2026年6月15日 (月)

公民館でJazz

ひと月ほど前、見落としていた地域の公民館のお知らせで「ワインの夕べ」と称する生演奏のJazzコンサートが公民館で開かれると知って、慌てて予約したが既に満杯でキャンセル待ちとなってしまった。しょうがないかなとあきらめかけていたころキャンセルが出た予約受けるとの連絡が入って、当日聴きに行Winenoyuube0613a った。歩いて十分行ける距離で気安い。会議室がJazzクラブ風にアレンジされていてテーブルが10個くらい島のように配置されて、オードブルとスパークリングワインが提供される。適当なテーブルに座ってワインを飲みながらJazzを楽しむという趣向だ。演奏は福岡で活躍しているJazzボーカリストのMayumi+ピアノトリオの形でなじみやすい。50年以上前に学生の頃新宿や渋谷のJazz喫茶・クラブの生演奏をかすかに思い出していた、あの頃はもっとすいていた、あまりに空いていて帰るに席を立ちにくいということもあったがとにかく気楽だった。更には60数年前にこの福岡でJazzにはまり始めたころのことを思ってもいた、中学生になったばかりの頃でまだ渡辺通3丁目にRKBのテレビ塔があった時代だ、ModernJazzの新譜を中心にしたレコードコンサートがRKBホールで無料で毎月のように開かれていて自転車で通っていた。コルトレーンのマイフェバリットシングスのソプラノサックスがホールに響き渡った時の驚きと新鮮な感じは今でも蘇ってくる。他にもアートブレイキーの公演が福岡であってそれを聴きにいった記憶もある。この街でJazzに出会った、Jazzに浸りはじめた。高校は関西、大学・仕事は関東、随分時は流れた。

Mayumiのボーカルはのめり込むような濃密なものではないが、この場にあったJazzだ、心地いい。

歳を経てまた福岡に戻って、歩いてJazz生演奏を聴きに行く、こんなめぐりあわせが仕組まれた人生だったのか、そう思ってしまう。なかなか悪くない。

| | コメント (0)

2026年6月14日 (日)

スターンの指揮する九響を聴く、いつになく端正な美しさが

このところ九州交響楽団の定期演奏会にはとにかく聴きに行くことにしている、生で聴くオーケストラのダイナミズムがどんな形であれ聴いてみたくなるもとになっているようだ。
6月12日の定期演奏会ではユーベルQkyo0612 ・スターンを指揮者に迎え、ワーグナー、リスト、ドビッシーの19世紀半ばから20世紀初頭にかけての作品が演奏された。ワーグナーのタンホイザー序曲とヴェーヌスベルクの音楽から始まる。あれという感じでオケの響きがいつもとちょっと違う、端正できれいな響きだ、これがスターンの追及しているものなのだろう、もっと荒々しところが時折あったほうがいいかな と感じてしまう。この感じはこの日のプログラムを通して感じたのだがドビッシーの「海」に至ると、抑制された美しさが際立つようでもあり、ドビッシー向きかもなとも思ってしまった。
2番目のリストのピアノ協奏曲第2番では中川優芽花がピアノを演奏した、不勉強で全く知らない名前だったが個性的なピアノを奏でる、音が円い、あの尖ったリストをリストとは思えない丸っこい感じで演奏する、ちょっといい感じだ。これはいい。終わって休憩に入ったところで、売っていた中川優芽花のCDをつい買ってしまった。
プログラム3番目はドビッシーの「海」だ。若い頃から聞きなれたアンセルメとスイスロマンドの名演とどうしても較べてしまう、弦の厚みは録音技巧を凝らしたと思われるスイスロマンドには及ばないが華となるトランペットは素晴らしい。トランペットは客演3名を入れて5名体制だが誰が華の部分を吹いているかと見ると若い女性だ、東川理恩だ、前の首席 松居洋輔が去った後は彼女が見事に埋めているようだ、ちょっと驚く。時代は変わった。
なかなかのコンサートだった、オーケストラのアンコールが2曲もあるとはサービス満点でもある。こんな日々の過ごし方は楽しい。

ーーーーーーーーーーーーー
九州交響楽団 第440回定期演奏会
2026年6月12日19時開演
会場 アクロス福岡シンフォニーホール
曲目
1.リヒャルト・ワーグナー/歌劇『タンホイザー』より 序曲とヴェーヌスベルクの音楽

