2017年7月26日 (水)

治水は人類の進歩とともにあり続ける

建築中の五ケ山ダムを見に行った。背振山の東にあって博多湾にそそぐ那珂川の上流部の水系に建設されているダムだ。福岡平野から山越えで吉野ケ里に行く時に通る場所にある。栄西が宋から持ち帰った茶の木を初めて植えたと伝えられるあたりということにもなる。古くからの歴史を抱えている場所だ。建設も終盤で貯水を始めているらしい。

Gokayamadm2

2004年頃取り付け道路の工事が始まり2012年にダム本体工事が始まった。自宅から佐賀に抜けるには便利なルートでしばしば使っていたがダム工事の進展に伴ってみるみる道がよくなっていくのが印象的でどんなダムができるのだろうと気になっていた。

 

今回は野鳥の繋がりで見学会があるというのででかけた。ビオトープも新たに作られているというあたりが野鳥とかかわりがあるということだろうか。
福岡平野は年間降水量は平均的には少なくはない

Gokayamadm

が、年間降水量に占める梅雨時期の降水量の割合がほかの地域より大きい傾向があって空梅雨ではその影響を受けやすい、そのためだろう、やたらと溜池があるし大きな水不足に何回も襲われている。今は筑後川から水を送っていたり博多湾の海水から水道水を作ったりもして水には随分と苦労している。こんな状態を少しでも解消しようという多目的水利用のためのダムとして五ケ山ダムは作られているようだ、発電もあるがはダム自体が使う電気を賄う程度の極めて小規模のものだという。エネルギーをダムに求める時代は終わっているようだ。
勿論大雨が降った時はそれをある程度吸収できるように通常の水位には余裕を持たせ洪水防止にも機能するようになっているという。

今回のような北部九州豪雨でも筑後川水系のダムは例えば寺内ダムのようにギリギリまで大雨を溜め込んで水位調整に役立っておりその状況を見ると一時期叫ばれていたダム不要論は行き過ぎていたのかと思わせる。民主党政権下で見直された小石原ダムが間に合っておれば、という声もあるようだ。治水のかなめは矢張りダムが強力だ。中小河川を地道に抑え込む治水が大事の様だ。考えてみるまでもなく治水は人類の進歩とともにあり続けた。

それにしても巨大な工事による大規模自然改変であることは間違いない。生態系の維持を考えたビオトープの設置が最近のダムでは常識の様で、環境アセスメントの結果でそうなっているというような説明が見学時の質問に答えてあった。生物多様性基本法が実効的に動き出し、少しでもそんな多元的な思考が行われるようになったというのは時代の進歩といえるだろう。政治の世界も失敗もあるがいいこともしている、そう感じさせる。色々学び考えさせられる、こんな見学は面白い。

行き過ぎては戻す、この繰り返しで少しづつ前に進む、それが人類の当たり前の姿なのだろう。どこまで行けるだろうか、一億年後はどうなっているだろうか、見られないのが悔しい、また思ってしまった。

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2017年3月28日 (火)

桜の開花が思いのほか遅い

今年の桜はどうしたのだろうか。

Sakura17 桜開花予想については、気象庁の資料を参考に、温度変換日数法という、各日が標準とする気温(ここでは15℃)の日に換算してどのくらいの長さの日相当となるかを各日の平均気温から適当な換算式(=EXP(9500*(日平均温+273.15-288.15)/((日平均気温+273.15)*288.15)))を用いて計算しこれを 決めた起算日(ここでは2月1日とした)から足していき、一定値に達した時(福岡では24.6以上)を開花日とする手法で自分なりに予測していた。積分的手法だ。 気温の予測さえ間違えなければ宇都宮でも福岡でも現実の開花日とこれまではそうは違わない結果となっていたので、一応信頼がおける方法と思っていた、しかSakurakaika2017 し今年は違った。
今年は3月10日に先の気温推移予測も入れて計算すると3月22日開花と出た。その後の気温推移は予想よりも高く22日開花より早まりそうに思えたが現実には遅くなり25日開花となった。実際の気温で計算をやり直してみると、3月20日開花の計算となり、計算法自体が現実と随分合わない結果となっている。
ちなみに福岡で開花が22日だった2011年の福岡の気温(この年の計算では23日開花でほぼ計算通りだった)データと今年のデータを比べると明らかに今年は気温が高い、積算日数のカーブは今年が常に上にある、それにもかかわらず今年は開花が遅れて25日となった。
秋の高温化の補正(チルユニット補正)も試しにやってみた、確かに2016年の秋は暖かくその影響で開花が遅れることは推算できるが、予測20日結果25日というこの差の半分くらいしか説明できない。温度変換日数法という計算の考え方がうまく現実に適合していないところがあるようにも思えてくる。

