2017年7月26日 (水)

治水は人類の進歩とともにあり続ける

建築中の五ケ山ダムを見に行った。背振山の東にあって博多湾にそそぐ那珂川の上流部の水系に建設されているダムだ。福岡平野から山越えで吉野ケ里に行く時に通る場所にある。栄西が宋から持ち帰った茶の木を初めて植えたと伝えられるあたりということにもなる。古くからの歴史を抱えている場所だ。建設も終盤で貯水を始めているらしい。

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2004年頃取り付け道路の工事が始まり2012年にダム本体工事が始まった。自宅から佐賀に抜けるには便利なルートでしばしば使っていたがダム工事の進展に伴ってみるみる道がよくなっていくのが印象的でどんなダムができるのだろうと気になっていた。

 

今回は野鳥の繋がりで見学会があるというのででかけた。ビオトープも新たに作られているというあたりが野鳥とかかわりがあるということだろうか。
福岡平野は年間降水量は平均的には少なくはない

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が、年間降水量に占める梅雨時期の降水量の割合がほかの地域より大きい傾向があって空梅雨ではその影響を受けやすい、そのためだろう、やたらと溜池があるし大きな水不足に何回も襲われている。今は筑後川から水を送っていたり博多湾の海水から水道水を作ったりもして水には随分と苦労している。こんな状態を少しでも解消しようという多目的水利用のためのダムとして五ケ山ダムは作られているようだ、発電もあるがはダム自体が使う電気を賄う程度の極めて小規模のものだという。エネルギーをダムに求める時代は終わっているようだ。
勿論大雨が降った時はそれをある程度吸収できるように通常の水位には余裕を持たせ洪水防止にも機能するようになっているという。

今回のような北部九州豪雨でも筑後川水系のダムは例えば寺内ダムのようにギリギリまで大雨を溜め込んで水位調整に役立っておりその状況を見ると一時期叫ばれていたダム不要論は行き過ぎていたのかと思わせる。民主党政権下で見直された小石原ダムが間に合っておれば、という声もあるようだ。治水のかなめは矢張りダムが強力だ。中小河川を地道に抑え込む治水が大事の様だ。考えてみるまでもなく治水は人類の進歩とともにあり続けた。

それにしても巨大な工事による大規模自然改変であることは間違いない。生態系の維持を考えたビオトープの設置が最近のダムでは常識の様で、環境アセスメントの結果でそうなっているというような説明が見学時の質問に答えてあった。生物多様性基本法が実効的に動き出し、少しでもそんな多元的な思考が行われるようになったというのは時代の進歩といえるだろう。政治の世界も失敗もあるがいいこともしている、そう感じさせる。色々学び考えさせられる、こんな見学は面白い。

行き過ぎては戻す、この繰り返しで少しづつ前に進む、それが人類の当たり前の姿なのだろう。どこまで行けるだろうか、一億年後はどうなっているだろうか、見られないのが悔しい、また思ってしまった。

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2016年12月14日 (水)

遭難漂流記を読む

風邪をひくが治りが悪い。血痰が出る。感じ悪い。近くの医院から国立病院に回されて、胸輪切りのCTスキャン、レントゲン、血液検査、インフルエンザ、マイコプラズマと検査をいくつもされた、診察や投薬と合わせて2万円近い。結局大した問題はなさそうだがはっきりはわからなくて費用対効果がすこぶる悪い。
こんな医者かかりは仕事を離れた身ではやってはいけないことなのだろう。しかし、もろくなった体にどう付き合うべきか未だに分からない。


病でごろごろしているため本を読む時間も十分とれる。今は

Taka1 ヨットの遭難漂流の手記を2つ読んでいる。一つは佐野三治著「たった一人の生還―「たか号」漂流二十七日間の闘い」、もう一つはスティーヴ・キャラハン著「大西洋漂流76日間漂流」だ。


