2018年6月 3日 (日)

印象派の美術展が

印象派の美術展が九州国立博物館で開かれているとテレビコマーシャルも打たれて、結構いい絵があるようなので終わらないうちにと出かけた。ビューレルコレクションとある、看板になっているルノワールの絵はどこかで一度見た覚えがあって気になっていたが日本初公開のものが色々あるような宣伝文句だったしそれはそれでと思っていた。

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入場料は普通に入れば1600円と安くもないが放送大学で学んでいると学生証を見せればこの半額以下となって随分気楽に見れることができる。
女性の観客が8割くらいの感じだ、平日ということもあるがとにかく女性が多い、印象派の絵というと女性の好みという雰囲気を感じる。結構混んでいてイヤホンで解説を聴きながらの人が多く歩みが遅い。2列目から見ていてこれはという所で隙間を見て前に出て見る、これを繰り返しながらとにかく見ていく。
それにしても既視感のある絵ばかりが並ぶ。有名な絵だから印刷物で目にすることが多かったということだろ

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うかとも思ってしまう。明らかに見たことのない絵ももちろんたくさんあって、アングルのアングル夫人を描いた絵などは、売り物ではないからだろうかアングルのいつもの過度とも思える隅々までの装飾性などは全く無く絵そのものの良さが染み出てきてこの後の潮流の先駆けとなっている雰囲気を感じる、なかなかいい絵だ。最後のモネの壁画のように壁いっぱいとなった睡蓮も初めて見る。端の方までは手が回りきってない様子も見えて、いかにもモネらしい。
力作ばかりを見ていると少々疲れていつもは続けて見る常設展も見ずにまっすぐ帰る。
帰って気になった既視感を調べてみようとこれまでに見た美術展の図録で印象派のものを引っ張り出しては見てみる。そのうちアッという図録に行き当たる。1990年に横浜美術館で開かれたビューレ―コレクションによる印象派展だ。横浜みなとみらい博の一環として開館した横浜美術館の開館1周年記念展示会とある。見た記憶がよみがえる。調べると今回展示の64作品中31作品がこの横浜の美術展で展示されていた。ほぼ半数だ、既視感が濃いのも当然だ。それにしても27年前の美術展の記憶がこうも頭に残っているとはとそちらのほうに軽い驚きを禁じ得なかった。いい絵とはとにかく心に残る絵ということになるのだろうか。
27年前とは大した昔でもない、しかし考えてみれば27年前ではまだインターネット時代には全く入っていない、この後失われた20年もあったりして明らかに一時代前のアナログ基調の昔という感じがする、
テレビもアナログだった、色んなことがこの年の後あった。節目の年だったかもしれない。この一年前に平成が始まり今一年後に平成が終わろうとしている。昔のことを考えているといくらでも時間が過ぎてしまって何も後には残らないような空虚感があるからだろうか振り返ることはあまり好きではない。でもこの27年の移り変わりはどこかすさまじいものがある、思い出し始めるとついつい順に追っていってしまう、流れ出てくる。個人的にも世の中の移り変わりでも特別な凝縮された27年だったように思う。
今から未来に27年を伸ばすともうそこは朦朧とした時代しか見えない、そんな年回りになってしまったことも感じる。

なかなかの展示会だった。
事前に半数が見ていた展示と知っていたら見に行かなかったかもしれない、しかし見てしまうと様々なことを考えさせてくれて素直によかったと思う。

流れに任せて事前に詳しく調べ過ぎない方が良いこともある、その方がむしろ新しい切り口を見出すことができる、そうだったそんなことを思いながら過ごしてきたことをもつらつらと思い出していた。思い出し始めるときりがない、流れていった時間はやはり面白くもある。

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2017年12月26日 (火)

インスタグラムの写真が

昨年春、インスタグラムに写真を上げ始めてもう暫くたつが、色々発見がある。
この間に心に思うことは、たいしたことでもないが、写真は何らかの加工をしないと自分の感じたものが出ない、というあたりだ。

