2026年5月14日 (木)

キンボーイシイの指揮する九響でドンファン/ドンキホーテを聴く

このところ九響の定期演奏会はプログラムによらず聴くことになってきた。こんな聴き方も選択の労が無いだけ楽でいいし新しい出会いがあっていいような気がしている。
5月はキンボーイシイの指揮でRシュトラウスのドンファン、テレマンのドンキホーテ、またRシュトラウスでドンキホーテとドンづくしのプログラムとなった、曲としてはいずれも初めて聴く曲だ。
16時32分のバスで高宮駅まで行って西鉄電車で天神へいく、夕食を取るQkyo439kinbo にしてもやや早く水鏡天満宮をぶらぶらしてみたり那珂川沿いに天神中央公園まで行って鳥がいないか見るが水鳥はバンの姿もなく全くのゼロ、鳥はといえばスズメの数羽の群れ位だ、そういう季節になってしまった。地下に降りてひらおのてんぷらを食べる、いつもの「あじわいこめし」、また上がっている、1100円を超えた、しかし、まあしょうがない。今日はそう混んでない、7-8人待ちで番が回ってくる。
アクロス入場するがまだまだで次回の切符など買って暇をつぶす。キンボーイシイのトークが暫くある、キンボーイシイはドイツにいたころテレマンゆかりの地の近くで過ごしていたという、テレマンにはちょっとした思い入れがあるようだ。演奏者が舞台を埋めて曲が始まる。まずはRシュトラウスのドンファンだ、なんというかけばけばしいというべきか深みが感じられない、Rシュトラウスが世に出した最初の曲といってもいいい初期の曲だという、そうですか、というくらいで感慨がない。次はテレマンのドン・キホーテ。20人くらいとぐっと小ぶりの編成になるが楽器が面白い。いかにもバロックの実直なテレマンのドンキだが突然風音がはいってきてびっくり、黄色いドラムのようなもの(風音器)を回して出しているようだ何だこれはと思ってしまう、不思議な鐘を使った響きも出てきて、これがドンキの世界かと思ってしまう。休憩後次のRシュトラウスのドンキにいく。テレマンに輪をかけて派Fuuonki 手になる感じがしてしまう、もちろん風音器による風の音もある、独奏チェロがドンキ、独奏ビオラが従者サンチョと説明にあるがその2つが際立つというよりオケのうねりに埋もれてしまうような感じがして音場全体でドン・キホーテの世界を表現しているように思えてくる、そこはテレマンと同じかもしれない。もちろん曲想は随分違うが。万雷の拍手で独奏チェロのタマーシュ・ヴァルガが カザルスの演奏/編曲で知られるカタルーニア民謡”鳥の歌”をアンコール演奏して終了となった。なかなか面白い試みのコンサートだった。でもなんとなく正面から音楽を聴いたというには少し違うかなという感じが残った。音楽の存在全体、そういうものかもしれない。Qkyo0513

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2026年5月 7日 (木)

2026年4月の福岡市南区周辺の野鳥

近くの池からは野鳥の数がめっきり減った。山で夏鳥を楽しむ季節に入ってしまったようだ。体調を見ながらの鳥見が続く。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2026.4.3 11:15 晴れ 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 ハシビロガモ2♂♀1、キンクロハジロ2♂♀+1♂、アオサギ2、チュウダイサギ1、オオバン1-2、バン1-2

2026.4.5 15:00 曇り 風力0‐1  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:マガモ♂1 アオサギ1 新市楽池:なし

2026.4.11 11:30 晴れ 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 アオサギ1、カワウ1

2026.4.12 15:15 曇り 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ♂1  新市楽池:バン1、マガモ2♂♀

2026.4.14 11:30 雨 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カワウ1、トビ1、

2026.4.16 15:40 快晴 風力0‐1  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コサギ1 アオサギ1、シジュウカラ声 新市楽池:バン1

2026.4.17 16:10 曇り/小雨 風力1‐2 8Cu010 福岡市南区長丘周辺の野鳥  鹿助公園:マガモ1♂、カラ類1‐2、ドバト 新市楽池:バン1 中公園:ヒヨドリ声、

2026.4.18 11:30 曇り 風よわし 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カワウ3(うち1は幼鳥)、キンクロ♂1、マガモ2♂♀、 

2026.4.22 11:50 曇り 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 カイツブリ、キンクロ、マガモ♂、バン、ダイサギ、アオサギ
 
2026.4.25 15:30 曇り 風力2-3 6Cu030 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 アオサギ1、ダイサギ1、バン2、キンクロハジロ♂1、カワウ1、ドバト、スズメ
2026.4.28 12:40 晴れ 福岡市西区生の松原 壱岐神社の野鳥 カワラヒワ

