていく様は少々感動的だ。さようなら、ありがとう、声をかけたくなる。

また一つ新しい体験ができた。ちらっとみた糸島のツルも遥か洋上を飛び去るツルも切れ切れの記憶の中に残っていくだけだが鳥見をしているとこんな体験が積み重なってくるのがいい。
生きているだけで十分すぎるほどに世界は面白い、またそう思っている。

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2018年3月12日 (月)

梅はやはり太宰府

急に暖かくなって本当に春が来た。急いでスタッドレスタイヤから夏タイヤに履き替える。今年は雪のある山に近づかなかったこともありスタッドレスはお守り位の役目しか果たさなかった、スタッドレスに履き替えてまだ1000km位しか走っていなかった。来冬こそは雪のついた場所へ出かけて行こう、そう思っている。そうは思っても体が動かない、そんなことが目に付くようになってきて悩ましいが、それはそれで受け入れればいいだけのことだ、そう思うことにしている。歯切れの悪い生き方になっているのはどうしようもない。

春が来ると待ちかねたように花を愛でたくなる。まずは梅からと先週は海が見えてよさそうな糸島の小富士梅林に出かけた。

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のんびり山のすそ野を歩くところはいいが梅は今一つの雰囲気がする。あたりの農家の庭の梅の花は見事なのだがとも思う。梅林は食用梅と割り切って育てているようだ、その気持ちに添って眺めるとこんなものだ、楽に楽しめて悪くもない、心の持ちようだ。

今週はやはり名所は抑えるべきと太宰府の梅園に出向いた。幼い時は梅見といえば太宰府だったような記憶があってそれをまた見てみたいという思いが半分以上ある。金曜まで雨空が続き土曜の午後になってしまったので人出の多いのは覚悟の上ではある。
太宰府周辺は予想通りの渋滞でその先に民間駐車場が幾つもある。しかし満の表示が続いたり入口の誘導員が手を交差してバツの合図をしたりと、なかなかとめるところが見つからない。やっとの思いで空とでている駐車場を見つけてクルマを入れる。こんなに駐車場の満が続く光景も太宰府では初めての経験のように思う。
梅まつりの行事があっていて店の並ぶ門前の通りはいや増しに混んでいる。地元の酒もふるまわれたりしているがこれは飲めない。こんな日は電車で来るのがどうやら正解のようだ。
境内に入るとあちこちに植えてある梅がどれも見頃だ、この前行った小富士梅林とは違って庭木として丁寧に手入れされている。
外国人が結構いるようで中国人のグループが順番に写真を撮りあっている光景もある。

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梅ヶ枝餅を食べたりして休み休みしながら境内の梅を見て歩くが幼い時に見た覚えのある緩い斜面にお茶屋と梅が登っていく状景にはなかなか行き当らない。時がたって変わってしまったのだろうか。
飛梅も見て本殿の裏手に出ると、緩い登り勾配に梅が花開いている、お茶屋も点在している。ああここだった、と記憶が次第に蘇る。昔より梅は綺麗なように思える、子供のころは花にはそれほど心を惹かれていなかったのかもしれない。
昔はそこまでは上ったことのなかった天開稲荷を上まで登りつめてみる、こういう所だったんだと記憶の輪が閉じていく。この感触が得たくて見に来たともいえる。

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下ってお石茶屋というお茶屋でまた梅ヶ枝餅を頼む、焼きあがるまで10数分くらいかかるがいいですかという。ちょっと怪訝な思いもあったが休憩にちょうどいいと休んで待っていると運ばれてくる。これはうまい、今まで生涯で食べた梅ヶ枝餅の中で最もうまい。梅ヶ枝餅にこんなに差があるとは思ってもみなかった。
吉井勇の歌碑があったりと戦前から有名な茶屋らしい。
帰ってネットで調べると昔九州一といわれるほどの美人のおかみが開いた茶屋で経済界の大物や文学人が多く通ったとされる茶屋だった。40年位前におかみは亡くなったというから幼い頃に親に連れられて梅見に来た時にはもしかしたら出会っていたかもしれない、そんなこともふと浮かぶ。つながって流れていく時を見ているようで面白い。

こんな風にして一つ一つ何かをつぶして生きているようにも思う。そういうことができるということが幸せなのだろう。

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2018年3月 8日 (木)

2018年の桜開花予想

庭の梅も散って桜の季節が近づいてきた。
例年のように福岡の開花予想をしてみる。
去年は開花が思いの外遅れた、前の年の秋の高温と開花前の不規則な低温が効いたような気がしている。
今年は昨年秋の高温は異常というほどでもない、一昨年は秋に公園のオオヤマザクラが狂い咲きしたりもするほどだったが昨年の秋はそこまでの事態は無かった。まあ普通の秋だった。この冬は寒かったが一気に暖かくなってきて昨年の様な早春の不規則

