2017年5月19日 (金)

東西合同同窓会

高校の東西合同同窓会があるというので神戸まで出かけた。今振り返ると何かが詰まった旅だった気がする、昔暮らした街だが旅全体がそれらしい小さな驚きに満ちていた。忘れないうちに書き留めておこうと思う。

神戸を訪れるのは半世紀ぶりのような気がしている。宇都宮にいたころは宇都宮と福岡を何度もクルマで往復したが神戸は通り過ぎるだけだった。クルマで神戸まで行く、もうそんな元気はない。
同窓会翌日はゴルフをやろうというプランも用意されていたがゴルフはついに人に付き合えるほどにもならなかったなあと、やらずに帰ることにして、夜行バスで帰りを予約しておく。セパレート3列の座席のバスというから眠れそうな気がする。泊まるのは何か大げさで夜行バスで帰るくらいが安くてどこか感じがあっている。
行きは新幹線だがこれも安い買い方を調べてJR西日本のe5489という予約システムでお得とされる切符を事前購入した、10270円(普通に買うと14990円)で随分安い。ちなみに5489とは「ごよやく」の語呂合わせの電話番号でこの番号で予約を受けていたものをネット予約にしたのがe5489ということらしい。初めて見るとやや不気味な暗号のように見えてしまう、こんな言い方を使い続けていることへの疑問が湧いてこないところが旧国鉄らしいともいえる。でも旅らしい始まりだ。
切符の引き取りは 乗車当日JR西日本の券売機で「予約切符受け取り」を押して予約の時に登録していたクレジットカードを差し込み予約時登録電話番号下4桁を入力すればすぐに発券される。1度やってみると難しくなくて便利だ。とにかくみどりの窓口で並んで買うことからは解放されていていい。

新神戸の駅に着く、本来の神戸・三ノ宮駅からは結構離れていて歩いてはいけない。神戸市内の最終目的地までJRを使うなら途中下車となる計らいがあって、それ用の改札機が出口の左の方にある。切符を通すとハンコを押されて出てきて先でまた使えるという仕掛けだ、こういうところでケチりたくなる、それが出来るというのがいかにもJRの旅という感じがする。

新神戸駅のにぎやかなのには少々驚かされるがそのまま地下鉄で三ノ宮に向かう、一駅だ。高校にいたころはまだ新神戸などという駅はできておらず当然こんな地下鉄もなかった、新しい世界に来たような感じがする、半世紀という時の流れは偉大だ。

三ノ宮の地下鉄駅から阪急、JRと地下を抜けてサンチカに入る、やたら人が多いしDscn3171 なんだか店も多い。半世紀前はサンチカが出来たばかりでここまでの賑わいではなかった、歩いているとどこにいるかわからなくなって地上に出る、ほっとする、弱い雨が時折降りかかる。

センター街はどうなったのだろうと覗いてみる。勿論店は入れ替わっているようだが商店街としての姿は昔とあまり変わらない感じがする。震災でもアーケードは壊滅しなかったようだ。元町の途中まで行ったところでそろそろ今日の行事の一番目の母校見学の時間かな、と切り上げてせめてもの神戸土産にと たまたま目についたにしむら珈琲店で粗挽きの珈琲缶を買っていく。土産として手頃感と神戸らしさがある。

JRまで戻ってくだんの切符を改札機に入れると問題なく受け付けてくれる、これで幾ばくかは助かった。
住吉で降りて国道2号沿いを歩く。昔は国道電車と称する路面電車が走っていたがむろん今はその姿はない、昔の通学路だが風景はまるで変っている。住吉川まで来るとポートライナーの線が頭上を走り川底の昔ダンプの走っていた道は立派な遊歩道となってランニングしている人の姿が見える。六甲山はここから見た風景は変わらないがポートアイランドのために削られた小山が裏の方にあるのだろう、僅かに山を動かして街を広げる、そんなことを神戸市は半世紀も前からやってきた。
歩いていると 震災があったからだろう、新しい建物ばかりのように見える。

