2024年4月30日 (火)

円安、これで失われた30年がやっと終わる

円ドルレートが円安に一気に振れておたおたしている雰囲気があるが、30年位の長期スパンで見ると失われた30年の間、レートが円高過ぎていたということかなとも思えている。国内産業が安い輸入品に対抗できない状況が長く続いた、これが失われた30年の大きな原因だったのではないかと今更のように思っている。円 安に振れ国内生産が活性化してくれば望ましい方向に歯車が回っていくというようにここはプラスに考えるべきかと思える。Endoller20240430a   ようやくこれで失われない新たな30年が始まるのだろう。もしかしたらこれは政府日銀による仕組まれた円安かもしれない、そんなことも考えてしまう、しかし円安としても為替はとにかく安定が肝要だ、当局の為替安定に向けた適切な介入にも期待したい。

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2023年8月22日 (火)

すぐ近くのスーパーサニーが閉店

今年の4月4日に近くのいつものスーパー「サニー長丘店」に家内と出かけると8月20日に閉店するとの張り紙が出ている、前日はこんな張り紙はなかった、張り出したばかりなのだろう。困るがどうしようもない、あと5分くらい歩くと別のスーパーがあるので死活問題というわけではないが結構遠くなる。予告の日の1月くらい前になると後には別のイオン系のスーパーが入るようだとのうわさを耳にするようになる、スーパーの開店は経済産業省が管理していて所謂大店法に基づいて開店申請があったら公開されるのだが、そんな正式情報はとんとない、どう見ても閉店後に別のスーパーがすぐ引き継ぐということはなさそうだ、来るとしても1年位の空白は生じるのだろう。
閉店の数週間前から生鮮品を除く日用品などの在庫セールが始まる、みるみる空の棚が増えていき閉店の三日くらい前になると殆んど生鮮品が売られているだけとなる、無残な眺めだ。「西友」のスーパーということになるが、「西友」自体はちゃんと利益を出しており、販売不振による閉店というわけではな さそうだ。現に同じ福岡市南区に「サニー福岡桧原店」を昨年6月23日に開店し、この4月27日博多区住吉に「サニー博多住吉店」を開店したばかりだ。店舗の密度が高い地域の直営店舗を閉め有望地域に新規開店し資源の有効活用を図っていると考えるのが妥当の様だ。「西友」は米国投資グループKKRが65%の大株主でこんなドライなやり方が米国流ともいえるのだろう。Sunnynagaoka0821
 
真夏に買い物距離が延びるのはしんどいが、また別の目でこの街を眺めるようになると思えばそれはそれで面白いかも、と思うことにしている。ヴィヴィッドに生きている街の姿は移ろいやすいのが当たり前、といえばその通りだ。
(写真は閉店日翌日のスーパー、撤収作業のクルマばかりが駐車場を埋める)

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2023年2月 5日 (日)

政府の「エネルギー価格の負担軽減策」広告にごまかしが

 この国は少しづつおかしくなってきている、そう感じることが目につき始めた。新しい戦前とはこういうことかもしれない。

今日は新聞の資源エネルギーSigennenerg0205a2 庁の全面広告で 政府は「エネルギー価格の負担軽減策」で皆様を支援します、と出ていて、なかなかやるな、と思ってしまった。電気代とガス代の値引きを1月使用分(2月請求分)からはじめる、1kwh当たり7円、と書いてある。値引きの確認は利用明細などで とあるので手元に届いたばかりの九州電力の1月分電力使用料請求はがきを見てみるがそんな値引きの記載はない。九電の電話サービスに問い合わせてみると2月分(3月請求分)からだという、話が違う。資源エネルギー庁窓口に電話で問い合わせてみる。すると、1月から9月までが値引き期間ではあるが電力業者によっては2月から10月にしているところがある、期間は同じですのでそこは。。。ということらしい。新聞で宣言したことでも守られなくても多少は、ということなのだろう。1月の電力使用量は寒波もあって跳ね上がっている、1月の使用量*7円は10月のそれより明らかに多い、それを意図的に避けたように見えてしまう、形だけは取り繕おうとしているところが姑息な役人らしい。一種のごまかしなのだろう。