Sakurakaika2018

な低温はない。ひとまず補正無の単純計算で温度変換日数法で予測してみる。
今日現在の予測では開花20日満開27日とでた。
平年値が23日だから少し早いということになるが一昨年よりは1日遅い。さてどうなるか。

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2017年4月15日 (土)

桜は土手が

今年も桜の季節が過ぎ行きつつある。
開花が遅れてそのあとも涼しい日が続いた分長い期間にわたって花が楽しめた。
今年も、自宅の小さな桜や近くの中公園の桜、鹿介公園の桜、樋井川の桜、桧原桜 と概ね歩いていける範囲の花見を一通り行った後少し遠くに出かけてみた。今回はうきは市の流川桜並木と称されるところだ。

Kanasakisakura 栃木県にいた時分も花見はあちこちに出かけたが、良かったと思う筆頭クラスに金崎の桜堤という場所があった。思川の西岸土手に見事な桜並木があってあたりの自然と相まって気持ちよく桜を楽しめる場所だった。場所取りをして飲んで騒ぐようなところでなくただ土手の上をずっと歩いて時には邪魔にならないように道脇でお弁当を食べる、そんな健康的な場所だった。
福岡付近にもそんな場所があればと思っていたらテレビで似たようなところを流していたという、流川桜並木というところだった。
満開に嵐が雨を打ち付けた次の4月12日の日に、まだいけるだろうと出かけた。

ここらあたりだろうとナビの地図上であたりを付け目的地をセットしてナビに従って走Map1 る。ネット情報では駐車場有とされていたがそれがどこなのかよくわからない。ともかく現地に行けば案内位はあるだろうと思っていたら近づくと案の定小さい流川桜並木の表示が現れだした。
桜並木をを横切るように橋を渡ってやや行くと駐車場の案内表示が現れてそれに従って土手に隣接した臨時駐車場にたどり着く。平日だが駐車場整理の方がいて誘導してくれる。舗装はなく前日の雨で水たまりがあったりもするが無料なのは申し訳ない思いだ。途中で買ったコンビニおにぎりやカメラなどを抱えて花見となる。それなりに人はいるがゆっくり歩ける。確かに金崎の桜堤に Nagaregawa_2 似ている。昼近いので土手から川側へ少し下ってサクラを見ながら草の上でおにぎりを食べる。なかなか気持ちいい。
カワラヒワの声がしきりにするが花が多くて姿がしかとは見られない。道にはびっしり花びらが落ちているが、まだ満開を保っている木も結構あり少し離れてみると並木全体を満開といってもおかしくない。いい時期だ。歩く人の表情が緩んでいていい感じだ。
こんな風に今年の桜も満喫できたことがうれしい。

出会う顔みなほころびて さくらばな


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2017年3月 2日 (木)

梅と歴史

梅の季節になった。

少し変わった梅を今年は観てみようと、大牟田 普光寺の臥竜梅というのを見に行った。およそ見ごろになったらしい。

車で現地に近づくと手前に駐車場があったがもっと先にも停められそうなので細い道をそのまま上がっていく。ここまでかという所に予想通り駐車場があり平日ということもあって十分停められる。先ずは行けるだけ行ってみて、というのがよくわからないときの正しい駐車場所探しだといつも思う。
歩道沿いにも梅がきれいに咲いておりメジロが花をつつき遠くからはウグイスの囀りも聞こえる、今年初めて聞いたがよれてなくて一応聞ける。いいところだ。
観梅料300Garyubai 円を払って境内を歩く。色々な梅があり種類豊富だ。上がっていくと目指す臥竜梅が姿を現す。

一本が地を這うような枝を繰り出しているのかと想像していたがそうではなくて数本に分かれている。元は一本だったのかもしれない。樹齢400年くらいらしい。8分咲き位だが十分美しい。見たことのない梅の種類のように思える。地を這うようだから臥竜梅と呼ばれるくらいの説明しか書いていない。古い歴史を持つ木ならもっと逸話や言い伝えがありそうだがそんなものは伝わっていないのだろうか。
十分堪能した後帰って調べてみると、全国に臥竜梅という梅の名所は幾つもあり、臥竜梅というのは梅の種類だと明記しているところもある。いずれも樹齢400年位となっている。仙台にある「伊達政宗公の臥竜梅」の記載に行き当たってこれを読むと400年前とはそういうことだったかとなんとなくわかった。朝鮮出兵で持ち帰った朝鮮種の梅の苗を植えて育てたのが伊達政宗公の臥竜梅だったとあったのだ。全国の臥竜梅もいずれも400年前の朝鮮出兵で持ち帰った梅を大事に育てていった梅だったのだろう。
梅一本にも歴史が刻み込まれている。

