平尾八幡宮という所に行ってみて時空のつながりを思う
平尾八幡宮に行ってみる。ずいぶん昔、戦後10年という時代にこの近くの平尾小学校という所に通っていて、今でもこのあたりの雰囲気はうっすら覚えているのだが、ここにこんなお宮があったのは記憶していない。当時は動物園側に高射砲陣地跡というのがあったり教会があったりしたのだが平尾山荘通りの東の方にこんな神社あったっけ、という感じだ。昔の地図をネットで探してみてみると、確かに神社マークがある、知らないだけだったようだ。当時は山荘通り南側の小笹地区一帯が大開発中でいったい何ができるのだろうという感じが印象の中心にあったような気がする。記憶は曖昧なところが懐かしさの元にあるような気もしている。改めて平尾八幡宮に行ってみると平尾天神というのも横にあって、菅原道真が流されて博多に上陸したところにできた容見天神が移転してきたものだという。天神の水鏡天満宮の起源とは別の容見天神があったということのようだ。住吉神社に残されている鎌倉時代の博多古図からは平尾村のところに容見天神 が書かれており 位置関係からはこちらの方がそれらしい気もしなくはない。ともかくこの地の言い伝えはすぐに1000年前の時代に軽く飛ぶ。高宮駅に寄ったところには高宮八幡宮というのがあるがここは天智天皇が中大兄皇子 と言っていたころ博多に来て(結局は白村江の敗戦に至る)百済救援の陣をひいていた辺りらしい。随分昔に起源があるようだが平尾八幡宮の方もそもそもの起源はそれより古い神功皇后の三韓征伐までさかのぼることになっているようではある。むろん本当のところはわからないが博多の地は古くから朝鮮半島/大陸に向かう玄関口だったことから、様々な本当らしい言い伝えに満ちているような気がしている。金印の出土など証拠となる遺物遺跡もいくつもあって古代から連続する歴史の時空が今に繋がっている様が否応なく現実に感じられてしまう。
この話とは全く別だが時空はつながっている話で最近感じていることがある。
この冬は波状的に日本列島は寒波に襲われて北の地方では近年にない豪雪になっているようだ。この天気は西高東低の冬型の強まりが直接の原因とされる。大陸の冷たい高気圧である西高というのに対し東低という形はは東の海上に向かって急速に低気圧が発達してこれが寒気を呼び込む形を作ってしまうということのようだ。多分相対的に暖かい海洋上に冷たい空気が吹き込んでくると上昇気流ができやすくこれが低気圧を発達させるの だろうが、この発達した低気圧はその後どうなってしまうのだろう。地球規模の雨雲の動きを追跡してみると、日本の東の海上で発達した低気圧は東進を続け大体は北米の西海岸北部に到達する。当然のように北米の西海岸北部は次々に現れる低気圧で冬の間中雨だらけとなる(暖かい海流のせいで雪にはならない)。シアトルに昔仕事で時々行っていたが、Seattle: 32 Days of Rain と書かれた帽子がお土産品として売られていたほどだった。Seattle’s gray skies というフレーズもあるようだ。日本の豪雪はシアトルの冬のgray skiesに直接つながる、さらには全く同じようなパターンで北米への寒波は大西洋の東に位置する英国にはGrey skies over London、といった表現が用いられるように冬のロンドンにシアトルに似た冬の気象をもたらすようだ。波状的に気象は世界をめぐっている、思っている以上に地球を包む時空はつながっている、と感じてしまう。
こんな風につらつら思いを時空に解き放ち漂っているともう2月も終わりに来てしまった、3月は何が待っているのだろうか