どう違うのかをみると今年は2月16日頃に高温になった後気温が下がりその後の気温の上昇が非常に鈍い、一方2011年は2月28日頃に高温になりその後はいったん気温が落ち込んだ後はっきりした気温の上昇が認められる、この違いが原因の様に見える。積分的手法では温度上昇勾配は予測に影響しない。これが生物の感じ取り方とすこし違うような気がしている。自分自身の感覚でも今年の春は妙に暖かくならないと思えている、気温の上昇勾配を感じている。

どういう補正をすればいいのだろうか。勾配を入れると複雑な式になり解の安定性も悪くなりそうだ、いつも直面する問題だ。ここは季節の移ろいが相手だ、時には外れることもある、それくらいに思って今までの計算式を使い続けるのがいいように思っている。


未来がきっちり予測できるというのは考えてみればつまらないことなのかもしれない。

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2017年3月10日 (金)

長野でのレスキューヘリの墜落

3月5日午後1時33分頃松本空港を離陸したベル412EP双発レスキューヘリが15分ほどで松本市のすぐ東にある鉢伏山の山腹に墜落した。
搭乗者9名は全員死亡。機体は裏返しに地面に激突しており、メインロータはすべて砕け、テールは折れてテールローターは発見されていない。激しい墜落だ。
墜落位置は細かくは発表されていなMap いが報道情報を突き合わせると山頂西の図に示した谷のあたりと思われる。
現場の北西の標高1800mほどの尾根にはローターで木々の頂上部が切り取られた跡が報じられており、尾根の高いところで木と接触したと見られる。
また、機体の右後方に座っていた隊員のヘルメットカメラが回収されており、その映像から激突の5秒前までは通常の安定したフライトだったことが解っているようだ。無線連絡も一切なく機体のハード的故障の可能性は低いように見え、また、天候は、晴れで風もとりわけ強くもないMap3 ようだ。松本空港の地上の風は北3-4m程度であり、MSM気象データからは高度1500m位の風は西6m前後と推定される。
フライトレコーダは搭載されておらず原因究明には時間がかかろうが、現在までに得られている公開情報からは、
事故機は高ボッチ山の着陸地点に向かって北側から稜線の風上側を横風アプローチしていたところ稜線に近づきすぎて立ち木にローターがあたりコントロールを失って風下側の谷に転がるように落ちていった
 と想像される。
松本市をはさんで風上側には焼岳等の北アルプス連峰が南北に連なり、西風では北アルプスの乱流が及んでくることと推定される。ただ、この日はそれほど風も強くなく、乱流への警戒が緩んでいたとも考えられる。
山の風上側の上昇気流を利用してエンジンを絞り気味でフライトしていたところへ乱れで風が弱まり上昇気流が弱まって山に近づきすぎる結果となって立ち木に接触したのかもしれない。
日常的に飛行している場所の難しい気象とは思えない状況でパイロットの心に僅かなゆるみが生じ事故をもたらしたのかとも推察される。

経験豊かな山岳ヘリパイロットがホームグラウンドの空域で事故を起こす、誰であれそのパイロットのポジションにあればいつかは事故を起こす可能性があったとも思える。どうやればシステム的に事故を防止できるだろうか、警察が罪を追求することでは決して防止することはできないだろう。
AIも役に立つのかもしれない、知恵を出し前に進ことが求められているようだ。

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2017年3月 2日 (木)

2017年2月の福岡南区周辺の野鳥

2017年2月

シロハラは数は減ったがまだ残っている。ツグミは場所で随分ばらつくが残っている。新市楽池のハシビロ、オオバンはまだ残っているがホシハジロ♀1はついに姿が見えなくなった。そろそろ夏鳥の渡りがはじまりそうだ。

主な日の観察メモは下記

2017.02.01、14
20170217hashibiro:00 福岡市南区野多目池の野鳥 ミコアイサ2、キンクロハジロ20+、カイツブリ5、ハシビロガモ3、カワウ1、コガモ4、アオサギ2

