2017年10月 8日 (日)

カズオイシグロのノーベル賞

そういえば今日はノーベル賞の文学賞発表の日だったと、見ていたipadをアベマTV

Kishiguro

に合わせるとliveが入ってくる。スェーデンからの中継で背の高い女性がイシグロと言っている。ムラカミではないが日本人のようだ、しかし聞いたことがない名だ、同時通訳がないので本当に受賞者の名前を言ったんではないのではないか、とも思ってしまう。でも雰囲気からはどうもイシグロという人がやっぱり受賞したようだ、すぐにテレビに速報テロップが出る。

カズオ・イシグロという日系イギリス人が受賞したとのニュースだ。日系ということなら国際結婚の子息だろうかどうして英語名が混じらないのだろうかとまだよくわからない。

ネットのニュースや情報をつぶさに見ていって漸く解ってきた。両親共日本人で英国に帰化したという。誰が入れたのかwikipediaのカズオイシグロのところはもう2017ノーベル賞受賞としっかり入っている。日本出身の人がとにかく受賞したということになる。目出度いというべきだろう。村上春樹はちょっと無理かなと騎士団長殺しを読んで思っていた。
不勉強だがカズオ・イシグロという人はイギリスではかなり有名な作家となっているらしい。

翌日になってこれは矢張り読んでみなくてはと思い始めてamazonで著作を探るが全て売り切れで古書には早速法外の値がついている。勿論市立図書館の蔵書もネットで当たったが予想通りあっという間に待ち行列ができており暫くはどの本も借りだせない、とにかく片っ端から予約だけは入れておく。

こんなことかと落胆したが、落ち着いてamazonの画面を見直すと電子書籍になったのがありこれは勿論すぐに買える。これしかないかとkindleで1冊購入してさっそく読もうとするがインストール済みのkindleアプリではエラーが出て開けない。電子本は600円ほどの価格だが払っても読めないのでは少々頭にくる。ネットで調べて色々やってみるが効果なく万策尽きてamazonのカスタマーサービスに電話する。正確にはamazonのサービスで電話を選択して自分の番号を入力するとすぐさま電話が鳴り受付順番待ちとなる。混んでるようだ。やっとつながったところで症状を話すとアプリを消去して再ダウンロードしてください、とくる。電話口でそのとおりにやって開きなおすとめでたく読めるようになった。理由は解らない。

とにかく読み始める。「日の名残り」(The remains of the day)という作品だ。イギリスで賞をもらっているようなので代表作の一つだろうくらいの考えで選んだ本だ。
英国のとある執事がご主人様の貴族が亡くなって邸が新たな米国人の所有者に売却され執事もその新たな所有者に仕え始めた、その時期に過去を思い出しながら一人で初めてのドライブ旅行に出かけるという設定だ。執事の独白から成り立つ私小説のような小説になっている。
シーンの多くが歴史的事象を背景にした追想であり、しみじみとした語り口だが、しみじみしすぎている感は否めない。いかにもイギリスらしいというべきなのだろう。設定といい何だかイギリスローカルの小説のように思えて仕方がない、川端康成の日本文学が受賞したようにノーベル文学賞はグローバルというよりむしろローカルな心情の掘り下げを書き込んだ作品が受賞しやすいのかもしれない、そんなことも思ってしまった。

でも昨年のボブディランよりは遥かに文学賞らしい。ボブディラン受賞の方が刺激的だったが今回のも別の次元での刺激がある。世界の広がりを思い知らされる。

個人的には電子ブックの有難さを初めて感じたところもあり、様々な意味で刺激を世界中に与えるところがノーベル賞の素晴らしさ面白さなのだろう。それにしても文学賞はどういう基準でどうやって選ばれているのだろうか、やはり知りたくなる、調べてみなくては。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月16日 (水)

「騎士団長殺し」

松本清張の「球形の荒野」を読んでいるときに村上春樹の「騎士団長殺し」の貸し出し順番が(ついに)回ってきたとのメールがあり急ぎ図書館から借りだした。発売と同時に申し

Kisidancyou

込んでやっと今だ。読んでみると、どこか2つの小説の筋立てに通じるものを感じている。勿論小説の質は全く違うが、いずれも事象の原点は戦争に関わった時代のスイス・オーストリアでありそこから脱出できたあるいは死んだという人の話が物語の湧き出し源になっている。