01sijyukr0401a31 02hasibirogm0403aa21 03kogamo0405a 04daisagisakura0407a 05suzumesakura0407 06aosagi0411aa1 07magamopair0412aa1 08tobi0414aa1 09kawauwaka0418aa1 10kinkuro0422aa1 11ban0425aa1 12kawarahw0428aa

写真は上左から
シジュウカラ(4/1自宅前) 、ハシビロガモ(4/3西の堤池) 、コガモ(4/5中公園) 、、ダイサギ(4/7西の堤池) 、スズメ(4/7一本松川緑道) 、アオサギ(4/11西の堤池) 、マガモ(4/12新市楽池) 、トビ(4/14西の堤池) 、カワウ若(4/18西の堤池) 、キンクロハジロ♂(4/22西の堤池) 、、バン-繁殖期の額板(4/25西の堤池) 、カワラヒワ(4/28壱岐神社) 

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2026年5月 2日 (土)

2026年4月の俳句・短歌・579の句

毎日寝る前に1句づつ書いている 俳句・短歌・579の句 の2026年4月分です。ほぼ書きなぐりですが読み返すと書いた時の空気を思い出してちょっといい。

俳句 俳号:ルリビタキそら

庭先のマツバウンラン涼しげに

ぬくき雨四月というにサツキ咲く

藤棚は西南隅に花残し

コデマリのほのかに咲きて夏近し

赤額婚姻色のバンがいて

セッコクのもどきが咲いて春じまい

ロボットにブログ盗られて春の雨

糸島はつつじもいいけどカワトンボ

つつじ花咲き続けてや夏を呼ぶ

カワウとて初々しくて春の池

冬鳥のいない池にはバン寂し

あじさいの早すぎる花終わりかけ

ツツジ咲く勢いよくて花移り

勢いに負けじと松の緑摘む

チューリップ原種という花の不思議

日曜というにあまりの春うらら

アオサギも軽やかに飛ぶ春気分

孤立せりシロヤマブキの潔さ

シャガ咲きて仏陀の生まれのリアリティ

春嵐ゴミ出し袋もあれあれと

散り際も美しくあれ櫻花

スズメらも高ぶりてみゆ櫻花

桜過ぎクルメツツジが次主役

桜咲きクルメツツジも賑やかに

ハシビロは北に帰らず不調らし

4月馬鹿それも出ずに籠りたり

 

短歌:

熱高しじりじり体侵される生物のもう終わりの時か 

のど痛し次第に気管を下るよういつかはこれで終わりとなりそう

あらがえず介護事業はひたひたと退路を断って攻め寄せるよう

大きすぎウルメイワシをいただけりこれがイワシか浜でも釣れそう

聴かれれば世界を10周回りたいやりたいことはその程度

面倒な介護サービス手続きの手順を踏んで終わりに向かう

何をして過ごしたのかな解らない時間が無くなってくるばかりか

人類の宇宙の奇跡たる重み無き日ばかりが過ぎていく今

春の雨緩く降り込め日を過ごすこうして命削られていく

いつの間につつじ名所になったのか浮嶽なかなか風つつじいろ

切らぬ馬鹿つぶやきながら梅を切る次第に手には負えなくなりて

音楽を素直に聴けずコンサート歳はとりたくないものだなあ

デジタルの機器接続は危機的か時代違えば端子も移ろう

ぼろぼろと壊れ行く家電限界かもう身を引けといわれてるみたい

ボケ妻を持て余してや流れゆく自分のことで流れに竿を

青やかに伸びる紅葉木隣家まで慌てて剪定今年は早い

春深しギリシャ悲劇の講義受く放送聴きついつのまうたたね

時間無いそればかりにて巡り行く刻々と過ぐ貴重な時間が

雨降りは庭の花々眺めいるこれもなんだかわるくないなあ

期のかわりテレビも寿命に新しく全てのものは年を取り行く

櫻花散り始めても満足に感じてしまう日本の心

ハナモモの散りし後には銅葉出で緑無き葉を青葉と呼べず

クレマチスぽろりぽろぽろ咲きだして小さな花と流れる時間

さくら咲くさくらさくらで日もすがら今年は咲きっぷりがことのほか

もう限界何もできなくなってしまう生きているだけの時間

 

579の句(5-7-5でなく5-7-9で詠んだ句):

