2017年8月26日 (土)

バンと日食と

近くの溜池でまたバンが子育てを始めた。
朝散歩しているとヒナが4羽睡蓮の葉の下から出てきた。今年3回目となる。前回も4羽

Ban3kaime

だったが生き延びたのは2羽位だ。位というのは最近は若鳥は1羽しか出てこないようで、もしかしたら1羽はカラスにでもやられたのかもしれない。それでもこの溜池では確実に命がつながっている。
時々思うのだが、地球上に今生き残っている生物全てが40億年前の生命誕生まで何らかの糸で切れずにつながっているという事実が奇跡の様だ。あの数度に及ぶ地球生命大絶滅時代全てを辛くも生き残った生物の末裔が結局はここにいると思えば今ある命の計り知れない重さを感じる。宇宙には未だに地球のほかには生物の痕跡が発見できないことから宇宙的重さをも感じてしまう。とにかく命をつなぐことには重い意義があるとしか言いようがない。

2017eclipse

北米で8月22日に皆既日食が走るという話が盛んに報道されインスタにもその映像が溢れたが(写真は今回米国オレゴンで観測された皆既日食(wikipediaによる)。) そういえば確か北関東にも皆既日食が走る年があったと思い出して少し調べなおしてみた
日食の予報は国立天文台のページから調べることができて、18年後に北関東を皆既日食線が走ると解る。壬生あたりでは皆既時間は2.6分位、日光市街で2.2分位と推定されている、それなりだ。2035年9月2日10時7分位に始まるという。
あと18年後ということになる、それくらいなら生きているかもしれない、

Nissyoku

しかし福岡から栃木まで車で走っていくにはちょっと無理だろう、どうやってその場所に行くのだろうか、やはり結局は無理だろうか、生涯一度の最後のチャンスのような気がする。無論栃木には知り合いがいなくもないがその頃にはもうかなりの高齢になっていることになる、押しかけて行ってお世話になるのはいくら何でも無理だ。
以前奄美に皆既日食がかかるという時は行く気になっていたものの飛行機が全く取れずあきらめた記憶がある。奄美は結局嵐だったがそれでもあたりが暗くなり日食らしさは体感できたという話を行けた人から聞いた。たとえ曇って写真は取れなくても現場に居合わせることが大事だろうと思っている。
日食のような場面では地球が確かに宇宙に浮かぶ小さな島であることを体感できるだろう。
宇宙の過酷な空間をめぐる地球という惑星に住み着いたカビの様な人類の位置を思い知るだろう。わずか10kmの空気層の外では人は生きられない。

18年後の皆既、こんなタイムスケジュールを見るともう知るべきこと学ぶべきことに対して時間が残っていないことを悟る。

永遠の生は命をつなぐことでしか実現しない、伝えていくDNAの中に残るだけだ、それだけでもよしとしなければならないのだろう。未来につながるDNAはこれからどんな景色を見ていくことだろうか。

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2016年7月14日 (木)

地球史その2


放送大学「地球史を読み解く」のテレビ講義は続く。
40億年前頃に生命が誕生した後の地球はどうなったか。他の情報も合わせ話をまとめるとこんな感じになる。

地球上に最初に出現した大陸は活発なプレート運動にて沈み込み帯部分で次々に破壊されマントル底部に引き込まれていき、40億年前頃以降地表は幾つかの火山島を残して殆どが海に覆われた。
その後僅かに残った火山島周りの水際にシアノバクテリア(藍藻)が生まれCO2をO2にかえていった。シアノバクテリアの発生は27億年前とも35億年前ともいわれる。プレート運動は続き海水も地中に次第に引き込まれ海水面は徐々に下がり陸地は広がっていった。

シアノバクテリアがどのようにして生まれえたかその説明はないが、シアノバクテリアはサンゴ虫がサンゴを作るようにストロマトライトという石を作ってこの石を成長させながら命を伝えたという。ストロマトライトは地球上のいくつかのポイントで発見されている。この他幾つかのこの時代の痕跡が世界の各所で確認されている。

