2017年9月29日 (金)

タカ見と棚田と

9月は駆け足で過ぎていく。もう2週間位前のことになる、福岡に近づきそうに見えた台風18号は微妙に南にずれ福岡への影響は弱まった。
それでもそれなりに台風の影響は出たが、台風が来るといいこともあった。タカの渡りへの効果だ、台風明けに一気にタカが渡る。
こんな日は鷹見のポイントへとにかく立たねば損とばかり台風の翌日 近くの油山の片江展望台に出かけた。3連休でもあり懸念したが駐車スペースはまだ残りがあった。

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見始めたのが11時20分頃で、すぐにタカ柱が確認できた。見ていると次々に来る、積雲が心地よさげにぷかぷか浮いている。いい日だ。
肉眼で見えるくらいに近づくこともあって写真に撮ったりスコープで追ったり忙しい。一般の観光に訪れた人も肉眼で見えるのに感激している。これは多い。
横でカウント集計しているのを見ると1時間ほどで4-500羽出ていることになる。

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そのうちぱったりと来なくなって食事時でもあるのでさっさと引き上げる。十分堪能した。

気をよくしたこともあって翌日は気になっていたアカハラダカの渡りを佐世保の烏帽子岳まで見に行く。朝早目に出かけていくと伊万里の先の国見峠で雲海がちょっと出ている。そういえばこの辺りでは棚田に雲海の風景が良いといわれていたのをかすかに思い出す。しかし写真はな

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かなか難しい。何枚か撮ってみる、インスタグラム用に使えるかもしれない。
烏帽子岳の上りはナビに従って細い取り付け道路から入る。登山道路入り口が見落としやすかったのも思い出す。久しぶりだ。
6時半過ぎに自宅を出て9時前にほぼ予定通り目的地に着く。2時間と少しだ。懸念した駐車場は十分空いていて、関西ナンバーの車もちらほらある。

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観察場所にはおがさわら丸でおなじみとなった大望遠レンズを付けたカメラがずらりと並んでいる。確かにアカハラダカを対馬に渡らずに見るにはこのポイントが一番いいのだろう。少しして遠くのほうに出始めるが双眼鏡ではほぼ見えないしスコープで探すのも視野が狭くて難しい。と思う間に割合と近くにタカ柱ができる。100羽位はいるかなりの規模だ。スコープで見たり写真を撮ったり忙しい。油山のハチクマのようにはそばに飛んでくるアカハラダカはいなくて大きく一羽を映像に収めることはできないがしようがない、もともとが小ぶりのタカだ。
しばらく眺めているがその内ぱったり途絶える。ここでのアカハラダカは塊でくるという来方をすると思い出す、来なくなるとぱったり来ない。10時半頃になっても次が来る様子はなく仲間内の喋り声ばかりが声高になったのもあり、引き上げることにする。でもまずまずだ。

少し早いのでここらには名の知れた棚田があったはずとその様子を見ていくことにする。うろ覚えでナビに行き先を入れて走り出す。確か伊万里の北の、橋でつながっている島だったと、エイッと入れて少しは近づくと土谷棚田までxxキロという標識が現れるようになる、当たっていた。有名なところなので駐車場所はあるはず、と期待する。棚田を見るのは路上駐車しかないところが多く、落ち着いて眺める場所を見つけるのが厄介なことがあるがここはそんなことはあるまい。
近くにまで来ると放棄された棚田が目に付いてくる、やはり過疎化してくると無理が生じるようだ。それらしいところに小型バスが止まっているのが見える、どうやらここらしい。駐車場がある。

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写真でよく見る棚田風景が現れるがカメラ画角から外れた左右のところは少々荒れている。観光用の棚田になってしまっているようだ。しかしこれでも維持が大変そうに見える。火祭り用とみられるライティングの仕掛けが棚田上にあり近くの看板にはそれが台風で延期されたとある。台風の影響がいろんなところで出るのはしようがない。
元気があれば島をもっと巡ってみたいし玄海原発近くの玄海の棚田も見てみたいがちょっと疲れたので真っすぐ帰宅する。ともかくこんな時新しいクルマの自動追従機能は本当に楽だ。殆どブレーキもアクセルも踏まずに走れる。

