2017年4月10日 (月)

電子的不満

最近、クルマを新しくした。
驚きがしばらく続いている。直面するのは電子化・自動化だ、ちょっとついていけなくなってきたかなと思い始めている。

17万キロ走った前のクルマも最初はDレンジで走ると思うような走行にならずマニュアルモードをメインにしてやっとなじんできた、という経験がある。今度はもっと手ごわい。

まず気になるのはサイドブレーキだ。サイドブレーキが電子化されて小さなレバーを押したり引いたりしてサイドブレーキをかけるようになっている。

フットブレーキを踏みながらでないと解除できないし見た目今ブレーキがかかっているかどうかはわからない。さわっても解らない、計器表示だけだ。

信号待ちでサイドを引いて足を休める、サイドを下ろしながら発進するなどということが少し面倒になった。勿論、簡単にする仕掛けがあって、サイドブレーキがかかった状態でアクセルを踏むと自動解除されてレバー操作はいらない。しかし安全のためどこかのドアが半ドア状態では自動解除されないようになっていて、一度交差点で半ドアを直せないまま発進せざるを得なかった時にふかしてもなかなか動き出せず冷や汗をかいたことがあった、そんなことが一度でもあるとアクセル自動解除はなるべく使いたくなくなる。
標準と少し違う運転の仕方になると余計な手順が増えて、間違いそうだ。

その他にも細かい違和感はたくさんあって未だに慣れない。
ギアシフトはマニュアルでもできるがシフトレバー操作でなくてハンドルのレバー操作で上げ下げする、どうにもメカニカルな感触がないし慣れない、すぐに操作できない。
ナビの取り付け位置もやや下にあって走行中にちらちら見ると危ない気がして知らないところを気楽には走れない。立派なドライブレコーダの再生もクルマではできず、SDカードを抜いてパソコンで見るほかない、前つけていた格安タイプの気軽さがない。
渋滞で追従モードにして自動で前車に従って走るのは楽だけれど自分で運転していないのはどこか落ち着かない、自動ブレーキのタイミングも遅い気がして慣れない。
助手席のシートベルト未装着やはみだし走行や、とにかく警告音がよく鳴る、何だろうと暫くわからないまま不安を覚える時がしょっちゅうだ、まだ慣れない。

前のクルマのように性能を最大限に引き出して意のままに操るレベルにいつになったら到達できるのだろうかといささか自信を失う。電子化は明らかに進んでいて細かく調整されているところは感じるが自分なりのクルマのイメージとはどこかずれている、慣れるしかないのだろうが電子的不満に慣れるには思いのほか時間がかかりそうだ。

Dazn 慣れないことは車に限らない。
Jリーグが開幕して今年はサッカー中継はDAZNでパソコンで見るほかないようなので とりあえず申し込んで1か月の無料試用期間を体験しているが不満だらけだ。
テレビにパソコンをつないで見ることになるが、画像が鮮明でない、接続がよく切れる、特に終盤の大事なところでよく切れる。こんなのにお金を払えというのは無理だ。まともな商品といえる代物ではない。こんな状況にはとても慣れそうにない。
試合が地元である時はサッカー場へ見に行けということなのだろう。Jリーグ運営側にとっては資金は入るしサッカー場へ足を運ぶ人も増えそうだしいいことずくめなのだろうが、楽にサッカーを楽しみたいと思う自分のような身にとってはどこか腹立たしささえ感じる。ひとまず解約してしまった。ともかく、ここでも直面しているのは電子的不満ということになる。

それなりの時がたてば不満というものは雲散霧消し気持ちの良い生活が送れるようになるのだろうが、残り時間が気になるような年頃になってくると、世の中についていけなくなったままで終わるかもしれないというそこはかとない不安がどこか漂うようになる。

Sakurahibaru ともかくもすべてを受け入れるほかない。桜がやっと満開になり美しく散り始める様をゆるやかに眺めるように、楽も不安も取り混ぜてただただ眺めて過ごすのも悪くはないのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月29日 (水)

