2018年1月 6日 (土)

ガラケーからスマホに

年が明けて正月2日にスマホに変えた。
携帯はガラケーくらいがちょうどいいと思ってきて同じ型のガラケー(D705iμ)を中古

Sumaho

で買い替え買い替え使いつづけてきたが、もうさすがに古くなり世の中のセキュリティの深化にもついていけずモバイルスイカも使えないタイプになってしまった。今持っている個体も表面の金属板も剥がれ始めて物理的にも限界に来ていた。一方でiモード携帯はとうに出荷されなくなっていて、新品で売られているのはガラケーでもアンドロイド携帯になってしまっている、これまで親しんできたiモードの新品への買い替えはもう望んでもできない。ここらがスマホに乗り換える時期かと思いきった。
年末にドコモの店を訪れて話を進めていたが月末にスマホ契約に変えるとその月の支払いは月初めからスマホになったとして請求される仕組みになっていると聞かされ1月2日の開店日に手続することにした。日割りにしないのはどこか上から目線のお役所仕事的な処理でnttはドコモでもまだ親方日の丸の電電公社体質を引きずっているのかなと思ってしまう。
正月の店は結構混んでいて家内も同時に切り替えるのもあって店員の対応に時間切れの雰囲気が出てくる。後はご自分でご確認をというところが残る。丁寧な対応はできなくなっているし、更には初売りでもあるのにおまけもでない、結構きつい商売になっているのだろうかドコモは。
ともかく使い始める。選んだのは富士通のArrows Be という機種だ。簡単な説明書はあるがいわゆる取扱説明書は紙の形では付いてなくて小さいスマホの画面で見るかネットからダウンロードしてパソコン・ipadで見るほかない。そういう時代だ。
どうせipadと同じだろうとタカをくくっていたら少々手ごわい。
まずはモバイルsuicaの設定だ。 別途入会しようとするが同じビューカードから同じ携帯の番号では入会できない。それではとモバイルsuicaの機種変更を設定しようとしてパソコンから手続きに入ると元の携帯から手続きに入るかそれができなければコールセンターに電話でとなっている。勿論元の携帯はsimを抜かれてもう使えない。コールセンターの電話番号をネットで探して電話すれどお話し中ばかりで一向につながらない。めげず10分以上かけ続けているとついにつながるが自動応答で大変混んでいますのでこのままお待ちいただくか掛け直しを とくる。新年から異常な混み方だ。スピーカーホンにして別のことをしながら待ち続けると今度こそやっとつながる。話すとパソコンで一度退会手続きをすれば明日7時から再入会が可能になる、スイカに残っているチャージは193円と少額なので手続き費用と相殺という形で0になる(多額の場合は手続き費用を差し引いて申請した銀行口座に振り込まれる)という。少額とはいえ巻き上げられるのは悔しいので近くのセブンイレブンでアイスクリームでもとスイカで買ってほぼ使い切る、simカードが抜かれてもまだスイカの機能としては使える。翌日落ち着いてパソコンで入会手続きをしてやっとモバイルスイカが使えるようになる。少々疲れる。
並行して、lineの設定をする。lineが開通すると少しスマホらしくなる。lineのメールの打ち方も暫くはよくわからなかったが見つけるとああそうかコールにして下の枠に打ち込むのかとわかる。元の電話帳から読み込まれたのか友だちのところにたちまちアイコンが並ぶ。そうかこの人もlineかと思うが数はそう多くもない、やはり同世代はスマホは少ないかなと思ってしまう。
wifiにつないでメールを打つというところでもトラブルに遭遇する、家内のスマホの方だ。dアカウントが設定されてない(のでwifi下ではメールを打てない)とでてくる。dアカウントはドコモのお店で設定してもらったような気になっていたがそうではなかったようだ。dアカウント設定に進むとネットワーク暗証番号のところでロックされていて進めない とくる。
ロック解除はドコモ店に行くかサポートに電話するしかない。また電話かと悩ましいがこちらはすぐにかかってロック解除手続きができる、ネットワーク暗証番号の記憶違いの様だ。dアカウントをパソコンで設定しても何故かスマホ上ではまた設定しろとでてきてよくわからなくなるがスマホの指示に従って進めるとやっとのことでwifiでドコモメールがつながるようになる。これもかなり疲れる。トラブルが出ると病気になりそうなくらい疲れる。
lineのほうは自分のスマホは掛けただけ電話代のかかるシンプルプランとしたので通話はできるだけline outの有料通話をつかおうとこの設定をする。180日有効で240円をチャージする、固定電話国内3円米国1円/分だから使い切れるかどうかとなる。ドコモはこれでは電話代のビジネスは成り立たつまい。更には15秒の広告を見れば1日数回は無料でかけられるサービスもある、が、まだるっこしいのでまずは有料のlineoutだ。
そのほかdropboxの設定接続をして写真のスマホとipad・パソコンとのやりとりをやってみたりスマホ特有の文字入力であるフリック入力の理解と試行をやってみたり様々にいじっている。
やっと落ち着いてきた。重さは懸念したほど重くはなく電池も1.5日か2日くらいは持ちそうで少しは気楽だ。