そういえばタカの渡り見物と棚田見物は似たような場所にあるような気がする。人里のある平地からすぐに立ち上がった山の斜面は人の生活に近いだけに棚田が作られやすく、一方では斜面風も使えて上昇風ができやすくタカの渡りルートになりやすいし、また観察しやすい展望所や道が得やすくタカの渡りの観察地となりがちなのだろう。
生物が利用しやすい地形は生物の種類によらず似通ってくるということかもしれない。そう考えるとタカと人類がつながっているようで面白い。

それにしても忙しい9月だ。あっという間に終わりを迎える。さらさらと流れていく時が惜しくもあるし心地よくもある。

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2017年8月25日 (金)

暑い夏はオペラと星で

暑いのであまり出かける気にもならない。海にさえ行く気がしない。

こんな時はブルーレイに録画して貯めておいたオペラを見るにはちょうどいい気がする。オペラは長いのが多くて放映時その時に合わせて根を詰めて見るのはかなりきつい。
2日ほど前は今年のバイロイト音楽祭の幕開けの出し物、ニュルンベルクのマイスタージンガー がNHKBSでほぼ5時間にわたって深夜に放映されていたものを録画で見ていた。ワーグナーだ。ワーグナーはジークフリートの出てくる神話ものがどうにも肌に合わなくて敬遠気味だった。このニュルンベルクのマイスタージンガー も神話ものかという思い込みがあって1-2年前METの公演がWOWOWで放送されていたのも見ずじまいになっていた。とにかく長い。
あらためて見てみると話は神話でなく中世のニュルンベルグが舞台となっている。今度の祭りでマイスターの歌比べをやる、優勝者には金物細工のマイスターが全財産を与え一人娘と結婚させると言い出して、話が回り始める。結局この娘と恋仲になった騎士が祭りで素晴らしい歌を披露してマイスターとして認められて優勝、ハッピーエンドになる、というのが物語の超あらあらだが、5時間もの舞台だ、色々枝葉が付く。ともかくワーグナーにしては随分柔らかなオペラだ。そうはいっても、これまでの世俗的権威(マイスター)の持つ堅苦しいしきたりの無意味さ、それにしがみつこうとする人の愚かさに対する批判が全編を通じて流れている。さすがワーグナーだ。初演は1868年だから明治元年ということになる、世界が激しく動いていたころだ。その時代

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の沸き立つような雰囲気が背景にあるようにも思える。
 演出も趣向が凝らしてあって、舞台奥にニュルンベルク裁判の連合国の国旗が掲げられていたりして、ニュルンベルクという街の歴史的位置づけに思いが至るような雰囲気を与えている。連合国の権威が米英の政治の混乱で揺らいでいる今日世界を暗に揶揄っているようにも見える。
なかなかのオペラだった。

オペラを見るにせよ暑い昼間は大人しくしている他ないということもあって、最近、夜、星空の写真を撮っている。

手持ちの一眼レフ ペンタックスK-5に適合する簡易赤道儀機能の機器が大分前から売られていたのをふとしたことで知り早速入手して試している、O-GPS1という。カメラにもともとついている手ぶれ防止機能を星追随用に利用する。カメラの向き・位置