怪しいメールと英国の没落と

今朝メールを開くと、昨日の晩遅く23時もだいぶ過ぎたころに自分から自分あての怪しいメールがniftyの受信ボックスに送られていて、zipファイルが添付してあるのに気づく。ちょっと怪しい。よくみると、nifty.co.jpとnifty.comの両方に同時刻に入っている、ますます怪しい。
ネットで調べると同様のメールが3月頃にやはりあちこちに送り付けられていて、こちらはトロイの木馬型のウイルスメールだったとある、今回も恐らくウイルスメールだろう。
niftyに特化しているようで持っている他のアドレスには送られてきていない。
何だか次第に危険が身の回りに迫ってきた感じがする。
カードで支払いをする度にカード情報が抜かれるかもしれないとの危うさをフッと感じることがある、段々それが大きくなってきたような気がする。怪しい雰囲気の店員相手にはカード決済をしたくないが、丁度手元に現金がない時にはしょうがない。
いつかはやられるかもしれない。危ない時代になってきた。


Uk 最近の気になる事件の中で、ちょっと衝撃的だったのがイギリスのEU離脱だ。誤った弁舌に誘導されたとの反省もあるようだが、これだけ高い投票率に基づく国民の選択とあらば、一種の錯誤があったにせよ明らかに重大な何かを現しているとみるべきなのだろう。それは何か。
大英帝国没落の最後の一撃と思う。イギリスの衰退は長く指摘されてきたが、ロンドンの金融が世界で重要な地位を占めるに至り、金融の力で国を支える、という形で弱体化した産業を存続させてきたと思える。しかし金融業から距離を置く人々には目に見える恩恵感を与え続けることができず、海外との競争に押され自国民の仕事を奪われて生活が苦しくなったという実感を多くの人に与え続けたように思える。その不満がEU離脱へ向かったと考えるのが妥当ではないか。
そう思うとこれは大英帝国が国民みんなにささやかな幸福感をもたらす力をもはや保てない程に没落したことを国民が明らかにしたととるべきと思える。
求心力が失われていることが明らかにされたととるべきなのだろう。
スコットランドは分離し、ロンドンもシンガポールがマレー半島から分離したように分離するかもしれない。上流階級による国家のかじ取りが限界に来たことを示しているとも受け止められる。英国は過去に西欧世界を支配したギリシア、ローマやスペインの道をたどっていくことになるのだろう。
残った世界をどう世界は運営していくべきか。


ひたひたと世の中の変革が迫ってきているようだ。10年後にはいったい何が起こっているだろうか。それはそれで面白いという気がもする。健康に生きて見届けねば。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月27日 (土)

GMTのインストール再訪

GMTのインストールを新しいパソコンにやり直していたら、かなりてこずってしまった。以前インストールした時とかなり勝手が違う、ハワイ大のGMTのページが新しくなっているからでもあるようだ。ハワイ大のインストール手順に従ってとにかくcygwinをまずインストール、これは問題ない。次にGMT本体だがINSTALL FORM.のページの手順によりinstall_gmt,ファイルをダウンロード、parameterファイルを必要ファイルにチェックしていってダウンロード、cygwinのプロンプトウインドウからbash install_gmt.txt GMTparam.txt と打ってもすぐに止まってしまう。汎用ソフトTera Pad でダウンロードしたファイルの改行をLNに変更してみると少し進むのだがまた止まGmtinst2 る。どうやら肝心なソフトのダウンロードと解凍が機能していないようだ、しょうがないので GMTのftpサイトから tar.bz2ファイルを片っ端からcygwinの作業フォルダにコピー、cygwinのプロンプトウインドウからbunzip2コマンドとtar xvfのコマンドで解凍していく。とにかく揃ったところでもう一度bash install_gmt.txt GMTparam.txtと打つと、エラーメッセージを出しながらもとにかく進んでいってついに完了。環境変数の設定を行ってプロンプトウインドウからコマンドを打つとどうやら動いたようだ。作図した結果のビューアーはフリーソフトのXnViewを使うことにした、これも窓の杜なんかから探してきてインストール。ここまでたどり着くのに三日間くらいあれやこれやてこづってしまった。とにかくアメダスの風向風速グリッド・等圧線・等温位線プロットは画けるようになった。
動かないソフトを動くようにするにはかなり疲れる、とりわけ慣れないUNIXコマンドを探してきて手探りで打ってみたりしていると、もうだめかと思う。しかし、とにかくたどり着けると少し知恵がついて前に進んだ気がしていて悪くもない。次はいつになるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

