2018年5月15日 (火)

離島に行けない

連休に新潟の粟島に春の渡りの野鳥を見に行こうと計画して 福岡‐新潟の航空便を何とか安く予約するとか、瀬波温泉の宿を渡る前に泊まるために1泊分予約するとか村上付近を渡る前に見て回ろうとレンタカーを予約するとか、色々準備した。関東にいたころの鳥の仲間に現地で合流させてもらう手はずでもあり楽しみにしていた。気になるのは天気だった。
15日前から北半球の高層500hp高度分布予想は米国colaのサイトに出てくる、これが普通にネットで手に入る情報として一番早いと思っている。15日前にこれを見ると予定の日程のあたりでトラフ(気圧の谷)が日本海を西から東に走りそうだ。これは荒れるかもしれない、しかし変わりやすい5月の気象では早まったり遅くなったりそれほど厳しくもなくなったり、その通りにならない可能性も十分ある、でも注視しなければならない。そう思ってそれから気象庁の11日予測GSMモデル結果やwindyの欧州気象庁(ECMWF)の予測を追い続けた。特に気になるのは嵐による波だ。

Nami

およそ35km離れた粟島と本土側岩船港の間にはこの時期大型のフェリーが毎日1往復、小型の高速船が毎日3往復している。高速船は1.5mの波高の波で欠航となる、フェリーは3m位までなら運航されるがそれ以上では欠航となる。飛行機便の都合もあり旅行の計画としてはフェリーだけを使うというわけにいかず往きフェリー帰り高速船としていた。予定の日が近くなってきても天気

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の見通しは一向に好転しない。少なくとも往きのフェリーは出そうだが帰りの高速船はかなり怪しい予測となってきた。帰りは低気圧通過後の南風で海面を風が吹き渡る吹送距離は短めにはなるが10mを越える風となり1.5mの波高はオーバーしそうだ。windyのECMWF予測では2m位の波になると出る。予定の高速船に乗れなければせっかく抑えた航空便に乗れなくなる、安い切符でも不可抗力では変更はしてもらえるが次の便は満席で連休が明けるまで新潟に2泊くらいしないと戻れない可能性が高い。これはもう旅行として成り立たない。合流するメンバーとも相談してキャンセルすることにした。航空機の切符が旅割75という安い切符であることもあり日が迫ってのキャンセルは6割くらいキャンセル料をとられる。しょうがない。片道一人分だけマイルを使ったフライトにしていたが取り消し手数料として3000マイルとられた。これもしょうがない。宿やレンタカーもキャンセル料が発生する時期になってのキャンセルだ、いくばくかとられてもしょうがない。新潟で途方に暮れるよりましだ。

暫く落ち込んでいたが、それでも連休は日帰り旅行やどんたく見物などでそれなりに楽しんでいた。
連休も最終日に福岡の北40kmほどのところにある小呂島に鳥を見に行こうという話が前からあって粟島行きとぶつかって不参加としていたが粟島行きがなくなったのでこちらに参加してみようと話に乗って行く気でまた気象と波を調べていた。こちらは高速船が日に2往復で日帰りでは朝行って3時間くらい歩き回った後同じ船で引き返すという計画になり、やはり波高1.5mで欠航となる。天気の見通しは予定の日の夕刻に低気圧接近で荒れてはくるが昼過ぎの帰り便あたりならば何とかなりそうな雰囲気だった。前日になって気象予測データを見ると荒天がやや早めに訪れそうとなってきて際どい。もし帰りが欠航となると島には宿泊施設や食堂はなく かなり厄介なことになる、予想では当日帰れなければ翌日も荒れが続き翌々日になってやっと帰れるということになりそうだ。これはかなりなハイリスクとなって直前で中止と決まった。予約はないのでキャンセル料ということはないが、またかと落ち込んでしまう。

風の吹送距離と波高の関係を示した経験式、Wilsonの公式では40kmの吹送距離では13m/sの風で波高は1.5mを越える。低気圧が通り抜ければ海上で風速13m以上の風はありうる風だ、低気圧が近づくと離島は遊びに行けない。勿論北西風など海側から吹いてくる吹送距離の長い風では8-9mの風でも1.5mの波高となりもっとしばしば欠航は起こりうる。一昨年の沖縄慶良間諸島に波が高くて行けなかった教訓が1年もすれば頭の中から抜けてしまっていたようだ。

離島にはなかなかキッチリ決めては行けない。しかし厳しい自然があってもそれに勝る価値があるから人は住み着く。
魅力的な島ほどリスクがある。思い知るべきだ。

遊び心で離島に行くには思いついたように直前に天気を見て決める、なるだけ日帰りにする、これしかないのかもしれない。また狙ってみよう。

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2018年5月12日 (土)

薩摩を旅する

離島の旅行を2つ立て続けに失敗して、これならばという天気をしっかり読み休暇村指宿に空きを見つけて鹿児島に小旅行した。大河ドラマの影響がもちろんあるが、指宿の温泉に行けるうちクルマでに行っておきたいというところに心が動いた。長崎ランタンフェスティバルもインフルエンザで行けなかったし自力で行けるところがだんだん狭くなってきていると最近感じ始めていた。
5時間近く走って鹿児島を巡った翌日知覧へ行ってみた。武家屋敷と特攻で知られる。ここの記念館で40年位前に宇都宮で眺めていた4式戦「疾風」その機体そのものに突然再会した。一体どういう経緯でここに至ったのか。(写真は1973年に撮影したもの)。
1973年の入間航空ショーでフライトしその後宇都宮飛行場へ飛来してこの地に暫く止まった。宇都宮上空を飛行している姿を見上げるように街中から眺めたこともある。旧中島飛行機関係者のプロフェショナルな手で丁寧にメンテナンスされていたが、オーナー

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の後閑氏が亡くなった後宇都宮を離れ、関西を転々とした挙句知覧町の手に渡りここに落ち着いたという事のようだ。多分もう飛べないだろう。残念だがしょうがない。
貴重な機体の写真を撮りたかったが撮影禁止という事で撮れない。なぜ禁止なのかはよく解らない、なにを気にしているのだろうか。

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仕方なく写真が載っているパンフレットを購入する。少しでも稼ぎたいということかもしれない。情けない。
展示を見ていく。特攻は一定の戦術的効果を米軍に与えたといわれる。そのまさに必死の抵抗が日本上陸侵攻後にも続けられれば米軍は多大な損害をさらに受けると恐れ、それがためらいのない原爆投下に繋がったというのはあなかち牽強付会と言うわけでもないような気がしてくる。何でこんな悲惨な戦争を邁進したのか、誰が責を負うべきなのか、それを解明しようとする或いは糾弾する説明文はどこにも見られない、日本国民として戦争責任を追求する行いがほとんど行われずに今日に至ったのが腹立たしくてしょうがなくなる。死んで行った幾多の命に申し訳ない気がしてくる。知覧の展示はその意味で全く情けない、同情を買い客寄せのためにやっているのかと言いたくなる。永遠にゼロだ。

鹿児島の街はとんでもなく走りにくかった。世界遺産の寺山炭窯跡から仙巌園に向かおうとナビに目的地を入れると一筋縄では読めない道順が出てくる。ループでシラ

Navi

ス台地から降りて南下したあとUターンして北上せよとの指示だ(写真)。どういう道だろうと走っていくとまさにそうしないとたどり着けない。ループを降りては左折して北上することができない道になっている。普通の道ではない。解ってない人、地元ではない人には走りにくい道になっている。ほかでも感じる、よそ者のことは親身に考えていない構造を。