2017.2.2 11:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:マガモ2、シロハラ、ヒヨドリ、メジロ 新楽市池:ハシビロガモ2、オオバン1、ホシハジロ♀1、ハクセキレイ1、スズメ2、ツグミ1 鹿介池:アオサギ1、ヒヨドリ

2017.2.4am 福岡市西区今津干潟の野鳥 マガモ、ヒドリガモ、ツクシガモ2、
20170204hoojiro20170204tukusigamoヘラサギ、クロツラヘラサギ、ツリスガラ2+、オオジュリン、タゲリ、アオアシシギ、イソシギ、ホシハジロ、ジョウビタキ、カワセミ、スズメ、ミサゴ、コガモ、カルガ20170204herasagiモ、カイツブリ、ツグミ、ホオジロ

2017.2.6 14:0
0 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:マガモ2、コサギ1、シロハラ1、ヒヨドリ1、キジバト1、ドバト6、ムクドリ1 新楽市池:ハシビロガモ2、オオバン1、ホシハジロ♀1 鹿介池:ヒヨドリ 3Sc/Cu060 風力3-4

2017.2.7pm 福岡市西区かなたけの里公園 ツグミ20+、ジョウビタキ4、セグロセキレイ2、ハ
クセキレイ4、シロハラ1

2017.2.9 13:30 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ツグミ1、ヒヨドリ1、キジバト1 新楽市池:ハシビロガモ2、マガモ5、ホシハジロ♀1 鹿介池:マガモ8、ヒヨドリ 6Cu020,風力3-4

2017.2.10 11:00170210kawauhansyoku1頃  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カワウ(繁殖期)1、コサギ1、アオサギ1、キジバト1、ツグミ1、ジョウビタキ♀1、ハクセキレイ1 -RA 8Cu020 風力4

2017.2.11-12 福岡市南区長丘の野鳥 中公園:コサギ1、シロハラ3、ハシブト1、マガモ2、ヒヨ3、ツグミ1 新市楽池:ケアシノスリ1、ハシビロ2、バン2、ホシハ♀1、ウグイス2、ハシボソ2、ジョウビ1、ムク2、スズメ3 鹿介池:マガモ7、チュウサギ1、コサギ1、バ
ン1、アオサギ1、シジュウカラ1 2/12 3Cu030,W風力3

2017.2.13 16:30 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ツグミ1、マガモ2、ハシブトガラス1、ヒヨドリ1、コゲラ声1 新楽市池:ハシビロガモ2、マガモ5、ホシ
20170217mozu1ハジ ロ♀1、オオバン1、ハクセキレイ1、ジョウビタキ1 鹿介池:マガモ8、モズ1、チュウサギ1、コサギ1、バン2、ハシボソガラス1  晴 1Cu030,風力2

2017.2.14 11:00頃   福岡市城南区西南の杜公園 ヒクイナ1、シロハラ10+、カワセミ2、カイツブリ1、ジョウビタキ3、マガモ6、ソウシチョウ10

2017.2.17 15:30 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公 園:ヤマガラ1、キジバト2、マガモ2、ハシブトガラス1、ヒヨドリ2、シロハラ1 新楽市池:ハシビロガモ2、バn2、ホシハジロ♀1、オオバン1、ヒヨドリ1、ハシボソガラス1、メジロ2 鹿介池:マガモ7、モズ1、ダイチュウサギ1 

2017.2.19 12:00頃   福岡市東区海の中道公園 シーサイドシオヤ:オオハム3+、20170219ooham3 ウミウ2、アオサギ1、ハシボソガラス1 園内:トビ、ノスリ1、シロハラ、ハクセキレイ、ツグミ、メジロ、ハシブト・ハシボソガラス、カワラヒワ、アオジ、オオバン、ヒドリガ モ、カルガモ 野鳥池:ホシハジロ、ハシビロガモ、ミコアイサ6、メジロ、ヒヨドリ

2017.2.22 10am 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ツグミ1、マガモ2、ムクドリ3、ヒヨ2、ジョウビ♀1、キジバト2、アオジ2 新市楽池:マガモ1、ハシビロ2、ホシハ1、ムク2 鹿介池:マガモ5
20170219mikoaisatugai、コサギ1、ジョウビ♀1、モズ1、バン2  5Cu050,2Sc060,3Ac080 E風力3-4

