2024年6月24日 (月)

香春の採銅所に古代の先端技術を感じて

筑豊にあるKawaradka 香春岳は全山石灰岩の山で戦前からセメントの原料として削られてきた。そびえていた主峰一の岳は映画「青春の門」に撮られたころまでは未だ一応山の形があったがもはや見る影もない。香春は先祖代々の地でもありこの山については調べなくてはと常々思っていたが思うに任せず、手始めに引っかかっていた香春岳の採銅所を少し調べてみた、奈良の大仏の銅はここからきているという言い伝えをどこかで聞いていた。郷土史誌「かわら」の採銅所特集号など読んでみたが、奈良の大仏の銅に香春の銅が使われたことは当時の状況からそうとしか考えられないがきっぱりした書き物があるというわけでもないようだ。しかし東大寺の記録である「東大寺要録」には大仏の銅には西海の銅を使ったとあり、当時の西海は九州のことを指すと考えるのが順当と思われる(当時の行政区分である西海道は筑前豊前他九州島内の九国及び壱岐対馬のことであった)。香春は豊前国に属しており、当時有力な銅山であった香春の銅が使われたと解するのが普通の読み方なのだと思われる。いずれにせよ大仏には500トンもの銅が使われており、当時の国内の有力な銅山はすべからく銅を大仏に提供したと考えるべきで、香春の銅と同じ香春岳/平尾台/秋吉台とつながる石灰岩層に熱水が貫入してできたスカルン鉱床である長登銅山を含めた多くの銅山からの銅が使われたと思うのが順当なのだろう。
平家によって大仏殿は破壊され大仏も一部を残して溶けてしまったようだがそれを2度までも復元した先人の熱意には驚くべきものがある。それにしても8世紀によくもこれだけのものを国内で製造しえたのだと思う。55年位前に大学で工学を学んだ時にこれを取り上げて講義で語っていた教授がいたのを薄っすらと思い出す、当時の最先端技術の結集だったようだ。
まだまだ調べてみなくてはな、そんなことを思っている。

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2024年5月20日 (月)

紫式部日記を読んでいるが,面白い

しばらく前にも源氏物語を通読したことがあって、よくぞこんな破綻のない長編を1000年も前に書き上げたものだと思っていた、作者紫式部に焦点を合わせた大河ドラマは

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興味深く毎回見ている。勿論ドラマ故歴史的事実とは言えない脚色が色々あってどこまでが本当らしいことなのか、自分でも確かめたくな る、そういえば紫式部日記があったな、と家にあった日本古典文学大系から引っ張り出して読んでいる。原文ではあるものの注釈はたっぷりあって一応読めるのだが、儀式的な記述が多くてちょっとついていけなくなって、最近出た古川日出男の「紫式部本人による現代語訳「紫式部日記」」を図書館から借りて読んでみた。面白い本だ。紫式部本人が1000年後の現代の読者に現代語を使って分かりやすく端折るところは端折って内容を説明してくれる、という語り口になっている、こんな形態の本は読んだことがない、でも確かにこういわれるとよく解る、わかった気がする。

それにしても源氏物語を書いたのは紫式部ですと現存する写本に書いてあるわけでもないようで間接証拠からそのように言われ続けてきたようだが、その証拠となる表現が紫式部日記にいくつか残されているというのでそこのところを読み返したりもしている。
例えば 左衛門の督「あなかしこ、このわたりにわかむらさきやさぶらふ」と藤原公任が紫式部を呼んだりする場面を日記に書いたり、一条天皇が源氏物語を人に読ませて「この人(作者)は日本紀をこそ読み給ふべけれ」とあったのを左衛門の内侍が聞いて紫式部のことを日本紀の御局とあだ名した、と日記に書いたりもしていて、ここらを読むと紫式部が作者であることは疑いないように見える。日記は中宮出産がまじかに迫った場面から書き始められているがこの時(寛弘5年、西暦1008年)すでに源氏物語は読める形になっていて主だった人々が読んでいたようなのも興味深い。夫藤原宣孝と死別したのが1001年(長保3年)でその後に源氏物語を書き始めたと考えるのが順当のように見え、6-7年で物語の大半を完成させていたことになる、たやすくはないができなくもないか、とも思ってしまう。
気になったことがあれば原文をその都度読み返したりしている、それにしても才女だ、面白い。まだまだ暫くは楽しめそうだ。

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2024年4月12日 (金)