冷凍を食べてしのぐもいつまでもつかいな

風邪ひきかのどの痛みと肺に来る恐怖と

今更にピンクフロイドたどるテレビの前

見直せばこんな筋だっけ明日に向かって撃ては

むなしくて走りながらのランチ食べた気せず

ブログ書く無理にでもとて書きすさんでしまう

親しんだいつもの道が通行止めとはな

寂しさの幹事倒れし同期会このままかもしれぬ

だらだらと夜を過ごしてもう丑三つ時か

見渡せば鬱陶(うっとう)しくなり松の緑摘みぬ

こうやって人生は閉じいくのか春うらら

手際いい連絡も来ず老け行く同期会

コーヒーの焙煎香る昼下がり春めく

テレビ換え悪戦苦闘の春が過ぎて行く

変わり目にテレビも壊れあたふたあたふた

昔ならいやにもなったまたこの鳥の声

時々の誤嚥の恐怖胸かすかに痛み

このところカラスばかりカラスも野鳥なれど

十月桜もまだ咲けりさくらさくらさくら

やることといえばつまらぬ映画だらだら見

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2026年4月23日 (木)

糸島のつつじ園に圧倒される

一昨日はつつじを見たくなって糸島の浮嶽幸花樹園(うきだけこうかじゅえん)というところに行ってみた。天気もつつじを見るならこの日だというほどに安定した晴れだ。気象の予測は自分なりにデータを集めて毎朝行っているがここを外すと暫くはこんな天気は巡ってこないだろう。西九州道の無料区間にある吉井インターで下りて山側に上がっていくとほどなく到着する。それほど期待してはいなかったが回り始めるとこれはきれいだ。クルメツツジの部類に入ると思われる小型の花のつつじでTutuji0419b Tutujia1 あたりが占められている。パンフレットには本キリシマとあるが普通いうクルメツツジとどう違うのかよくはわからない。野生のつつじではなく園芸ツツジを斜面一杯に植えてあるようにみえる、樹齢400年とする木もあったりする。後で戻って調べると江戸時代にミヤマキリシマ由来のつつじを江戸の園芸で流行らせたことがあったようで、江戸系と俗称されている系統かもしれない、ともかくクルメツツジではない古くからの園芸化されたミヤマキリシマを全国からこの園に集めたと見ておけばいいような気がしている。北関東にいた時は那須や日光の山を染める大柄の野生ツツジが美しかった記憶があるが無論それとはずいぶん違う。雲仙や阿蘇で見たミヤマキリシマと思われるツツジの群落ともまた違うようだ。ホンキリシマという表現からにじみ出てくる園芸の人間臭い歴史が何だか興味深くも思えてくる。
しかしとにかく花は美しい、圧倒される、それで十分だ

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2026年4月19日 (日)

九響の英国セレクションのコンサートを聴く

昨日は15時からのアクロスでの九響のコンサートを聴きに行った。いつものようにクルマで行くが途中で工事通行止めあり迂回、でも遅くはならず2時やや過ぎ位で天神中央公園下駐車場に到着した、土曜の午後ということもあり駐車は満表示だったがそのまま行くと入れそれなりに空きがあってとめられる。なんとかなるものだ。
会場のアクロスコンサートホールに入ると事前の指揮者他による対談のようなのを舞台でやっている、話し方のせいかよくは聞き取れない。でもこういう企画は主催者側の意図が少しでも伝わるようで有益な気がしている。
今回はイギリス作曲家特集だ、全く知らない曲を聴く。1つ目はブリQkyou0418 テンのヴァイオリン協奏曲、岡本誠司のヴァイオリンの響きが美しい、しかし曲全体としては深みが感じられずそうですか、の感じがしてちょっと眠い。自分が歳をとったということかとも思ってしまう。アンコールにバッハ無伴奏パルティータよりサラバンドが演奏される、こっちのほうが矢張りなじむ、聞きやすい。
休憩後のウオルトンの交響曲1番、前のよりは聞きやすい。しかし映画音楽のような感じで切り取ればすぐに映画の場面に貼り付けられそうに思えてしまう、イギリスの作品は概してそう感じることが多い気がする。何故だろう。いい演奏なのだが今回も感動というものはなく、曲のせいもあるかもしれないがやはり歳かなとここでも思ってしまう。心が鈍くなるのはどうしようもないことのようだ。
演奏会後、自宅に戻った夜、最初のブリテンのヴァイオリン協奏曲が思い出せないのでYoutubeに曲くらいあるだろうと探して聞いてみた、ちょっと驚いた、随分なヴァイオリンの技巧を要する曲のようだ、コンサートではそんな感じは全くしなかった、何でもないかのように滑らかに演奏していた岡本誠司というヴァイオリニストの凄さを却って思ってしまった。先にYoutubeを見ておくべきだったようだ。

自分なりの勝手な思いで音楽に向き合いこれを聴く、これがいい。月に一度くらいコンサートに行くペースだが、なかなかやめられそうにないなと思っている。

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2026年4月14日 (火)

