2023年5月30日 (火)

古代エジプト美術館展を見てエジプトの謎を感じる

古代エジプト美術館展というのが福岡アジア美術館で開かれていてもう終わりそうなので一週間前位に見に行った。美術展ではなく美術館展というとおり渋谷の古代エジプト美術館の収蔵品の展示という形だ。ほんとなら今頃はエジプト・トルコツアーに出ていたはずだが、随分高いのもあって申し込んだものの何もこんな円安の時にと思い直してキャンセルした、その記憶がまだ新しく、エジプトとあると見ておきたくなる。
クルマをリバレインの地下駐車場に入れる、ちょっと厄介な駐車場だ、久し振りだ。エレベータで7階まで上がって入場券を買うのだがここはキャッシュレスにとスマホで掲示されたページへアクセスして進めていた、しかし入力に要求される項目が多く小さいスマホからの入力が押し間違いばかりとなって遂にあきらめてキャッシュを払って入場した、カード払いもできない。勿論放送大学の割引が効いて学生料金で割安なのだが、何でEgypt0230522 現金のみ?、何だかなあと感じてしまう、頭の固い人がやっている美術館の気がしてくる。
展示は小さなものがいろいろ並べてあり紀元前35世紀位のもの(添付左)からあるが、大半は紀元前10世紀位の様だ、見ていくとどうも出土年代表示がきっちりしない感じがする。時代を追った展示にもなっていないのでちょっと見にくい。出土状態から年代を読むことができにくく、同位炭素で測れるような木製も少なくて、デザインにも大きな違いないため年代決定が難しいのかEgypt1230522 と想像してしまう。展示の中で引っかかるのはハヤブサだ(添付右及び左下)。鳥の中でもハヤブサに特別の意味を込めていたのが伝わってくる。もっと大きな猛禽ではなく何故ハヤブサなのか、いくら考えても分からない。チャットGPに聞いてみても「他の大型の猛禽には同じような特別な地位が与えられなかった理由は、具体的にははっきりしていません。」とあっさりで、解らない。
象形文字も非常に長い間同じ様な表記で引き継がれているようだ、何だか進歩が意図的に止められていた社会のような気もしてくる。それは何故なのか。
やはりエジプトは謎だ。円安も終わったころにでも元気が残っていればやはり行くべきところの様なEgypt2230522 気がしてきている。この世のすべてを見ることは不可能とはわかっていても。

 

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2023年5月27日 (土)

九州国立博物館のアールヌーボーガラス展を見る 

欧州のガラス工芸の源流、紀元前14世紀のエジプトのコアガラスの手法で作られた脚杯(左下図)から始まるガラス工芸の展示がアールヌーボーガラス展とKoaglass0501a銘打って九州国立博物館で開催されているというので、5月の初めに見に行った。この時代にこんなものまで、と思うほどに古くからガラス細工の工芸がエジプト・中東・欧州で作り続けられてきているのに驚かされる。現代でも通用しそうな装飾も2000年前には作られている(右下図)。見ていくとこの長い歴史の上に19世紀末から20世紀初頭のアールヌーボーの時期にエミールガレやドーム兄弟による燦然たるガラス作品が生み出されてきたというその流れが理解できる、そういうことだったんだとの感がある。更にあのパリコミューンを生むことに至った普仏戦争によりガレやドーム兄弟の故郷の地はドイツに奪われるが却ってそれが彼らの作品Koaglass0501bを生み続ける強い意志をもたらすことにもなっている、驚くべき歴史だ。そんな戦争に明け暮れた欧州の雰囲気が今のウクライナ戦争にも漂っているところが見えてきて現代的な問題につながっているように感じられるのも面白い。

さてエミールガレだ。ガラス工芸の技の極致を駆使してガレは表現しているように見える、半端でない。ジャポニズムにも傾倒し伊万里焼風の作品もいくつか残している。昆虫や草花をデザインに取り入れることで他には見られない作品群(例えば左下図)を残してもいる、多才だ、圧倒的だ。
Irisbud0501g1a ーム兄弟の方はガレとは違って大衆化の道を進めたように見えてしまう、芸術性より日常使いの美しいガラス器を多く生み出しているように見える。それにしてもなかなかの展示だ。

見終わって、ベネチアがガラス工芸を誇り薩摩が切子を生んだ歴史の展開がやっと少し腑に落ちた気がした、そこには強いアイデンティティへの意志があったのだ、見るべきものは見るように努めねば、そう思う日々だ。

