2024年6月18日 (火)

Yahooの地図が表示されなくなって独占は壊されなければならないと感じる

近頃パソコンをいじっていてああもう来年夏にはWin10も終わりか、セキュリティー強化やアプリの高度化に対処するとこうなっていくのかと思いつつ、どうしようかと悩んでいたところへ突然Yahooマップが表示されなくなった。じわじわきてるな、と思ってしまう。EdgeとChrome どちらもだ。これとは別にスマホのpaypayがAndroid7.0のバージョンはサポートしない、Android8.0にアップデートするよう警告が表示されるようになった、このスマホ機種ではこれはできない、買い替えろと言っているようなものだ、ちょっと嫌になってpaypayを使うのをやめてこのところD払いを使うようにしている、やはり国産品愛用に傾く。ともかくソフトの曲がり角に来たような気にしてくれる、しのぐだけしのぎたい。
Yahooマップの方は色々試していくとFirefoxならとりあえず表示できること分かり、これでやってみるかと落ち着いたが、どうにもFirefoxは慣れない、何とかEdge やChromeで表示できる方法はないかとネットで調べていくと、できる方法が見つかった。グラフィックス アクセラレータの使用を不可とする設定に変えればマップが表示できるようになるというのだ。具体的にはEdgeでは 設定->システムとパフォーマンス と進んで「使用可能な場合はグラフィックス アクセラレータを使用する」がONになっているのをOFFに変える、Chromeでは 設定->システムと進んで「グラフィックアクセラレーションが使用可能な場合は使用する」がONになっているのをOFFに変える その後各ブラウザを再起動する という手順だ。グラフィッHasibutogrs クス アクセラレータはONになってると動画が滑らかになるというのだがOFFにしてWowowやNHK+の動画を見る限りでは特段変わった感じもしない、大した影響はないということのようだ。Yahooのマップは確かに表示されるようになる。めでたしだが、なんだかなあ、という感じがぬぐえない、もっと親切にYahooから対処法が示されてもいいのにそれは全くなくてユーザーの情報交換でやっとやり方が明らかになる、というのではユーザーを小馬鹿にしているような雰囲気を感じてしまう、もうPaypayやらYahooやら使わないで済む生き方を探していくほかないのだろう。独占は壊されなければならないところに行きつくのだろう。

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2024年3月21日 (木)

今年の芥川賞、九段理江の「東京都同情塔」を読んでみた

1月17日に第170回芥川賞は九段理江さんの「東京都同情塔」が授賞作に決まりましたと発表があり、その日のうちに掲載誌の「新潮」/2023年12月号を図書館に予約した。すでに数人の予約が入っている、2か月近く待ってやっと順番が回ってきて3月16日に借り出して読み始めた。「新潮」で66ページほどの作品なのですぐにも読めるだろうと読み始めたがなかなか進めない、会話の部分が少なくびっしり字でページが埋まっているせいもあるようだ。ザハ案の新国立競技場がZaha0 キャンセルされずに姿を現している2026-2030年の東京が舞台のパラレルワールド物といってもいい。設定が面白い。ザハさんが2016年3月に亡くなったその8か月前の2015年7月に安倍首相によりザハ案はキャンセルとなっている、今から見てもザハ案(添付図)は未来的で魅力的だ、確かにこれが予定通り作られた世界というものを想像したくなる。東京都同情塔とはザハ案の新国立競技場と対をなすようにオリンピック後に新宿御苑に建てられた未来的ないわゆる刑務所のことだ。ザハ・ハディッド・アーキテクツと対をなすようなサラ・マキナ・アーキテクツを率いる建築家牧名沙羅によって設計される、それにまつわる物語の形だが勿論人物伝では全くない、新しい時空間を描き出しToukyotodojyo ている、確かにこれは未来に向かった小説のようだ、新しい、芥川賞にふさわしい。
いい本を久しぶりに読んだ、そんな気持ちを抱かせる小説だった、勿論きわめて個人的な感想だが。

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2024年1月 5日 (金)