直方の多賀神社に詰め込まれた歴史を感じる

桃の花を見たいと直方の多賀神社に出かけてみた。伊邪那岐を祀る神社で伊邪那岐が黄泉の国から戻る時追っ手を追い払うために桃の実を3つ投げて逃げおおせTagajinjya0408a たという話から境内には桃がたくさん植えられている。中でもキクモモというのが華やかで今時分の桜が咲く最後のころあたりで満開になるようで美しい。この神社のある山から伊邪那岐は再び天に昇ったとの伝承が古くからあるようで奈良時代にはすでに神社の形があったと伝えられている、とにかく古い神社だ。ひとわたり見て裏手に回ると芭蕉句碑がある、古池やかわず飛び込むみずのをと の句が刻んBasyoukuhi0408a である。何故ここにと思うが、どうやら江戸~明治以降に地元の俳人や文化人が顕彰のために建てたものと思われる。芭蕉は九州に来ようとしたが果たせず夢は枯野を駆け巡るとしか残せなかった、元禄7年(1694年)に芭蕉が没した後元禄12年(1699年)に芭蕉の高弟である去来が遺志を継ぐように博多の街を訪れてその亡くなる時に詠んだ句を博多の俳人に直接伝えている、翌年には全国でもっとも古い芭蕉句碑が博多に建てられた(現 枯野塚)、そんな縁が芭蕉と福岡の地の間に拡散し漂い続けていたということのように思える。
芭蕉句碑の先には直方市石炭記念館というのが建Sekitankinenkn0408a っていて、ついでに見てみるとこれも面白いというか興味深い。展示で特徴的なのはこの建物がもともと炭鉱の歴史を伝えるとともに落盤事故などの炭鉱事故時の救援訓練に供された施設だったというあたりだ。救命用の装備が展示されており、建物背後の斜面には救護練習用の模擬坑道も併設されている。炭鉱事故のリスクをいかに軽減するかが大きな問題だったとうかがえる。炭鉱のリアルを見る思いだ。
この古い神社にはこの地ならではの歴史そのものが詰め込まMogikoudo0408b れていた、神社とはこういう役目を背負うにふさわしい場所だったんだ、多層なタイムカプセルといってもいい場所だったんだ、と何か合点した思いで帰路についた。

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2026年4月 8日 (水)

今年の桜は過ぎていき

今年の桜もここ福岡の地では過ぎていきつつある。庭のジンダイアケボノは花は満開をまだ保っているが葉も出てき始めて次の季節へ進もうとしている。ここらで最も早い中公園の南西角の桜はもう完全に散って葉桜になってしまってさえいる。今年は花見というと3月31日に西公園(7分咲き位)、4月2日に春日公園(満開)と一応見たりしたが、少しでもと4月6日にまた出かけてみた。近くでは博多湾にそそぐ樋井川支流の一本松川緑道の桜がちょっと良かった印象がある。支流というより水路というべき水の流れの両側からかぶさるような桜が続くのだが散り始めでは水路に花びらが落ちかかりこれもなかなかだ。城南図書館によってすぐ横の西の堤の桜も見る、まだ十分に見れる姿だ。他はと近い南公園付近、福岡市植物園の北側斜面の桜を見に行く、昔の浄水場の桜で小学校の頃はよく来ていた。見るともう1本を残して他は葉桜だ、ついでに福岡市霊園も回る、ここはまだ結構いい。様々だ。

場所と時を移ろって桜の時空を漂うように眺める、こんな花見が面白い。

Jitakusakura0406aNisikouensakura0331a Kasugasakura0402a  Ipponnmatukawasakura0406a Nisinotutumisakura0407 Miinamikoensakura0407a Hiraoreiennsakurax 写真は順に 自宅ジンダイアケボノ-4.6 、西公園の桜-3.31、春日公園の桜-4.2
、一本松川緑道の桜-4.7、西の堤の桜-4.7、福岡市植物園の北側斜面の桜-4.7、福岡市霊園の桜-4.7

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2026年4月 4日 (土)