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2023年5月25日 (木)

福岡市美術館でミュシャ展を見てジャポニズムを感じる

5月は少し気になる展示がいくつもあって、見なくっちゃと思っているうちに会期末が迫ってくる、今日は最後の福岡市美術館で開かれているミュシャ展を何とか見に行った。今回の展示は膨大なミュシャ作品を所有するチェコのチマル博士のコレクションから厳選したものの巡回展という。
ミュシャというとクリムトの頃の画家というくらいの時代認識しかなかった、確かにそうだがクリムトとは道が少し違ったようだ。年代を追うと、ミュシャは挿絵で生業を立てつつMyusyaa1 あった頃の1894年、女優サラベルナールを描いたポスター「ジスモンダ」で一気ににそのスタイルを確立してブレークしている。展示されている「ジスモンダ」を見るとその太い外形線にはどうしても日本の浮世絵の影響を感じてしまう(左図)。ついこの間九州国立博物館のガレ展で見たエミール・ガレのこの頃のガラス作品にも日本の伊万里焼の影響が濃い作品が展示されていたのを思い出した(右下図)。ジャポニズムという当時の文化的風潮が新しい芸術運動の核心部にあったことをあらわしているように思えてしまう。アールヌーボーの時代とはそういうことだったのだ。
ミュシャの作品の多くはリトグラフで印刷されたものだが、19世紀末から20世紀初めの時代にこれほどカラフルな印刷物が世間に流通していたことにも驚きを覚える、ハーフトーンを含めて発色がよく今の時代にも退色していない。
絵画を芸術という象牙の塔から広くあらゆるところに解放していく、そういう動きを切り開いていったミュシャという人、多才Galleimari という言葉だけではとてもカバーできない大きなインパクトを後世に与えているようだ。見れてよかった。

生きていて見れること感じれることには限りがある、でも、見たいものは見、知りたいことは知り、水のように自由な時間を過ごしていきたい、そればかりを思うこの頃だ。

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2022年10月27日 (木)

写真展「祈り・藤原新也」を見る

藤原新也という写真家がどうにも気になっていた。東京漂流という本がでたあたりから、自分の活動範囲の中に引っかかってくる写真や文が幾つもあるような気がしていた、少し前まで日本野鳥の会が発行していた『Toriino』にもレギュラーとして写真と文を毎回載せていたのもある、何かがある。
北九州で「祈り・藤原新也」という写真展が開かれていてもうそろそInori1ろ終わりそうだというので思い立って出かけた。小倉には殆ど行ったことがなくとにかく車で走って近くの駐車場に入れればいいのだろうと走り出した。リバーウオークというビルの5階の北九州美術館分館および近くの北九州文学館に分かれて開催されている、ちょっと厄介な気もしていた。道が混んでいて予想した1時間半では着かず2時間弱かかってしまったがとにかく安そうなコインパークを見つけて車を置いて会場に入る。それほど混んではいない。分館の方は写真撮影可で、これはというものをパチリパチリ撮りながら進む。
始めのインドの写真から厳しい写真だ、もちろん手持ちでピンが緩かったりは問題にならない。路上で書も書いている。多才だ。よくこんな生き方の世界に入り込めたと思う。最初のインド行は朝日新聞のプラン募集に応募したのがきっかけだったとどこかで読んだ。それがすべての始まりだったのだろうが、芸大油絵に初めての受験で合格するあたりから何かが起こっていたとも思える。とにかく持っている人だ。北九州という土地が生んだ松本清張や火野葦平とどこか通ずるところがあるような気もしてくる。博多にはないまじめさというか。フワフワしたところがない。深く突っ込む。最初のインド行では自分のカメラを持っておらずお兄さんのペンタックスSPを借りて旅立ったともどこかで読んだ。その写真を当時のアサヒグラフが特集したのはその見方視点の故だろう、テクニックから写真入る人にはないものを持っていたということなのだろう。
帰って東京漂流を図書館から借り出して読んでみる、思っていたより写真がない、ほぼ文字の本だ、読んだことがない文章だとも思ってしまう、東京漂流から転載された写真を見て印象に強く残っていたということだろうか、でも、感じるところの多い本だ。

いい写真展だった。流れるように生きてきた空間は過ぎ去っていく、見たいものを見、感じたいところで感じる、こんな生き方を続けていくだけなのだろう。

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2022年8月26日 (金)