2.フランツ・リスト/ピアノ協奏曲 第2番

    ピアノアンコール リスト/即興円舞曲変イ長調S.213

3.クロード・ドビュッシー/『海』 管弦楽のための3つの交響的素描

    アンコール ドビュッシー(カプレ編)/『ベルガマスク組曲』より 月の光
           ワーグナー/『ヴェーゼンドンク歌曲集』より 夢

演奏 九州交響楽団  指揮 ユベール・スダーン
    ピアノ 中川優芽花

| | コメント (0)

2026年6月 6日 (土)

2026年5月の俳句・短歌・579の句

ほぼ毎日書いている俳句・短歌・579の句の2026年5月分です。読み返すと書いた時の空気が蘇ってちょっといい。

俳句 (俳号:ルリビタキそら)

赤く咲くダイアンサスよ なでしこか
春薔薇 慎ましさ見せ闇照らす
鳰鳥の柔らかき声春深し
イソヒヨの楽しげに舞う春の行く
花移ろムラサキカタバミ今トップ
見とるとよ久しぶりたいレモン咲く
酢みかんのレモンに合わせ咲きほこる
ねむいなあ昔を思って春は過ぐ
おもととて言い慣らしたるゼラニューム
クサイチゴとげがなければ蛇イチゴ
ハシブトの悪ガキ季節困るなあ
カササギのうるさき声に夏近し
白サツキ忘れたように顔を出し
アオサギとチュウダイサギの五月池
白き百合 込み合って咲く五月晴れ
居残りし マガモ歩きのつらそうに
バンのひな いっちょうまえのふり身につけて
大柄のサツキも咲きて梅雨隣
雨小やみ青梅さぐる木下闇
頑張れとバン幼鳥の未来向け
花南天今日また庭と向き合いぬ
梅雨空に料理作って過ぐ一日
バンヒナは大きくなるも数減らし
明け方の驟雨は梅雨の一番か
雨を受けガクアジサイは青を増し
キンシバイ去年同日花開く
久しぶりシオカラトンボ夏一番


短歌

やることの何だか多くてするすると時ばかりがこぼれ去りゆく
頭痛して何もできないするすると時が逃げ行く悔しきばかりに
いつなればビンゴミだせるか情けない忘れてばかり次は6月
晩春のうまくいかない一日が過ぎてまだまだ続きいくらん
給湯器今日は動いて機嫌よし買い替えやはりきついどうする
温水器不調となりて風邪ひきと重ね重ねに体傷めぬ
なにもせず時間ばかりが消えていく消せる時間も残り少なし
ここまでのたどり過ぎし日々飛び去りて記憶のもろさが事物を流しぬ
もうなにもしなくていいよといわれているような今が何だか不気味
なにしたか思い出せない時流れ 空疎な生に棹させず過ぐ
セブンでも生きていけるなこの都会 いつまで頑張り切れるかな
薬では治しにくいかこの風邪は 咳は止まれど便秘になるは
雑事にて時は埋められ過ぎていくさわやかな五月関われない五月
梅切らぬバカは承知で梅手入れ 梅の実後にまた先延ばし
五月晴れ日はうららかに風やわぐ なーにもせずに過ぎる一日
ボリューム感小磯良平これなんだ 図録売り切れ目に残すのみ
光線の密かに移り夏モード 雰囲気どこか攻撃的に
梅雨空に暴れる枝を切り進む 木も抗いて滑り切り傷
昼食は少し削って腹やすめ 食べてばかりのあとは何年
図書館の返す期限でやっと読む こうでもないと本が読めない
もう夜明け寝る間短し夏至近し 去年と違う時を眺める
なにしたか思い出せない繰り返し 昼飯前の名もない時間
月下美人ではないけれど花開く クジャクサボテン夜がいいかも
なぜだろう博物館で無説明 これが最古の国産の絹
人という宇宙の奇跡生き行くも そろそろ終わり寂しくもあり
時間ないやること多く夜更かしに もうもたないかまだまだいける
早いかな今日で5月も終わりけり いつまで続くこの平穏が

 

579の句

連休の辛い風邪ありまつわりつくように
こうやってするすると時が逃げていく春
風邪抜けずこのままがずっと続く恐怖恐怖
いつどこで起こるのもありマイクロバス事故の
投稿の記事のむなしき耐え難くまた読む
死がそこにひたひたとありこじれた風邪の日々
風邪抜けずこんなことして寝るのがおそいせいか
なぜ生きるもうわからなくなってしまっている日々
いい天気出かけられない介護生活かなし
外出は図書館と医者こればかりわびしき
五月晴れ気持ちいい風行けない山歩き
矢張り変牛乳代用ビーフストロガノフは
妻転ぶ幸いクルマとぎれ何事もなし
だんだんに言葉荒げ追い返すセールス
シチダンカ六甲山の想いを引き出して
梅雨空は庭の手入れを促すようでいい
雲重しガクアジサイの静かに色を待つ
また作るこれしかなくてビーフストロガノフ
とりあえず庭のかたずけ樹等に押しまくらる
裏庭のヤマアジサイの物語伝わらず
遺跡あとは住宅地この地は遺跡の上にある
雨模様内にこもって満腹続きなり
京大のサイトが閉じる季節到来かな