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まずは遠近法の補正だ。斜めから見た写真を正面からの視点に変え物の押し出してくる感じを拡大したりする。
意外感が出せる。投影ではないものそのものを見る感じがする。

ぼけた写真がかえって面白みが出ることがある。例えばこの写真だ。明らかなピンボケで、普通なら消してしまいたくなる写真だ。これを色彩でいじっていくとボケたところに新たな線が現れ写真の表情が変わ

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る。新しい質感やフォルムが生まれる。更にはこの手順を後で再現しようとしてもうまく再現しないことがある。アプリケーションソフトのちょっとした調整でぼけた画像ほど面白い変化が多層に出てくるのを感じる。
ボケた写真でないとこれが出てこないのが普通では信じられない。
ピンボケの写真にも存在理由があるというか、ピントのきっちりあった写真より価値があるという感じさえしてくる、人の世の縮図でもあるようだ。
色もトーンカーブをいじっていくと隠れていた色調が表に出てくる。元の写真を改めて良くみるとそこにほのかにそんな色合いが隠されているのが解る。世界は思いもよらない色で出来上がっている。

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画像の部分カラー化も面白い。野鳥や昆虫のように本来バックグラウンドに埋もれてしまうような保護色の色彩をそれだけをカラー化して背景をモノトーンや単色化してしまうと対象の存在が際立つ。フィールドで鳥を見る時人は意識の中でそのような感じで鳥を追っているように思う、その感じがよく出てくる。きっちりと写された写真が実は自分の感じている自然でないことが解ってきて面白い。音の世界でいうカクテルパーティー効果(騒がしいパーティーでは周りの雑音からその人だけの声を脳が聴き分けて会話ができる、録音したのでは雑音に消されてしまいわからない)というのが視覚の世界でも存在する様だ。

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風景を眺めた時にも、意識の中では見ていないが写真に写ってしまう電線や看板のような人工物も暇をかければ消し去った画像にできる、そうすると、良く取れた写真だ確かにこの風景を見たとの記憶になるから面白い。

次第に絵を描いているような気持になってくる。本当に見たものを感じたように表現したい、そう思うとただの写しっぱなしの写真ではダメなようだ。

こんなことはもしかしたら写真学校では当然の様に教えられている内容なのかもしれない、ともかく生きて動いていると何をやっても学ぶことが多い。


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2017年12月18日 (月)

「神聖ローマ帝国 皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展」を見る

寒くなった。寒い時には屋内を巡るに限る。
福岡市博物館の出し物が気になっていたところへ、タダ券が手に入って勇んで出かけた。
神聖ローマ帝国 皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展 という展示だ。12月24日まで福岡で開催し来年1月9日からは渋谷Bunkamuraで、そのあとは3月21日から滋賀の佐
川美術館へと巡回するという。

西洋近代美術館のアルチンボルドの展示会の様子がテレビで何回か放映されていててっきりこれが福岡に回ってきたのかと思っていたが、まったく違っていた。

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神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ2世が収集した森羅万象の事物の展示で、これが思った以上に面白い。
ドライにいうとハプスブルグ家による博物学的収集の一覧ということになる。
欧州の博物学というと百科事典派というのがあった気がして調べてみると、百科全書派というのが正し
くて、18世紀フランスでフランス革命直前に編纂された百科全書の作成に関わったディドロ、ダランベール、ヴォルテール、ルソー等が該当する。しかこのルドルフ2世とは時代が200年位違うようだ。
ルドルフ2世は日本でいえば戦
国時代、高山右近と同い年というから16世紀末から17世紀初めの時代となる。大航海時代で世界中には思いもよらないものがあると認識されるに至った時代だ。
錬金術師や画家や科
学者を多く抱えケプラーの法則(惑星軌道の面積速度一定の法則)で有名なケプラーも庇護し この時代のの文化を支えた存在だったようだ。動物園や植物園まで持っていたという。首都をウイーンからプラハへ移したことでも知られ現在のプラハに流れる文化的香りを創り出したのがこの皇帝とされるようだ。

