2017年7月30日 (日)

観音の滝を見る

毎日のように熱中症の警報がメールで送られてくる。WBGT(Wet Bulb Globe Temperature)という暑さ指数が31を超えると危険と判定され外出は避け涼しい室内で過ごすことが適当とされる

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高度を上げて少しは涼しい山歩きをするにも雷が危ない、ここは瀧見に出かけるのがよかろう、滝なら少しは涼しかろうと、自宅から1時間少しで行ける唐津市七山の観音の滝にランチも兼ねて出かけた。日本の滝百選に選ばれている滝だ。

無料の西九州道を使って思いの外簡単に到達する。ランチは駐車場所にあるそばの店で「冷やしわさび茶そば」というのを食べる、この辺りではもともとワサビが自生していたようだ、とにかくこれがうまい。味100選店の看板もあって、一定の水準以上ということになっているようだが味 わってみても少し凝ったところがあって むべなるかなとの気がする。

滝はここから川底へ下っていくのだが、アマチュアカメラマングループと思しき一団がすぐ前を行く。
こちらは三脚もなく手持ちでスローシャッターを切ったりしているが向こうはケース入りの立派な三脚を立てて時間をかけてフレーミングしたりもしている。

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身なりもきっちり長袖長ズボンとそれなりだ。趣味は何でものめりこまなくては面白くないのかもしれないが、自分としては とんとそんな気にならない、のめりこまない趣味ばかりだ。その方が自由でいいような気がして遊んでばかりいる。

川底におり始めようとすると駐車場所に水遊び姿の親子連れが続々到着する。どこで遊んでいるのかと帰りに気をつけて見ていると滝の上の淵にある自然のスライダーで遊んでいる。滝の落ち口まではややあって安全そうには見えるが何かの拍子で流されれば助かるとは思えない。よくこんな所で遊ぶと思う。しかし涼しそうで手軽で一度やってみるとまた、ということになるのだろう。大人でやる人はいないようだが、いつか大人でもはやってきそうな気もする。この暑さだ。
毎年のような猛暑には耐えるのにも限りがある。

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岩肌もきれいだ。地質を見るとこの辺りは1億年前の白亜紀に凝固した花崗閃緑岩という深成岩でできている。マグマが深いところで冷えて固まった所謂花崗岩の一種というわけだ。目に見える滑々の岩からは水で浸食はされるものの適当に硬くていい石ということかなと思えてくる。耶馬渓では竜門の滝の滝滑りが有名だがあちらは安山岩に苔がついて滑りやすくなっているようだ。安山岩よりこちらの方が石は良さそうだ。

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すぐ南には黒雲母花崗岩の地層があって高級墓石材とされる天山石が産出しているという。大谷石ではないが掘れば売れるものが出てくるというのはいいところなのだろう。
立派な滝があるところは地層が面白い。

肝心の滝は落差45m、途中で少し段になっているようなところがありなかなか姿がいい。いかにも絵になりそうな滝だ。しかし期待していたほどには涼しくない。滝の冷気をまともに浴びる場所で見れるようになっていないからだろう。

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贅沢は言えない。
色々滝を撮ったりしてこの地を後にする。しかし暑い。

逃れようもない暑い夏は、滝見くらいでは許してくれない、観念して、こんなものかと受け止めて味わうほかないようだ。

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2017年5月 6日 (土)

インスタグラムと著作権侵害

インスタグラムに写真を投稿していると時々不愉快な事態に遭遇する。自分の出したInstag 写真とタグをほぼそのままコピーして別の人がその人のハンドル名でインスタグラムにアップしているというちょっと信じられないような事態だ。

発見はふとしたことからだった。
アップした時に殆どの人が使っていないハッシュタグを書き込んでしまって、しばらくした後少し後悔しながらタグのページを開くと自分のと同じ写真が2枚アップされている。あれっと自分のミスかと思ったりもしたが写真をクリックすると知らない人のページに行く。こちらにも いいね を打っている人もいる。
何なんだこれはと思うがロシア語であったりヘブライ文字が出てくるぺージであったりしてこんなことをしている本人に注意するのも厄介そうだ、どうしたものかと暫くほっておいた。ほぼ忘れかけていたが、つい4-5日前にSNSの著作権侵害に関するニュースが流れているのをテレビで見て思い出した。
せっかくだから著作権侵害の申し立てをインスタグラムに送る方法はないかと探してみると すぐに見つかった。やはり問題のところなのだろう。