世界遺産の構成資産である関吉の疎水溝と寺山炭窯跡はいずれも良いところだった、しかし、行きにくい。
福岡を朝クルマで出ると丁度ランチ時が最初の訪問地ということになる。

Touonkan

関吉の疎水溝の近くの稲音館(とうおんかん)という所をランチ場所と決めてナビに住所を入れて出発する。予定通り12時頃に現地に着いたのだが最後はとんでもなく細い道を指示してくる。どういうことだろうと恐る恐る進むと確かにこの道しかないと解る。関吉の疎水溝の駐車場は5台くらいのスペースで稲音館にクルマを置いても行けるのだがこちらも5台くらいだ。勿論バスは入れない。人はほとんど来ないと決めてかかっているようだ。稲音館のランチは美味しくテラスで風に吹かれていい気持だったが数組しか入れない、

Sekimuzu

この時はついに他のお客は現れなかった。県道沿いには看板も気が付かない程でナビか知ってる人以外来ようがないところだ。関吉の疎水溝のほうは興味深い遺構が残っていて疎水のはるか仙巌園に向かって流れ行くさまも見れて特に夏場は心地よいところに思えた。しかし行きにくい。次は寺山炭窯跡に向かう。こちらはネットで調べてみても駐車場は少し離れた公園を示してあったりでよく分からなかったがとにかく現地にまず到達してみようと走っていった。やや細い県道220号線を、ここらあたりか、というところまで来ると駐車場入口の表示が見える、やっぱり近

Sumiyaki

くにあったんだとクルマを入れるが1台も止まっておらず不気味なところがある。どっちへ向かえばいいのか道案内もなくて看板を探したりと少し手間取るが解って歩き始める。100m位で近い。森の中でリュウキュウサンショウクイやシジュウカラの声などが響いて気持ち良い散策となる、いいところだ。炭窯跡の遺構はいかにも近代遺産という感じで普通の炭焼き跡とはずいぶん違う。ここが仙巌園の反射炉のエネルギー源であり、辺り一面の落葉樹が切られていったのだろうが今はいい森だ。落ち着ける。
いずれも自然散策にいいところだがよそ者にはなかなか近づけない雰囲気のする場所だった。世界遺産で何とか整備しようとしているところは感じるが元々が人の近づきにくいところに作られていて本来的に行きにくい。
そのあと今回巡ったいくつかのポイントでもよそ者にとってのわかりにくさを感じた。そういうう風土なのだろう薩摩というところは、簡単には抜け去らないのだろう。

2日で720kmくらい走って、随分歩きもした、疲れた。殆どアクセルもブレーキも踏まずに済む車だから走れた気がする。こんな旅行はいつまでできるだろうか、それでも旅は面白い。

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2018年4月17日 (火)

北京ツアー3日目及び帰国

この日は万里の長城が混雑しているという情報からホテル出発が7時15分にセットされる。早いがホテルの朝食は6時半からなので問題なく食べることはできる。
万里の長城へ直ぐ向かうかと思えばまずは寝具店に寄るという、ここらがショッピングツアーの面目躍如の感ありだ。例によって1時間くらい店の中で時を過ごす。latexという天然ゴム素材の寝具が売りで、枕を買う人が多いが布団を買う人も6-7人もいる、枕だけでも1万円位する、結構いい商売だ、布団は真空引きで圧縮して専用のスーツケースに入れて渡されている。ちょっとした荷物だ。
やっと万里の長城・八達嶺に向かうと道路は渋滞が始まっている、何しろ春の連休だ。ガイド(中国人)はあちこちに電話して混雑情報を探り空いた入り口を求めて文

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字通りバスは東奔西走する。八達嶺の東側から上がって一番近い許可車のみの駐車場にうまく滑り込んでなんとか八達嶺の入り口に到達する。一時は今日はもう着けないのではないかと思うほどに厳しい渋滞だった、中国人ガイドの大活躍で何とかなったというところだろう。懸念した天候は風がやや強いが歩くのには支障ない、寒さは標高800m位あるものの前日と同じくらいでまあ耐えられる。残雪もみられるが予想の範囲内ではある。
兎に角人が多い。集合場所と時間だけ決めて各自歩く。とても団体行動などはとれない。大昔からあったものの明時代に現存する形が造られたというから、新しそうに見えても随分な歴史がある。それにしてもこんな山奥に延々とよくぞ造ったと半ばあきれる、トランプがメキシコ国境に造りたい壁はとてもこんな風にはできまい。日本に残る神籠石と呼ばれる古代城もこんなイメージがもとになったのではとも思わせる、

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しかし長大だ。秀吉は明を攻めようとして朝鮮に侵攻し明軍の登場であっさり撃退されたが当時の明の軍事力は想像以上のものがあったに違いない、この長城を見ても秀吉の手で攻め落とせる相手とはとても思えない。
どこまでも続くので適当なところで引き返す。人波に逆流するような形なってこれも一苦労だ。
途中で鳥のさえずりを聞く、見ればジョウビタキだ、ジョウビタキのさえずりは初めて聞いたように思う。中国で見た数少ないオヤと思う鳥だった。
13時頃バスに戻り昼食場所に出発する。滞在時間は80分位だがそれなりに面白い。
前日と同じような昼食の後シルク店にてショッピングだが皆疲れて元気がなく参加者のうち一人が買うくらいだ、売り子が可哀そうにも見えてくる。
この後清朝皇帝の別荘である頤和園を見る、ここも世界遺産だ。清朝末期に西太后

Iwaenn

が住んだ場所ともされる。狭い回廊が入り組んだりしているところへ連休の人出で人の多さばかりが印象に残る。日光東照宮に描かれている模様に似たところがあり、この辺りを元に描かれたのかと思う、東アジアではつい近年まで中国文化の力が圧倒的だったと思い知る。
夕食は全聚徳という北京ダックの店だが海外からの団体観光旅行客で埋まっていて騒がしい上にいつもの中華料理に北京ダックのスライスが加わったという位でお

Kyogeki

いしいという気持ちにはなれない。しかしこんなものなのだろう。
オプションの京劇を梨園劇場で観る。いくつかの寸劇で構成されていて、体験版という風情だ。子供たちの修学旅行もいたりして観客もバラエティに富んでいる、京劇鑑賞を体験するという全体が面白い。
翌日は午前4時半ホテル発なのでホテルに戻って手早くパッキングしてとにかく寝る、忙しい旅行だ。自由時間らしいものがほとんどない、普通のおみやげもなかなか

Kaeri

買えない、旅らしさに欠けるところがあるといえばその通りだ。仕方がない。
帰りも出国手続きは青島で一度降りて行い、昼過ぎに福岡に帰り着く、早起きした分楽なスケジュールとなって悪くもない。
兎に角疲れたが、中国の人口の圧力を生に感じられただけでも十分な気がしている。こんな旅もたまにはいい。

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2018年4月12日 (木)

北京ツアー2日目


朝7時半から市内観光が始まる。北京オリンピックのスタジアム「鳥の巣」をやや遠めに眺めた後、まずは中華民族園の近くにあるショッピングセンターのヒスイ店に案内される。1日2店回ると知らされていたのでまあしょうがない。1時間近く店にいることになって、手頃な値段を設定してある商品に人だかりが出来るし、
それなりに買う人も出てくる。ショッピングツアーに観光がついていると考えた方がいいツアーなのかもしれない。

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中華民族園は見ないで市街を北から南に横切って天壇公園に至る、ここを見る。もう9時半くらいになっているがまだ気温が低い、3℃くらいの感じがする、出がけに見た北京の気温は1℃だった、予想通りの寒波だ。