しかし、なんだか選択肢を又失ったような気になっている。グーグルの網に絡みとられた気がしている。ネット、ソフト、AIの進んでいくビジネスの方向は結局はユーザーの選択肢を次々に切り落としていくところにノウハウがあるような気がしてきてこの先本当に愉快な世界があるのだろうか、誰かが決めた愉快さにはめ込まれるのではないのだろうか、そんなことばかりを思っている。しかしそういう感覚も含めた世界の動きを体感するためにはスマホを持ってみることがやはり今となっては必要になっている、そんなことも痛感している。

思い直せば世界はどこへ向かっているのだろうか。

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2017年12月28日 (木)

個の露出への誘惑と警戒

どうもこの頃寝つきが悪く気楽に読める本をとヘミングウエイの「武器よさらば」を読

Bukiyo

んでみた。A farewell to arms というのが原題だから直訳のタイトルということになる、武器よさらば とはてっきり出版社が適当につけた和名と思っていた。
会話文が多くてすらすら読める。第一次大戦イタリアの前線での
著者の戦争体験に基づいて描いた小説といわれるだけに戦争をめぐるディテールがそれらしい。ただ戦場での恋愛の実際の結末は小説とはだいぶ違うようで恋人の死は創作だ、でもリアルな描写が多いので読者はどうしても総てが著者の体験のように思えてしまう、そういう所がうまい著者なのだろう。発表と同時にベストセラーとなったのもうなずける。

「日はまた昇る」を読んだ時にも感じたがヘミングウェイという人は全くの空想では物語を書けなかった人なのではないか、自分の体験をベースに少し事実とは違うことを書き込むくらいでしかいい小説は書けなかったのではなかろうか、そう思ってしまった。それも一つの生き方だ。ヘミングウェイ自身の人生の物語が十分に面白いような気もしている。

自分自身の生きざまを露出させながら書き続ける、それで立って行っている作家の作品はこれまでにも随分ある。檀一雄のリツ子その愛その死 などはその最たるもののように思っている。

しかしそんな作家の生き方は終わりとなりつつあるのではないだろうか。

ネット社会だ。個人のプライバシーが思わぬところから暴露されて異様な人々から攻撃される、そんなことがあちこちで起こるようになってきた。こんな社会に身構える個がある、それを感じる。

思えば今回のノーベル賞作家カズオ・イシグロはヘミングウエイの対極にあるようだ。カズオ・イシグロの作品のように任意の舞台設定で真実と思うことを書き込む、そんな能力が必要であり評価される時代になってきた、そういう流れを感じる。


12月の初めに久しぶりにヨットの遊びでヨットハーバーに行った折、いくつかの雑談の中で、自分の住んでいる近くにイルミネーションがすごい家があるとの話を聞いていた。どうも高層住宅から眺めてそのあたりに見えるということらしい。クリスマスになってこれを思い出して、クリスマスを過ぎるともうやめてしまうかもしれないと、とにかく日が落ちてからどこだろうと探しに出かけた。大体の方角を見定めてジグザグに歩いていくと確かにきらびやかな電飾の住宅に行き当たる。ここらでは個人の住宅

Densyoku

のイルミネーションなど見たことがなくて可成り目立つ。ここのことらしい。
しかし誰も見に来ている人はいない。寂しいイルミネーションだ。周りの家が同調してそれぞれに飾り始めれば面白いことになろうが、そんな雰囲気はとんとない。
自分もやるかと問われればたじろぐところがある。自己主張はしてみたいが安全上自分の住居は守りたい、安全を曲げてまでは目立つことは避けようとする気持ちがある。個の露出が容易になったことへの誘惑と警戒、これが時代の雰囲気になりつつある様に思える。

警官や教師のありえない不祥事が相次ぎ、ホラー映画の様な座間大量殺人事件や、殺人してみたかったから殺したという若い女性が現れたりもして、一定の無視できない割合でこの社会には異様な人間が住み着いていることが明らかになってきたように思う、もしかしたらネットがそれを助長したのかもしれない。そういう世の中だ。異様な人間からは自分を守ることがまず必要だ、ガードを固める、縮こまる、そんな面白くない
連鎖の世の中に突き進んでいっているようで少々暗くなる。

