2017年5月29日 (月)

ミヤマキリシマを見に

ミヤマキリシマを見に阿蘇まで出かけた。ちょっと遠いが車も新しくなったことだし新車で遠乗りの感触もいいかなということもある。

行くのはいいが熊本地震で阿蘇大橋周辺の道路が通行不能になっており阿蘇山に向かう道はどうなっているのだろうか、ネットで事前にあれこれ調べる。ミルクロードと称される県道339号線を使うのが熊本から阿蘇へ向かう現在のルートになっている ようだ。復旧の器材等がこのルートを使って運ばれているようで、国交省のページでは途中には臨時トイレが何か所も設置してあるという。そう大変な道でもなさそうだ。
阿蘇でミヤマキリシマが見られるところはロープウエー駅付近のいわゆる阿蘇山上と仙酔峡がポイントだが仙酔峡のほうは通行止めだらけで現在は全くアクセス不能だ、見られるのは阿蘇山上しかない。
阿蘇カルデラ内の道路で阿蘇山ロープウエー駅に向かう道は1本のみが昼間に限って通行可で枝道は通れないようだ。一応ルートは開いてはいる。


とにかく出かける。福岡から九州道を熊本インターで降り、阿蘇に向かう57号線を途Asosannjyoua 中の大津でミルクロードに折れて不通個所を迂回して阿蘇までたどり着く。天気は予想通りの低い雲で時折弱い雨がぱらつく。
一先ず草千里はやり過ごしてロープウエー駅に向かう。勿論ロープウエーは動いていない、架線も外されているが駅の売店や食堂・トイレは開いていて観光客を受け
入れている。いずれにせよ火口に向かう遊歩道も閉鎖されている、ここまでだ
歩ける場所はないものかと探すと山上有料駐車場から火口と反対側にに向かって出ている遊歩道が見つかりこれを少し歩く。ミヤマキリシマ群落の中を歩く遊歩道だ。
花はないわけではないが白く枯れた枝が目立つ。火山
Asomapの噴煙でやられたようだ。
生き残った枝は必死の思いで花をつけている。地中からわずかに伸びた小さな枝にも花をつけている。遠くの方を見ると枯れた白い枝と僅かな緑と花の赤が微妙にまじりあってむしろ上品な花の景観が見渡す限り広がっている。めいっぱいの満開もいいがこの光景も別の顔を見るようで味わい深いものを感じる。訴えかけるものが多い。
事前に阿
蘇市の観光課に開花状況を問い合わせると阿蘇山上は一分咲きとあり、草千里のレストハウスに問い合わせると草千里は3分咲きといういずれも申し訳なさそうな答えが返ってきMiyamakirsim2ていた。満開を毎年見慣れた目には不甲斐ない情けない花の状況と映ってしまうのだろう。しかしこの景色もいい、花は盛りのみをや、との徒然草の一節が浮かぶ、むしろこの景観のほうがやまと心の趣があるといってもいいような感じさえする。
山上の有料駐車場には僅か2台のクルマしか止まっていなかった、ロープエー沿いの散策路は閉鎖されていてこちらの遊歩道に気が付かないで引き返すだけなのだろう。遊歩道の存在を示す案内板もない、勿体ない。

Miyamakirsim草千里のレストハウスでゆっくり昼食をとってくじゅうに向かう。ほとんど止んでいた雨が降り出した。レストハウスには観光バスが何台も来ており草千里の遊歩道を雨具を付けて歩く姿も散見できる。小雨にけぶる眺めも落ち着いていい感じだ。
阿蘇一宮町から県道11号「やまなみハイウェイ」でくじゅうへと走る。この道も途中片側通行などがあって被災からまだ完全には戻っていない。クルマも少ない。
1時間半くらいで長者原に着く。まだ雨だ。ビジターセンターの下の階から傘をさして歩きだす。風はなくて雨も大したことはない。湿原ではサワオグルマの黄色い花が見ごろでサクラソウもまだ咲いたりする。雨はほぼ上がってきて セッカが飛び回ったりホオジロ、ホオアカ、カッコウ、モズなどが姿を見せたり声を聞かせてくれたりする、何時来てもいい湿原だ。

帰りは片側通行だらけだがとにかく通行できるようになった九酔渓を経由して九重ICから大分道に乗って戻る。新しい車の自動追従モードをできるだけ使って走ると散策した後の長いドライブも足がつるようなこともなくて安全に楽に走れる。

いい時代になった、体がしだいに衰えていくのを技術の進歩がカバーしてくれる。どちらが早いか、いいとこ勝負かな、まだまだ遊べるかな、そんなこと思いながらもう夏のように明るい夕べの博多の街へと車を走らせた。

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2015年10月23日 (金)