母校の正門のところに来る、見た感じ昔と同じようだ。きれいにはなっている。案内に従って集合場所に至り見学が始まる。集まった顔を見渡すとかろうじてそうかなと思う名前が2人くらい浮かんであとは誰が誰やらわからない。半世紀ぶりではこんなものだろう。
建物は震災でも持ちこたえてそのまま残ったが老朽化とやや人数が増えたことで改修増築されて中身は昔とだいぶ変わっている。プールからは高飛び込みの飛び込み台も消えて、代わりにというべきか校舎の屋上には天体観測ドームが設置されている。剛からスマートへのシフトがそこここにある。普通のことだろうし思ったほどには変わっていない気もする。

Dscn3225 母校見学会の後は同窓会となる、会場はトアロードの突き当りの洋館の一つという触れ込みだったが、行ってみると新しい建物のように見える。しかし格式がある、雰囲気がある、神戸らしい。
知らない顔が少しずつ解けてくる、様々な人生が交錯する。まだ働いている人もいる。

それぞれの顔からはどこかもう脂ぎったところが消えて全体がセピア色に変わりつつある、平和な眺めだ。
穏やかな談笑の続く2次会を適当に切り上げて夜行バスの集合所へ向かう、PMPTビルという三ノ宮の飲み屋街のただなかにある建物だ。入口の飲食店の客寄せかと見まごうばかりの係員にバスの出発予定時間を告げて待合室に入る。年代層が随分若い。若者の世界に足を踏み入れた感がある。出発10分前にバスのところまで誘導されて列をなして飲み屋街を歩く。
眠れるだろうかと悩む間もなく眠りに落ちる。歩きまわって疲れたのと酒が回ったのとある。丁度いい。山口県まで走ったところで休憩があり目を覚ましてバスの外に出てみる。夜行バスが何台も止まっている。どよーんとした感じが旅らしい。
やっぱり少々窮屈なところがある。ゆっくり眠れたとの感触はない。

でもコンパクトな旅だった、目的と交通手段がマッチした旅のように思えた。時を旅する。時が流れる。人が流れる。世代が流れる。

自分の座標がまた一つ確認できたような気がする。
今年は同窓会が続く、次は小学校の同窓会だ、振り返るばかりではもう先がないことへのあきらめと認めているようで、同窓会も変わるべきなのだろうけれども。

五月の緑がまぶしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月11日 (月)

地球史を学ぶ

仕事を離れたら時間を持て余すと聞いたことがあったが、実際にそのような状態なると全くそのようなことはなくやりたいことが増えるばかりだ。


学ぶことも遊びの一つで、この春からは放送大学大学院の学生証を手にして学んでいる。

Hosodgk1
といってもそれほど多くの時間を割くことはできないので放送大学では「地球史を読み解く」という講座のみを正式に履修している。
平たく言えば我々はどこからきてどこへ向かっているのかを科学的に宇宙スケールで明らかにしていこうということになる。

始めるとなかなか興味深い。
東工大特命教授の丸山茂徳という人の講義だが姿やしゃべりはあまりテレビ向きでない。しかし話の内容はすこぶる面白い。
Hosodgk2
話は本来どうやってこのような研究が進んできたか具体的にどのように研究なされているかという研究手法が結構重要そうだが、そこらはあまり深入りしない。岩石の年代決定手法や同位元素の分析法など実証の具体的手法の知識が骨格を成すような気がする、そこはない、その意味ではどこか消化不良の講義であることは免れない。



太陽系の誕生と地球の誕生がはじまりだが、宇宙150億年の歴史を俯瞰すると太陽系が誕生した46億年前は銀河系で星の形成率が高まるスターバーストの時期にあたっていたという。

スターバーストは銀河同士の衝突で引き起こされるとされており、46億年前は銀河系と矮小銀河との衝突で起こったと最近は考えられているようだ。

太陽の周りにスターバーストで生じた物質が円盤状に集まり 重い岩石は太陽に引き寄せられて内惑星を作り、飛ばされた軽いガスは離れた軌道に外惑星を形成、内惑星は衝突を繰り返し成長、地球、火星などが形成された、と考えられている。
地球のもとになった惑星は隕石の落下で次第に大きく成長していき最後に火星位の惑星との巨大衝突を45.6-45.3億年前に起こしたとされる。こ衝突はジャイアントインパクトと呼ばれこの時月がとびだしたともされているようだ。