とにかく園内を進む、一応世界遺産だ、人出が多い、清明節の連休が始まったところで中国の各地から出て来たという雰囲気だ。

Kasasagi

15世紀に明によって建てられた祈祷用の建物だが随分なスケールだ。地震が無いところなので石造りで一回建てるとなかなか壊れないと見える、傷んでいない。庭園を結構歩くが時折鳥が出てくる、カササギとオナガの他はスズメ位だ。食べられない鳥が残っているのかもしれない。

10時40分位に終わって今度は紫禁城内にある掛軸屋へ行くという。移動は3-40分かかる。北京という街は地図で見るより広い感じだ。ラストエンペラー
愛新覚羅溥儀の弟である愛新覚羅溥傑が人民中国となった時代にいっときこの店で働いたとの説明がある。
店に入ると清王朝崩壊の歴史の説明の後 清朝皇族の愛新覚羅一族の末裔であるという愛新覚羅恒珏(コウカク)氏の書道実演がある。

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愛新覚羅溥傑の子息であるような説明がされるが店内に示されている系図ではどうもそうは読めない。確か溥傑には男子はいなかったのではなかったか。ちょっと大げさに脚色して言っているようだが愛新覚羅一族は多くが書画で身を立てている様で清朝の歴史の果てがここにあることはどうやら間違いなさそうだ。
恒珏氏の掛軸や色紙大の書が販売される。掛軸は表装してある書が3万円という、歴史的に重みがあるものにしては安すぎる、どこか怪しいところを感じるが観光客相手の販売が身を立てる中心になっているのかもしれない、共産中国では清帝国の末裔は肩身が狭いのだろう。1万円の色紙サイズの書を買うことにする、歴史を買うという気持ちだ。心清事達 という文字で、心清と書くからにはそれ程非道い詐称はあるまいとの思いもある。しかし中国のことだ、本当のところは解らない。

Koukaku

全てを含めて中国ならではという人に出会った気がする。
帰国した後、愛新覚羅恒珏という人についてもう少しネットで調べてみる。

書に添付されていた系図と説明書きから、清の第四代康熙帝の次男で皇后の子の胤礽(いんじょう)がその祖となっているようだ。この胤礽は皇太子として早くから認められていたが反逆のそぶりありとして結局廃嫡されている。その末裔が恒珏氏という系図になっている。添付されていた系図はネット上にで見つけた胤礽の末裔の流れと凡そあっていて帝系の流れをくむ人であるという説明は一応正しそうだ。北京中国書画協会常務理事等それなりのポジションにあるという説明書きも中国のwikipediaであるBaidu百科で調べてもそのような記述で書画家としてある程度名の通った人であるようではある、Baidu百科の写真も本人だ。
清朝の末裔がこんなところでひっそりと書画を売って生計を立てている、その物語そのものが幾ばくかのお金を払って手にするのにふさわしい中国土産のような気がしている。

Tenanmon

この日のツアーはこの後 天壇公園と天安門広場の中間にある老根山荘というレストランで中華料理のランチを食して天安広場、紫禁城の観光のコースに入った。

だだっ広くていかにも中国らしい天安門広場、門をくぐってもくぐっても次々に門が現れる複雑怪奇な紫禁城をひたすら歩き 歩き疲れてやっと夕食となる。後で調べるとこの日は15000歩くらい歩いている。オプションの雑技団のショーをツアー参加の多くの人が観る予定なのもあってショーがある朝陽劇場のすぐそばの中華レストランが夕食場所となる。

Sikinjyo

四川料理と銘打ってあるが昼の食事に多少品数が増えたかというくらいで あまり変わり映えがしない。このツアーはホテルの朝食以外は食事にはあまり期待しないほうが良いようだ。
雑技ショーも滞りなく見終わって一日が終わる。疲れた。明日は万里の長城だ。

Zatugi


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2018年4月 8日 (日)

北京ツアーその1

2月頃、3泊4日食事つき3万5千円という格安の北京ツアーが阪急旅行から出ているのを見つけてこれは安いとつい申し込んでしまった。中国には行ったことがないのがかねてから気になっていた。

申し込んだ後で色々調べたがホテルも普通のデラックスホテルのようだし、往復は中国東方航空だがJALとのコードシェア便となってもいるようでLCC便というわけでもない、普通のツアーのようだ。ちょと中国を覗いてみるには手頃なツアーに見える。

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出発の日が近づいてくると天気がかなり怪しい。気象庁の全球モデル計算では、帯状高気圧の晴天が長い間続いたののお返しのように北から寒気が急速に下りてくるという予測となっている。4月5日6日が観光の行動日なのだが丁度ここに合わせたように気温は下がるし風も強いと1週間くらい前の予測で出てくる。
近づいてくれば予測も変わるだろうと毎日のように北京や万里の長城の予測データを更新していくが、たいして良くならない。5日は朝のうち北京は雪で1℃くらい、夕方に向かって寒さは少しは緩むが5-7℃くらい、次の日の万里の長城は標高800m位の現地でやはり0度付近、晴れるものの風が10m位吹くという予測だ。4月2日までは北京も初夏の様な暑い日となっていたので本当かいなとは思っていたが出発の4日になると北京の気温は急降下しているのが実測データで解る。どうしようもない、本当のようだ。欧州気象局(ECMWF)の予測もほぼ同じで、着るものをしっかり冬装備にして出かける。
昼過ぎに福岡空港の集合場所に行くと30人位ツアー参加者が集まってくる、思っていたよりずいぶん多い。どうやら人気のツアーらしい。

Flight

中国東方航空の福岡北京便は青島空港で一旦降りるため青島で入国審査を受ける。少し時間がかかるがまあそれも旅らしくていいだろうと乗り込む。福岡から同行の添乗員は居ないので青島が少し不安だがなんとかなるだろう。

機体はエアバス321で座席も普通だ、特に狭いわけでもない。スチワーデスに一人日本語を話す人はいるがあとは日本語は通じない中国人ばかりだ、しかし海外便としては普通だ。青島までの2時間少しの間に軽食も出る、東方航空は食事が良くないとネットにあったがサンドイッチなどと軽食としては普通の感じで飲み物も青島ビールなども無料で飲める、十分だ。機体が青島空港に進入してくると中国の地上の景観が見えてくるが日本では見られない光景だ、規格のきっちりそろったアパート群がずらりと並ぶし空港直近のエリアは矩形に区切った工場群が延々とつづく。統制されている力と平地の多さと人口を感じてしまう。

青島では全員機体を降りて北京まで行く乗客にはGate11Bと書かれた乗り継ぎカー

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ドが渡される(写真右のオレンジのカード)。暫く進むと北京(ぺきん)と声を出している係員がいてその方にわかれて進む。ネットの書き込みでは係員がプラカードを持って誘導とあったがそんなものはない。係員に笑顔もないし恐ろしくぶっきらぼうだ。ここに並べともいわないので勝手に先に歩いていくとどうやら様子が変なので係員のいるあたりに戻り形成されていた列に並ぶ。ここで入国審査となるようだ。丁寧な誘導などは期待しても無理ということのようだ。
入国審査を終わり道なりに2階へ上がり左手のドアを開けると国内線の出発ゲートが見える、道案内はないが思ったより迷いそうでもない。ゲート11Bに至るとどうやら出発が遅れるようだ、北京空港悪天候のため出発が遅れるとボードに手書きの英語で表記してある。