九州国立博物館で琉球展を見る

今年は沖縄返還50周年という節目の年ということで、朝ドラをはじめ沖縄の文字があちこちで目に付く。沖縄には何度も遊びに行ったが、いいところだ、暑いがなぜか爽やかな印象が思い出される。今はコロナで旅行に行くのもためらいがある、しょうがない。
太宰府にある九州国立博物館で復帰50年記念の琉球展が9月4日まで開かれていて気になっていたが、そろそろ行かねば終わりそうで出かけた。
コロナで博物館のレストランやカフェは皆クローズしていて、食事をしてから訪れるほかない。以前よりちょっと面倒になっているがこれもしょうがない。Ryukyuu2022
ここは放送大学の学割が効いて入場料は今回は900円引きとなる。こんな割引をいくつか使うと放送大学の学費は実質的には随分と負担が小さい。
中は混んではいないがそれなりに人は入っている、しつこく見る人が目立つ。国宝が幾つもあるがそれとは別におやと思うことがいくつかあって面白い。例えばひらがなだ。中国と冊封関係になる前は文書はひらがなが正式だったことを説明文で知る、驚きだ。ひらがなが確立したのは平安時代10世紀のころだからそれが伝搬したと考えるのが普通だが、日本国内では公文書は漢文そうでない文学的な文書はひらがなという住み分けがされていて琉球国のように公文書までひらがなとするには至っていなかった。琉球の方がより日本的だったということになる。やはり琉球で使われていた言葉を書き写すにはひらがなが最も適していたということなのだろう。本土との文化交流は思っていた以上に古くから密だったように思えてくる。展示場に入ってすぐのところに 梵鐘が展示してある。15世紀に琉球王の尚泰久の命で作られた鐘で万国津梁の鐘と呼ばれているという、日中両国をつなぐ海洋国家琉球の位置づけを漢文で刻んでおり、王国としての気概を示す鐘となっていたようだ。梵鐘製作は梵鐘研究家によれば筑前芦屋の鋳物師によるものと推定されているようで、福岡とゆかりの深い梵鐘ということになるのだろう、こんな風につながっているとは思ってもいなかった。
つらつらみていくと、日本人のルーツに関する展示がないのが気がかりになった。10万年前アフリカを旅Bonsyoryukyu21a だって地球上に拡散していった人類は日本には北、西、南の三方からたどり着いたとされる。南のルートはすなわち沖縄ルートでありここに日本の文化の源の痕跡が残されているはずだ。石垣島では近年2万7千年前の旧石器時代人の全身骨格が10数体発見されておりそんなことも今回の展示で紹介されていても良かったのではないか、そうも感じた。和歌の歴史も南アジアに広がる歌垣の風習が琉球経由で伝わってきた結果なのかもしれない、琉歌があって和歌があったそんなことも考えてしまう。

コロナが収まればまた沖縄に行ってみよう、やっぱりそう思っている。

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2022年6月13日 (月)