とにかく「騎士団長殺し」を読み終えた。村上春樹らしさに満ちた小説だ。
タイトルの騎士団長はオペラ ドンジョバンニの冒頭でドンジョバンニに殺される騎士団長とされる、騎士団長殺しの現場は画家雨田具彦によって日本画として描かれているがこれは
雨田がウイーンに留学中ナチス高官暗殺未遂事件に巻き込まれた記憶をメタファーとして絵にしたものらしい。騎士団長が飛鳥時代の衣装で描かれているという。ウイーンの事件そのものはこの小説の中での扱いはそれほど重要ではなくて、その騎士団長の姿で現れたイデアが重要な役割を担うという組み立てとなっている。
イデアとは何か。要するに観念のことだ、と主人公の「私」は少女まりえに説明している。愛そのものはイデアではない、愛を成立させているものがイデアだ、そう語っている。この言い方でいけば雲そのものはイデアではない雲を作り出している大気の構造がイデアである、ということになる、そうなのだろうか。ちょっと違うような気もする。
ともかくペラペラ喋るイデアの騎士団長という概念にどこか無理がある様に感じてしまう、本来は抑圧する側の観念を現すイデアなのだろうが小説の中の振る舞いにはそんなところは一つもない。メタファーに過ぎないのではないかと思ってしまう。
「私」は騎士団長の姿をしたイデアを雨田具彦の目前で殺害して地下の道を潜っていく。そこでは自分の観念が道を物理的に作る、広げる、それは何なのか、相変わらず説明がない。観念には実は実体がある、作者はそう思っているような表現をあちこちにちりばめている、そうかもしれないという気もする。勿論説明はない。
説明的でないようにしているところは俳句的ということもできる。くだくだ説明しているとリズムを失う空気感を失う。

「私」が絵を描くところ、肖像画を描くところ、そこはずいぶんリアルだ。概念を形にする、騎士団長の形にする、その人の真実を絵という形にするという登場人物の作業があって、一方で小説を作るという作業をしている作者が感じられる、それも同じ作業かもしれない。そこら辺が村上春樹なのだろう、どこか概念的な雰囲気にリアリティを与え、読者を楽しませる小説とすることに徹している。

結局は 形を借りる、それがキーワードかもしれない。妹コミがまりえの形を借りて現れる、まりえの母と妻ユズに雰囲気の共通性を与える、騎士団長殺しの形を借りてウイーン事件を描く、白いフォレスターの男の形を借りて「私」の邪念を描く。免色のような人、それは読者の心に投げかけているのかもしれない、どこかで見かけた人、読んでいる自分としては放送大学の「感性」の担当講師と無意識に重ねている、そういうことかもしれない。
騎士団長殺しというタイトルもしばらくは師団長殺しというワードで自分に入ってきていた、あの終戦の日の反乱ー日本で一番長い日ーで師団長が殺されたシーンと2重写しになっていた。形を持たせなければ概念は入ってこない。


最近 社説欄に 「「騎士団長殺し」(全2巻)は、歴史の暗部と向き合うことを読者に求める作品である。登場人物の学生は20歳で徴兵されて1937年の南京攻略戦に加わり、復学した後に自殺する。遺書には、上官に命令され、軍刀で捕虜の首を切らされた経験などがつづられていた。」
なる主張が載せられている新聞(西日本新聞)を見て少々唖然とした。局所的にはそのような記述はあるが 「歴史の暗部と向き合うことを読者に求める」 全篇を読んでそんなことを求められていると感じる読者は殆ど無いだろう。そんな小説ではない、こんな社説を堂々と発表する新聞の報道の偏りを、何でも自己の主張に利用してやろうというえげつなさをどうしても感じてしまう。有名な小説の有名税かもしれない、というかえば考えてみればこんなことは形を借りられてしまう、というところを本質的に持っているこの小説からなのかもしれない。

ともかく色々考えさせる小説だ、浸れる小説だ、ノーベル賞は取れないかもしれないが、何といっても村上春樹は面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月 2日 (木)

ゾルゲ事件とトランプと

トランプの騒ぎで丁度読んでいた本が面白くも読めるようになった、こんなこともある。

Zoruge たまたま図書館で見つけた「ゾルゲ追跡」というドキュメンタリーが面白くてつい読み入ってしまった。ついでにゾルゲの骨を探し当ててこれを手厚く埋葬した愛人石井(三宅)華子の自伝も読んでいる。
ゾルゲは戦前の日本で活躍した筋金入りのソ連スパイだ。表はドイツ人ジャーナリストとして駐日ドイツ大使の信頼も極めて厚かったというスパイの中のスパイのような人だったようだ。昭和16年ソ連に 日本は南進する、ソ連とはことは構えないことを知らせ任務を完了した直ぐ後に日本の警察にとらえられ昭和19年に刑死している。
このドキュメントの印象的なのは、当時取り調べに当たった検察官に戦後インタビューするなど戦争を潜り抜けた関係者の証言を丹念に集めて事実を組み立てなおしているところにある。可成りの労作だ。