シアノバクテリアの作り出した酸素で海中に溶け込んでいた2価の鉄が酸化され3価鉄となり3価鉄は水に溶けず鉄鉱床として沈殿した、この鉱床が現在鉄の鉱床として採掘されている。
しかし、38億年前の岩石が出土しているグリーンランドのイスア地域では38億年前の縞状鉄鉱床も見つかっておりシアノバクテリアによる酸化がなくとも鉄は沈殿したともみられるがそのプロセスは必ずしも明らかではない。

25-26億年前の大古代末期にはプレート運動の沈み込みで地下にたまった冷たいマントルが660kmの上部マントルと下部マントルの境界を突き抜けてコア付近まで落下、これを補う形で下部マントルが上昇地表に洪水のように洪水玄武岩を噴き出すに至った。マントルオーバーターンと呼ばれる。噴出した玄武岩により陸地面積が拡大していったとみられる。この洪水玄武岩も世界の各所で見出されている。
同時に、地球中心部のコア内の対流も活発化し地球磁場の強化がもたらされたと推定される。
この結果宇宙からの高エネルギー粒子が地球磁場によるバリヤーに守られて侵入しずらくなって生物の生息に好適な環境がますま揃えられていったとみられている。


25億年前から6億年前までを原生代と呼ぶがこの時代を大きく特徴づけるのが23億年前と7億年前付近で起こったスターバースト(銀河の衝突によるとみられる爆発的星の生成)に起因する全球凍結とされる。
1回目の全球凍結は、ここでは、スターバーストによる大幅なヘリオスフェア(太陽圏)の縮退で地球に降り注ぐようになった大量の宇宙線により雲核形成が促進され、地球が厚い雲に覆われて入射太陽エネルギーが減り全球凍結が起こったという説が提示されている。
Helios_2 にわかには信じがたい説だ。最近の研究を見るとヘリオスフェアのサイズは通常で少なくも100AUはあるようで、それが地球の内側(1AU)まで押し込まれる(即ち殆どなくなる)とは本当か、と思わせるし、その結果雲が大量発生して日射を遮ってこれによって極端な寒冷化がもたらされるというのも、気象の知識からすればありそうにないように思える。
高エネルギー宇宙線が雲の形成を促進させるというのは実験的に再現されているのだろうか、どんな実験をやったのだろうか、単なる紙の上の話なのだろうか、疑問点だらけだ。
ここまで言い切らず”スターバーストが全球凍結に関係している可能性がある”くらいが主張の限界のように思える。
この講義のままでは根拠が必ずしも強くない仮説をそうとはいわず教えられているようで、このあたりが生ぬるい質問箱を介したやり取り以外に直接議論ができない放送大学の限界なのかと思わせる。


7億年前付近で起こった2度目の全球凍結をも生き延びた生物はエディアカラ紀(6.35億年前-5.4億年前)の大型生物発生を経て生存環境がさらに好転しカンブリア紀(5.4億年前-4.85億年前)の種の大爆発を起こす。
カンブリア紀の種の大爆発の要因には浅い海が広がったこと、酸素濃度が適切になったこと、プレート運動での海水の地下への侵入が続き陸地の面積が増えたこと、などがあげられているが、同時にHiRマグマという放射能を含んだマグマが陸地内部の裂け目から地表に現れこれがDNAに損傷を与えて進化を加速させたという説が説かれるのも面白い。放射能を浴びたことで進化が加速されるということは早晩原子力のエネルギーを使わざるを得なくなっている現在の状況を地球の歴史が是認しているようにもみえて何か暗示的でもある。


プレート運動の結果大陸は裂けて移動しそれぞれの地域で独自の生物を進化させ更に裂けた大陸がまた衝突して生物が混じり合い現在に至る様々な種を生むに至ったという、このあたりはなるほどと思わせる。

