2014年10月15日 (水)

闇に入り込む月

闇に入り込む月

月はボールのようなその真の姿を
中空の朧な闇の中に
疑いようもなく晒してくる

宇宙を旅する地球という宇宙船を
その時我らは明瞭に感じることになる

薄い空気層の外の
永遠に向けてただただ広がる宇宙の只中に
確かに我らは浮かんでいるのだ

三千世界に本当に仏がいればどんなにか楽しかろう
50億のほか見渡す限りの宇宙には孤独が満ちている

それを見せてくれる
闇に入り込む月が美しい

Gessyoku

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月25日 (金)

日食との相性が悪くなっている

日食の日は法事があって熊本に居た、金環食は見たかったが見ることが出来なかった。かなり欠けた部分食なら見えるはずだったのだけれども、雲が厚くて太陽は姿を見せない。それでもピークの時間帯に差し掛かるとさらに厚い雲でもかぶったように空の明るさが20120521sora 一段と減じてうす暗くなり太陽の力が弱まっているのがはっきりと感じられた、見えようが見えまいがそんなことにはお構いなくきっちりと宇宙を動く天体の定めが伝わってくる。雲があっても日食の発するえもいわれない雰囲気をともかく受け止めることは出来た。日食は格別だ。

次の金環食は来年5月10日のオーストラリア北部だが殆ど同じ地域でそれより前の今年の11月14日に皆既食が見られる。カネとやる気があれば日食を見るチャンスは次々にやってくるようだ。しかし3年前の皆既食にしろ今度の金環食にしろ結局見れないのはどうにも相性が良くないように思えている。多分熱意が不足しているのだろう。子供の頃に初めて体験した日食は 起こると決まっていることが起こっただけでなーんだというほどの印象しか与えなかった そんなことがずっと尾を引いているのかもしれない。

調べてみるといつ日食が起こるかは古代メソポタミアから何がしかの予測がされており紀元前2世紀頃のギリシアでは現代の予測に近いほどまでの予測法が完成していたといわれている。簡便にはサロス周期と呼ばれる18年10日の周期で地球上でほぼ同じ食が経度120度ずれて発生する周期を使えば厄介な計算をしなくとも凡その推測はできる。今回の金環食は2030年6月1日にギリシアから北海道までの広い範囲の金環食となってふたたび現れる。赤子が大人になるサイクルだ、およそ世代に相当するサイクルが何か人間に影響を与えているようにも思える。更には54年と1ヶ月でまたもとの地域で起こることになり、普通に生きていればおよそ生涯で1回は皆既にしろ金環にしろ遭遇できることになる。こんなことを調べたり考えたりしていると、人の力を超えたサイクルの存在が人にとっての20120521skytree 日食の重さの真髄かもしれないと思えてくる。
それにしても自分とって次はいつだろうか、権利を使い果たしてもう見られないかもしれない、羽田から栃木へ向かうバスの窓から開業を翌日に控えたスカイツリーを見ながらそんなことを考えていた。日食などもう過去に飛び去らせたかのように目まぐるしくも人の作る時は動いていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月11日 (日)

皆既月蝕

月蝕は平和だ、始まっている月蝕を眺めながらふとそう思った。夜側の地球であればどこからでも見える。皆既日蝕はそうは行かない、地球上の狭い幅でしか見るかとができない、あたGessyoku3a

りまえのことが妙にしみじみ思われる、平等な機会というものが次第に得がたくなってきている世の中のためだろうか。

欠け初めの頃の月蝕は地球の影が何だかぼさぼしているようなところが面白い。陰になった月面が赤く色づくあたりもなかなかいい。地球による太陽光の反射である「地球照」と思っていたが月蝕では月から見れば地球は真っ暗な新地球の位置にある、何だか変だと調べると地球大気で太陽光が屈折されて特に波長の長い赤が影側に入り込みそれがGessyoku2a ほのかに赤く月を照らすということのようだ、反射ではなく屈折だから地球照という言い方はマズい。ゆっくり進む月蝕は眺めながら色々考える時間があっていい。やっぱり月蝕は平 和だ。Gessyoku1a