一昨日のマツモトキヨシのごまかしも今日の資源エネルギー庁のごまかしも、どこか似ている、ばれないだろう、このくらいはインチキしても大丈夫だろう、というところだ。こんな風にして世の中は少しづつ少しづつ曲げられていくような気がしてくる、行きつく最後は戦時統制経済だろうか、ちょっと寒気がしてくる。

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2021年8月21日 (土)

雨が続き「人新世の資本論」にあきれる

雨が続く。オリンピックが終わると待っていたかのように雨が降り出して止まない。一体どうしたのだろうと遡ってみると、台風9号が化けた温帯低気圧の置き土産がきっかけだ。台風の西側にできる北風の強い領域が北の冷たい空気を容赦なく引きずり込んで南の暖湿な空気に厳しくぶつけていた。この境目の前線が台風が去っても動かない。北からの冷たい張り出しが収まらない、これは物理的な必然だったのだろう。
梅雨前線の様な停滞前線だから、いまごろここに現れるということは北の寒気がこの時期にはないほどに南の暖気を押しているということになる。1.2万年前の氷河期の終わりに現れたヤンガードリアス期の荒れた気象とどことなく似ているような気もする。この時は解けた氷河の真水が海表面を覆い部分的な寒冷化をもたらしたことが原因とされている。温暖化による北極の氷の解け出しが似たような状況を創り出しているのかもしれない。

このところ「人新世の資本論」という本を読んでいた。ベストセラーになっていて図書館の借り出しも1年はかかりそうな待ち行列で、あきらめて買って読んだ。資本主義は明らかに行き詰って貧富の格差は開くばかりで人類は新しい原理を見出さざるを得なくなってきているように感じていた、何かのヒントを得られるかとの期待があった。読んだ結果はがっかりだった。殆どアジ本で現実味がない。ソ連や中国のマルクス主義が硬直化した自由を奪う強大な官僚機構を必然としていたことへの回答を何ら示すことなくやはりマルクス主義がいいという。コモンという具体性に乏しいシステムが機能するという幻想が書かれているだけだ。
地球物理学的な気候という現象を人間の経済活動の抑制だけでコントロールしようという恐れを知らない認識もそこにはある。それ程に人類は賢いのかと言いたくなる。

もっとリアルに地球の気候変動には対処しなければ人類は生き残れないだろう。例えば恐竜は鳥という姿になって広範な移動の自由を得て現代まで生き延びている。それくらいの発想の転換がなければ、と思う。

国境を廃止出来ないような人類では生き延びれる訳がない、そんな思いが頭から去らない。どうすれば国境は廃止できるだろうか。居住移動の完全な自由と無制限の多様性の維持の実現、そこらあたりに答えが潜んでいるような気がしてならない。

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2019年4月26日 (金)

固定資産税でマイル

 


世知辛い話で恐縮だが、こんなこともある。

毎年固定資産税の請求が来る時期になって、結構な額だけに、支払ってポイントが得られる方法はないものかと考えてしまう。消費税を2%上げるという話もまだ消えたわけではない。なんだかセコイがこの時代何でもありそうな気がする。

支払い法として用紙に示してあるのは、金融機関からの払い込み、コンビニでの払い込み、そしてカード払いなどというのがある。その他line-payはあるがpaypayでの支払いはできない。
身近な支払方法ではカード払いがある、カード払いならマイルが付くがカード手数料を加えて払う必要がありその分多目に払わなければならない、うまみはない。
何か得な支払い方があるのではないかとネットで調べると、WAWON払いならJALのマイルが貯まる、というのが引っかかる。今年はマイルを使う場面が多く貯めるいい手はないかと思っているところだった。
Sumaho コンビニでもミニストップだけは税金のWAWON払いを受け付けていて手数料は別段取られずにJALマイルが通常の2倍付くという。支払額を JALカードからWAWONカードにチャージしたところとWAWONで支払いしたところの2か所でマイルが付くということらしい。本当ならこれがいい。