カンブリア紀以降に多くの種が生まれたものの、2.5億年前前後に何と1000万年間隔で2度の大量絶滅が発生(この原因はまだ定かではない)、この後恐竜や哺乳類が分化・進化するが、更にまたしても起こった6500万年前の大量絶滅で頂点に立っていた恐竜が分派した鳥類を残して絶滅したのを見ると、この地球で種が生き延び続けることの難しさを感じざるをえない。
少なくとももう1億年くらいは地球の大変動は無いようでうまくやれば人類は生き延びられそうだが、1億年という時間の長さを感じてしまう。

46億年という地球の歴史を俯瞰すると1億年先の未来はすぐそこの未来のように感じてしまう、が、そうではない。100万年が100回くる未来だ。1000年続く文明があったとしてそれが1000回繰り返されてやっと100万年だ。
1億年先であればまだ新しい超大陸が見えてくるほどに大陸移動は進まず、プレートに引き込まれて減っていくとされるCO2もまだ十分残っていて、破局的なスターバーストを引き起こす銀河の衝突もまだ起こらない見通しらしい。自滅しない限り人類は生き延びることが出来るだろう、10万個の文明を次々に作り続けながら。どこまで行ってしまうだろうか。

少々科学オタク向けの講座かとの感じもしていたが、宗教が昔から果たしてきた我々はどこからきてどこへ行こうとしているのかの解説をとにかく科学的にやってくれるところが、この宗教臭くなっている現代にむしろ必要な学問になってきていると感じさせてくれて、十分に面白い。

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2016年7月11日 (月)

地球史を学ぶ

仕事を離れたら時間を持て余すと聞いたことがあったが、実際にそのような状態なると全くそのようなことはなくやりたいことが増えるばかりだ。


学ぶことも遊びの一つで、この春からは放送大学大学院の学生証を手にして学んでいる。

Hosodgk1
といってもそれほど多くの時間を割くことはできないので放送大学では「地球史を読み解く」という講座のみを正式に履修している。
平たく言えば我々はどこからきてどこへ向かっているのかを科学的に宇宙スケールで明らかにしていこうということになる。

始めるとなかなか興味深い。
東工大特命教授の丸山茂徳という人の講義だが姿やしゃべりはあまりテレビ向きでない。しかし話の内容はすこぶる面白い。
Hosodgk2
話は本来どうやってこのような研究が進んできたか具体的にどのように研究なされているかという研究手法が結構重要そうだが、そこらはあまり深入りしない。岩石の年代決定手法や同位元素の分析法など実証の具体的手法の知識が骨格を成すような気がする、そこはない、その意味ではどこか消化不良の講義であることは免れない。



太陽系の誕生と地球の誕生がはじまりだが、宇宙150億年の歴史を俯瞰すると太陽系が誕生した46億年前は銀河系で星の形成率が高まるスターバーストの時期にあたっていたという。

スターバーストは銀河同士の衝突で引き起こされるとされており、46億年前は銀河系と矮小銀河との衝突で起こったと最近は考えられているようだ。

太陽の周りにスターバーストで生じた物質が円盤状に集まり 重い岩石は太陽に引き寄せられて内惑星を作り、飛ばされた軽いガスは離れた軌道に外惑星を形成、内惑星は衝突を繰り返し成長、地球、火星などが形成された、と考えられている。
地球のもとになった惑星は隕石の落下で次第に大きく成長していき最後に火星位の惑星との巨大衝突を45.6-45.3億年前に起こしたとされる。こ衝突はジャイアントインパクトと呼ばれこの時月がとびだしたともされているようだ。


ここからが地球の歴史の始まりとなり、まずは冥王代とよばれる原初の時代が始まる。
地球の水はどこから来たか。地球の水の同位体比--重水素/水素比の値を調べると太陽水素の値や彗星の値とは大きく異なり炭素質隕石の値に近いと解ってきた。