2026年3月の俳句・短歌・579句

ほぼ毎日1句づつ書いている俳句・短歌・579の句の2026年3月分です。読み返すと飛び去った日々がよみがえる思いがします。

俳句

雨なれば花見散歩の心地よさ

ダイサギの青き目先に春の風

いつならば今年の花見かなうかな

北帰行池に寂しさ残しおり

ボケの花雲の流れが速すぎる

春来たり今年の花見はどこででも

桜咲くミネストローネ鮭切身

藪ツグミウグイス真似のぐぜり鳴き

ダイサギも名残惜しそう緩やかに

ハナモモの盛りとなりぬ花曇り

寂しげに飛び回る春シジュウカラ

カワラヒワ渡り鳥去りて我が天下

レンギョウのしぶとく咲きて春ひたる

花開く几帳面なりヒヤシンス

モクレンの空を覆いて咲きにけり

鳥春にカイツブリにも夏の羽根

ふとみれば柊南天そっと咲き

梅散りて鳥は北へと子作りに

ヒヨドリの静かになりて来る春

ムスカリの青き花咲き新たな春が

シジュウカラ集まれ鳴きで春めきぬ

眠い春寝不足ばかりひもすがら

ストックは夏以外花というべき

鳥かえりヒマラヤの花庭に咲く

カモたちはそれぞれに構ゆ北帰行

花紛れ密かに開くオキザリス


短歌

ウイークデイ雨の花見の人まばら規制がどこか空しく見えて

テレビよりNet配信見てしまうさて新しき時代になりぬ

花すくなスケジュール花見やはり無理そこが花見のいいところかな

残るのはあと10年と少しかな何もできずに過ぎていくかも

ぼけてくる自分の座標調べだす もう時間ない何もわからず

満開のさくら眺めつ追いつけず季節あまりに足が速くて

春の雨天から落ちるやわらかさ命のもとを与えるように

桃の香は漂いもせず多賀神社数は多けど小ぶりモモノキ

おだやかな海を漂うように生くこれで悔いないそういいきかせ

ひもすがら料理つくりで過ごしけり生きてることの素晴らしきかな

庭の木に命のきずな見えてくるそろそろ命も消えつつあるな

ひさしぶりLoveSupreme浸ったりつかの間の解放感それがよくて

一日は介護の話ですぐ終わるあしたもこれがつづくばかり

負けたれどWBCそれもよしあのベネズエラつぶしたくない

桃の木を探し求めてさまよえりもう花桃は過ぎたと冷たき

いそがしく動き回りて春らしいカイツブリも夏羽になる

何だか物足りない時が逃げていく追いかけもせず眺め続くか

大宰府のうめもみごろは過ぎ行きて梅が枝餅の季節なりけり 

春が来た寒さ残れど春が来たコガモは帰る準備ばかりに

胃が重く食べすぎ続き逃げ場なしもっと気楽に生きなければな

読んでみた芥川賞今度のは新しいけど面白くない

春の雨しみわたるよう降りてくる水鳥の毛にはじかれつつも

新しきipadと今格闘中セキュリティから面倒増える

鳥たちの居なくなった森寂しくてヒヨドリさえも懐かしく思う

面倒をみきれなくなる自分あり悩みながらこのままいくのか

AIと議論やり取り時間取る簡単には折伏されない


579の句

人混みの無きもわびしき花見の雨散歩

春の雨しみる雨音柔らかく伝わり

鳥もこず花の話題ですぎゆく3月

マガモ雄2羽で旅立つうらやましさもあり

叫びという芥川賞読んでわかるものでもないな

身をゆだね忙しき春に流されていきけり

雨落ちる何もできずに春は気ぜわしくて

ホーホケキョかすかな声とツグミ茂みの中

かの地では夏のようなりサンフランシスコ

ダイサギもまだ残りけり小さきため池に

アメリカのはなをあかせしベネズエラよくやった

こんな日はこれこれと言ってビーフストロガノフ

頭上よりピーひょろろトビ来る春らし

通販で次々に買うそんな気の日もあり

ブラームス素晴らしきかなピアノ曲奥深し

このところ話すは家内社会と切れてるな

レンジャクの姿みられず季節は足早に

食べきれぬ食事の連鎖残り物処分な

見てしまうWBC勝つ姿ネトフリ

ipad新たにしたがまだ慣れぬ春の日

春夕べまた作りたりビーフストロガノフ

どこでみる介護認定わかりづらいのがね

眠れない夜はひたひた覆いつくすように

春が来る波打つように春また押し寄せる

3月がそれらしく明け今日から春本番

 

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2026年4月 2日 (木)

2026年3月の福岡市南区周辺の野鳥

暖かくなってきてカモ類は一斉に北へ帰り始めた。北帰行途中のマガモやコガモが立ち寄って近くの鹿助池や中公園は一時にぎわったが今は静かになった。シジュウカラやバンのような留鳥はずいぶん楽してるように見えてしまう。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2026.3.2 13:45 晴れ 風力0-1 8Cu015 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ6♂♀、マガモ7♂4♀3 新市楽池:なし 鹿助公園:マガモ10♂7メス3、チュウダイサギ1、アオサギ1、

2026.3.4 12:20 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:なし 途中ヒヨドリ声 新市楽池:なし 自宅:スズメ10位

2026.3.8 16:40 曇り 風力1-2 7Sc040 福岡市南区長丘周辺の野鳥  新市楽池:マガモ♂9メス4、バン1 中公園:コガモ4♂3♀1、ヒヨドリ2

2026.3.9 16:10 晴れ 風力0-1 1Sc040 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ4♂3♀1、 新市楽池:なし