マイケルグリーンの「アメリカのアジア戦略史・上」を読んでみたが

マイケル・グリーンのアメリカのアジア戦略史 上 建国期から21世紀まで という本を借りてこのところ読んでいたが2週間の貸し出し制限がきつくやっと読み終えてそのまま返却した。アメリカという国は太平洋を越えた西にあるアジアとどう向き合ってきたかという視点からの書物で、こういう見方から書かれた本Photo_20240412103601 は初めてで新鮮な思いがした。誰がどう政策決定に関わってきたかを人名を中心に細かく書き記している。屈折しながらジグザグと進んできたアメリカの状況がそれなりに分かる気がする。書かれていることは多分本当なのだろうが、読み終えて感じることは幾つか肝心のところが書かれていない、意図的にか逃げているように感じるところがあるのが気になる。狂信的な愛国者からのトラブルを避けるためアメリカにまずいことは書かないようにしているのかもしれないと感じてしまう。一つはハワイ王国滅亡に対するアメリカ政府のかかわりのところだ。植民地化-併合のプロセスでは手を汚していないかのような書き方に終始しているというかきちんと書いていない。第2次大戦後の植民地の民族自決をアメリカがリードしたというところはきっちり書いているのに自らはハワイ王国を簒奪し併合している(住民の7割が反対したといわれる)という歴史的事実に向き合っていない、キレイキレイに書いている、そういうことなら他にもそんなところがあるかもしれないと内容が疑わしく思えてくる。日本との開戦に至るいきさつもたとえばハルノートのような動きはまるで書かれていない、というより開戦直前直後の米政府内部の動きについては一切書かれていない。何かまずいことがあるのかもしれないと思う、真珠湾はだまし討ちだというローズベルトの主張は米国の失態を覆い隠し利用するプロパガンダだったのかもしれないと思ってしまう。

色々あるが米国が建国以来太平洋を西へ西へと押し続けているという歴史・現状は事実に即して素直な目で眺め続けなければならないのだろう。思った以上に米中対立は簡単には終わりそうにもない、そうも感じる。

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2024年3月14日 (木)

「大シルクロード展」を見る

3月中に見ておかねばと思っていた2つ目の展示Posuta は、「大シルクロード展」というシルクロードの文物、資料の展示だ、現在中洲の福岡アジア美術館で開かれている。主催は中国文物交流中心( 中国の国家文物管理局直轄の機関)他各地美術館、各新聞社などで外務省も後援しており本格的なシルクロードの展示ということができるようだ。東京、福岡、宮城、愛媛、岡山、京都 と来年2025年2月まで国内各地を巡回していくという。
例によって放送大学の学割で入場する、放送大学の学費はこんなことで大方取り戻せるような気がしている。出展品リストの配布もないがとにかく見ては写真に撮るFelt1 を繰り返しながら見ていく。平日のためか年配者が多い。初めの方にウイグルから出土した紀元前8-前3世紀のフェルトの背の高い帽子があってちょっと驚く、あまりに保存がいい、砂漠地帯のためだろうか。最初の方に古いものが多く置いてあるようでもあるが展示順の筋がよく理解できないままに進んでいく。パッと見た目 正倉院御物のようなものが目に付く。江西省博物館から出品の和同開珎まであったりする、日本との交流の明確な証拠だ。6世紀ころの経文がいくつか展示されているが、漢字が今と同じというところに妙に感じたりして、アジアのベースになり続けた中国文化の深さに改めて感じWadokaiho 入る。展示物は興味深いものが多々あるが、これがシルクロードに点在して遺跡として現代まで残されているということそのものにインパクトを感じる。
出口手前で動画放映があり、その中に出てくる敦煌 月牙泉の映像に驚く。広い砂漠の中にここだけがげ現実離れした不思議な風景を作っている。シルクロード見てみたくなる、行けるものなら行ってみたくなるKyoumon
もう無理かな、でも、と、そんなことを想いながら会場を後にした。

添付写真は順に ポスター、フェルト帽子、和同開珎、経文断片、敦煌 月牙泉の映像Tonkou1

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2024年3月10日 (日)