一方地球(および月の)岩石は構成する元素の同位体比率からはエンスタタイトコンドライト(Mg系輝石であるエンスタタイトを主要鉱物とする石質隕石)と呼ばれる隕石物質と一致し炭素質コンドライトとは一致しなかった。
即ち岩石をもたらした隕石と水をもたらした隕石は別々のところからきていることになる。
まずエンスタタイトコンドライトが集まって地球の本体部分が出来上がってきた、そこへ水と大気を持った炭素質隕石が降ってきたことになる。
そんな調子のいいことが何で起こるの、と思わざるを得ないが内惑星が生成後木星の引力の影響で外惑星に近い側の小惑星帯の炭素質の多い隕石が落ちてきたという説明があるだけで今一つ合点がいかない。まだまだ諸説が飛び交っている状況のように思える。

地球に残る最古のかけらは44億年前のジルコン結晶でこの中に含まれるウラン元素の崩壊から年代が推定できており、更に、40億年前前後のジルコンに含まれるセリウム元素の価数分析から40億年以前は酸素の少ない還元的な環境(即ちエンスタタイトコンドライトがもたらす環境)でありその後は酸化的な環境(即ち炭素質コンドライトがもたらす環境)に変わっていったことが物的証拠として示されているようだ。

46億年前という太陽系誕生の歴史は隕石の年代測定から得られたもので太陽系全体がほぼ同時期にできた、それが46億年前であったということのようだ。僅かに残された試料から重要な結論が導かれるところは感心するがどうしても半信半疑のところがある。


それにしても現在落ちてくる隕石の多くが普通コンドライトでありエンスタタイトコンドライトや炭素型コンドライトは少ないとされる、ハヤブサが探査したイトカワも普通コンドライトであると解っている、46億年から40億年前頃に今は少ないコンドライトが惑星を作るほどに落ち続けたのはどういうことだろうか。
少しかじっただけでも疑問は尽きない。



生命の発生に至る過程は更に面倒で、原初の、隕石でもたらされた大量の水は地球の殆どを4kmの深さで覆っていたがこれがプレート運動で次第に地中に引き込まれてそのかさを減らし、現れた陸地の岩石粒子が海水と反応して強酸性だった海水を中和していった、濃密だったCO2もマントルに固着してプレート運動で地中に運ばれて薄くなり太陽の光が地面まで届くようになった、水際では各種複雑な環境が現出し多くの元素が出そろい、間欠泉のような場所で有機化合物が次第に合成され最後に生命の誕生に至った、ということのようだ。

まだ実験室内では生命の誕生までは実現されておらず、本当にこうなのかは解らないが、かなり生命の発生はハードルが高いようだ。最近相次いで発見されている太陽系外のハビタブルと思わせる環境の惑星でもめったなことでは生命は生まれないのではないかと思わせる。

地球の冥王代には多くの生命の形態が有りえたが、大量死を繰り返し結局動物の祖先となる古細菌と植物の祖先となる真正細菌のみが生き残りこれが30数億年生き延びてカンブリア紀に理想的ともいえる環境が出揃ったことにより爆発的種の拡大に至ったということらしい。
ここらあたりまでくると化石が残されていたりでそういうことかと思わせる。


勿論この先も展開は続くのだがここまでの過程でも,人類のような知的生命体が存在しうる天体が地球以外に本当にあるのだろうか、と思ってしまう。地球しかないといわれてもそれはそれで真実かもしれない。
命の宇宙的重さというものを感じてしまう。

確かに学ぶということは面白い遊びだ。

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2016年2月10日 (水)

温暖化と氷河期到来と

Sc1_2 気象の集まりがあって南極の氷の話を聞いた。
いくつかの疑問が解けた。最も印象的であったのは、南極の氷の蓄積を縦にボーリングしていくと32万年前の氷まで採取出来ていてそこに順次含まれている古代の大気を調べると気温とCO2の変化の歴史がわかる、現在は間氷期であって解っているだけでこの期間に3回の氷河期と間氷期がはっきりと認められている、CO2の変化と気温の変化もはっきり認められている、というあたりだ。