どこか似通っている。キャラハンは1982年2月の遭難、佐野三治は1991年末で10年近く開きがあるが同じような形の救命イカダ(ライフラフト)、同じようなイーパブ (EPIRB-緊急位置指示無線標識)を積んでいる。いずれの場合も結局EPIRBは役に立たなかった(たか号はバッテリーを持たせるために保護されていて電源がすぐに入らず、結局乗員が気が付かないうちにEPIRBを流してしまった)、役に立っていればこんなに苦しい漂流にはならなかったともいえる。
救命いかだはキャラハンは2名の使用を考えて6名
乗りを準備した。一度4名乗りに2名で乗って流されたことがあって非常に窮屈だったので6名用を準備したという。たか号Calahan では8名用ではじめ6名で流された。窮屈この上なかったようだ。キャラハンはチンしてまだ浮いているヨットからできるだけ必要なものをイカダに移すことに成功した。特にモリとなった水中銃は食料調達に有効だった。釣りではうまくいかないようだ。鳥を手づかみで捕まえることには2つのケースとも成功している。

真水の調達にはキャラハンは太陽熱利用の真水製造機を予備も含め2個用意していた、これが極めて有効だった。たか号では結局雨のほかは自分の尿を飲んでしのいだことになる。緊急事態に対する備えではキャラハンのほうがはるかに用意周到だった。キャラハンは外洋ヨットを設計製造していたため遭難・漂流に際してもあらゆるものを使ってそれなりに対処できイカダの修理や真水製造機の修理や水中銃の修理もうまくできたように思われる。たか号の準備はレース参加が間際で決まったこともあって手抜かりがありまた沈没時に救命いかだに備わった食料や水機材の多くを誤って流してしまったということもあった。
こんなこともあってたか号は最初の17日で6人中5人が亡くなった。キャラハンは最初から一人だった。食料も水もたか号は遥かに厳しい状況ににあったといえるだろう。読んでいくとサバイバルには結局水が大問題であるように思える。青い砂漠と表現している。

キャラハンの救命いかだに装備されていた太陽熱利用の真水製造機は現在でも


51c2lvlaeul Aquamate Solar Stillという商品名でamazon(米国)で250$くらいで販売されている。キャラハンの使ったものよりやや改良されているようではあるが基本同じだ。ライフラフトには今や必需品ではないかと思う。
EPIRBも輸入品ならGPS付きで5-6万円くらいで売られている、NOAAに住所氏名をnetから登録しておけば実運用上はいいようだ。キャラハンの時は航空機や船舶に通達する形式だったものが今は衛星で受信される形式で48時間くらい発信続ければほとんど必ず伝わることになっているようだ。これがあればこんな長い漂流は今はないと思っていいのだろう。国産品で国内登録・維持するにはかなりやっかいで数倍以上の金がかかるというから不思議だ、安全で金儲けする仕組みはいかがなものかと思う。TPPではないが厄介な仕組みはすっきりさせて米国等と同等の負担で個人が使えるようにするのがスジだろう。

2つの遭難記を読むとたか号の沈没は悪天候だがキャラハンはクジラに衝突したのではないかとしている、遭難というと荒れた海と思うがそうばかりではない、思いがけないことで死に直面するようだ。外洋に出ると何が起こってもおかしくない、よくヨットでの単独横断などと出かけるものだと思ってしまうがここまで考えが至ると、歳をとったなとも思ってしまう、そうなのだろう。もう心が老けてきたし体ももろくなっている、もはや出来ないことが次々に目の前にあらわになってくる、そんな
になってしまったと思い知らされる日々が過ぎていく。

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2016年11月17日 (木)