東京はもう体がもたない

久し振りに東京へ出かけた。同期会に出席するためだが、昼食会で十分帰れそうなので日帰りとした。一泊して東京の街を興味に任せてブラブラするのは疲れ切るのが見えている。航空機で日帰りというのも贅沢だが、コロナでマイルの期限延長があったようで大分マイルが残っていてこれが消えないうちに使ってしまおうとマイルで行くことにしたため金銭的な負担は考えなくてよくなってこうしてしまった、というのが正しい言い方なのだろう。
それでもせっかくだからと少し早めに行って見れるところを見てみようと、始発の次の便(7時35分福岡発)で東京へ向かった。3年ぶりということもあって空港の勝手にも思わぬことがあるかもしれないと余裕を見て6時にタクシーを予約しておいた。思ったよりも早く30分位で空港に着いてしまい少々時間を持て余し気味だったが遅れるよりは何倍もいい。機体はエアバスA350-900だ、初めて乗る。主翼から少し離れた後部の窓際の席としていたが可成りうるさい。エンジンの後流がこの辺りの胴体にかすっているのだろうか。イヤホンをしても音声が聞き取りにくい、こんな経験は初めてだ。そうはいっても新しい機体だ、モニター画面には尾翼につけられた機体カメラの映像が見れたりして面白い、音楽はまともに聴けないのでこればかり見ていた。A3509000610a
予定通り9時10分ごろ羽田に着く。予定はしていなかったが昭和島の水処理センター屋上のコアジサシがもう来ているころだろうとモノレールの昭和島の駅で降りてみる。東口の通路を出て見上げるがツバメが飛んでいるくらいでコアジサシはさっぱりだ、昭和橋のところまで行ってみるが同じでむなしく引き上げる。ここにはもう来なくなったのだろうか。時期が僅かにずれているのかもしれない。
浜松町のそばにある芝離宮公園もまだ見たことがなくて訪れてみたいが時間が少ない、眺めるだけでもと思う。展望所があるはずと駅の案内の人に聞くがよくわからず北口から出て直ぐ右の建物の3階から眺めてみる。どうということもない。無駄な時間をいくつも使ってしまったようだが如何にも旅らしい。当初の予定に従って京橋にあるアーティゾン美術館(旧ブリジストン美術館)に向かう。
東京駅地下から八重洲の地下街を通るが随分久しぶりでこんなに店が多かったのか、ととまどう。以前東京駅で感じていた洪水のような人の流れではないが矢張り人は多い。人に尋ねたりしながら思っていたよりも大分歩いてやっとたどり着く。ここで写真と絵画の響きあう展示が開催されているというのをネットで見つけて見てみたいと思ったのがそもそもの訪問動機だ。久留米の石橋文化センターから移された収蔵品もどうなっているのだろうと気になったのもある。
事前予約で放送大学の学生として予約しておいた、学生は無料だ、予約コードと学生証を見せて問題なく入館する。6階までまず上がるという順路になっていて、「写真と絵画ーセザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策」という見たかった展示の部屋に入る。それ程人は多くはない、丁度見Artizon0610a やすいくらいだ。絵画的つくりの写真だ。静物画の様な写真でなく水の流れや森の奥行や、それが絵画のように示される。撮れそうで撮れない写真のように感じる。絵を描くために撮った写真というものとは明らかに違う、そのものがある。作品の撮影は基本的に自由なので気に入ったものを持ってきたコンデジで撮っていく。こんな美術館も日本では珍しい。思った通り見るべき展示だった。
5階ではTransformation 越境から生まれるアートという絵画中心の展示ですらすらと見ていくがザオ・ウーキーの現代アートがいい。ザオ・ウーキーの名は知らなかった、1920年中國北京生まれ、9年前に93歳でスイスで亡くなっている。フランスに移住して活動していたが米国のジャクソンポロックなどの抽象画家の影響も大きいようだ。この美術館は彼の作品を数多く所蔵しているらしい。確かにいい絵を描く画家だ。
その他所蔵絵画の展示が4階に展開していてこれも見るがさすがに疲れてきて適当になる。
東京をめぐるのは今や体力勝負になってしまったようだ、たった3時間でもう足に異変を感じるほどだ。ともかく新橋の同期会会場に向かう。久しぶりの雑談をしこたま交わして4時ころまた羽田へ向かう、計算よりやや早めについて予約の便よりひと便前のに変えてもらって乗り込む。またA350-900だ。結構乗っている。機内で空弁を食べた後トイレに行くと、あまり居心地の良いトイレでもない、とにかく狭いし787のようなウオッシュレットでもない。少しでもたくさんの客を乗せエアラインの利益の上がる機体にすることに徹しているような造りだ。こうなっていくのがこの時代なのかもしれない。

久しぶりの東京は、ともかく疲れた。今現在の自分と世の中の関係を見せられたような気がしてしまう、体力的にもうついていけないかな、そう思ってしまう。たまにはこんな旅も必要なのだろう。

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2021年11月19日 (金)

堀文子の「ホルトの木の下で」という本を暫く読んでいた

たまたま見つけて読み始めた。自伝だ、面白い人生だ。堀文子は全く知らない名前の日本画家だったが、書名のホルトの木というのがちょっとひっかかって開いてみたら少し面白そうなので借りて読みHoruto 始めた。ホルトの木はあとがきになって初めて登場する。晩年、自宅前の屋敷にある樹齢500年にも及ぶホルトの木が屋敷ごと売却されて切り倒されることになったのに怒ってついにその木を土地ごと多額の借金をして買い取った、老後のためとの蓄えもすべて注ぎ込んでしまった、という木にちなんだ書名だった。命に対する尊敬が根本にある。
やりたい放題の彼女の人生を可能にしたのが絵の道だったと読めてくる。人との出会いが新しい展開を次々に生み出していくが、出会いのすべてが絵から発している。
堀文子は42歳で夫を亡くして一人になると3年に及ぶ放浪ともいえる海外への旅を始める、そしてそれはついには言葉は全く話せないイタリア・トスカーナ郊外にアトリエを手に入れそこへ日本から年数回通う生活を70才頃に始めることにまで至る。それは80歳半ばになっても続いている。絵を描くために旅に出るという視点があれば、どこへでも出かけられる、そんな気がする。そこには自由がある。