ここからが地球の歴史の始まりとなり、まずは冥王代とよばれる原初の時代が始まる。
地球の水はどこから来たか。地球の水の同位体比--重水素/水素比の値を調べると太陽水素の値や彗星の値とは大きく異なり炭素質隕石の値に近いと解ってきた。

一方地球(および月の)岩石は構成する元素の同位体比率からはエンスタタイトコンドライト(Mg系輝石であるエンスタタイトを主要鉱物とする石質隕石)と呼ばれる隕石物質と一致し炭素質コンドライトとは一致しなかった。
即ち岩石をもたらした隕石と水をもたらした隕石は別々のところからきていることになる。
まずエンスタタイトコンドライトが集まって地球の本体部分が出来上がってきた、そこへ水と大気を持った炭素質隕石が降ってきたことになる。
そんな調子のいいことが何で起こるの、と思わざるを得ないが内惑星が生成後木星の引力の影響で外惑星に近い側の小惑星帯の炭素質の多い隕石が落ちてきたという説明があるだけで今一つ合点がいかない。まだまだ諸説が飛び交っている状況のように思える。

地球に残る最古のかけらは44億年前のジルコン結晶でこの中に含まれるウラン元素の崩壊から年代が推定できており、更に、40億年前前後のジルコンに含まれるセリウム元素の価数分析から40億年以前は酸素の少ない還元的な環境(即ちエンスタタイトコンドライトがもたらす環境)でありその後は酸化的な環境(即ち炭素質コンドライトがもたらす環境)に変わっていったことが物的証拠として示されているようだ。

46億年前という太陽系誕生の歴史は隕石の年代測定から得られたもので太陽系全体がほぼ同時期にできた、それが46億年前であったということのようだ。僅かに残された試料から重要な結論が導かれるところは感心するがどうしても半信半疑のところがある。


それにしても現在落ちてくる隕石の多くが普通コンドライトでありエンスタタイトコンドライトや炭素型コンドライトは少ないとされる、ハヤブサが探査したイトカワも普通コンドライトであると解っている、46億年から40億年前頃に今は少ないコンドライトが惑星を作るほどに落ち続けたのはどういうことだろうか。
少しかじっただけでも疑問は尽きない。



生命の発生に至る過程は更に面倒で、原初の、隕石でもたらされた大量の水は地球の殆どを4kmの深さで覆っていたがこれがプレート運動で次第に地中に引き込まれてそのかさを減らし、現れた陸地の岩石粒子が海水と反応して強酸性だった海水を中和していった、濃密だったCO2もマントルに固着してプレート運動で地中に運ばれて薄くなり太陽の光が地面まで届くようになった、水際では各種複雑な環境が現出し多くの元素が出そろい、間欠泉のような場所で有機化合物が次第に合成され最後に生命の誕生に至った、ということのようだ。

まだ実験室内では生命の誕生までは実現されておらず、本当にこうなのかは解らないが、かなり生命の発生はハードルが高いようだ。最近相次いで発見されている太陽系外のハビタブルと思わせる環境の惑星でもめったなことでは生命は生まれないのではないかと思わせる。

地球の冥王代には多くの生命の形態が有りえたが、大量死を繰り返し結局動物の祖先となる古細菌と植物の祖先となる真正細菌のみが生き残りこれが30数億年生き延びてカンブリア紀に理想的ともいえる環境が出揃ったことにより爆発的種の拡大に至ったということらしい。
ここらあたりまでくると化石が残されていたりでそういうことかと思わせる。


勿論この先も展開は続くのだがここまでの過程でも,人類のような知的生命体が存在しうる天体が地球以外に本当にあるのだろうか、と思ってしまう。地球しかないといわれてもそれはそれで真実かもしれない。
命の宇宙的重さというものを感じてしまう。

確かに学ぶということは面白い遊びだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月 5日 (木)

日本シリーズの切符とノゴマと

ソフトバンクの優勝があっさり決まりなんとなく静かな日々に立ち戻った。
日本シリーズはヤクルトも結構強そうで もつれると踏んでいた、優勝決定に立ち会いたくて第7戦の内野ペアシートを買っていたのだがむなしくも払い戻しとなった。初めての体験だ。ネットのカード決済で買ってローソンで受け取った切符だったが払い戻しはローソンから現金が出てくる、決められた手続きだが何だかコンビニの人に申し訳ない気持ちがしてしまう。
後はサッカーのアビスパがJ1昇格を果たすかが興味の焦点だ。これは14日の最終戦或いはプレーオフまで持ち越されるかもしれない。ともかくもうすぐ結末に至る。
一方で、自宅近くには例年通り陸奥(みちのく)部屋のけいこ場もいつの間にか動き始めて散歩中に力士の姿を見かけるようになる、九州場所ももうすぐだ。ここまで過ぎると本当に静かになって後は正月を待つばかりとなる。