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 7日 (木)

宇宙の雲が

寒い日が続いている。関東平野には昼間は積雲がぽかぽか浮いて空を見ただけでは厳しさも感じられないが日本海側は雪雲がびっしりだ。そうはいっても地球の雲はのんびりしている、しかし宇宙の雲はそうでもないようだ。
32年前にNASAが打ち上げたボイジャー2号が冥王星の外側を太陽系から高速で離れつつあり、今太陽系が突入している局所恒星間雲(Local Interstellar Cloud)にいよいよ近づいてきた、既にこの雲のデータが送られBow 始めてきている。雲には大分強い磁場が銀河の面とは30度くらい傾いてあるらしい、予想とは随分違っているという。太陽系が銀河系を公転していく間に次々に恒星間雲に突っ込むことになるのだが、どうやら単純な雲では無さそうだ。勿論高温で太陽系は太陽風でこの雲から守られているのだが、 この先(といっても今の雲に滞在するのは1-2万年、その後数十または数百万年かで次の雲に当たることになろうが)どんな雲に当たるかで太陽系の運命が変わってくるようにも思えてくる。まだ誰にもわからない。
果てしなき宇宙は思いのほか荒々しい自然が息づいている、ぬくぬくとして温暖化問題を議論したりしているのは幸せな生き物のちゃらちゃらした遊びのように思えてくる。人間はそのくらいのものなのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月15日 (火)

ふたご座流星群が

今年の冬はふたご座流星群が良いらしいというので極大の13日の夜に見ようと思ったら一面の雲。14日の夕方からはまた雲が広がりあきらめかけていたが15日の早朝はようやく快晴の夜空となった。それではと防寒対策をしっかりして起き出して星空を眺める。この時刻ふたご座は西に沈みつつあるがベランダからは東南の空しか見えない、要するにチリの大気圏への突入だからまあどこでも見えるだろう、とタカをくくって見始めるがなかなか落ちない。しかし じっと空を見ていると細かく落ちているのか全体がうごめいているようにも感じられてくる、そのうち 向かってくるものか、尾を引かないで輝いて消えるだけの点が見えてきたりもする、なんだか沢山流れているような気配だ。と、大きく天頂付近から東に流れる、これは見ごたえある、ややあって東南の中空から下に流れる、確かに通常よりは多い、しかし防寒具を着ても寒さは入り込んでくるし首も疲れる、もういいかというところでお終いにした。

この流星群は直径5kmくらいの小惑星ファエトンが彗星として元気に回っている頃に撒き散らしたチリの帯が地球軌道と交差してもたらされたものだが、そのうちファエトン本体が降ってくるのではないかと心配になる。調べるといまのところ2093年に月の軌道の7-8倍向こうを通過する位だから直ぐにどうこうということは無い、数百年のうちには危ないこともありそうだが今は冬の流星雨を楽しんでいればそれでいいということのようだ、気楽なものだ。
厳格な自然のルールで支配された宇宙に、漂うような視点で想いをはせてNew2 いると、本当に宇宙に飛び出したくなる。時が経っていけば人が大挙して月に出かけられる時代が来るのだろうか。22世紀だろうが30世紀だろうが40世紀だろうが時間はともかく流れ続けていく、そのうちにはそうなるだろう、月で宇宙に触れればそれは多くの人の考え方を変えるに違いない。今がその時代でないことが悔やまれる、ただそこまで人類という種が生き延びてほしいと願うだけだ、すくなくも自分のDNAのある部分が月にいずれは到達する様を思い浮かべるだけでも今は十分かもしれない。星に願いをかけるまでも無く、深く思うことは必ず実現する、そう信じている。

| | コメント (0)

2009年7月16日 (木)