2017.2.23 16:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:シロハラ1、マガモ4、ムクドリ2、ヒヨ2、 新市楽池:マガモ1、ハシビロガモ2、ホシハジロ♀1、バン2、オオバン1、ハクセキレイ1、メジロ1、スズメ4 鹿介池:マガモ2、コサギ1、ダイチュウサギ1、シロハラ1、20170219nosuri1 バン2、ヒヨドリ 3Sc050,4Ac200,風力3

2017.2.26 16:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ジョウビタキ1、シジュウカラ1、マガモ2、ムクドリ2、ヒヨ1、シロハラ、コサギ1、コゲラ1 新市楽池:マガモ4、ハシビロガモ2、ホシハジロ♀1、バン2、オオバン1、ハクセキレイ1、ハクセキレイ1、ムクドリ2、ヒヨドリ1、シジュウカラ1 鹿介池:マガモ4、シロハラ1、バン2、ヒヨドリ1 8Ac250,1Cu050,風力1

2017.2.28 14:00 福岡市南区長丘周辺の野鳥 中公園:ヤマガラ1、シジュウカラ2、マガモ2、ムクドリ2、ヒヨ1、コサギ1、コゲラ声 新市楽池:マガモ5、バン2、オオバン1、ハシビロガモ2、鹿介池:バン2、ハシボソガラス1、ダイチュウサギ1、ジョウビタキ1、モズ1、ウグイス1、スズメ、ドバト10+、ヒヨドリ

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2017年1月25日 (水)

朝倉が邪馬台国かもしれない

寒い朝だ。予定より幾分寒い。中国地方よりも九州が寒い、大隅半島まで‐6℃だ、こんな寒さは珍しい。午前3時のsynopから日本近傍の地上の気象データを図にしてみるとなんとなくわかってくる。朝鮮半島からの寒気が地表を這うように九州に出っ張ってきているようだ(左の図)。5000ftの温度図(右の図)ではその感じはにじんでこない。
やはり九州の気象は朝鮮半島の影響が大きい、また感じてしまった。

2017012503 20170125031500







先週、正月も中旬となってどこか温泉にでもと、朝倉の原鶴温泉に出かけた。福岡市から高速で行くには近すぎるということもあって太宰府から朝倉街道を走ってみる。何とはなしに歴史を感じる道だ。
邪馬台国朝倉説というのがある。走っていると確かに何と読むのだろうと思う古そうな地名が目に付く。
Asakuramap





Chimeiyamato Chimeiyasu帰って
邪馬台国=甘木・朝倉説の安本美典氏の文をnetで探して読んでみる。

朝倉周辺の地名は風土記などにもあるようで古くからの地名が残されていることは間違いないようだ更に大和盆地の地名と朝倉周辺の地名に繋がりが読める。(添付は安本美典氏のシンポジウム資料より転載)。

氏は古事記に記載された高天原こそ邪馬台国であり九州の朝倉付近であったとしており、高天原の安河を朝倉の夜須川とみる、現地を走るとさらにはこれを現在の筑後川とみなしても成り立つようにも思える。

大和に似た地形、吉野ケ里にも近く、鉄器も多く出土し、弥生時代からここに文化の集積があった、それが東へ移動して神武の東征になったと考えるのは自然な考えのような気がしてくる。
耕作可能な平野の広さといい、交易にも都合がよく、海から適当に離れれていて侵略に一定の安全性が保たれる点といい、九州で国の中心となるほどに条件の揃ったところといえばこの辺りから吉野ケ里くらいまでに広がる有明海北部沿岸一帯の平野となるように思われる。九州に邪馬台国があったのならここらだろう。もう少しこのあたりを調べてみようかとの気がしてくる。

古事記にあるイザナギ・イザナミが大八島の次の6島の国つくりで最後に作ったは五島列島の南にある男女群島と比定されている。古事記が書かれた昔から九州の西の端のこんな小島が注目を浴びていた、読み直してみると驚きが多い。九州の古代文化の更に向こうには朝鮮半島や中国があったのだろう。

いずれにしても日本書紀・古事記に出てくる九州の記述の多さは隠しようもない。


原鶴温泉のホテルには韓国のツアーが少なくとも3つ来ていた。温泉で福岡から近くキャパシティもあるがやや旧式化したホテルにとってはこれがビジネスを大きく支えているのだろう。