スカイプ

身内に米国への引越しが出て、電話ではたまらないと、慌ててスカイプのセットをいじったらこれが思いのほか大変。それまで曲がりなりにもボイスだけでは動かしていたバージョSky2 ン3.0のスカイプにカメラをつけてこの際バージョンも最新のに、とばかり3.8に入れ替えたら、何故か全くノロノロとしか動かず、テストも途切れてまともに動作しなくなってしまった。どうしたものか、プログラムの削除と追加でバージョンを入れ替えたのでもはや昔のバージョンには戻せないし。。。背景で走っているソフトと干渉しているのだろうか、プライオリティを上げればいいのでは、と色々やってみても効果なし、数日間相当に滅入っていた。気を取り直してネットで同じ悩みの人がいるに違いないと探していたら、見つかった。解決策はこうだ、windows xpのアクセサリのシステムツールにあるシステムの復元、というのに、昔の指定の日の状態に戻せる、メールやファイルは消えない、という不思議な機能があってこれを動かし、問題のバージョン変更をインストールした日以前の日を指定して復元すれば旧バージョンのシステムに戻せる、というのである、こんな魔法のような機能は全く知らなかった、とにかく早速やってみる。指示された手順で1週間くらい前の日付までもどすことにして、待っていると自動的に再起動されて出てきたのは確かに削除したはずのバージョン3.0スカイプがインストールされた状態のパソコンだった、すごい、バックツーザフューチャーだ。ともかくもう一度カメラのセットを始める。USB接続のイヤフォンマイクでボイスは動く、これにカメラをインストールしてこれもUSBにつなぐと何故かボイスとカメラが同時には作動できない、まだなんだか変だ、しかしここは落ち着いてイヤフォンマイクをジャックタイプにかえたらやっと両方が動いた、試しに米国の身内につなぐと、うまく話せて絵も動く、やった、の心境だ。海外とのテレビ電話がタダで出来るようになった。どこが本当はまずかったのかよくは解らないが、とにかく動けばしめたものだ。

パソコンのソフトを巡るトラブルは、はまると疲れ果てる、虚しい時間が吸い取られるように消えていく。自然のサイクルと切り離された世界にはまり込んで抜けられなくなる。
何かを得て何かを失っている。いつかは失ったものの塊が耐えられなくなって一気に崩壊しそうに思えてくる、そんなそこはかとない不安が純粋に自然のサイクルで生きている生き物に人類の気持ちをむかわせているのだろうか。時々そんなことを思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月10日 (月)

GMTのインストール

気象を見ていると局地的な気象を理解するにはどうしてもアメダスデータから等圧線や等温線を引きたくなる。
GMTという地図なんかの上に等圧線や等温線をひくのに便利なプログラムがあるというのでこれをパソコンにインストールして使おうと思って、しばらくトライしていたがやっとインストールできて動き出した。ハワイ大で開発されて無料配布されているのだがもともとUNIX用のプログラムでXPにインストールするのが一筋縄ではいかない。久し振りにパソコンで奮闘することになった。本体に付属したreadmeテキストでは具体的にインストールに際しどこをどうするかは解らない、親切にガイドしてくれる日本語のサイトがいくつかあるのだが最新バージョン(4.2.1)とはマッチしておらずその通りにやっても動かない、いくつかの情報をネットから集めて眺めながら進めざるをえなくなる。CygwinというUNIXをWindowsにエミュレートするソフトは特に問題なくインストールできて、問題のGMT本体にとりかかる。たくさんのZIPファイルをダウンロードしてきて片っ端から解凍していくとGMT,GMT1,GMT2….といくつものGMTと名のつくフォルダができてそれぞれが似たような構成をしている、どの説明とも違う、しばらく眺めていて思いついて、これを一つにして中も同じ名前のフォルダごとにまとめていく。XPの環境変数の設定を追加・編集してやってとにかく、MSDOSコマンドプロット窓から動かしてみると、エラーだ。Shareというフォルダに必要なファイルps_font_info.dが無い、というメッセージ。これも説明と違う。GMT全体のどこかにあるはずと探してみるとどうもpslibというフォルダは中身を全部shareに移すのが正しそうだ、少し前進する、まCp1たエラーが出る、エラーが片付くまで、同じような作業を繰り返す。何しろガイドがバージョンアップに追いついていない、本当に手探りだ。出力を画像表示するソフトGSViewも別途あるのだがこのインストールも日本語の説明サイトとちょっと違う、これもなんとか手探りでインストールして環境変数でつなげる。苦労の末やっと動いて初めてTestデータでサンプルどおりの絵を描けた時は やった の心地だ。それではと、今日のアメダスデータから入力データを作り等圧線を引かせてみる、なかなかうまく等圧線を引く。まだ使い方は未熟だが使いでがありそうだ、しかし、結局もとのデータがどうあるか、で今のところまだEXCELの点画といい勝負だ。EXCELの方が自分で作った気がするがGMTは動かしてみれば人の作ったきれいなツールだ、なんとなく自分のものでは無いような気がする。