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はGPSナビゲーションの機能を持つO-GPS1が正確に把握してユーザーはカメラを3脚に固定して望む方向に向けてシャッターを切りさえすれば2-3分なら光学系が星の動きに追随して静止したように見える星の写真が撮れるというしかけだ。なかなか優れている。
自宅は福岡市の中心部・天神から直線で約4㎞のところにあり星などとても見えない気がしていたが、晴れた夜にO-GPS1を付けて2分くらい露光してみると、随分な星が写る。薄っすらと天の川も姿を現す。これは面白い。夏の大三角(デネブ、ベガ、アルタイル)をきっちり写すこともできて夏らしい(添付)。
300mmの望遠を使えば星雲が撮れたという例もネットで散見される。今度はアンドロメダ星雲にでも挑戦したいが何しろファインダーを覗いても見える星は限られている。これは狙いをつけるのが難しそうだ。

大げさな高価な機器を組み合わせなくとも手軽に天文写真が撮れるところは画期的だ、時代は進んでいる。

暑い夏も、どこへ出かけるというわけでなくともオペラを楽しんだり自宅庭から星を写したり それなりに楽しみ方があって、このくらいで済めば温暖化する地球も悪くもないか、そんなことを思っている。

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2017年7月30日 (日)

観音の滝を見る

毎日のように熱中症の警報がメールで送られてくる。WBGT(Wet Bulb Globe Temperature)という暑さ指数が31を超えると危険と判定され外出は避け涼しい室内で過ごすことが適当とされる

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高度を上げて少しは涼しい山歩きをするにも雷が危ない、ここは瀧見に出かけるのがよかろう、滝なら少しは涼しかろうと、自宅から1時間少しで行ける唐津市七山の観音の滝にランチも兼ねて出かけた。日本の滝百選に選ばれている滝だ。

無料の西九州道を使って思いの外簡単に到達する。ランチは駐車場所にあるそばの店で「冷やしわさび茶そば」というのを食べる、この辺りではもともとワサビが自生していたようだ、とにかくこれがうまい。味100選店の看板もあって、一定の水準以上ということになっているようだが味 わってみても少し凝ったところがあって むべなるかなとの気がする。

滝はここから川底へ下っていくのだが、アマチュアカメラマングループと思しき一団がすぐ前を行く。
こちらは三脚もなく手持ちでスローシャッターを切ったりしているが向こうはケース入りの立派な三脚を立てて時間をかけてフレーミングしたりもしている。

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身なりもきっちり長袖長ズボンとそれなりだ。趣味は何でものめりこまなくては面白くないのかもしれないが、自分としては とんとそんな気にならない、のめりこまない趣味ばかりだ。その方が自由でいいような気がして遊んでばかりいる。

川底におり始めようとすると駐車場所に水遊び姿の親子連れが続々到着する。どこで遊んでいるのかと帰りに気をつけて見ていると滝の上の淵にある自然のスライダーで遊んでいる。滝の落ち口まではややあって安全そうには見えるが何かの拍子で流されれば助かるとは思えない。よくこんな所で遊ぶと思う。しかし涼しそうで手軽で一度やってみるとまた、ということになるのだろう。大人でやる人はいないようだが、いつか大人でもはやってきそうな気もする。この暑さだ。
毎年のような猛暑には耐えるのにも限りがある。

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岩肌もきれいだ。地質を見るとこの辺りは1億年前の白亜紀に凝固した花崗閃緑岩という深成岩でできている。マグマが深いところで冷えて固まった所謂花崗岩の一種というわけだ。目に見える滑々の岩からは水で浸食はされるものの適当に硬くていい石ということかなと思えてくる。耶馬渓では竜門の滝の滝滑りが有名だがあちらは安山岩に苔がついて滑りやすくなっているようだ。安山岩よりこちらの方が石は良さそうだ。

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すぐ南には黒雲母花崗岩の地層があって高級墓石材とされる天山石が産出しているという。大谷石ではないが掘れば売れるものが出てくるというのはいいところなのだろう。
立派な滝があるところは地層が面白い。

肝心の滝は落差45m、途中で少し段になっているようなところがありなかなか姿がいい。いかにも絵になりそうな滝だ。しかし期待していたほどには涼しくない。滝の冷気をまともに浴びる場所で見れるようになっていないからだろう。