ネットでJazzを学ぶ

隈研吾の現代日本建築家の系譜についてのネットの講義がなかなかよかったので、ほかにも出来そうなものをedXのサイトで探してみた。
たまたま目に入った「Introduction To Music Theory」というバークレー音楽院が提供しているコースがよさそうなのでこれをとることにした。バークレーといえば一昔前渡辺貞夫が留学してモダンジャズの理論を学びそれを日本で拡散したと記憶にある、そんなところが提供するネット講座なら多分有益に違いない。
9月終わり頃申し込んで暫くほかのことにかまけてほっておいたら、講座は進んでますよというレスポンスの催促メールが数回来る。そろそろできるかと思って10月中ころに着手した。英語だがもちろん無料だ。
講座は6回からなり、コードの組み立てと進行形、improvisation(いわゆるアドリブ演奏)のEdx 手ほどき等からなる。
講義の動画には英語字幕とそのテキスト版がつくので聞き漏らした単語は映像を止めて落ち着いて調べることができる。英語の勉強にもなる。
動画で講師が説明した後簡単なテストがあって先へ進む。講師は意のままに音を操る雰囲気のあるミュージシャンのようだ、信頼感がある。
メイジャーコード、ドミナントコード、などの説明に続いてマイナーペンタトニックスケールの説明がある。
ブルースコード進行の基本がドミナントセブンであるとはきっちりは認識していなかった、とかマイナーペンタトニックスケールなるものがインプロビゼーションの基本であると初めて知ったとか、今までぼんやりとしていたジャズのアドリブ奏法の基本をここへきてやっと教わった気がする。確かに有益だ。Jazzを聞く分にもこれ位はきちんと学んでおくべきだったと思う、しかし国内でこんなことを教えてくれる講座などありはしなかったように思う、時代は進んでいる。
この講座の最後が面白い、提供されたバックミュージックに乗せてブルースのアドリブを受講習生が演奏しYoutube等を利用してアップして講習を受けている任意の他の5人がこれを採点するという仕掛けだ。
こんなやり方をよく思いついたと思うが実際にやってみると、まず提供されたバックに合わせて演奏することそのものがちょっと難しい。ipadでバックの演奏を流しながら電子ピアノでこれに合わせて弾いてみて,これ全体を野鳥の録音に使っているデジタルレコーダーで録音するというやり方でやってみた。

何回かやっているうちに何とか録音できたものをYoutubeにアップロードするが録音だけのアップロードはできないのでYoutubeのガイドに従って適当な写真を演奏時間だけビデオ化してこれに演奏をくっつけるという操作をして出来上がる。可成りつたない演奏だがしょうがない。
とにかくYoutubeにアップしたそのurlを記入してedXに送ると数日の間に5人の評価が送られてくる。何とexcellent評価が3人で、総合評価はexcellentとなった。甘々の感じだが中に的確に不満足なところを指摘する書き込みもあってなかなかだ。勿論自分も評価側に回って別の知らない5人の演奏を評価して送る。国を超えて年齢を超えてこんなことができるのが面白い。

 

無料の講座としては素晴らしいと思ってしまう。確かに時代は進んでいる。人類の知恵もこんなことができるのならまだまだ拡大していくことがありそうだ。どこまで行ってしまうのだろうか、1000年位先が見たくなる。

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2016年3月11日 (金)