秋のくじゅうを巡る

晴れが続くと、どこかへ出かけねばという一種の強迫観念が知らず知らずに圧力をかけてくるように思う。
日曜のヨットが少々疲れを引いていて翌日はごろごろしていたが2日ものんびりしていると、こんなに晴れている秋の日は出かけない手はないという衝動がふつふつと湧いてくる。
とりわけこの時期は紅葉を見逃したくない。
九州の紅葉は大体が11月中後半だが1000mくらいの山の上ではそろそろ始まる。2時間で行けるくじゅうに出かけることにして、ネットなどでいくらか調べていくと、どうやらくじゅう山群黒岳上り口の男池の原生林がよさそうだと思い始めて、とりあえずここを目指すことにした。
紅葉の見ごろ時期推定は関東地方での推算式(関東地方の紅葉見ごろ推算式(10月1日からの通算日数:y=4.62×T-47.69、Tは9月の平均気温 ))が気象庁のHPに公表されているが、九州でも当てはまるのではないかと来たばかりの新聞に出ていた”雲仙妙見岳の紅葉今が見ごろ”で計算してみる。アメダス雲仙(標高678m)と妙見岳(標高1330m)の標高補正をして推算すると10月24日が見ごろと出る。新聞記事は10月20日なのでやや早いことになるがまずまずの推定のようだ。
今年は晴れが続いて放射冷却で冷え込む日が続いたせいで少し早いのかもしれない。くじゅうの1000m付近はどうかとみると10月27日が見ごろと出てまだやや早いが牧ノ戸峠(1333m)では10月19日と出るからクルマで登れる範囲で紅葉はもういけることになる。
起き掛けにこんな計算をして少々意気込む。 外を見れば晴れてはいるがどよんとしている、pm2.5だ、ちょっとがっかりだ。秋のクリアな日差しが紅葉には一番なのだが。
Imgp1876a
普通よりちょっと早いくらいの感じで出発する。くじゅう長者原まではほぼ2時間のはずだ、福岡からそんなに遠くない。 最初の目的地男池の駐車場は思ったより混んでいない、平日はこんなものだろう。平治岳に日があたって紅葉が美しそうだが何しろpm2.5だ、ぼやけて感動がない。
男池というのは湧き水の小さな池でキレイな水がこんこんと湧いている、水が汲めるようにひしゃくも置いてある。 とにかく遊歩道を巡る。
ソウシチョウの声が目立つが、アオゲラ、ヤマガラ、エナガなどの姿や鳴き声、ドラミングOike7 がほのかに響く。いい森だ。原生林というだけあって面白い形の木も目を引く。
黒岳へ向かう平坦な道をゆっくり歩きながらところどころ黄葉している木々を楽しむ。時々ブナもあるが大きなブナはない。大きい木はカエデ系の木であったりよく知らない木であったり、やはり関東の森とは違う、クスノキの多い福岡周辺の森とも違う。落ち着ける森だ。
もう今日はこれで十分かと思ったがせっかく来たのだか
らと一回りすることにする。
「ぐるっとくじゅう周遊道
Oike1路」というのがネットのパンフレットにあったのを持ってきていたのでこれを巡ってみるかと走り始める、1時間くらいで回れるかと右回りで走り始めるが、随分と走りでがある。
途中でやめるわけにもいかず景色を楽しみながら回り続けるが長くてちょっと飽きてくる、半分くらい回ったところでロードパークという有料道路に入ってみる、途中で駐車できるようなところが多くあって紅葉も望めてなかなかいい道だ、ただ遠景がかすんでいるのが残念だ。不気味な廃屋とKujiu なっている展望レストラン跡などもあって面白い。
やまなみハイウエイに入って牧ノ戸峠に行ってみると、観光やらくじゅう登山の人やらで 駐車場が満杯に近い。予想通りつつじ系の灌木が赤く染まり紅葉は最盛期だ。この時期はここに人が集中しているようだ。
長者原の「たではら湿原」にもちょっと寄ってみる、ここも人がやや多いが、すすき一面の様がいい。
思ったほど花もなく時間も次第に遅くなってきたこともあり早々に引き上げる。

帰り道にも渋滞もMakinoto1なく5時少し前に帰り着く。福岡からくじゅうは東京から奥日光への感じかと思っていたがそれより大分近い印象だ。高原歩きを楽しめて紅葉も結構いい。

強迫観念が下敷きにあったとはいえよく晴れた秋の日はやはり野山で過ごすのが楽しい。九州の北半分ではくじゅうが今のところいいように思っているが、まだ英彦山を十分には見ていない、まだまだ見るべきものは沢山ある気がしている。当分は緩やかな切迫感から逃れられないのかもしれない。こうやって歳をとっていくのだろう。

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2015年4月11日 (土)

虎尾桜を見る

桜は八重桜に移って今年はもう終わりか次はつつじなのかという雰囲気が満ちて始めている。季節の移ろいが早い。
昨年は福岡佐賀の桜の古木は大分みて回った、今年は満開の時期に東京の桜の名所を駆け抜けたこともあり天候もあって九州での桜めぐりは一服状態にある。しかし一つくらいはと思ってもみる。
見残した福岡の桜の古木といえば福智山の虎尾桜という木が気になっていた、樹齢600年と推定され福岡では最も古い。ネットで調べると標高400m位の山中にあって福智山の登山Maptorao 口から登っていくとある。平地の桜の満開よりは遅れるようで、見に行く時期を見計らっていたが雨模様の日が続き一昨日になってやっと晴れたので出かけてみた。ネットでは散り始めのマークでまだ花は残っているように見える。
福智山といってもどこだろうと思いながらクルマのナビに入力すると上野(あがの)焼の窯元のある集落から山に入るようだ。ここなら1年半前に焼き物つくりに来たことがある。なーんだという気がする、福岡はこれというスポットが結構集まっていると感じる、というよりそもそも九州はそれ程大きな島ではないというべきかもしれない。便利といえば便利だが驚きに欠けるところがどこかある。