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贅沢は言えない。
色々滝を撮ったりしてこの地を後にする。しかし暑い。

逃れようもない暑い夏は、滝見くらいでは許してくれない、観念して、こんなものかと受け止めて味わうほかないようだ。

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2017年5月 6日 (土)

インスタグラムと著作権侵害

インスタグラムに写真を投稿していると時々不愉快な事態に遭遇する。自分の出したInstag 写真とタグをほぼそのままコピーして別の人がその人のハンドル名でインスタグラムにアップしているというちょっと信じられないような事態だ。

発見はふとしたことからだった。
アップした時に殆どの人が使っていないハッシュタグを書き込んでしまって、しばらくした後少し後悔しながらタグのページを開くと自分のと同じ写真が2枚アップされている。あれっと自分のミスかと思ったりもしたが写真をクリックすると知らない人のページに行く。こちらにも いいね を打っている人もいる。
何なんだこれはと思うがロシア語であったりヘブライ文字が出てくるぺージであったりしてこんなことをしている本人に注意するのも厄介そうだ、どうしたものかと暫くほっておいた。ほぼ忘れかけていたが、つい4-5日前にSNSの著作権侵害に関するニュースが流れているのをテレビで見て思い出した。
せっかくだから著作権侵害の申し立てをインスタグラムに送る方法はないかと探してみると すぐに見つかった。やはり問題のところなのだろう。

Instagramヘルプセンター - プライバシーと安全 - 報告する と辿ると報告する手順が始められる。にっくきコピーページのurlをメモし、自分の対応ページもメモして手順を進めると最後まで行きつく。最後のところに電子署名の要求があり、電子署名?といぶかるがそのまま自分の名前を書き込む。これでOKのようだ。
送信して2-3日もしないうちに 削除しました との英文のメールがinstagram team から送られてきた。確認すると問題のページは削除されている、めでたしだ。まだあったと思い出してその後も申し立てを何回かやっているが慣れるとすぐにできるようになる。ネットで手続きが面倒だとの書き込みをいくつか見かけるがやってみるとそんなことはない。勿論日本語でOKだ。

ネットに出した写真は無断コピーは避けられない、ある程度の著作権侵害は防ぐのが難しいというのが実情と思うが、防ぐ手立てはとにかく講じてみるのが大事のようだ。すこしづつルールを固めていけばこれはひどいという事態は抑制されてくるだろう、ネットを便利に使っている現在の様な生活は少なくとも維持したい、これは知恵が出せればできるだろう、拡大しても行けるだろう。

とにかくこれから続いていく未来は言葉通り広く果てしないのだから。

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2017年2月12日 (日)

ケアシノスリと篠山写真展と

同じような冬の日が繰り返し繰り返し過ぎていくようだが、落ち着いて考えるとそうでもない。毎日何か新しいことに遭遇している。

昨日のことだ。
170211keashinosuri2 雪も大方溶けたし日差しも出てきたのでいつものように散歩に出かけると見かけない鳥が上空に舞っている。タカの仲間の様で下から見ると随分白くて尾が短いがノスリとも少し違う。おまけにホバリングをよくする、勿論チョウゲンボウでもない、羽には下から見ると横向きに線が入っているようにも見える。手持ちのコンデジでは狙いにくくてうまく写真が撮れない。残念だ。しばらく池の水鳥を狙っている風情にも見えたが人が来たのでまずいと思ったか風下へ飛び去ってしまった。
戻って図鑑で調べるとケアシノスリが一番近い。多分そうだろう。初めて見た。
こんな冬型で風が吹きまくった後はいろんなものが飛んでくるようだ。