Instagramヘルプセンター - プライバシーと安全 - 報告する と辿ると報告する手順が始められる。にっくきコピーページのurlをメモし、自分の対応ページもメモして手順を進めると最後まで行きつく。最後のところに電子署名の要求があり、電子署名?といぶかるがそのまま自分の名前を書き込む。これでOKのようだ。
送信して2-3日もしないうちに 削除しました との英文のメールがinstagram team から送られてきた。確認すると問題のページは削除されている、めでたしだ。まだあったと思い出してその後も申し立てを何回かやっているが慣れるとすぐにできるようになる。ネットで手続きが面倒だとの書き込みをいくつか見かけるがやってみるとそんなことはない。勿論日本語でOKだ。

ネットに出した写真は無断コピーは避けられない、ある程度の著作権侵害は防ぐのが難しいというのが実情と思うが、防ぐ手立てはとにかく講じてみるのが大事のようだ。すこしづつルールを固めていけばこれはひどいという事態は抑制されてくるだろう、ネットを便利に使っている現在の様な生活は少なくとも維持したい、これは知恵が出せればできるだろう、拡大しても行けるだろう。

とにかくこれから続いていく未来は言葉通り広く果てしないのだから。

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2017年2月12日 (日)

ケアシノスリと篠山写真展と

同じような冬の日が繰り返し繰り返し過ぎていくようだが、落ち着いて考えるとそうでもない。毎日何か新しいことに遭遇している。

昨日のことだ。
170211keashinosuri2 雪も大方溶けたし日差しも出てきたのでいつものように散歩に出かけると見かけない鳥が上空に舞っている。タカの仲間の様で下から見ると随分白くて尾が短いがノスリとも少し違う。おまけにホバリングをよくする、勿論チョウゲンボウでもない、羽には下から見ると横向きに線が入っているようにも見える。手持ちのコンデジでは狙いにくくてうまく写真が撮れない。残念だ。しばらく池の水鳥を狙っている風情にも見えたが人が来たのでまずいと思ったか風下へ飛び去ってしまった。
戻って図鑑で調べるとケアシノスリが一番近い。多分そうだろう。初めて見た。
こんな冬型で風が吹きまくった後はいろんなものが飛んでくるようだ。


今日は篠山紀信の写真展「写真力」が今日までなのが分かって慌てて観に行く。福岡Sinoyama アジア美術館で開催されている。2012年の熊本を皮切りに全国を巡回している写真展だ。
素直な感想は、こんな虚の人物写真を撮っていたんだ!、というものだった。
渥美清などにはじまる芸能人の、虚像をかぶっているその虚の姿のみを注意深く写している、本当のその人の姿が出ないように映している、こんな写真の撮り方もあるんだ。ぺらぺらした感じがする写真だ。しかしとにかくプロフェッショナルなテクニックだ。
アナログ時代にどうやってこういう写真を作り上げたのだろうと思う写真がいくつもある。どうみても写したままの写真ではありえないがどう手を入れているのかわからない。圧倒される力量だ。
土門拳や木村伊兵衛などから連なるよく見る写真芸術とは全く違う写真だ。驚いてしまう。


生きていると確かに色々なものに驚く。これがいいのだろう。

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2016年5月 6日 (金)