読んでいって心に残るのは色々あるが、やはりソ連のスパイ組織の巧みな偽装の様に驚かされる。潜入した社会の人々に厚く信頼され非常にしっかりとそのNzorge 社会に根付きつつ活動している。この伝統はプーチンにも伝わり現代社会の片隅に今も息づいているに違いないと思わさしめる。

ゾルゲは手法としては情報を得るための不正な手段は一切行わなかったと述解している。信用を得て有力な人へのコネクションを作りまたそのようなコネクションのある人物を引き込んで情報を集め、これを組み立てて事態の真実を見極め本国へ知らせていったようだ。
始めは十分な資金がソ連から送られてきていたが次第に細りそれぞれの稼いだお金をスパイ活動に注ぐことが求められるようにさえなったという。偽装のためスパイそれぞれはきちんとした仕事を持っており、それからの収入で生活そのものは安定していたようだ。ゾルゲは日本を理解するために日本書紀や源氏物語さえも読んでいた。驚くべき読書家で、スパイなどやらずも十分に人から尊敬を受ける人物だったようだ。

ソ連への情報伝達は小型無線機と中国など外へ出ての小包などの手渡しによっていた。無線機はグループの中で技術のあるスパイ クラウゼンが日本で部品を集め組み立て、暗号を用いて通信している。
日本人の主要協力者はアメリカ共産党に所属し帰国した画家・宮城、朝日新聞記者で近衛首相の信頼を得て内閣の嘱託にまでなった尾崎、などで、政府トップの情報を得られるコネクションを築いていた。近衛内閣のソ連とは戦わず南進するという方針に影響を与えたのではないかとも疑われている。
ソ連はこれを受けて極東に配置していた精鋭をドイツ戦に急遽回しこれでドイツを撃破できたといわれる。ナチス敗北の引き金を引いたのがゾルゲだったということすらできるのかもしれない。
1941年9月に宮城に協力していた協力者から組織が露見し一斉逮捕された。終戦まで生き残り進駐軍によって解放された主要メンバーはクラウゼン位であとは刑死または獄死した。クラウゼンはその後ソ連に逃れ最後はベルリンで没している。

ゾルゲ事件から離れてスパイについて少し調べると日本人で外国のスパイまたはその協力者として活動した人は名の通った人にも見受けられ、驚く。
戦後のスパイ活動に関与したものとして正力松太郎がCIAからポダムというコードネームを与えられていた協力者だった、野坂参三が長くソ連のスパイとして働いた(ソ連崩壊後に露見、日本共産党から除名処分)ことなどが知られている。

中国とは尖閣問題を機に日中が離反しているのも韓国の慰安婦問題に火がつけられて日韓がうまくいっていないのも考えてみれば急に立ち上がってきていて、それぞれどこかの国(米国?中国?ロシア?北朝鮮?)が意図的にそのように動いているのではないかと疑いたくなってくる。そんなことがあってもおかしくない。


社会は単純ではない。最も信頼できるとした人が実はそうではなかったということも十分ありうる。トランプ政権とロシアの接近、そこにはどのような活動が隠されているのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月31日 (土)

本もメディアも捨てて

もう今年も終わりとなっても、風邪が治りきらない。ほったらかしにしておいたことを順番に片づけている。

時間はいくらあっても持て余すということがない。

昨日は滞っていたホームページの更新をやっと果たした。半年以上たっている。もう20年近く維持しているホームページだが、最も簡単に写真だけ入れ増していけばいいというスタイルだったので今まで続いているような気がする。facebookやinsragramの原型のようなホームページでいまや両者と被っていて更新の動機が薄れてきているはどうしようもない。しかし出会った野鳥や生き物のの写真の時系列は維持できるのでそれなりに役割は果たしている。音楽のメディアがカセットやMDから移ろい映像もレーザーディスクやビデオカセットからDVDやBDに移ろってきたように個人の発信もホームページからブログやfacebook,twitter,instagram に移ろっていてこれもそう遠くない未来に消えてしまうだろうと思っている、結局は本が一番強いのだろうか。手つくりの本の作り方を調べてみたほうがいいような気がし始めている。