どうやればそんな不安から解放される社会へと向かえるのだろうか。トランプのように壁を作り人の動きを制限して多様性を排除するほかないのだろうか。そうではないのだろう。
テクニカルなことで解決の糸口が見つかるかもしれない、神のごときAIが現れてネットのすべてを仕切る時代が来るのかもしれない、そんな気もするがそれで収まるのかどうか、それ以上は思いつかない。

いずれにせよ人類はこんな状況は乗り切りながら先へ先へと進むだろう。どんな世界がその先にあるのだろうか、考えていくと果てしない。

寒くなると考えをめぐらして未来を思うこんな時間が長く持てるようだ、それはそれで悪くもない。冬はまだまだ続く。

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2017年12月21日 (木)

寒気到来とモーターショーと

寒さが続いている。寒さの直接的な原因は北極振動の指数がマイナス側に振れやすくなっている、すなわち北極回りの寒気を閉じ込めておく極渦が弱まって北極が高気

2017122612850temp

圧的になり北極の寒気が流れ出しやすくなって、これが波状的に北半球の各地を襲っているという図式だ。(1番目の図、高度約1500mの気温分布(12月26日の予測値)、日本と北米に寒気が降りてきている)。

北極振動の原因は地球温暖化モデルと関わりない大気の波動として解析されているようだが数値的には十分には長期予測されるまでに至っていないようで、短期的な予測しか頼りになるものは無い。今のところ正月に向かってまた北極振動がマイナス側に振れそうで日本ローカルは別として世界的には寒い年越しになりそうだ。(上から2番目の図、右端の赤い線が予測)。

Aoforecast

これまでの長期的世界の気温変動と北極振動指数(AO指数)の推移はよく対応しておりよく見ると北極振動の動きが気温の動きにやや先行しているように見える。(上から3番目の図)。本当に人為的な活動が主因で地球が温暖化しているのかどうかここらあたりからも議論がありそうだ。温暖化論争は更に混迷してきた感じがする。

Aokion

更には未来が一筋縄では見通せなくなった時代に政治がついていけなくなったような印象がある。




12月は2年に一度のモーターショーが福岡にも回ってきた。

 

Motorshow2


福岡では技術展示は殆どないのでコンセプトカーを眺めたり各社の最新型のクルマに座ってみるくらいでやや手持ちぶたさとなる。住宅展示場の雰囲気がある。こんなショーなら入場料をとるのはいかがかとも思われる。

 


ともかく試乗でもするかと、空きがあったトヨタのPHV(プラグインハイブリッド車)に試乗して会場付近の公道を走ってみた。PHVだから市街地走行では電気自動車だ。デモカーというのに自動化は遅れている印象で今乗っている車の様な速度ゼロからの追従モードやサイドブレーキの自動リリースなどは無く、あまり新しいというインパクトはない。これからのクルマは見ただけでは解らない乗ってみなくては解らないというところが随分大きなウエートになってきたと感じる。クルマを売るのも買うのも難しい時代になってきたようだ。
電気自動車の未来が語られるが電気自動車では本当に寒冷地で暖房も含めて実用性は大丈夫なのだろうか、吹雪で渋滞するとバッテリーが持たないということは無いのだろうか、その不安はいつまでも消えてくれない。寒くなってくると特にそう感じる。指し示す未来が未だに良く見えない。
温暖化も、クルマの技術も簡単に見通せなくなってきた、これが時代の雰囲気というものだろう。

味気ないモーターショーでも今現在の世界の切り口の一つが覗きみられるところが面白い。しかしこの先どうなっていくのだろうか。

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2016年11月 9日 (水)

トランプが勝って

トランプが次期米大統領に選出された。正直まさかと思ったが、ちょっとデジャヴの感じがある、勿論英国のEU離脱の国民投票だ、同じような感触だし、ほとんど国論を2分していたがまさかと云うほうへ結果が出てしまった。
Kakusakasane さらに思い出すのは、ピケティの21世紀の資本に出てきた格差は米国、英国で1980年以降特に顕著に進んだ、という図だ。
他の欧州各国や日本と比べて明らかに米英両国で格差拡大が急速に進展している。
資本の力がとりわけ両国で強かったということだろうし結果的に国内での亀裂がどうしようもなく大きくなっているということなのだろう。
今回の結果も米国の時代の終焉の始まり、ということになるのではなかろうか。もう弱い米国を隠しようがなくなったということだろうか。
2016年は時代がコーナーを回った年として記憶されることになりそうだ。
次は何が起こるだろうか、本当に米国が国内に引いていくなら、日ロの和解、日中の和解、そして南北朝鮮の和解、そんなことが次々に起こってきてもおかしくない。何やら興味深いことが起こりそうでそれも面白くもある。