2026.3.10 10:15 晴れ 風力0-1 3Cu040 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 キンクロハジロ3♂1♀2、ホシハジロ♂1♀3、ヒドリガモ2♂♀、バン2、カワウ2、アオサギ2、

2026.3.12 10:50 晴れ 風力0-1 1Cu040 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 オオバン4、ヒドリガモ5♂3♀2、キンクロハジロ5♂3♀2、ホシハジロ♂1♀2、カイツブリ1、アオサギ3、チュウダイサギ1、バン1、ドバト30+、スズメ声

2026.3.13 14:40 曇り/小雨 風力2-3 6Cu020 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ3、 新市楽池:マガモ10♂6♀4、チュウダイサギ1

2026.3.17 14:50 晴れ 福岡市城南区油山牧場の野鳥 チュウダイサギ1、カワラヒワ

2026.3.19 14:40 晴れ 風力1‐2、 2Cu040 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ9♂7♀2、ダイサギ1、 新市楽池:マガモ7♂3♀4、バン2

2026.3.20 10:40 晴れ 風力1‐2、 2Ac080 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 ヒドリガモ4♂3♀1、キンクロハジロ3♂2♀1、ホシハジロ2♂1♀1、オオバン1、バン1、カワウ4、チュウダイサギ2、アオサギ1、マガモ2♂♀、スズメ10+、ドバト30+

2026.3.23 16:00 晴れ 風力0‐1 1Cu040 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ7♂♀、アオサギ2、 新市楽池:マガモ4♂♀、カワウ1

2026.3.25 14:00 小雨 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ9♂6♀3、 新市楽池:カラス1 自宅庭:メジロ1

2026.3.28 11:30 晴れ 風力0‐1  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ2♂、カワウ1、アオサギ1、キンクロハジロ♂1、ハシビロガモ♂1、オオバン2、バン

2026.3.29 12:00 頃  福岡市南区長丘東公園  ツバメ2(今年初見)
2026.3.30 14:20 曇り 風力0‐1 8Cu030 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ♂2、ウグイス声、シジュウカラ声、メジロ疑5-6 新市楽池:アオサギ2、ダイサギ1、バン1

01magamo0302aa1 02ban0306aae21 03sijyukara0307aa1 04kogamo0309aa1 05kaituburi0312aa1 06cyuudaisag0313a1 07kawarahiwa0317a1 08aosagiinu0321a1 09mejiro0325aa1 10daisagi0330aa1

写真は上左から
マガモ(3/2鹿助公園) 、バン(3/6西の堤池) 、シジュウカラ(3/7自宅庭) 、コガモ(3/9中公園) 、カイツブリ(3/12西の堤池) 、チュウダイサギ(3/13新市楽池) 、カワラヒワ(3/17油山牧場) 、アオサギ(3/21西の堤池) 、メジロ(3/25自宅庭) 、ダイサギ(3/30新市楽池)

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2026年3月31日 (火)

WBCのnet配信が

3月中にやることは、と考えていて、Netflixをキャンセルするのもあったな、と思い出して、忘れないうちに契約解除した、一応1か月は有効ということで4月7日までは見れると言ってきて、思いのほか良心的な感じがしてしまう。Netflixを契約したのはWBCを見るためだった、そうかWBCが終わってまだ1月もたっていないと気づく。時のたつのが速すぎる。
3月15日に日本がWbc ベネズエラに負けた後も、WBCの成り行きが気になって、3月18日のベネズエラ対米国の決勝戦も見た記憶がよみがえってくる。ベネズエラは同点に追いつかれた9回表、1死後だったと思うがフォアボールで1塁に出るとすかさず足の速い選手を代走として送り込み畳みかけるようにすぐさま2盗の手を打つ。これに呼応するように打者はきっちり安打を放って決勝の走者をホームに迎え入れる、見事というかそつがない、米国にはこんな野球はできないかなと思ってしまう。ベネズエラの優勝が当然のように感じられたのを思い出した。WBCをNet配信のNetflixが独占中継することになったと聞いた時にはちょっと情けない気がしていたが、振り返ってみると、テレビ局の独占中継というほうがなんだか狭い世界のことだったと気づく、中継放送の質も問題ない、単なるお金の問題になるが額としてもどうというほどのことでもなく、当然のように日本戦以外の中継も見逃しても追っかけで1週間以位内のことであれば見ることができる、見る側に自由が大きい。なんだこれでいいんじゃないかと気づいてしまう。スポーツ中継はNet配信が主力になっていくのも当然だと感じさせる。
時代の進み方が速くなってきている、もう追いつけなくなってきたなあ、これは終わりが近づいたということか、そんなことを感じる日々が過ぎていく。

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2026年3月29日 (日)

