2024年7月 1日 (月)

今年も1年ぶりの東京へ行ってみる

梅雨末期の豪雨のような雨の日 1年ぶりに1泊2日で東京を訪れた、6月28日のことだ。卒業50数年後の同期会が2つあってそれに出るためだが、そのほかにも福岡からでかけるのもあって、せっかくだから見ておきたい、というのが幾つかあった、都知事選の様子とデ・キリコ展、それに勿論東京の変わSinjyuku っていく様も知りたい。
羽田に到着後一つ目の同期会の会場目指して京急経由山手線新宿駅に向かった。渋谷の変貌も気になったが電車から眺める限りではパッと見た目工事中という雰囲気は感じられず変貌も一段落のような感じが感じられる。新宿に着いて地下通路を西口のほうに来ると工事中の白い板張りばかりが目立ち地下通路も迷路化している印象がある。地上出口を探して地上に出るがひどい雨で出口からほのかに眺めるほかない、西口広場全体が工事中で姿を変えようとしているしスバルビルが消えて見慣れないビルの姿が見えたりで昔の西口の印象から随分変わってきている気がする。そうか新宿も変貌中なのか、とまた地下に戻って小田急で会場へ向かう。建物のような入れ物は変わり続けるようだが、大勢の人が東へ西へ南へと縦横 に動き回るさまは何だか変わりない。
Senkyo 都知事選の方は翌日上野あたりでポスター掲示板を探したが見つからずやっと東大正門前まできてお目にかかった。第一印象はひどい選挙だ、というものだ、真面目に都知事を目指しているのは3-4人位しかいないのではないか、掲示板の必要がどこにあるのだろうか。民主主義の制度・やり方をすべからく見直すべきフェーズに入ったとこの掲示板が示してくれるように感じてしまう、そうなのだろう。掲示板以外に選挙の雰囲気はどこにもない、これは現職有利かな、とりあえずそんな風に感じる、期待したほどの見ものではなかった。
宿は銀座から築地エリアに寄ったところにあるロボットホテルを予約していた。気楽で朝食が付いたりするのがいいのだが、それがいいのか中国人の客が多い、だからといってどうということもない、同じようなものだ。円が安めに安定してもっとたくさんの中国人がこんな風に訪れてくれば国民間の変な誤解が薄らぎ安全な世界に近づけるのではないか、そんな期待が頭をかすめた。
東京都美術館のデ・キリコ展は事前に予約で切符を買っておいたのもあってスムーズに入れたが、量が多くてちょっと疲れた。いわゆる形而上的(Metaphysical)絵画が中心となる、事前に思っていたほどには現物に接すると違和感がない。面Chirico 白いというより人間の本質にはこんなところがあるということを感じたそれをそのまま素直に絵にしただけかな、と思ってしまう。個人的には最初の自画像、Metaphysical Muses あたりが気に入っているが、とにかくこれくらいまとめて見ると堪能したと言いたくなる。
同期会の方はいずれもそろそろ年限に近づいている感がにじんでいて、もうほとんど参加することに意味がある状態に達しているように思える、いつまでもはもう出れない。
 
今年も感じることが多々あった東京行だった、眺め続けることは、面白いことだとつくずく感じる、それがいい、また来年も。

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2024年6月27日 (木)