 

| | コメント (0)

2026年6月 4日 (木)

九州国立博物館で琳派と若冲の展覧会を見る、若冲がいい

大宰府の九州国立博物館で江戸期の琳派と若冲の展覧会があっているのがちょっと気になっていて、そろそろ終わりも近づいたかと見に行ってみた。平日だが駐車場はJyakucyu79b2a 結構埋まっていて思いのほか人気があるようだ。展示は「若冲、琳派、京の美術 ―きらめきの細見コレクション―」と題し細見コレクションと呼ばれる細見家3代かけて蒐集した古美術品を中心としたコレクションから選ばれたもので初めて見るものばかりだ。見ていくと、やはり若冲だ。日本画というとどうしても絵の要素には伝承したパターン化したものが目につくが若冲のにはそれが感じられない、見て自分で感じたものから引き出して描いている。何というか迫力がある。出かけてよかった。(添付図は若冲の群鶏図 展覧会公式Xより)


各地のゾンデデータから高層気象図を毎日のように描いて眺めているが昨日今日は今まで日本上空に流れていたジェット気流が急速にぼやけてきて梅雨の形に入ってきているようだ。雨がちなこの季節はゆっくり古いものを眺めてみるのもなかなかいいような気がしている。

| | コメント (0)

2026年6月 2日 (火)

2026年5月の福岡市南区周辺の野鳥

今月は都合で散歩にも殆ど出れず図書館裏の池の野鳥の観察に終始した。バンは幼鳥1羽が成鳥までたどり着けるかどうかという感じで親鳥は池中央で新たな営巣に入った、こんな光景は初めてだ。


手元のメモに残された記録は下記の通り:

2026.5.5 17:00 晴れ 風力1‐2  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カイツブリ1+、キンクロハジロ♂1、カワウ1,マガモ♂、バン、チュウダイサギまたはダイサギ1、バン2,ドバト20+ 

2026.5.17 14:00 晴れ 風力0‐1  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カワウ1,ダイサギ1、アオサギ1,キンクロハジロ♂1、バン2、

2026.5.20 16:00 曇り 風力0‐1  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カワウ1,チュウダイサギ1、アオサギ1,キンクロハジロ♂1、バン親2+幼鳥4,ドバト10+,スズメ5+ 

2026.5.23 14:00 晴れ 風力0‐1 4Cu/Sc030  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 バン3位(うち幼鳥1),チュウダイサギ1、アオサギ1、カワウ1、キンクロハジロ♂1、マガモ♂1、ドバト6+、スズメ10+

2026.5.31 15:00 晴れ 風力0‐1  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 チュウダイサギ1、マガモ2♂♀、バン幼鳥1、バン親鳥2(新たに営巣中),アオサギ1、スズメ10+、ドバト6+、ハシブトガラス1


03is0hiyodr0506a2a 04suzume0513aa1 05hasibutowaka0514aa1 06kasagi0515aae1 07cyuudai0517a 08aosagi0517aa 09cyuudaikawau0520a 10kinkuro0526 11banyoucyo0526a2a1 12ban0531






写真は上左から
マガモ(5/1西の堤池),カイツブリ(5/5西の堤池),ヒヨドリ(5/6自宅前),スズメ(5/13天神中央公園)、ハシブトガラス若(5/14自宅前),カササギ(5/15西の堤池),チュウダイサギ(5/17西の堤池),アオサギ(5/17西の堤池),チュウダイサギとカワウ(5/20西の堤池),キンクロハジロ♂左翼異常(5/26西の堤池),バン幼鳥(5/26西の堤池),バン新たに営巣準備中(5/31西の堤池)

| | コメント (0)

2026年5月31日 (日)