オーウェルの「1984」を読んでみる

メディア論という放送大学の科目を受講しているがその中でオーウェルの小説「1984」の紹介があって、まだ読んではいなかったこともあり、この機会にと図書館から借りだして読んでみた(1984 ジョージ・オーウェル著 / 田内志文 訳  KADOKAWA文庫)。
文庫本とはいえ字がびっしりで450ページ位ある本なので読破にはそれなりの努力がいる、頭の方を読んでしばらく棚上げにしていたら予約が入って貸し出し延長がで き1984 なくなりそれではと気合を入れて2日がかりで読み終えた。なかなか面白い本だ。 予想していたより恋愛小説的なところが大分あっておやという感じを抱いたが、読み進むといかにも完全監視の管理社会らしいタッチの場面が色濃くなる。監視の主役はテレスクリーンという双方向テレビでそれがメディア論でこの本が紹介される理由の一つになっている。この1984が書かれた1948年にはテレビ放送という形態は世界でやっと始まってきた時期だったがその個人生活に入り込む危険性をオーウエルは感じていたのだろう。この小説の描く世界はスターリンの独裁が一つのモデルだったといわれているようだ。当時ソ連に現実化しつつあった状況ともいえるのだろう。また小説の中では1950年代の核兵器を使った戦争の後世界は オセアニア(アメリカとイギリス)、ユーラシア(ロシア主導の欧州)、イースタシア(中国、日本他の東アジア)の3つの国に分割されそれぞれが似たような独裁体制となり互いに戦争状態を続ける、という設定でこれは現在のイギリスのEU離脱/米英豪のオーカス、米中対立、ロシアの西進/ウクライナ戦争、などの図式を予見しているともいえる気がしてくる。どちらかというと1984の世界に向かって現実の世界が動いていっている気さえする。中国の政府による監視カメラだらけの世界が現実になっているのを伝え聞くと完全監視社会というのはすでに現実味を帯びているようにも思える。AIの進化がそれを加速する近未来というものがすぐそこにあるような気がしている。
1984は各種陰謀論の源流にあるのかもしれないが、どうやったらこの不吉な予測から逃れられるのだろうか、考え続けなければならないようだ。

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2023年12月22日 (金)

福岡モビリティショーに行ってみる

朝新聞を広げると、片隅に福岡モビリティショー今日開幕とある、いわゆるモーターショーの福岡版だ、モーターショーは世の動向の一端が見える気がしてこれまでもなるべく行くことにしていた、会期は25日までなのでもういくらもない。明日からは予定があって動きにくいのでエイッと今日出かけてみた。駐車場の位置を確かめて出発する。当日券で入ることになるが放送大学の学生でありJAF会員の割引も使えるはずなので入場料はそう気にはならない。大雪に注意と朝からマスコミはうるさいが気象データを見る限りまあクルマでは行けそうだ、スタッドレスにも替えてある。会場のマリンメッセの東側の駐車場にクルマを入れる、会場には西側から入るようになっていてマリンメッセの建物外周を半周させられる、結構歩く。クルマ利用者には親切な催しではないようだ、前はもっと行きやすかった記憶があるが、クルマ社会を認めたがらない福岡市の姿勢がまた強くなったのかなとも感じる。10時くらいに入場する、国産車のA館からみるのだが、ダイハツの参加が急遽取りやめになったこともあるのだろうが、クルマの展示がずいぶん少ない印象がある。スバル、トヨタ、日産、ホンダと一応は並んでいるのだがマツダやスズキはどこに置いてあったのか見た記憶がない。e-carの時代に向かっているように思っていたがその雰囲気はあまり漂ってはこない。大丈夫かな、そんなことも感じる。B館に2輪と海外のクルマが展示してあるが、目を引くのはBYDのe-carだ。動かしてみなければ本当のところは解らないが未来的でシンプルで仕上がりも日本車と同等のように感じてしまう、これまでの中国車というもののイメージを変える時代に入ったようだ。
空飛ぶクルマの試作機もあったがこれがクルマと同等に移動に用いられるまでの道のりの遠さを感じてしまった。こんな形では今日のような荒天の日にはとても使えないだろうし場所を取り過ぎる、交通ルールの確立も容易とは思えない。