講師は福岡大学理学部地球圏科学科の林政彦教授で越冬隊に2回参加している方だ、南極観測全般の話も面白いがやはり主題の氷の話に引き込まれる。

人為的なCO2増がない時代でも気温は上昇と下降を繰り返していてむしろ気温の上昇がCO2の上昇に僅かに先行していること、この波動が続くなら次の氷河期は目前に迫っていること、氷河期のサイクルは地球の軌道の振れによる日射量の変動が原因と考えらることなどもデータで示された。

今問題なのはこれまでの歴史になかったCO2の急激な上昇が人類によって突然引き起こされていること、Nankyokuそれが短い時間スケールで今後温暖化を引き起こすはずだという論拠に なっていること、もっと長いスケールではそれを飲み込むような氷河期のサイクルがやはり到来するであろうことも、やっと了解できた。
要するに地球の歴史から見れば100年単位の非常に短い時間スケールで地球温暖化は議論されているのであって、日射量変化に基づく氷河期のサイクルはそれよりずっとゆっくりだが地球の時間軸からは急にみえる万年単位の変動で、大幅な気温減少がやっぱり予測されるということのようだ。どちらも備えておくべきということなのだろう。

それにしても地球軌道の僅かな歳差運動による日照変化が氷河期を繰り返し到来させるものなら 金星が灼熱であっても 火星が死んだように冷たくても、そんなものなのかと思える。地球のこの太陽からの位置が考えていたよりはるかに微妙に奇跡としか言いようのない巧みな位置だったと思えてくる。
宇宙には地球のような惑星が沢山あるはずだとこのところ各国で太陽系以外のハビタブルゾーンにある地球環境に近い惑星が探索されているようだがいくら探してもそんな星は結局見つからないのかもしれない、そんなことすら思えてくる。

我々はいまどこにいるのかそれを少しずつでも明らかにしてくれるこんな研究は興味が尽きないし人類がやるべきことをランキングしてみた時に最初の方に来る研究なのだろう、そんな風にも思っている。

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2016年2月 5日 (金)

トンチャンリのミサイル発射は8日かあるいは12、14日と予測

北朝鮮の東倉里(トンチャンリ)ミサイル発射場からのロケット発射が2月8日から25日の間に予告されている、いつになりそうかやや気になる。
準備に問題がなく気象条件が整えば出来次第打つというのがロケットの世界の常識だろう、物Toncyanri 理的なものだから北朝鮮もここは変わりないと思われる。
現地付近の気象予測をみてみると、風の弱い8日が第一候補だが雲が多く打ち上げ状態の光学観測には多少難がある。これを外せば12日或いは14日あたりが天気も良くなり風も強くはない。このあたりで準備に問題無ければ打ってしまうのではないかと予想される。
それにしてもどこまで走る気なのだろうか、北朝鮮主導の南北統一実現まで何が何でも頑張り続けるのだろうか。終わりが見えない。

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2015年7月14日 (火)

台風が次々に

台風が次々に現れる。エルニーニョではフィリピン近海の海水温が例年より低めとなって台風は発生しにくいはずだが、今年のエルニーニョではそうでもない。前回の2009-2010年のエルニーニョでは2010年前半の台風発生が極端に減っている。今回のエルニーニョが本格化するのはこれからで、まだ台風発生数に影響を与えるというほどになっていないのかもしれない。
今年は1-4月の間に5個の台風が発生した。昨年も5個だったが1951年以来の統計ではこの時期の平均が1.7個となっていて今年去年が極端に多いことになる。この65年間では5個というのが最大であり今年を含めて4回しかない、それが2年続けて起こっている、少し変だ。確実に南の海が温暖化してきているということかもしれない。
ともかくエルニーニョでもそれなりにフィリピン付近の海水温は高く台風発生の目安28℃以上となって台風が続々と発生している(図は2015.7.12海水温度分布)。150712seatemp
一方でエルニーニョで日本の近海は例年より水温が高く、台風は例年より発達して日本にやってくる、たまらない。この先どうなるだろうか。