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2016年7月11日 (月)

地球史を学ぶ

仕事を離れたら時間を持て余すと聞いたことがあったが、実際にそのような状態なると全くそのようなことはなくやりたいことが増えるばかりだ。


学ぶことも遊びの一つで、この春からは放送大学大学院の学生証を手にして学んでいる。

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といってもそれほど多くの時間を割くことはできないので放送大学では「地球史を読み解く」という講座のみを正式に履修している。
平たく言えば我々はどこからきてどこへ向かっているのかを科学的に宇宙スケールで明らかにしていこうということになる。

始めるとなかなか興味深い。
東工大特命教授の丸山茂徳という人の講義だが姿やしゃべりはあまりテレビ向きでない。しかし話の内容はすこぶる面白い。
Hosodgk2
話は本来どうやってこのような研究が進んできたか具体的にどのように研究なされているかという研究手法が結構重要そうだが、そこらはあまり深入りしない。岩石の年代決定手法や同位元素の分析法など実証の具体的手法の知識が骨格を成すような気がする、そこはない、その意味ではどこか消化不良の講義であることは免れない。



太陽系の誕生と地球の誕生がはじまりだが、宇宙150億年の歴史を俯瞰すると太陽系が誕生した46億年前は銀河系で星の形成率が高まるスターバーストの時期にあたっていたという。

スターバーストは銀河同士の衝突で引き起こされるとされており、46億年前は銀河系と矮小銀河との衝突で起こったと最近は考えられているようだ。

太陽の周りにスターバーストで生じた物質が円盤状に集まり 重い岩石は太陽に引き寄せられて内惑星を作り、飛ばされた軽いガスは離れた軌道に外惑星を形成、内惑星は衝突を繰り返し成長、地球、火星などが形成された、と考えられている。
地球のもとになった惑星は隕石の落下で次第に大きく成長していき最後に火星位の惑星との巨大衝突を45.6-45.3億年前に起こしたとされる。こ衝突はジャイアントインパクトと呼ばれこの時月がとびだしたともされているようだ。


ここからが地球の歴史の始まりとなり、まずは冥王代とよばれる原初の時代が始まる。
地球の水はどこから来たか。地球の水の同位体比--重水素/水素比の値を調べると太陽水素の値や彗星の値とは大きく異なり炭素質隕石の値に近いと解ってきた。

一方地球(および月の)岩石は構成する元素の同位体比率からはエンスタタイトコンドライト(Mg系輝石であるエンスタタイトを主要鉱物とする石質隕石)と呼ばれる隕石物質と一致し炭素質コンドライトとは一致しなかった。
即ち岩石をもたらした隕石と水をもたらした隕石は別々のところからきていることになる。
まずエンスタタイトコンドライトが集まって地球の本体部分が出来上がってきた、そこへ水と大気を持った炭素質隕石が降ってきたことになる。
そんな調子のいいことが何で起こるの、と思わざるを得ないが内惑星が生成後木星の引力の影響で外惑星に近い側の小惑星帯の炭素質の多い隕石が落ちてきたという説明があるだけで今一つ合点がいかない。まだまだ諸説が飛び交っている状況のように思える。

地球に残る最古のかけらは44億年前のジルコン結晶でこの中に含まれるウラン元素の崩壊から年代が推定できており、更に、40億年前前後のジルコンに含まれるセリウム元素の価数分析から40億年以前は酸素の少ない還元的な環境(即ちエンスタタイトコンドライトがもたらす環境)でありその後は酸化的な環境(即ち炭素質コンドライトがもたらす環境)に変わっていったことが物的証拠として示されているようだ。

46億年前という太陽系誕生の歴史は隕石の年代測定から得られたもので太陽系全体がほぼ同時期にできた、それが46億年前であったということのようだ。僅かに残された試料から重要な結論が導かれるところは感心するがどうしても半信半疑のところがある。


それにしても現在落ちてくる隕石の多くが普通コンドライトでありエンスタタイトコンドライトや炭素型コンドライトは少ないとされる、ハヤブサが探査したイトカワも普通コンドライトであると解っている、46億年から40億年前頃に今は少ないコンドライトが惑星を作るほどに落ち続けたのはどういうことだろうか。
少しかじっただけでも疑問は尽きない。