ついに荒れた天気がやってきて、雪になったのだろう、着陸コントロールが混乱しているのだろう。ゲートは暫く開きそうにない。しょうがないとぶらぶらしているがコーヒーでもとコーヒーと看板の出ている店に入ってコーヒーを頼む。持ってきたメニューを見ると一杯60元というから1000円位することになる、これは高いがメニューで見せられるまで価格は解らない、綺麗な店でもなくコーヒーもうまくない、こんなぼったくりコーヒー屋が空港の制限エリアの中に店を出せているというところが中国という国なのだろう。フーンと思ってしまう。怪しい国だ。
予定よりかれこれ1時間くらい遅れてようやく北京に向けて出発した。こんな時には添乗員がいないのはちょっと不安ではある。機内ではまた軽食(チキンハンバーガー)が出て、夕食を食べなくても持ちこたえられるかなという気もする。ツアーのパッケージには初日の夕食だけはついていなかった、ホテルに入ってももう遅いのでレストランは閉まっているだろう。
1時間半くらいで北京空港に着陸する。雪だ。水っぽくてみぞれのようで滑走路には積もってはいない、が、寒い。ボーディングブリッジは無くてタラップの上で慌てて傘を開いてバスに向かう。暫くバスで走ってやっとターミナルビルに着く。広い空港だ。荷物をピックアップすれば審査済みなのでそのまま出れる、出たところで現地ガイドが2人待ち構えていた、とりあえずは安心する。バスに乗り間違えて離れた所へ行ってしまった人がいて全員集合まで暫く待つがこの間に近くのスタバでパンを少し仕入れる、今晩はこれ

Yuki

だけあれば乗り切れるだろう。荒れ模様の北京ツアーはこんな風に始まった。旅らしい不安があるスタートだ。
空港からホテル(フォー ポイント バイ シェラトン 北京 海淀)まではバスで40分くらいかかる、チェックインして部屋に入ると予想以上にいいホテルだ。歯ブラシや髭剃りなどのアメニティもそろっているしスマホのwifiもつながる。しかし検索はgooやbingのサイトがつながるだけで見れるサイトも限られている、中国政府の金盾ファイヤーウオールは強力だ。ともかくこれなら3晩は楽に過ごせそうだ。

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2017年11月12日 (日)

福岡から出かける紅葉


10月終わりころになれば紅葉の便りが気になる。

九州の紅葉は気温が下がりきらず東北の様な凄みは望むべくもないが、それでもなかなかと思わせる場所は幾つかある。

耶馬渓やくじゅうや霧島、九年庵、竈門神社などめぼしいところを毎年少しづつ見てきたが、まだ行くべきところは沢山ある気がしている。
今年はどうするか、雲仙の紅葉も見どころの一つになっているようで今年は雲仙に行ってみるかとネットで調べると10月末ならそろそろという感じだ。
温泉と紅葉がよさそうだ、とりあえず雲仙仁田峠の紅葉を泊りがけで見に行くことにする。具体的にいつにするか、紅葉見ごろ時期の推定については 気象庁が関東地方用に作成した計算式(*)があってこれが他の地方でも結構役に立つ。
(* 10月1日から紅葉見ごろまでの日数=(その場所での9月の平均気温)X4.62-47.69 )

計算すると、今年の九月のアメダス雲仙の平均気温の高度補正から標高約1100mの仁田峠の紅葉見ごろは10月31日と出る。ネット情報でもそのあたりから見ごろになっている。
一方で、紅葉見物には晴天も外すことのできない条件だ、慎重に天気も予測し台風一過の安定した晴天が期待できる10月31日で宿を予約する。

当日は予測通り台風は東に去り期待に違わず良く晴れた。それでも次の日の朝は局地的に雲が出そうな計算なので、宿に着く前に紅葉見物は済ませてしまうスケジュールとした。紅葉見物には細かい気象予測が欠かせない。

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行きがけに諫早干拓地で到来したばかりのアトリの群れやカワラヒワ、モズなどを楽しんだ後雲仙の山を上がり仁田峠に辿り着く。平日だが結構バスが来て人が出ている。紅葉バスツアーがいろいろ催されているようだ。
実際に山を見ると紅葉は今少しの感があるが、見ごろといわれてもそんなものかもしれないという感じだ、まずまずでロープウエーの下は結構赤く美しい。

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ロープウエーを上がり更に少し上ったところの妙見岳展望所へ行って みる。妙見岳とそれに続く峰の紅葉がなかなか美しい。ツツジ系の背の低い灌木の紅葉だ。

 

 

 

 

堪能した後 戻りついでに分岐を少し登ったところにある妙見神社にも行ってみる、一応山道だが散歩道の感じで相当にお年を召した老婦人がよろける様に降りてるのともすれ違う。

全体に平日というためか老人ばかりが目に付く、そんなところになっているようだ。

 

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翌日は朝食後に宿の近くの地獄めぐりに出かける。別府の地獄とは違い無料だがその分別府ほど広くなく却って朝の散歩にちょうどいい。ここでも地獄の煙と紅葉の背景がなかなかの景観となっている。紅葉の雲仙は他とは違った味があるような気がしてくる。

 



戻って10日ほどたった11月10日、福岡市近くの紅葉もみようと笹栗の呑山観音寺に出かけた。標高が450m位の山地の谷沿いにあるため平地よりはだいぶ色付くのが早い。こちらは福岡市大濠の気象台の気温データを高度補正して式にあてはめてみるとまだ4日くらい早いことになるが山間の谷筋ということから多分十分見れるだろうと見計らっての紅葉見物だ。

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ここも一応福岡市周辺の紅葉の名所に上がっている。寺院の紅葉だから勿論人手でしつらえた紅葉で東北の山のような全山紅葉とは比較にもならないが京都の紅葉の雰囲気に近いかもしれないとの思いがある。
曲がりくねった山道を上がり無料の大駐車場にクルマを停めて周り始める。

 

紅葉は場所によっては半分散ったところもあるが、全体としては見ごろだ。それなりの紅葉で、ドウダンツツジでお堂の周りの斜面を埋めたあたりは人工的だが造形が面白い。紅葉を見たという雰囲気に十分なる。

周り終わって昼になったので道沿いにある蕎麦屋に入ってみる、ごぼう天そばを頼むと結構時間がかかって出てくる、かなりうまい蕎麦だ、10割そばらしい。後から来たお客にはもう準備した分は終わったので待ってくれれば今からそばを打つという。本当は周り始める前に声をかけといてくれればその間に蕎麦を打てて丁度いいともいう。素朴なのんきな蕎麦屋だ。しかし感じがいい。

九州の紅葉見物はそのついでに温泉を楽しんだりはっとする蕎麦に巡り合ったりする、そんな全体がとりわけ面白い感じがしている。人の手の入り方が面白いともいえる。
紅葉見物は場所場所でそれなりのスタイルがあってどこか気楽なところがいいようだ。

 

 

 

 

 

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2017年9月20日 (水)

小笠原への旅ーその3

小笠原への旅、続き。

5日目 南島・ドルフィンスイム・出航
この日は15時半に東京に向けて出港する予定だ。
出港までの間の過ごし方とをどうしようかと思ったが、小笠原の海で兎に角遊びたかった。父島自然遺産の核心部とみられる南島への上陸ツアーとシュノーケル・ドルフィンスイムがパックになった半日ツアーがあったのでこれこれと事前に申し込んでおいた。
小笠原観光が主催するツアーだ。事前申し込みで一人4800円と割安感があったのもある。結果的にこのツアーが費用対感動比が最もよかったツアーだったと思う。小笠原では恐らく一押しのツアーと言っていいように思われる。