ホタルは非日常に満ちていて

ホタルを見に、毎年のように行っていた那珂川の中ノ島公園を6月19日に訪れた。関東で那珂川というと栃木北部から茨城を抜けて太平洋にそそぐちょっと大きな川のことだがここ福岡では背振り山を発して博多湾にそそぐ川のことを言う。古代の 儺県(なのあがた)(魏志倭人伝に登場する奴国につながっているとされる地域)を流れる川 の意の、儺が川 が語源のようだ。呼び名からも長い歴史を感じてしまう。中流域にある川の緩やかな蛇行を利用した公園が今回の帆とる見物の中ノ島公園だ。夏至のころだから午後8時くらいになってやっと暗くなる。夕食を終えて一息入れてこれるので来やすい。駐車場もわずかに離れたヘッドライトが気にならないあたりに準備されている、那珂川市の市域で福岡市のようにクルマに冷たい行政ではないように感じられるところもいい。
去年はコロナの余波がまだ感じられて訪問に抵抗感があったが今年はそんなことはない。
いつも見る橋を渡った北側の奥で見る、それほど混んではいない。ホタルはいつものようにしっかり飛んでいて見飽きない。
飛んでるところを撮影しようと一眼レフと三脚を持ってきたのだが、シャッター開放のセッティングが暗闇で思うようにできず、ISOを上げて普通に暗めに写す羽目になった、準備はしてきたはずなのにいざとなるとうまくいかない、こんなことが少しずつ増えてきた気がする、年を取っていくということはこういうこHotaru0619ba1 となのだろうと思っている。撮れた写真を後で見てみると眼で見た感じと割と近い。飛行軌跡を後びかせる写真が一般的だが見てる時は動きはあるがそんな後引きは見えない。こんな写真もまた味がある。
2-30分くらい眺めて引き上げる。駐車場は無料だが一応駐車券が発行されて帰りにこれでゲートを開けて出るようになっている。出ようとするとポケットにしまい込んでいた駐車券がよれてしまって機械が認識しない、困った、いったん後ろの車に下がってもらって列を離れて駐車券を手でしごく、これしかやれることがない。やれるだけやって機械に入れると今度は何とか認識してゲートが開いた、何とかなったがこれは怖い。
 
やはりホタルは非日常に満ちている、そこがいいような気がしてきている。来年は何が起こるだろうか。

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2024年6月24日 (月)

香春の採銅所に古代の先端技術を感じて

筑豊にあるKawaradka 香春岳は全山石灰岩の山で戦前からセメントの原料として削られてきた。そびえていた主峰一の岳は映画「青春の門」に撮られたころまでは未だ一応山の形があったがもはや見る影もない。香春は先祖代々の地でもありこの山については調べなくてはと常々思っていたが思うに任せず、手始めに引っかかっていた香春岳の採銅所を少し調べてみた、奈良の大仏の銅はここからきているという言い伝えをどこかで聞いていた。郷土史誌「かわら」の採銅所特集号など読んでみたが、奈良の大仏の銅に香春の銅が使われたことは当時の状況からそうとしか考えられないがきっぱりした書き物があるというわけでもないようだ。しかし東大寺の記録である「東大寺要録」には大仏の銅には西海の銅を使ったとあり、当時の西海は九州のことを指すと考えるのが順当と思われる(当時の行政区分である西海道は筑前豊前他九州島内の九国及び壱岐対馬のことであった)。香春は豊前国に属しており、当時有力な銅山であった香春の銅が使われたと解するのが普通の読み方なのだと思われる。いずれにせよ大仏には500トンもの銅が使われており、当時の国内の有力な銅山はすべからく銅を大仏に提供したと考えるべきで、香春の銅と同じ香春岳/平尾台/秋吉台とつながる石灰岩層に熱水が貫入してできたスカルン鉱床である長登銅山を含めた多くの銅山からの銅が使われたと思うのが順当なのだろう。
平家によって大仏殿は破壊され大仏も一部を残して溶けてしまったようだがそれを2度までも復元した先人の熱意には驚くべきものがある。それにしても8世紀によくもこれだけのものを国内で製造しえたのだと思う。55年位前に大学で工学を学んだ時にこれを取り上げて講義で語っていた教授がいたのを薄っすらと思い出す、当時の最先端技術の結集だったようだ。
まだまだ調べてみなくてはな、そんなことを思っている。

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2024年4月26日 (金)

今年の花見は佐賀の小城公園に行ってみた

`今年の桜は予想をはるかに超えた遅咲きで、桜開花予測に用いられる温度変換日数法ではもはや対処できないほどに異様な開花の遅れだった。冬の低温の蓄積が不足していたために休眠打破が遅れたとするとほぼ半月休眠打破が遅れたとしないと計算に合わないことになるようだがそれほどの暖冬だったといえるのだろうか。計算法自体の修正が必要のように感じてしまう。なぜこんなことが起こっているのだろうか、不気味といえば不気味だ。とにかくOhikouen1 花見だ。
今年の花見はまともには佐賀の小城公園に行っただけといってもいい。小城羊羹の小城にある公園だ。江戸時代から有名な桜の名所という説明がテレビから流れてきてそれではと出かけた。駐車場から1周してみて回る。綺麗だが、庭園の桜で、自然の持つ凄みのようなものは感じられない。なんとなく、もう花見には感動を感じなくなってきているようだ。花見とはそれくらいのものだというのが正しいのかもしれない。