1週間ほど前、年末の第九コンサートというのに初めて行った。クルマで移動してマスクして座っているだけだから風邪がつらくても何とか聴ける。九州交響楽団と九響合唱団他で指揮は若い人だ。例によって放送大学の学割だから十分安い。11月に切符を取ろうとしたときはもう殆ど余席がなくて3階の最後部の席となった。当日は完売の張り紙が出ていた。暮れの楽しみとしては丁度いい感があるのだろう。観客もいつもの九響の定期演奏会より若干若いような感じもする、しかしやはり年寄りが多い。驚いたことに出演する合唱団にも年寄りの方がぱらぱらいて目立ってしまう。昔取った杵柄なのだろうか、年功序列ででてきているのだろうか、のどかな演奏会だ。

Dai9 3階の最後部ではな、と思っていたが座ってみると座席の頂上にいて全体を見下ろす感じとなり、オーケストラの全員の動きやソリスト・合唱団全員の有様がよく見れる、大人数のコンサートではなかなかの席に思える。音もよく聞こえる。(写真は3階最後部の座席から見た演奏前の風景。合唱団はオーケストラの背後に並ぶ)。
第九をコンサートで聞いたのはほとんど初めてのような気がする、まず感じたのがティンパニーが大活躍の曲だということだ。ほかに大太鼓とトライアングルもいるがこちらの出番はほんの僅かだ。ティンパニーが全体を制していてそのマレットから音階さえ聞こえる気がしてくる。
歌唱が入る最終楽章では、ソリストよりも厚みのある合唱が特に迫力があり、曲の重厚感が何とも言えない。放送やレコード・
CDでは幼いころから何回となく聞いてきた曲だがやはり生がいい、3階の奥でも生がいい。

発せられた響き・言葉はそのまま空中に消えるそれが自然で、美しい。
書いたものを本に残そうと努力する、メディアに乗せようとする、それよりも、瞬間瞬間を思いのままに生きる、それが基本なのだろう、そんな思いを抱きながら年の終わりを迎えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月15日 (土)

ピケティの21世紀の資本

ピケティの21世紀の資本の市立図書館の貸出順番がやっと回ってきたので読んでPikety いる。申し込んでから1年半は経っている、あんまりだ。

もう流行は過ぎた感じもするが、流行作家ではあるまいし真実をついている本ならば1年半遅れでも十分面白いはずだ、と気を取り直して読んでいる。
600ページ位あって結構な厚みなので散文的なくどい感じのところは飛ばし読みする。なんだか思うところを書きたいように書いていて論文というようでもない。
しかしよく調べている、式がすんなりは頭に入らないし、何故というところが散文的なのでどうしても、そうかな?、と思ってしまうが、ほう、と思うところは幾つもあって刺激的ではある。

例えばアメリカ・イギリスなどでの格差社会の拡大の要因の一つに高額の役員報酬がある。これは結局は役員自身が株主や監査委員会を大変な努力をしていいくるめて報酬額を引き上げているのだが、累進税率の最高税率が非常に高い間は報酬の引き上げは収入増には殆ど意味がなかったのでそんな努力まではなされなかった。最高税率が1980年代以降急速に引き下げられるようになって、役員報酬の大幅に引き上げに努力が注がれ、高額報酬が実現する流れになったという。エッ、そういうことだったのかと思わせる。
調べると最高限界所得税率の低下とトップ1%の国民所得に占める割合の増加には明らかな相関があるという。何ということだろうか、お手盛りで格差拡大は進んでいたということだ。こういうことなら累進課税を強めることで少なくともこれ以上格差を拡大することは防げそうだという主張には賛同を覚える。

ともかく、GNPの成長率が低くなると資本を持つことによる利益の比重が大きくなって持てる者は益々相対的に豊かになって格差は広がる、というのが本書の主張の主な部分のようにみられるが、それを取り巻く世界経済の歴史的な解説あるいは現状の分析がなかなか面白い。各国の税務当局の統計値が使えるようになってこれを丹念に調べて数値的に主張を確かなものとしているところが説得力がある。

大体読み終えた。

市の図書館から借りた本は2週間で返却するが、放送大学の受講生ならこの本のように放送大学の図書館にある本はリモートで自宅のパソコン上で読めるし必要個所のコピーもパソコンで得られる。パソコンで厚い本を読むのはしんどいが本として大体読んでいれば読み直したり深読みするために本を買わなくても困らない。こんな時は放送大学の講座をを一つだけでも受講していれば色々メリットがあることを思い知らされる。便利な時代になった。