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見ていくと天体観測用のアストロラーペや精巧な細工の時計など今見ても極めて興味深いものが次々に現れる。

 

 

 



アルチンボルドの絵も面白い。
展示されているアルチンボルドによる絵は皇帝ルドルフ2世の肖像の1枚のみだ。しかし、これに似た手法で人物を描いた他の画家の絵が何点か展示されていたがアルチンボルドの方が数倍優れているのは一目瞭然だ、一枚で十分に迫力がある。

 

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これを立体にした現代作家フィリップ・ハースの作品も並べられている、こんな作家がいるというのも面白い。

アルチンボルドの、詳細な植物の描写そのものをデフォルメせずに組み合わせだけで肖像を実現するというアイディアが、結局は全ての物はほんの100くらいの元素の組み合わせからできているだけなのだ、という今では誰もが知る事実につながる道を示しているようでもある。事物の真実を突いているところに多くの人が惹かれ
続けているのかもしれない。

 

Hana



  
ブリューゲル(父)の描いた花の静物画もあってこのように花瓶に入れた花を描くやり方はこの絵が始まりだったと聞くとこんなものにも歴史があるということ自体に気が付かされる。ルドルフの植物園で咲かせていたと思われる様々な種類の花を図鑑のように丹念に描き蝶や虫がついているところまで細かく描きこまれているのにも驚く。
現代にも流れる博物学的な知識の源流がこのあたりにあったのかとも認識させられる。確かに博物館で開くのに誠にふさわしい展示だ。

幻の鳥ともいわれるドードーもルドルフ2世の動物園で飼われていたらしくその絵がサーフェリーの絵などに僅かに残されている。

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全ての珍しいものを残そうとするルドルフの努力が当時評価されていたか知る由もないが今となってはタイムマシンのようにその時代の痕跡に接することができる極めて貴重な仕事をしたと思えてくる。ルドルフ2世は政治的には愚鈍な王とされていたようで最後は弟によって力ずくで退位させられている、しかし後世までその名が残ったのはルドルフ2世の方だった。そんなものなのだろう。

なかなかいい展示企画だった。ふと東北震災の花は咲くの歌を思い出していた、今は何を残せているのだろうか。

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2017年11月21日 (火)

寒くなってガスに切り替えた

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日本列島を寒冷前線が次々に通過して冬がそこまでやってきた。週末に向かってまた寒波が北から降りてきそうだ。(添付は11月24日03jstの850hp(約1500m)の気温予想図)。アジアでは日本狙い撃ちの寒波だ。

今年は室内の暖房を都市ガスに切り替えたので灯油の心配は無くて気軽に暖房が使える。もともとガス配管はあるので工事は要らずガス管口につける変換ソケット(ガスタッチ)とガスファンヒータ、ガスコードを2セットネットで取り寄せるだけだ。
暖房を灯油に頼る生活は思い返せばここまでの生涯すべてであったような気がする。勿論エアコンは使うが寒くなるとそれだけでは足りなくなる。補給をいつも考えなければならないし灯油屋が売りに来なければガソリンスタンドまで買いに行かなくてはならない、買ってきても家まで持ち上げるのもちょっとした力仕事だった。歳を重ねてくると10年先でもできる生活に徐々に切りかえて行かねばと思い始める。
思い切ってガスに切り替えて随分気楽になった。多分暖房コストは少々上がるだろう。しかし楽な生活に代えがたいものがある。

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絵をまた描いている。昨年初夏に訪れて見た旧大刀洗飛行場跡に広がるポピーの赤が戦争の血なまぐささと平和の両方を象徴しているようで心に残っていて、それを形にとどめるためにポピーの風景を描いている。人に伝わるかどうか他人に感銘を与えるかどうかそれはどうでもいいことのように思っている。結局はそんな絵を描いていきたいのかもしれない。
暖かい日だまりの中で絵を描きながらゆっくりとした時間を過ごす、そんなことに幸せな時間があるように思えている。