 叫び も読んでみる

第174回芥川賞のもう一つ 叫び も読んでみる。掲載されている新潮12月号は図書館で予約していたがなかなか番が回ってこずしびれを切らして文藝春秋3月号Sakebi0329a を買って読んだ。何だかぴんと来ない。少なくも共感はない。読み終わってまた頭から少し見直してみたが全体が解ったという気にならない。が、何か濃いものが漂っているのを確かに感じる。あるいは主人公の早野はどこか精神に異常をきたしているのではないかという気もしてくる。さりながら、何か新しい小説の形がここにあるようにさえも思えてくる。まとまらない。

こういう芥川賞もある。

 

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2026年3月24日 (火)

ワン・バトル・アフター・アナザーを観る

今年のアカデミー賞受賞の作品賞はワン・バトル・アフター・アナザーという映画だという、全くその名を知らなかった、どんなのだろう、見てみたいと思ってしまう。去年の秋に公開されたものらしいが今福岡で見れる方法はU-NEXTで48時間レンタルするくらいしか思いつかなくてとにかくそれで見てみた。こんなやり方は初めてだがAmazonのFirestick経由でU-NEXTに入って洋画タイトルを探しレンタルとしてクリックするとテレビ画面で見れるようObaa になる。無論有料だ。手探り状態でたどり着いてとにかく見れるようになったので見始めてみた。わかりにくい映画だ、一旦見た後また初めから端折りながらでも見てしまう、見直しするとここの場面はそういうことだったのかと少しわかった気になる、1度目では理解が届かない。白人主義秘密結社に入会審査中のロックジョーが黒人女性との子かもしれないウイラを探し出し親子と出たわけではない検査結果を、親子と出たと誤解してウイラを始末せねばならないと別の男たちに引き渡す、これを結果的にウイラの(少なくも社会的な)父のボブが助け出す。DNAはどうあれどうみてもボブが父親だと思える。説明的な部分の乏しい映像ばかりだが、何かリアルなものが伝わってくる。これが今年のアカデミー作品賞なのか、時代は進んでいる、と感じてしまう、確かにめったに見ない人間的なリアルさの表現がここにはあるようだし、映画としても引き込まれるものを持っていて面白い。 

それにしても映画館で封切り映画を見ていたころが懐かしく思い出される、映画館というと何だか風邪がうつりそうで 今は余程のことでもない限り見に行く気になれない、勇気を奮ってまた出かけてみようか、そんなことを思っている。

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2026年3月13日 (金)

牛田智大のオール・ブラームス・コンサートを聴く

毎月1回はアクロスでのコンサートに行くのが半ば習慣のようになっている、3月は九響の定期演奏会はお休みで何かほかにとアクロスのプログラムを見ていて3月12日の牛田智大のピアノコンサートというのが引っかかった。ブラームスばかりの曲目というのがちょっと。。。とは思ったがこれで行くかと切符を買って出かけた。切符を買ったのは先月だったがその時点で売り切れ寸前で残席は1階最後列に数席あるばかりだった、最後列でも真ん中あたりはそんなに悪い席でもないと直ぐにこれを抑えた。アクロスは床が後ろUsida 向かって2次曲線のようにゆるくカーブして上がっているようで一番後ろでも舞台が良く直視できるしそう遠くもない。
ブラームスといえば重苦しい交響曲を思い浮かべていて、あのピアノ版ではちょっとという感じを抱いていて聴き始めたが、全く違っていた、勉強不足だった。最初の7つの幻想曲(Op116)のはじめから、これは。。。と思うほどに奥行きがありバランスの良い上下運動もあっていい曲だ、曲ごとに速さが語り掛けるように変わり短調長調も織り交ぜてあらわれてくる、深い、組曲のようにも感じられる。そんな調子で休憩をはさんで合計20曲が演奏された。牛田の演奏というより人生も晩期に入っていたブラームスの声を聴く思いだ。牛田がこの曲を抱えて全国ツアーをやるという気持ちというか意気込みというかそんなところがなんとなく伝わってもくる、これを弾きたかったんだ。
最後にショパンの2曲をアンコールで演奏したがショパンが何とはなしに浅薄なような気がするほどにブラームスの深さが印象に残った。
いいコンサートだった。そればかりだ。このツアーのどこかの演奏がCD化されるのを期待するばかりでもある。