ちょっと出かけて景色を見てそこでスケッチを始めると、非日常の風景を前に自分の時間が取り戻されていくのを感じたことは自分でも毎度のことだ。絵を描くという行為をもっと突き詰めたかった、そう思い始めてしまう。
堀文子のトスカナ―ナのスケッチを集めた本を借りてきて見ている。ところどころに朱灰色といった色の書き込みがあったりして、ああ時々自分もやるなあと思ってしまう、生々しい。しかしとてもこんなにきっちりは書けない。

どこか羨む気持ちがある、あるがままを受け入れTosukana 水のように生きる、それで十分ではあるが。

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2021年8月31日 (火)

九州国立博物館で「皇室の名宝」を見る

少し前のことになるが、8月の初め 九州博物館で皇室の宝の展示が行われているというので出かけてみた。皇室の宝ならば3種の神器とは言わないまでも奈良時代以前の宝くらいあるだろうと期待Koushitsutakara していたがそんなものはなかった。
9時半頃九州国立博物館に向けて自宅を出発、雨が降りかかっていたが予定通り じきにあがる。野多目から高速に乗るが、入り口までが混んでいる、いつもこうだがなかなか改善されない、兎に角40分後には博物館に到着する。駐車場はそれなりにクルマがいて、建物に入るとコロナ対策は前のままで密にならないように誘導される。切符売り場までくると高齢者の割引は無くなったとある、収入の大半がその年代から得られる展示ということかもしれない、コロナで来場者数は見込めないということもあるのだろう、何とは無しに世知辛い。ちょうど1階フロアに常設展示されている飾り山笠が、今年の天神流れのものに展示替えをしているところだった、こんな高所作業かとちょっと面白い。長いエスカレータを上がって皇室の宝の会場に入る、予想通り高齢者だらけで時々夏休みの子供がいるくらいだ。満員という程でもないが結構入っていて展示に沿って一列でゆっくり眺めながら進んでいく。皇室に献上(寄贈)されたものが最初に出てくる。明治以降のものだが流石と思わせるものばかりだ。とりわけ工芸品が立派で象嵌細工はみごとというほかない。九州にちなんだ品が中心ではあるが十二分に見ごたえがある。
勿論古い美術品も色々ある。小野道風の書もあってじっくり眺めるが言われるほどには立派な書でもないと思ってしまう、説明を見ると下書きだという。却ってそのくらいの方が人間味があってリアルだ。国宝の若冲の絵も何枚もある。若冲の現物をまとめて見るのは初めてかもしれない。確かに巧みに描かれているが、装飾性が強い。ズズメの群れなどの絵を見ても現実とちょっと違うようなところが目についてスケッチをまじめにやっているとも思えない、図案集を見て書いている感じがどうしてもして、工芸品としては勿論一流だが芸術性はいまいちと思えてしまう。同じ国宝でも等伯の松林図屏風などとは比べるべくもない。

考えてみると日本の美術品は工芸的なものが素晴らしくここが特に優れているということかもしれない、実用の中で光る美しさということだろうか。現代のもの造りにつながる伝統を感じてしまう。


それにしても、皇室には例えば天皇家のふるさとは本当はどこなのかといったもっと古代史を解き明かす宝が色々ありそうに思えるがそれは公開されないのだろうか。イギリス王家などより遥かに古い起源をもつ現存世界最古の王家の本当の歴史は世界史的にも貴重で人類で共有さるべきもののように思えてしかたがない。

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2021年2月14日 (日)

コロナがなかなか収まらなくてスーパークローンを見に行く

県外への不要不急の移動には心理的な抵抗があって自宅から10km圏内で動いている。食料品の買い出し以外は全て不要不急となる生活がもう長い。そもそも生きていて不要不急でないことなど実はそれほど多くないのではとも思っている。
数日前大野城心のふるさと館でやっている東京芸大のスーパークローン文化財の展示を見に行った。勿論不要不急だ。2年くらい前から全国のいろいろなところで行われてきた展示会が福岡にも回ってきたということのようだ。