インスタグラム

連休もやっと終わりが近づいた。
仕事を離れてからは連休と言ってもうきうきするでもないものの、催し物が多くてそれにいい季節であることには変わりなくてあちこち出かけたくなる。
しかし今年はそうもいかなかった。連休初日にヨットハーバーで両手がふさがったままつまずいて前向きに転倒してコンクリート面でしたたか顔面を打った、これがあとびいた。顔の真ん中に絆創膏だらけでは出ずらく それに倒れる時咄嗟についた右手が捻挫してしInsta まって運動もできなくて、ぶらぶら自宅で過ごす羽目となった。
パソコンやipadで遊ぶ時間が増えたがこのところ集中力の低下が目立ってきて写真の整理もテキパキとはできない。
ぶらぶらネットの記事などを見ていたら、インスタグラムはおじさんはやらないでほしい、と若い世代がこぼしているという記事が目にとまって、そういわれればインスタグラムとは何なのか、始めたくなった。
パソコンではできないがipadを使えばできることが分かって早速始めてみた。
Facebookにちょっと似ている。数年前にInstagramはFacebookから買収されたが独立して運営されているようだ、Facebookのページからは接続する手は伸びていない。
Syasinhosei0 とにかく写真をインスタグラムにアップロードすればよい、それだけだ、写真のツイッター版だが”いいね”とコメントが打たれるのでFacebook的でもある。
Facebookのように仲間内でやりとりするならつまらないと世界に向けて簡単な英語で通すことにした。ハッシュタグも極力日本語は使わない。
写真がはっとするようなものであることがキーと解ってきて、パソコンでレンズ歪補正や遠近法の補正を丁寧にやって色調も時間をかけて調整して美的と思う頃になったところでdropbox経由でipadに送りアップする。アップして直ぐにSyasinhosei1_2 見ず知らずの世界中の人からパラパラと反応が返ってくるのが面白い。パラパラというよりまだパラというくらいだが、それでも反応の強弱が写真によりはっきり異なり、ふーんと思ってしまう。
いいねを入れてきた人のやり方も参考に見てみるが、相当に凝った写真を上げている人が多いようにも感じる。いくつかアップしてみると、見る側におもねったような受けを狙った写真より自分が素直にいい・面白いと思う写真をアップすべきだと解る。何か本質的なものがここにもあるような気がしてくる。

33ken 写真の補正にはgimpというフリーソフトを使っているが補正能力は強力で、プレゼンをカメラで斜めから撮った画像を
遠近法補正でフラットな正面画像に補正するなどということが簡単にできる。遠近法補正の効果とレンズ歪補正の効果を図に示すが驚くばかりだ。(いずれも補正前が上で補正後が下)。 補正や加工が容易になっているのもインスタグラムが流行る理由かも知れない。

  Instagramも暫くやっていると疲れてくる。単純な生活にはいつでも戻れると思ってはいるが次第に何かに囲ま
33kenhoseiれて時間を失っているような気がしてくる、元には戻れないかもしれないとも思い始める。何かが過剰なのだろう。過剰な時代を生き抜くのは仕事を離れても楽ではない、それにしても時代はどこへ向かっているのだろうか、それがいつも気にかかる。

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2015年11月12日 (木)

井上孝治写真館

このところ九州国立博物館、福岡市美術館、井上孝治写真館、と、文化財や写真の展示を立て続けに見ている。それぞれに感じるところがあるが印象に残っているのは

やはり最後に見た井上孝治写真館だ。有名な歴史的名品を見るのも素晴らしいが、生身の人間を感じるもののほうが印象が強い。

井上孝治という写真家については全く知らなかったのだが、ネットで何かを調べていてIk01 たまたま遭遇したのが糸島の井上孝治写真館から玄界灘を眺めた写真だった、こんなところがあるなら行ってみなければ、そう単純に思った。
最近は自分にしっくりする空間というか人というか、そんなものを見つける感覚が良くなっている気がしている。

 井上孝治とはどんな写真家なのか、ネットで調べながら、とりあえず訪問を予約した。別荘地にある個人の住宅のようだが、だれでもホームページから予約さえすれば訪問できる。訪問記も幾つかネットに出ていてこれを読むと殆ど個人が個人をもてなす風の写真館のようだ。土日しかオープンしていない。

近くの城南図書館にあった氏による写真集「こどものいた街」を直ぐに借り出し眺めてみる。昭和30年代前半の福岡の普通の子供の姿をとにかく撮っている。自分の記憶が呼び覚まされてくるのを感じる。
泥んこ道、集まっては道や広場で遊ぶ、その頃の空気がそのまま感じられる。どこかに自分の姿が写っているのではないかと探してもみる。
確かにこんな写真集は見たことがない。最初に出した写真集「想い出の街」も総合図書館から借りてくる。同じようにやはりこどもが中心だ。
撮れそうで自分ではなかなか撮れないショットばかりだ。井上孝治はろうあ者だった、しかしそれを全く感じさせない写真だ、それどころか被写体となった子供たちと会話を楽し
んでいるようにすら思える。