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2024年3月21日 (木)

今年の芥川賞、九段理江の「東京都同情塔」を読んでみた

1月17日に第170回芥川賞は九段理江さんの「東京都同情塔」が授賞作に決まりましたと発表があり、その日のうちに掲載誌の「新潮」/2023年12月号を図書館に予約した。すでに数人の予約が入っている、2か月近く待ってやっと順番が回ってきて3月16日に借り出して読み始めた。「新潮」で66ページほどの作品なのですぐにも読めるだろうと読み始めたがなかなか進めない、会話の部分が少なくびっしり字でページが埋まっているせいもあるようだ。ザハ案の新国立競技場がZaha0 キャンセルされずに姿を現している2026-2030年の東京が舞台のパラレルワールド物といってもいい。設定が面白い。ザハさんが2016年3月に亡くなったその8か月前の2015年7月に安倍首相によりザハ案はキャンセルとなっている、今から見てもザハ案(添付図)は未来的で魅力的だ、確かにこれが予定通り作られた世界というものを想像したくなる。東京都同情塔とはザハ案の新国立競技場と対をなすようにオリンピック後に新宿御苑に建てられた未来的ないわゆる刑務所のことだ。ザハ・ハディッド・アーキテクツと対をなすようなサラ・マキナ・アーキテクツを率いる建築家牧名沙羅によって設計される、それにまつわる物語の形だが勿論人物伝では全くない、新しい時空間を描き出しToukyotodojyo ている、確かにこれは未来に向かった小説のようだ、新しい、芥川賞にふさわしい。
いい本を久しぶりに読んだ、そんな気持ちを抱かせる小説だった、勿論きわめて個人的な感想だが。

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2024年3月14日 (木)

「大シルクロード展」を見る

3月中に見ておかねばと思っていた2つ目の展示Posuta は、「大シルクロード展」というシルクロードの文物、資料の展示だ、現在中洲の福岡アジア美術館で開かれている。主催は中国文物交流中心( 中国の国家文物管理局直轄の機関)他各地美術館、各新聞社などで外務省も後援しており本格的なシルクロードの展示ということができるようだ。東京、福岡、宮城、愛媛、岡山、京都 と来年2025年2月まで国内各地を巡回していくという。
例によって放送大学の学割で入場する、放送大学の学費はこんなことで大方取り戻せるような気がしている。出展品リストの配布もないがとにかく見ては写真に撮るFelt1 を繰り返しながら見ていく。平日のためか年配者が多い。初めの方にウイグルから出土した紀元前8-前3世紀のフェルトの背の高い帽子があってちょっと驚く、あまりに保存がいい、砂漠地帯のためだろうか。最初の方に古いものが多く置いてあるようでもあるが展示順の筋がよく理解できないままに進んでいく。パッと見た目 正倉院御物のようなものが目に付く。江西省博物館から出品の和同開珎まであったりする、日本との交流の明確な証拠だ。6世紀ころの経文がいくつか展示されているが、漢字が今と同じというところに妙に感じたりして、アジアのベースになり続けた中国文化の深さに改めて感じWadokaiho 入る。展示物は興味深いものが多々あるが、これがシルクロードに点在して遺跡として現代まで残されているということそのものにインパクトを感じる。
出口手前で動画放映があり、その中に出てくる敦煌 月牙泉の映像に驚く。広い砂漠の中にここだけがげ現実離れした不思議な風景を作っている。シルクロード見てみたくなる、行けるものなら行ってみたくなるKyoumon
もう無理かな、でも、と、そんなことを想いながら会場を後にした。

添付写真は順に ポスター、フェルト帽子、和同開珎、経文断片、敦煌 月牙泉の映像Tonkou1

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2024年1月25日 (木)