歳をとるとあっという間に時間が過ぎていくというが確かにそうだ、去年のことなど遥か昔のことのように思えてしまう。目の前の時間が次々と背後へ押しやられ猛スピードで去っていく、引き伸ばされながら速足で去っていく過去、不思議な感覚だ。

昨日は久しぶりに春日公園まで散歩に出かけた。いかにも秋晴れという日は外を歩きたくなる。
駐車場に車を置いて池のほうへ向かう、何かいるみたいと家人の声がして指し示す方向を見ると鳥を追っている風情のカメラをかかえた十人ほどが茂みに視線を集めている。
Nogoma 近づいて中の一人にそっと尋ねるとノゴマだという。あの夏の北海道でしか見たことのないノゴマがと一瞬まさかと思うが、南に渡っていくからには今頃九州を通過していても確かにおかしくはない。
今は見えなくなったが茂みに出たり入ったりしているのでじきにまた出てきますよ、との言葉に従って暫く眺めていると、植え込みの暗がりから姿を現した。確かにノゴマだ。さえずりは一切しない。シャッターのバシバシ落ちる音がして右手に去っていくが驚いた風でもなく何かのんびりしている。渡りの途中で一休みというところだろうか。
植え込みで薄暗いこともあってぶれやピンボケで写真は出来が悪い、しかししっかり見た。九州でノゴマは初めてだ。東南アジアで冬を過ごすと言われているのでこの小さいノゴマも宮古島も通って更に南に行くことになろうが、見ていて何か信じられない思いがする。どこにその元気があるのだろうか。

初めての経験を次々に残しながら時は前へ前へと進んでいく。流れに浸りながら、目の前の今が大事だ今見たいものを見 したいことを直ぐやらねば との感覚に押される、時間に押される。
押してくる時間、本当はそんなものはどこにもなくてあるのは透明な時間だけなのだが、そんなことは勿論解っているのだが。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月 5日 (土)

8月の野鳥はこんなものかと

やっと少し涼しくなって8月の下旬からまた近くを散歩しながら野鳥を見ている。

散歩コースの新市楽池ではマガモが4羽いて全てメスに見える、若鳥のオスも居るのだろうと201508yacyo 嘴をよく見るがどう見てもメス4羽のようだ。中公園や鹿助公園にもマガモがいるがいずれもメスに見える。どうなっているのだろうか、若鳥のオスが混じっていて全く見分けられないだけなのだろうか。暑い時期のマガモは何かと不思議だ。
新市楽池ではバンの一家が4羽いる、内2羽は若鳥だ。ここでは繰り返し子が育っているようだがバンだらけになることはない、縄張りがきちんと機能しているのだろう。鹿助公園にシジュウカラは居るが散歩コースにコゲラは見ない、カワセミも見ない。アオサギが一羽飛来しキジバトやハシボソガラスはいるがハシブトガラスは見ない。
ムクドリやヒヨドリは随分少ない。ツバメは既に居なくなって夏の終わりを感じる。街中ではこんなものなのだろう。

 

8月の下旬にはクルマで1時間くらいの室見川の上流域にヤマセミを見に行った。ダム湖あたりに出没しているらしい。
ダム湖の周辺の道をスコープを抱えながら歩いていく。管理事務所近くでオシドリのメスをしばらく眺めているとやにわにダムの付け根辺りの暗がりからヤマセミが現れ水面すれすれを飛行していく、遠いが白さが目立つ姿ですぐにそれとわかる。えさ取りに行っているようだ。時折魚が跳ねる。跳ねたら捕まえようと思っているとさえ見える。
どこまで行くのだろうかと見ているうちに視界から消えた。木々が邪魔して先が見えない。見えるところまで移動して姿を探すがもはやどこかへ飛び去っている。午前11時半くらいだ。暫く待つが戻っては来ない。
上水用のダム湖で環境が守られているので魚が生きていきやすいようだ、大食漢のヤマセミにはいい環境に思える。結局写真は撮れずじまい、スコープでヤマセミをとらえることもないままに双眼鏡で飛び行く姿を追ったのみだがそれでも久し振りに鳥見をした気分になった。
暑い夏は平地ではあまり鳥見する気になれない。