初御代桜

桜の季節がもうすぐそこまできて、早咲きの桜が映像で流れるようになってきた。あちこちのカワヅザクラHatumiyo1 がひとしきりテレビを賑わせた後、福岡市のすぐ南で初御代桜が見ごろになっているとの写真がfacebookに流れてきて、これは、と出かけた。
初御代桜(ハツミヨザクラ)とは初耳だったが、調べると寒緋桜と啓翁桜を掛け合わせてできた桜とある。啓翁桜は昭和5年に久留米でヒガンザクラからつくられた品種というから初御代桜は近年造られた比較的新しい品種の桜のようだ。カワヅザクラよりはやや遅い早咲きの桜ということらしい。
自宅から10kmほど南に行った那珂川町の山裾に咲いていHatumiyo2 るようで雨の止んでいるうちにと見に行った。
1800年位前に神功皇后が造ったとされる裂田の溝(さくたのうなで)の駐車場に車を置いて数分で初御代桜に至る。歴史的に深いものがある一帯だが途中の田んぼにはカワラヒワの50羽位の群れが飛び交っていて鳥も面白そうなところだ。
桜は遠くからでもそれと解る、上品な明るさが風景を魅力的にしている。けぶるようなピンクの感じがいい。近くによると個人の土地だがご自由にお入りくださいとの看板がある、作業している方に声をかけると40年くらいの桜だという。斜面をひHatumiyo3 な壇にして花がつながるように立体的に植えてある。ヒュウガミズキの黄緑の花が咲きつつあってこれもいい色のバランスを与えている。桜はもう散り始めていて盛りを少し過ぎた趣だが十分楽しめる。
ソメイヨシノばかりでなくこんな桜も増えてくれば桜も長い期間にわたって楽しめるのに、と思う。ソメイヨシノのピークはとがりすぎている、それがさっぱりしていいと好まれるのも解るが、のんびりとした春の楽しみ方があらまほしいと近頃は思っている。寒暖の波が激しさを増す温暖化する地球にはそHatumiyo4 んな優しい時間を人が作り出すようにしていかねばな、という気持ちがそんな思いに至らしめているような気もしている。春も間もなく本番だ。

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2016年2月20日 (土)

牡蠣

牡蠣には当たる体質なのだとついこの間まで思っていた。もう随分前になる、25年位前に広島産の大きな牡蠣を送って頂いたことがあって、それを食べた晩に激しい嘔吐と下痢を繰り返した。そのしばらく後にも会社の飲み会で2度ほど牡蠣があってそれに2度とも同じ症状であたった。他にも仲間内の新年会で牡蠣が出てこれにもあたった。おいしそうな牡蠣には悉くあたっていて、これは牡蠣に対する抗体か何かが体の中にできてしまって牡蠣を受け付けない体質になったのだろうと思っていた。家人からもよそで牡蠣が出ても食べないようにといつも釘を刺されていた。一昨年、広島で気象の集まりがあった時も牡蠣ランチを誘われたが固辞した、ちょっと情けない思いがする。牡蠣アレルギーというのがあるらしくこれかとも思っていたが、小さくなるくらいまでによく焼いた牡蠣を食べた時は何ともないのでこれではなさそうだ。
Kaki つい最近テレビで牡蠣に当たらないよう食べるにはよく火を入れればいい、という特集が放送されていたの見て、今まで当たっていたのはノロか食中毒のためではなかったのかと思い始めた。
少し調べてみると、牡蠣の「あたり」は大半がノロウイルスによるということらしい、更にノロウイルスへの感染しやすさにはウイルスのレセプターのタイプを支配する血液型と深い関係があると識られており、O型が最も当たりやすいという実験結果が出ているという、これも自分の場合に確かにあっているように思える。
要するに生牡蠣にはノロウイルスがいると思って違いなく、そのつもりできちんと加熱すれば血液がノロを発病しやすい型の人であっても牡蠣は問題なく食べられるということのようだ。
20%近くの人の血液はノロウイルスを吸着するレセプター(血液型抗原)を腸に発現しないタイプとなっていて(非分泌型個体)ボランティアを募って行った実験ではノロウイルスを注入されても
非分泌型個体は一人も発病しなかったという。残り80%(分泌型個体)のうちのO型が特に発病しやすいということのようで、確かに人によって当たりやすさが違うというのは学問的にも裏付けられているようKakimap だ。
福岡市郊外の糸島の冬の名物は牡蠣小屋だ、できることなら行ってみたいとは思っていたがこれまで控えていた。焼牡蠣ゆえ大丈夫そうと解れば試してみたくなった。
全国放送でも糸島の牡蠣が紹介されて、ネットで調べると安全には十分に気を配っているようでもあったので心を決めて牡蠣小屋に出かけた。