予約当日、住所をナビに入れて写真館に向かう。管理事務所で別荘地のゲートを開けてもらい場所を聞いてクルマで登っていくが行き止まりにはまったりしてたどり着けずまた事務所に戻って聞き直す。
やっとたどり着いて見晴らしの良いテラスから1Fの写真が展示してある部屋に通される。井上孝治さんのご子息で写真家の一さんが対応して頂ける。玄界灘に臨む眺めがIk02 いい。と、鳥の群れが左手より現れる、マヒワのようだ。塊になってこんな風に飛び回るマヒワの群れは随分前に日光の別荘地で見た限りだ、それ以来だ。150羽位いるだろうか。一旦は遠ざかってまたうねるようにして近づいてくる。新たな訪問者を見定めるかのようだ、鳥はよくこんな風に人間に処するような気がする。
安心できる人間と見定められたのか ほど近い木の茂みに舞い降りて木の実をつつき始める。いい眺めだ。やはり来るべきところだった、そう思えた。

Ik03 展示されている写真は井上孝治自身が1950年代にプリントした30点ばかりだ。写真集のものよりぶれもなくピントもいい、少しばかりよそいきの写真のようにも感じる。フォトコンテスト荒らしともいわれたコンテスト向け写真はまだ見てはいないが、いかにも、という写真も数多く撮られたのだろう。
こどもを中心にした街の風景は動きがあって生き生きしていて面白いが、コンテストにはそぐわないだろう、いい写真とは何なのか改めて考えさせられる。

2階でおいしいコーヒーとお菓子が出て、しばらくの間談笑する。さえぎるもののない眺めがあり、居心地がすこぶるいい。

風と鳥と海と写真と、思った通りの雰囲気だった、この雰囲気を最初に見たここからの眺めの写真で、察していた。
感じたままに、思ったままに動いていけば、これだというところに吸い寄せられていく、そうなんだろう、そんな歳になったのだろう、そんなことを考えながら小雨の降りだした別荘地を後にした。

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2015年8月22日 (土)

土門拳の古寺巡礼をまじまじと見る

土門拳の没後25年を記念して古寺巡礼の写真展が筑後市の九州芸文館に巡回してきたのでこれは見ておかねばと出かけた。このところ古寺を巡る事が何とはなしに増えてDomonkn いて仏像の写真の撮り方が少しは気になっていた。
とはいっても大抵の寺院では仏像の写真は撮影禁止で撮れない。宗教的な理由があるのだろうが何となくもったいない。偶像崇拝だからこそなのだろう、時代を超えた人類の遺産とは見れないのか、宗教らしい凝り固まった視野がにじみ出ている気がする。

土門拳の仏像写真は他とは確かに違う。絞りに絞った上でフラッシュをいくつも焚いて影の線を消しているらしい、ライティングにはことのほか細かく全て自分でセットしたという。
土門はポートレート写真に惹かれていて著名な人物の肖像を多く撮っているがその人の底まであばく撮り方は執拗で、梅原龍三郎などは撮影が終わると怒って座っていた籐椅子を投げつけたと言われる。そんな撮り方の延長上に仏像写真があるように思える。
仏像の写真一つ一つに言いようの無い迫力がある。
仏像の視線とカメラを通じて見つめる視線がぶつかって火花を散らすその瞬間にシャッターを切る、そんな風に土門は表現している。解ったような解らないような話だが被写体に対する強い思い入れが沸かなければ撮らない、撮れないということだろうか。写そうとする仏像がそもそも何たるかを十分知っておく、それは撮影以前に当然のことだというようなことも述べている。宗教そのものに疑問を抱いている身ではまともな写真を撮れっこないといわれているような気がしてくる。
見ていくと戦時中に撮った仏像の細密な写真も素晴らしく、機材の進歩は写真を撮るという根本のところには殆ど影響を与えていないと感じる。時代は本当に前に進んでいるのだろうか、そんなことも考えさせられる。