ローマ展を見る

正月から3月までの期間にはいろいろ博物館や美術館で興味深い展示があって、見なくてはと思っているうちに時がするすると過ぎ去ってしまって少々慌てている。すぐにも終わりそうな「永遠の都 ローマ展」というのをまずは見に行った、大濠公園にある福岡市美術館での開催だ。例によって放送大学の学割で入る。そんなに混んでいない。ローマのカピトリーノ美術館所蔵が中心という。よく知らなかったが世界的に最も古い美術館といってもいい歴史があるらしい。コロッセオの北Caesar西600mくらいのところにあるようで、フォロロマーノのそばでもありいかにも古い都の中心部にある美術館という趣があるようだ。
福岡展の目玉はカラヴァッジオの洗礼者ヨハネの絵画となっているようだが、展示として印象的なのは数多くの彫像やレリーフだった。20数年前にローマを訪れた時に感じた彫物芸術がローマの特徴というのを改めてここでも感じてしまう、圧倒的だ。カエサル、アウグストゥスといった支配者の像ばかりでなく女性の胸像や老女像といった生き生きとしたその時代を感じさせる像もあり像として残すということが色々なレベルで行われていたというあたりが感じられて興味深い。現代は残すといえば写真ばかりだがそのうち立体写真や像で残すということがはやり始めるかもしれないなどと思ってしまう。それとは別に美術系の教育で用いらPhoto_20240309234901 れる石膏像スケッチの原点が実はここにあったのかと思い至るのもちょっと面白い。カピトリーノのヴィーナスが東京だけの展示で福岡には来なかったのは残念だった、とか色々思うがまたローマに行ってみるのもいいかもしれないと感じさせてもくれる。

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いい展示だった、見れてよかった。添付は展示彫像で上からカエサル、アウグ

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ストゥス、トラ ヤヌス、ハドリアヌス、女性の胸像、老女像、マイナスを表す浮彫の断 片、ディオ ニソス の頭部。

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2024年2月27日 (火)

ベンジャミン・カーター・ヘットの「ドイツ人はなぜヒトラーを選んだのか」を読む

近現代の世界の歴史で前から引っかかっていたのがナチズムは暴力革命ではなく当時最も民主的と思われるワイマール共和国で選挙で第一党となって政権を担当することになった、すなわち当時のドイツ国民のマジョリティーがヒトラーを選択したというところにあった。そんなこともあり、誰かの書評でこの「ドイツ人はなぜヒトラーを選んだのか」という本が紹介されていたのを見てこの本を図書館から借りだして読み始めたというのが直接のきっかけではある。著者はベンジャミン・カータHitler ー・ヘットというカナダ育ちのアメリカ人で、弁護士からスタートしたが4年でやめ大学の歴史学の博士課程を学びなおし歴史学者となったという経歴を持つ、と本人の名を冠したホームページに書かれている。ドイツの近現代史を法律家の視点で眺めながら研究して2004年から著書を次々に世 に出すようになって現在はニューヨーク市立のハンターカレッジで歴史学の教授を務めているという。この本は2018年に出版されたがここまでもナチス政権成立直後の国会議事堂燃上事件の詳細な調査を行い何があったのか再構築し原因を可能な限り明らかにしようとした本も出しているようで、この時期のドイツの政治社会情勢について広範な資料を調査研究していていることがうかがえる。
読んでいくと、ナチスの登場のキーワードはワイマール共和国の体制が国民に概して不人気であった、特に当時ソ連から逃れてきた大量のユダヤ人移民やこれとは別に共産主義勢力及び米英がとるグローバル資本主義が吹き荒れており、これを是認し象徴するのがワイマール共和国の体制だったと思われていたようでそこにナショナリストが大きな勢力となりうる原因があったということのように思えてくる。1932年7月の選挙でナチ党は37.3%の得票を得、第2党の社会民主党21.5%を大きく引き離す第1党となった。大統領ヒンデンブルグはヒトラーを首相に任命したくなく大統領アドバイザーのシュライヒャーを首相としてナチ党の一部も引き入れた連合政権としようとしたがうまくいかず、1933年1月やむなくヒトラーを首相に指名した。より直接的には1933年1月15日のリッペ州の州選挙でもナチは43%の高得票率を得たという結果がとどめとなったということらしい。確かに民主的な選挙結果によってヒトラー/ナチというドイツ国民による選択を示されたことになる。英米主導のグロバリゼーションと殺到する難民という図式はまさに現代の様相であり、これに火をつける政治家が現れればヒトラー/ナチズムの形を変えた再来は当然に考えられる気がする、確かに米国や欧州各地で極右勢力/政党が伸びているようでもある。しかし現代の有利なポジションはこのようなことが起こったということを歴史に学んでいることなのだろう。
なかなかの本だった。世界はどうなっていくだろう、理解し眺め続けることもそれはそれで面白い気もしている。