生命の発生に至る過程は更に面倒で、原初の、隕石でもたらされた大量の水は地球の殆どを4kmの深さで覆っていたがこれがプレート運動で次第に地中に引き込まれてそのかさを減らし、現れた陸地の岩石粒子が海水と反応して強酸性だった海水を中和していった、濃密だったCO2もマントルに固着してプレート運動で地中に運ばれて薄くなり太陽の光が地面まで届くようになった、水際では各種複雑な環境が現出し多くの元素が出そろい、間欠泉のような場所で有機化合物が次第に合成され最後に生命の誕生に至った、ということのようだ。

まだ実験室内では生命の誕生までは実現されておらず、本当にこうなのかは解らないが、かなり生命の発生はハードルが高いようだ。最近相次いで発見されている太陽系外のハビタブルと思わせる環境の惑星でもめったなことでは生命は生まれないのではないかと思わせる。

地球の冥王代には多くの生命の形態が有りえたが、大量死を繰り返し結局動物の祖先となる古細菌と植物の祖先となる真正細菌のみが生き残りこれが30数億年生き延びてカンブリア紀に理想的ともいえる環境が出揃ったことにより爆発的種の拡大に至ったということらしい。
ここらあたりまでくると化石が残されていたりでそういうことかと思わせる。


勿論この先も展開は続くのだがここまでの過程でも,人類のような知的生命体が存在しうる天体が地球以外に本当にあるのだろうか、と思ってしまう。地球しかないといわれてもそれはそれで真実かもしれない。
命の宇宙的重さというものを感じてしまう。

確かに学ぶということは面白い遊びだ。

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2016年6月29日 (水)

怪しいメールと英国の没落と

今朝メールを開くと、昨日の晩遅く23時もだいぶ過ぎたころに自分から自分あての怪しいメールがniftyの受信ボックスに送られていて、zipファイルが添付してあるのに気づく。ちょっと怪しい。よくみると、nifty.co.jpとnifty.comの両方に同時刻に入っている、ますます怪しい。
ネットで調べると同様のメールが3月頃にやはりあちこちに送り付けられていて、こちらはトロイの木馬型のウイルスメールだったとある、今回も恐らくウイルスメールだろう。
niftyに特化しているようで持っている他のアドレスには送られてきていない。
何だか次第に危険が身の回りに迫ってきた感じがする。
カードで支払いをする度にカード情報が抜かれるかもしれないとの危うさをフッと感じることがある、段々それが大きくなってきたような気がする。怪しい雰囲気の店員相手にはカード決済をしたくないが、丁度手元に現金がない時にはしょうがない。
いつかはやられるかもしれない。危ない時代になってきた。


Uk 最近の気になる事件の中で、ちょっと衝撃的だったのがイギリスのEU離脱だ。誤った弁舌に誘導されたとの反省もあるようだが、これだけ高い投票率に基づく国民の選択とあらば、一種の錯誤があったにせよ明らかに重大な何かを現しているとみるべきなのだろう。それは何か。
大英帝国没落の最後の一撃と思う。イギリスの衰退は長く指摘されてきたが、ロンドンの金融が世界で重要な地位を占めるに至り、金融の力で国を支える、という形で弱体化した産業を存続させてきたと思える。しかし金融業から距離を置く人々には目に見える恩恵感を与え続けることができず、海外との競争に押され自国民の仕事を奪われて生活が苦しくなったという実感を多くの人に与え続けたように思える。その不満がEU離脱へ向かったと考えるのが妥当ではないか。
そう思うとこれは大英帝国が国民みんなにささやかな幸福感をもたらす力をもはや保てない程に没落したことを国民が明らかにしたととるべきと思える。
求心力が失われていることが明らかにされたととるべきなのだろう。
スコットランドは分離し、ロンドンもシンガポールがマレー半島から分離したように分離するかもしれない。上流階級による国家のかじ取りが限界に来たことを示しているとも受け止められる。英国は過去に西欧世界を支配したギリシア、ローマやスペインの道をたどっていくことになるのだろう。
残った世界をどう世界は運営していくべきか。


ひたひたと世の中の変革が迫ってきているようだ。10年後にはいったい何が起こっているだろうか。それはそれで面白いという気がもする。健康に生きて見届けねば。

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2015年7月14日 (火)