宇宙的幸運

月周回ミッションの米宇宙船が久しぶりに飛んだせいでもないが、このところ命の宇宙での貴重さを考えることが多くなっている。真空の極端な環境の宇宙で奇跡の星地球に生命が生まれ発達している事実の途方もない重み、人類のような高等生物にまで至った本当に奇跡のような現実を思い知る日々を改めて送っている。
現在の知見では、太陽系を離れて最も近い生命が存在するかもしれない天体は恒星プロキシマ・ケンタウリの惑星プロキシTsuki20240815a マ・ケンタウリbで地球から4.24光年離れているとされているようだ。1光年は9.46兆kmなのでこれは40.1兆kmの彼方にある、ということになる。日常的な感覚では無限のかなたにあるとしか言いようがない。
言い換えれば40兆kmという途方もない空間には太陽系以外生命が存在しない恐ろしい空間が続いているということになる。太陽系の地球以外の惑星にも生命の痕跡がもしかしたらあるかもしれないが例えそうでも現在は地球のように生命であふれている天体でないことは明らかなようだ。人類の孤独というものはどうしようもないものと思えてしまう、こんな高等生物が地球に出現しえたというのは、日常的感覚からでなくとも奇跡としか言いようがない。
一人ひとり人がこの宇宙に生きている貴重さは例えようもない、改めて思う。ここまで生きてきていいこともちょっと嫌なことも色々なことがあった、でもこの星にこの時代に生きてこられた途方もない幸運を、宇宙的幸運を感じざるを得ない。

でも、結局自分自身が地球を飛び出して宇宙に出ることはできなかったな、もっともっと強くそう思い続けねばならなかったのだろうな、そんなことが頭を巡る日々が過ぎてもいく。

| | コメント (0)

2026年5月29日 (金)

電気温水器が動かなくなって自分の寿命を思う

3週間ほど前、朝顔を洗おうとお湯の栓をひねるが一向にお湯が出ない。突然電気温水器が機能しなくなったということのようだ。これは困るが何しろ深夜電力なので時間外となる普通の時間には現状のチェックができない。電源スイッチや冬夏切り替えのスイッチをぱちぱち切り替えてみるが無論何の反応もない。とにかく維持点検を担当している業者を呼ぶが翌日という。Denkionsui2 お湯が出ないのは困るものの風呂はガス追い炊きで沸かせるので何とかなる。次の日になるとまた温水器が動き始めてお湯が出ている、スイッチのOnOffをぱちぱちやったのが良かったのだろうか。約束通り午前10時頃に業者がきてもうかなり古いものだから部品もなく修理は無理だエコキュートに換えるべきだと結構な見積もりを提示して帰る。ウーンという感じでここは合い見積もりをと別の業者を呼んでエコキュートでない機器に交換した場合の見積もりを取る、エコキュートだと電線の引き直しや配電盤の変更が必要でこれがないのもあって先ほどの6割くらいになるがそれでも高い。やっぱりウーンという状態で夜ネットで探す。とにかく温水器は普段通り動いているので危機感は薄らいでのんびり見積もりを取っては見比べ考えるのを暫くやっていると、折込チラシに安いエコキュートの広告が入ってきたりしてまたこの業者をよんで見積もらせてみたりする、エコキュートにしてもガスの追い炊きは残したいが、とかだんだん面倒になってきて、冬までになんとかすればいいか、と暫くほっている。

電気温水器が動かなくなって、ボロボロ壊れていく身の回りのインフラがあたかも自分自身のこととのように思えて、なんだかこうやって人の寿命も尽きていくのかな、と思えてくる、そういうことなのだろう、すべてのものには終わりが来る。命も”もの”に戻ってまた宇宙の一部に帰っていく。
でも(ソフトウエアや考えのような)”もの”ではないものはいったいどうなっていくのだろうか、無に帰するのだろうか、よくわからない、そんなことに思いめぐらせる日々が続いていく。

| | コメント (0)

2026年5月24日 (日)

小磯良平展を見る

小磯良平展がそろそろ終わるはずだ、と大濠公園にある福岡市の美術館に出かけた。美術館の駐車場にクルマを入れる、居丈高な駐車場の誘導員が感じ悪い。とにかく2階の会場に入る、そんなに混んではいない。写真のようにKoisoryohei 正確な描写ではあるが写真の平板さを打ち破っているボリューム感がすごい、裸婦が圧倒的だ。
思った以上によかった、1階のショップで図録を買おうと探すが見当たらない、作ってないのか、変だなと思いながら帰って調べるとあることはあるようだ、ネット販売は売り切れで美術館でのみ販売とある、それも終わってしまっていたということかしょうがないと思ったが、もしかしてと翌日電話してみるとまだ売っているとあり、また買いに行く、売り場には並べておらずレジで申し出ないと買えないようだ、残り部数が少ないのだろう。
戻って買った図録を眺めるが裸婦のボリューム感はまるで出てこない、現物ならではということのようだ、やはり絵は実物でないと伝わり方が違う、改めて思ってしまう。その場で感じることが全てのようだ。

| | コメント (0)