 

帰りにダム湖の先の蕎波人という蕎麦屋に寄ってみた。あまり黒くない蕎麦だが歯触りが良くてうまい。前の川沿いにカワガラスが出没するらしいので蕎麦屋に入る前に川べりに行ってみる。やにわに死角の足元からカワガラスが飛び上がったと思うと草むらに入ってしまってグチャグチャ鳴いている。一瞬姿を見せただけで写真を撮る間もあらばこそだ。
何だかさびしいが夏の近場の鳥見はこんなものかとあきらめる。

 

少しずつ希薄な生き方に移ってきているように感じている、抵抗するのはやめて流されるままに流れているがその感触がむしろいい。
9月には今年こそアカハラダカの渡りを見てみたいがうまくいきあたるだろうか、また忙しい季節が始まる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 3日 (水)

洗濯機を修理する

洗濯機が突然壊れた。排水をしなくなってしまった。
毛糸くずでも詰まったかとかみさんがフィルターの掃除をしてみるが一向に良くならない。

Tw170vd こんな時はネットで調べるのが一番と機種名(TW-170VD)を入れて”排水しない” で検索すると、似たような症状を乗り切った書き込みが幾つか見つかる。
写真付きの奮闘記に従って洗濯機下部のパネルをはずして見ると、排水バルブを駆動するサーボモータ出力をバルブにつなぐ細い針金が折損していて、記事にあるとおりの壊れ方をしている。切れ端をペンチで引っ張ってみるとバルブが開くようだ。
排水バルブにくっついている細いスプリングの片端をサーボモーターのワイヤの先の輪に掛けて駆動するという仕掛けでこんな屈折した細い針金では暫く使えば折れて当たり前という気がする。ここが壊れれば洗濯制御全体が全くというほど不能になる、何という設計だろうか、保証期間が過ぎれば壊れるように出来ているというべきなのだろうか。
ともかく原因が明らかになったので修理を試みる。
残った針金の端をまた曲げてサーボモータのワイヤーとつなげばとりあえずはいい訳だが作業性が悪くてなかなか曲げることができない、疲れてきてこれは自分には無理かとメーカの修理サービスに依頼すると明日には来れるという、バルブの交換ということになるのだろう。
それもまあいいかと一休みするが矢張り悔しい思いが湧いてくる、ネットでの修理実例を更に幾つか見つけたこともあって気を取り直してトライを続ける。
首尾よく曲げられたとしても少し短くなるのでサーボモータ側のワイヤと結ぶには間につSentakuki なぎを入れねばならない。インシュロック(結束バンド)を使ってうまくいった例がネットに出ていて、これこれと100円ショップに買いに行く。
作業性が悪かったことの一つに丁度いいラジオペンチ見つからなかったこともあり、しつこく探してこれも見つけて、道具立てがそろったところでまた始める。
ラジオペンチが丁度良く、引っ掛かりができるほどに曲げることができてインシュロックを介してサーボのワイヤと何とかつなぐ。
試運転してみるとうまく排水バルブが動き洗濯は問題なく出来るようになった。やっつけ仕事だからすぐにでもだめになりそうだが、駄目になったら今度こそメーカ修理だと気楽に思ってとりあえず修理依頼をキャンセルする。

半日が潰れたがうまくいくと少しばかりの達成感に浸れる、それにしてもネット時代は何でも自分でやれる時代に突き進んでいるように感じるし、見知らぬ人と生き方を助け合える時代を切り拓いているようにも思う。100年後にはどうなっているだろうか、面白い時代がそこには広がっているかもしれない。
人の一生は短くてほんの100年後すら解る事ができない。引き継がれていくDNAが見続けていく時の流れに思いを致しても、覚醒して自らが眺めることのできる時の流れはたかが知れている。当然のような現実が残念に思えて仕方がない。

そんなことより時はひたひたと動き続け、あたりはもう梅雨に入った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月 9日 (金)