日食の天気が気になって

梅雨が明けた、しかし雷も鳴らないしせみも鳴かない。かわりに夜になるとツユムシのような8,000-10,000Hzの高い音をビーと続けるムシがうるさく鳴き始めた、耳鳴りがしているようで心地の良いものではない。今年の梅雨明けはいつもと少しばかり勝手が違う、しかし違うのも変化があってまたいい。
7月22日の日食が気になって奄美への航空便にキャンセル待ちを入れていたら奄美への行きは最近OKになって取れたが帰り便がとれない、これではどうしようもない、と殆どあきらめかけている。天気はどうかと192時間予測のGPVデータをこのところチェックしているが、22日あたりは日本は低圧帯に入って厚い雲に覆われ奄美は22日午前は曇り、屋久島・種子島は雨、トカラは曇り時々雨、で南の方がやや良いがいずれにせよまともに見れそうにない。上海も雲が多いようでどうも今回の日食は騒ぎすぎの結果に終わりそうな気配だ。本当に雲が切れるか切れないかまでは間近にならないと予測は難しいのでまだ解らないが今のところは悲観的だ。これで航空機のキャンセルが出始めるかどうかも面白いところだ、どうせ夏休みの遊びと思って最後まで頑張るのだろうか。
次の日本での皆既日食は2035年9月2日の北関東だ、天体現象は気象よりはるかにドライで人のことなどまるで構わず淡々とキッチリ予測どおりに繰り返される。日が昇り、日が沈み、月が欠け、月が満ち、繰り返されて生きているものいないものすべてが遠い未来まで決められた冷徹な物理学に日常的に支配されている、日食は日常のすぐ隣にあるような気がして過度にのめりこむ気にもならないのだが、そこでしか経験できないものにひかれるところがどうしてもある。一度くらいは皆既日食を見てみたい、というだけかもしれない、それがどうしたと、揺れる心持が面白くもある。

帰りのキャンセル待ちの便にOKが出たら本当に行くか、今はそれが問題だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月21日 (月)

巡り合わせが

近頃は金星が夜明けの空にキラリと十字の光を放つ。少しかけているような気がするが目のせいか。2月2日ころは木星と重なって見えるはずだ。地球、金星、木星が3次元空間で殆ど完全に一直線に並ぶのだがそれでどうした、といえば、どうでもない、めったにない必然的な巡りあわせなだけだ。

航空関係のニュースをぱらぱら見ていたら、マン島が航空機の機体の登録を独自に始める、というのが目について気になった。日本でいうJAナンバーのことだが、MナンバーでMan2 マン島に登録できるようにするらしい。機体の登録はICAOの規定に則って発行されるものだが、そもそもマン島というのは独立国?と思ってしまう。マン島というとホンダが世界にデビューしたマン島レースくらいしか知らない。イギリスの小島だったような気がして少し調べてみたら、広範な自治権をもつ英国政府の保護領とある、外交・防衛は英国に委託しているものの、政府があり法律や税制が独自に機能しお札も独自のものを発行していて国の形を保っている、ちょっとした驚きを感じてしまう。議会は1000年の歴史を持ち現存する世界最古の民主主義の国というから、むかしの都市国家の生き残りのような気がしてくる。相続税や贈与税は存在せず法人税も一定の条件で免除される、金融機関が多く進出しているらしい。カリブ海の小国のような役割の気もするがはるかに優雅な国にみえる。船舶の登録には200年の歴史があり航空機にもこれを拡大したい、ということのようだ。
 
国という形も色々な形が許される、言葉のあやではない。最近の機能不全に陥りつつある日本の政治の支配を見ていると日本という島国は国の形から全てを見直さなくてはならない時期に巡り合せているのではないか、そんな気がしてくる。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年11月14日 (水)

段々歳を重ねてくると素直になれる

次第に冬をHanmizk感じるようになってきた。
冬晴れのようでホームズ彗星がまた見えるような天気になった。20時頃には真上に近く見やすい。星というより雲だ。直ぐに見つかるのだが本当にこれか、これは雲ではないのか、と疑ってしまう。日を変えても同じ位置に見える、これはやはり彗星だと安心する。