今日は篠山紀信の写真展「写真力」が今日までなのが分かって慌てて観に行く。福岡Sinoyama アジア美術館で開催されている。2012年の熊本を皮切りに全国を巡回している写真展だ。
素直な感想は、こんな虚の人物写真を撮っていたんだ!、というものだった。
渥美清などにはじまる芸能人の、虚像をかぶっているその虚の姿のみを注意深く写している、本当のその人の姿が出ないように映している、こんな写真の撮り方もあるんだ。ぺらぺらした感じがする写真だ。しかしとにかくプロフェッショナルなテクニックだ。
アナログ時代にどうやってこういう写真を作り上げたのだろうと思う写真がいくつもある。どうみても写したままの写真ではありえないがどう手を入れているのかわからない。圧倒される力量だ。
土門拳や木村伊兵衛などから連なるよく見る写真芸術とは全く違う写真だ。驚いてしまう。


生きていると確かに色々なものに驚く。これがいいのだろう。

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2016年5月 6日 (金)

インスタグラム

連休もやっと終わりが近づいた。
仕事を離れてからは連休と言ってもうきうきするでもないものの、催し物が多くてそれにいい季節であることには変わりなくてあちこち出かけたくなる。
しかし今年はそうもいかなかった。連休初日にヨットハーバーで両手がふさがったままつまずいて前向きに転倒してコンクリート面でしたたか顔面を打った、これがあとびいた。顔の真ん中に絆創膏だらけでは出ずらく それに倒れる時咄嗟についた右手が捻挫してしInsta まって運動もできなくて、ぶらぶら自宅で過ごす羽目となった。
パソコンやipadで遊ぶ時間が増えたがこのところ集中力の低下が目立ってきて写真の整理もテキパキとはできない。
ぶらぶらネットの記事などを見ていたら、インスタグラムはおじさんはやらないでほしい、と若い世代がこぼしているという記事が目にとまって、そういわれればインスタグラムとは何なのか、始めたくなった。
パソコンではできないがipadを使えばできることが分かって早速始めてみた。
Facebookにちょっと似ている。数年前にInstagramはFacebookから買収されたが独立して運営されているようだ、Facebookのページからは接続する手は伸びていない。
Syasinhosei0 とにかく写真をインスタグラムにアップロードすればよい、それだけだ、写真のツイッター版だが”いいね”とコメントが打たれるのでFacebook的でもある。
Facebookのように仲間内でやりとりするならつまらないと世界に向けて簡単な英語で通すことにした。ハッシュタグも極力日本語は使わない。
写真がはっとするようなものであることがキーと解ってきて、パソコンでレンズ歪補正や遠近法の補正を丁寧にやって色調も時間をかけて調整して美的と思う頃になったところでdropbox経由でipadに送りアップする。アップして直ぐにSyasinhosei1_2 見ず知らずの世界中の人からパラパラと反応が返ってくるのが面白い。パラパラというよりまだパラというくらいだが、それでも反応の強弱が写真によりはっきり異なり、ふーんと思ってしまう。
いいねを入れてきた人のやり方も参考に見てみるが、相当に凝った写真を上げている人が多いようにも感じる。いくつかアップしてみると、見る側におもねったような受けを狙った写真より自分が素直にいい・面白いと思う写真をアップすべきだと解る。何か本質的なものがここにもあるような気がしてくる。

33ken 写真の補正にはgimpというフリーソフトを使っているが補正能力は強力で、プレゼンをカメラで斜めから撮った画像を
遠近法補正でフラットな正面画像に補正するなどということが簡単にできる。遠近法補正の効果とレンズ歪補正の効果を図に示すが驚くばかりだ。(いずれも補正前が上で補正後が下)。 補正や加工が容易になっているのもインスタグラムが流行る理由かも知れない。

  Instagramも暫くやっていると疲れてくる。単純な生活にはいつでも戻れると思ってはいるが次第に何かに囲ま
33kenhoseiれて時間を失っているような気がしてくる、元には戻れないかもしれないとも思い始める。何かが過剰なのだろう。過剰な時代を生き抜くのは仕事を離れても楽ではない、それにしても時代はどこへ向かっているのだろうか、それがいつも気にかかる。

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2015年11月12日 (木)