寒くて忙しい一月が過ぎていく

能登地震や羽田炎上と驚きの天変地異で始まった1月だが、個人的にも結構忙しい日々だ。こんな時には息抜きのコンサートが有難い。23日にはアクロスのランチタイムコンサートを聴きに出かけた。寒い日だ。クルマで行くしかないと出かけたが走り出すとそう思っている人が多いようで道が結構混んでいる。雪が舞う程度で積もりはしないのだが何やら早く済ませたいと思っている人が多いようなクルマの走りで雪だからと慎重にゆっくり走るとクラクションを鳴らされる、そうDyuoacros0123 いう街だ、福岡は。いつも止める公園下の駐車場は公園での催しの準備があるのか午前中なのに満車の列が長く、アクロス地下の駐車場に入れる。こんなことにも動いている世の中のリズムを感じる。
地下のうどん屋で昼食を早めに済ませて会場に入る、ランチタイムコンサートにしては混んでいる感じだ。
ヴァイオリンとピアノのデュオでサンサーンスの曲が奏でられる。ヴァイオリン奏者永原幸太は知らない名だったがこれはもちろん自分の不勉強で始まると力量はすぐに伝わってくる。繊細であり力強く緩急自在でもある、ピアノの田村響との一体となった演奏はずっと何時までも聴きたくなる。心地よさについ微睡んでしまう。起きているのか寝ているのかその境界で聴き続けるという状態の心地よさを久しぶりに経験した。サンサーンスというのも良かったのかもしれない。
Oobanokayosi0123aa1 終わって隣の那珂川に遊ぶオオバンの群れやオカヨシガモを眺めたりして帰る。寒いがいい日だ。この冬一番の寒い日でもこんな過ごし方ができるこの街が好きだ。

コンサート概要:
アクロス・ランチタイムコンサートvol.103 長原幸太 & 田村響 デュオ・リサイタル (2024.1.23)
ヴァイオリン/長原幸太 ピアノ/田村 響
演奏曲目 サン=サーンス:
序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調
ハバネラ ホ長調
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番 ニ短調
アンコール: マスネ:タイスの瞑想曲

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2023年11月30日 (木)

山鹿の康平寺、多数の鎌倉仏にちょっと驚く

8月に山鹿の灯篭踊りを見に行った後情報を整理していて山鹿には康平寺という寺があることを見つけた。名前も気になったが秋のイチョウの黄葉が見事という。フーンという感じで頭にあKoheiji1126b って、紅葉のシーズンになって思い出した。紅葉を見るには木が紅葉していることが一番だが日差しがしっかりあることも重要だ、きらきらする秋の光の中で見る黄葉とどんよりした曇り空の下の黄葉は大違いだ。ネットで黄葉の状況を調べるが今どうなっているかの最も確実な情報はインスタにアップされている最新の写真を見ることだと分かってくる。見ると一応はイチョウの黄葉はいけそうだ、ただこの寺のイチョウ黄葉は葉が落ちて黄色いじゅうたん 状態になったところが特に見事のようではある、そこまでは到達しないかもしれないが天気の見通しもあり11月26日の日曜に出かけた、月曜からしばらくは天気の見通しが良くない、日曜で道が混んでいることも覚悟だ。高速は予想通り混んでいたが渋滞でノロノロというほどでもない、ナビの予測時間よりやや遅れ位で菊水ICを出て下道を走る。鹿央町霜野の集落に入ると離合困難な細い道となり康平寺に至る。こんな道では少し車が増えると身動き取れなくなりそうだ。到着すると20台くらいの駐車場はほぼ満車だが1台分だけ空いてKoheijibutuzo1126a2 いてなんとか置くことができた。途中で休憩買い物して2時間弱程度/91kmということになる。持参したコンビニサンドを車中で食べて散策始める、予想通り食べるところはあたりにはどこもない。黄葉は真っ盛りKoheijisenjyu1126a3 ではらはら落ち始めている、地面を薄っすら覆い始めているが黄色のじゅうたん状態には程遠い。予想された状態ではあるが十分綺麗だ。寺の収蔵庫が拝観できて地蔵菩薩、千手観音、二十八部衆、計30体余り大半が鎌倉時代の仏像を寺の人の解説付きで見ることができた。彩色が一部残っていたりもあって興味深い。こじんまりした寺の割には仏像の数が多いのにも驚かされる。康平寺の名前は康平元年(1058年)に元々の寺が建てられたことに由来するようだ。寺の左にあるKoheiji1126c 山道を少し登ると見下ろすような視点から黄葉に包まれた寺を見ることができる、撮影スポットのようだ、ちょっといい。
山鹿は豊前街道沿いで昔から人の行き来が多い場所となっていたこともあって特徴ある文化が残されているのだろうと思えてくる。またこようか、そんなことを思っている。

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2023年11月20日 (月)