現実と夢の境目がゆっくりとぼやけてくるようで

いつも散歩している公園に今月はじめ突然マガモのヒナが出現した。公園のマガモがなかなか渡ろうとしないので訝っていたが成程そうだったのかと思ってしまう。雛をかえすとはマガモもずいぶんとこの地が気に入ったらしい。1週間ほど過ぎた今日また様子を見に行ってみるとなんとヒナを引き連れた別のマガモが現れる。全部で22羽のヒナがこの小さな池で育っていくことになる。見に来ていた人と話Magmhnをしていると すぐ近くの別の公園の葦の茂みで孵してここまで数十メートルを歩いて移動してきたという。こちらの公園ははすの葉は浮いているが土の岸辺がなくて、猫やいたちからヒナを守るにはこちらのほうが安全ということらしい。
福岡でマガモが繁殖しているとは思ってもみなかった。ネットでは北海道でヒナが孵ったとの書き込みは幾つも見つけるが九州でもあるのかと思ってしまう。九州まで来たマガモは遠くシベリヤまで帰るのが億劫になるということだろうか。思いもかけない光景だ。

 

昨日久しぶりにプールに行って300mばかり泳いだ、いつものように100mをゆっくり泳いだ後50mを全速力で泳ぐ、これをクロールと平泳ぎで行う。とにかく全力で泳いで終わるので上がる頃は朦朧とするほど疲れる。昨日はプールに行く前に梅の木の虫退治に殺虫剤をまいていてそれを吸い込んだ為かあるいは洗面所の壁紙を張り替えていて接着剤の出すガスにまかれた為か思いの外疲れていつもより更に朦朧としながら何故か忘れていた夢を次々に思い出した。こんなことは初めてだ。勿論また次々に忘れていくのだがその夢の湧き出してくる奇妙な感触だけは忘れない。

その前の日はずいぶんと久しぶりに小学校の同窓会が開かれた。まったく忘れていた記憶が途切れ途切れによみがえってそれがつながっていく。長い時間の経過が端と端ででつながって時間軸がむしろぼやけてくる感じさえする。

思いがけない体験が毎日のように起こる。現実と夢の間の壁はこのようにして少しづつ壊れていくのかもしれないという気がして、それがむしろ新鮮で、新しい時の流れが始まっているような感触が気持ちよく思えてくる。

年を取るということはこういうことだったのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月 1日 (木)

5月になって

5月になって

生ぬるい空気が漂って、
どこか違うような気がしている
思わぬ強風に転じたヨットレースの腕のつりが残り、
5月の光はまだ届かない

国道445線
五家荘を走った
歴史の残像は作り物にはなく
山奥の食堂の蕎麦にある
言葉にある
走り回っても過去が見えるだけで
生み出す未来が霞む

明日はどこにいるのだろうか

5月の風がそ知らぬ顔で忍び寄る
Momiki

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月29日 (木)

筑豊の記憶

暑さもようやく収まりつつある。日没も随分早くなって夜が長くなってきた。
筑豊の田川の近くにちょっとした用があってその帰りに伊田にある炭鉱歴史博物館というところに寄った。世界記憶遺産となった山本作兵衛の炭鉱の絵が多く展示してあるらしいというので月曜だったが行ってみたのだが 恐れていた通り休みだった。博物館の周辺に色々炭鉱の遺物が Entotu2 残されているのでせっかくだからと見てみて周ったがこれがいい。