試しに4月末払いの1期分で試してみた。JALカードは持っているのでWAWONカードを取得すればいい。スマホを使ったモバイルWAWONならすぐに入手できるとわかり、早速アプリをダウンロードする。”おさいふケータイ”の機能を使う方式で、既に使っているモバイルスイカとバッティングするかもしれないとの懸念はあるが、そんな警告はどこにもないので、大丈夫だろうと設定を行う。
ネット情報は根無し草のようなもので、もしかしたらWAWONで税金を払うことがもうできなくなっているかもしれない、と念のためミニストップの本部に電話で問い合わせるがサービスは行っているとの回答を得て、エイッとJALカードからモバイルWAWONに目いっぱいチャージする。
近くのミニストップには歩いていける距離でもないので図書館に出かけるついでに車で立ち寄る。納税用紙を出してWAWON払いというと慣れている風で、支払用紙とスマホであっという間に支払いは終わる、あっけない。WAWON チャージに少しはあまりが出るので次はここで使おうかという気にもなる、そこがビジネスなのだろう。本当にマイルが付いたかどうかはすぐには解らないが、4月18日に支払ったので連休明けにはついているだろう。

ともかく税金を払ってマイルを貰うのは何だか気持ちがいい。

せこい話でもう一つ。
Amazonの勢いが止まらず小売店が次々に店を閉めてしまう中で客が増えているように見えるのが100円ショップだ。時々遊びに行くとついつい買ってしまう。
この間店内で何かを探していたら、直管蛍光灯をそのまま入れ替えることのできるLEDランプが500円で売っているのを見つけた、前からこんなのがあればと思っていたものだ。100円ショップで見つけるとは、と思ってしまう。製造元はダイソーとなっていて他の商品と同じく自社開発だ。Keikouto ついにここまで来たかと思う、勢いがいやましになっている。

無駄な金は使いたくない、そんな声があちこちから世の中に響いてきている、それに応えるビジネスが勢いづいている。
どこまでいくだろうか、この先に思いをいたす、これがまた面白い。

 

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2019年3月 6日 (水)

QRコード決済を試してみる

はやり物はとにかくやってみる、というのがモットーの一つのようになっていて、できないことも多々あるが、新しいものには飛びついてみたくなる。

最近QRコードの決済というのがはやりそうなのでこれは試してみなくてはと思っていた。中国ではほとんどこれだという。
少し調べてみようとネットで探り始めるが一体中国でいつから始まったのかよく解らない。中国のアリペイは2004年に電子取引を仲介する決済サービスとして始まっている。つまり最初はネットショッピングの信用を高める手法としてネット上のショップとお客との間に立ってショップはアリペイの信用でお客に商品を送りお客はアリペイを通じてショップに支払うことでカード情報等がショップに流出することを防げる、という形をとって中国のネットショッピングの拡大に貢献していた。そのうちリアルなショップでも同様の手法を使うことをやり始めた、そのツールがQRコード決済という形だったということのようだ。
2013年頃から急速に拡大した模様で、お客は、専用アプリを使ってお客が読み取った店のQRコード情報と打ち込まれた金額情報でアリペイのお客の口座にチャージされている金額から支払うことを承認をする、アリペイはこの情報により代金を店に支払う、つまりレジに支払いしたと連絡する。これで取引終了となる。
又はカード決済と同様に、カード読み取りの代わりにお客のスマホにアプリによって作られたQRコードを読み取り機で読み取り、このコードがアリペイで確認され、支払い承認がされればお客に品物を渡す、というしかけになる。
モバイルスイカのようなスマホでチャージ可能な交通系カードを使った支払いとそれほど変わらないが店のQRコードの表示は紙でよく両側にアリペイとつながったスマホさえあればシステムは最低限成立するという簡便なところが中国で一気に拡大した理由と思われる。

Paypay

ともかく使ってみようとソフトバンクのPaypayのアプリをダウンロードする。近くの時々行くMrMaxというディスカウントストアで使えるというし、今なら総額100億円のポイント還元期間中で何割かポイントで戻るようだ。