週に2回、近くの健康の森という県の施設で2時間ほどトレーニングや水泳をすることにしている、それなりに考えてはいるが10年くらい自分流にやっていた。最近ちょっと気になって、一度きちんとやり方を相談してやってみようと運動メニューをトレーナーの方に作ってもらい少し真面目にやり始めた。食事指導もある。機械トレーニングをきっちりやってその後30分走ることにしたが、明らかに運動量が増えた。走るのはひざも痛めるし長く続かないような気がしていたが脈拍を抑える走り方を教わってやってみるといくらでも走れそうな感じだ。速く走ろうとしないのがコツと思える。今まで気づかなかった。ベルトコンベアーのようなランニングマシーンの上で走ってみたら走り終えてマシーンから下りるとクラクラする。これはいけないと心拍計をつけて室内の周回コースを走ることにした。どうみてもこちらの方がまだ自然だ。走ることが少し楽しくなった。運動量は増えたがしんどくはない。この後続く水泳もかえって楽に泳げる。やっぱりトレーニングは自己流ではうまくないようだ。段々歳を重ねてくると素直になれる部分もあるような気がして世界がクリアーになってくる。

昨日も気持ちよく運動を終えて外に出ると、星空だ。もう星図盤なしでも彗星を探せる。クルマに常備した双眼鏡で見上げると、確かに雲のような姿がまだいる。そろそろ終わりか、さようならホームズ君。

冷たい夜の風が運動の後には心地よい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月30日 (火)

冷酷な宇宙に生きて

Holms 太陽を離れつつあるHolmes彗星というのが突然アウトバーストして2等星くらいにまでなっているというので、これを知った金曜日に即見ようと思ったが、雲が広がっていたので果たせず、台風が来たりであきらめかけていた月曜日の晩、寝る前に夜空を見上げると月は明るいが晴れている、落ち着いてペルセウスを探してカペラも探してその間を探すと簡単に見つかった。もわっとしているのでそれとわかる。以前ハレー彗星が来たときに見たもわもわっとした感じよりはまだ星のように見える。

写真を撮ってみたが、何しろ暗いところで撮るので何を撮っているのか解らない、後で落ち着いてみてみるとどうもこれらしい。

何かと衝突して内部のガスが一気に噴き出したのだろうか、次に来るときは7年後となるがもうかけらしかないのではなかろうか。こんなのをみると、いつか地球も何かと衝突することは避けられない、いつか、が問題なだけだ、と思ってしまう。仰ぎ見る星空が計算外の表情をみせると、冷酷な宇宙に生きていることをこうやって現実に思い起こさせてくれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月25日 (火)

金星が

金星が夜明けのSeiza2空に非常に明るく上がってくる 今は太陽が出ても見えるくらい明るい、マイナス4.5等星というので 明るさのピークに近い9月21日、起きだして見てみた。ガラス戸を開けると晴れた東の中空に大きく光っている、これは明るい、双眼鏡で面を感じることができる。ついでに見えたオリオンも随分近い。空気の透明度が良いようでもある。とにかく秋が来たようだ。

金星を見るとその輝きから若さを感じる。周りが明るくなっても輝くのは一種の若さの傲慢のように思えてくる。

若さの傲慢は若さの特権である、そこに未来が感じられるのがいい、これから始まる時の流れが見えてくるようで、この先を見届けたくなる。これに対し年のいった傲慢は手が付けられない、近寄りたくない。自分がそうなるのではないか、と恐れているが、時々そうもいかなくなる、そうなってしまう。そしてそうやって人は最後にはばらばらになっていくのかな、と思えてくる。。

秋分も過ぎて夜が長くなり始めた。こんなことをふーと考えていく季節になったような気がしている。

夜は宇宙の永遠に直接つながっているような気がして。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