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水着を付けて8時15分に事務所に集合、20名弱いる。泳がないという人も数名いる。やり方のざっとしたところの説明を受ける。ドルフィンスイムはライフジャケット無でシュノーケルと足ひれでイルカと泳ぐというのが標準だが、勿論外洋だ、足がつったりすると厄介だからライフジャケットはつけることにする。速くは泳げないがイルカと一緒に泳げなくても見物はできるだろう。
青灯台のところから小型の船に乗って出発する。まずは南島を目指すがその前にもうイルカ発見!準備してくださいの声がかかる。やや不安があって要領や注意をよく聞きたい組はインストラクターから船上で細かく要領を聴くことに時間を費やし1回目はパスする、もちろんこの組だ。直ぐに2回目の準備してくださいの声で共にシュノーケルや足ひれを付けて合図とともに船尾から次々に海に入りイルカのいる方向へ向かう。先の方にイルカが水面近くで泳いでいるのが見えて追いかけようとするがとても追いつけない。程なく海上で集合となり

Minamijima1

船に上がる。大体感じは解った。イルカを見るシュノーケリングと思えばそんなに間違いはない。


南島に近づいて今度は南島上陸となる。船はかなり岩が迫っている水路を抜けて鮫池とよばれる入江に入り船のへさきから南島に上陸する。あたりにはモンバノキやクサトベラと呼ばれる柔らかい低木の木々が一面にはびこっている。他では見れない景観だ。

Minamijima2

まずは東側のラピエと呼ばれる鋭い石灰岩でできた尾根にちょっとした登りを上って見晴らしの良いところに出る。

 

 

 

Minamijima3

なかなかの絶景だ。石灰岩とサンゴが作り成す景観が他では無い切れ味のいい眺めをつくっている。

 

 


Minamijima4

来た道を下って今度は扇池の方へ向かう。途中ミズナギドリの巣が低木の間にあり雛が動いているのが見える。こんなそばでミズナギドリの雛を見たのは初めてだ。これは貴重だ。

 

 

 

Minamijima7

 

サンゴでできた砂の扇浜でマイマイ(ヒロベソカタマイマイ)の化石群を見る。

 

1000-3000年前の化石で今は絶滅しているという。この島は変わり続け走り続けているような気がしてくる、地球そのものに接しているような気分だ。

 

 

 

Minamijima6

 

また砂の中に生まれてすぐのウミガメの赤ちゃんが海までたどり着けなくて死んだばかりの様も見る。厳しい自然だ。

 

 

 

 

 

 

Minamijima9

 

水際まで行くと、うまく水の中に入れたウミガメの赤ちゃんが必死に泳いでいるのが目に入る。初めて見た。こんなひ弱な姿で生き延びられるのだろうか、もう親はそばにはいない。

自然の不思議を見る。

 

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扇池が海とつながるあたりの自然のアーチは小笠原紹介の写真でよく見る光景だ。絶景ポイントだ。

本来はこの海で遊べればと思うが自然保護の意識がとてもそんな大それたことはできないと思わさしめる。ずいぶん昔の写真で尾瀬ヶ原にクルマが入っていた光景を見た記憶がよみがえる、とんでもないとしか今は思わない。時代とともに変わる価値観が体に染みわたっているのだろう。

この場所では長い時間を過ごしたいそんな誘惑にかられる。しかし南島の上陸は最大でも2時間と厳しく制限されている、そうでもしないと簡単に壊れてしまう環境のようにも思える。その脆い自然に心を惹かれるのかもしれない。

 

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Minamijima5メジロやカツオドリの姿も見る、場違い感のあるチュウダイサギが飛び回ってもいる。これからオーストラリア方面に抜けるのだろうか。ともかく鳥達にはいい休憩地の様だ。

 

 

南島を離れ今度は兄島周辺水域に移動する。イルカの群れ発見準備してくださいの声に従って海に入るとやや下を10頭以上の群れが泳いでいる、すぐ近くを追い抜かれたりもする、見ていると女性の素潜り2人が素早く急降下しイルカを追っていく、かなり慣れているし絵になる、息が良く持つと驚くばかりだ。水中用カメラも一応用意したがバッテリー部分に水が入って使い物にならなかった。次はもっとしっかりしたものを準備しよう、次の機会が作りたくなる。

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船に上がって今見たイルカの群れを船上からイルカウォッチングする。ミナミハンドウイルカだ。海面の動きも面白いがやはり海中で見るほうがはるかに感動的だ。
最後に兄島南側のポイントではシュノーケリングで海に入る。美しい所謂熱帯魚が沢山いるが海底

 

にはところどころにナマコがゴロンとしたりしている。透明度が高い海だ、よく見える。港に戻る際には兄島の上を飛ぶオガサワラノスリまで見てしまう。随分色々なものを見た。

 

昼過ぎに青灯台に戻って解散となる。海と自然を満喫した気分だ。

この日のツアーの有様は 小笠原観光のページにも掲載がある、自分では撮り損ねたイルカの水中写真がいい。

宿のキャベツビーチはこの日の朝チェックアウトしているが、荷物も置け、シャワーも使え、出港時間に合わせて港に送迎もして

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くれる。帰る日はどうなるのだろうと気にしていたが、そういうやり方でどこも動いているようだ。小笠原では悩ましいことは何も起こらない、そういう所に思える。

 

最終日が最も感動的な日となっていい印象で15時半の出航を迎える。船はもう慣れた雰囲気だ、のんびり夕日を楽しんでこの日を終わる。それにしてもレストランの中の喋り声のトーンが往きの船より数倍上がっていてうるさいくらいだ、刺激的な旅をそれぞれに胸にしているようで面白い。

 

 

6日目 帰りの航路

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ひたすら東京竹芝桟橋を目指しておがさわら丸は進む。鳥島は真夜中通過で朝日の後は八丈島、三宅島と進んでいく。コアホウドリでも出てくれないかと海を見ているがミズナギドリが出てくるばかりだ。のんびり眺めているので気が付かないのかもしれない。面白いといえば時折イルカの群れが出てくるくらいだ。
予定より若干早く竹

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芝桟橋について往きと逆コースでテキパキと羽田に到着する、早い。カウンターで予約

 

より2つ前の便に変えてもらって夕食は空弁にしてすぐに乗り込む。いい旅だった。出発前の心配は綺麗に吹き飛んだ、やはり時々こんな旅が必要なようだ。

戻って改めて買い込んでいたガイドブックを次々に読み直してみるとウソのようにすらすらと頭に入る。そうだったのか、と思うところがいくつもあるがとにかく書いてあることに親しみが持てる。また行きたくなる、そういう所の様だ、小笠原は。

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2017年9月18日 (月)

小笠原への旅ーその2

5泊6日の小笠原への旅、続き。

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3日目 硫黄島クルーズ
穏やかな洋上の日の出が美しい。

 

 

朝6時頃から南硫黄島の周回に入る。
朝早くからカツオドリが飛んでいる。南硫黄島の上部は地形性の雲に隠れて見えない。上まで姿を見せることはなか

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なかないらしい。北緯24.2度だ、沖ノ鳥島の次に南にあることになる。南の果てまで来た。島は岩の塊のように見え人を寄せ付けない雰囲気がある。その大きさが分かりにくいが海抜1000m近くあるというから開聞岳の大きさの島ということになる、そんな風には見えない。時々島の中腹のグリーンに沿って白い点のように動く鳥がいる、ガイドをしてくれる人の話ではアカオネッタイチョウであるという。しかしとても赤い尾やくちばしの赤さは判別できない。ちょっと遠いのもあって写真にはついに撮れない。残念だがしょう