 

7月7日からひまわり8号の画像が気象庁のページでひまわり7号に変わり用いられるようになった。高精度の衛星画像そのものは全球では10分毎、日本付近では2.5分毎に送られてくる。動画はNICTのページ(http://himawari8.nict.go.jp)で少し遅れて公開されているが、見ると太平洋に写る太陽のぼんやりした像まで動いているのが解り、動きが細かくて、あたかも自分が宇宙に居るようにさえ感じられて、生々しい。
確かに直感的に現在の台風の勢いや動きは理解できるようになったのだろう、予報は時間との勝負で観測や計算のデータを集めて理解しては次々に発されねばならないからこのような直感に訴えやすい画像は強力な支えとなろう。

 

Himawari8 ひまわり8号は、あのスーパー301条による国際入札を乗り越えた三菱電機製の衛星バスを用いる国産衛星だが肝心の光学センサーは米国製だ(Exelis社製)。米国をはじめ多くの国がこの会社のセンサーを使っているようだ。やはりスパイ衛星の製造で技術が磨かれた米国のメーカーにはかなわないところがあるのだろう。
日本の衛星メーカは三菱電機、NEC,東芝3社の時代が続いたが、三菱電機が頭一つ抜け出し今年になって東芝が脱落し、2社時代になった。国内を相手では需要が小さく国際的なビジネスをつないでいける技術を保ち続けるには相当の体力と熱意が必要ということが誰の目にも明白になってきたということだろうか。高度化すれば限られたプレーヤーしか残れないということだろうか。

 

技術は確実に前に進んでいる。しかし「この先どうなるのだろう」という不安に答え 的確に未来を予測できるようになるにはまだまだ道は遠い。ほんの数日先の台風の位置でさえ未だに随分な幅を持ってしか予測できない。こんな段階でも技術の担い手は次第に絞られてくる。
人のやれることは何処かで限界に達するのだろうか、解らない、しかし少し不安になる。

 

「2001年宇宙の旅」のような未来は2001年には実現しなかった、夢のように語られていた21世紀ももう1/7は過ぎた、こんなものかという思いがある。

 

嵐の季節にはこんなことを考える時間ができてくる、それも自然の摂理の一つではなかろうか、手のひらから抜け出すことは出来ないと思い知らされているのだろうか、そんな気がしてくる。

 

。。。。。難しいことを考えるのはもう止めにしよう、息が詰まる。どのみち呑気に生きるほか無いのだから。

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2014年10月15日 (水)

闇に入り込む月

闇に入り込む月

月はボールのようなその真の姿を
中空の朧な闇の中に
疑いようもなく晒してくる

宇宙を旅する地球という宇宙船を
その時我らは明瞭に感じることになる

薄い空気層の外の
永遠に向けてただただ広がる宇宙の只中に
確かに我らは浮かんでいるのだ

三千世界に本当に仏がいればどんなにか楽しかろう
50億のほか見渡す限りの宇宙には孤独が満ちている

それを見せてくれる
闇に入り込む月が美しい

Gessyoku

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2013年8月31日 (土)