そういう位置関係なんだ、韓国とも、中国ともうまく和解できるだろうか、トランプが(はからずも)そのように導いてくれるだろうか。トランプの話題ばかりのCNNを流して見るともはなしに眺めていると、今年どうなるか見ものになってきたようにも思えている。

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2016年9月30日 (金)

慶良間は遠くて

貯まったマイルが消えていくのが惜しくて沖縄に遊びに行くことにした、毎年この時期に南の島に出かけるサイクルにはまっているようだ。
台風シーズンではあるがこれまで何とかなってきたので今年も何とかなるだろうくらいの気持ちだったが、今年はそうはいかなかった。
慶良間諸島には行ったことがないので座間味でシュノーケリングなんかがよさそうだとばかり座間味2泊那覇1泊の計画で宿を確保したりと計画を進めていた。少し調べると慶良間諸島は台風の接近があれば波が高くなって高速船やフェリーがすぐに欠航となるところで、ネットの書き込みも台風に振り回された話が幾つも見つかる。今年は7月半ば以降立て続けに台風が発生しこれは危ないと感じて途中からせっかくとれた座間味の宿をキャンセルして那覇から日帰りで慶良間の渡嘉敷で遊ぶというプランに変更した。今回はおともdeマイルで行くことにしたので飛行機便の変更は一切効かない。
座間味の代わりの宿泊地は沖縄本島から陸続きの伊計島として少しでも離島の雰囲気をとした。台風が直撃すれば伊計島につながる海中道路は通行止めになりこれでも安全なプランとは言えないが、そこまで心配すると旅が成り立たない。
出発予定が近づいてくると恐れていた通り台風17号がフィリピンの東に姿を現すようになって波と風を沖縄に送ってくる。直撃ではないが予定の日には座間味航路は全便欠航となった、予定を変更しておいて一応救われたが、沖縄本島でも10mくらいの風が吹いて波風
Samitが高く波浪警報が出て浜で遊ぶのは無理だ。

初日はこれまで訪 れたことのない 沖縄サミット会場跡や海中展望塔、万座毛などを見て回る、それぞれに見ごたえがあるがどこも中国人を中心に人が多い、同じように海で遊べなくて行けるところに人が出ている風情だ。

風下のサンゴ礁の海は見た目では波も大したことはなく泳ぐのに差し支えなさそうだが遊泳禁止になってグラスBeach2ボートすら出ない。波浪警報では機械的に禁止する浜 が大半のようだ。
海中道路の波風も気になって早めに宿に向かうが10mくらいの風では海中道路は全く問題ない。平安座島の石油備蓄基地を支える道路だけのことはある。
何もできなくて宿でのんびりするがこれもなかなかリゾートらしくていい。
次の日も風は収まらず10m位吹いていて波浪注意報が出ている。伊計島の風下側の伊計ビーチは開いているKaicyuu ようなので行ってみるが岩場に近いあたりは遊泳禁止で浜辺でシュノーケリングでは何も見えない、こんなものかと思うが海で遊べるだけいい。
近くのヒルギ林や勝連城などものんびり見て回る、時間を持て余すくらいがリゾートらしくていいような気がしてくる。
その翌日は渡嘉敷へ日帰りで遊びに行くようフェリーなどの予約を入れておいた日で、もう波も大丈夫だろうと朝一番で宿を出て那覇泊港へ向かった。渋滞を抜けてやっとのことでたどり着くとこの日も全便欠航という。何ということだろう。とまりんの切符売り場には途方に暮れる姿のグループがそこここに集っている。台風の背面の南風では慶良間ー沖縄本島間は直接南からの波を受け海はなかなか収まらないようだ。ここまでとは予想しなかった。今回の旅の目玉のはずの慶良間はあっさりと消えてしまった。自然にはかなわない。
Syurijyo1_2 諦めてその翌日に予定していた南部の首里城巡りと玉泉洞見物に出かける。ずっと以前海洋博寸前の時期に守礼の門付近は観たことがあるが、その後立派に首里城が復元整備されたらしいとあって見ておかねばと思っていた。時間はたっぷりあるので丁寧にみる。米軍の攻撃で破壊された建造物が美しく再現されている、沖縄サミットに合わせたようだ。これそのものが歴史だ。