2時間ほどで登山口につきクルマを置いて登り始める。正確な位置をプロットした地図がネットからはついに得られず、道がよく解らないので出会う人毎に虎尾桜はどちら?と聞く羽目になる。ほぼ一本道を2-30分ほど登ればいいようだ、しかし直登できつい。
道標に従って小さな橋を渡ったり沢の端っこを登ったりしてやっと辿り着く、雨が降ると登りたくない道だ。
Torao 虎尾桜は散り始めのネット情報とは違ってもう散り終わりに近い状態だった。花は2-3分残しで青葉のほうが目立つ。しかし立派な木だ、600年といえばそうかと思わさせる風格がある。もう一週間早く来なければ。。。来年はそうしよう、との思いが湧き上がってくる。しかしこの状態でもそれなりに美しい。
はらはら落ちるはなびらを十分に楽しんだ後下る。鳥の声が多い。ソウシチョウがあちこちで鳴いているがそのうち「焼酎一杯グイー」というセンダイムシクイの声が聞こえるしオオルリの声も近づいてくる。暫く眺めているとセンダイムシクイが現れオオルリも姿を見せる。動きがまだ落ち着かないようで写真には撮れないが見て聞けば十分だ。いずれも今季はじめて見る、栃木よりいくらか早い。いい季節だ。

 

桜の季節にはやはり桜を追いかけるのがいいようだ、季節に従うように季節の声を聞く、抵抗しない、そんな生き方に大分浸ってきた。

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2014年11月 5日 (水)

脊振山の紅葉を見る

Momiji2 朝の冷え込みが一段と進んできた。昨日今日は6-7度の最低気温となって紅葉の進み具 合が気になる。

常緑樹が多い九州では紅葉は迫力に欠ける。

そうはいっても標高がおよそ1000mでブナの林がある脊振山山頂付近ならそれなりではなかろうかと出かけてみた、 からりとした青空が続くせいもある。

西側から佐賀県に抜けて脊振山の南山麓より山頂へ向かう。山頂付近になってかなりいい雰囲気の色付いた木々が見えてくる、悪くはない。 山頂駐車場にクルマを置いて散策する。稜Momiji5線に沿った山道が歩きやすくブナの黄葉やコハウチワカエデの紅がなかなかいい。時折シジュウカラやヤマガラが高い声を響かせ、枯れていく秋の繊細な時間が流れていく、久し振りだ。

それにしても那須・日光や南会津の山々を包む紅葉の景色がなつかしい。カエデの種類も九州は少ない、例えばハウチワカエデやオオイタヤメイゲツ等は九州にはなく紅葉見物といえばイロハモミジばかりのような印象さえ受ける。九州の紅葉は久住付近が良さそうだが少々遠いし結構山歩きが必要となる。 地道に探していくほかないようだが脊振山がまずまずであることは解った。

どうあれ Momiji6タイミングを計る意思と天候と体調 とがうまくマッチしなければ思った程の紅葉は見られない。この秋は久住あたりに行けるだろうか、肉離れを起こした右足も少しは歩けるようになったが長距離の車の運転はまだどこか不安がある、晴れはいつまで続くだろうか、タイミングを次第に逃しつつあるような気がしている。

山のモミジを見る、簡単に思えていたことがそうでもなくなってくる。何かを得れば何かを失う、そういうものだろうと素直に受け入れる。そんな風景がいかにも秋らしMomiji4い。

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2014年9月29日 (月)