航空機やロケットの 事故や不具合が

航空機やロケットの事故というか不具合が何故か目に付くようになってきた。
アシアナ航空のサンフランシスコでの着陸事故の後米国の民間輸送機に2つの着陸事故が起こっている。
一つはサウスウエスト航空のB737がニューヨーク・ラガーディア空港に着陸しようとして機首下げのまま前輪から先に接地して前輪を壊し前のめり状態で滑走した事故ともうひとつはUos1354 A300貨物機がバーリントン空港の着陸で滑走路のはるか手前で接地して大破した事故だ。前者は死者は出なかったものの脱出時に軽傷を負った人が数人でた、後者は乗員2名が死亡している。
いずれの事故も機体システムになんら問題は見つかっていない、アシアナ航空の事故と同じだ。正常な機体が通常に着陸しようとしてとんでもない事故に至っている。
天候はA300事故では問題なかったもののサウスウエスト航空では進入中にそれまで背風だったのが滑走路付近では迎え風に変わったとされておりマイクロバースト状(局所的なダウンバースト)のものがあったとも推定されている。この事故では着陸寸前の高度400フィート(120m)でそれまで操縦していた副操縦士から機長が突然操縦を代わっている、マイクロバースト手前のガストへの対処かとも思われるが結局はマイクロバーストに突っ込みゴーアラウンドはしないまま操縦を誤り事故となった、この段階で操縦を代わるのはきわめて異例のことでこの事自体が事故に結びついていたのではないかとの推測も出ている。着陸寸前に急に操縦を代わるほどならその時点でゴーアラウンドをすべきだったのだろう。人同士および人と機械の対話がうまくいっていないように感じる。
A300の事故ではアシアナ航空の事故と同様ILSが使えない状態の滑走路への着陸だった。事故そのものは昔JALがインドで起こした事故と似ているようで高度に何らかの誤認があったものと思われる、滑走路を視認して僅か4秒後に木または地上の物体に接触している、この状態でのこの滑走路の最低決心高度は556ftと定められているので滑走路視認がいかにも遅すぎる、そこまでの間 高度の錯誤をしていた(まだ決心高度に達していないと思っていた)ことになる。ヴィジュアルの経路角確認装置PAPIはこの滑走路にも設置してあるが(パスが随分手前から大きく外れていて)この機はこれを使用していなかったようだ。どうみてもパイロットミスだ。パイロットは2人だがどちらかは薄々何か変だと感じていたのではないだろうか、前のケースと同様どこか会話の足りなさを感じる。
まだ航空機の着陸はヒューマンエラーが介在できる箇所だらけとしか思えない。千変万化の風の中で或いは着陸支援設備が不十分の状態で、パイロットの技量に頼って着陸するのは安全上の問題が未だに十分には解決されておらず、安全を支える技術が随分と足りないように思える。自動化が決め手の一つのように思えてしまうがそうはいっても簡単ではない。

自動化すればいいかといえばそうでもないトラブルが最近のイプシロンロケットの打ち上げで起こったようだ。

Epsilon_rocket_2 イプシロンロケットの打ち上げが直前の誤信号で自動的に停止した。昨日の発表では打ち上げ管制のコンピュータとロケット側のコンピュータの信号授受タイミングが僅かにずれていたために自動停止したとされる。リハーサルは何度もやるはずでリハーサルでここまでのステップを現実のハードで忠実にやれてなかったということになる、どこかに考え落ちがあったのだろう。そういう(人の)開発システムの問題のような気がする。
これとは別に、この打ち上げをテレビ中継で見ていてソフトの問題らしいと感じていたが、ソフト上の問題ということで思い出されたのが昨年11月JAXAのパソコン1台がウイルスに感染しイプシロンロケットの仕様や運用に関わるデータが外部へ流失した恐れがある事件だったhttp://www.jaxa.jp/press/2012/11/20121130_security_j.html。イプシロンロケットの特徴のひとつはパソコン2台で打ち上げ管制ができる簡素さにあった。その後の詳細は発表されていないがもしこの件と今回の打ち上げ中断が関わっていたとするとやや深刻なことになる、そうでないことを願うばかりだった。ロケットの打ち上げがパソコンの自動シーケンスで簡単に行えるというのは考えようによっては危険なことかもしれない。今回はそうでなかったとしても万一ハッキングされればどこへ飛んでいくか分からない、とんでもないことが起こりうる。他からの侵入やウイルス感染の恐れを排したアナログな原始的なシステムでの打ち上げのほうが実は安心できるような気もする。電磁干渉やアナログの不安定という別の問題はあるが贅沢なアナログの時代がここにも必要とされているようにも思える。