牛田智大 オールブラームスプログラム     2026.3.12 アクロス福岡
ピアノ:牛田智大
曲目
ブラームス:
7つの幻想曲 Op.116
  第1曲 奇想曲 ニ短調
  第2曲 間奏曲 イ短調
  第3曲 奇想曲 ト短調
  第4曲 間奏曲 ホ長調
  第5曲 間奏曲 ホ短調
  第6曲 間奏曲 ホ長調
  第7曲 奇想曲 ニ短調
3つの間奏曲 Op.117
  第1曲 間奏曲 変ホ長調
  第2曲 間奏曲 変ロ短調
  第3曲 間奏曲 変ハ短調
6つの小品 Op.118
  第1曲 間奏曲 イ短調
  第2曲 間奏曲 イ長調
  第3曲 バラード ト短調
  第4曲 間奏曲 ヘ短調
  第5曲 ロマンス ヘ長調
  第6曲 間奏曲 変ホ短調
4つの小品 Op.119
  第1曲 間奏曲 ロ短調
  第2曲 間奏曲 ホ短調
  第3曲 間奏曲 ハ長調
  第4曲 ラプソディ 変ホ長調

アンコール
ショパン ノクターン第17番 ロ長調 op62-1
ショパン ピアノソナタ第3番 ロ短調 op58 第4楽章

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2026年3月 8日 (日)

神戸国際会館のコルトレーンの演奏が

このところコルトレーンの演奏を手持ちのCDで聴くことが多くなった、Jazzらしいというか居間がたちまちJazz喫茶の雰囲気を帯びてくる、というか そんなところがよくてそうなっているのかな、と思っている。記憶をたどるとコルトレーンは昔1度だけ死の前年に来日していて、その演奏を神戸国際会館まで聴きに行った覚えがある。まだ坊主頭の高校生で住んでいた西宮市の山手から夜にそんなところに一人で出かけるのはちょっと世間的にはどうなんだろうという思いを引きずっていたのも覚えている。でもアヴァンギャルドに変身したコルトレーンの生き方が謎のようでどうしても聞いてあるいは見ておかねばときつく思っていた。演奏は全く伝わってくるものがなかった、ステージで5人のプレイヤーが死にものぐるいのように演奏しているが聴衆の心に全く届いてこない、その隔絶感ばかりが心に強く残った。こんなコンサートもあるのだ、不思議な感じすらした記憶がある。最近になってネットを漂っていると、この神戸国際会館のコColtranekobe1966b ルトレーンの演奏を客席で個人録音したものがCDとして売られているのに行き当たった、まさか、と思ったが著作権期間が50年であった頃著作権が一旦切れておりその後法改正で70年に延長されてももう切れたままの状態となってこんなことが可能になったように思える。とにかくネットで発注すると数日で送られてきた。音は良くない、ふつうのCDに慣れた耳にはこれ何、と思えるくらいだ。ともかく聴くとあの時感じた隔絶感は少し和らいでいる、当時よりアヴァンギャルドを色々聴かされた結果こんなものだよなと思えるように頭がなっているようだ。でもコルトレーンとファラオサンダースの2本のテナーサックスの聞き分けができない、それを手掛かりを求めてしつこく聞く気にはなれない、音の塊を感じる記念碑で十分ではないか、そんな気がしている。
神戸国際会館で聴いた翌年東京で大学生活をはじめたばかりのある日 巨星墜つ の垂れ幕が渋谷道玄坂のビルから下がった、コルトレーンが死んだのだ、Jazz喫茶はどこもコルトレーンばかりをかけていた。

Jazzという思い出に浸り続ける日々が過ぎていく。

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芥川賞 鳥山まことの「時の家」を読む

令和7年下半期の芥川賞が1月半ばに発表になり直ぐに掲載誌を図書館に予約したが待ち行列はたちまちできており10日ほど前にやっと「時の家」の掲載されている群像8月号のほうの番が回ってきて読んでいた。読み終えたが読後感は微妙な感じだ、確かに新しい書き方ではあるが、とっつきにくいし読みにくい、読んでいて引き込まれる感があまりしてこない、こんな芥川賞もあるのかなあというものだった。著者は建築の大学院を出た1級建築士で建築設計の仕事が本業ということになる、人生に建築以外の軸が欲しかったTokinoie それで小説を書き始めたとインタビューで語っている。確かに建築する側の視点を濃く感じる小説だ。家が主人公であり設計者自身のために建てられたこの家で以降その家を使っていくことになった人に起ることが書きつづられるという形で話は進む。読みにくいのは例えば家を使うことになった3代目にあたる圭さんの話が突然始まる、この人だれ、と思ってしまう、読んでいても話がどう進んでいこうとしているのかが解らなくなる。理系の目でものに接して書いているというのが節々に感じられて、そこは惹かれるところを感じるのだが、何かもう少し何とか、と思う気持ちが抑えられない。全体が詩のような、と思えばいいのかもしれない、今はそう思っている。

読了感は今一つすっきりしないが、それにしても今後どういう風に作者自身の人生が展開するのか、そこのところの興味は尽きない思いがしてくる。どうなるか。

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