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2017年7月28日 (金)

ラスコーの世界巡回展示が

もう10年以上前の話だが宇都宮にいた頃 西武パルコで洋書の特価市があった折 洞窟壁画の写真が豊富にあるのが気に入ってラスコー洞窟の本を買っておいた、割

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安だったので何気なくというのがより正確だがとにかく”LASCAUX en Perigord Noir”というしっかりした本が手元にある。ぺリゴー ル・ノワール地区にあるラスコー というのがタイトルの意味だが、フランス語の本だ。但し解説文は英語とドイツ語、スペイン語が並べて書いてあって、各言語の表現が簡単に比較できる点でも面白い本だ。勿論図版は豊富にある、図版そのものについている説明はフランス語だけで少々残念だが全体としてそれなりに書いてあることはわかる面白い本だ。

暫くこんな本のことは忘れていたのだが、九州国立博物館でラスコー展が開かれているというので思い出して眺めてみた、なかなかいい、勿論展示はレプリカが主体だ

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が立体的な姿が見れるようだ、とにかく展示を見てみようと出かけた。後で調べて解ったが、この展示会は2012年10月から始まった「ラスコー3」と称する世界巡回展示会であり、これまでに、ボルドー、シカゴ、ヒューストン、モントリオール、ブラッセル、パリ、ジュネーブ、韓国光明市、東京、仙台、そして福岡 とめぐってきた。2020年まではフランスに戻らないとされているが福岡の後は公表されていない。巡回に従って内容は充実してきているようで、ラスコーで発見された壁画の制作道具の展示は東京から加えられたとされているようだ。福岡だけの展示というのも結構あったりもする。

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ともかく数年前の大英博物館の展示といい、全世界を巡回する世界的な展示会というのが目に付くようになってきた気がする。これもグローバリズムの一端だろうか。

展示の焦点は実物大の洞窟レプリカで、4か所分くらいあって、照明も工夫されていて洞窟の雰囲気がよく出ている。牛や馬の姿がリアルで、例えば竹原古墳の壁画などより遥かに生き生きしている。一朝一夕にはこうはかけない、描くこと専門の人がいた感じがする。同時に展示されている精巧な石器も国内で見るものより遥かに美しい。

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2万年くらい前の時代に美的感覚を持って絵が描かれ道具が作られていた、それがあからさまに解る。すごい。
この展示を世界巡回させたいという主催者側の気持ちには西洋文明の根源がここにあることを世界に誇りたいとの気持ちがあるのだろう、どうしてもそれを感じてしまう。

でもたかが2万年だ、せいぜい1000世代位前の先祖がなせる技だ、このままいけば人類はあと2万年位は軽く生存し続けるだろう、いやその何倍もの先の未来へ続いていくだろう、4次元の時空に生きる座標をまた感じてしまう。

歳をとったのかもしれない、そう思いながら
暑苦しくも楽しくもある現実世界へと会場を後にした。

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2016年10月19日 (水)

感動を失いつつある日々と

福岡マラソンというのが11月13日にあってこれに5.2kmのファンランで参加することにした。5kmならこれは走れるだろう、街中を走るのは面白いかもしれない、そもそも市民マラソンの雰囲気とはどんなものだろうか等々が興味の焦点だが、とにかくやれるうちにやれることはやってみよう、くらいの感じだ。
次第に日が近づいてくると本当に走れるだろうかと気になりだしてトレーニングとして近くの公園を周回して5kmを走っている。基本的に心拍数をモニターしながら走るのが自分のやり方なので当面心拍数130となるように走っている。
Running 走ってみると大体分速100m位となって50分くらいで走れる。ゲートが閉まるギリギリのスピードだがとにかく走れるので一安心だ。ラップを見ると自分では気が付かないがラップを重ねるごとにゆっくり速度が落ちてくる。運動不足なのだろう、まったく体が鍛えられてない感じがする。