やはり見るべき写真展だった。芸文館のカフェでスパゲティを食べながらそう思っていた。暑い夏の雨模様の日はこんな所が似つかわしい。

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2014年12月31日 (水)

カメラを買う

1年半使ったカメラを壊して新しいカメラを買った。コンパクトデジカメの更新ということになる。壊したのはニコンのcoolpixS31という防水バージョンのコンデジでヨットなんかの水遊びにも十分使えるものを、と買い求めたものだった。10日程前ヨットハーバーのコンクリート面に1mくらいから落としてレンズに大きなひび割れが入った、当たり所が悪かったようだ。撮影機能にとりあえず異常はなかったがこれでは水が入ってしまうし画像もよくは無い。
丁度散歩中に野鳥を撮る小型カメラがあればと思っていたこともあり、この際望遠のコンデジを買ってしまおうとネットで探し始めた。一眼レフを下げて近くの公園を散歩するのは大げさで場違いだが結構面白い鳥が出る、どうしたものかと思っていたところだった。
50倍の立派なコンデジが数社から出ているがいずれも一眼レフを小型にした塊のようなスタイルでとてもポケットには入らない、色も黒ばかりで気楽な散歩のお供には似つかわしくない。
Kamera_2 更に探していくと30倍の望遠でよければいかにもコンデジらしいハンディな機種があり色も好みの赤もある、これこれと早速ネットで発注した。CANON Powershot SX700HSという機種だ。2万3千円位でこれで30倍の望遠ならとにかく割安のような気がする。エイッと発注した翌日にもう手元に届いた。この暮れの忙しい中どうなっているのだろうか、奇妙な世の中になったものだ。人は余っているのか不足しているのか解りにくい。
届いてまだ4日目だが大体解ってきた。鳥を手軽に撮るのにはすこぶる便利だ。30倍というが実感は双眼鏡距離位がよく撮れる。失敗確率は明らかにデジ1眼より低い。手振れ補正が優秀なのか30倍でぶれながら撮っても一応見れる写真となる。
Ruribi2 いつも散歩している公園に思いがけずルリビタキがふっと現れてすかさず撮ってみたがそれなりに写っている。カワセミの姿も久し振りに出たがこちらはカメラを構え終わる前に飛び去ってしまった、無理なものはやはり無理だ。のんびりしているカモ類は勿論問題なく撮れる(下の写真は近くの新市楽池で撮ったオカヨシガモのメス)。
今度はどのくらい壊れずに持ちこたえられるだろうか、フィールドで乱暴に使うものだけに壊しやすい。しかし技術の進み方が小気味よくて壊れたらまた新しい更に進んだ性能のものが買えると思えば思い切ってばりばり使うのがいい気がしている。
Okayosimesu

いいような不思議なような時代に入ってきている。どこかに無理を強いているのではないか、資源を濫用しているのではないか、そう感じもする。さはいえど今となっては全てを受け入れ眺めていくほか無い。ともかく年が終わる。

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2014年12月 5日 (金)

RAWをRawTherapeeで現像する

なんだか寒くなってきた。去年の気温と比べてみると少なくとも11月は今年の方が総じて暖かい。ここ数日でぐっと寒くなっただけのようだ。暖かい晩秋にこのところ慣れてきたのが少しばかり外れると余計に厳しく感じるということらしい。


寒い時は寒さを楽しむのが一番なのだが出かけるのも億劫で近くを散歩するくらいで過ごしている。 今日は西風が強くて寒い日だったが新市楽池に回っていくとハシビロガモやバンが相変わらず忙しく水面を動き回っている。

隣の市楽池の周りではシロハラが数を増して目につくようになっているしアオジの5羽位の群れも小道に出てきたり、冬が来たのだなとしみじみ感じる。

寒くなって外出が減ったこともありこのところ写真をRAWで撮るようにしてパソコンで時間をかけて焼き出しているがこれに少々手こずっている。

焼き出しソフトにはペンタックK5についてきたPentax Digital Camera Utility4を使っていたが処理が重くて苦労する割りにjpg出力を加工するのに対して大した優位性が感じられずに困惑していた。