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がない。
それにしても絶海の孤島とはこういう眺めかとその拒絶感が心に刺さる。この付近の海洋底は4000mともいわれ、巨大な火山の先端部分を眺めていることになる。フィリピン海プレートの下に太平洋プレートが潜り込んでできた火山列島の先端でもある。いずれにしても地球の息吹そのものがここに印されている。それが直接見える。別の惑星に来た感じさえする。

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胸に来るものが重い。

2周回して次は硫黄島に向かう。海の青さが見たこともない美しさだ、少し明るいが深みがある。南硫黄島を少し離れたというところで前方に航空母艦のような島が見えてくる、硫黄島の様だ。まだ南硫黄島ははっきり見えている、近い。
次第に大きく硫黄島が見えてくる、左端のコブが激戦で有名な摺鉢山で右側は飛行場にぴったりの平坦な土地が開けている。こんな島とは思わなかった。右側の平らなところ

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は海面で浸食され十分削られた後に島が隆起していったということだろう。現在も年間10-30cmの隆起を続けているという。面積は父島をすでに上回るらしい。硫黄の煙や噴出する水蒸気が火山の島であることを示している。
海鳥はやはりカツオドリばかりが目に付く。

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慰霊の花を全員で海に投げる。近くに海上自衛隊のLST輸送艦「くにさき」が停泊している、訓練を行っているようで未だに戦の影を引きずる島だ。

硫黄島1周回の後北硫黄島に向かう。1時間半ほどで北硫黄島の近くに来る。南硫黄島と似ている絶海の孤島だが頂上部の雲が薄く双耳峰が雲間から見える。800m弱の標高で南硫黄島よりやや低い。こちらには古くから人がいた痕

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跡が残っており、明治期には150人くらいが住み着き小学校が設置されたとされる。海岸から少し上がったところに台地がありそこに集落があったらしい。現在は無人島だ。
周回に入るとアカアシカツオドリの幼鳥が目に付く。ここで繁殖しているようだ。島をよく見ると羽上面の白いアカアシカツオドリが点々ととまっているように見える、コロニーがあるようだ。そのうち島の中腹を白く長い尾をひらひら引きずる鳥が飛んでいるのが見える。シラオネッタイチョウだ。こ

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れは面白い形ではっきり見える、綺麗だ。写真にとっては

 

みるが遠くて証拠写真にしかならない、しかしうれしい。少なくとも国内ではここでしか見られないだろう。

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2周回後父島に戻る。帰りの航路でもアカアシカツオドリの

 

成鳥がすぐ近くまで寄ってきたり幼鳥が船の上部のランプ台のところにとまって休んだり、楽しませてくれる。人が住めるような北硫黄島のほうが鳥にとっても居心地がいいのだろうか。

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オナガミズナギドリをみたり驟雨にかかる虹を見たりしながら父島二見港に戻る。この晩から父島2泊だ。宿から迎えの車が来ていて送ってもらうが我々以外はすべて一人旅だ。そんな島なのだろう、どこか都会である東京の島という

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姿をあちこちで感じる。家族連れの旅行者が少ない。一人一人が勝手に楽しむ場所、そんな雰囲気がある、その雰囲気が良くてリピートする人も多いのではなかろうか、そんなことも考えてしまう。都会の島だ。
夕食は丸丈にてアカバのから揚げや島寿司などを食べる。なかなかいい。素泊まりでも2泊くらいなら何とかなるかと思えてくる。
夜は星を見たいが街の明かりが無いところまで歩いていくには様子が解らなすぎる。とりあえずは宿の前の公園で空を見上げてみる。明かりがあっても確かに天の川がうっすらと見える、雲もあって写真はうまく撮れないせいもあるが感動するほどではない。昔スキーツアーテントで見た睨まれるような星空とかオーストラリアの砂漠で見た水平線に落ちる星とか、これまでに見た記憶に残る星空には全くかなわない、そういうものだろう、無理することは無い。

4日目 母島
この日は母島日帰りを計画した。朝7時半出航の母島丸で2時間かけて母島へ行き島内観光をして14時母島発の便で戻る、という予定だ。母島に泊まればゆっくり母島を見れるのだろうが海が荒れると船便は頼りない、昨年の渡嘉敷島が台風で行けなかったことが身に染みていて日帰りを選択した、日帰りなら船が出なくなっても大したことにはならない。

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素泊まりだから朝食を調達する必要があるがこれは事前に近くの弁当屋hitoshiに頼んでおいてこの日の6時半に引き取りに行った。港で切符を買って船の出航を待つ間に弁当朝食をとったがなかなか立派な弁当でおまけに出来立てだから美味しい。小笠原では食べ物は外れのものがなかった。いい島なのだろう。

ははじま丸は野鳥観察ツアーと思しき30名位の団体もいて結構混んでいる。例によってデッキは三脚で占領される。朝からよく元気があるなとほとほと感心する。こちらは船室の椅子席から窓越しに双眼鏡で鳥を

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探しこれはと思うタイミングでデッキに出て隙間から写真を撮る、これを繰り返しているうちにすぐに2時間たって母島に着く。両面黒っぽいミズナギドリ風の飛び方をする鳥がいて、ああこれがアナドリか、と思うが写真はうまくは撮れない。シロハラミズナギドリらしい姿も見るがこれも撮り損ねる。まあ見ただけでいいか、と思いきる。

母島では野鳥も見たいが日帰りではレンタカーも貸し出しを断られ、見ようがないので島内半日観光ツアーでその間に見ればいいか、メグロ位はみれますよ、という問い合わせへの答えで、気楽な観光とした。しかしツアーのガイドはメグロは見れるとも限らない、と頼りない。鳥については詳しく

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ないようだ。
母島の居住区の主なところを回って縦断道路南端まで行く。メジロと小笠原ヒヨドリがいるがメグロは出ない。次には北へ向かって途中のビックベイの展望所のところで展望する。茂みでメジロとは違う声がするのでとりあえず録音しているとそのうちメグロが出てくる。録音機を引っ込めてカメラを構えている内にまた引っ込んでしまって写真にうまく撮れない、でも確かに見れただけでも良しとすべきだろう、それに録音は録れた。

(メグロの鳴き声、2017.9@母島)

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北端の港に行って帰りに東港の堤防のところによるとムナグロとメダイチドリがいる。ムナグロは春の渡りでこのルートを使うとどこかで読んだが、秋でも使うようだ。メダイチドリは予想外でこんなところに。。。と思ってしまう。渡りの中継地として父島母島は大事な場所なのだろう。
走りながらガイドさんが色々話してくれる、母島も独特の植生があるが戦前にまき用に植えたアカギの木の繁殖力が強くて勢力を広げつつあり困っているとの説明があったり、母島の住民は90%以上がよそからの移住者である、かく

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いう自分も熊本出身である、多くは都営住宅に住んでいる、新しい都営住宅も建設された、ともある やはりここは東京だとの思いを新たにする。港も役場も店も郵便局も狭い範囲に集まっていて基本的にはクルマ無で過ごせる生活となりあまりクルマは使わないとか、鍵をかける家は殆どないとか、実際の生活の話が面白い。
ツアーも終わりランチを予約していたルシエルで降ろしてくれる。母島は昼食が厄介だと聞いていたので数週間前に福岡から電話で予約しておいた。ランチといってもカレー位だ。でもおいしいし丁度いい。