Paypayでは支払いをカードに紐づけできるようになっていてチャージしなくても使えることになっている。アプリにカード情報を登録してさっそく店に出向く。3800円位の買い物をしてレジでpaypay払いというと、QRコードの紙を示されて読み取ってくれとある、客のスマホのQRコードを店側で読み取る方式ではないという。
予想と違うが立ち上げていたアプリで「スキャンで支払い」を選んでQRコードを読み取りその後支払うべき金額を手で入力する、しかしここで支払いがpaypay残高で支払いとなって残額不足と表示され先へ進めない。紐づけされたカードに支払いを切り替えたいがその方法が解らない。レジの人も解らない。レジの列が止まってしまうので横へそれて別の解る人を呼んでもらって相談するがわからない。しばらくすったもんだしている内に金額を入力した後に出てくる画面を上に送ると下から支払い方法選択のバーが現れてなーんだということになる。
目出度くpaypay経由のカード払いができて10%のポイント還元も得られる。ポイント払いなら20%還元、ヤフーカード払いなら19%還元、その他のカードなら10%還元ということになっている。
やってみるとちょっと厄介で100億円ポイント還元セールが終わったら普通にカード払いで払った方がどうみても楽だ、メリットを感じない。 勿論MrMaxではPaypayを使わずとも普通にカード払いができる。カード払いできないくらい小規模のお店で使えるようになって初めて有難味が出てくるというもののようだ。

これはこのままでは日本ではあまり流行らないかもしれないな、そう感じた。中国のアリペイのように巨額資金が集まりソフトバンクが名前通りの巨大金融機関に化ける可能性がないわけではないがそれには今後も奇手が色々打たれなければならないだろう。どうなるか。
ともかく何でもやってみなければ解らない。

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2015年12月23日 (水)

俳句とモーターショーと

俳句をだらだらと作っている。

一応現代俳句協会のインターネット会員だ。毎月20日までに5句を投句、集まった作者名は伏せられた会員の投句千句位が送り返されてきてこれから5句を選句して再び送り返す、これが集計されてその月の結果として発表されるという繰り返しを行っている。

投句は31文字よりは少なければ受け付ける、季語は問わない、という自由なスタイルだ。

毎月1票くらいは自分の句どれかに票が入る。

例えば先月は 

旅の終わり疾走する闇の深さ 

に1票入った。

千句のうちからこれと思って選んでくれる人が一人いるだけでうれしくなる。誰かの心には確かに届いたという証拠が力を与えてくれる。

17文字ではとても足りないといつも思うが時々17文字さえ埋まらない広すぎる世界を感じることがある。少ない文字に広い世界を内包するというところに日本文化の形があるのだろう。


選句していると嫌になる時がある、その匂いが臭くてもう読みたくないと思う時がある、詠んでいる人のしたり顔を想像してしまう。でもルールだ、と続ける。多様な俳句があり多様な人がいることは受け入れなければならない、それが人の世を生きるということだと思っている。それが面白い世の中をつくっているのだと思っている、


半旬程前にモーターショーに出かけた、といっても福岡で開かれた”巡業”だ。本場所の東京モーターショーに比べると随分簡素だ、展示されている車の数が少ないし技術展示がほとんどない。その分魅力が少ないためか空いていてゆっくり見れるのがいいと言えばいい。

展示してある車には順番待ちしなくても大抵運転席にすぐ座れる。昔より少し広くなった運転席は各社確かに新しい。メーターが機械式でなくディスプレイMotorshow15b 式のも結構ある。家電に近づいているような気がする。

奇妙なのはサイドブレーキだ。サイドに位置するハンドブレーキという形を守っているのは外車くらいで、ボタン式のが目に付く。説明員に聞いてもその場所が明確にわからない車もある、サイドブレーキがである。驚いてしまう。

座席の調整は会社によって方式が違い未だに解りにくい、これくらいは何とか統一することができないものかと思う。

踏み間違い防止ということだろうかブレーキペダルとアクセルペダルを思いっきり離したクルマもあるし、操縦性重視のためかかなり近いクルマもある。

基本部分の仕様は統一する、あるいは統一したクラスを作る方向が必要なようにも感じられるが、当面はこんなばらつきは多様性として受けいるねばならないのだろう。好みの問題と安全の問題とをうまく折り合わせねばならない。


それにしても技術展示がない。自動運転は?とトヨタのところで聞くとニッサンのところに映像があるようです、と言ってくれたりする、”地方巡業”では技術展示してもしょうがないということだろうか
Motorshow15、あきれるばかりだ。

外国車は目を引く女性コンパニオンを各社起用していて華やかさがある、いかにもモーターショーという雰囲気がある。

ランボルギーニの派手なクルマがあってお値段は?と聞くと色々入れてざっと6000万円という答えが返ってきてMotorshow15a 耳を疑う。九州でも結構売れているというからさらに驚きだ。