東京芸大を中心に行われた国宝など貴重な文化財の3Dコピーという展示だが、質感や細部の忠実な再現に、レーザースキャン3Dプロットに加え職人の技術が惜しみなく投じられ多大な努力が払われていて実現したもので単なる複製とは全く違う。この技術を用いて法隆寺金堂壁画のような失われKuroon1  た文化財の高精度の再現も可能になっているようだ。
日本の文化財としては法隆寺の釈迦三尊像と金堂壁画の主要部が展示されていたが圧倒される。優しくなら触っても良いとあり、触ると壁画のザラザラ感が伝わって来る。切手にもなっていた観音像の壁画もある。どう見ても本物と思って見てしまう、1300年前のものとはとても思えない気品がある。これを失ったことの無念さが改めて感じられる。
こんなことができるのなら、誰も見たこともないとすら言われる三種の神器も、再現されたものを直に見て見たいとも思う。それができるようになるまでどれほどの時がいるのだろうか。
Kuroon2 煌莫高窟や高句麗古墳群江西大墓壁画(現北朝鮮)の再現展示もある。簡単には見ることのできない文化財が触りもできるという展示には素直にありがたいと思う。ただ、見上げると洞窟の天井までは作られていない、徹底が足らないとも思ってしまう。そんなものなのだろう。
お昼になり、この会場の横にあるカフェコーナーでパンケーキの昼食とするがきっちり30分待たされる。如何にもお役人の経営だ、ひどい。

大野城市に来たのだから、せっかくと思って牛頸ダムの野鳥ポイントに回る。ベニマシコ狙いだが出ない。声はするような気がするがベニマシコの地鳴きとホオジロの地鳴きがもはや区別がつかずよくわからない、ベニマシコに暫く出会わないとこんな有様だ。

不要不急だらけの日常が続いていく。コロナはこのまま終わりが来ないかもしれない、そんなことすら思ってしまう今日この頃ももはや普通のような気がしてきている

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2020年2月25日 (火)

太宰府の梅と博物館とと

 


このところ晴れの日がやっと多くなった。もうこの先雪はないかもしれない。

太宰府の梅をもう見に行かねば散ってしまうとせかされるように出かけた。
初めは梅だけのつもりで走り出したが駐車場として使おうと思っていた博物館の駐車場に着くと思いのほか混んでいる。ウイルス騒ぎにもかかわらず博物館の催しに出かける人が多いようなのが予想外だったこともあり、何とはなしに博物館を見てから梅見と変わっていった、こんなテキトーな生き方がいい。
Furansu0220a開催中の 九州国立博物館の特別展示は「フランス絵画の精華」という東京ー福岡ー大阪の巡回展だ。印象派以前のフランス絵画を世界各地の美術館館から集めて展示してあるいう、一見の 価値のある催しのように思える。勿論見る価値のないと言い切れるものなどめったにないのだが。
放送大学の学生証を見せると700円で入れる、高齢者割引の更に半額だ、気楽だ。観ていると 咳をする人が時々いたりする。密集状態で絵を見たりするのだから新型コロナウイルスの感染はいかにも危なそうだ、殆どがマスクをつけている。 年齢層もクルーズ船の乗客と同じくらいの感じだ、どうしても気になってしまう。感染騒ぎがさらに拡大すれば そのうち展示も見れなくなるかもしれない、今の内ということもある。
展示の方は描写に力のある絵が多い。大抵が肖像画であったり神話や古代の物語であったりしてどこか縁遠い題材の絵ではあるのだが細部にリアリティがあってついついじっくりみてしまう。とても自分には描けない、プロフェショナルな圧倒的技量を感じてしまう。(左図は撮影可となっているヴァトー作「ヴェネチアの宴」)

太宰府天満宮の梅の方も、ちょっといい。盛りは過ぎているがそれぞれの木の手入れが良くて品良く咲き続けている。中国人のツアーが来ないぶん混雑が和らいでのんびり観れる。お石茶屋の先までゆ っくり歩いてまた戻ってくる。梅は桜のようににぎにぎしくないのがいい。
目白があちこちの枝に来ていたり、不思議な声で囀るヤマガラが現れたりする、鳥も楽しい。いい日和Dazaifu0220a だ。梅ヶ枝餅を2つ買ってお茶屋の外の縁台で食べる、平和だ。

思えば豊かな時間というのはこんなふうに過ぎていくのだろう。贅沢だ

 

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