当日はどんな感じになるだろうか。気象庁の1か月数値予報では高気圧が張り出し始めて一応晴れそうだが、どうなるか。雨なら棄権かとも。弱気なところはなかなか去ってくれない。


10日ほど前、新福岡古典音楽祭の催しの一つストラディヴァリア・ナント・バロック・アConcert2 ンサンブル のコンサートを聴きに行った。
福岡で毎年開かれている音楽祭だが、ヨーロッパの古典音楽は端正でちょっと面白い気がしている。
今年はフランスバロックがテーマのようだ。
ストラディヴァリアの名前からストラディヴァリウスを並べるのかとも思ったが楽器の説明など一切ない、いい音色だがストラディヴァリウスかどうかはよくわからない。ネットで調べても判然としない。想像にお任せしますといった風情がフランスらしいといえばそうでもある。
いかにも宮廷音楽の響きがある、眠くなる。ジャン=フェリ・ルベルのバレエ音楽「四大元素」が演目にあり、不協和音で始まることで知られているようだがこれも心地よく聞けてしまう、こういう雰囲気だったのだフランス革命前のフランスはと思う。モーツアルトがフィガロの結婚を書くほんの10年位前の曲だ、こんな世界は長くはもたない、そんな気もする、虚飾に満ちたとまではいかないまでもどこか空々しいきらめきがある。音楽は正直だ。

なんとはなしに感動がない。

Cyoujyuu 先週、鳥獣戯画展が国立博物館で開かれているというので見に行った。
平日だが人が多い。
列が長くじりじりと進んでいく有様なのですいているところから飛ばしてみて、列が動かないところは2列目からとやや離れてみる。
国宝だが有名なウサギのところはふーんというくらいで全く感動がない。確かに漫画的に生き生きしているがこれ位なら絵師なら描いて当然くらいに思ってしまう。絵の内容そのものに大した興味がわかないということもあるのだろう。
坊主が修行しているさまを茶化したように書いているあたりは人間的で面白い。新聞に使われる政治漫画そのもののような気がする、人のやることは大して進化していない、そういう意味ではすごいというべきなのだろう。

それにしても近頃は感動するということが少なくなったように思う。先月の現代俳句の選句では1000句くらいある投句に1句も感じるものはなく選句できなかったということがあった、なんだか感じなくなってきている。


以前のように知らず
らずのうちにまた時間追われている生活なってきたからではないか、手で物を作ることをしなくなったためではないか、やはり歳のせいだろうか、いろいろ考える。暫く中断していた梅の絵を仕上げることから始めてみよう、そんなことを思っているが、どうなるか。

福岡マラソンですこしでも感動があればよいのだが。そんな風にも期待して時々走っている。

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2016年10月11日 (火)

今右衛門・柿右衛門展

13代今右衛門・14代柿右衛門の展覧会が福岡三越で開かれているというので見に行った。
,有田で磁器を作り始めて今年で400年ということの記念イベントの一環らしい。自分Tenjikai の中で名前だけが上滑りしている有田焼の今の姿を見定めたいという気持ちがある。この展は今年の正月に日本橋三越で開かれた後7月には広島三越で開かれていたものが福岡までやっとやってきたということのようだ、大阪はとばしているが大阪には三越が無くてこうなったのだろう、所詮百貨店の催しだといえばそうかもしれない、でもとにかく見たいという衝動があった。

結構人が多い。確かに素人目にも、これは、という作品が並んでいる。

13代今右衛門は襲名前には有田とは思えない全く現代的な焼き物も作っていたのImaemon1
が展示されていて目を引く。1975年に襲名後は伝統を引き継ぎながら、吹墨、薄墨 という技法を開発するなど新しい現代的な境地を開いていてこれまでの有田とは異なる新鮮な感じを見るものに与える。
14代柿右衛門のほうは追い求めたリアルな草花のスケッチをもとに濃淡を入れた草花模様を構築している。こちらも濁手と呼ばれる乳白色の白地の伝統の上に現代に響く有田の姿を求め
続けたようだ。それぞれにさすがと思わせる。
400年も続く伝統となればそれぞれに伝統の重圧はあろう、素直に事物と向き合い詳細なス
Kakiemon1ケッチを繰り返し、自分なりの境地を開いていく、大変な仕事だとうかがい知る、それが心に響く。