風師山と旧伊藤伝右衛門邸に戦前の勢いを感じながら

9月がおわろうとしている、9月はなんだか短い、夏が終わったと思っているうちに9月はもう無くなってしまう。
九月のうちにやってしまおうと思っていたことを潰しにかかる。一つは鳥の渡りのポイントとしKazashi て是非訪れてみるべきだと佐世保の烏帽子岳で出会った人に勧められていた風師山に行ってみることだ。ハチクマをはじめとする秋の渡りルートの隘路が関門海峡でありここを見るに最もいい位置にあるのが風師山だ。この金曜日、晴れると思ってはいたが思った以上によく晴れた、こんな日には家に閉じこもっていることはないと出かけた。
門司港駅あたりから山登りの道に入る、急で広くない、離合は道幅のあるところでないとできない。不安な道を上り詰めると展望台のようなところに出て車が10台くらい駐められる、空いているところに停めて後は稜線歩きだ。しばらく行くと左-風師山・直進-展望広場の道標が現れる。もう十分な標高になっているので鷹見であれば展望広場かも知れないと直進する。正解だった。数分の短い登りでピークに到達、鷹の渡りウオッチングをしている人達が見えてくる。3角点はないが、風師山の山頂の標高より2m高い標高と風頭山の名とを記した杭が立っている。双耳峰のもうひとつのピークということらしい。
大型船の行き交う関門海峡を一望に出来、眼下に巌流島をKazasi3 望む。素晴らしくも眺めのいいところだ。鷹見のポイントとしては申し分ない、鷹が来なくても景色を眺めているだけで楽しい。時々ハチクマが現れる、あれっハチクマと違うと思う時は「チゴ!」との声が飛ぶ、ピンと尖った翼を伸ばしたチゴハヤブサも登場する。のんびり鷹を見るペースが丁度いい。登山家槙有恒もマナスルに初登頂した翌年にここを訪れたとの碑が建っている、アイガーの麓で見た槙が寄贈した山小屋を思い起こしたりもする、アイガー北東山稜は槙の初登頂だ。カナディアンロッキーのマウントアルバータも槙らが初登頂したとある、カナディアンロッキーを訪れた時この山は見えなかったが勢いのある人だと思ってしまう。戦前の勢いがどこか伝わる。目の前の景色と幾つかの時の流れが交錯していい感じだ。

もういいか、という頃合で辞してもう一つの九月中に回っておきたい所へ向かう。飯塚の旧伊藤伝右衛門邸だ、9月中というのは勿論「花子とアン」が終わる前にということだが、この8月末に訪れたものの定休日で残念な思いをしたリベンジを片付けてしまいたいという気持ちもあっItouden3 た。「花子とアン」の嘉納伝助のモデルが伊藤伝右衛門だ。
八幡インターで九州自動車道をおりて無料の高速道路のような国道200号線を南下すると程なく到着する。筑豊振興を目指したインフラ整備のこれもその一つだろうか、道はいい。
ウイークデイというのに入場者がひっきりなしで団体も次々に現れる。明治44年の白蓮との婚姻を機に整備された豪邸で庭は国の名勝にも指定されている。建物は大きく立派だがそれ程凝ったものでもないし庭もよく造られているが感動を与えるほどでもない。東京から遠く離れ今でも街外れのようなところItouden2 にあるこの屋敷に白蓮が次第に耐え切れなくなったのもどこか解る気がする。
伊藤家は伝右衛門一代にして財を成したが伝右衛門の死後、石炭産業の凋落とともに勢いを失っていった。
結局は繁栄の残滓を眺めているだけだが物語がこの屋敷を巡って幾つも繰り広げられていったと思うと村岡花子のいう想像の翼が拡がっていくようで面白い。

9月はこうして10月へと転んでいく。一月一月まとめきれないような意味を抱えて過ぎ去っていく時が惜しい様でもあり楽しItouden くもある。ともかくこんな好天が続く九月も珍しい。

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2014年8月25日 (月)

平尾台で驚き

朝いつものように気象データをダウンロードして眺めているとどう見ても久し振りの晴れで野外に出かけるのには好適な天気のようだ。思いついたように平尾台に出かけた。
先週の週末はタモリカップヨットレースに参加して遊んでいた、ちょうどよい風が吹いてヨットには何よりではあったのだが、雨交じりの天気で一般にはあまりよい天気とはいえない。その後も雨模様が続き22日の明け方には激しい雷雨もあってこのところいささか気が晴れない思いがしていた。
Hiraod1 平尾台は北九州市小倉の南にある標高400mくらいのカルスト台地だ。幼い頃に学校からの遠足で1度訪れたように覚えているが記憶は相当に薄れている。山口の秋吉台よりは小規模で幼い頃はあまり大したところではないとの言葉が付きまとっていたようにも思う。
福岡に戻ってきて平尾台の広谷湿原が結構いいとの記事を新聞の片隅で読んで一度行って見なくてはと思っていた。福岡では湿原らしい湿原にお目にかかったことがない。
ネットで調べると福岡市の自宅からは九州道経由で行くのが最も簡単で1時間半もあれば到着できるはずだ。11年目の車検を通したばかりのクルマで調子を見ながら走っていく。
台地の上に上がりまずは平尾台の中心と思しき茶の床園地に向かう、ネットで見る限りここに駐車するのが広谷湿地には最も近い。到着する と駐車場は満杯近いが丁度空いたばかりのスペースに車を入れることができて園地のあずまやで早めの食事をとるとする。先客の初老の男性と話をしていると、那珂川町から朝早く来たといい広谷湿地のサギソウ自生地への行き方を教Hiraod9えてくれるがよく頭に入らない。何でも丁度サギソウが見頃ということらしい。よく話す。福岡ではよく話す人にしばしば出くわす、タクシーの運転手で福岡程よ く喋るところは他には知らない。
広谷湿原までは事前に入れてきたGPSのポイントに従って歩いていく、といっても舗装してある道で間違えようもない。うねっている草原に羊のような石灰石の岩が点在する広々とした景観が気持ちがいい。