幼い時の記憶では伊田駅は蒸気機関車が入れ替わり立ち代り黒い煙を吐きいかにも炭鉱の街という景色だった。頭の片隅に残っているのだが勿論今はそんな活気はどこにも無い。

大きな煙突が2本立っている、傍の説明板に旧三井鉱山伊田縦鉱の巻き上げ機の動力煙排出用だと書いてあるがそれに続けて炭坑節に歌われたのはこの煙突だとも記してもある、あれ、という感じがしないでもない。
小さいときから炭坑節というと月が出た出た月が出た三池炭鉱の上に出た と教わっていて伊田の炭鉱とは思ってもみなかった。この記述が正しければ最初は 三井炭鉱の上に出たと でも歌っていたのだろうか。
帰ってネットでみると最も詳しいとみられる炭鉱歴史博物館のページでは確かにそのように三井炭鉱の上に出たとなっているが他の普通のサイトでは、うちのお山の上に出た とある、更には三池炭鉱の上に出たとの歌詞を載せているサイトも未だにある。多分ここで始まったのがそれぞれの炭鉱の固有名詞に変えてそこで歌われていったのだろう、三池炭鉱が最後まで残ったんだろう。ここの煙突は1908年に作られているからかなり早い。炭坑節は伊田と後藤寺で本家争いがあった後伊田が本家と決着したとの記述もネットにある。しかしそんなことはお構いなしに幾つかの歌詞はどうしようもなく並行して流布され続けていく、それが言葉というものだろう、生き続けるということなのだろう、なんだか面白い。
この煙突なら月も煙たかろうと思うほどの立派な煙突だ、厭おうなしに未来に向かって栄えた過去を主張し続けている、しかしどこか空しい。このほか巨大な竪坑やぐらや蒸気機関車、炭鉱住宅なども保存されている、しかしあの活気は伝わってこない、おとなしい遺物でしかない。

筑豊というと子供の頃のイメージは菓子箱いっぱいの巨大な成金饅頭だった、どうだ、という主張があった。ほとんど無くなりかかっていたが近年復活してきているようだ。消えてしまう記憶遺産も多い。
使われなくなった固い固形物の遺産よりも巨大な成金饅頭や炭鉱節のような柔らかいもろい遺産の方が時代の雰囲気を伝え、むしろ生き残って形を変えながら未来を作ってくれるかもしれない、そんな気もしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月25日 (火)

ヨットを始める、その2

ヨットを始めてみるとこれを廻る幾つかの小さな驚きの連鎖に遭遇する、前回に続けてヨットにまつわる話だ。

ヨットは風任せで気象が随分と気になる、細かい風の具合と共に波がどの程度になるか予測したくなる。確か何かの計算式があったはずと気象予報士試験の受験勉強の時に集めた本を見直してみると出てきた、風速と吹送距離から風による波高と周期を求める経験式―Wilson公式だ。
気象の参考書の式は記述におかしいところがあり誤植があるようなのでネットでこのWilson公式を調べていくと土木学会の論文に行き当たった。これは信頼できるようだ(添付)。建造物の波浪による環境推定にはこの式を使っているらしい、便利な式はあちこちで使われる。波高は有義波高という定義で一定時間の波の高さを高さの順に並べて上か
Wilsonら1/3をとりこれを平均した値で実際の波の状態を表すのに適しているとしてしばしば用いられる。周期はこの波高の波の周期とな る。式の単位はmで揃えて計算する。どのくらいこれは当たるのだろうかとまたネットで探していくとなんと博多湾で実際に計測したデータのレポートに行き当たる。真面目に調べる気になれば次々にレポートが見れる、便利な時代になった、技術の進歩は加速的になるというものだ。このレポートによれば実際に計測すると推算値よりもやや低めの値を示した、また福岡の気象台の風速計測値は博多湾上のものとおよそ一致したともある、これは有用だ、次々に見つかりちょっとした驚きでもある。早速ダウンロードした気象データ(MSMデータ)から切り出して表示するエクセルファイルに式を埋め込む。湾内の波はこれで推算でき、外洋のうねりも広い範囲の風速と凡その吹送距離からだいたいの値は推算できる。波の速度はどうだろうかと気になってこちらも調べていくと浅い流れの式と深い流れの式が程なく見つかる。浅い流れは以前浅底水槽をいじっていた時におなじみだ、思い出した。深い流れの波の速度は周期に比例する簡単な式(速度(m/s)=周期(sec)*1.56)にたどりつく、なーんだそうかという気になる。しかけが大体解ってきた。
気象のMSMデータも最近33時間予測が39時間予測まで予測時間が先に延びたのでこれも取り込めるよう処理プログラムやエクセルファイルを修正して動かし始める。その日の早朝にデータを切り出すと大体2日分の予測ができる。GSMは11日先まで出るが気になるのは細かい風なのでメッシュの細かいMSMデータにどうしても頼ることになる。1mくらいの微風だと波高は0.05mとの推算が出る、実際に海に出てみるとまさしくこんなものだ、大体当たるようだ。