台風が次々に

台風が次々に現れる。エルニーニョではフィリピン近海の海水温が例年より低めとなって台風は発生しにくいはずだが、今年のエルニーニョではそうでもない。前回の2009-2010年のエルニーニョでは2010年前半の台風発生が極端に減っている。今回のエルニーニョが本格化するのはこれからで、まだ台風発生数に影響を与えるというほどになっていないのかもしれない。
今年は1-4月の間に5個の台風が発生した。昨年も5個だったが1951年以来の統計ではこの時期の平均が1.7個となっていて今年去年が極端に多いことになる。この65年間では5個というのが最大であり今年を含めて4回しかない、それが2年続けて起こっている、少し変だ。確実に南の海が温暖化してきているということかもしれない。
ともかくエルニーニョでもそれなりにフィリピン付近の海水温は高く台風発生の目安28℃以上となって台風が続々と発生している(図は2015.7.12海水温度分布)。150712seatemp
一方でエルニーニョで日本の近海は例年より水温が高く、台風は例年より発達して日本にやってくる、たまらない。この先どうなるだろうか。

 

7月7日からひまわり8号の画像が気象庁のページでひまわり7号に変わり用いられるようになった。高精度の衛星画像そのものは全球では10分毎、日本付近では2.5分毎に送られてくる。動画はNICTのページ(http://himawari8.nict.go.jp)で少し遅れて公開されているが、見ると太平洋に写る太陽のぼんやりした像まで動いているのが解り、動きが細かくて、あたかも自分が宇宙に居るようにさえ感じられて、生々しい。
確かに直感的に現在の台風の勢いや動きは理解できるようになったのだろう、予報は時間との勝負で観測や計算のデータを集めて理解しては次々に発されねばならないからこのような直感に訴えやすい画像は強力な支えとなろう。

 

Himawari8 ひまわり8号は、あのスーパー301条による国際入札を乗り越えた三菱電機製の衛星バスを用いる国産衛星だが肝心の光学センサーは米国製だ(Exelis社製)。米国をはじめ多くの国がこの会社のセンサーを使っているようだ。やはりスパイ衛星の製造で技術が磨かれた米国のメーカーにはかなわないところがあるのだろう。
日本の衛星メーカは三菱電機、NEC,東芝3社の時代が続いたが、三菱電機が頭一つ抜け出し今年になって東芝が脱落し、2社時代になった。国内を相手では需要が小さく国際的なビジネスをつないでいける技術を保ち続けるには相当の体力と熱意が必要ということが誰の目にも明白になってきたということだろうか。高度化すれば限られたプレーヤーしか残れないということだろうか。

 

技術は確実に前に進んでいる。しかし「この先どうなるのだろう」という不安に答え 的確に未来を予測できるようになるにはまだまだ道は遠い。ほんの数日先の台風の位置でさえ未だに随分な幅を持ってしか予測できない。こんな段階でも技術の担い手は次第に絞られてくる。
人のやれることは何処かで限界に達するのだろうか、解らない、しかし少し不安になる。

 

「2001年宇宙の旅」のような未来は2001年には実現しなかった、夢のように語られていた21世紀ももう1/7は過ぎた、こんなものかという思いがある。

 

嵐の季節にはこんなことを考える時間ができてくる、それも自然の摂理の一つではなかろうか、手のひらから抜け出すことは出来ないと思い知らされているのだろうか、そんな気がしてくる。

 

。。。。。難しいことを考えるのはもう止めにしよう、息が詰まる。どのみち呑気に生きるほか無いのだから。

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2015年5月26日 (火)

この夏のエルニーニョを眺める

この夏はどうみても明瞭なエルニーニョのようだ。日本にとっては太平高気圧が弱く、夏らしい夏にならない、というのがエルニーニョの夏だ。

エルニーニョとは神の子(男子)の意味でペルーの原住民が使っていた(神の子の祭りである)クリスマスの頃にやってくる暖流を指していたようだが、現在はもっと大きくペルー沖の赤道付近の広い範囲の海水温が高くなる現象に使われている、クリスマスとは特に関係しない。

東太平洋の海水温の上昇は赤道付近の西風が強くなり西太平洋の温暖な海水が東に吹き寄せられた結果として起こる(そうでなければペルー沖には南極からの冷たい海水が浮かびWorldtemp 上がってくる)。
インドネシア付近の西太平洋では暖水の東への流出により海水温が低下し上昇気流がいつもより弱くなる。
赤道の上昇気流で上がった大気が中緯度で循環して下降気流になって降りてきたものが太平洋高気圧の正体だったため、エルニーニョでは元になる赤道付近の上昇気流が弱まり太平洋高気圧が弱まる結果となる、という次第だ。