何とかせねばとnetでfreeのRAW処理ソフトを探していたところRawTherapeeというソフトに行き当った、それなりの評判だ。とにかくダウンロードする、lightroomの評判が高いのは解っているが無料で済めばそれに越したことはない。 使い方がすぐには飲み込めず丁寧な日本語Imgp7903y 訳マニュアルもダウンロードして暫く試していてようやく少しはわかってきた。

確かにトーンを 自由に変えられるしノイズ削減やシャープの機能もいくつもあって”現像”ソフトとしてはそれなりの使いでがある。でも自由度が大きいだけに自分の思うトーンに落とし込むのには結構手間がかかるしファイルの操作もRAWファイルが大きく処理がどうしても遅くなる。jpgの加工で済むくらいの写真は出来るだけカメラ出しのjpgを加工するとし RAWから焼くのは限定するようにして何とか収まってきた。

Imgp7903xxx しかしみるからにピンボケの写真を救うことはやはり無理で、結局は撮る質を上げるのが手間を減らす早道のようにも思えている。

こんなことが出来るようになったのもSDカー ドの32GBが随分安くなったことや何のかんのいってもパソコンの性能が上がってきたことに大きく拠っているように思う。

しかし時々アナログのフィルムから進歩しているのだろうかと思う。

昔の写真家の撮ったような写真は機器が幾ら進んでもデジカメをいじくりまわしているだけの素人には撮れない。

そうはいってもいつかは新しい地平を切り開けるのではないだろうか、それをほのかに期待しながらまた写真を撮っている。少しずつでも自分を巡る何かは変わっていくかもしれない、それで十分だ。

(添付は上がカメラのjpg出力をXnViewでシャープ加工したもの、下がRAW出力をRawTherapeeでシャープ加工したもの、下のほうがやや細かい陰影がはっきりしてくる)

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2014年8月15日 (金)

101年目のロバートキャパ

101年目のロバートキャパと銘打ったキャパの写真展が九州芸文館で開かれているというので見に行った。矢部川に近い新幹線筑後船小屋駅前というのだが例によってクルマで出Capa かけた。八女市の南にあたる。帰省ラッシュがまだ続いていて道は結構混んでいる。
やっとの思いで辿り着くと面白い建物だ、昨年4月にオープンでまだ出来て日が浅い。隈研吾の作品という、ちょっと華奢だ。栃木では広重美術館が隈研吾だった、このところ人気のようだ。
さてキャパだ。戦場カメラマンの草分けとして認識しているがまとめてみたことは無い。最初がトロツキーの演説姿でネガのべた焼きも一緒に展示されている(トロツキー)。掲げた手が顔にかかっていて肖像写真としては不適だが言葉が飛び出してくるようだ、他にもいろいろあるカットの中でこの一コマを選ばせた感性が面白い、最終的に選んだのは編集者かもしれないがそうさせた元画像を提供できた腕を感じる。
スペイン戦争、イタリア戦線、ノルマンディー、パリ解放、エクソダス、延々と続く。戦争の時代だ。しかし戦場というのにカットが綺麗だ、余計なものが写っていない、綺麗過ぎる。ピントも良くあっていて、クールな視点が感じられQgeibunる。作為が感じられる写真も結構あるが戦争そのものを伝えようとするとある程度必要になることかもしれない と思えてくる。LIFEの表紙となる写真だ、写真としての出来の良さがどうしても求められるのだろう。戦場からは撮影済みフィルムをとにかく送り出し何人もの手を経てそのうちの数枚が誰かによって選ばれ雑誌に載ることになるのだろう、誰もが感じ取れるインパクトを説明なしで一枚一枚にこめるほか無い世界なのだろう。写真はアートの世界だ、美と技 両方の意味でアートの世界だ、そう感じてしまう。
モノクロの写真だからこその映像の切り取る力も感じる。カラーでは余計な情報が多すぎるのではなかろうか。
ズームレンズのデジカメでとにかく撮るという今の自分の撮影の情けなさも思ってしまう。

なかなかいい物を見たとの思いで外に出ると驟雨だ。むっとした湿気が空に満ちて耐え切れず落ちてきている。零れ落ちるような雨、あふれ出すような雨、キャパの印象とどこかオーバーラップしてくる。あふれだすようなアートの世界、かなわぬ望みだろうか。

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2013年6月25日 (火)