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2024年2月13日 (火)

笠置シズ子の砂古口による評伝がなかなかで

朝ドラで笠置シズ子が演じられていてなかなか興味深い、ドラマではいろいろ脚色もあるだろう、本当はどんな人だったのだろうと図書館に笠置シズ子の評伝を2つばかり予約してみた。すぐ来たのが「昭和の日本を彩った「ブギの女王」一代記」 というのだったが、それほど印象深い気もせずに内容も忘れたころ次の「ブギの女王・笠置シヅ子 : 心ズキズキワクワクああしんど 」が回ってきた、こちらは予約がだいぶ入っていて2か月以上待った感じだ。砂古口 早苗(さこぐちさなえ)という女性ノンフィクションライターが丹念な資料調査や現存する関係者インタビューに基づいて書いた本で、かなり細かい。おそらく笠置シKasagisizuko ズ子の最も確からしい評伝と思われる。ドラマは勿論創作は多々あるが凡そ事実に従って進んでいるとわかる。
笠置シズ子の名は子供のころには知ってはいたが淡谷のり子の方がテレビで時には歌っていたこともありまだ頭に残っている。淡谷のり子はおばあさん歌手でどこがブルースの女王か、と当時いぶかしげに思っていた。この本を読むと笠置シズ子はマネージャーの大金持ち逃げ事件があったり美空ひばりが入れ替わるように出てきたこともあったのか絶頂期を少し過ぎたあたりで早く歌手を引退したという、それがためにその印象がその後の世代にあまり伝わらなかったのかなとも思ってしまう。これとは別に美空ひばりと山口組田岡会長との深いつながりやひばり母の君臨など戦後の芸能界の良く知らなかった裏事情が細かく書いてあるのに興味を惹かれる。笠置は闇社会とのつながりを拒絶し通して生きてきたという、こんなところもマスコミのひばり母や闇社会への忖度で笠置のポジティブブな印象がその後の世代に伝わりにくかったということに影響しているような気がしてくる。だんだん分かった来るような気持ちになる、なかなかの本だ。

実際はどう歌っていたのだろうか、もう少し笠置の音源や映像を探してみねば、そんなことばかり湧き上がってくる。

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2024年2月 8日 (木)

博多座で染五郎と幸四郎の歌舞伎を見る

博多座では時々歌舞伎の公演があって、今月はせっかくだからと二月花形歌舞伎を見に行った。福岡はこんなところが楽でいい。切符はネット購入で今回は当日博多座で発券としてみたが自動発券機はガラガラで全く問題なく発券できた、次からもこれにしよう。出し物一つ目は江戸川乱歩の「人間豹」という作品を歌舞伎にしたものらしい、新Kabuki0207b作歌舞伎だ。松本幸四郎/市川染五郎の親子が主演という形で、染五郎という名はラマンチャの男で有名だったと記憶しているが、あの染五郎との関係は?と休憩時間に座席でスマホでしらべてみる。ここで演じているのは八代目市川染五郎であのラマンチャの染五郎(六代目)の孫だった、すぐわかる、便利な時代だ。3階の最前列の席だが、3階ではあちこちから、高麗屋!の声が飛ぶ、隣の隣からも発声あり、いかにもベテランという風情の大向うだ。真似してみたくなるがとてもできない。
芝居は新作だがおどろおどろしさや1階から3階までの宙吊りや二役早変わりや、いかにも歌舞伎!という「らしさ」に満ちていて十二分に楽しめた。松本幸四郎/市川染五郎は2つ目の演目である鵜の殿様でも主演として出ずっぱりで体力が良く持つなあと感心もする。時の流れを脈々と伝わっていく歌舞伎という芸能のリアルを見る思いだ。いい芝居だった。
20時頃に地下駐車場から戻る。寒さはまだまだ終わってくれない。

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2023年12月31日 (日)