2026年5月14日 (木)

キンボーイシイの指揮する九響でドンファン/ドンキホーテを聴く

このところ九響の定期演奏会はプログラムによらず聴くことになってきた。こんな聴き方も選択の労が無いだけ楽でいいし新しい出会いがあっていいような気がしている。
5月はキンボーイシイの指揮でRシュトラウスのドンファン、テレマンのドンキホーテ、またRシュトラウスでドンキホーテとドンづくしのプログラムとなった、曲としてはいずれも初めて聴く曲だ。
16時32分のバスで高宮駅まで行って西鉄電車で天神へいく、夕食を取るQkyo439kinbo にしてもやや早く水鏡天満宮をぶらぶらしてみたり那珂川沿いに天神中央公園まで行って鳥がいないか見るが水鳥はバンの姿もなく全くのゼロ、鳥はといえばスズメの数羽の群れ位だ、そういう季節になってしまった。地下に降りてひらおのてんぷらを食べる、いつもの「あじわいこめし」、また上がっている、1100円を超えた、しかし、まあしょうがない。今日はそう混んでない、7-8人待ちで番が回ってくる。
アクロス入場するがまだまだで次回の切符など買って暇をつぶす。キンボーイシイのトークが暫くある、キンボーイシイはドイツにいたころテレマンゆかりの地の近くで過ごしていたという、テレマンにはちょっとした思い入れがあるようだ。演奏者が舞台を埋めて曲が始まる。まずはRシュトラウスのドンファンだ、なんというかけばけばしいというべきか深みが感じられない、Rシュトラウスが世に出した最初の曲といってもいいい初期の曲だという、そうですか、というくらいで感慨がない。次はテレマンのドン・キホーテ。20人くらいとぐっと小ぶりの編成になるが楽器が面白い。いかにもバロックの実直なテレマンのドンキだが突然風音がはいってきてびっくり、黄色いドラムのようなもの(風音器)を回して出しているようだ何だこれはと思ってしまう、不思議な鐘を使った響きも出てきて、これがドンキの世界かと思ってしまう。休憩後次のRシュトラウスのドンキにいく。テレマンに輪をかけて派Fuuonki 手になる感じがしてしまう、もちろん風音器による風の音もある、独奏チェロがドンキ、独奏ビオラが従者サンチョと説明にあるがその2つが際立つというよりオケのうねりに埋もれてしまうような感じがして音場全体でドン・キホーテの世界を表現しているように思えてくる、そこはテレマンと同じかもしれない。もちろん曲想は随分違うが。万雷の拍手で独奏チェロのタマーシュ・ヴァルガが カザルスの演奏/編曲で知られるカタルーニア民謡”鳥の歌”をアンコール演奏して終了となった。なかなか面白い試みのコンサートだった。でもなんとなく正面から音楽を聴いたというには少し違うかなという感じが残った。音楽の存在全体、そういうものかもしれない。Qkyo0513

| | コメント (0)

2026年5月 7日 (木)

2026年4月の福岡市南区周辺の野鳥

近くの池からは野鳥の数がめっきり減った。山で夏鳥を楽しむ季節に入ってしまったようだ。体調を見ながらの鳥見が続く。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2026.4.3 11:15 晴れ 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 ハシビロガモ2♂♀1、キンクロハジロ2♂♀+1♂、アオサギ2、チュウダイサギ1、オオバン1-2、バン1-2

2026.4.5 15:00 曇り 風力0‐1  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:マガモ♂1 アオサギ1 新市楽池:なし

2026.4.11 11:30 晴れ 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 アオサギ1、カワウ1

2026.4.12 15:15 曇り 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ♂1  新市楽池:バン1、マガモ2♂♀

2026.4.14 11:30 雨 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カワウ1、トビ1、

2026.4.16 15:40 快晴 風力0‐1  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コサギ1 アオサギ1、シジュウカラ声 新市楽池:バン1

2026.4.17 16:10 曇り/小雨 風力1‐2 8Cu010 福岡市南区長丘周辺の野鳥  鹿助公園:マガモ1♂、カラ類1‐2、ドバト 新市楽池:バン1 中公園:ヒヨドリ声、

2026.4.18 11:30 曇り 風よわし 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カワウ3(うち1は幼鳥)、キンクロ♂1、マガモ2♂♀、 

2026.4.22 11:50 曇り 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カイツブリ、キンクロ、マガモ♂、バン、ダイサギ、アオサギ
 