程なく湿地に着く、思Hiraod3ったより大分小さい。こちらに来てそれなりの規模の湿地というと久住の長者原辺りの湿地くらいしか知らない、九州は高層湿地には恵まれないようだ。遊歩道があるが木道も無い。

ギボウシらしい花がたくさん咲いている、遊歩道脇の草刈をしていた男 性があれはイワギボウシです、サワギキョウが来週なら咲くでしょうといろいろ説明してくれる、サギソウ自生地をここでも教わりやっと具体的な行き方がわかる、それにしてもこの人もHiraod2Hiraod6よく話す。何はともあれ有難い。
サギソウ自生地へ行ってみると清楚な花が見頃に咲いている、野生のものは初めて見る、いかにもか弱く絶滅危惧種の雰囲気がある。
花はこの他九州以南に咲くノヒメユリが草原のあちこち咲きキキョウやサイヨウシャジン、オミナエシ、ツリフネソウ、ホザキ ノミミカキグサ他よく見る花も珍しい花もいろいろ見れる。なかなかいいところだ。蝶やトンボも面白そうでそHiraod5う広くもない範囲に多様な生き物や鉱物が分布している様がちょっとした驚きだ。
千仏鍾乳洞というところに回る。帰りがけの駄賃にと寄ったのだが、これがびっくり。まず駐車場から急な坂道を随分と下らなければならない、これは帰りは大変だと思えるが引き返すのも悔しい、やっと辿りつくと濡れてもいいようにビニール草履に履き替えて鍾乳洞に入るようになっている。なんだか大袈裟のように感じたが履き替えてともかく中に入る。大分来たなという所で狭くなって下が流水になる、かなり冷たい。直に終わる だろうとタカをくくっているとこれが終わらない、曲がりくねりながら狭い洞窟を先がどうなっているかわからないまま水に浸かって進むのはつらくなる。それに足も冷Hiraod7たい。観光用というには危ない感じがしてきて途中で引き返す。次から次へと見物客は進んできておりこれに逆らって戻るのも楽ではない、殆どが子 供連れかアベックだ。大丈夫だろうかとも思ってしまう。出口まで戻って一休みしてくだんの急坂を戻る、足が軽くなったようで帰りは思いのほか楽だ。
家に帰ってネットでこの鍾乳洞についての書き込みをいろいろ見てHiraod8みるとこのアドベンチャー風な洞窟が思ったより好評のようだ。多くの普通の人が一番奥の電灯がついてないルート(この日は水量が多くてクローズされていた)を滝のところまでヘッドランプを付けて入り込んでいるようで驚かされる、観光用とは思えない洞窟だ。それが好まれている。地震が起きたらどうなるんだろうとすぐに思うがこの地では地震は殆どない、そんな事情も背景にあるのだろう。

未だにこの九州という地を理解しきっていない、そう感じている。この先もずっとこの感じは拭えないのかもしれない、そうも予感している。しかし 突き放れたふるさと、その感触も悪くもない。

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2013年8月19日 (月)

背振山にブナを見る

背振山に行ってみた。6月にたどり着けなかったので仕切りなおしということになる。道の情Sefuri_2 報がはっきりしている西の三瀬トンネル側からまわって行った。ところどころでセンターラインがなくなるが、対馬の周回道より相当に立派な道を上り詰めると山頂直下の自衛隊駐屯地に行き当たる。自衛隊の駐屯地入口の右横にやや細い道があってそこ進むと先が開けて山上駐車場についた。思いのほか広い。トイレもあるし自販機もある。舗装は無いが普通の観光地の駐車場だ。端っこの空いたスペースにクルマを止めて外に出ると涼しい。標高990mでは下界より6度は気温が低い計算だがそれ以上に涼しく感じる。これはいい。
木陰に入ってぼんやりしていると後から来て車を降りた2人連れがいそいそと椅子と敷物を持って直ぐ近くの木の下の良さげな場所をさっさと占領してしまう。遠慮が無い。こんな雰囲気は地方風の都会の世知辛さが出ていて栃木とも東京風とも違う。
暑そうな山頂はよして ブナの林があるという蛤岳に向かう尾根道を下っていく。木陰になっていて気持ちがいい。鳥の声が聞こえてなんだろうと久し振りに録音する。イカルに少し似ているが違う、姿も葉陰にちらちらするが結構小さな鳥のようで忙しく動いている。自宅に帰って調べるとソソウシチョウだった。数年前の冬 栃木の井頭公園で群を見たことがあるが声を聞くのは初めてだった。ソウシチョウの声 声がいいので中国で飼育されて広がったものらしいが、そこまでのいい声でもない。
道の両側にブナが見えてくる。木肌の美しさは日光や尾瀬近辺のブナほどでないがとにかくブナだ。なんだかほっとする。晩秋には黄葉をみせてくれるだろうか。ここらは冬は雪も深いBina_2 ようだ。蛤岳というのもよさそうだ、水が豊富らしい、そのうち行ってみるかと適当に引き返す。