便利さをプロダクトの一つの指標にできるなら、また新しい経済学も立てうるのかもしれない、ふとそんなことを思った。パソコンで欲しいものが楽に買えるとか、コンビニが近くにあって日常の用はたいてい済んでしまう、とか、本が自由に読める、とかそんな風に生きていくのが楽だということそのものが資産の一つではないか、誰かがそれを巧妙に指標化し数値化すれば新たな価値の見方が広がるかもしれない。
豊かさとは何なのか、それに焦点を当てた経済学もあるのだろう、そんなことも思えてくる。色々思いが広がる。いい感触だ。


こんな風に思いが拡散していくような本はやはり面白い本といえるようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月30日 (月)

「天才」を読む

石原慎太郎が田中角栄の生涯を一人称で書いた小説「天才」という本を友人が貸してくTensai れたので読んでみたが、読後感があまり良くない。

事実を寄せ集めただけに近いようで創作の香りが乏しく慎太郎らしくない印象をまず受ける。小説といえるのかと引っかかりを感じる書き物だ。慎太郎本人や複数の愛人も実名で登場するところなど、実名でこんな風に多くの人を書いていいのだろうかと思ってしまう。

「天才」というタイトルについてもしっくりこない、本文ではなく長い後書きからつけられたのだろうか、本文を読んだだけではどこが天才との感じがする。

読むこと自体が石原慎太郎の政治活動に付き合わされているだけではないか、との気もしてくる。折り重なるような感じの悪さが残ってしまう。

田中角栄がアメリカという国に潰されたのはだれの目にも明らかだ。それに手を貸した国内の共犯者をしっかりと慎太郎には追及してもらいたい気がする。マスコミが誰の意図でどのように誘導されたか、解きほぐす努力をしてもらわねばと思う。
今現在でも随分矮小化された形で舛添知事の追及が全マスコミを挙げて進んでいるように見える、誰の意図で誰が誘導してこんな事態が現出しているのか、手口が真似されているような気がしてならない。そこらあたりも、とも思う。
天才という小説はそんな思いを引き起こしてくれるだけでも、力を持っているといえるのかもしれない、そこが慎太郎の作品らしいと言えばそうかもしれない。政治的な本という意味なら確かに面白い本と言えるだろう。


5月もそろそろ終わり、時がごろりと動いていく感じがして、何かふさわしいものを読んだというような気持になっている。政治はいつも生臭い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月15日 (月)

曲がったコーナーの先には

仕事から離れてしまうとどうにも情報不足のきらいは免れない。スカパーがタダになる日が毎月初めに1日はあるがそんな時はもっぱらJリーグ中継かCNNやBBCを見ていた。国内メディアだけではつまらないテレビが多すぎてガソリン代がずいぶん安くなったし月千円ちょっとなら出してもいいかとの気もして、去年の12月からCNNだけは見れるようにスカパー契約した。そこへ今年の米大統領選だ。
Cnnj アイオワから始まる党員集会の日は朝からCNNは選挙一色になるがこれが面白い。アイオワでは共和党の投票をポプコーンの入れ物のようなもので集めてそれをどこにでもありそうな小さなプラスチックのバスケットに入れて集計している。それがテレビで丸見えになる。学級委員の選挙かと思うほどにいかにも市民が選んでいるという雰囲気だ。こんな光景は見たことがなかった。民主党は議論しながら支持する方の席に座る。この場で自分の陣営に引き込む人もいる。挙手を数えて集計していて住民の意見が直接見えてこれも面白い。アイオワの党員集会は特別なやりかたであるにしてもそんな雰囲気が米大統領選挙には漂っているのだろう。

 

それにしてもいい人が候補者にいない。特に共和党のトランプ、クルーズ、ルビオ と演説を聞いていると情けなくなる。こんな人しか出てこれないアメリカという国はどうなってしまったのだろうか。
民主党のサンダースの論調も共和党とは殆ど妥協点がないような気がして新鮮味のないヒラリー以外は誰がなってもとんでもないアメリカの未来があるように思えてくる。
何かが崩れている、戦後を突っ張ってきたあるイデオロギーがもう持たなくなったかな、そんな気がする。どうにもならない経済といってもここまでどうにか経済政策が機能していた、それがもう本当に息切れしている、日本も米国も中国も。
当然のように信じていたドイツの強さも、フォルクスワーゲンの組織的な不正それも技術的に手の込んだ不正に支えられていたことが暴露された。世界中で、何かのコーナーを回った雰囲気が溢れている。
どこへ曲がるのだろうか曲がったのだろうか、気持ちのいい景色がこの先に見えてくるとは到底思えない。しかしすべては人の起こしていることだから、どんなことが起こっても人知の及ぶ範囲ということだろう、たかが知れているだろう。不安がるのはやめて高見の見物とのんびり構えるのがよさそうだ。