やはり中国人の姿が多い。
最終日は少しは風も収まってきたが海で遊ぶほどに時間は残っていない。旧海軍司令部あとの立派な洞窟を見た後南岸の浜の様子を見に行く。知念海洋レジャーセンターというのがネットなどに出ているが行ってみると倒産したようで機能していない。サンゴ礁Beach の海なのにと、右回りに海沿いを走って良さそうなところを水際まで行ってみる。穏やかないい浜だが設備がなくリゾートとしては捨て去られたような浜が目に付く。ハワイの浜のように簡単で清潔な公共の設備がありさえすればと思う。

浜のうら寂しさに比べひめゆりの塔の混雑ぶりは対称的だ、決められたコース以外との差が際立つ。なんだか違和感がある。

観光を柱にしようとしてもそうとばかりもいかない沖縄本島。難しさばかりが目についてしまう。だから離島に行きたくなるのかもしれない。学ぶことが多い。

風の吹きすさぶ沖縄と向き合う、こんな旅も悪くもない。

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2016年7月25日 (月)

WBGTの近似式その2

昨夏、残暑が厳しくてそういえば熱中症の予報としてメールで送られてくるWBGTとはどうやって計算するのだろうと調べて 生気学会が出している気温湿度から簡便に(室内の)WBGTを得る早見表 を式で表す近似式を作成してみて使っていた。今年も暑い季節になってWBGTの値が気になって公表される実測値と昨年作った近似式の計算値と比較してみると、どうにも違いが目立つ。日が差す前の早朝とか日没後での違いが特に大きい、元の生気学会の表で見直してみてもそうだ。もう少し考えて作り直さねば、と思って見直し始めた。
本来の式 WBGT=0.7*湿球温度+0.2*黒球温度+0.1*気温
に立ち返ってこれをなんとか近似計算することを試みる。
まずは湿球温度だ。これは直接計算は難しいので湿数(=気温-露点)に適当な乗数をかけて気温から引けば近い値が出そうなのでそれでやってみる。
湿球温度=気温ー湿数*0.73
  =気温-(気温-(4303.4/(19.482-LN(EXP(19.482-4303.4/(気温+243.5))*湿度/100))-243.5))*0.73
で30℃付近の気温、湿度の高めのあたりではいい近似なのでこれを使うことにする。

湿球温度と(気温=黒球温度)との仮定で求めたWBGTの値と実測のWBGT値は日が差す前や日没後の値とはよく合う。日中も室内ならばこれでいい近似のようだ。

次は室外の値の近似式だ。これには黒球温度が必要になるのが問題だ。
黒球温度は直ぐには難しいので、実測値と上記室内相当のWBGT値 との差分を曲線近似して加えることにする。日照の強さで変わるはずだが曇天でも5割の日照分はあると仮定して時刻の関数としてモデル化する。
今のところこの加算部分は 7時から19時の間に
=((3.2-((時刻-13)^(2))^0.8*3.2/20)*1.2)*(0.5+日照時間*0.5)  日照時間は 0-1の間の値を
用いる、アメダス実測値があればそれを用いる
Wbgt2 で実測値と比較してまずまずの近似となっているようだ。
WBGT実測値は環境省のページhttp://www.wbgt.env.go.jp/day_list.php?region=10&prefecture=82&point=82182&day=20160723に日付などを変えれば得られる。


取敢えずはこれでまたしばらく様子を見よう。

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2016年7月19日 (火)

梅雨が明けてソファの修理に取り掛かる

梅雨が18日にあけたとの宣言が西日本で出された。やっぱりこうきたか、と思う。一般には500hpでの5880m高度線が被るようになってくると夏が来たとの実感を得る。この日は確かにそうだが数Tuyuake 日でまた5880m高度線は南に下がりそうで梅雨の続きのような天気がぶり返す恐れがある、梅雨明けを出すなら17か18日か、ここで出なければ難しくなると思っていた。安定した暑い晴が数日でも続くようになれば梅雨明けとするのが正しいのだろう。

一気に暑くなってきたが、雨でこれまで延ばしてきた植木の手入れや家の手入れを始めようかとの気になる。
朝から伸び放題のモチノキを高枝バサミで切り始める。
日が高くなり始めるともうできない、まあ少しは良くなったかというところで今日は終わりとして、一休みしてソファの修理にかかる。