ハイキング中の人に何人か出会う、山ガールではないおじさんおばさんばかりだ、そういう山なのだろう。
駐車場の隅の木陰でのんびりスケッチをして時間を過ごす。アキアカネがまっているし、大柄の見たことも無い黒いチョウが現れたりもしてぼんやり過ごしていても気持ちがいい。
林立する中継アンテナやレーダーアンテナそれにミサイルの模型は無粋だがそれを気にしなければいいところだ。
下まで下りてくると猛暑の夏が満ち満ちている。
すこしずつ夏の九州の過ごし方にも慣れてきた、暑くても家から出て動き回るのがいいようだ。夏の暑さもそろそろ終盤のはずだ、秋はどのようにやってくるだろうか。

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2013年7月14日 (日)

屋久島の旅ーーーその3

屋久島の旅3日目。
縄文杉登山から帰った夜は宿の階段を上るのもつらいほどだったが翌日には大分回復して、予定の白谷雲水峡に行くことにした。宿を出た朝8時過ぎでは薬屋はまだ開いていなくてエアーサロンパスは入手できないがイオン飲料を大目に買い込んで向かう。周回道路から左に折れて走りやすい道で高度600mまであげYakusm21 る。駐車場には既に沢山のクルマが停まっている。歩道入口の沢の眺めが涼しげだ。今日も晴れている。屋久島の天気は大体がこんなものですよ、と宿で言われる、雨ばかりというのは中心部の山岳地帯のことのようだ。島の森に絡まる湿った空気が暖められれば相当温位の逆転が容易に起こって上昇気流が発達しやすく雨を降らすほどの雲にまでなることはいかにもありそうだ。森があるから雨が降る、雨が降るYakusm22 から森が育つの循環が成り立っているのだろう。
この日のルートは苔の風景が主眼なので楠木歩道経由で苔むす谷に向けて歩けばいいかとの心積りだ。沢を上る道から程なく右岸の急な斜面を上がって楠木歩道に入る。この道は江戸時代に年貢米の代わりとなる木材を運ぶために作られた道そのものだという、普通の山道だ。木材の運搬は大変な仕事だったに違いない。しかしこのくらいの道で運べる程度にYakusm23 しか伐採できず自然の姿が維持できたとも思える。屋久杉の伐採の多くは戦後の機械化された林業によっているようだ、人間の文明が進化すればそれだけ破壊的にもなる。あたりまえのことを改めて考えてしまう。
今日は短いコースだしどこでも引き返せるとゆっくり景色を見ながら歩く。水と木と苔と石の作る風景がなんとも言えなくてどこを切り出しても絵になる。特に苔がいい。ヤクシカもヤクザルも方々で姿を見せる。シカは苔も食べるようだ。餌は無尽蔵といってもいい。苔は杉苔が主のようで杉苔Yakusm25 の間から杉のような小さい葉が出ていたりする。縄文の昔がそのまま今に流れている時と重なってくるように思える、やさしい森だ、いい森だ。
沢が細くなって時々渡渉する、上流で急な雨が降れば渡渉も厄介になるかもしれない、そんなことも考えるがいまのところ島の中央部の雲は積乱雲にはなっていないようだ、まだ大丈夫そうだと緩やかなのぼりを歩いていく。それなりのリスクがあるコースだからだろうか、ここもガイド付きツアーが目立つ。昨日縄文杉を歩いていた人に何人も Yakusm26_2 出会うし山ガールも多い。昼前に白谷小屋に着く、ここは水場もあり丁度いいかと弁当をたべる。その先の苔むす森と名づけられたところまで行って引き返すことにする。1日中散策しても飽きないように思える。

ゆっくり山を降り空港近くの日帰り湯に入って4時前に屋久島空港を後にする。
屋久島は観光の島ではなかった、存在し続ける森らしい森全体をただただ感じるだけの島だった。どこを切り取っても素晴らしいし、どこを切り取っても同じといえば同じだ。もう十分と思Yakusm27 えばそれもよし、もっとと思えばまたくればいい、すこぶる個人的な思いの島だった。それがとりわけいいのだろう。

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屋久島にてーーーその2

屋久島の旅2日目は縄文杉への長い道のりだ。天気は予想通りの晴れとなった。往復およそ22km,標高差700m、山道では歩いたことの無い厳しさだ。4時に起き宿に頼んでおいた朝昼食2食を受け取って4時半前に宿をクルマで出発、専用バスの駐車場に向かう。4:44発の始発バスは既に満席で乗れない、待っている間に朝食を食べて5:00発のバスに乗り込む。まずは予定通りだ。結構なスピードで細い山道を走るバスはおよそ35分で登山口へ運んでくれた。

登山口はトロッコ線路の終点になっていてここから8.2kmのトロッコ線路をひたすYakusm11 ら歩く。最初の1時間ほどは枕木を踏みながらですこぶる歩きにくいが旧小杉谷小中学校跡からは線路の中央に板が渡してありおよそ木道歩きの感じとなり歩きやすい。それにしてもこんな山の中に小学校があったということに驚かされる、戦後も盛んに屋久杉は伐採されこの地に集落が1970年頃まで存続していたという。