せっかくだからもう一か所梅の名所を、と、久留米の将軍梅というのがあるらしいと出がけにネットで調べておいたのに従って久留米に向かった。宮の陣という電車の駅の近くにある神社(宮ノ陣神社)の境内だ。ナビに従って近くまで来るがあまりに道Syogunbai が細い。本当にこんなところに梅の名所があるのだろうか、と思いつつ車一台しか通れない路地を進んでいくと確かにたどり着いた。ナビにはいつも感謝する。
遅咲きの梅と書いてあったが確かにまだ蕾だ。
ここで大きな戦があった1359年に征西将軍宮懐良親王(かねながしんのう)がお手植えされた梅であるとの説明がある。そばを見るとなんと大正天皇が皇太子時代にこの地を訪れてお手植えした松というのもある。こんな住宅地の中にある小さな神社に戦前皇太子が。。と不思議な合点のいかない気持ちを抑えられない。
将軍梅は固い蕾だったが周りには見ごろの梅がいくつも植えられていて、梅見としては全くの空Miyanojins 振りと云わけでもない、こんなものかと帰途に就いた。
こちらも帰ってからいろいろ調べる。懐良親王とは後醍醐天皇の
子で南朝の九州攻略の長の立場でこの地に遣わされたとある。九州の菊池氏ほかの武将を集め北朝・足利幕府の軍と対峙、この地で陣を張り「大原の合戦(筑後川の戦い)」という10万の兵が入り乱れる大きな合戦を戦って何とかこれに勝利したということのようだ。今に残る宮の陣という地名はこれを伝えているとされている。古い地名は貴重だ。
南北朝時代の歴史の大きな刻印がこの地に残されていたとは全く知らなかった、不明を恥じるべきなのだろう。

それにしても何故大正天皇が、と気になる。南北朝のいずれが正統かを巡っては古くから議論が絶えないようだ。現在の天皇家の系統は南北朝が再合同した後を引き継いでいるとはいえ基本的に北朝の系統にあるということのようで、難しい議論になるが、水戸光圀のまとめた大日本史では南朝側に正統性があるとしており、維新の志士たちもこの影響を強く受けたようだ。
明治に入っては南朝を正統とみる史観が勢いを増したようで、ついに明治44年に明治天皇が南朝が正統だったと裁断したのが歴史的事実だという。足利尊氏は朝敵になってしまったのが戦前の史観だったということになる。
その意味では南朝の親王が北朝・足利軍を打ち破ったというこの地は神聖な地であったということになるのだろう。明治時代に皇太子が訪れても確かにおかしくない。
各地の楠木正成の銅像が金属徴用を潜り抜けて幾つも戦後まで残っているのもこんな事情があったのかとも思い知る。
梅一本とはいえやはり歴史が重い。


こんな風に考えさせられる歴史を伝えていると知るだけでも梅見物は面白い。九州という地はどこも歴史だらけの様だ。

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2016年4月 8日 (金)

ウイーンの響きが贅沢で

花見の季節は嵐で突然のように終わった。
Wien 季節は落ち着いて少しばかり先へ進みこれに合わせるように、トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーンというクラシックの演奏会が今年もアクロス福岡に回ってきて、逃さず聴きに行った。2年前にも聴きに行ったことがありいい印象を持っていたが去年は予定に紛れてしまい外してしまって残念な思いがあった、今年は抜かりなく手配をしておいた。(写真はパンフレットより)。

ウイーンフィルとウイーン歌劇場楽団のメンバーを中心に臨時編成された管弦楽団だが個人技のレベルがどうしようもなくと言ってもいい程に高い。
よくこのチケット代で済むものかと思う。ほぼ満席だ。 ソリストとして参加している日本の演奏者もレベルが高い。 チケット代の割には全てが高度で、一種のデフレかもしれないとも思ってしまう。

指揮者なしの楽団だが曲の盛り上がりや緩急を自然に息を合わせて流し出してくる、マジックのようだ。

以前に東京地方の交響楽団が創立xx周年記念ということで回ってきたので聴きに行ったことがあったが、ミスが目立って不揃いで散々の出来だった。こんな交響楽団はもう立ち行かないのではなかろうか。
地元の九州交響楽団はかなりレベルが高い。よそから呼んでくる交響楽団は九響並みであってほしいとは常々思っていたが今回のこの演奏会はそのレベルをはるかに上回っている。聴かねば損と素直に思える。

バッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 やドニゼッティのクラリネット小協奏曲、モーツアルトのピアノ協奏曲 第21番もそれぞれに感じるところが色々あったが最後のベートーベン第6田園を久しぶりに聞いてこれが良かった。
一つ一つの楽器がクリアに聞き分けられるような気がするほどによく音が出ていてそれでいて調和が崩れない。こんな演奏は聞いたことがないようにも思った。
アンコールにはシュトラウスⅡのウイーン気質をやってくれてウイーンの雰囲気に浸った心地がした、これは一度はちゃんとウイーンに行かねばならないとも思えてきた。

いい演奏会だった。こんな風にいつまで呑気に時を過ごせるのだろうかと時々思う。先のことは考えずに今だけを生きればそれでもう十分だ、と思うことにしている、全てのことには終わりが来る、それが当たり前のことだから。

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