もう数十年使っているソファの一つが座面が落っこちたようになっていて、クッションでごまかしてきたがいい加減何とかせねばと修理を試みることにした。
例によってネットで先達者の投稿をしらべると結構厄介そうだ。
どうも座面を支えるウエービングテープが劣化して切れているようで、とにかく工作用ホッチキス/タッカーをダイソーで調達することにする。
ウエービングテープは幾つかホームセンターに問い合わせてみるが置いている店が見つからずネットで調達することにする、ネットのお店は札幌の家具工房だ、そんな遠くからと思うが、適当なサイズはここしかない、あまり入手性は良くない品物のようだ。
タッカーの方は近くのダイソーにあって難なく入手する。弾が飛び出すものだからちょっと危険なようで防護メガネ着用のこととある。とりあえずは普通の眼鏡で代用してできる範囲で作業に取り掛かる。
ソファーをひっくり返して裏布を外す。タッカーで止めてあってタマを一々ドライバーでほSofa じって外していたが布も劣化していて、外さずとも布がそこだけ裂けたりして、大分横着をしてとにかく外す。
見ると見事にウエービングテープが切れている。ウエービングテープが到着するまでは数日かかるがそれまでに少しでも進めておこうとソファーの上張りの布も外しにかかる、矢張りタッカーで木枠に打ち付けてある。これを少しづつタマを外したり布を切ったりして外していくが結構疲れる。
1辺だけ外したところでひとまずお休みとして、兎に角この状態で一応使えるようにと裏側から座布団やクッションを押し込んでこれを木枠下側から荷造り用布テープで押えてタッカー止めし当座の使用には堪えるようにしておく。座ってみるととにかく随分改善している。ウエービングテープが来てゆっくり本格修理をやればよいかと吞気に構える。
ソファの構造などこんなものかと思うくらいあっさりしていて、吞気にやるくらいがちょうどよい感じだ。

ソファーの修理でも結構遊べる、何でも遊べるように世の中はできていると思い始めている。そう思うと何でも楽しい。

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2016年6月17日 (金)

梅雨の様々

梅雨空が続いている。
今年の梅雨の異変はまだ台風が1個も発生していないことに尽きる。
6月半ばを過ぎてこんな有様はあまり聞いたことがないがと思って少し調べると1998年は台風1号は7月9日発生、1973年は7月 2日発生だから20年位に1度はあるようだ、Anomp6132016 とんでもないというほどでもない。1998年は前年が強いエルニーニョが発生した直後で今回とよく似ている。多分エルニーニョの終焉と関係があるのだろうとは思うが具体的にどうなのか気になって海水温の状況や上空大気の状況を見てみるが、直ぐには 解らない。
この時期台風の発生源となるフィリピン西方沖の海水温は今年とりわけ低いということでもなくむしろ全体に平年よりやや高い。確かに昨年に比べ日本の南の北
Amehikaku_2緯10度あたりの雨域は昨年に比べ大分小さいようで衛星動画をみてもまとまるはずの雲がすぐに散って一向に成長していない。どうやら下降気流がこの領域にできているようだ。マレーシアやタイあたりの上昇気流がやや強まってそれが下降気流としてここらに降りてきたと考えるのが順当なのだろう(いわゆるウオーカー循環の強まり)。もっと平たく言えばエルニーニョ現象の盛衰が赤道を巡る圧力変動を生んだ結果ということなのだろう。
ともかく梅雨ではあるが台風が来ない分危機感がいくらか薄い。いいといえばいい。


この時期は年中行事のようにホタルを見に行くことにしている。博多湾にそそぐ那珂川中流域の中ノ島公園が見やすくて沢山出るのでこ今年もそこへ行った。真っ暗になるのは8時くらいからだが場所確保もあり少し早めに出かける。

川沿いのベンチを確保してHotaru5 暫く待っているとあちこちで光り始める。毎年同じことの繰り返しなのだが無論ホタルは入れ替わっていて飛び交う様も違う、同期して瞬くようになりそれを口に出して数えたりして楽しむ。何にも考えることがない時間がすこぶるいい。三脚に固定してシャッターを下ろしていると時折光るカメラの液晶の明かりを仲間のホタルとでも思ったのか一匹のホタルがカメラに近寄ってきて三脚に衝突する。ホタルは遊んでいるわけではなく子孫を残す相手を求めて光に近寄っているのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになる。しかし梅雨の楽しみと言えばホタルだ。