高速道から近い糸島半島西側の加布里湾に面した牡蠣小屋としたが平日にもかかわらず結構混んでいて駐車場のクルマは「わ」ナンバーや他Kaki2 県ナンバーが目立つ。確かにここでしか味わえない。
農業用ビニールハウスつくりの牡蠣小屋に入るとテキパキと案内されて早速炭火で牡蠣を焼き始める。「中」をまずは1kg頼んだが結構大きい。くさみもなく新鮮で次々に食べられる。食べていてもこれは安全そうだという気がしてくる。たちまち二人で2kgと蛤を平らげて満喫する。ノンアルコール飲み物もとって牡蠣ご飯もつけて会計は一人2千円もしない。これははやるわけだ。

食べて1日はかすかな不安もあったがそれも杞憂に伏してめでたく牡蠣をクリアーした。

解ることで世界は広がる、それをまた一つ経験した気がしている

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2015年8月18日 (火)

海を測る話が興味深くて

1週間ほど前、海の科学講座という講演会が開かれるとあって聴きに行った。よく知らない分野の話は随分ためになることがあるし そうでなくとも仕事を離れると学ぶ機会が以前にも増して大切に思えている。
Umi1 場所は福岡市の九大西新プラザというところだが九大と名の付く施設が未だ六本松・西新地区に残っている、すっかり糸島に移転したとばかり思っていた。駐車場が殆どないとあるが歩くと暑いので車で行って敷地の空いたところへ押し込んだ、こんなことは出来る所のようだ。
200人くらい入るホールで海を測るというテーマで講演が3つあった、始めは地道に海にセンサーを入れて測る話、次は衛星のリモートセンシングの話、最後は生物を利用して測る話だ、地球環境の今を理解するには海のデータを見たいという気持もあってこんな講演会をのぞいてみたのだがそれなりにそれぞれに面白い。
講演の中で気象のsynopと同じように各国で手分けして計測した海のデータがアルゴデータという名でインターネット上で誰でも見ることが出来る、というので帰ってパソコンで見ようとするが、手ごわい。
JAMSTECのサイトからFNMOC ( アメリカ海軍気象海洋センター )へアクセスしてnetCDFで書かれたデータをダウンロードすればよいようだがダウンロードしても簡単にはデータが見れない。幾つかのサイトで調べていくとOcean Data Viewというソフトで見られそうなのでこれもダウンロードして動かしてみるが未だにデータを見るまでに至らない。気象と違って簡単には入っていけない印象がある。より限られた人しかタッチしない世界なのだろうか。時間ばかりが過ぎてしばらく放ってある。しかしともかく普通の人でも頑張れば深海までの現在の海洋のデータを生に見られる時代になっていることは確かなようだ。

最後にあった講演の、魚やウミガメなどにセンサーとメモリを付けてその生態と共に海洋データを取得するバイオロギングの話が面白い。実際にウミガメに取り付けたカメラで求愛行動が動画で写さていたが、見ていてすこぶる興味深い、こんなことがやられているのだと初めて知る。勿Biolog 論回収が結構大変で魚につけたりする場合は漁師さんに漁ってもらうことを期待するという。小型のデジタル機器が安価に手軽に入手できるようになってこんなことが出来るようになったようだ、取り付けている装置は殆ど自作のように見える。
海の中は一緒に深くまでもぐることは出来ないし、電波は使えず超音波でしか通信ができない、と鳥の観察や生態研究と同じようには全く行かない難しい世界だ。それが個人レベルのスキルで切り開けるようになってきている、面白い。