確かに福岡の街中はヨーロッパの外車が目に付く。福岡人は見栄っ張りが多いのだろう。

それにしても展示された外車はすべて右ハンドルだった、当たり前に売り込んできている。国産車よりも外国メーカー各社に力が入っている印象が強い。

国産車は海外市場を考えてじりじりサイズを大きくしていっているようで、本当の国内向けは軽自動車位しか残らないのかもしれないとも思わせる。


国産車の国内市場を見る目のトーンダウン、海外各社の日本への売り込みの強まり、モーターショーはグローバル化していく経済を目の当たりに見るようで面白い。

俳句も外国人で作る人が結構いるようになって、国内・外国の敷居が低くなってきているのを感じる。俳句に流れる小さくまとめる中に広がりを持たせるという日本文化のコアの部分が自動車にも流れていて世界の多様な人がいつかは小ぶりの日本国内向けのようなクルマに価値を見出すようになるのかもしれない。


この先どうなっていくのだろうか、そんなことを考えさせてくれるだけでモーターショーも
俳句も面白い。

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2014年1月 6日 (月)

正月が来て

年が明けた。午年ということになっている。午とは正午の午にあたりピークであり衰弱の兆しが現れる様ということらしい、転換の年とみることもできる。馬はあとでくっ付けられただけで馬が午というわけではないようだ。経済ではジュグラー循環という設備投資に起因する景気波動の周期がおよそ10年で十二支の周期にやや近い、最近の景気変動は大きくはジュグPhoto ラーの倍の20年から24年くらいの周期になっているので確かに1990年のバブル崩壊から数えると転換点に達している年にはなりそうだ、衰弱の兆しというとデフレの衰弱ということになるのだろうか。十二支も馬鹿にはできない。

年賀状がくる、ワープロソフトで書かれた表書きが続くが時々全く同じフォントがある。毛筆を模しているだけに全く同じフォントが出てくるとやや興ざめの思いがするものの去年までは気がつかなかったのは生活を変えてどこかゆとりができてきたのかもしれないとも思ってしまう。新しいフォントのようSama な気がして何だろうと調べてみる、自宅にあるパソコンには入っていないフォントだ。ネットの検索でフォントを沢山出して眺めていくとじきに見つかる、C&G流麗行書体というフォントだ。これを使うソフトはと、更に調べて行くと「筆まめ」だ、なーんだ、ということになる。思い直して去年の年賀状も調べ直してみると幾つもこのフォントが見つかる、気がつかなかっただけということの様だ。去年一年かけて細かなところまで自分の生活の変化が及んでいっている様を感じる。正月らしい。

こんな風にしてまた新しい年が始まる。緩い暖かい新年だ。どんな年になるのだろうか、未来を見渡すのはいつも気持ちがいい。

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2013年12月29日 (日)

時代の変わり目が来たようだ

髪がうるさくなってきたので散髪に行った。カットだけの1000円床屋だがチェーン店になって いて合理的にできている。税込み1000円の料金の範囲で十分丁寧だ。2日ほど前に髪を切ってもらった帰りに来年4月からは1080円になりますといわれた。ああ消費税アップだなしようがないと思って店を出たが、歩いていて消費税のアップ分は3%のはずだがと気がつく。
要するに便乗値上げということになる。しかしこれまでは内税表示が政府から義務付けられていたのもあって内税で1000円だったのがこれから8%10%と消費税が上がって行くとなれば1000円の看板は税無しで1000円とせざるをえまい、何しろ1000円というのがキャッチコピーなのだから このせりふは変えられない。内税5%から外税で8%とする増税以上の値上げも致し方ないのかもしれない。

こんなことが方々であるのか今年10月からは内税表記でなくとも可とする特例措置法が施行された、政府が便乗値上げしろといっているにも等しい。来年の4月からは予想以上の値上げラッシュとなりそうな予感がする。

ジャブジャブに緩められた資金供給に消費税増税という形で政府がインフレに直接火をつけようとしている。
制御されたインフレというものは財務官僚の幻想に過ぎない、来年はどうインフレが暴走していくかを眺める年となりそうだ。