2026.4.25 15:30 曇り 風力2-3 6Cu030 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 アオサギ1、ダイサギ1、バン2、キンクロハジロ♂1、カワウ1、ドバト、スズメ
2026.4.28 12:40 晴れ 福岡市西区生の松原 壱岐神社の野鳥 カワラヒワ

01sijyukr0401a31 02hasibirogm0403aa21 03kogamo0405a 04daisagisakura0407a 05suzumesakura0407 06aosagi0411aa1 07magamopair0412aa1 08tobi0414aa1 09kawauwaka0418aa1 10kinkuro0422aa1 11ban0425aa1 12kawarahw0428aa

写真は上左から
シジュウカラ(4/1自宅前) 、ハシビロガモ(4/3西の堤池) 、コガモ(4/5中公園) 、、ダイサギ(4/7西の堤池) 、スズメ(4/7一本松川緑道) 、アオサギ(4/11西の堤池) 、マガモ(4/12新市楽池) 、トビ(4/14西の堤池) 、カワウ若(4/18西の堤池) 、キンクロハジロ♂(4/22西の堤池) 、、バン-繁殖期の額板(4/25西の堤池) 、カワラヒワ(4/28壱岐神社) 

| | コメント (0)

2026年5月 2日 (土)

2026年4月の俳句・短歌・579の句

毎日寝る前に1句づつ書いている 俳句・短歌・579の句 の2026年4月分です。ほぼ書きなぐりですが読み返すと書いた時の空気を思い出してちょっといい。

俳句 俳号:ルリビタキそら

庭先のマツバウンラン涼しげに

ぬくき雨四月というにサツキ咲く

藤棚は西南隅に花残し

コデマリのほのかに咲きて夏近し

赤額婚姻色のバンがいて

セッコクのもどきが咲いて春じまい

ロボットにブログ盗られて春の雨

糸島はつつじもいいけどカワトンボ

つつじ花咲き続けてや夏を呼ぶ

カワウとて初々しくて春の池

冬鳥のいない池にはバン寂し

あじさいの早すぎる花終わりかけ

ツツジ咲く勢いよくて花移り

勢いに負けじと松の緑摘む

チューリップ原種という花の不思議

日曜というにあまりの春うらら

アオサギも軽やかに飛ぶ春気分

孤立せりシロヤマブキの潔さ

シャガ咲きて仏陀の生まれのリアリティ

春嵐ゴミ出し袋もあれあれと

散り際も美しくあれ櫻花

スズメらも高ぶりてみゆ櫻花

桜過ぎクルメツツジが次主役

桜咲きクルメツツジも賑やかに

ハシビロは北に帰らず不調らし

4月馬鹿それも出ずに籠りたり

 

短歌:

熱高しじりじり体侵される生物のもう終わりの時か 

のど痛し次第に気管を下るよういつかはこれで終わりとなりそう

あらがえず介護事業はひたひたと退路を断って攻め寄せるよう

大きすぎウルメイワシをいただけりこれがイワシか浜でも釣れそう

聴かれれば世界を10周回りたいやりたいことはその程度

面倒な介護サービス手続きの手順を踏んで終わりに向かう

何をして過ごしたのかな解らない時間が無くなってくるばかりか

人類の宇宙の奇跡たる重み無き日ばかりが過ぎていく今

春の雨緩く降り込め日を過ごすこうして命削られていく

いつの間につつじ名所になったのか浮嶽なかなか風つつじいろ

切らぬ馬鹿つぶやきながら梅を切る次第に手には負えなくなりて

音楽を素直に聴けずコンサート歳はとりたくないものだなあ

デジタルの機器接続は危機的か時代違えば端子も移ろう

ぼろぼろと壊れ行く家電限界かもう身を引けといわれてるみたい

ボケ妻を持て余してや流れゆく自分のことで流れに竿を

青やかに伸びる紅葉木隣家まで慌てて剪定今年は早い

春深しギリシャ悲劇の講義受く放送聴きついつのまうたたね

時間無いそればかりにて巡り行く刻々と過ぐ貴重な時間が

雨降りは庭の花々眺めいるこれもなんだかわるくないなあ

期のかわりテレビも寿命に新しく全てのものは年を取り行く

櫻花散り始めても満足に感じてしまう日本の心

ハナモモの散りし後には銅葉出で緑無き葉を青葉と呼べず

クレマチスぽろりぽろぽろ咲きだして小さな花と流れる時間

さくら咲くさくらさくらで日もすがら今年は咲きっぷりがことのほか

もう限界何もできなくなってしまう生きているだけの時間

 

579の句(5-7-5でなく5-7-9で詠んだ句):