戻ってテレビをつければ舛添騒動ばかりやっている。違法でもない些細とも思える昔のことをほじくり返して都政を止め挙句に都知事を罷免してしまうマスコミの無責任さとそれを仕組む見知らぬ人たちの存在を、ああこれがファシズムなのだと思う。反対意見を恐ろしいほどまでに押しつぶして吊るし上げている、冷静さがない。見るものに、いつ自分がその標的になるかもしれないその不安もどこかに抱えさせている。ナチス台頭の時も戦前の日本のマスコミのありさまもこうだったかと感じる。嫌な時代になった。

こんなことを感じさせるのもやはり梅雨のうっとおしさがなせる技なのかもしれない。

梅雨にはいつもと違ったり、いつもと同じだったり、はたまたとんでもない騒動が起こったり、そんなことを楽しみ嘆き過ごすのがいいようにも思えている。

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2016年4月30日 (土)

修学院離宮で感じる

4月の20日頃京都に遊びに行った小旅行が教訓が多くて忘れないように書き留めておかねばと思っている。
2日目の午前は修学院離宮に行った。修学院離宮と桂離宮を同じ日に訪れるように見学許可を得ることができてそのように日程を組んだのだが、許可が出て改めてその場所を確認してみると京都の右上と左やや下に位置していて結構離れている、そのうえにいずれも最寄りの公共交通機関からは10分以上くらいは歩かねばならない。
雨降りになるのが心配だ。
気象庁のGSM11日予測データを京都付近で切り出して毎日見ていた。8日前の時点では当日は低気圧が紀伊半島付近を通過し終日雨の予想でこれはどうしたものか案じていたが6日前の時点まで近づくと南の大気の張り出しが弱く低気圧は腰砕けで南の海上に押しやられてしまうという予想となり現実にその日がやってくると晴れ上がった好天となった。
南と北の大気が日本付近で入り乱れる春の天気は前もってはなかなか予想の精度が上がらない。悪い予想は大体当たるものだがそうならないこともある、天は公平だ。

ともかく当日は計画通り京都駅前から地下鉄で国際会館前まで行きバスで修学院離宮道まで戻ってそこから歩く。10分位のゆったりとした散歩のような歩みで入り口に到達する、のんびりしたところだ。久蔵の描いた桜図によく似た八重桜が丁度咲いているのを道すがら見たりもする。
修学院離宮は江戸時代、桂離宮より僅かに後の頃に後水尾天上皇により造られている。後水尾上皇は非常にこの離宮を好んで亡くなるまでに70数回も訪れたとされている。上皇は桂離宮にも訪れていて上皇を迎えるために新御殿が造られておりその意味Syugakuin2 では桂離宮の完成にも深く影響を与えたと言える、一つの文化的頂点を実現した人ともいえるだろう。徳川家康の圧力で後陽成天皇は(桂離宮を作った)弟の智仁親王に皇位を譲ることができず息子に譲りこれが後水尾天皇となった。皇室と徳川家がせめぎあっていた時期でもあったようで、自然あふれる修学院離宮に格別の愛着を持っていたのもそんな息苦しい時代背景
があったためかとも推察される。

修学院離宮は桂離宮のように巧みな技を方々に埋め込んだというようでもなく周囲の自然とのどかな農村風景をうまく取り込んだところが秀逸な印象を与える。
例えば途中の松並木は人工的に低く抑えられており辺りを見渡しながら歩ける、こんな松並木は世界的にも見たことがない。
結構な上り下りの見学
Syugakuin1路を歩いて行くが忙しいというほどでもない。桂離宮の見切れない感はここにはない

東の東照宮と京の修学院離宮・桂離宮は確かに当時の文化的先端の両面を具現していと思える。こうであったことが日本の文化に深みと立体感を与えられたのだろう、二つの軸を持つ歴史そのものが日本の文化的バックボーンであり続けたのだろう、今更ながらそんなことを考えてしまう。

京都は大分見たかな、と思うがそれでもまだまだ学ぶところが多いようだ。こんな学びは楽でいいなとも思うし、また来たくなるそんな所のようにも思ってしまう。

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