放送大学でメディア論を学んでいる

半年に1つだけ放送大学で学ぶということをもう何年も続けている。選科履修生 という形で在学しているのでいまだに大学生ということになる。学生証もあるし学生料金が設定されている催しでは割安で入場できる。学費はかなり取り戻せる感があるのでそう高いという印象はない。今期はメディア論という科目を受講している。2つの戦争が世界で進行しプロパガンダが横行し、メディアを通じて流れてくる情報にうんざりしていて、メディア論といMediaron うタイトルに何か惹かれたというのが受講のきっかけということになる。メディア論とはそもそも何か。メディアに関する学問と大雑把に捉えている、時代とともに変化の激しい情報伝達・情報共有を成り立たせるための手段(メディア)を扱った学問全般と思っている。メディアとは腕木式信号機であり旗振りであるというところからメディア史は語り始められるが、その前の長いのろしの時代というきわめて興味深い段階は省かれている。そこまでは論じられられないということだろうか。メディアの歴史の中で興味深いのは戦争とのかかわりが多々ある点だ。マスコミュニケーション研究の源流に位置する米国のリップマンは第一次大戦で情報将校として宣伝戦を戦った、その時得られた知見がその後のマスコミュニケーション研究の出発点になって世界に広がっている、また同じく米国のラザフォードは第二次大戦期に軍の戦争宣伝と結びついてマスコミュニケーション研究を発展させたりもしている。マスコミュニケーション研究を体系化したシュラムも2次大戦中は戦時情報局で宣伝研究に従事していた。要するに戦争の遺産・軍事研究のプロたちに主導されたコミュニケーション研究というのがそもそものマスコミ研究の出発点でありメディア論のもとになっているようだ。
そう考えると民主主義社会の中心である民衆をどうやってコントロールするかそのことに専心しているプロたちがいないと自由民主主義のような政治体制は安定した発展を保たれないということのようにも思えてくる。これが悪意の手に支配されればとんでもないことも起こる。メディア所有者の意思で民主主義の根幹がコントロールされる。そう考えると現代的にとても重要な学問と思えてくる。
まだ勉強中だが来月には試験がある、正月明けからまとめに本腰を入れなければならない。
でも、学ぶことはいくつになっても楽しい。

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2023年12月 9日 (土)

12月8日の師走の街でブラームスのドイツレクイエムを聴くーー戦さの時代を思う

2023年も終わりに近づいてき9kyou12 た。せわしい12月ではあるがクラシックのステージにはなるだけ接したいと、アクロスで九州交響楽団と九州合唱団他によるブラームスのドイツレクイエムを聴きに行った。第九と似たような構成だ、共通するものがあるかなと思っていたが聴いてみると全く違っていた。これは宗教音楽だ、そう思う。19時開始なので食事も天神で早めに済ませたが、まだ時間があってあたりのイルミネーションを見て回った。アクロスのスIlumi202312a テップガーデンと屋上をつなぐイルミネーションが有料ではあるがかなり良さそうなので入りかけたが18時までは入場不可とあり、コンサート開始の19時に近過ぎるとわかりあきらめた。しかしアクロス横の天神中央公園から中ノ島に至る一帯のイルミネーションも結構華やかでこれを見ながら歩き回ってみた、なかなかいい。コロナ明けということもあるのだろう、見たことのないくらい華やいでいる。
演奏開始時間に合わせてコンサートホールに入る。合唱隊が入場した後オーケストラが入ってくるのだが、合唱隊の人数がオーケストラの3倍近くある感じだ、厚い。ざっと数えてみると女性ボーカル90名位男声ボーカル80名位、オーケストラ65名位のようだ。演奏が始まると第九とは違ってはなから合唱が入る、ずーと最後まで合唱が続き合唱中心の曲だと感じる。オーケストラはコーラスの伴奏というのではなく並走という感じで並奏と表記すると感じが出る気がしてしまう。配られた冊子に歌詞がドイツ語と日本語訳併記で示されていて聴きながらそれを薄暗い照明の光で追っていく。確かにこれは鎮魂歌だ、頗る宗教臭い、言ってみればお経に曲を付けて歌っているようなものだ、と、のめりこむということができない。今日は12/8という開戦の日だ、これに合わせた企画かもしれないとも気づく。また戦の時代に向かっているような時代の雰囲気を、それは死しかもたらさないことに気付かせてくれるようでもある。
後で調べるとブラームスのドイツレクイエムは宗教臭の少ない部類に入るものだとされているようで、これでも少ない方かと改めて宗教というものの息苦しさに思いを致してしまう。
演奏そのものは音楽として立派だ、歌詞を傍らに置けばずっと聞いていてもいいかもしれないと思えてくる、1時間半近い演奏が終わっても何か途中で終わったような気さえしてしまう。
色々考えさせてくれるコンサートだった、確かに年の終わりにふさわしい時間を過ごした感じがしている。

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