ヨットを始める、その2

ヨットを始めてみるとこれを廻る幾つかの小さな驚きの連鎖に遭遇する、前回に続けてヨットにまつわる話だ。

ヨットは風任せで気象が随分と気になる、細かい風の具合と共に波がどの程度になるか予測したくなる。確か何かの計算式があったはずと気象予報士試験の受験勉強の時に集めた本を見直してみると出てきた、風速と吹送距離から風による波高と周期を求める経験式―Wilson公式だ。
気象の参考書の式は記述におかしいところがあり誤植があるようなのでネットでこのWilson公式を調べていくと土木学会の論文に行き当たった。これは信頼できるようだ(添付)。建造物の波浪による環境推定にはこの式を使っているらしい、便利な式はあちこちで使われる。波高は有義波高という定義で一定時間の波の高さを高さの順に並べて上か
Wilsonら1/3をとりこれを平均した値で実際の波の状態を表すのに適しているとしてしばしば用いられる。周期はこの波高の波の周期とな る。式の単位はmで揃えて計算する。どのくらいこれは当たるのだろうかとまたネットで探していくとなんと博多湾で実際に計測したデータのレポートに行き当たる。真面目に調べる気になれば次々にレポートが見れる、便利な時代になった、技術の進歩は加速的になるというものだ。このレポートによれば実際に計測すると推算値よりもやや低めの値を示した、また福岡の気象台の風速計測値は博多湾上のものとおよそ一致したともある、これは有用だ、次々に見つかりちょっとした驚きでもある。早速ダウンロードした気象データ(MSMデータ)から切り出して表示するエクセルファイルに式を埋め込む。湾内の波はこれで推算でき、外洋のうねりも広い範囲の風速と凡その吹送距離からだいたいの値は推算できる。波の速度はどうだろうかと気になってこちらも調べていくと浅い流れの式と深い流れの式が程なく見つかる。浅い流れは以前浅底水槽をいじっていた時におなじみだ、思い出した。深い流れの波の速度は周期に比例する簡単な式(速度(m/s)=周期(sec)*1.56)にたどりつく、なーんだそうかという気になる。しかけが大体解ってきた。
気象のMSMデータも最近33時間予測が39時間予測まで予測時間が先に延びたのでこれも取り込めるよう処理プログラムやエクセルファイルを修正して動かし始める。その日の早朝にデータを切り出すと大体2日分の予測ができる。GSMは11日先まで出るが気になるのは細かい風なのでメッシュの細かいMSMデータにどうしても頼ることになる。1mくらいの微風だと波高は0.05mとの推算が出る、実際に海に出てみるとまさしくこんなものだ、大体当たるようだ。

気象予測はこれで暫くやってみるが、揃える物は他にも色々ある。着るものは風から保護でき日焼けから保護できるラッシュガードを着ればいいらしいとネットで解りこれも発注する、クラブで聞くと長年やっている人が多くそれぞれにやり方があるようでネットで調べるのが今様だ。使ってみると日焼け防止には頗る強力だ。
靴はデッキシューズというものをネットで買って使ってみたがひどい靴擦れに見舞われる、ごわごわして足に合いにくいのもあるが元来クルーザー向けでディンギーでは使わないものらしい。ベテランの人の靴は大体がブーツのような靴だ、聞けば夏は暑いので透けた軽いものがいいという、試しに買った似たような靴があったので見せるとこれで十分となる、少なくも夏はこれでやれそうだ。
あとCoolpixs31 はカメラだ。丁度今使っているcoolpixの動きが渋くなり買い替え時だと思っていたところで迷わず防水5mの新しいものに変える。CoolpixS31、1万円弱で安い、程なく送られてきて使い始めるが思いの外良く撮れる、これもデフレだ。少しずつ揃えていくが夏は少なくともあまり高いものは買わなくて良いようだ、ちょっと安心する。

道具立てが揃ってくると次第にやる気も出てくる、最初はちょとくらい齧ってみるかとの軽さだったが次第にはまりこんでくる、流れに任せるように動いていく時間と空間ともろもろが、好ましくもある。物理学でないこのもろもろがダークマターなのだろうか、そんなことすら考えてしまう。今年も夏は始まったようだ。

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