13代今右衛門は2001年75歳で心不全で亡くなり14代柿右衛門は2013年78歳で癌で亡くなっている。天寿を全うとまでは長生きしなかったようだ、背負った重荷というものがあったのかもしれない。

近頃はものに心を動かされることが減ってきたと感じている。生涯をかけた作品を見る、こんなことでもしないと心が響いてくれない、思い返せば、見たいという衝動はこれだったのかもしれない、そんな風に思っている。

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2016年5月17日 (火)

ケガも治りかけて博物館でも見る

転倒した傷も次第に癒えて少しは出かけれるようになってきたところで手始めに九州国立博物館で開催中の「秦始皇帝と大兵馬俑」と題する展示を見に行った。
東京国立博物館から巡回してきた展示だ。薄暗くしてある博物館なら顔の真ん中に絆創膏を張った状態でもあまり気にする人もなかろうと思ってのことでもある。テレビの天気予報で終Heibayo2 日雨と言っているが実は大して降りそうでもない日を見計らって出かける。とにかく混雑は避けたい。

入ってみると人はいるが狙い通り混雑というほどでもない。
秦より前の周の頃の青銅器などから始まり前3世紀の秦の時代が展示の中心になる。
縄文や弥生土器と古代中国の青銅器が並べてあるような展示を見た時には中国がアジアで圧倒的に進んでいて紀元前の世界では中国には全くかなわないとしばしば思うが、この間ギリシャに行って散々古代ギリシャ文明の遺物を見た目からは紀元前5世紀だとあのアクロポリスの時代かこれ位のものがあっても、と、そうも驚かない。紀元前3世紀なら結構新しいとさえ思ってしまう。
見ていると古代ギリシャと古代中国の文明ははからずも同じくらいのペースで繁栄したようでその原動力は文字の力のように思えてくる。
ギリシャでは現代のギリシャ文字とそう変わらない文字が古代神殿のあちこちに刻んであったがこの展示でも発掘された竹に書かれた現代でも使われそうな文字の書きつけが沢山みられる。文明を先へ進めうる要は何といっても情報伝達・情報処理・知識蓄積を可能にする文字というツールだったということなのだろう。 コンピュータも結局は文字を用いている。更に発展する未来があるものなら文字を超えるツールが出現することになるのではなかろうか。

前5世紀の漆塗りの陶器も展示してある。漆は2500年の歳月に耐えて美しい色合いを伝えている。ここらあたりが東洋の進んだ技術ということになるのだろう。

秦という統一国家はたった15年しかもたなかった。始皇帝が旅先で客死した後はみるみる乱れ項羽・劉邦の漢に滅ばされてしまう。壮大な陵を残し 法律による支配、度量衡の統一されたインフラの整備された巨大国家があっという間についえてしまったのは不可解な気もする。しかし、中央集権のカリスマが突然消えると体制が持たないという好例を与えているようにも思える。凡庸な指導者に率いられても繁栄できる国家が真の強い国なのだろう。

Heibayo1 兵馬俑の立像は以前一度見たことがあるような気もするが、写実的で2300年前のものとは思えないレベルの高さを感じる。中空の陶製だがどこで嵌め合いになっているのか解らない程で、技術的にも芸術的にも優れている。
よくできた模造品も多数展示されているが本物のほうが遥かに優れていると感じるのはなぜなのだろうか。本物が持つ作り手の熱意というか心意気をどうしても感じてしまうからなのだろう、細かいところを感じているようだ。感銘を与えるとはどういうことなのだろうか、やはり美はディテールに宿るということか、と再認識させられもする。