現在の海水温分布で(添付図)既にペルー沖の海水温は例年に比べ十分高い、もうエルニーニョ状態に入っている。これがこの先更に高くなる予測だから身構えてしまう。

梅雨前線が長く日本上空に居座るかというとそうとも限らない、現在のように太平洋高気圧が弱く梅雨前線がずっと南にあっても晴れが続けば暑くなりうる。現在の弱い太平洋区気圧も既にエルニーニョの結果とみなせる。まともな入梅、梅雨明けが無く、定まらない天気が夏中続くと覚悟しておいたほうが良さそうだ。南からの湿舌による豪雨よりも北の寒気が時折降りてきて不安定な雷雨となるのを警戒すべきかもしれない。

梅雨だから長雨、梅雨明けだから一気に暑くなるということにはならないだろう、空梅雨っぽい雰囲気があって思い出したように雨となる、そんな雰囲気かもしれない。
こんな時は梅雨でも雨と決め打ちしないで遊ぶ予定を入れるのが理にかなっているようにも思える。

こんな風に未来を予想して時の流れを眺めていくのも、仕事を離れてのんびり過ごす身には楽しいことの一つだ。さてどうなるか。

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2014年6月29日 (日)

XPが終了して

WindowsXPのサービスが終了してもXPを使い続けている人はいまだにいくらもいるようだが、手元のまだ十分使えるAcerのaspire-1はXP終了以来使っていない、XP搭載機種だ。多分大丈夫なのだろうがセキュリティが問題となるとどうにも使う気がしない。
しかし携帯用のパソコンの1台くらいは欲しいがと色々悩んでいたら、Lenovoの10.1インチのFlex10がドコモのネットショップで安く売られ始めたのを知りこの機会だからと、エイッと買ってFlex10 しまった。Microsoftの都合で出費させられるのは不愉快だがどうしようもない。ドコモのポイントなるものが知らないうちに貯まっていてこれも使って3万7千円位だ、最新のOfficeが付いてくる割には安いというべきなのだろう。これまではずっと昔に買ったexcel2000を使ってきていたが気象の計算などで時々困ることがあっていた。
程なく送られてきて使い始めるとイライラすることが数多く出てくる。パソコンがうまく動かず設定に悩むと本当に体に悪い。随分以前 使っていたデスクトップのパソコンのディスクが壊れかかって不調になった時は風邪をこじらせて気管支肺炎にまでなってしまった。因果関係はどうあれパソコンのトラブルは体を悪くする、いまだにそう信じている。
Windows8.1搭載のFlex10はタッチパネルとキーボードの両方が出来ていいのだが使用法を書いたものは殆どない。これはipadも同じなのだがipadはこんなものかといじっていくとなんとなく解ってきてストレスが少ない。Windows8.1は変な押し付けが多く素直にやろうとしても中々機能し始めない。例えばログオフの方法が直ぐにはわからない、なんで解らなくするのかが解らなくてイライラする。変なスタート画面で選択できる”メール”は いわゆるwebメールに限られていてあまり使い物にならない、何でこんなもの押し付けてくるのか意図が解らない。win7まであった すべてのプログラム という選び方ができない、いちいちトップ画面をめくって探さなければならない、こんなことを変える必要がどこにあるのだろうか、等々。Helpは日本語とは思えない日本語が並んでいていらいらするばかりで殆ど役に立たない。Windowsはどっちに向かっているのだろうか、独占の弊害がもろに出ている気がしてくる、Microsoftはやることがなくてまともな仕事がなされていない感じだ。
ネットで使い方の書き込みを調べて疑問を解いて先へ行く、という繰り返しで少しずつ慣れてくるが無駄なことをさせられている感触がどうにも拭えない。
こんな先に未来はないだろう、これまでのWindowsの遺産を否定するような革新的進歩はMicrosoftからは生まれようもない、どこかでMicrosoft流の仕事は破綻するだろう。
どこから壊れていくだろうか、恐らく誰かの頭の中からその源は発せられるのだろうしもうどこかで始まっているのかもしれない。それともLinuxがとってかわることがありうるのだろうか。そんなことを思い巡らすのが面白くなる。100年先、1000年先はどうなっているだろうか。

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2013年8月31日 (土)