芦屋で砂の彫像展を見る

玄海灘に面する芦屋で砂の彫像展があっているという。芦屋というとすぐに思い出すのは芦屋からの飛行というアメリカ映画があったことだ。芦屋飛行場は昭和28年まで米軍の朝鮮戦争の前線基地であり芦屋の街は当時米兵で溢れていたらしい。今は航空自衛隊の訓練基地で何度か街を訪れたことがあるがあたりにミリタリ色はあまり感じられない。
芦屋の砂像展は数年前にも開かれていた記憶があり一度は見てみるかと思っていた、天気のいい日に出かけてみた。場所は芦屋海浜公園(アクアシアン)内特設会場で夏は泳ぐのにいい浜に設置されているようだ。オフシーズンの催しとしてということかもしれない。入って眺めていくと迫力のある砂像の制作者の中心は海外勢だった、思いもよらない感じがする。さっぽろ雪まつりの砂版かと思っていたらそういうことではないようだ。
入場の時に渡されたパンフレットを後でよく見てみると、国内のあちこちで開かれる砂像展の仕掛け人は概ね同じ人(茶圓勝彦氏)のようだと分Asiyasazou01 かってくる。去年訪れた鳥取砂丘にある砂の美術館の企画・プロデュースを行っているのもその人だ。世界的にも一定の数の砂像彫刻者が存在し続け彼らとつながりの上にこのような砂像展が開催できているということなのだろう。砂像彫刻はさっぽろ雪まつりのように自衛隊などが出て大勢で作るものではなく基本的には普通の彫刻と同じで一人で作るものらしい。制作には大体1-2週間位かけるようだ。日本には数えるほどしか砂像彫刻家と呼べる人はいないようでもある。
作品を歩きながら見ていく、それぞれによくできている。
今回の砂像展はテーマが昆虫で、海外の作家の作品にも日本の昆虫を調べてそれらを組み合わせ砂像を完成させたのが幾Asiyasazou03 Asiyasazou02つかあったりする、会期が終わったら壊されるというのでは惜しいとも感じさせた。
訪問後しばらく経つと作品のディテールは頭の中からどこかへ飛び去ってしまう、でも知らない世界に触れた思いは残り続ける。少しでも知ってる世界の境界線を拡大したい、その気持ちが眼前に展開する自分にとっての世界を支え続けているような気がしている。

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2023年8月22日 (火)

すぐ近くのスーパーサニーが閉店

今年の4月4日に近くのいつものスーパー「サニー長丘店」に家内と出かけると8月20日に閉店するとの張り紙が出ている、前日はこんな張り紙はなかった、張り出したばかりなのだろう。困るがどうしようもない、あと5分くらい歩くと別のスーパーがあるので死活問題というわけではないが結構遠くなる。予告の日の1月くらい前になると後には別のイオン系のスーパーが入るようだとのうわさを耳にするようになる、スーパーの開店は経済産業省が管理していて所謂大店法に基づいて開店申請があったら公開されるのだが、そんな正式情報はとんとない、どう見ても閉店後に別のスーパーがすぐ引き継ぐということはなさそうだ、来るとしても1年位の空白は生じるのだろう。
閉店の数週間前から生鮮品を除く日用品などの在庫セールが始まる、みるみる空の棚が増えていき閉店の三日くらい前になると殆んど生鮮品が売られているだけとなる、無残な眺めだ。「西友」のスーパーということになるが、「西友」自体はちゃんと利益を出しており、販売不振による閉店というわけではな さそうだ。現に同じ福岡市南区に「サニー福岡桧原店」を昨年6月23日に開店し、この4月27日博多区住吉に「サニー博多住吉店」を開店したばかりだ。店舗の密度が高い地域の直営店舗を閉め有望地域に新規開店し資源の有効活用を図っていると考えるのが妥当の様だ。「西友」は米国投資グループKKRが65%の大株主でこんなドライなやり方が米国流ともいえるのだろう。Sunnynagaoka0821
 
真夏に買い物距離が延びるのはしんどいが、また別の目でこの街を眺めるようになると思えばそれはそれで面白いかも、と思うことにしている。ヴィヴィッドに生きている街の姿は移ろいやすいのが当たり前、といえばその通りだ。
(写真は閉店日翌日のスーパー、撤収作業のクルマばかりが駐車場を埋める)

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