XPのサポートが来年3月で終了するという、そろそろ何か対策しなくてはと買い替え用パソコンのラインアップをネットで調べていて少々驚いた、一時よりは2割くらい価格が上がっていAspire1 るように見える、以前は4万以下でも高性能のパソコンが色々あった、いまはそんなことはない。更にAcerのAspire-1の代替となるような9インチ以下で性能も価格もそこそこのパソコンがほぼ無くなっている、このクラスはipadに席巻された形のようだ。
しかし気象の計算のような作業は普通のパソコン仕様でないと全くできない、旅行に有用な小さなパソコンを持っていくことができなくなるのだろうか。時代は後退しているようにも思えてくる。

後退ではないのだろう、断絶する時代、時代の変わり目で起こるような感触がここにある。
何かスタティックだった時代が終わり目くるめく時代となる予感が漂っている。

どうなっていくだろう、全てのことはまず受け入れる、ただただそう思って生きている。

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2013年8月 8日 (木)

医療はデフレに向かう

Mukuge 次第に年をとってくると病院や検査との付き合いが避けられなくなる。
ヨットを始めて3回くらいのときヨットを陸揚げするスロープの苔で滑って後頭部をしたたか打ったことがあって大事をとって家の近くの脳神経外科で診て貰った。すぐにCTスキャンを撮りましょうとなってこんな街の医者にもCTスキャンがあるのかと驚きを覚えつつ台に乗るとやや小ぶりの装置が頭にかぶってきてすぐに終了する。程なく医者が頭の断面写真を見ながらなんともないようです、と言ってくれた。すぐに結果が眼に見えてこれは安心感がある。6000円取られたのは痛いが便利な世の中になった。
今回は肺だ。地区の肺がん検診というのを無料でやってくれるというので近くの公民館まで出かけてレントゲンを撮ってもらったら、暫くして現像したフィルムが手違いでぐちゃぐちゃになったので
り直したいと連絡が入った。しょうがないかと出かけると今度はデジタルだという。今度は大丈夫だろうと結果を待っていると要精密検査という知らせが郵送されてくる。結節状陰影疑だという。ここ数十年そんな所見は見たことがない、本当かと電話で念のため確認するとそのようなものが見えるので検査してほしいという、ともかく映像をDVDに焼いて送ってもらう、またレントゲンの撮り直しでは被曝上気持ちよくない。数日して送られてきた画像を見てもそれらしい影は見えない。素人だから見えなくてもそんなことも有るかとクルマで10数分のところにある日赤病院まで出かけて診て貰う。ひどく混んでいたが、DVDの映像を出すと普通のノートパソコンで医師が眺めてくれてたぶん大丈夫だが細かく見るためCTスキャンを撮っては、とくる、勿論同意してやってもらう。
今度は胴体で頭のときより少し大きい装置だ、2回息を15秒くらい止めてスキャンする。2スキャンするのが手順のようだが立体にするためだろうか。暫く待っているとまた呼ばれて医師の前のディスプレイに今度は胸の断面が上の方から順に見えてくる。肺のヘリのところに古い病の痕跡が見えるがたぶん風邪をひいた時のものだろう、特に問題ない、肺本体には何もない、と説明してくれる。よく解るし安心できる。やはり検査機関は僅かなことでも精密検査にまわすようだ、これでは病院が混むわけだ。また6000円とられる。この辺りの判定を検査機関のレベルでもう少しきちんとやるだけで医療費は大分減りそうだし病院の混雑も軽減されそうな気がする。CT機器も競争が進み知恵を出せば更にコストの低い機器が登場しうるようにも思える。
技術がもう少し進めばもっと鮮明な画像が手軽に取れるようになるだろう、それだけで医療の無駄な検査の繰り返しは軽減され患者も少しは気楽な生活ができるようになるだろう、医療費もいくらか下がるだろう。技術が進歩して医療のコストを下げ医療のデフレを引き起こす必要があるのだろう。供給過剰気味の医院には倒産の圧力がさらに加わることになるかもしれないが。
デフレといわれようと倒産が増えようと無駄を省きコストを下げる努力はこの国には必須のことに思える。それを望ましいことと扱えない経済学ならそれは経済学の遅れというべきものなのだろう。まだまだ技術も経済学も、そればかりか学問という学問はすべからく未熟の塊なのだろう。
それだけ創造する喜びが人類の前途には広々と広がっているということのようで考えをめぐらしていくと楽しくなる。

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