気象予測はこれで暫くやってみるが、揃える物は他にも色々ある。着るものは風から保護でき日焼けから保護できるラッシュガードを着ればいいらしいとネットで解りこれも発注する、クラブで聞くと長年やっている人が多くそれぞれにやり方があるようでネットで調べるのが今様だ。使ってみると日焼け防止には頗る強力だ。
靴はデッキシューズというものをネットで買って使ってみたがひどい靴擦れに見舞われる、ごわごわして足に合いにくいのもあるが元来クルーザー向けでディンギーでは使わないものらしい。ベテランの人の靴は大体がブーツのような靴だ、聞けば夏は暑いので透けた軽いものがいいという、試しに買った似たような靴があったので見せるとこれで十分となる、少なくも夏はこれでやれそうだ。
あとCoolpixs31 はカメラだ。丁度今使っているcoolpixの動きが渋くなり買い替え時だと思っていたところで迷わず防水5mの新しいものに変える。CoolpixS31、1万円弱で安い、程なく送られてきて使い始めるが思いの外良く撮れる、これもデフレだ。少しずつ揃えていくが夏は少なくともあまり高いものは買わなくて良いようだ、ちょっと安心する。

道具立てが揃ってくると次第にやる気も出てくる、最初はちょとくらい齧ってみるかとの軽さだったが次第にはまりこんでくる、流れに任せるように動いていく時間と空間ともろもろが、好ましくもある。物理学でないこのもろもろがダークマターなのだろうか、そんなことすら考えてしまう。今年も夏は始まったようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月28日 (火)

当たりが続く

最近何故かくじにあたるようになってきた、今までこんなことは無かったが不思議な感覚だ。はじめは大したことではないが引っ越して直ぐに山口のきらら浜への野鳥タダツアーが当たった、なかなか良かったが、次は北九州の旧松本家住宅特別公開に当たった、次はミュージアムウイークで出かけたら特別展(マリーアントワネット展)の入場券が当たり、更には博多座の船乗り込みの市民乗込20名枠に当たった、いずれも金銭というより当たって欲しいものが当たっている感触で不思議な気がしている。

鳥はハズレもあるが大当たりもある。もう10日くらい前のことになるが福岡市南のHachikuma6xx 油山に朝から野鳥の録音に出かけた帰り、春のタカの渡りが見れるかもしれないと、油山片江展望台に
ってみた、タカの渡りの観測ポイントとして有名だ。たまたま寄ったのだがこれが大当りの日だった。カウントしている方が2人張り付いていて、最初はのんびり話していたがそのうち次から次へと南西側からハチクマが現れては油山上空に数十羽のタカ柱を形成して北東の立花山方面に向かって出発していく。これHachikuma9xx はすごい、休む間もなしになってくる。白樺峠でも伊良湖岬でもこんなのは見たことが無い。高度が高いので写真にはっきり撮れるということではないが、すごい。春の渡りはもっとのんびりペースと思っていたがこんなこともあるんだ。西から来ているので五島列島経由と思って見ていたが戻ってネットで調べると秋のハチクマは五島列島経由で中国にわたるが春は中国奥地から朝鮮半島の北に一旦北上したものが対馬を経ながら南下している。今まで発信機をつけてデータを取られた個体全てがそういうルートだ。確かに日本から中国へ渡る場合と違って中国から日本へ渡るには朝鮮半島経由の方が間違いが起こらないし途中の山地で充分餌も獲得できそうだ。今回も唐津辺りに上陸したものが背振山南斜面の上昇風を利用しながらここまで飛んできたようだが、或いは一気に海を渡って五島経由で飛んできた個体もいるのかもしれない、何しろ数が多い。何処かに溜まっていたのが風と上昇風の良い日に一気に動き始めた感じがする。どこに溜まっていたのだろうか,名護屋城あたりだろうか、背振の山頂から西の辺りだろうか。来年はさがしてみよう。カウントのほうは14時過ぎの段階で1000羽を超えていた。カウントの方も春でこんな数は経験がないという。

何だか当たりが続いている、こんなことは長くは続かず、アベノミクスの株相場のように、そのうちハズレばかりが来るのだろう。しかしセレンディピティということがある、当たる時に手を一杯に広げていく、それがチャンスをつかむということのように思える。偶然に身を任せるように転がしていく、何だか面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)