不満が残るところから前へ進める力が得られるように思えて かえっていいのかもしれない、しかし少々疲れた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月24日 (火)

形が見えなくて、時と共に価値を失っていくもの

UWSCという、パソコンの処理プロセスの自動化ソフトがあることを教えてもらって、ダウンロードしてとにかくサンプルを動かしてみたが、これが難解。アメダスWebページから過去Fuyou2 のある日の全国の地点データを次々にファイルに読み込むことが当面の目標だがまだどのようにとりつくのか解らない、しかし、自動化のやり口をマスターできれば楽になることは多そうだ。ぼちぼち進めてみよう。
コンピュータのプログラムはFortranから入りBasicもいくつか作ってみたが、Basicはパソコンにはついてこなくなったのでもうできない。visual basic でもいくつか作ってみたが、面倒になって動かさなくなるとすぐに忘れていく。

自分の作ったプログラムはどこへ行ったのか、無駄な不良資産の束になってしまったのか、プログラムとは所詮は “関係” をつなげているだけで時がたてばあらゆるものは時空に吸い込まれて消えてしまう。しかし結局は無に帰するとは解っていても、動くものを作ることは面白い。アートではないがクラフトに通じるものがある。"面白さ”のひとつの形がそこにあるように思える。

岩井克人さんの書き物をたまたまウエブ上で見つけて([あらためて「会社とは何か」])読んでみたら、感じること多々あり。会社というものは一体何なんだろうか、を非常に本質的に攻めている、語っている。そもそも物なんだ、これを擬人化して法人にしているが物なんだ、この物が、会社に働く人を支配している、少し無理があるしくみだ、そうなんだ。会社のコアとは一体なんだろう。会社の中だけでしか役に立たない、会社以外では価値の無い組織特殊的人的資産は会社の存続と密接に関わっている、これは売り買いできない、コアといってもいいのだろう。…..どうもコアとはきれいな目に見える形のあるものではなく生物的な有機的なものらしい。これが失われると別の会社になってしまう、衰退してしまうかもしれない。経営者は会社というものを人らしく操る人形浄瑠璃の黒子なんで、そこには簡単な法律で扱えない関係が生じる。ある意味で“アート”な関係になる。いちいち、そうか、と思ってしまう。

勿論会社は株主のものだけではなく社会的存在だ、利益を上げることが唯一の目的ではなく社会を形つくることにも存在理由がある、これはもう10年前からいわれてきたことだ、しかしこれすら、いまだ共通の認識になっているとはいえない。
SOX法が施行されることになり会社のお金の面の全てがデジタルに露になろうとしている。これで、デジタルになることとそうでないことのふるいわけが次第に進み、もう少し会社とは一体何なのか、理解が進んでいくような気がしている。

形が見えなくて、時と共に価値を失っていくもの、そんなものが、なにか普遍的なコアになっていて、社会を成り立たせているのかな、関係、が結局コアなんだろうか、考えてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)