 

中西悟堂の自伝(「愛鳥自伝」)をこのところ読んでいた。
Aicyoujd 野鳥のことは僅かしか出てこない。武家の家柄の人だった、修行の人だった。修業中に一種の超能力を会得したようでもある。僧侶であり文人だった。行きついたところが野鳥だった。
自伝はどうしても自慢になる、物書きは自伝ではなくて檀一雄のように自伝的小説を書くべきなのだろう、そんな印象をまず受けた、中西悟堂は晩年はもう文筆業から遠く離れてしまったのかもしれない。

 

中で出てくる養父の中西元治郎という人に興味を覚える。明治25年という時期にサンフランシスコを中心に米国でグループを作って(日本人のための)自由民権運動を展開していたという。ちょっとした驚きを感じる。米国から(日本語の)機関紙を発行したり度々日本との間を往復して自由な政治活動を展開していたようだ。
明治25年ころのサンフランシスコには約1800人の日本人がいたが労働者として数えられる人は190人に過ぎず残りは学生と称する遊学者だったという資料もある(『時事新報』)。当時香港―横浜ーサンフランシスコに定期便があり最低では50円(約50万円相当)位の運賃を払えば3週間弱の船旅でサンフランシスコに渡航できたようだ。清朝を転覆しようとした多くの中国人革命家が当時の日本に来ていたという事情とどこか通じるものがあるのかもしれない。世界は明らかに広がっていた。
中西元治郎の日本国内での活動は板垣退助と近く、板垣の秘書の立場にあったらしい。
一体どうやってこの人は暮らしを立てていたのか自伝からははっきりしないが加賀藩士時代の土地を引き継いだ地主だったということかもしれない。蓄えと引き継いだ知も含め持てるものはすべて使って生きるべきと信じることに使っていたような雰囲気が感じられる。

 

明治維新というコーナーを曲がった頃の時代はその向こうに見たこともない世界が広がり若者が文字通り世界に跳びはねていた、世界的にもそのような現象が起こっていた、第一次グローバリゼーションの時代だったのだろう。南北戦争が終わり奴隷が解放され工業化へと突き進み、マルクスの資本論が発表され、一方でパリコミューンが終焉し、印象派が花開いた、そんなことが一度に起こった時代でもあった。
今曲がろうとしている、そんな躍動は無くて知識の枯渇さえほのみえるコーナーの先には、何が待ち受けているのだろうか。どんな風景にしろそれはしっかり見てみたいし見るべきものなのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月13日 (水)

コルトレーンも生誕90周年になる

やっと寒くなってきた、北極の寒気が樺太付近まで移動してきていて現在世界で最も寒い地帯が北海道の直ぐ西北にまで迫っている。冬型になると福岡の地は低い雲に次々に覆われて薄暗く寒い日々となる。本を読んだり音楽を聴いたりするのにちょうどいい。


Lovesupremebook1 「コルトレーン:至上の愛の真実」という本を読んでいる。2002年にアシュリーカーンによって書かれたジャズの歴史ドキュメンタリといえる本だ。思えば今年はコルトレーン生誕90周年の年になる。死の前の年に来日した演奏を神戸で目の当たりにした時の隔絶感というか手の届かない所に行ってしまったという切ない感じを今も時おり思い返す。何が起こっていたのだろうか、気になっていた。

驚くことにこの本の資料を著者アシュリーカーンに豊富に提供したのはコルトレーン研究家として世界一だと訳者もいう藤岡靖洋氏だったとあとがきの部分にある、勿論氏は和訳にも多大に協力しているようだ、大阪の呉服店店主というこの藤岡氏にも興味をそそられた。少し調べると1953年生まれの方でコルトレーンの来日コンサート時は中1だから直接本人の演奏を聴いてはいないかもしれない。翌年コルトレーンの亡くなった時のショックをどのくらい味わったのだろうか。同時代の研究家というより死んだ後の研究家ということなのだろう。少しクールに向き合えた分、研究家として色々よく見、調べることができたということかも知れない。でもそんな仕事ができた人が米国人ではなく日本の呉服店主だというところが愉快だ。