航空機やロケットの 事故や不具合が

航空機やロケットの事故というか不具合が何故か目に付くようになってきた。
アシアナ航空のサンフランシスコでの着陸事故の後米国の民間輸送機に2つの着陸事故が起こっている。
一つはサウスウエスト航空のB737がニューヨーク・ラガーディア空港に着陸しようとして機首下げのまま前輪から先に接地して前輪を壊し前のめり状態で滑走した事故ともうひとつはUos1354 A300貨物機がバーリントン空港の着陸で滑走路のはるか手前で接地して大破した事故だ。前者は死者は出なかったものの脱出時に軽傷を負った人が数人でた、後者は乗員2名が死亡している。
いずれの事故も機体システムになんら問題は見つかっていない、アシアナ航空の事故と同じだ。正常な機体が通常に着陸しようとしてとんでもない事故に至っている。
天候はA300事故では問題なかったもののサウスウエスト航空では進入中にそれまで背風だったのが滑走路付近では迎え風に変わったとされておりマイクロバースト状(局所的なダウンバースト)のものがあったとも推定されている。この事故では着陸寸前の高度400フィート(120m)でそれまで操縦していた副操縦士から機長が突然操縦を代わっている、マイクロバースト手前のガストへの対処かとも思われるが結局はマイクロバーストに突っ込みゴーアラウンドはしないまま操縦を誤り事故となった、この段階で操縦を代わるのはきわめて異例のことでこの事自体が事故に結びついていたのではないかとの推測も出ている。着陸寸前に急に操縦を代わるほどならその時点でゴーアラウンドをすべきだったのだろう。人同士および人と機械の対話がうまくいっていないように感じる。
A300の事故ではアシアナ航空の事故と同様ILSが使えない状態の滑走路への着陸だった。事故そのものは昔JALがインドで起こした事故と似ているようで高度に何らかの誤認があったものと思われる、滑走路を視認して僅か4秒後に木または地上の物体に接触している、この状態でのこの滑走路の最低決心高度は556ftと定められているので滑走路視認がいかにも遅すぎる、そこまでの間 高度の錯誤をしていた(まだ決心高度に達していないと思っていた)ことになる。ヴィジュアルの経路角確認装置PAPIはこの滑走路にも設置してあるが(パスが随分手前から大きく外れていて)この機はこれを使用していなかったようだ。どうみてもパイロットミスだ。パイロットは2人だがどちらかは薄々何か変だと感じていたのではないだろうか、前のケースと同様どこか会話の足りなさを感じる。
まだ航空機の着陸はヒューマンエラーが介在できる箇所だらけとしか思えない。千変万化の風の中で或いは着陸支援設備が不十分の状態で、パイロットの技量に頼って着陸するのは安全上の問題が未だに十分には解決されておらず、安全を支える技術が随分と足りないように思える。自動化が決め手の一つのように思えてしまうがそうはいっても簡単ではない。

自動化すればいいかといえばそうでもないトラブルが最近のイプシロンロケットの打ち上げで起こったようだ。

Epsilon_rocket_2 イプシロンロケットの打ち上げが直前の誤信号で自動的に停止した。昨日の発表では打ち上げ管制のコンピュータとロケット側のコンピュータの信号授受タイミングが僅かにずれていたために自動停止したとされる。リハーサルは何度もやるはずでリハーサルでここまでのステップを現実のハードで忠実にやれてなかったということになる、どこかに考え落ちがあったのだろう。そういう(人の)開発システムの問題のような気がする。
これとは別に、この打ち上げをテレビ中継で見ていてソフトの問題らしいと感じていたが、ソフト上の問題ということで思い出されたのが昨年11月JAXAのパソコン1台がウイルスに感染しイプシロンロケットの仕様や運用に関わるデータが外部へ流失した恐れがある事件だったhttp://www.jaxa.jp/press/2012/11/20121130_security_j.html。イプシロンロケットの特徴のひとつはパソコン2台で打ち上げ管制ができる簡素さにあった。その後の詳細は発表されていないがもしこの件と今回の打ち上げ中断が関わっていたとするとやや深刻なことになる、そうでないことを願うばかりだった。ロケットの打ち上げがパソコンの自動シーケンスで簡単に行えるというのは考えようによっては危険なことかもしれない。今回はそうでなかったとしても万一ハッキングされればどこへ飛んでいくか分からない、とんでもないことが起こりうる。他からの侵入やウイルス感染の恐れを排したアナログな原始的なシステムでの打ち上げのほうが実は安心できるような気もする。電磁干渉やアナログの不安定という別の問題はあるが贅沢なアナログの時代がここにも必要とされているようにも思える。

世の中は複雑化していく一方で人間の感覚とどこかでギャップが出てきてしまう、こんな問題はいい古されてはいるが今後も当分つきまとうのだろう。人間の感覚にあうのは結局は対話でありアナログであるように思われる。しかし、今後少なくとも数千万年は続くと思われる人類の未来を思えばいつかは収まっていく問題なのだろう。結局大した問題でもなくなっていくのだろう。

未来へ残っていく問題とは結局何になるのだろうか、人そのものだろうか、考えていても解らない、そんなことへと想いが発散していくのが面白くもある。

(画像はいずれもwikipediaによる)

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