世の中は複雑化していく一方で人間の感覚とどこかでギャップが出てきてしまう、こんな問題はいい古されてはいるが今後も当分つきまとうのだろう。人間の感覚にあうのは結局は対話でありアナログであるように思われる。しかし、今後少なくとも数千万年は続くと思われる人類の未来を思えばいつかは収まっていく問題なのだろう。結局大した問題でもなくなっていくのだろう。

未来へ残っていく問題とは結局何になるのだろうか、人そのものだろうか、考えていても解らない、そんなことへと想いが発散していくのが面白くもある。

(画像はいずれもwikipediaによる)

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2013年2月13日 (水)

かもめ

チェーホフのかもめをやっと読んだ。やっと、というのも変ないいかただが、今までに気になって何度も読みかけてはまともに読まずじまいになっていた。ロシアの長い名前を頭に入れながらの戯曲というものがどうにも先へ読み進めるのを妨げたのではないかと思っている、しKamome かし少々言い訳じみている。かもめは主人公に運悪く撃ち落とされる、偶然の遭遇がかもめにとって致命的な結果をもたらしたことになる。かもめはうら若い女性を象徴し主人公の恋人のことでもあった、彼女は主人公の家の別荘でたまたまあこがれる高名な小説家(主人公の母の恋人でもある)に出会い子を設けるまでの恋に陥るが結局は別れ子供も死んでしまう、全ての不幸が偶然の遭遇から起こっている。恋人てあった女性は度々私はかもめと主人公に向かって書き送り、語っている。冒頭で主人公が書下ろした25万年後の地上の全ての生き物が死に絶えたった一つの情念だけが存在し続けるという劇中劇が主人公の恋人によって演じられるが、人生の生きていく生き様の虚しさを暗示しているようにも思われる。主人公は去っていった恋人に数年後に再び再会するがその力強くもある現実的な姿・考えが彼に絶望を与え主人公は自殺して話は終わる。ストーリー展開の劇的な部分は語りによってのみ示される。舞台は殆ど変わらない別荘の一室で終始する。こんな話だったのだ。ストレートな戯曲ではない。饒舌とも言える語りがその他の登場人物によっても語られる、今更ながらチェーホフの立体的な才能を感じてしまう。
Tereshkova テレシコワが宇宙へ初めて出た時の第一声が私はかもめだった。テレシコワのコールサインがかもめだったことからそうなったのだが、テレシコワは撃ち落とされること無くまだ存命で昨年末にはロシア総選挙に出て一度離れた政界へも復帰している。恐るべき偶然がテレシコワをここまで導いたのだろう。裏返しの意味での私はかもめだったように思えてくる、テレシコワの宇宙飛行の後は20数年の間ソ連は女性宇宙飛行士を育てなかった。女性の一番乗りもソ連が制したことにのみ意味があったのだろう、いかにも政治的だ、必然ではなかったという意味で偶然の作用が大きいように思える。
チェーホフのかもめが気になっていたのはたまたま当時新聞で見たテレシコワの私はかもめという第一声が頭にずっとあったためではないだろうか、そんな風にも思っている。偶然の遭遇が折り重なる生をあたり一面に存在させている。偶然の作用が弱い生き方なんぞ つまらないもののように思えて、そういうことか、と何かを見つけたような気がしてくるのが面白い。

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2012年12月 7日 (金)

東倉里ミサイル基地からの打ち上げは12月11日か

韓国羅老ロケットはまたもトラブル発生で打ち上げが延期となったが北朝鮮のロケットは着々と準備が進められ12月10日には発射体制が整うと見られる。いつ打つか、天候さえ良ければ直ぐにも発射となろう。東倉里(トンチャンリ)ミサイル基地付近の天気予測をGPVから出してみると、13日から天気は崩れる、10-12日はまずまずだが12日が最も風が弱い、となる。11か12日辺りが可能性が高いように思われる。4月の打ち上げの時はベストの日に打っている訳ではないので11日辺りが最も怪しいのかもしれない。さてどうなるか。

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