一休みしてまた歩く。尾瀬ヶ原の木道歩きも長いがそれより更に長い、おまけにその先に急な山登りがくっつくから大変になる、とりわYakusm31 け厳しいのが最終下山バスは18時発と決まっていることでこれに遅れるととても歩いては人家のあるところまで戻れず野宿ということになる。相当なリスクだ。そんな事情もあってかこのコースはガイドの率いるグループが殆どを占める。中には個人ガイドで歩いている単独山ガールも時々いる。登山者が皆若いのも他の山とは違う、年寄りにはきつすぎるしピークハントもない、山ガールだらけだ。こちらはGPSと地図で時間と距離をみながら行けば大丈夫だろうとガイドなしとした、

18時までにはまYakusm32 だ行程に余裕があるとばかり景色を見たり鳥の声を録音したりしてのんびり歩く。鹿が多い。ヤクシカという屋久島特有の鹿でやさしく小型でかわいらしくアニメにも出てきそうな鹿だ。本土のがさつなホンシュウシカとは随分違う。サル(ヤクシマザル)もしばしばあらわれるがこちらものんびりしていて日光のサル(ホンドザル)とは別の種のようにみえてしまう、亜種で小さく人を警戒してもいない。イノシシはおらず深刻な食害問題もないようで全体に動物は平和な世界を形作っているように見える。朝は 野鳥の声も多くコマドリが直ぐ近くでさえずったりして礼文利尻の旅を思い出してしまう。森が深いだけに姿は殆ど見えないが鳥もいい。長くても楽しめるコースだ。

登山口からおよそ3時間30分かけてトロッコ道終点の大株歩道入口に到着した。 標準で3時間弱だから大分遅れているがまだ続々とグループが到着しており時間的な余裕はある感触だ。ここからウイルソン株をへて縄文杉に至る上りにかかる、結構きつい。若いグループに次々に抜かれながらも出発後4時間20分でウイルソン株に到着する、ここまでくればまずまずで後は行けるところまで行けばいいとの心つもりだった。人が多くて切り株内部に入るのに順番待ち状態だ。入ると随分な空洞だ、ハート型の断面の大きな空洞が残されている。こういう状態では年輪はどう数えるのだろうか考えてしまう、最
Yakusm34外縁部が生育を始めた年として数えるのだろうが空洞まですぐに達しそうだ。木は新しい内側から死滅していき内側の空洞の大きくなって寿命が尽きるらしい、広がり方が遅ければ長い寿命を保てるということになる、人の脳の老化のようだ、昔のことは覚えているが最近のことはすぐ忘れてしまう。

中心部に空洞ができると単純に年輪を数えれば樹齢が分かるということは無くなり年輪の同定が必要になる、樹齢の算定は簡単ではないようだ。この株ではYakusm35およそ3200年前ということになっている、とにかく古い。歩きながら幾つかの切り株を見ると小さな切り株の一番内側に小さなハート型の空洞が見られることがある、若い頃から老化が始まってしまうものもあるということだろう、人の命と重ね合わせてしまう。

ウイルソン株から急な階段のぼりがあって次第に疲れてくる、大王杉に着く頃にはしたたる汗に限界を越えているのではないかと思い始める、しかしここまでくれば縄文杉はもうすぐだ、引き返しづらい。

予定の引き返し時刻12時をやや回るがまだ後続が大勢いてここまできたのだからと一上りしてついに縄文杉に到達する、12時18分、歩き始めて6時間30分近い。縄文杉はそばには寄れず離れたところから観察するほか無いが観察場所は大混雑で順番待ちとなる、スケジュールからいって昼頃にここに人が集中するのは避けられない。
樹齢は色々説があり4000年とも6300年とも7300年ともいわれる、いずれにしろ古い。生き物は長く生きるとこうなるのかと感じさせる、麗しさはなくなり生命力本来の執念のようなものの固まりに見えてくる、これは偉い、ほとんどの
Yakusm12人類文明の歴史とパラレルに生き続けた存在感がすごい。われわれは今後6000年生きる生物を育て始めているだろうか、そうでなければこの屋久杉は空前絶後の存在なのだろうか、色々考えてしまう。人類文明の歴史もまだこんなものなんだとも。

戻り始めてものの20分も行くと突然右足の太ももがつりはじめた。休んでしばらくさすると良くなるが、数分歩くと今度は左足が同じようになる、交互に起こってだんだん厳しくなる、戻りの距離を考えて戻れないのではないかと不安が頭を占領する。

道脇に足を投げ出してさすっていると大丈夫ですかと何人もから声がかかる、中にエアーサロンパスを持っているガイドの方が居て両足にたっぷりかけて簡単な治療をしてくれる、さらに薬の効き目が切れた時にと貼り薬を数枚提供して下さる方も居て頭が下がる。さすって血が流れればすぐに回復する、登りのように血圧の高い状態で血流を送っているときは出にくく下りで足が浮いたようなときに出やすい、症状の出方が血流と関係あるようでそんな感じだと説明したら言いながらこれは熱中症の初期症状かもしれないと思った、持ってきたのは水やお茶ばかりで塩も無く大量の汗で塩分が出てしまえば血栓ができやすくなっているのではないかと気になってきた。そう思っていたらエアサロンパスの処置をして頂いた方が粉末のポカリまで分けてくれた。本当に有難い。