とにかく読み進むと知らなかった話に次々に出会う。1957年に止めるまでコルトレーンは麻薬の常習者でそれが故に最初の
マイルスデイビスのグループをクビになったこと、1957年に麻薬を止めてから堰を切ったようにジャズを先へ先へと追求し続けて10年で亡くなってしまったこと、時間があれば常に練習し続けていたこと、これまでに作られた曲を全部覚えている4人の凄いジャズミュージシャンのうちの一人とされる程にあらゆる曲を構造的に理解した上で新しい道を追いかけていたこと、プレスティッジのジャムセッションのようなレコーディングの仕方、インパルスレコードの誕生の経緯、等々等々、いちいちそうだったのかと思いつつ、何とはなしにその頃の時代の雰囲気が蘇ってくる。
手持ちのコルトレーンのレコード(Ole coltrane,Coltrane(1962),他)やCD(Giant steps,My favorite things
,Love Supreme,他)を聞きながら読んで行く。
Love Supremeの演奏では第4楽章にあたるPsalm(賛美)ではコルトレーンが自作の神を讃える詩の朗読をテナーサックスで吹いているのだが、ドラムのエルビンジョーンズはこの時演奏していてまさかサキソフォンで詩を朗読しているとは思わなかったと述べていて、そんなものかと思ってしまう。聴き直してみるとエルビンジョーンズはこの時ティンパニーを叩いているのだが、いかにも神への讃歌の伴奏のように荘厳さを醸し出していると聞こえるから不思議だ。ライナーノートの詩を目で追いながらコルトレーンのサキソフォン朗読を聴いてみるが言葉ではないのでどこを朗読しているのかぴったりは解らない、でも面白い。神の讃美そのものにはちょっと。。。と思ってしまうのだが。

それにしてもコルトレーンをかけると昔のジャズ喫茶の雰囲気がたちどころに居間に出現する、1960年代から現在に至る時間が一つになっているようでまるで時間がプールされているように感じるのが面白い。



天気がすぐれない日はこんな時間の過ごし方がいいようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月14日 (水)

フクシマノート

何かこのところ荒れた天気が続くような気がしている。雨は降らなくても風が強い。この日曜日(11日)は本来は冬型が緩むはずが富山沖の低気圧が発達し引き込まれるように福岡は風が強くなった。というか上層と下層の大気の流れが一致して、上層の優勢な低気圧の縁をKaze150111 巡るジェット気流の下端が地面に及んだ形と見るほうが解りやすい(添付はこの日の午前9時の東経130度線で切った大気の断面図、太い破線の等高線は風速を示すが福岡の真上辺りにジェット気流の中心がある)。昔 渡良瀬遊水地で強い風にさらされた時のような感じを思い起こす、高層の大気パターンが吹きすさぶ強風をもたらしている。

 

この日は博多湾上でセーリングを始めたが10mをやや越える西風となり早々に引き上げとなった。西風では湾外からのうねりの侵入は無く波の高さは湾内で形成されるだけのさほど高くない波で済むものの強風が突風状に吹くのがつらい。

 

荒れた天気は辿っていけば赤道付近の大気が温暖化していることに原因があることには違いないと思えるが更にその原因を全てCO2の増加に押し付けてしまおうとする説には到底納得できない思いがする。余りに単純すぎてそこには幾つもの思惑や欲望が渦巻いているように思えている。勿論原発推進も深く関わっているような気がしている。

 

ともかくハーバーからの早帰りとなって暇が出来る。このところ荒れた天気が多いせいか暇な時間が増えて本を読んだり音楽を聴いたり録りためた映像を見たりすることに多くの時間を使っている。時間の流れが更に遅くなっている気がする。

 

今はフクシマノートという本を読んでいる。著者はミカエル・フェリエという日本在住の現在47才位のフランス人だ。読んでいくとあの東北大震災の記憶がまざまざとよみがえってくる。

 