これだけのものが破壊されずに現代まで残ったというところにも驚きがある。当然盗掘があることを予想して巧みに埋められていたとしか思えない。秦そのものは全国統一を果たすはるか以前より十分大国であったため15年でも綿密に準備された壮大な陵を残すことができたということでもあるのだろう。

思ったよりもあっさりとした展示だった。何故か中国人の一団が見物に訪れていた。恐らく大宰府とパッケージでの観光ツアーなのだろう。中国人でも始皇帝陵の出土品現物はそんなには見る機会がないのかもしれない。
こんな風景を見ているとこの博物館の”アジア視点の博物館”という設立当初のうたい文句が真実味を帯びてきたと思えてくる。福岡というところは大昔よりアジアとの接点で生きているのだろう。

見終わっても色々考えが広がっていく、ケガで行けるところが限られるというのも存外に悪くない気がしている。

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2016年4月27日 (水)

桜図を智積院で見る

 6年位前に東京で長谷川等伯展を見た折に夭逝した息子の久蔵の桜図のことを知ったが残念ながらその時は展示されておらず見ることはできなかった。
今回の京都旅行では修学院離宮と桂離宮の見学予約はあったが他の予定はこれというものがなくて、丁度いい機会だ、これを見てみようという気になった。桜図は智積院に等伯の楓図とともに展示されているという。
別に大徳寺聚光院の狩野永徳の国宝襖絵の特別公開もありこれも見ることで予約して、国宝障壁画を見る京都の旅の様相も出てきた。京都は見るべきものが多い。

昼過ぎに新幹線で京都について荷物をホテルにおいてその足で智積院に回る。駅からはバスで10数分だ、近い。
国宝となっている長谷川等伯・久蔵親子の障壁画は秀吉の愛児鶴松の供養のため建立Chisyakuin2 された祥雲寺の客殿に飾られていたものだった。一方、智積院は元々紀州・根来山の真言宗の寺だったが秀吉と対立、焼き討ちにあって高野山に避難していたところ関ケ原の戦い後に勝利した家康から秀吉ゆかりの寺院の土地建物を譲られ現在の場所に再建された。その中に秀吉が鶴松の供養に建てた祥雲寺が含まれていたことから、これらの障壁画が智積院に伝わったという経緯がある。いかにも戦国の世を生き抜いてきた絵ということになる。昭和27年に国宝に指定されている。
智積院ではこれらの障壁画は智積院の大書院を飾っていたが現在は堅牢な収蔵庫に保管してあってこれを見る形となる。1682年と1947年の2度の火災を辛くも逃げ切った絵をもう焼くような恐れのあるところには置けないということだろう。大書院の配置と同じく等伯の楓図と久蔵の桜図が並べて展示してある。

等伯の松に草花図などをぐるリと見て、桜図に至る。柔らかい。花は八重桜でつぼみをSakurazu 持つ花の形がちょっとパターン化した感じのあるところがまだ若い気もする、桜の幹がいい、人間的で柔らかい。左に置かれた等伯の楓図の鋭さ突き刺さるような容赦のない勢いとはあまりの対照を見せる。久蔵が生き延びていればどんな絵が残されていっただろうか。(桜図は
「京都で遊ぼうART」より転載)。
智積院でもらった説明書きでは久蔵が亡くなったあと等伯はその死を悼む気持ちを込めて楓図を描いたとなっているが秀吉の命で桜図と楓図は同時期に描かれたはずで、やや合点が行かない。しかし楓図を見ているとその鋭さにどうしてもそう思いたくなるのは間違いない。もしかしたら
Chisyakuin事実はそうかもしれないとも思う。
桜図は思っていたよりずっと柔らかかった、優しい親子関係を見るようなこの一対の絵は思いを400年前の時空に走らせてくれるところがあって、それもこの絵の価値を高めているような気がしている。