井上孝治写真館

このところ九州国立博物館、福岡市美術館、井上孝治写真館、と、文化財や写真の展示を立て続けに見ている。それぞれに感じるところがあるが印象に残っているのは

やはり最後に見た井上孝治写真館だ。有名な歴史的名品を見るのも素晴らしいが、生身の人間を感じるもののほうが印象が強い。

井上孝治という写真家については全く知らなかったのだが、ネットで何かを調べていてIk01 たまたま遭遇したのが糸島の井上孝治写真館から玄界灘を眺めた写真だった、こんなところがあるなら行ってみなければ、そう単純に思った。
最近は自分にしっくりする空間というか人というか、そんなものを見つける感覚が良くなっている気がしている。

 井上孝治とはどんな写真家なのか、ネットで調べながら、とりあえず訪問を予約した。別荘地にある個人の住宅のようだが、だれでもホームページから予約さえすれば訪問できる。訪問記も幾つかネットに出ていてこれを読むと殆ど個人が個人をもてなす風の写真館のようだ。土日しかオープンしていない。

近くの城南図書館にあった氏による写真集「こどものいた街」を直ぐに借り出し眺めてみる。昭和30年代前半の福岡の普通の子供の姿をとにかく撮っている。自分の記憶が呼び覚まされてくるのを感じる。
泥んこ道、集まっては道や広場で遊ぶ、その頃の空気がそのまま感じられる。どこかに自分の姿が写っているのではないかと探してもみる。
確かにこんな写真集は見たことがない。最初に出した写真集「想い出の街」も総合図書館から借りてくる。同じようにやはりこどもが中心だ。
撮れそうで自分ではなかなか撮れないショットばかりだ。井上孝治はろうあ者だった、しかしそれを全く感じさせない写真だ、それどころか被写体となった子供たちと会話を楽し
んでいるようにすら思える。


予約当日、住所をナビに入れて写真館に向かう。管理事務所で別荘地のゲートを開けてもらい場所を聞いてクルマで登っていくが行き止まりにはまったりしてたどり着けずまた事務所に戻って聞き直す。
やっとたどり着いて見晴らしの良いテラスから1Fの写真が展示してある部屋に通される。井上孝治さんのご子息で写真家の一さんが対応して頂ける。玄界灘に臨む眺めがIk02 いい。と、鳥の群れが左手より現れる、マヒワのようだ。塊になってこんな風に飛び回るマヒワの群れは随分前に日光の別荘地で見た限りだ、それ以来だ。150羽位いるだろうか。一旦は遠ざかってまたうねるようにして近づいてくる。新たな訪問者を見定めるかのようだ、鳥はよくこんな風に人間に処するような気がする。
安心できる人間と見定められたのか ほど近い木の茂みに舞い降りて木の実をつつき始める。いい眺めだ。やはり来るべきところだった、そう思えた。

Ik03 展示されている写真は井上孝治自身が1950年代にプリントした30点ばかりだ。写真集のものよりぶれもなくピントもいい、少しばかりよそいきの写真のようにも感じる。フォトコンテスト荒らしともいわれたコンテスト向け写真はまだ見てはいないが、いかにも、という写真も数多く撮られたのだろう。
こどもを中心にした街の風景は動きがあって生き生きしていて面白いが、コンテストにはそぐわないだろう、いい写真とは何なのか改めて考えさせられる。

2階でおいしいコーヒーとお菓子が出て、しばらくの間談笑する。さえぎるもののない眺めがあり、居心地がすこぶるいい。

風と鳥と海と写真と、思った通りの雰囲気だった、この雰囲気を最初に見たここからの眺めの写真で、察していた。
感じたままに、思ったままに動いていけば、これだというところに吸い寄せられていく、そうなんだろう、そんな歳になったのだろう、そんなことを考えながら小雨の降りだした別荘地を後にした。

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2015年8月22日 (土)