次の水場で500mlのポカリを作って一気に飲み干す。何とかなるかもしれないと思えてきた。こんなときの親切は何にも代えがたい。それにしても熱中症対策を考えてこなかったのはうかつだった、標高1000mの樹林帯では気温も大して上がるまいとたかをくくっていたこともある。梅雨明け直後のこの日は十分に暑い日となった。

足は何とか動いてくれて貼り薬の助けも借りながらようやくトロッコ道まで降りてきた。多くの人に支えられて自分は生きていると思い知らされる。後はひたすら緩い下りを歩くだけだと安心した。脈絡は無いがただただ森の命という言葉を改めて感じる。

まだ最後部ではないと歩いていると次々に抜かれて後ろが少なくなっていく。途中の計算では5時半頃に着きそうだと思っていたがさすがに疲れて休み休み歩き、しだいに危なくなる、とにかくできる範囲で急ぐ。結局やや遅れたもののなんとか5時40分にバス乗り場に到着した。6時の最終に間に合った、しかし際どい。これからは山歩きするときはエアーサロンパス、貼り薬、粉末ポカリは必携だ、そして今度は自分が誰かを助ける責務を渡された、そう思っていた。単なる古い杉を見たということをはるかに越えた体験全体が強烈だった。
最終バスに乗ればまた普通の世界が戻る。翌日は歩けるものなら白谷雲水峡をとにかく歩いてみよう。宿の食事の後はただただ眠る。

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森の島屋久島へ行くーーその1

屋久島は一度は行かねばと思っていた場所だった。若い頃は宮之浦岳が九州で一番高い山ならそこは登っておかねばとの思いが先走っていたがいつの日からもう高さはどうでもよいと ピークを踏むことにさほど価値を感じなくなってきて興味は屋久杉とそれを含む自然全体へと移っていった。今週実現した2泊3日の屋久島への旅から帰ってきて長年の課題をやっと果たしたというよりその濃密さが体の中をぐるぐる回っている。景観というより頗る個人的な体験全体が強い印象を残した。
最初から書き留めておこうと思う。
屋久島へは福岡から日に1便ある日本エアーコミュータ(JAC)のサーブ340B(36人乗り)で飛んだ。自宅から空港まではクルマでいって空港近くの送迎付きパーキングに停める、1日800円だからタクシー往復の半分以下だし、随分気楽だ。SF340には海外で乗ったことがあるような気がしていたが空港のエプロンを歩いてタラップを上がり機内にYakusm1 入ると初めての機体だった。1-2の3席配置の'1'の窓際に縦2席で座る、巡航高度が低いため(18,000ft位)地上の景色が良く見えて楽しい。
開門岳を過ぎると洋上には雲が無い、明瞭な梅雨明けだ。程なく晴れた屋久島空港に着く。空港の周りは森が支配しているようで森に埋もれるように幾つかの建物が見える。屋久島は森の島だ、改めて思い知らされる。

空港出口にレンタカー屋が迎えに来ていてそのまますぐそばの日産レンタに向かう。軽を予約していて対馬の不調な軽のようなことにならないかと懸念していたが出てきた車はモコの新車だった、走行距離はまだ2500kmだ、対馬のレンタカーより随分といいし対応もビジネスライクだ、やはり世界遺産の島だ観光客慣れしている。すらすら運んで予定よりやや早いペースでこの日の目的地ヤクスYakusm2 ギランドに向けて出発する。14:20屋久島着ではいけるところは限られてしまう、この日はヤクスギランドの50分コースを回ることにしていた。広い道幅がやにわに細くなったりする道路を4-50分走って到着する、みやげもの店が1つと入り口ゲートがあるばかりだ、シンプルで感じがいい。出発地点でヤクシカが車のそばに現れる、随分とおとなしいし人を警戒していない、日光のシカとは大分違う。

ほとんどが板張りの良く作られた遊歩道を歩く、足慣らしには丁度いい。屋久島についに来たと屋久杉をYakusm3眺めながら歩いていたのだが今から思い出そうとすると何処か印象が薄 い、随分前のことに思えてしまう、その後の縄文杉、白谷雲水峡の印象が強烈に残っているためだろうか。一回りした後、紀元杉という樹齢3000年といわれる杉も見てみる、複雑にもつれ合う造形、いかにも長い年月がその上にある。ヤクスギランドから紀元杉まではクルマで移動だが雨で土が流されるのだろうか車道の舗装が傷んでいて気を許すと道路の舗装の穴に落ちる。走りにくい。自然に圧倒される人間の営みをどうしても感じてしまう。森がすべてを支配している島だ。
宿は安房(あんぼう)のビジネスホテルのようなところだったが食事は凝っていてとびうおの飛んでいる姿の揚げものが出てきたりする、面白いしおいしい。翌日の登山バスの切符を受け取ったり弁当をお願いしたりして次の日の縄文杉登山に備える、ここYakusm4 まではいつもの旅の雰囲気だった。(続く)。

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