何だか未来が少し見えにくくなったな、そんな印象を持って会場を後にした。

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2023年12月21日 (木)

荒れ模様の天気が続く

北の寒気が張り出してきて雪になった。このところ荒れ模様の天気が続く気がしている。特に今年は北海道付近を次々に低気圧が発達しながら東へ抜けていくパターンが多い、東へ向かって勢いを増していくようだ。暖流の上に到達すると対流が一層活発となって発達するのだろう。
この先この低気圧というか前線はどうなっていくかというと、おおよそそのまま東へ進んでアメリカ大陸の東岸に到達するようだ。実際に米東岸のシアトルでは冬は32日雨が降るとさえ言われてそんなせりふをプリントしたTシャツが売られているのを現地で見たことがあった。南のカルフォルニアまで来ると少しは弱まるようで雨が続くことはないようだが時々冬のまとまった雨が降ることがある。最近ではつい昨日の12月20日に時間27mmのまとまった雨がサンフランシスコで降っている。元をたどれば12月12日頃関東東北に雨を降らせた低気圧だ。こんなのを見ると地球はつながった運命共同体だとつくづく感じる。戦争を止められない、陣取り合戦の様な殺し合いを止めることのできない人類というものもつくづく情けなくなる。こんな地球の自然というか有様と調和できない様では、地球の時間軸でそう遠くない未来に滅びるべき運命が人類を待っているのかもしれない。
2023122009utc 図は2023.12.20 09:00utcの降雨レーダー衛星観測結果ーJAXA GSMaPサイトより

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2023年12月 2日 (土)

ブログのアクセスが突然増えて----OpenAIのホストに読まれているようだ

数日前からブログのアクセスが突然増えて、どういうことだろうと少し調べた。アクセス元のIPアドレスは52.230.152.xxxというものが大半だ、使用されているOSやブラウザ名は不明、アクセスしているページ名は表示されないがURLは表示されているのでどのページが見られているのかはすぐわかる。今迄にアップしたページをランダムのように1ページ1ページ読みに来ていて時々10分間かそれ以上の間読んでいる、全体にマシーンが読みに来ているようだが振る舞Accessblog いは人間的だ。IPアドレスからは米国アイオワ州デモイン(des moines)というところからのアクセスとわかる、聞いたことのないところだがとは思うがこれはAIかもしれないと iowa des moines AI で検索すると、分かってきた。

やはりAIだ。chatGPTの開発で知られるOpenAI/Microsoftの開発拠点がここデモインにあり「アイオワ州では、OpenAIの最も先進的な大規模言語モデルであるGPT-4の発祥の地であることを知る人はほとんどいなかったが、Microsoftの幹部がスピーチで「文字通りデモインの西にあるトウモロコシ畑の隣で作られた」と述べた」とAP通信の記事(2023.9.9付け)「AI Technology Behind ChatGPT Built in Iowa Using Lots of Water」で紹介されている。この地では大量の良質な水が容易に得られそれがスーパーコンピュータの冷却に欠かせないのだという。ここのスーパーコンピュータがネット上の情報を片っ端から吸い上げてChatGPTのような生成AIの出してくる質問への回答を作っているということのようだ。

変な時代になった。これを書いているこの書き込みもChatGPTに吸い取られてしまうということになる。ちょっと不気味だ。
規制というものの埒外でいかようにも書き込みが使われるというのはまかり間違えば恐ろしい言論統制にすらなりうる。人類は一体どこへ向かっているのだろうか。

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2023年6月 9日 (金)