冷凍を食べてしのぐもいつまでもつかいな

風邪ひきかのどの痛みと肺に来る恐怖と

今更にピンクフロイドたどるテレビの前

見直せばこんな筋だっけ明日に向かって撃ては

むなしくて走りながらのランチ食べた気せず

ブログ書く無理にでもとて書きすさんでしまう

親しんだいつもの道が通行止めとはな

寂しさの幹事倒れし同期会このままかもしれぬ

だらだらと夜を過ごしてもう丑三つ時か

見渡せば鬱陶(うっとう)しくなり松の緑摘みぬ

こうやって人生は閉じいくのか春うらら

手際いい連絡も来ず老け行く同期会

コーヒーの焙煎香る昼下がり春めく

テレビ換え悪戦苦闘の春が過ぎて行く

変わり目にテレビも壊れあたふたあたふた

昔ならいやにもなったまたこの鳥の声

時々の誤嚥の恐怖胸かすかに痛み

このところカラスばかりカラスも野鳥なれど

十月桜もまだ咲けりさくらさくらさくら

やることといえばつまらぬ映画だらだら見

| | コメント (0)

2026年4月23日 (木)

糸島のつつじ園に圧倒される

一昨日はつつじを見たくなって糸島の浮嶽幸花樹園(うきだけこうかじゅえん)というところに行ってみた。天気もつつじを見るならこの日だというほどに安定した晴れだ。気象の予測は自分なりにデータを集めて毎朝行っているがここを外すと暫くはこんな天気は巡ってこないだろう。西九州道の無料区間にある吉井インターで下りて山側に上がっていくとほどなく到着する。それほど期待してはいなかったが回り始めるとこれはきれいだ。クルメツツジの部類に入ると思われる小型の花のつつじでTutuji0419b Tutujia1 あたりが占められている。パンフレットには本キリシマとあるが普通いうクルメツツジとどう違うのかよくはわからない。野生のつつじではなく園芸ツツジを斜面一杯に植えてあるようにみえる、樹齢400年とする木もあったりする。後で戻って調べると江戸時代にミヤマキリシマ由来のつつじを江戸の園芸で流行らせたことがあったようで、江戸系と俗称されている系統かもしれない、ともかくクルメツツジではない古くからの園芸化されたミヤマキリシマを全国からこの園に集めたと見ておけばいいような気がしている。北関東にいた時は那須や日光の山を染める大柄の野生ツツジが美しかった記憶があるが無論それとはずいぶん違う。雲仙や阿蘇で見たミヤマキリシマと思われるツツジの群落ともまた違うようだ。ホンキリシマという表現からにじみ出てくる園芸の人間臭い歴史が何だか興味深くも思えてくる。
しかしとにかく花は美しい、圧倒される、それで十分だ

| | コメント (0)

2026年4月19日 (日)

九響の英国セレクションのコンサートを聴く

昨日は15時からのアクロスでの九響のコンサートを聴きに行った。いつものようにクルマで行くが途中で工事通行止めあり迂回、でも遅くはならず2時やや過ぎ位で天神中央公園下駐車場に到着した、土曜の午後ということもあり駐車は満表示だったがそのまま行くと入れそれなりに空きがあってとめられる。なんとかなるものだ。
会場のアクロスコンサートホールに入ると事前の指揮者他による対談のようなのを舞台でやっている、話し方のせいかよくは聞き取れない。でもこういう企画は主催者側の意図が少しでも伝わるようで有益な気がしている。
今回はイギリス作曲家特集だ、全く知らない曲を聴く。1つ目はブリQkyou0418 テンのヴァイオリン協奏曲、岡本誠司のヴァイオリンの響きが美しい、しかし曲全体としては深みが感じられずそうですか、の感じがしてちょっと眠い。自分が歳をとったということかとも思ってしまう。アンコールにバッハ無伴奏パルティータよりサラバンドが演奏される、こっちのほうが矢張りなじむ、聞きやすい。
休憩後のウオルトンの交響曲1番、前のよりは聞きやすい。しかし映画音楽のような感じで切り取ればすぐに映画の場面に貼り付けられそうに思えてしまう、イギリスの作品は概してそう感じることが多い気がする。何故だろう。いい演奏なのだが今回も感動というものはなく、曲のせいもあるかもしれないがやはり歳かなとここでも思ってしまう。心が鈍くなるのはどうしようもないことのようだ。
演奏会後、自宅に戻った夜、最初のブリテンのヴァイオリン協奏曲が思い出せないのでYoutubeに曲くらいあるだろうと探して聞いてみた、ちょっと驚いた、随分なヴァイオリンの技巧を要する曲のようだ、コンサートではそんな感じは全くしなかった、何でもないかのように滑らかに演奏していた岡本誠司というヴァイオリニストの凄さを却って思ってしまった。先にYoutubeを見ておくべきだったようだ。