色んな所で感じることだが、専門家といわれる人しか見れなかったデータやとても手が届かなかった特殊な装置が自分で入手し自分で組み立てられるような時代になってきて何かが加速的に動き出している、それをここでも感じる。思いもよらぬ切り口から時代が変わってきて行く予感がする。
原発推進のロジックの破綻が3.11で明らかになったようにブラックボックス化して情報操作するというやり方はいつかは破綻する、そんなダークな面も含めて時代は透明化に向かっているしあらゆる人があらゆることに参加できる時代に向かっているように思える。核融合でさえ個人の手の中で行われてしまう可能性すらある。
先には何があるのだろうか、人間の本性が露骨に表れてくる世界だろうかそれとも深く理解しあえる世界だろうか、どのくらい時間が経てばそれを見えてくることなのだろうか。

50年だろうか、もっとだろうか、とてもそこまで見れないのが残念だ。

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2013年4月 2日 (火)

大授搦(だいじゅがらみ)

福岡に移り住んでみて、変だと思うこともいくつか感じる。クルマの運転がそのひとつだ。タクシー以外のクルマが妙にせかせかしていてノーマルに走るという感覚がどこか薄い。きわどいタイミングで横から出てくる。タクシーは至ってノーマルでタクシーとともに走ると走りやすい。なんだかほかの街と逆だ。バブル期の日本、日本列島改造時代の日本の雰囲気がどこか感じられる。デフレの日本ではない。活気があるといえばそうだがクルマばかりでなく一歩でも前に出ようと競う駆け引きする生き方がまだ続いているような印象を受ける。以前来たときはそうでもなかった、もしかしたらこれはアベノミクスの先取りかもしれない。昔から先走る反応が福岡の特徴だった。

少し落ち着いてきた。出かけるとやはり鳥見となる。昨日は教わって大授搦(だいじゅがらみ)という有明海の干潟に行ってみた、自宅から60km弱で行けて思いの外近い。干拓地のことを搦と呼ぶのは江戸時代杭を打ち柵をかこんで自然に土を堆積させる(絡ませる)手法で干拓を行ったことに由来しているようだ、佐賀平野は佐賀藩の搦方によって大々的に石垣を築き干拓事業が行われた。明治になっても干拓事業は続きこの大授搦は大正時代に作られている。農地を広げねばとの意気込みの持続が広い佐賀平野をもたらしているようだ。諫早干拓もこんな歴史の延長上にあるのだろう、特に長崎には平地が少ない、ここにくるとその意気込みをネガティブに捉えることはできない。
天気は1週間前の予測どおり穏やかな晴天となった、春の天気は予報も日ごと変わってくるZugurokamome2a がなぜか1週間前時点の予測計算が当たりやすい気がしている、微分的な予測よりややマクロに捉えたくらいの予測がむしろいいということだろうか。背振山の東から吉野ヶ里を抜けて佐賀平野にいたり有明海に出る。ほぼ直線だが途中のダム湖周辺はまるで五十里湖のように曲がりくねっている。おおよそナビの計算どおり1時間20分ほどで到着する。8時過ぎで満潮の10時50分頃にはまだ間があるが干潟にはハマシギの大群やホウロクシギ、クロツラヘラサギ、チドリなHamasigi8a ど色々いるのが見える。干潟の中に入れないよう柵がしてあって、三番瀬のように鳥と人が近づいてしまうということがない。遠目の観察だがこの場所を維持するにはこれがいいような気もする、こんな場所では柵が無ければ常軌を逸した撮影隊が干潟へなだれ込んでいくことにもなりそうで、6mにも達する津波のような干満の差がある海では人的被害がでてくるやもしれない。
九州には関東と違った自然があり歴史が流れ努力があり活Seittakasigi1aa 気があり気遣いがある。そんなことは当たり前のことのように思っていたがそれぞれが意味を主張してきて何か奥深いものに行き当たったようにも思えてくる。こんな風に移り住んでいくのも満更ではない。

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2012年11月22日 (木)

物を捨てる、売る

物を整理し始めると、捨てても捨ててもわき上がる様に物が出てくる。疲れる。しかし今まで出くわしていなかった世界にも行き当たったりもする。それもちょっとした楽しみだ。