ひっFukushimanote きりなしの余震、空になったスーパーの棚、ガソリンスタンドの長蛇の列、そして原発の暴走、計画停電という名の突然の停電、信号機が消える・電車が殆ど走らない、テレビ各局は似たような番組ばかり流してコマーシャルもAC機構の暗いものだけが流れる戒厳令のような雰囲気、懐中電灯を照らしながらの暗い食事。東京を訪れても暗い東京は暫く続いていた。とても被災地に支援に行こうとの気持ちまでに切り替わらなかった日々があった、昨日の事のように思い起こされてくる。
著者のフェリエは地震1ヵ月後に被災地を小型トラックで回る。気仙沼の先の避難所まで行ってできる支援を行った後フクシマに向かう。飯館村にも行き、立ち入り禁止の20kmラインぎりぎりを巡る。全てが生々しく、的確なそれでいて文学的な表現でつづられる。東京に戻った後もフクシマ原発の現場で働く人にインタビューも行い独自に本当の姿を求めてこの時起こっていたことをリアルに立体的に文学的に記述し続ける。こんな風にあの震災と原発事故を書いた文を見たことがない。読んでいて自分も現場を見にいくべきだったと思えてくる、フクシマ原発からは100kmも離れていないところで生活していたのだから。
しかしこんなことは自分ではとても出来なかった、少しは落ち着いた震災4ヵ月後に東北を日帰りで回るのが関の山だった、フクシマの現場に近づこうという気にはなれなかった。怖かったというか近づいてはならないと思う気持ちがあった。

 

あの時の恐れは薄れはせよ消し去ることは出来ない。
川内原発は本当に再稼動するのだろうか。これほどまでのリスクに本当に見合うものなのだろうか。

 

核エネルギーの利用は核融合技術の確立まで待つべきなのではないだろうか。核エネルギーは人類が宇宙で永続的に利用できるエネルギー源として唯一のものなのだろうが現在の原発のような核分裂エネルギーの利用の仕方は稚拙な未熟な技術なのではないのだろうか,こんな形態はもう止めるべきなのではなかろうか。最近そういう風に思い始めている。

 

ゆったりとした時間の中で色々なことが少しづつ見え始めてくる感触が心地よくて 幾らでも時間に遊べるような気がしている。荒れた天気も悪くない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月15日 (木)

のどかな悩み

このところ鳥の動きがめまぐるしい。庭木にもコゲラが飛んできて驚かされる。

Hachikuma この日曜、油山片瀬展望台に行ってみるとハチクマの春の渡りが始まっている、勿論まだ数は少ないが時折3-4羽の鷹柱を油山山腹に形成している。もうそんな時期だ。尾根を登るとキビタキの声も力強く、美しい姿を木々の間から見せてくれる。いい季節だ。

近くの池のマガモのヒナは急に減って4羽になってしまった。おまけに2つがいのうちのひとつの姿が見えない、またどこかへ引っ越したのだろうか、歩くほかないが悲劇になっていなければと思うばかりだ。残ったつがいも12羽だったヒナが4羽になっている、カラスにでもやられたのだろうか、岸に上がったところを猫に襲われたのだろうか。ともかく胸が痛む。
池を暫く見ているとバンも子連れになって出てきた。相似形の小さいバン2羽が親のあとからついてくる、初めて見る光景だ。このヒナも無事に育てよと願っていたが2日後の今日見てみるとヒナは1羽だけになっている。生き残りは厳しいと聞かされてはいたがこうも次々と目の前から消えていくと本当に痛ましい。

近くの六助公園の葦の茂みからは2日前コヨシキリの陽気なさえずりが響いていた。初めは調子が乗らないオオヨシキリかと思っていたが鳴き方が複雑で暫く聞いているとこれはコヨシキリだと確信する。コヨシキリのこんなさえずりは北海道以来だ、通過するだけだからすぐにいなくなりそうで何とか録音せねばと今日行くともういない。ともかくこの時期は散歩中でも録音機を持ち運ぶべきのようだ。
全体に去年より随分と鳥がにぎやかでそろそろ福岡市の植物園にサンコウチョウが現れるかもしれない。
鳥を見なくてはと始終気になるがそうもいかずやることが多くて悩ましい。のどかな悩みだ。

近頃は昔読みそこなった本を拾うように読んでいる、今はツアラッツストラだ。はじめの数ページで昔あきらめてしまった思い出があるが今読み直すと普通のことが書いてあるだけだ。要は現実をそのまま受け止めよ、神も仏もない現実があるだけだといっているような気がする。表現が屈折していて難しく見えるだけのようだ。まだ読んでいる最中で最後まで行き着けるかは解らないのだけれども。

正面から見てみれば難しいことは滅多にない、位置の問題だったのかもしれない、近頃そんな気がしている。そればかりではなくて、感覚に尖ったところがなくなって余分なことを感じなくなってきたためのようにも思っている。 そんなことを思うのはのどかな悩みがある位で生活そのものに尖りがなくなっているためかもしれない。

詩は書けなくなったのかな、とりとめもなくそう思う。五月の日差しがきつい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)