自分なりの勝手な思いで音楽に向き合いこれを聴く、これがいい。月に一度くらいコンサートに行くペースだが、なかなかやめられそうにないなと思っている。

| | コメント (0)

2026年4月14日 (火)

直方の多賀神社に詰め込まれた歴史を感じる

桃の花を見たいと直方の多賀神社に出かけてみた。伊邪那岐を祀る神社で伊邪那岐が黄泉の国から戻る時追っ手を追い払うために桃の実を3つ投げて逃げおおせTagajinjya0408a たという話から境内には桃がたくさん植えられている。中でもキクモモというのが華やかで今時分の桜が咲く最後のころあたりで満開になるようで美しい。この神社のある山から伊邪那岐は再び天に昇ったとの伝承が古くからあるようで奈良時代にはすでに神社の形があったと伝えられている、とにかく古い神社だ。ひとわたり見て裏手に回ると芭蕉句碑がある、古池やかわず飛び込むみずのをと の句が刻んBasyoukuhi0408a である。何故ここにと思うが、どうやら江戸~明治以降に地元の俳人や文化人が顕彰のために建てたものと思われる。芭蕉は九州に来ようとしたが果たせず夢は枯野を駆け巡るとしか残せなかった、元禄7年(1694年)に芭蕉が没した後元禄12年(1699年)に芭蕉の高弟である去来が遺志を継ぐように博多の街を訪れてその亡くなる時に詠んだ句を博多の俳人に直接伝えている、翌年には全国でもっとも古い芭蕉句碑が博多に建てられた(現 枯野塚)、そんな縁が芭蕉と福岡の地の間に拡散し漂い続けていたということのように思える。
芭蕉句碑の先には直方市石炭記念館というのが建Sekitankinenkn0408a っていて、ついでに見てみるとこれも面白いというか興味深い。展示で特徴的なのはこの建物がもともと炭鉱の歴史を伝えるとともに落盤事故などの炭鉱事故時の救援訓練に供された施設だったというあたりだ。救命用の装備が展示されており、建物背後の斜面には救護練習用の模擬坑道も併設されている。炭鉱事故のリスクをいかに軽減するかが大きな問題だったとうかがえる。炭鉱のリアルを見る思いだ。
この古い神社にはこの地ならではの歴史そのものが詰め込まMogikoudo0408b れていた、神社とはこういう役目を背負うにふさわしい場所だったんだ、多層なタイムカプセルといってもいい場所だったんだ、と何か合点した思いで帰路についた。

| | コメント (0)

2026年4月 8日 (水)

今年の桜は過ぎていき

今年の桜もここ福岡の地では過ぎていきつつある。庭のジンダイアケボノは花は満開をまだ保っているが葉も出てき始めて次の季節へ進もうとしている。ここらで最も早い中公園の南西角の桜はもう完全に散って葉桜になってしまってさえいる。今年は花見というと3月31日に西公園(7分咲き位)、4月2日に春日公園(満開)と一応見たりしたが、少しでもと4月6日にまた出かけてみた。近くでは博多湾にそそぐ樋井川支流の一本松川緑道の桜がちょっと良かった印象がある。支流というより水路というべき水の流れの両側からかぶさるような桜が続くのだが散り始めでは水路に花びらが落ちかかりこれもなかなかだ。城南図書館によってすぐ横の西の堤の桜も見る、まだ十分に見れる姿だ。他はと近い南公園付近、福岡市植物園の北側斜面の桜を見に行く、昔の浄水場の桜で小学校の頃はよく来ていた。見るともう1本を残して他は葉桜だ、ついでに福岡市霊園も回る、ここはまだ結構いい。様々だ。

場所と時を移ろって桜の時空を漂うように眺める、こんな花見が面白い。

Jitakusakura0406aNisikouensakura0331a Kasugasakura0402a  Ipponnmatukawasakura0406a Nisinotutumisakura0407 Miinamikoensakura0407a Hiraoreiennsakurax 写真は順に 自宅ジンダイアケボノ-4.6 、西公園の桜-3.31、春日公園の桜-4.2
、一本松川緑道の桜-4.7、西の堤の桜-4.7、福岡市植物園の北側斜面の桜-4.7、福岡市霊園の桜-4.7

| | コメント (0)

«2026年3月の俳句・短歌・579句