土門拳の古寺巡礼をまじまじと見る

土門拳の没後25年を記念して古寺巡礼の写真展が筑後市の九州芸文館に巡回してきたのでこれは見ておかねばと出かけた。このところ古寺を巡る事が何とはなしに増えてDomonkn いて仏像の写真の撮り方が少しは気になっていた。
とはいっても大抵の寺院では仏像の写真は撮影禁止で撮れない。宗教的な理由があるのだろうが何となくもったいない。偶像崇拝だからこそなのだろう、時代を超えた人類の遺産とは見れないのか、宗教らしい凝り固まった視野がにじみ出ている気がする。

土門拳の仏像写真は他とは確かに違う。絞りに絞った上でフラッシュをいくつも焚いて影の線を消しているらしい、ライティングにはことのほか細かく全て自分でセットしたという。
土門はポートレート写真に惹かれていて著名な人物の肖像を多く撮っているがその人の底まであばく撮り方は執拗で、梅原龍三郎などは撮影が終わると怒って座っていた籐椅子を投げつけたと言われる。そんな撮り方の延長上に仏像写真があるように思える。
仏像の写真一つ一つに言いようの無い迫力がある。
仏像の視線とカメラを通じて見つめる視線がぶつかって火花を散らすその瞬間にシャッターを切る、そんな風に土門は表現している。解ったような解らないような話だが被写体に対する強い思い入れが沸かなければ撮らない、撮れないということだろうか。写そうとする仏像がそもそも何たるかを十分知っておく、それは撮影以前に当然のことだというようなことも述べている。宗教そのものに疑問を抱いている身ではまともな写真を撮れっこないといわれているような気がしてくる。
見ていくと戦時中に撮った仏像の細密な写真も素晴らしく、機材の進歩は写真を撮るという根本のところには殆ど影響を与えていないと感じる。時代は本当に前に進んでいるのだろうか、そんなことも考えさせられる。

やはり見るべき写真展だった。芸文館のカフェでスパゲティを食べながらそう思っていた。暑い夏の雨模様の日はこんな所が似つかわしい。

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2014年12月31日 (水)

カメラを買う

1年半使ったカメラを壊して新しいカメラを買った。コンパクトデジカメの更新ということになる。壊したのはニコンのcoolpixS31という防水バージョンのコンデジでヨットなんかの水遊びにも十分使えるものを、と買い求めたものだった。10日程前ヨットハーバーのコンクリート面に1mくらいから落としてレンズに大きなひび割れが入った、当たり所が悪かったようだ。撮影機能にとりあえず異常はなかったがこれでは水が入ってしまうし画像もよくは無い。
丁度散歩中に野鳥を撮る小型カメラがあればと思っていたこともあり、この際望遠のコンデジを買ってしまおうとネットで探し始めた。一眼レフを下げて近くの公園を散歩するのは大げさで場違いだが結構面白い鳥が出る、どうしたものかと思っていたところだった。
50倍の立派なコンデジが数社から出ているがいずれも一眼レフを小型にした塊のようなスタイルでとてもポケットには入らない、色も黒ばかりで気楽な散歩のお供には似つかわしくない。
Kamera_2 更に探していくと30倍の望遠でよければいかにもコンデジらしいハンディな機種があり色も好みの赤もある、これこれと早速ネットで発注した。CANON Powershot SX700HSという機種だ。2万3千円位でこれで30倍の望遠ならとにかく割安のような気がする。エイッと発注した翌日にもう手元に届いた。この暮れの忙しい中どうなっているのだろうか、奇妙な世の中になったものだ。人は余っているのか不足しているのか解りにくい。
届いてまだ4日目だが大体解ってきた。鳥を手軽に撮るのにはすこぶる便利だ。30倍というが実感は双眼鏡距離位がよく撮れる。失敗確率は明らかにデジ1眼より低い。手振れ補正が優秀なのか30倍でぶれながら撮っても一応見れる写真となる。
Ruribi2 いつも散歩している公園に思いがけずルリビタキがふっと現れてすかさず撮ってみたがそれなりに写っている。カワセミの姿も久し振りに出たがこちらはカメラを構え終わる前に飛び去ってしまった、無理なものはやはり無理だ。のんびりしているカモ類は勿論問題なく撮れる(下の写真は近くの新市楽池で撮ったオカヨシガモのメス)。
今度はどのくらい壊れずに持ちこたえられるだろうか、フィールドで乱暴に使うものだけに壊しやすい。しかし技術の進み方が小気味よくて壊れたらまた新しい更に進んだ性能のものが買えると思えば思い切ってばりばり使うのがいい気がしている。
Okayosimesu