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母島はめんどくさくなくて安全なシンプルな生活ができるところがいいのだろう、そんな風に思った。都会ではできない楽な生き方が明らかにできる気がする。ほとんど全員が他所から来たという共通項を持っているのも楽かもしれない。
絶景があるかというとそういうことはない、植生が珍しいとあっても解りにくいというか普通には感動を与えるとはならない。鳥はメグロは珍しいが鳥の種類が多いかというとそんなことはない。自然遺産と肩に力を入れて訪れる島ではなく、心を解き放てるそこがいいような島の気がする。母島の本当の良さは長くいないと解らないかもしれない、そんなことも感じた。

帰りの船も往きと同じように船内の椅子席で大半を過ごす。

戻って夕食は洋食屋のチャーリーブラウンでとる。やはりというべきか、すこぶるおいしい。メカジキが特にいい。素泊まりの宿で店を変えながら色々食べてみるというのもなかなかいい、少なくともおいしい店がたくさんあるように思う。やっぱり東京のリゾートだ。

明日はもう都会に向けて島を離れる、5泊6日でも短い旅だ。

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2017年9月16日 (土)

小笠原への旅ーその1

小笠原を訪れた。小笠原汽船が年一回行うという南硫黄島までの周回クルーズの広告を野鳥の会会報でみつけたのがきっかけといえばそうだ。
ずっと以前から小笠原にとにかく訪れてみたいと思っていた。何故そうだったのかはきちんと表せないが太平洋の只中に他と隔絶して存在するというイメージにともかく惹かれていた。

予約の仕方で後で気が付いたことは色々あるが、船便を電話で予約し、羽田までの航空便を’おともでマイル’で予約し、父島の宿を2泊予約し、その他レンタカーやツアーの予約を進めていった。朝食の予約を弁当屋にしたり母島の昼食を予約したりもした。航空便以外は全て電話予約だ。いつもの旅でのネットでの予約はほとんど効かない。宿はすでに2食付きのところは全て満室でやっとの思いで素泊まりとなるキャベツビーチを予約した。宿をとるのが最もやっかいだった、電話で片っ端に聞いていくほかない。父島観光協会のページに宿の予約状況は出てはいるが空きありとの表示でも電話を掛けるととれるわけでもない。混んでいることは明らかだ。

父島母島のことは当然のごとくよく解っていない、知識が足りない。ガイドブックもとりあえず5冊購入してパラパラ見るが頭にピッと入ってこない。
何しに行くのだろう、時々そんな思いがよぎる、その場所に行くことが出来さえすれば結局はもういいのではないか、そんな風に思いを切り換えて準備を進める。
’鳥くん’のこのコースの海鳥の記録やブログに出ている訪問記なども幾つも眺めてみる、しかし同じだ。兎に角頭に入れておこうとするがうまく入らない、うまく計画できたような気がしない。難しい島なのかもしれない、そんなことも思って出かけることになった。

しかし悩むこともなく勿論旅は素晴らしかった。

やっと戻った。船中3泊父島2泊の旅だ。5泊6日の旅で出発の日と帰港の日以外は何らかのイベントを予定し予定通りに旅は終わった。が、毎日が見たこともないような光景であふれていた。書き残しておきたいことだらけだ。
順にいく。

1日目。5時40分に予約のタクシーで福岡空港へ向かう。いよいよ始まる。荷物を預

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けサンドイッチで簡単な朝食をとる。7時の福岡発のJALで羽田へ移動、予定通り京急に乗り浅草線新橋で降りる。汐留シオサイトの地下通路を右に行ったところのエレベーターを使ってゆりかもめ新橋駅に上がり竹芝桟橋に向かう。事前にいろいろ調べた限りでは羽田から竹芝桟橋へはこのルートが水平垂直歩行距離が最も短く確実に着けるはずだ。竹芝駅でおりて旅客船ターミナルまで階段で降りるはめになったところが想定外だったが大体はうまくいった。最後のところも他の人の様子を見るとサウスタワーの中のエスカレーターが使えるようだった、帰りはそうすることにしよう。
10時少し前に客船ターミナルに到着する。竹芝桟橋の乗り場は人で溢れていた。あちこちで旅行会社が参加者を集合させている。旅行会社がセットしたパックツアーが随分あるようだ、確かにツアーが楽だろう、申し込む時にはこんなにツアーがあるとは全く気が付かなかった。もっと研究して計画すべきだったように思える。

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窓口で乗船引換券を乗船券と交換する。乗船券とともにレシートの様なバーコード付きプリントを渡され船の乗船口で一人一人読み取る格好となっている、航空機の搭乗ゲートインに近いやり方だ、大量の人の乗船記録を確実に残すにはこんな方法に落ち着くのだろう。

 

乗り込むのは船の4階に当たる。予約した特2等の個室風ベッドは5階なのでエレベータを使うがこれが混んでいる。荷物があっても4階から5階位なら階段で上がった方がいいようだ。

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ベッドは特2等では2人ごとに隣とはパネル壁でまた入口はカーテンで仕切られており、プライバシー上安心できる形となっている。上段ベットのペア(例えば左図の1,2)と下段ベッドのペア(例えば左図の3,4)の2形態がありどちらになるかは船会社で割り振っているようだ。今回は往きは上段、硫黄島クルーズと帰りは下段となった。下段の方が階段がない分スペースが使いやすい。


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11時に出航して暫くしてデッキに出ると6階も7階も片側だけに野鳥撮影の巨大なレンズを付けた3脚がずらりと並んでいる。

年配者が殆どで服装も野鳥観察らしいチョッキやズボンや靴のいでたちだ、南国の楽園に向かう船の浮き浮きした気分はどこにもない。それにしてもどうして片舷だけなのかと聞いてみると逆光にならない側を皆好むからだという。兎に角写真を撮ることに注ぎ込んでいる人たちの風景はちょっと異様だ。一等船室の前のデッキもこの光景が展開されるので一等船室のカーテンはぴったり閉じられたままだ。高いお金を払っても窓から景色もみれないとなる、これで一等船室の客から不満が出ないのだろうか。

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この日は多くの時間を 空いている逆光側のデッキで鳥を観たり展望デッキのソファで外を眺めたりしながら過ごした。曇っているので逆光でも見る分にはあまり困らない。東京湾からオオミズナギドリがしばしば現れそれなりに面白い。こんな風に過ごして夕方になる。雲間から海に落ちる夕日は嵐の到来を予感させるが美しい。地球と太陽のシンプルな宇宙的関係を思い起こさせて、言葉少なくただただ見入る。船旅らしい。
夜は星も見えない、揺れが出てくるもひたすら眠る。

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2日目
朝日の上る頃に合わせてデッキに出る。嵐は抜けて進む先には青空が広がっている。
相変わらず時折ミズナギドリが往き過ぎる。尾が黒いオナガミズナギドリが多いようだ。
朝食を終えて展望デッキでのんびりよその人と話してい

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ると目の前をカツオドリの群れが行き過ぎる。急いで船室から双眼鏡やら携帯イスやらカメラやらを持ち出して鳥見の態勢に入る。40羽前後のカツオドリだ。初めて見る、南に来たという雰囲気が出てきた。
船にまつわりつくように飛んでいる、風上側にいるところを見ると風が船に当たってできる上昇風を利用して楽して飛びたいようだ。時折海面にダイブしては魚を採っている。動きが単純でなくて面白い、飽きない。そのうち船ギリギリに飛んでいるカツオドリから何かが飛んでくる、フンのようだ、ポロシャツにかかって汚れがつくが腹も立たない。こんなことももちろん初めてだ。