たまった航空雑誌を整理しようとまずは発行本の殆ど全てがある航空ジャーナルから始める。1974年に創刊され既に20年以上前に廃刊になった雑誌だが内容には信頼感があった。何処か引き取らないかと神田の航空雑誌を扱っている古本屋に電話してみるが航空ジャーナルは在庫がたくさんあり引き取りはしないという。雑誌はなかなか難しい。月刊誌なら買い取ることは可能と電話で答えてくれた近くのブックオフに持ち込んで見積もってもらうが、ページの上部に日焼けしたような変色が入り始めており状態が良くないとして結局引き取ってもらえない。そんなところが分かれ目かと知らされる。内容というより痛み方ですべからく査定される形だ。どうやらゴミとして捨てるほかないようだ。数冊見てみても手にした当時の面白さが抜けている、そんなものなんだ。市内の資源ごみ回収業者を探して持ち込む。ちょっと無残だが最近は読み直すことも無いし恐らく死ぬまで見ないだろう と綺麗さっぱり捨ててしまった。航空情報もあらかた処分したがこちらはブックオフで値がつくものがあって1冊20円弱で50冊くらいは売れる、とにかく再利用してもらえるならと少しは気が楽だ。子供の読んでいた単行本のマンガもブラックジャックだとかコチ亀だとかアラレちゃんだとかまとまったシリーズを全て処分する。こちらは奈良の買い取り業者に送料無料で送ってそちらで見積もってもらうが航空雑誌よりはかなりましな値がつく。売れるというのがともかくうれしい。
パソコンも難しい。古いMacのパフォーマを10年以上ぶりに動かしてみる。ちゃんと動く、色も綺麗だしMacのフロッピーも普通に使える、捨てにくい。更に昔のMSXパソコン(sanyo PHC-30)も出てくる。これはテープベースだし動くまいと思って試しにテレビにつなげてみるとちゃんと動く。昔作ったBasicのプロPc30 グラムもテープをセットして読み込ませるとちゃんと走る。驚いてしまう。グライダーの重量推算プログラムなんかも出てきてワールドクラスに応募した顛末が蘇ってくる。遠い昔でもないがあの頃は自宅で動かすにはMSX位しかなかった.。航空機の運動計算も質点系+バンクならほぼリアルタイムでシミュレーションできてコマンドを入れて飛行させたりしていた、勿論ルンゲクッタで連立微分方程式を解きながらのシミュレーションだ。あっという間に高性能パソコンだらけになってしまった世の中を思い返す。ともかくこれも捨てられない。
ピアノはもうこのところ遊んだことがない、これを運ぶのは少々大変と売ることにした。ネットで7社くらいに査定してもらうと思ったより値がつくし、直ぐにも現金払いで引き取りに来るという。専門のメンテ業者が手を入れた後 殆どは欧米、アジア等海外に出されるとの説明が買い取りサイトにある。中古車同様日本の中古ピアノは売りやすいようだ、日本という国に眠っている価値はまだまだ沢山あるように思えてくる。売り払ってもともかく世界に繋がっていくイメージがいい。

整理は遅々としているがじりじり進んでいく、過去が現れては去っていく。その先なにをやろうか、やりたいことは山のようにある気がしてきて、また捨てなくてはと思い続けている、しかし捨てにくい。

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2012年11月12日 (月)