いいような不思議なような時代に入ってきている。どこかに無理を強いているのではないか、資源を濫用しているのではないか、そう感じもする。さはいえど今となっては全てを受け入れ眺めていくほか無い。ともかく年が終わる。

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2014年12月 5日 (金)

RAWをRawTherapeeで現像する

なんだか寒くなってきた。去年の気温と比べてみると少なくとも11月は今年の方が総じて暖かい。ここ数日でぐっと寒くなっただけのようだ。暖かい晩秋にこのところ慣れてきたのが少しばかり外れると余計に厳しく感じるということらしい。


寒い時は寒さを楽しむのが一番なのだが出かけるのも億劫で近くを散歩するくらいで過ごしている。 今日は西風が強くて寒い日だったが新市楽池に回っていくとハシビロガモやバンが相変わらず忙しく水面を動き回っている。

隣の市楽池の周りではシロハラが数を増して目につくようになっているしアオジの5羽位の群れも小道に出てきたり、冬が来たのだなとしみじみ感じる。

寒くなって外出が減ったこともありこのところ写真をRAWで撮るようにしてパソコンで時間をかけて焼き出しているがこれに少々手こずっている。

焼き出しソフトにはペンタックK5についてきたPentax Digital Camera Utility4を使っていたが処理が重くて苦労する割りにjpg出力を加工するのに対して大した優位性が感じられずに困惑していた。

何とかせねばとnetでfreeのRAW処理ソフトを探していたところRawTherapeeというソフトに行き当った、それなりの評判だ。とにかくダウンロードする、lightroomの評判が高いのは解っているが無料で済めばそれに越したことはない。 使い方がすぐには飲み込めず丁寧な日本語Imgp7903y 訳マニュアルもダウンロードして暫く試していてようやく少しはわかってきた。

確かにトーンを 自由に変えられるしノイズ削減やシャープの機能もいくつもあって”現像”ソフトとしてはそれなりの使いでがある。でも自由度が大きいだけに自分の思うトーンに落とし込むのには結構手間がかかるしファイルの操作もRAWファイルが大きく処理がどうしても遅くなる。jpgの加工で済むくらいの写真は出来るだけカメラ出しのjpgを加工するとし RAWから焼くのは限定するようにして何とか収まってきた。

Imgp7903xxx しかしみるからにピンボケの写真を救うことはやはり無理で、結局は撮る質を上げるのが手間を減らす早道のようにも思えている。

こんなことが出来るようになったのもSDカー ドの32GBが随分安くなったことや何のかんのいってもパソコンの性能が上がってきたことに大きく拠っているように思う。

しかし時々アナログのフィルムから進歩しているのだろうかと思う。

昔の写真家の撮ったような写真は機器が幾ら進んでもデジカメをいじくりまわしているだけの素人には撮れない。

そうはいってもいつかは新しい地平を切り開けるのではないだろうか、それをほのかに期待しながらまた写真を撮っている。少しずつでも自分を巡る何かは変わっていくかもしれない、それで十分だ。

(添付は上がカメラのjpg出力をXnViewでシャープ加工したもの、下がRAW出力をRawTherapeeでシャープ加工したもの、下のほうがやや細かい陰影がはっきりしてくる)

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