11時に父島二見港に予定通り着岸、一端下船して大きな荷物を岸壁倉庫に預ける。
兎に角着いた。予想通り晴れて蒸し暑い。ランチにはまだ早いこともあり予定通りレンタカー屋まで歩いていく。18時の乗船案内までレンタカーで島を巡ろうという作戦だ。並んで貸出手続きを待つ、一人でやっているようだ、やはり普通の観光地とは違う。

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少しへこんだところのある軽をやっと借り出してコンビニ風の佐藤商店でランチを仕入れてウエザーステーションに向かう。港から歩いている人もいるようだがこの暑さではきつい。

ここは気象庁の観測場所でアメダス機器があったりゾンデを12時間ごとに放球したりするが高台で眺めがよく観光のポイントでもある。設置してある展望台は洒落ていて勿論屋根もあって日差しを避けてくつろげる。眺めは圧倒的だ、ランチをとるには絶好のポイントといえる。ランチを終えてもこのままずっとここにいたくなるがせっかくだからと周り始める。

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島を右回りに宮之浜に行く。いかにもシュノーケリングに適した浜の風情だ。何組かのグループが訪れて海水浴やシュノーケリングで遊んでいる。のんびり海を楽しむのによさそうなところだ、ミニ・ハナウマベイといった

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感じがする。但しシャワー設備は無く水着でくる必要があるようだ。野鳥も目につき、チュウシャクシギが3羽飛び回っていた。北から渡ってきてここで一冬過ごすのだろうか、或いはもっと南に行くのだろうか。イソヒヨドリはあちこちで見かける。

 

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右周りに周回道路の急な登りを上がって長崎展望台へ向かったがいつのまにか通り過ぎていて代わりに近くの旭平展望台で一休みする。正面の兄島瀬戸の向こうに兄島がありここも十分眺めがいい。
気分よく出発しようとして

 

セルを回すがクウイッと一声という感じだ、如何にもバッテリーがギリギリの回り方でやっとの思いでエンジンがかかる。フル稼働のエアコンときつい登りでバッテリーが上がりかけているように見える。こんなところで止まると携帯も圏外だし非常に厄介なことが起こる。とりあえず次のポイント中央山まではエアコンを切って走ってみる。

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少し休めれば回復するだろうと道脇のスペースに停めて中央山の遊歩道を歩き始める。父島は植生が独特のものがありこの遊歩道では主な植生にネームプレートがつけてあってガイドなしでも一応解るようになっている。ズアカカラスバトの保護地もすぐそばなのでこれにも出会えるかもしれないとの期待もある。他では見ない植物にあふれてはいるが感動するほどでもない、変なトカゲを見つけたがこれがグリーンアノールという小笠原の生態系を荒らしている帰化生物らしい、駆除に躍起になっていると後で知る。同じく駆除のためかノネコ捕獲用の仕掛けが置いてあったりもする。

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維持するのが大変な自然でもあるようだ。一方で遊歩道沿いにはこんな穴で?と思うほどの粗末な防空壕などもあったりして戦争末期の恐怖がどことなく伝わってくる。
複雑な島だ。
クルマに戻ってセルを回すと矢張りかかりが極めて悪い。これは危ないと早いがもう返すべきとの心地で山を降りる、大体見るべきところは観たとの感じもある。扇浦海岸はエンジンを止めずに写真だけ写してレンタカー屋の近くのガソリンスタンドに行く。満タンにしてエンジンをかけると今度は気持ちよくセルが回る、山を下ったんでバッテ

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リーが十分休めたのだろう。レンタカー屋に返すが症状を云ってもエンジンが問題なくかかるのでレンタカー屋も申し訳ないという風情もない。釈然としないところがあるがとにかくレンタカー屋を後にして近くのビジターセンターや世界遺産センターを見て歩き、休憩しながら島の自然を学ぶ。時間が余ったのでちょうどいい感じでもある。前には気持ちのいい浜もある(大村海岸)。
トラブルに会ってもぶつくさ言わずにこんなもんだと受け止めるのが島流なのだろう、緩い時間を楽しむべきなのだろうしそれが出来る島だ。グリーンアノールについてもここで教えてもらう。

船での夕食が遅くなるので港近くの店でサメバーガーを食べたりして空腹をしのいでおく、これも父島名物になっているらしいがどうということもない。17時30分までに荷

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物受けだして19時出航となる。ここでも十分待ち時間があるので近くの、何だろうと思っていたトンネル(大村トンネル)を少し歩いてみたりぶらぶらして時を過ごす。どうも戦時中に防空壕代わり使われていたトンネルらしい。今も大村から清瀬に抜ける歩行用トンネルとして便利に使われている。あれっということがあちこちで目についていかにも旅らしい。

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やっと19時の硫黄島クルーズへの出航を迎える。今度は下ベッドのペアの仕切りで生活空間が少しばかり広い。
船内の様子も解っているのでシャワーを浴びたり必要なものを荷物から出したりテレビを見たりのんびり過ごしレストランが空いたかなというところで食事に行く。テレビにはBSの他船内テレビ番組が5チャンネル位あって船の現在位置地図も出てくる、暇つぶしにはなる、世の中から取り残された感じはあまりなくて、肩に力が入らない気楽さがある。

船旅に次第になじんでくる。なかなかいい。太平洋の只中にいると地球の生の姿に直接対面しているようなのがいいのかもしれない。旅は続く。

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2017年6月29日 (木)

運河の眺めと蛍と

品川の南で大学時代の運動部の同期会がある予定だったが少し早く着いてしまった。
京浜運河とつながる高浜運河沿いに時間つぶしでぶらぶら歩いてみた。
運河の対岸に巨大な門型のビルがある。こういうビルを見ると近頃はインスタグラム投

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稿に相応しいいかなと思ってしまう。そう思えば躊躇いもなく想う存分に眺められるのがいい。小心者には理由付けがあると何をやるにも気楽にできる。後で調べるとマンションとオフィスの複合ビルのようだ、因みに家賃はとみると2LDKで24.6万円とある。ほとんど埋まっているようなのにも少し驚く。確かに場所も環境もいいが幾ら何でも高い。そういう世の中になってしまったようだ。東京は最早自分には住めない街だ。
でも少しだけ東京という街が羨ましくなる。

 

旅から福岡に戻ってきて翌日蛍を見に行った。
蛍を見るとこの時期ホッとする。宇都宮にいた頃はどこで蛍が見れるのだろうとあっちこっち見に行って結局市内の美術館裏の数頭の蛍を見るばかりが毎年のことだった。
福岡へ移ってくると、あちこちにほたる公園と銘打った場所がある、どうもこっちの方が多そうだ。蛍のポイントとして最も近いところが那珂川町の中ノ島公園と教わって、行ってみると見たこともない蛍の数だった。こんなに手軽に見れるならと毎年必ず訪れている。駐車場が少し離れたところに確保されているのもいい。
映像になんとか収めたいと写真撮影を試しているが大体分かってきた。1枚で撮るなら

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iso3200でf8,5秒が今のところまずまずで、撮った映像を画像処理ソフトで明るさとコントラストを好みに調整すればまあみれる写真になる。たくさんの蛍が翔ぶさまの映像が欲しければ同じ場所同じアングルで何枚か写真を撮って重ねればいい。もちろん多重露光ができればそれがいいがやり方がよく分かってないので後でソフトで重ねるのが簡単だ。
今年は少しは動きの入った写真が撮れた。梅雨どきでも結構遊べる。

 

梅雨も後半戦に入ってきた、大気が連日不安定になっている。雨が殆ど毎日何処かの時間帯で降る。植物がよく伸びる。だからと言う訳でもないが、やっぱり福岡に住むのが丁度いいのかな。そんなふうにも思っている。

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