AIとアメリカジガバチと

このところ AIを何らかの形で規制すべきという議論がうるくなってきているが、とにかくAI技術は進み方が早く未来に大きな影響を与えうるのは確かなようだ。チャットGPIでまだ遊んでいる、トンチンカンさは相変わらずだが和文英訳をさせるとgoogle翻訳よりもこなれた英語を返してくれるとか、色々使いでがあるようだ。
近頃進んできたと感じるのは写真に撮った花などの生き物の名前の判別だ。Googleの画像検索では以前は的外れな回答が結構あったのだが、このところ調べているものは100発100中の感じだ、ハキダメギクなど一発で判定してくれた。裏でAIが動いているのは間違いない。 つい2日ほど前でも、外の井戸水の蛇口の近くで見かけない蜂の様な虫が湿った地面を盛んに気にして何かやっているのがいる、何という虫だろうととりあえず写真に撮って(下の写真)一段落したところでgoogleの画像検索で調べると、出てきたのは英語のページばかりで、mud-dauberと出る。初めて聞く名前だが写真を見る限り殆どあたりの様だ、信じられないくらいあっさり当たる、日本語のページが出てこないのはそれを書いたページが少ないからなMuddauber0607a のだろう。日本名を探す方が骨が折れる。Sceliphron caementariumという学名から辿って日本語のページを探すとアメリカジガバチという名称に行き当たる。どうやらこれがmud-dauberの日本名のようでこのアメリカジガバチの画像を検索して出すとまさについ先ほど自宅庭に現れた虫と同じとわかる。AIの助けを借りなければボケた写真からここまでたどり着くことは容易にはできなかっただろうと思う、いい時代になった。
日本大百科全書(ニッポニカ)のアメリカジガバチの項では日本には戦争直後の1945年に侵入、原産地は北米とある。米軍が物資とともに連れてきた虫ということになる。平凡社世界大百科事典では1946年東京付近に侵入ともある。いずれにせよ敗戦の象徴的な虫の様だ。これまで見なかったように思うのは栃木に長く住んでいたためなのかもしれない、栃木には米軍進駐の痕跡は殆ど見られない。ここ福岡は朝鮮戦争のおかげもあって長らく米軍が居座っていた、アメリカジガバチが如何にもあちこちに住み着いていそうだ。
もしかしたら世界での米軍の展開とアメリカジガバチの世界的分布は一致しているのかもしれない。思いは拡散していく、面白い。

確かに事物の認識という基本的なところにAIは強力な影響を与えうる、人類はこれを警戒しながらも便利に使って認識の地平を拡大していく方向に進んでいくのは避けがたいことなのだろう。

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2023年5月21日 (日)

6回目のコロナワクチンを打つ

昨日6回目のワクチンを打った。接種済証には バイオテック/ファイザー製コミナティ(2価:BA.4-5)とあり、去年の11月に打った5回目とほぼ同じワクチンの様だ。
もう副反応は出ないかな、と高をくくっていたが前回とほぼ同じで睡眠サイクルが乱れ、寝付いて2時間くらいで目が覚め2度寝してまた2時間くらいで目が覚める、翌日は寝不足のようで頭がぼんやりして気分が悪い、おまけに37℃位の熱が出るという有様だ。熱が出る分前回より少しひどいという気もする。今回は接種後解熱鎮痛剤を1錠機械的に渡された、前回までは希望者だけに販売だった、そんなところを見ても今回は熱が出るのが当たり前というワクチンになっているようだ。解熱剤を飲んでも気分の悪いのは午前中いっぱい続いた、午後にはすっかり良くなったものの、おかげで今日の午前に予定していた油山での鳥見の会には不参加とせざるを得なくなってしまった、まあしょうがないか、というところではある。
外に出ればマスクを外す人が以前より多くはなったが、店の中では殆んどがまだマスク姿だ、こんな状態はいつまで続くのだろうか、ゆっくりと戻っていくのだろうか。

思えば人類はAjisai0521a 地球上の生物の頂点に立ち何でも思いのままと奢っていた、それに一撃を加えたのが新型コロナウイルスであり、ボディブローのように攻め立てているのが地球温暖化ということになるのだろう。軌を一にして攻撃が起こっているように感じるのは、これまでの人類の振る舞いが曲がり角に来ていると思わざるを得ないということなのだろう。
一方で欧州のようにこの機に乗じて狡猾にふるまい時代の曲がり角で他を蹴落とそうとする意志がうごめいているようにも感じてしまう。
もっと吞気で心を許しあえる未来を描き続ける強い心が求められているように思えてならない。