  やっとひとつ宿題を果たしたように思いながら収蔵庫を後にして智積院の大書院を見て回る。利休好みの庭もいい感じでさすが京都の名刹だ。

1日おいて大徳寺聚光院で特別公開の狩野永徳の襖絵を見に行く。等伯・久蔵よりは僅Jyukoin かに前の時代を走って織田信長・秀吉の命で多くの仕事をなした。明らかに時代を代表する絵師だったが、等伯・久蔵の絵を見たあとではどうにも迫力に欠ける思いがする。生き生きしているが写実が今ひとつ不徹底の感がある、そうであってもよく描けた襖絵であることには違いない。(図は「京都春秋」のページより転載)。

Yaezakura それにしても京都には立派な障壁画が方々にある。乱世が終わり城郭や寺社の建築ラッシュの時期となって、襖絵の需要が一気に高まりあちこちの襖を高名な絵師が埋め続けた、そんな時代が切り取られて残されているようだ。絵師にはいい時代だったのではあるまいか。

今という時代はどうなのだろうか、何が切り取られ残されていっているのだろうか。

(修学院離宮近くの民家の八重桜、久蔵の絵に似ている)

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2016年4月25日 (月)

桂離宮を見る

紅葉の桂離宮見学は抽選で負けて果たせなかったのもあり、空いてくる桜の季節の直後を狙って、修学院離宮と同日に両方を見学できる空きのある日を探して、やっとの思いで見学許可を取得した。色んなことがあって3カ月が過ぎその日がやってきて京都に出かけた。
1日に両方を見るのは効率いいと思っていたもののやはり疲れる。
修学院離宮見学の後、中間の四条の祇園辺りでランチを食べ多少散策して14時30分Katsurarky8 からの桂離宮の見学に向かった。
阪急の桂駅から歩くほかないのかとバス道に沿って歩き始めたところ目の前のバス停にバスがちょうど来て桂離宮口にもいくという。ほっとしてバスを利用する。Yahooの経路検索ではバス利用が出てこなかったので歩くほかないと思い込んでいた。広い無料駐車場があるのでクルマでこれればそれが一番のようだ。
4月から桂離宮の案内となったばかりという宮内庁の案内担当の方から説明を受けながら回る。とにかく忙しい。見るべきものがたくさんある、建物も石組も庭も歩を進めるごとに意匠が移ろっていく。見落とすまいと写真を撮っていると遅れて説明も聞けなくなる。客へKatsurarky3 の庭の見せ方がいちいち凝っている。例えば目隠しとなる生垣が上手く配置され視界を遮る松が植えられたりもして、開けてところに出た時の驚きを印象づけるようにしつらえてある。敷石が美しかったり、ツツジの配置が心地良かったりもする。

松琴亭というところに行く。デザイン的に目を引く襖、開け放てば柱だけのようにもなるスケスケの構造、はかなくも脆い。桂川のたび重なる氾濫にも耐えてよくここまで生き残ったと思う。
日光東照宮が作られたちょうど同じ時期に造られた、というがその粋さというか東照宮とは対局の軽妙さ、遊びがいちいち目を引く。
Katsurarky6 賞花亭という東屋ではすけている下地窓の棧の影が畳に落ちる様も面白い。ここまで仕組んだわけではないのかもしれないが、ほかではこんな様は見られない。
八条宮が細かく指示してこの離宮は造営されたと言われる。相当に思い入れがあったようだ。簡素なようで細部には異様ともいえる手のかけようがみられる。ひ弱な建築物だがいとおしさがある、壊してはならないという空気が取り巻いている。天皇家の雰囲気がある。

Katsurarky9 神社のような直線の美しさ清々しさと工芸の巧みを見事に取り混ぜて頗る頗る日本的な建造物だ。矢張り見るべき造形だった。

忙しい見学時間がたちまち過ぎ去り、駐車場辺りに待機していると教えられた客待ちのタクシーの姿ももうなく、とぼとぼと桂駅まで歩いて戻る。少々疲れた。印象が溢れていて纏まりがつかない、何回か訪れてみねば、とも思いながら歩く。しかしともかく九州からは遠い、それに体力もいる、もう多分来れないだろうな、見れただけでも上出来だな、そんな風にも思って桂駅を後にした。

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