ムチンの話

2週間少し前テレビのためしてガッテンという番組を何の気なしに見ていたら視力の話をやっていた。眼球の表面のねばねばした液(ムチン、mucin)が切れてくるとドライアイになって見え方がゆがんで視力が落ちてくる、ムチンの分泌を促す目薬を使うとこれはかなり改善されうる、この目薬は最近普通に眼科で処方してくれる様になった、世界中で日本だけだ、との話だ。このところ視力が落ちて眼鏡屋でもなかなか補正できなくなっている、これかもしれなMucin い、と頭に入った。眼医者へ行かねばならないが 眼医 者というととにかく混んでるというイメージがあってなかなか出かけられない、2週間ほどしてやっと時間が作れて忘れないうちにと出かけた。近くの眼科だが恐れたとおり1時間半待ちでやっと診察に及ぶ。診察前に症状を用紙に書いて出すやり方の医院で、ムチン分泌促進の目薬処方を希望するむね書いておいたら、テレビでやってたあれですね、と話が早い。一通りの検査をしてジグアスというジクアホソルの入った目薬を1か月分出してくれた、確かにこれだ。1日に6回さすことになっている、2時間半おきとは忙しい。早速点眼を始める。確かに数回目でちょっと見やすくなった感じがする。これはいいようだ。視力がいくら戻るかは分からないが見やすくなっただけで随分気分がいい。
病気というのはだんだん治療法が良くなっていて、短絡的に切ったり手術したりせずに先延ばしする時代になってきたかなと思っている。視力が落ちてきたら白内障が主因なので白内障の手術をして水晶体を人工のレンズに取り替えればひとまずよくなると医者に言われてきたが、手術というものはどうにも気が進まない。人工レンズは調整機能の無い単眼というのもあってとにかく遠近両用メガネで先のばししていた。気になる免許も眼科で細かく調整した処方でメガネを作り直し5ヶ月前に更新はなんとかクリアした。しかし先延ばししていると少しはいい話も出てくる。ムチン分泌で画期的に視力が良くなるというものでもないが、近視が更に悪化するのを食い止められるかもしれないと期待している。

時代は進む。人間はサイボーグのようになって寿命を延ばすことになるかと思っていたが案外に優しい技術が現れてくるのが頼もしくもある。

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2008年5月29日 (木)

脳内写真

野鳥を見ていて写真に撮る事も出来ない場面に遭遇することが時々ある、こんな時は後でスケッチを起こすしかない、しかし大体が急に現れてあっという間に去って行って、怪しげなスケッチが残るだけだ。以前、野鳥の絵を数多く描いておられる水谷高英さんに日光まで来ていただいて野鳥の描き方を講義していただいたことがあるが、その時のお話は、鳥を見て即座に例えば卵形のような基本形に当てはめれるようにすれば描きやすい(とテクニックの話があったOoruri後で)、しかし私はその場面全体をあたかも写真のように頭に焼きつけられるので帰って落ち着いてそれを描いていけば何でもないと思っている、こんなことはみんなが出来ることだと思っていたがどうもそうではないらしいですね、とあって、これは できない、と思ってしまった。画家になれる人とそうでない人は生まれもって違うものがあるのか、とその時はあきらめたように感じてしまって、結局みっともないスケッチを時々描く事態が続いていた。ところが つい最近日経ビジネスオンラインに佐藤信正という方が脳内写真の技術という記事を書いているのを見つけて、これだとばかりに読むと、写真のように脳に焼き付けることはちょっと訓練すればたいていの人が出来るようになる、とある。本当だろうかと思うが、手順はこうだ、覚えたい場面に遭遇したら、まず映像よく見てこれにタイトルをつける、次に こめかみを指で押してシャッターを切るしぐさをしてカシャと声に出す、最後に時計を見て撮影時刻を確認する、これだけのステップで脳内写真が撮れる、という、これは簡単と早速やってみる、確かにその風景が妙に頭に入る。水谷さんの言われたのは本当で実は誰でも程度の差はあれこのような能力は持っているような気がしてくる、何度もやっていけば水谷さんのレベルに近づけそうにも思える。人間の記憶もコンピュータのファイルと同じように名前をつけないと探すことが出来ないのだろう 探せないファイルはないのと同じになる、そういうことか、と勝手に得心してしまう。
ともかく、つぎにフィールドで鳥に出会ったら試してみよう、慣れれば段々シャッターも早く押せるようになるかもしれない。

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