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2023年2月26日 (日)

鳥インフルとバードウオッチング

コロナがパンデミックになったあたりから世の中が少し捻じれてきたような感覚に陥っている。まさかと思うことが次々に起こってくる。ロシアのこんなことが人類の歴史でまた起こるのかと思う血にまみれた侵略戦争、外国旅行の急激な縮退、国内でも旅行にかかわる事業の急激な縮退と収入を失う人々の急増、給付金不正受給が高級官僚まで手を染める、闇バイトと称した素人強盗の急増、etc,etc. うんざりしてくる。
そして思わぬ広がりを見せているのが鳥インフルエンザだ、それによる世界的タマゴ価格の上昇も目についてきた。コロナのパンデミックとどこかでつながっているような気がするが、そこらあたりの解説が見つからないことからなぜ今こんなに蔓延し始めているのかまだ解明が進んでいないように感じられる。
鳥インフルエンザは渡り鳥が運んでくるとされる。運んでくる元はどこなのだろうか、そこは鳥インフルだらけの土地なのだろうか、俄かに納得はできない、コロナと同じように鳥類の間で  流行が繰り返されているというだけなのだろう、人間がそうしたように移動を止めないとうつしあいは拡散してしまうというだけのことな のだろう。
一体鳥インフルで 死んでいる野鳥は何が多Birdflue
いのだろうか、と調べてみる。環境省のホームページとそれを引用する形で農水省のページにもデータがある。この冬期のデータを2月半ば時点まで調べて図にしてみると最も多いのがナベヅルで28%、次がハシブトガラス19%と分かる。スズメは感染死の報告がないが普通に街中を飛び回っているハシブトガラスが随分多い。ハシブトガラスが渡り鳥を襲っているのかもしれないが渡り鳥だけが原因ではないようで留鳥にも保菌鳥が居続けてるのではないかと思えてくる。こんな風に蔓延してくると鳥の糞を踏む恐れのあるバードウオッチングは控えましょう、というおふれが出てもおかしくなくなるような気もしてくる。
 
何が起きてももう次第に驚かなくなってきている。野鳥を見る趣味もどこかでおしまいにしなければならなくなるかもしれない、何でも受け入れて生き延びていくのがこれからの生き方になっていくのだろう。

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2022年12月20日 (火)

日本の知、どこへ を読んでみたが

少し前に共同通信の「日本の知、どこへ どうすれば大学と科学研究の凋落を止められるか?」という本を図書館から借りて読んだが、読後感がよくない。
2000年ころまでは日本は世界の未来だったように思う。Nihonnochi それが今では輝きを失ったかに見える。何故なのか。引っかかっているところへこの本がどこかで宣伝されているのを見てとにかく図書館の順番待ちに並んだ。
ざっと読んで、何かが抜けている感じがする。あのつくば博が開かれ前へ前へと進んでいたものがこうも急に先が見えなくなったのは何故か、それには答えてくれない。文部官僚が予算の犠牲になったというシナリオを追いかけるだけだ。そうなのだろうか。違う、取材の仕方が根本的に違うのではないか。
2001年の省庁再編でそれまで大臣を抱き科学技術行政の中心的働きをしていた科学技術庁が内閣府と文部科学省に吸収されて、外から見て科学技術に力を入れていた日本政府の姿がぼやけてきたように映った。言い方はいくらでもあるだろうが科学技術庁の名が消えてどうしてもそう見えてしまう。この時期を分岐点とするかのようにずるずると後退していく日本の姿が現出していったと思えてしまう。そこをつく分析が実は必要の様な気がしてしまう。何でこんな科学技術庁をバラバラにするようなことになってしまったのかそこに突っ込むレポートが必要の様な気がしている。
文部官僚があるいは文部族議員が日本の科学技術を高めることができるのだろうか。そこだと思う。

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